小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


「それでは次に質問したい方は誰ですか?」
「ほい、あたしだ。」
「山野辺さんですか、ではどうぞ。」
「その統天書の中身のことなんだけどさあ。」
「はい。」
「ヨウメイや七梨にはどう見えてんの?ちょっと知りたいなあって。」
「なるほど、いい質問です。後で何かプレゼントいたしますね。」
「お、さんきゅ。」
軽く翔子はそれに答えた。だが、すでに質問を終えていた面々ががたっと立ち上がる。
「ちょっと楊ちゃん、なんなのそれ?」
「私達が質問する時にはそんな事言って無かったじゃないですか。」
「ずるいわよ、ヨウメイ。あたしにもよこしなさい。」
「そうだよ。僕なんか無視されかけたのに。」
「俺なんか一瞬で終わったんだぜ?」
「あたしのした質問はなかなかいいと思うぞ!」
「知ってたらわたしだってもっと別な質問をしたのに。」
「翔子さんだけずるいですう。」
いきなりの気迫に呑まれそうになったヨウメイ。
だが、両手をかざして皆をなだめると、ごほんと咳払いをした。
「どうしてか言いますね。それは、ある術を使用するきっかけとなった質問だったからです。」
「きっかけ?」
「そうです。山野辺さんがおっしゃったのは、術を使わねば説明できない事。
ですが、他の皆さんの質問は私が説明すれば済んだでしょう?そういう事です。」
「ええ?真空を食らった俺の立場は・・・」
「もう一つ!この術はめったに使わないんです。つまり稀少価値が高いんですね。
だから・・・という事です。分かりましたか?」
説得するような目で見まわすヨウメイ。
確かにそういう条件なら、それぞれは引き下がるしか無い。
というわけで、翔子が改めて口を開いた。
「じゃあヨウメイ、その術とやらを使って見せてよ。」
「ええ。多分これを使わないと分からないでしょうから。」
「七梨やヨウメイには、どんな風にこれが見えてるかって事だよな?」
「そうです。では、まず主様にとっては・・・。」
とあるページを開けてヨウメイがそれに手をかざす。そして詠唱を始めた。
「統天書の封を一時解放せよ、わが主七梨太助の名の元に・・・解読!!」
力強くヨウメイが叫んだ後、統天書に載ってる文字が激しく動き出した。
そして約数秒の後、そこには誰でも読めるような文字が・・・。
「すっげえ・・・。確かにこれなら読めるな。」
「誰でもって訳じゃ無いですよ。主様にあわせて読めるようになってるんです。」
「なるほど、だから直せる所全部が漢字じゃないんですね。」
さりげなく突っ込む出雲。嫌な顔をした太助だったが、その前にヨウメイが頷いた。
「そうです。主様が読めないと話になりませんから。」
「それにしても書いてある内容ってほとんど辞典と同じ感じだな。」
「もともとそういう本じゃないと読めないでしょう?タイプを変えるのも面倒だし。」
「確かにな。新聞みたいな書き方じゃあありがたみがないし。」
「まあそれはそれでありがたみがあると思いますが・・・とりあえずこういう形です。」
ヨウメイが改めて周囲を見回す頃には、皆が競って中身を読み漁っていた。
相当気に入ったのか、何やら夢中になっている。
「ねえ楊ちゃん、他のページはそのまんまなんだね。」
「そうだよ、花織ちゃん。プライバシーな事も書いてあるし。
なにより、特定のページしか読めるようにしない術だから。」
「ふうーん。」
しばらくは皆は統天書を読む事に没頭する。
書いてある事はたわいも無い出来事、七梨家にて何が起こったかという事である。
それも大雑把に書かれてあり、特に珍しい事ではなかったが。
「もういいですか?そろそろ私にどんな風に見えているかって事をやりたいんですけど。」
「ああいいよ。それじゃあやってくれ。」
翔子が合図すると同時に皆が退く。そして先ほどと同じ様に、ヨウメイは手をかざした。
「・・・前略、空の精楊明の名において解放せよ・・・解読!!」
“前略”という言葉にずるっとこける皆。
あっという間に術は終わった様で、それと同時に体勢を立て直して皆は統天書に群がった。
「・・・何?コレ?」
そう呟いたのは翔子。確かに普段見えているものとは違ったが、
先ほどと違って読める文字が無かったからだ。
「皆さんには多分読めませんよ。でもね、ちょっとだけでも集中してみてください。」
