「それでは食べながらでも再開しましょう。次の質問者は誰ですか?」
「・・・はい。」
「いよいよ主様ですか。ではどうぞ。」
「ヨウメイってさ、他の三人に比べてあんまり役目が十分に果たせて無いだろ?」
「ええ、そうですよ。それはずうっと最初にちょこっと述べましたね。」
少しばかりひきつるヨウメイの顔。しかし太助は構わずに続けた。
「それでさ、なにか不安とか感じない?今日それに関してキリュウに言われたんだけど。」
「・・・嫌、ですね。」
「嫌?」
「主様に知識を教える事が満足に出来ないなんて・・・それこそストレス溜まりますよ。」
「うっ、そ、そうだよなあ・・・。」
「でもね、これは特別な場合ですしね。なんといっても、
花織ちゃんと熱美ちゃんとゆかりんという素敵な親友が居るし!!」
三人の顔をそれぞれ見ながらいかにもという感じで告げるヨウメイ。
それに対して、三人の顔は笑顔になり、それとなしに照れるのだった。
「・・・それにまあ、勝手に色々研究も出来ますしね。」
「そ、そう。」
「だから、そんなに無茶苦茶な不安とかはありません。でも、もうちょっと色々聞いてくださいね。」
「うん、分かった。」
こくりと頷く太助に、ヨウメイは満足そうな笑みを浮かべた。
「・・・って、最初の方にも言ってたような気が・・・まあいっか。
それで、他に質問は無いですか?」
「うーん・・・過去の主達に、どういった知識を教えてきたのかなあ?って。」
「世界の成り立ち、そしてその原則、法則。後は、現実的に実用的なものです。」
「例えば?」
「例えば、どこで買い物をすれば良いか、とか。ある事柄をするのに最善の方法とか。
まあ、主様の場合は、世界の成り立ちすら教えられてないですけどね。」
「・・・だから悪かったって。」
「そんなに気にしなくていいですよ。損をするのは主様ですから。」
「そういえばキリュウもそんな事言ってたな。ヨウメイに教えてもらわないのは愚かだって。」
「ありゃそうなんですか?もう、キリュウさんったらほんとの事を・・・。」
「照れてないで続けられよ、ヨウメイ殿。」
“悪い癖だ”と心の中でため息をつきながらキリュウが横から諭す。
それを聞くと、ヨウメイは再びきりっとした顔になるのだった。
「では主様、他に訊きたい事は?」
「そうだな・・・髪の毛の色について。」
「髪の毛の色?」
「そ。なんでヨウメイの髪の毛って金色なんだ?」
「そりゃまあ、そういう色ですから。別に色をつけたって訳でも無いですし。」
「そうなの?」
「そうですよ。なんだってんですか。」
「いや、なんか他の三人と比べてあれかな・・・って思って。」
「目立ってますか?でもルーアンさんに比べりゃあ。」
言いながらルーアンを見るヨウメイ。太助も同じ様に彼女を見た。
「な、なによ・・・。」
「言われてみればルーアンに比べればぜんぜん目立って無いか。」
「でしょう?」
「い、いいじゃないの!あたしだって目立って無いわよ!!」
「別に悪いとも言ってませんが・・・。」
「ま、いいや。くだらない事聞いちゃったな。」
ぽりぽりと頭を掻く太助。
確かに彼の言う通り、くだらない事柄ではある様に思えるが・・・。
「では次の質問をどうぞ。」
「ちょっと日常的な事になるけど。」
「ええ、何でもいいですよ。この機会に是非いろいろ訊いて下さい。」
「はいはい。えーと、ヨウメイって授業中はどんな事してんだ?」
「授業中?」
「そう。ルーアンみたく勝手な事やってんじゃないかって。」
「ちょっとたー様、それどういう意味よ。」
さりげなく名前を出されて、素早く口を出すルーアン。
が、ヨウメイはそれに気にせずに答えた。
「別に勝手な事はやってませんよ。」
「嘘は駄目だぞ。愛原達から聞いたんだ、いきなり授業をやり出すって。」
「・・・別に良いじゃないですか。憂さ晴らしですよ。」
「キリュウでしか憂さ晴らしはしないんじゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれ。どうも学校という施設に居るとそういう事をしたくなるんです。」
「なんちゅう体質だ・・・。」
「いいじゃないですか。ヨーロッパの教会じゃあ結構喜ばれたんですよ。」
「ここは日本なんだけど・・・。」
「更にアフリカの子供達にも・・・そうそう、その時に天使の様な人に会いました。」
「はあ?何言って・・・」
「今思えば、あれは主様のお母様だったのかもしれませんね。」
