小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


キリュウとヨウメイはその様子を見ていたのだが、やがて二人で頷きあった。
「続きはまた明日、という事にしようか、ヨウメイ殿。」
「そうです。今日はここまで、ですね。」
その言葉が太助の耳にしっかり届いたようで、騒ぐ皆を止めて二人に言った。
「俺はまだまだやれるよ。この程度で終わっちゃあ申し訳無い。」
「そうだぜ、二人とも。今日の太助は一味違う!というわけで続きをやろうじゃないか。」
那奈の威勢の良い声にも、キリュウとヨウメイは首を横に振った。
「もう時間も押しているしな。真っ暗でやるのは危険だ。」
キリュウの言葉に皆はあたりを見まわす。確かにもうすぐ日が沈もうという時間である。
「それに明日は丁度休みでしょう?頑張るんなら明日一日頑張ってくださいよ。ね?」
ヨウメイに促されて納得しようとした太助達。
しかしそれを遮るかのように、花織が“え―っ!?”と叫んだ。
「楊ちゃん、あたしが考案したやつはやらないのお?夜の方がいいんじゃない?」
「あれは夜の方が危険だもの。ちょっと無理だよ。」
「そうなんだ。じゃあ仕方ないなあ・・・。」
がっくりと肩を落とす花織。熱美とゆかりんがまあまあとなだめていると、
内容が気になった出雲が尋ねてみた。
「あの、花織さんが考案したものってなんですか?」
「言えませんよ。でも“お星様きらきら〜”とだけ言っておきますね。」
「お星様きらきら〜?」
一斉に首をかしげ出すみんな。シャオだけは笑顔になって花織に言った。
「なんだか素敵な試練ですね。さすがは花織さんですわ。」
「えへへ〜。シャオ先輩、ありがとうございます。」
笑顔で返した花織だったが、傍の二人は“そんな良いもんじゃないのに”と心の中で呟いていた。
考えても分からなかったキリュウがヨウメイに尋ねる。
「ヨウメイ殿、一体どんな試練だ?」
「あのね、キリュウさん。ごにょごにょ・・・。」
キリュウに耳打ちするヨウメイ。途中でキリュウの顔が一瞬こわばった。
「・・・というわけなんですよ。」
「なるほどな。確かに夜やるのは危険だな・・・。」
うんうんと頷くキリュウ。遠くからそれを見ていた翔子は那奈に聞いてみる。
「那奈ねぇ、一体なんだと思う?」
「うーん、お星様きらきら〜ってことは星に関係あるんだよな・・・。」
そして二人一緒になって考え込んでしまった。
もちろん、たかし、乎一郎、ルーアンも考え中である。
そのうちに出雲が考える姿勢を止めてはっとする。ピンとひらめいたようである。
「あの、ヨウメイさん。ひょっとして私はまたお手本を見せなければいけませんか?」
「別にやらなくていいですよ。でもやってみたいって言うんならどうぞ。」
「い、いえ、遠慮しときます・・・。」
両手を振って拒否する出雲。そしてちらりと花織達を見やると、
熱美とゆかりんの二人は、“正解だ”といわんばかりに目で答えた。
そこでほっとする出雲。それと同時に、太助を複雑な表情で見つめた。
「?なんだ、出雲。俺の顔になんかついてるか?」
「いえ、別に。太助君、やる気十分は結構ですが、
明日に備えて今日は休んだ方がいいですよ。」
出雲の言葉に改めて首を傾げる太助。
シャオは出雲の言葉にきょとんとしていたが、やがて太助の方へ向き直って言った。
「出雲さんの言う通りですわ、太助様。今日これだけ頑張ったんですもの。
無理はせずに、今日はもう試練はやめにしましょう。」
しばらく考えていた太助だったが、やがてシャオを見て頷いた。
「そうだな、あんまり無理して心配かけてもいけないし。
今日はこれで終わりにしようか。みんな、お疲れ様!」
太助の元気のいい声に、みんなは“まあしょうがないか”とぞろぞろと帰り出す。
「さようならー、また明日!」
「しっかり試練頑張ろうぜ!」
「明日もちゃんと応援に行きますからね―!」
皆がそれぞれ挨拶を交し合って、学校に残ったのは七梨家のメンバーのみとなった。
とりあえずそういう事で、本日の試練は終了となったのである。