言われてそれぞれが集中して文字を見つめる。すると・・・。
「あ、あれ?頭の中になんか入ってきた?」
「ほんとだ。なんか読むより早く・・・。」
静かだった時から、一転してざわざわと。
驚く皆を見ながら、ヨウメイはにこりと告げた。
「どうです?すぐに分かるでしょう?読むよりも早く、ね。」
「なあヨウメイ、もしかして今まで口に出して読んでたのは・・・。」
「そうです。頭の中に入った事柄を自分なりに纏めて文章に直したんです。
吸収はすぐにできますから、いかに他人に教えるか、が重要と成るわけですね。」
「ふええ、なるほどお・・・。」
知識吸収、そしてヨウメイの説明っぷりに感嘆の声を上げる翔子。
普段、ヨウメイは統天書を朗読しているものとてっきり思っていたのだからだ。
「どうです?納得できましたか?」
「ああ、納得できたよ。すごいんだな、ヨウメイって。」
「いえいえ、それほどでもありますよお。」
照れながらこんな事を言うヨウメイに、少しばかり顔を引きつらせる翔子。
「・・・まあいいや。そうそう、プレゼントは何をくれるんだ?」
「え?あ、そうですね・・・何がいいですか?」
「なんか能力を授けてよ。すごくなれるような。」
「そういうのはちょっと・・・。私は神様じゃありませんし。」
「じゃあ・・・皆の弱点、ってのを教えてくんない?」
「なるほど、そういうのもありですね。では・・・」
≪ちょっと待ったー!!!≫
ヨウメイが言いかけた途端に、全員が一斉に立ちあがった。(一部そうで無い者も居るが)
当然といえば当然の形相で翔子とヨウメイを睨んでいる。
「じょ、冗談だって、そんなに恐い顔すんなって・・・。」
「あれ?冗談なんですか?私は結構本気にしてたんですけどねえ・・・。」
「ちょちょ、ちょっとヨウメイ。」
「もちろんそれをネタにお金を揺するなんて三流馬鹿の様な真似はしませんよ。
弱みをネタにあ〜んな事やこ〜んな事を・・・まあいいや、冗談ならしょうがないですね。」
何やら恐ろしい事を呟きかけたヨウメイに不安を感じたものの、立ちあがった皆は座り直すのだった。
「ヨウメイ、何するつもりだったんだ。」
「別に。今言いかけたのも全て冗談ですよ、冗談。」
けたけたと笑うヨウメイにつられて、翔子も“あはははは”と引きつった笑いを浮かべる。
ところが、やはりそこでも不安に成っているのか、キリュウがそれとなく身を乗り出した。
「ヨウメイ殿、皆の弱みを知っているのか?」
「え?知りませんよ。」
「しかし、その統天書に載っているのだろう?」
「まあそうですね。じゃあ今から調べてみましょうか?」
「そ、そんな事はしなくていい!」
「もう、キリュウさんたら。心配しなくても私はそんな事調べませんよ。
だいたい人の弱みを握って・・・なんて、頭の悪い奴がする事ですよ。」
「・・・そうなのか?」
「ええ。知るんならその人のいい所を知ったほうが断然いいですよ。」
「まあ確かにそうだろうな。」
「弱みを握って色々やったって、その人がおとなしく従わなければ負け、ですからね。」
「けどさあ、おとなしく従うような弱みだったら?」
やはり不安だった様で、翔子もそんな顔になって尋ねた。
と、ヨウメイはそれに対して笑顔で答えた。
「そんなものは存在しません。手前にも言いましたが、完全なものはまず存在しないんです。」
「ええ?でもなあ・・・。」
「ドラマとかで見るのは、その弱みを握られた人があえて従っているって程度ですよ。
第一、本当に完全な弱みなら、その人を手足のごとく扱えるはずですよ。」
「いや、そんな極端なドラマは見た事無いけど・・・。」
「・・・まあいいや、この辺でおいておきましょう。
弱みを握るよりは力で押さえる方が効果的だという事を付け加えて置きます。」
「はあ?圧倒的な力を見せつけて、ってことか?」
「いいえ。洗脳する力とか・・・です。」
「・・・おい。」
「でも納得できるでしょう?こっちの方が弱みを握るよりよほど効果的ですよ。」
「でもさあ、弱みがそれにつながるって事は?」
「それは、洗脳された人が馬鹿なんでしょうね。」
「言い切るか・・・。」
「言い切りますよ。この世界で絶対なのは・・・まあいいや、そんな事は置いといて。
とにかく、知るなら人の弱みじゃなく、良い所をばしばし知りましょう、って事です。」