「「なんだってー!?」」
太助と同時に那奈も立ち上がった。
いきなり我が母の話が出たのだから、それなりの反応である。
「ほ、本当に母さんに会ったのか?」
「いえ、はっきりとは言えませんが・・・」
「統天書で調べれば分かるだろ!」
「は、はあ、そうですね・・・。」
那奈に何故か急かされて統天書をめくり始めるヨウメイ。と、ぴたっとめくる手を止めた。
「やはりあの方が主様のお母様、さゆりさんだったみたいですね。」
「そうだったのかー!!という事は・・・母さんはヨウメイと面識がある!?」
「まあそうなりますねえ。」
「ちょっと待てヨウメイ。母さんは何て言ってた?」
「何がですか?」
「だからあ、ヨウメイと会った時だよ!」
「え〜と確か・・・
『偉いわねえ、色んな事を教えてあげるなんて。』
『いえいえ、これが私の役目ですから。』
『なかなかできない事よ。それにしても精霊さんだったなんてね。』
『ええ。大抵の人はそれで驚くものなんですけど・・・。』
『別にそんな事関係無いじゃない。大切なのは何ができるかという事でしょ?』
『ま、そうなんですけどね。ところで・・・七梨さん?』
『なあに?』
『今日の夕飯は何を作りますか?』
『今日はねえ・・・。』
・・・という事です。」
「・・・なんか余計な部分多く無いか?」
「それよりなんで七梨さんなんだよ。」
「あのね、私はさゆりさんに仕えていた訳じゃないんですから・・・。」
「それにしてもまさか母さんと面識があったなんて思いも寄らなかったなあ。」
「私も、今思い出して驚いてますよ。まさかさゆりさんの息子さんに仕える事に成るなんて。」
「とにかくいろいろあるって事だな。」
「うん、そういう事だ。」
・・・というあたりで、うんうんと頷いて納得する太助と那奈とヨウメイ。
黙ったまま聞いていたほかの面々であったが、シャオは笑顔をヨウメイに向けた。
「ヨウメイさん、良かったですね。」
「え?ええ、まあ。」
「ところで、それはいつのお話なんですか?」
「かれこれ五年以上前にはなると思いますけど・・・。」
「「五年ー!?」」
またもや太助と那奈が立ちあがった。
「五年って言ったら・・・俺が小学生の時かー!」
「その頃あたしは・・・まあいいや。」
「おい那奈姉・・・。」
「なんだよ太助、別に良いだろ。それにしても五年かあ。
・・・あれ?なんで母さんはこの前会った時にも喋らなかったんだろう?」
「それはですね、こういう訳です・・・。」
何やら深刻そうな顔をしてヨウメイが語り出す。
と、太助も那奈もシャオも、そして周りの皆も真剣な顔つきになるのだった。
「それはある日の事・・・
(略)
・・・です。」
「・・・おい、略ってなんだ、略って。」
「ちっともわかんないぞ。」
「やだなあ、冗談ですよ、冗談。多分さゆりさんが忘れてたんでしょうね。
まあ無理もありませんよねえ、ちょっとお会いしただけですから。
それでも端から見てると天使の様に見えて・・・って、どうしたんですか?皆さん。」
明るく話し始めたヨウメイだったが、皆の厳しい視線に口を閉じる。
そして、次第に引きつった笑いを浮かべながらうつむき始めるのだった。
「はは・・・すいません。」
「那奈姉、どうする?」
「そうだな・・・家の階段の上り下り千回やってもらおうか。」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ!!なんだってそんな無駄な事を!!」
「何言ってるんだ、体力がつくだろう?」
「嫌です、嫌だ、嫌だ〜!!!」
立ち上がって耳がキーンとなる声で力いっぱい叫ぶヨウメイ。
そして、発声が終わったかと思ったら今度は座って泣き出してしまった。
「うえーん、嫌だよう・・・。」
「よ、よしよし、楊ちゃん・・・。」
片方の手で自分の耳を、そしてもう片方でヨウメイの頭をなでなでする花織と熱美。
不意を疲れてふらふらしていた太助と那奈は疲れた様に告げた。
「わ、分かった、別にそんな事はしなくていいから。」
「質問時間に戻ろう、な?」
「ぐすっ・・・はい・・・。」
泣き止んだ様だが、まだ少しぐずついた感じのヨウメイ。
それでも、太助は改めてヨウメイの方を向く。
とばっちりを食らった他の面々は、何気無しに太助の方を睨むのだった。
「それでは主様、他の質問をどうぞ。」
「ああ。・・・って、途中になってたと思うんだけど。」
「途中に?あ、そういえばそうですね。授業がどうたら。」