家に帰る途中、キリュウが何気なしに呟く。
「そういえばどこで試練をやろうか。休日は学校でやらない方が良いだろうな。」
「どこか広い空き地は無かったでしょうか。また家に帰った後調べてみます。」
「うむ、頼んだぞヨウメイ殿。」
「当然。任せておいてください。」
すっかり仲良くなった二人言葉を交わす様子を見て、シャオがにこやかに言った。
「ほんとお疲れ様でした。今日は腕によりをかけておいしい料理を作りますからね。」
「ありがとうございます。昨日と同じく、期待してますよ、シャオリンさん。」
「シャオ殿の作る料理はどれもおいしいからな。」
「はい、楽しみにしていてくださいね。」
笑顔で会話する三人を見て、太助の心も和む。
そして、“よーし、明日も頑張るぞ―”と気合を入れるのだった。
一方、那奈とルーアンはまださっきの星の試練について考え込んでいた。
腕組みしながら顔を上げたり下げたりと・・・。動作は違うものの、何やら懸命である。
それがシャオも太助も気になったのだろうか。ヨウメイに尋ねてみた。
「あの、さっき花織さんが言っていたお星様の試練てどんなものなんですか?」
「あんなに考えられちゃ俺だって気になるよ。教えてくれないかな。」
しかしヨウメイは、“駄目です”と首を横に振った。
キリュウはキリュウで、“教えてどうなるものでもない”と突っぱねた。
「だいたい、今日やった試練だっていきなり教えたじゃないですか。
明日も今日のような調子で、いきなりクリアーしてくださいよ。」
その言葉に、“まあ仕方ないか”と二人はあきらめた。
那奈とルーアンはあいも変わらず考え込んでいたが・・・。
そのうちに家に到着。いつものようにそれぞれが行動し、夕食の時間となる。
「うーん、おいしい!今日はなんだか特別においしいよ。」
夕食開始直後に声を上げたのは太助。試練を超えたという開放感からだろう。
いつもにも増して笑顔を浮かべており、なんだか別人にも見える。
「太助様、御代わりはたっぷりありますから、たあくさん食べてくださいね。」
シャオがついで渡した茶碗の中身を、がつがつと勢いよく口に運ぶ。
まさに、ルーアンも顔負けのたべっぷりである。
「負けてたまるもんですか!シャオリン、あたしにも御代わり!」
「はいっ。どうぞ、ルーアンさん。」
「ありがと。がつがつがつ・・・。」
ルーアン自身も太助に負けず劣らずの勢いで食べる。
キリュウ、ヨウメイ、那奈の三人はそんな二人に圧倒されていた。
「・・・すごいですね。良い光景です、うんうん。」
驚きながらも笑顔で感心するヨウメイ。
キリュウも“そうなのか”と納得し、やがて元気よく食べ始めた。
その様子に更に笑顔になるヨウメイ。なんだかとってもうれしそうである。
那奈はあきれ顔になってそれを見ていた。
「一体なんの競争だ?これは・・・。」
呟きながらも、自分のペースで御飯を口に運ぶ。
その頃には、ヨウメイ、そしてシャオまでもが勢いよく食べ始めていた。
那奈はますますあきれ顔になって、御飯をぱく、ぱく、と食べつづけていた。

騒がしい、戦争のような夕食が終わってリビングでくつろぐ太助達。
いつも通り、シャオの入れたお茶を飲みながら一息ついている。
「ふう、美味いなあ・・・。シャオの入れたお茶ってどうしてこんなに美味しいんだろうな。」
「シャオリンさんがお茶を入れるのが上手だから、ですよ。主様。」
「そうかあ。シャオってお茶を入れるのが上手だもんなあ・・・。」
よくわからない会話を交わす太助を見て、那奈は一つため息をついた。
「おい太助、なんだか夕方から変だぞ。」
「そうかなあ。ちょっと心に余裕が出来たってだけだよ。」
少し言葉を返してお茶を飲み出す太助を、那奈は不思議そうに見つめていた。
那奈だけでなくルーアンとキリュウもそんな感じだったのだが、
やがてそれぞれで適当に納得して、お茶をすすりに戻った。
とその時、シャオがお茶を飲み干して立ちあがった。
「キリュウさん、ヨウメイさん、明日は大勢で試練をなさるんですよね?」
その質問に二人とも頷く。するとシャオは気合の入った顔でこう言った。
「だったら沢山お弁当を作らなくては。
明日に備えて、先に休ませていただいてもかまいませんか?」
その言葉にこくこくと頷く面々。しかし太助は立ちあがった。
そして、なんとシャオの手を取って気合たっぷりの声で言った。
「シャオ、俺明日も頑張るから、美味しいお弁当頼むよ。」
「はいっ、任せてください!」
太助に笑顔で答えて、リビングを後にするシャオ。
その後を追うように、ルーアンと那奈も立ちあがって、挨拶をしてリビングを出た。
何やら二人とも怪訝そうな目つきで太助を見ていたが・・・。
太助はいったん腰を下ろし、湯のみのお茶を飲み干すと再び立ちあがった。
「それじゃあ俺ももう寝るから。二人とも、しっかり頼むぜ。」
そして意気揚々とリビングを出て行こうとする。
その時、キリュウが太助を呼びとめた。
「主殿、明日の試練は今日以上につらいかもしれんぞ。気を引き締められよ。」
「分かってるって。・・・ヨウメイも何か言いたい事があるんじゃないの?」
するとヨウメイは、チラッと太助の方を見た。
「試練の種類は三つです。とだけ言っておきます。おやすみなさい。」
それだけ言うと、ヨウメイはお茶をすすり出した。
太助はなんとなく不思議に思ったのだが、それ以上は聞かずに二階へと上がって行った。
「さて、私達も部屋へゆくとするか。」
「そうですね。」
キリュウとヨウメイも立ちあがった。
時間はまだ九時にもなっていない。もちろんそんな事は気にもとめずに、
二人とも明かりを消して自分達の部屋へと上がって行ったのである。
周囲の家よりも、一足先に静かになった七梨家であった。