「うんうん、確かにそうだよな。・・・って、あたしにくれるプレゼントは結局何だ?」
「そうですね・・・何がいいですか?」
「・・・あたしにも統天書が読めるようにして、ってのは駄目?」
「すごい注文を・・・ふーむ・・・まあ良いでしょう。」
「えっ!!ほんと!?」
あっさりとした答えに喜ぶ翔子。
周りは“ええー!?うらやましいー!!”という感じでそれを見ていた。
「ただし、主様と同じ程度まで、ですよ。もちろん、読める内容に制限もあります。」
「やったー!!よしよし、早速頼むよ。」
「分かりました。では目を開いて統天書を見つめてください。」
「こんな感じ?」
言われた通りに翔子が態勢を取る。
と、ヨウメイは表紙から一ページめくった所を開けた。
太助には“統天書”と読め、他の者には“空天書”と読めるページである。
「この三文字をじっと見つめてください。」
「よし。じいーっ・・・。」
「・・・変な擬音語は出さなくていいですって。では。」
統天書を開いたまま、ヨウメイは両手でそれぞれ統天書をつかむ。
周りの皆は、もちろん静かにしたままそれを見守っているのだった。
「統天書の封を、主外に解き放たん。主七梨太助の知人、名、山野辺翔子。
彼の者の閲覧の意志を受け入れよ・・・解封!!」
ぱっ!と統天書が光った。と、その後は何も起こらないままである。
「はい、終わりましたよ。」
「・・・なるほど、空天書から統天書に変わったな。」
「それで、山野辺さんにも統天書が読めるようになりました。」
「ねえねえ、ちょっと貸してみてよ。」
「それは駄目です。私が許可を出せばお貸ししますからね。」
「ええっ!?それじゃあ意味無いだろ!」
「意味無い訳ないじゃないですか。統天書が読めるようになったんですから。」
「だってさあ、その読める本が無いと。」
「だから、それは私の許可が出てからです。主様ですら、それが必要なんですから。」
「・・・そうなの?」
「当たり前ですよ。普通の人が気軽に読んでいい書物じゃないんですから。」
「なんでさ。いわゆる百科辞典だろ?」
「余計な知識が入ってくる可能性があるからです。人を極限まで呪い狂わせる方法とか。」
「・・・そんな恐いページ、見た途端閉じるって。」
「もう一つ言って置きますと、この統天書は時間と共に内容が変わるんです。
それ自体が一種の催眠効果を持ってまして、呑まれてしまうかもしれないんです。」
「ちょっと待てよ、そんなに危険な物読めたって嬉しく無いじゃないか。」
「大丈夫ですよ、ちゃんと目的の意志をしっかり持って開けば、全く呑まれずに済みます。」
「・・・なんだ。だったら大丈夫だろう?一度くらい貸してくれよ。」
「・・・やれやれ、しょうがないか。でもまたの機会にしてください。今読んでも・・・。」
「まあそうだな。また今度。」
「はい、そういう事です。」
結局はプレゼントをもらったものの翔子は複雑な気分である。
それでも、統天書を読めるようになったという優越感から、自然と機嫌が良く成るのだった。
キリュウは、少しにやつきながらヨウメイに告げる。
「ヨウメイ殿、翔子殿にまんまと乗せられたな。」
「・・・結構脅したつもりだったんですけどね。」
「なんだって!?」
ぽそぽそと言葉を交わしたつもりだったが、翔子の耳にしっかり届いた様だ。
慌ててヨウメイが弁解しにかかる。
「い、いえ、踊りを・・・。」
「今脅したって言わなかったか!?」
「・・・誤魔化しても無駄の様ですね。ええ、脅したつもりでした。」
「なんでそんな事したんだよ。」
「いえ、ひょっとしたらそれで山野辺さんが読む事を拒否するかなって。」
「はあ?で、どうしてそんな事したんだ?」
「いえ、しょっちゅう読まれてすごい事を考え付かれても困るので・・・。」
「どんな事だよ。」
「例えば、周りの人全てをあっという間に騙せる方法とか。」
「へえ?そんなものが統天書で分かるんだ?」
「例えですけどね。山野辺さんなら可能かも・・・。
でも、普通の人にそういう事をばしばしやられてしまっては。」
「わかったわかった。てきとーに楽しむ程度にするからさ。」
「・・・約束してくださいね。決して悪い事には使わないって。」
「あ、ああ、約束するって。」
「・・・なんて、山野辺さんなら大丈夫ですね。信頼してますから♪」
「は、はあ・・・。」
人の心が詠めない統天書であるが、ヨウメイ自身は翔子の心の清さを感じ取っている様である。