「そう。いくらなんでも先生の授業を取るのは・・・。」
「・・・前にも言いましたが、原因は主様なんですけど。」
「・・・分かった、別の質問に行こう。」
「逃げましたね。」
「だああ、もうそれは済んだだろ!?だから別のやつ行こう、な?な?」
「はいはい。それで別の質問とは何ですか?」
「なんでそんなにおやつ好きなんだ?」
「だっておやつは美味しいじゃないですか。」
「いや、美味しく無いおやつもあるだろ。」
「まあ・・・そうですね。でもでも、なんか好きなんです。」
「はあ、そうなの・・・って、納得できるか〜!」
「主様はおやつが嫌いなんですか?」
「誰がそんな事言ったよ。俺はその説明じゃあ納得出来ないって言ってるの。」
「うーん、なんと言いましょうか・・・その・・・。多分性格でしょう。」
「よし、納得した。」
「本当ですかぁ?」
「なんだよ、その疑わしい目つきは。」
「だって、“なんか好き”で納得できなくて、どうして“性格”で納得できるんですか。」
「似てるけど・・・例外もあるんじゃ無いの?」
「なんですかいきなり・・・。まあいいです、次の質問どうぞ。」
「普段は統天書をどうやって持ってるんだ?」
「どう・・・って、ただ抱えて持ってるだけですよ。」
「そんなに大きいのに?」
「そういえば大きいですよね。困ったもんです。」
統天書をしげしげと見つけて笑うヨウメイであった。
「おい・・・。」
「ちょっとした冗談ですよ。使わない時は小さく纏められるんです。」
「小さくしてるって事か?」
「それだとキリュウさんと同じに成っちゃうじゃないですか。纏める、です。」
「纏める?」
「そうです。この統天書が占めている空間を縮めて・・・まあいいですよ、小さくしてるってことで。」
「でも楊ちゃん、見かけた時はほとんど大きいままだよね?」
横から花織が口を挟むと、ヨウメイはすぐにそれに答えた。
「うん、しょっちゅう使ってるから。よほど長時間使わない限りは、ね。」
「ふーん、なるほどお。」
花織と一緒に熱美やゆかりんも納得。
普段良く一緒に居る為、それとなしに気になっていたのであろう。
「それで主様、他に質問は?」
「えーと・・・うーん・・・そうだ!」
「はい?」
「何でも良いんだな?」
「ええ、なんでもいいですよ。何を今更・・・。」
「じゃあ、ルーアン達が言っている、原因と結果がどうたらって理論について教えてくれ。」
太助のその言葉にヨウメイは驚愕の表情になる。
思わず落としそうになった統天書を慌てて抱えるのだった。
「あの・・・本気ですか?」
「ああ、本気。」
「最初ルーアンさんが訊こうとしましたがキリュウさんが止めたじゃないですか。
だからやめときましょう、ね?」
「いいじゃん、別に。俺が聞きたいんだからさ、説明してよ。」
「随分と積極的ですね。」
「なんかさ、質問してるうちに聞きたい気分に成ってきたんだよ。」
「・・・分かりました。ですが、全部は語りません。」
「ええ?なんで?」
「全部を語っているうちに狂い死にされても嫌ですから。」
太助の顔がひきつる。つい先ほどとは逆のパターンだ。
「そんなにややこしいの?」
「ええ、そうです。でもご心配なく。簡単なものを分かりやすく説明いたしますから。」
「あ、ああ、頼むよ。」
「それでは説明を始めますね。皆さんもしっかり聞いてください。」
ヨウメイの呼びかけにより、何気なく聞いていただけの皆が注目。
すると、ヨウメイは自分の席の手元にある湯のみを手に取った。
「この湯のみにはお茶が入ってますね?」
「あ、ああ。」
「このお茶を・・・。」
太助が皆の代表という感じで返事すると、ヨウメイは湯のみの中のお茶をごくごくと飲み出した。
数秒の後に、中身が空になったのか、湯のみをテーブルの上に置く。
「・・・ふう、美味しかった。」
「あの、ヨウメイ?」
「まあまあ慌てずに。さて主様に質問です。
この湯のみに入っていたお茶、どうして無くなったんでしょうか?」
「はあ?」
“何を・・・”という反応を見せる太助。皆も同じ顔だ。
「ほらほら、どうしてですか?」
「そんなの・・・ヨウメイが飲んだからに決まってるじゃないか。」
「御名答。」
笑顔でぱちぱちと拍手するヨウメイ。太助はますます訳がわからなくなった。
「あのさあ、それって当たり前の事なんじゃ・・・。」
「だからあ、それが原因ですよ。」
「は?」
「この湯のみに入っていたお茶が無くなった原因は、“私が飲んだから”ですよね?」