いきなり笑顔になった彼女を見て、少しばかり戸惑う翔子であった。
「それでは他に質問はありますか?」
「いや、あたしはもういいよ。次いってくれ。」
「分かりました。残るは主様とキリュウさんと花織ちゃん・・・。
ここで少し休憩にしましょうか・・・シャオリンさん。」
「はい?」
「少しおやつを作ろうと思うので手伝ってください。結構少なくなってきたので。」
テーブルの上を見渡す二人。確かに、シャオがあらかじめ作ってあった物はほとんどが無くなっていた。
「はい、分かりましたわ。そうですわ、丁度いいから美味しい漬物の作り方を。」
「・・・それはまた今度にしてください。おやつに漬物は・・・。」
「そうですか?では。」
すっくと立ち上がるシャオとヨウメイ。そして離珠もお手伝いにとシャオの肩へ飛び乗った。
「しばらく待ってて下さいね。」
「すぐに出来ると思いますので。」
みんなを残してキッチンへと姿を消す三人。
とそこで、緊張がほぐれたかの様に皆は“う〜ん”と伸びをするのだった。
「後三人だって。そんなに質問残ってるのかなあ?」
終始無言でなんとか我慢していたたかしが一番に呟く。
「ほとんど出尽くした様な気もしますけどね。」
と出雲。そして横から乎一郎が、
「あるんじゃないの?ねえ太助君。」
と太助にふった。何やら考え込んでいた太助があたふたと反応する。
「そ、そうだな。確かにあるよ。」
「なになに?教えてよ。」
当然ながらの様に身を乗り出す乎一郎であった。
「また質問時間が来た時にでも聞いてくれよ。そんな事より山野辺。」
「なんだ?」
「お前統天書読んで何するつもりだよ。」
「そうだなー、色々やるつもりだよ。」
「色々ってなんだ。」
「ひ・み・つ・だよ。女の子の秘密は暴いちゃいけないよ。」
「お前な・・・。」
太助が呆れ顔で見ている中で、翔子は那奈とひそひそ話を始める。
おそらくは統天書を読んで何をしようかという事についてだろう。
「ところで花織は何を質問するの?」
「そうそう。当然楊ちゃんのプレゼント狙うんでしょ?」
先走って(という訳では無いが)プレゼントを逃した熱美とゆかりん。
二人は、未だ質問を行っていない花織に望みを託そうというのだ。
「そんな物狙わないよ。ちょっと気になる事があってね。」
「なになに?」
「秘密だよ。一番最後にあたしは質問するんだもん。」
「そうなんだ。でもなんだか自信たっぷりな顔だね。」
「まあね。楊ちゃん多分驚くよ・・・。」
何やら三人で話を盛り上げている様で、明るい笑い声がリビングに響くのだった。
また、太助、たかし、乎一郎もそれなりに質問を考えていたりとざわざわ。
そして、そんな周囲とは孤立するかのように、ルーアンとキリュウはお茶をすすっていた。
「ねえキリュウ、あんたはどんな質問を?」
「訊きたい事は沢山あるからな、またその時に耳を傾けられよ。」
「それにしてもあんたとヨウメイって縁が深いのねえ。」
「なんだいきなり。」
「だって、途中色々混じってヨウメイと討論してたじゃない。」
「そうか?私はルーアン殿の方が縁が深いと思うが。」
「確かに縁が深いけど、深いって言うよりは広く浅くよ。
とりあえずあたしはヨウメイに色々教えてもらいまくったってだけの話だもの。」
「そうか・・・。なら私の方が深いのかもしれないな。」
「結構謎よね、あの子も。もちろんあんたも。」
「ヨウメイ殿はほんと分からない所が多い。今回は良い機会だから思い切って色々訊いてみる事にする。」
「・・・なんで昔とかに色々聞かなかったのよ。しょっちゅう会ってたんでしょ?」
「その頃はこんな和やかな質問など出来る状況ではなかったからな。」
「そっか。確か二人っていがみ合ってたわね。」
「今回はその話はするつもりはないがな。まあ、質問時間を待たれよ。」
「はいはい・・・おっと、そうこうしてるうちに新たなおやつがやって来たわ♪」
ルーアンの言う通り、シャオと離珠とヨウメイが、大量のおやつを抱えて戻って来た。
ちゃんと食べやすい様に大きさ等を考えている。
「お待たせしました。皆さん、ヨウメイさんからの提案なんですが・・・。」
「もしかしたら長くなりすぎると思うので、夕飯もここで食べていってください。」
「だそうです。もちろん、ちゃんと美味しい料理を作りますからね。」
(というわけでしっ!)
最後に離珠が付け足した様にビシッと指を差す。
皆は、そんなに長くなるのか?と思いつつも、新たなおやつを有り難く戴くのだった。
時計は午後三時。それほど時間が経っていないのは、密かにヨウメイが時の流れを遅くしたからだ。
当然それは時の精の力を借りて、という事である。
ヨウメイに眠気が襲ってこないのは、それだけ気合が入っているという事だろう。

「それでは食べながらでも再開しましょう。次の質問者は誰ですか?」
「・・・はい。」
「いよいよ主様ですか。ではどうぞ。」
「ヨウメイってさ、他の三人に比べてあんまり役目が十分に果たせて無いだろ?」
「ええ、そうですよ。それはずうっと最初にちょこっと述べましたね。」
少しばかりひきつるヨウメイの顔。しかし太助は構わずに続けた。
「それでさ、なにか不安とか感じない?今日それに関してキリュウに言われたんだけど。」
「・・・嫌、ですね。」
「嫌?」
「主様に知識を教える事が満足に出来ないなんて・・・それこそストレス溜まりますよ。」
「うっ、そ、そうだよなあ・・・。」
「でもね、これは特別な場合ですしね。なんといっても、
花織ちゃんと熱美ちゃんとゆかりんという素敵な親友が居るし!!」
三人の顔をそれぞれ見ながらいかにもという感じで告げるヨウメイ。
それに対して、三人の顔は笑顔になり、それとなしに照れるのだった。
「・・・それにまあ、勝手に色々研究も出来ますしね。」
「そ、そう。」
「だから、そんなに無茶苦茶な不安とかはありません。でも、もうちょっと色々聞いてくださいね。」
「うん、分かった。」
こくりと頷く太助に、ヨウメイは満足そうな笑みを浮かべた。
「・・・って、最初の方にも言ってたような気が・・・まあいっか。
それで、他に質問は無いですか?」
「うーん・・・過去の主達に、どういった知識を教えてきたのかなあ?って。」
「世界の成り立ち、そしてその原則、法則。後は、現実的に実用的なものです。」
「例えば?」
「例えば、どこで買い物をすれば良いか、とか。ある事柄をするのに最善の方法とか。
まあ、主様の場合は、世界の成り立ちすら教えられてないですけどね。」
「・・・だから悪かったって。」
「そんなに気にしなくていいですよ。損をするのは主様ですから。」
「そういえばキリュウもそんな事言ってたな。ヨウメイに教えてもらわないのは愚かだって。」
「ありゃそうなんですか?もう、キリュウさんったらほんとの事を・・・。」
「照れてないで続けられよ、ヨウメイ殿。」
“悪い癖だ”と心の中でため息をつきながらキリュウが横から諭す。
それを聞くと、ヨウメイは再びきりっとした顔になるのだった。
「では主様、他に訊きたい事は?」
「そうだな・・・髪の毛の色について。」
「髪の毛の色?」
「そ。なんでヨウメイの髪の毛って金色なんだ?」
「そりゃまあ、そういう色ですから。別に色をつけたって訳でも無いですし。」
「そうなの?」
「そうですよ。なんだってんですか。」
「いや、なんか他の三人と比べてあれかな・・・って思って。」
「目立ってますか?でもルーアンさんに比べりゃあ。」
言いながらルーアンを見るヨウメイ。太助も同じ様に彼女を見た。
「な、なによ・・・。」
「言われてみればルーアンに比べればぜんぜん目立って無いか。」
「でしょう?」
「い、いいじゃないの!あたしだって目立って無いわよ!!」
「別に悪いとも言ってませんが・・・。」
「ま、いいや。くだらない事聞いちゃったな。」
ぽりぽりと頭を掻く太助。
確かに彼の言う通り、くだらない事柄ではある様に思えるが・・・。
「では次の質問をどうぞ。」
「ちょっと日常的な事になるけど。」
「ええ、何でもいいですよ。この機会に是非いろいろ訊いて下さい。」
「はいはい。えーと、ヨウメイって授業中はどんな事してんだ?」
「授業中?」
「そう。ルーアンみたく勝手な事やってんじゃないかって。」
「ちょっとたー様、それどういう意味よ。」
さりげなく名前を出されて、素早く口を出すルーアン。
が、ヨウメイはそれに気にせずに答えた。
「別に勝手な事はやってませんよ。」
「嘘は駄目だぞ。愛原達から聞いたんだ、いきなり授業をやり出すって。」
「・・・別に良いじゃないですか。憂さ晴らしですよ。」
「キリュウでしか憂さ晴らしはしないんじゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれ。どうも学校という施設に居るとそういう事をしたくなるんです。」
「なんちゅう体質だ・・・。」