「ああ。」
「全ての事柄にはこれと同じ様に原因という物が存在します。
主様が説明して欲しいと言っていた理論、それはそういう事です。」
「それって・・・因果律ってやつ?」
「そう、その通り。ただ、一般に言われている因果律と、私が語っている因果律は少し違うんです。」
「どういう事?」
「それを語る前にまず、私の術について言っておきましょうか。
一番最初に主様を使ってど〜たらこ〜たらという術を言いましたよね。」
「ああ、言ってた。」
「私の術は、大抵何かしらの原因によって使えるものです。
例えば、封印を施しているものは分かりやすいですね。主様を怒らせて・・・ってな具合で。」
「はあ、そうだよな。」
「とりあえずこれを一つ、覚えておいてください。」
「うん分かった。」
太助が頷いた所で、急須からお茶を注ぎ始めるヨウメイ。
一息つく、という意味のつもりだろう。
そして、入れ終わった後に再びお茶を飲み出す。今度は少し飲んで湯のみを置いた。
「それでは次の話行きましょう。さっきお茶が無くなったのは私が飲んだのが原因でしたね。」
「うん。」
「他に無くなる原因は思いつきますか?私が飲まなかったとしたら、です。」
「え?そりゃあ・・・中身のお茶を飲まずに捨てるとか、じゃないの?」
「それだけですか?」
「他にも色々あると思うけど・・・それがどうかしたのか?」
訊き返す太助。ため息をついたヨウメイだったが、少しぶつぶつ言った後に笑顔を見せる。
「まあそんなところでいいでしょう。あまりごちゃごちゃ言ってもあれですしね。
で、とにかく一つの結果に色々原因がある、これもよろしいですね?」
「え?あ、ああ・・・。」
「そういう事です。すべてのものには原因が存在、そしてその原因そのものは何種類もある。」
「それで?」
「以上です。」
きっぱりと言ったヨウメイ。何やらすがすがしい顔でお茶をすすり出した。
当然皆はそれに納得出来るわけも無く・・・。
「ちょっと待てよ、そんなの当たり前の事じゃないか。」
「例えばあたしが絵を描いたりするのだって、鉛筆を使ったり筆を使ったりする、ってのと同じだろ?」
「私はもうちょっと神懸りなことを期待してたんですよ。」
「楊ちゃん、全然難しくないじゃない。」
口々に意見、そして文句を言い始める。
と、それを制するかのようにヨウメイは立ち上がった。
「では、簡単な例を示しておきましょう。本当はしたくないんですけどね・・・。
あそこに扉がありますね?」
すっとヨウメイが指差したのは、リビングと廊下とを隔てているドア。
皆はしんとして頷いた。
「あのドアを開けるにはどうすればいいですか?」
「近寄って開ける!!馬鹿にしてんじゃないぜ。」
ここぞとばかりにたかしが一番に叫んだ。しかしヨウメイは涼しい顔である。
「こうやっても開くんですよ。えーと・・・あ、熱美ちゃん、その湯のみって何製かな?」
「な、何製・・・って?」
「ロンドン製だよ。ダメだなあ、そんな事も知らないなんて、学生失格だね。」
当然唖然とする熱美。だが、けたけたと笑い出したヨウメイによってがたっと立ち上がる。
「なんでそんなので学生失格になるのよ!!おかしいよ!!」
「・・・はい、皆さん扉に注目!」
怒鳴られた途端に急に表情を変えてヨウメイは告げた。
と、皆が扉にそれとなしに見ると、その扉はきい〜っと音を立てて開いて行く。
≪ええっ!!!?≫
きちんと閉められていた筈なので、もちろん風等ではない。
なんといっても、取っ手がきっちり回っていたのだから・・・。
「どうですか?私が熱美ちゃんを笑い飛ばした為に、熱美ちゃんが立ちあがった。
その為にドアの扉が開いたんです。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
一番に言ったのは当然熱美。なんと言ってもその原因となった人物だから。
「なんでわたしが立ち上がっただけで?」
「本当なら熱美ちゃんは立ちあがる訳は無かったの。時間の流れ的に、絶対にね。
けれど、私がそういう未来を無視して立ち上がらせた、しかも自然に。
だからそういった矛盾に反応してその扉は開いたの。そういう事だよ。」
笑顔で説明を終えると、ヨウメイは熱美を座らせ、自分も座った。
もちろんそれで合点がいかない者も居て、当然ヨウメイに質問を投げかける。
皆を落ち着かせる事も兼ね、ヨウメイは改めて一人一人の質問を受け入れて行くのだった。