「いいじゃないですか。ヨーロッパの教会じゃあ結構喜ばれたんですよ。」
「ここは日本なんだけど・・・。」
「更にアフリカの子供達にも・・・そうそう、その時に天使の様な人に会いました。」
「はあ?何言って・・・」
「今思えば、あれは主様のお母様だったのかもしれませんね。」
「「なんだってー!?」」
太助と同時に那奈も立ち上がった。
いきなり我が母の話が出たのだから、それなりの反応である。
「ほ、本当に母さんに会ったのか?」
「いえ、はっきりとは言えませんが・・・」
「統天書で調べれば分かるだろ!」
「は、はあ、そうですね・・・。」
那奈に何故か急かされて統天書をめくり始めるヨウメイ。と、ぴたっとめくる手を止めた。
「やはりあの方が主様のお母様、さゆりさんだったみたいですね。」
「そうだったのかー!!という事は・・・母さんはヨウメイと面識がある!?」
「まあそうなりますねえ。」
「ちょっと待てヨウメイ。母さんは何て言ってた?」
「何がですか?」
「だからあ、ヨウメイと会った時だよ!」
「え〜と確か・・・

『偉いわねえ、色んな事を教えてあげるなんて。』
『いえいえ、これが私の役目ですから。』
『なかなかできない事よ。それにしても精霊さんだったなんてね。』
『ええ。大抵の人はそれで驚くものなんですけど・・・。』
『別にそんな事関係無いじゃない。大切なのは何ができるかという事でしょ?』
『ま、そうなんですけどね。ところで・・・七梨さん?』
『なあに?』
『今日の夕飯は何を作りますか?』
『今日はねえ・・・。』

・・・という事です。」
「・・・なんか余計な部分多く無いか?」
「それよりなんで七梨さんなんだよ。」
「あのね、私はさゆりさんに仕えていた訳じゃないんですから・・・。」
「それにしてもまさか母さんと面識があったなんて思いも寄らなかったなあ。」
「私も、今思い出して驚いてますよ。まさかさゆりさんの息子さんに仕える事に成るなんて。」
「とにかくいろいろあるって事だな。」
「うん、そういう事だ。」
・・・というあたりで、うんうんと頷いて納得する太助と那奈とヨウメイ。
黙ったまま聞いていたほかの面々であったが、シャオは笑顔をヨウメイに向けた。
「ヨウメイさん、良かったですね。」
「え?ええ、まあ。」
「ところで、それはいつのお話なんですか?」
「かれこれ五年以上前にはなると思いますけど・・・。」
「「五年ー!?」」
またもや太助と那奈が立ちあがった。
「五年って言ったら・・・俺が小学生の時かー!」
「その頃あたしは・・・まあいいや。」
「おい那奈姉・・・。」
「なんだよ太助、別に良いだろ。それにしても五年かあ。
・・・あれ?なんで母さんはこの前会った時にも喋らなかったんだろう?」
「それはですね、こういう訳です・・・。」
何やら深刻そうな顔をしてヨウメイが語り出す。
と、太助も那奈もシャオも、そして周りの皆も真剣な顔つきになるのだった。
「それはある日の事・・・
(略)
・・・です。」
「・・・おい、略ってなんだ、略って。」
「ちっともわかんないぞ。」
「やだなあ、冗談ですよ、冗談。多分さゆりさんが忘れてたんでしょうね。
まあ無理もありませんよねえ、ちょっとお会いしただけですから。
それでも端から見てると天使の様に見えて・・・って、どうしたんですか?皆さん。」
明るく話し始めたヨウメイだったが、皆の厳しい視線に口を閉じる。
そして、次第に引きつった笑いを浮かべながらうつむき始めるのだった。
「はは・・・すいません。」
「那奈姉、どうする?」
「そうだな・・・家の階段の上り下り千回やってもらおうか。」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ!!なんだってそんな無駄な事を!!」
「何言ってるんだ、体力がつくだろう?」
「嫌です、嫌だ、嫌だ〜!!!」
立ち上がって耳がキーンとなる声で力いっぱい叫ぶヨウメイ。
そして、発声が終わったかと思ったら今度は座って泣き出してしまった。
「うえーん、嫌だよう・・・。」
「よ、よしよし、楊ちゃん・・・。」
片方の手で自分の耳を、そしてもう片方でヨウメイの頭をなでなでする花織と熱美。
不意を疲れてふらふらしていた太助と那奈は疲れた様に告げた。
「わ、分かった、別にそんな事はしなくていいから。」
「質問時間に戻ろう、な?」
「ぐすっ・・・はい・・・。」
泣き止んだ様だが、まだ少しぐずついた感じのヨウメイ。
それでも、太助は改めてヨウメイの方を向く。
とばっちりを食らった他の面々は、何気無しに太助の方を睨むのだった。
「それでは主様、他の質問をどうぞ。」
「ああ。・・・って、途中になってたと思うんだけど。」
「途中に?あ、そういえばそうですね。授業がどうたら。」
「そう。いくらなんでも先生の授業を取るのは・・・。」
「・・・前にも言いましたが、原因は主様なんですけど。」
「・・・分かった、別の質問に行こう。」
「逃げましたね。」
「だああ、もうそれは済んだだろ!?だから別のやつ行こう、な?な?」
「はいはい。それで別の質問とは何ですか?」
「なんでそんなにおやつ好きなんだ?」
「だっておやつは美味しいじゃないですか。」
「いや、美味しく無いおやつもあるだろ。」
「まあ・・・そうですね。でもでも、なんか好きなんです。」
「はあ、そうなの・・・って、納得できるか〜!」
「主様はおやつが嫌いなんですか?」
「誰がそんな事言ったよ。俺はその説明じゃあ納得出来ないって言ってるの。」
「うーん、なんと言いましょうか・・・その・・・。多分性格でしょう。」
「よし、納得した。」
「本当ですかぁ?」
「なんだよ、その疑わしい目つきは。」
「だって、“なんか好き”で納得できなくて、どうして“性格”で納得できるんですか。」
「似てるけど・・・例外もあるんじゃ無いの?」
「なんですかいきなり・・・。まあいいです、次の質問どうぞ。」
「普段は統天書をどうやって持ってるんだ?」
「どう・・・って、ただ抱えて持ってるだけですよ。」
「そんなに大きいのに?」
「そういえば大きいですよね。困ったもんです。」
統天書をしげしげと見つけて笑うヨウメイであった。
「おい・・・。」
「ちょっとした冗談ですよ。使わない時は小さく纏められるんです。」
「小さくしてるって事か?」
「それだとキリュウさんと同じに成っちゃうじゃないですか。纏める、です。」
「纏める?」
「そうです。この統天書が占めている空間を縮めて・・・まあいいですよ、小さくしてるってことで。」
「でも楊ちゃん、見かけた時はほとんど大きいままだよね?」
横から花織が口を挟むと、ヨウメイはすぐにそれに答えた。
「うん、しょっちゅう使ってるから。よほど長時間使わない限りは、ね。」
「ふーん、なるほどお。」
花織と一緒に熱美やゆかりんも納得。
普段良く一緒に居る為、それとなしに気になっていたのであろう。
「それで主様、他に質問は?」
「えーと・・・うーん・・・そうだ!」
「はい?」
「何でも良いんだな?」
「ええ、なんでもいいですよ。何を今更・・・。」
「じゃあ、ルーアン達が言っている、原因と結果がどうたらって理論について教えてくれ。」
太助のその言葉にヨウメイは驚愕の表情になる。
思わず落としそうになった統天書を慌てて抱えるのだった。
「あの・・・本気ですか?」
「ああ、本気。」
「最初ルーアンさんが訊こうとしましたがキリュウさんが止めたじゃないですか。
だからやめときましょう、ね?」
「いいじゃん、別に。俺が聞きたいんだからさ、説明してよ。」
「随分と積極的ですね。」
「なんかさ、質問してるうちに聞きたい気分に成ってきたんだよ。」
「・・・分かりました。ですが、全部は語りません。」
「ええ?なんで?」
「全部を語っているうちに狂い死にされても嫌ですから。」
太助の顔がひきつる。つい先ほどとは逆のパターンだ。
「そんなにややこしいの?」
「ええ、そうです。でもご心配なく。簡単なものを分かりやすく説明いたしますから。」
「あ、ああ、頼むよ。」
「それでは説明を始めますね。皆さんもしっかり聞いてください。」
ヨウメイの呼びかけにより、何気なく聞いていただけの皆が注目。
すると、ヨウメイは自分の席の手元にある湯のみを手に取った。
「この湯のみにはお茶が入ってますね?」
「あ、ああ。」
「このお茶を・・・。」
太助が皆の代表という感じで返事すると、ヨウメイは湯のみの中のお茶をごくごくと飲み出した。
数秒の後に、中身が空になったのか、湯のみをテーブルの上に置く。
「・・・ふう、美味しかった。」
「あの、ヨウメイ?」
「まあまあ慌てずに。さて主様に質問です。
この湯のみに入っていたお茶、どうして無くなったんでしょうか?」
「はあ?」
“何を・・・”という反応を見せる太助。皆も同じ顔だ。
「ほらほら、どうしてですか?」
「そんなの・・・ヨウメイが飲んだからに決まってるじゃないか。」
「御名答。」
笑顔でぱちぱちと拍手するヨウメイ。太助はますます訳がわからなくなった。
「あのさあ、それって当たり前の事なんじゃ・・・。」
「だからあ、それが原因ですよ。」
「は?」
「この湯のみに入っていたお茶が無くなった原因は、“私が飲んだから”ですよね?」
「ああ。」
「全ての事柄にはこれと同じ様に原因という物が存在します。
主様が説明して欲しいと言っていた理論、それはそういう事です。」
「それって・・・因果律ってやつ?」
「そう、その通り。ただ、一般に言われている因果律と、私が語っている因果律は少し違うんです。」
「どういう事?」
「それを語る前にまず、私の術について言っておきましょうか。
一番最初に主様を使ってど〜たらこ〜たらという術を言いましたよね。」
「ああ、言ってた。」
「私の術は、大抵何かしらの原因によって使えるものです。
例えば、封印を施しているものは分かりやすいですね。主様を怒らせて・・・ってな具合で。」
「はあ、そうだよな。」
「とりあえずこれを一つ、覚えておいてください。」
「うん分かった。」
太助が頷いた所で、急須からお茶を注ぎ始めるヨウメイ。
一息つく、という意味のつもりだろう。
そして、入れ終わった後に再びお茶を飲み出す。今度は少し飲んで湯のみを置いた。
「それでは次の話行きましょう。さっきお茶が無くなったのは私が飲んだのが原因でしたね。」
「うん。」
「他に無くなる原因は思いつきますか?私が飲まなかったとしたら、です。」
「え?そりゃあ・・・中身のお茶を飲まずに捨てるとか、じゃないの?」
「それだけですか?」
「他にも色々あると思うけど・・・それがどうかしたのか?」
訊き返す太助。ため息をついたヨウメイだったが、少しぶつぶつ言った後に笑顔を見せる。
「まあそんなところでいいでしょう。あまりごちゃごちゃ言ってもあれですしね。
で、とにかく一つの結果に色々原因がある、これもよろしいですね?」
「え?あ、ああ・・・。」
「そういう事です。すべてのものには原因が存在、そしてその原因そのものは何種類もある。」
「それで?」
「以上です。」
きっぱりと言ったヨウメイ。何やらすがすがしい顔でお茶をすすり出した。
当然皆はそれに納得出来るわけも無く・・・。
「ちょっと待てよ、そんなの当たり前の事じゃないか。」
「例えばあたしが絵を描いたりするのだって、鉛筆を使ったり筆を使ったりする、ってのと同じだろ?」
「私はもうちょっと神懸りなことを期待してたんですよ。」
「楊ちゃん、全然難しくないじゃない。」
口々に意見、そして文句を言い始める。
と、それを制するかのようにヨウメイは立ち上がった。
「では、簡単な例を示しておきましょう。本当はしたくないんですけどね・・・。
あそこに扉がありますね?」
すっとヨウメイが指差したのは、リビングと廊下とを隔てているドア。
皆はしんとして頷いた。
「あのドアを開けるにはどうすればいいですか?」
「近寄って開ける!!馬鹿にしてんじゃないぜ。」
ここぞとばかりにたかしが一番に叫んだ。しかしヨウメイは涼しい顔である。
「こうやっても開くんですよ。えーと・・・あ、熱美ちゃん、その湯のみって何製かな?」
「な、何製・・・って?」
「ロンドン製だよ。ダメだなあ、そんな事も知らないなんて、学生失格だね。」
当然唖然とする熱美。だが、けたけたと笑い出したヨウメイによってがたっと立ち上がる。
「なんでそんなので学生失格になるのよ!!おかしいよ!!」
「・・・はい、皆さん扉に注目!」
怒鳴られた途端に急に表情を変えてヨウメイは告げた。
と、皆が扉にそれとなしに見ると、その扉はきい〜っと音を立てて開いて行く。
≪ええっ!!!?≫
きちんと閉められていた筈なので、もちろん風等ではない。
なんといっても、取っ手がきっちり回っていたのだから・・・。
「どうですか?私が熱美ちゃんを笑い飛ばした為に、熱美ちゃんが立ちあがった。
その為にドアの扉が開いたんです。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
一番に言ったのは当然熱美。なんと言ってもその原因となった人物だから。
「なんでわたしが立ち上がっただけで?」
「本当なら熱美ちゃんは立ちあがる訳は無かったの。時間の流れ的に、絶対にね。
けれど、私がそういう未来を無視して立ち上がらせた、しかも自然に。
だからそういった矛盾に反応してその扉は開いたの。そういう事だよ。」
笑顔で説明を終えると、ヨウメイは熱美を座らせ、自分も座った。
もちろんそれで合点がいかない者も居て、当然ヨウメイに質問を投げかける。
皆を落ち着かせる事も兼ね、ヨウメイは改めて一人一人の質問を受け入れて行くのだった。