≪第九話≫終わり


≪第十話≫
『みんなの試練な一日』

昼の三時間くらい前の朝という時刻。この町の上空を飛ぶ四つの影があった。
一つは何やら竜のようなもの、一つは長い竿のようなもの、
一つはとっても大きな扇、そして最後の一つは絨毯のようなものである。
それぞれに何人か人が乗っており、わいわいと騒いでいる。
そう、太助達だ。結局昨日のメンバーのまま試練を行おうという事になり、
こうしてみんなで遠くの試練場へと向かっているのである。
とは言うものの、試練を与えるのはキリュウとヨウメイ、
そしてそれを受けるのは太助、あとは全て見物&応援という事であるが・・・。
「一体どこまで行くんでしょうねえ、ルーアン先生。」
乎一郎が何気なく尋ねる。実は行き先を知っているのはキリュウとヨウメイのみ。
他のみんなはそれに従っているだけなのである。
ルーアンはちょっと振り返って首を振って答えた。
「知らないわ。でもかなり遠くなんだって、ヨウメイは言ってたわ。
相当すごい試練をやるみたいだから・・・。」
「へえ、そうなんだ。」
ルーアンと会話が出来て嬉しそうな乎一郎。
たかしはその横で不機嫌そうに座っていた。
なんと言ってもシャオが乗っている軒轅の上ではないのだから。
短天扇に乗っている翔子がそれを見て呟く。
「野村のやつ機嫌悪いな。たく、自分でくじを作ってきやがったくせに。」
「でもまあ、ばっちりうまく分かれたもんだよな。太助とシャオが二人っきりになるように。」
そう、翔子の言う通り、たかしが乗る場所を決めるくじを作ったのである。
しかし、ヨウメイと花織と熱美とゆかりんはそれを引くことを拒否。
四人で仲良く一緒の絨毯に乗って飛んでしまった。
それぞれ二人ずつ、残るメンバーで席を決めたわけである。
くじの結果、出雲と那奈はキリュウの短天扇に。
たかしと乎一郎はルーアンの陽天心竿に。
翔子と太助がシャオと一緒に軒轅に乗ることになったが、
翔子は遠慮して、キリュウの短天扇に無理矢理乗ったのである。
それで、太助とシャオは二人っきりで軒轅に乗っているのだ。
「それにしても翔子さん、強引ですねえ。
キリュウさん、定員オーバーじゃなかったんですか?」
出雲がそれとなしに尋ねると、キリュウはきりっとした顔で言った。
「試練といわれたのだ。耐えねばなるまい。
それにしてもこんな事で主殿の試練にもなるとは思えないのだが・・・。」
翔子にいろいろささやかれたのが周囲の皆によく分かった。
しかし、軽く笑いながら頭を掻く翔子に、皆は何も言えないままであった。
一方シャオと二人っきりの太助。いつものようにうじうじしているのではなく、
気合ばっちりな顔でシャオと話をしていた。
どうやら、二人とも試練のことで頭がいっぱいのようである。
それでも仲良く話をしていることには変わりないのであるが・・・。
「みなさーん、もうすぐ着きますよ―!」
ヨウメイが前の方から叫ぶ。見ると、前方にだだっ広い空き地が姿を現した。
校庭の十倍はあろうかという広さである。
目的地がせまったことに、太助は再び気合を入れなおした。
「太助様、頑張ってくださいね。
「ああ、ばっちり見ていてくれよ、シャオ。よーし、頑張るぞ―!」
太助が上げた声と同時に、それぞれの乗り物は高度を下げて行く。
そして数分後にはその空き地へと着地した。

昨日と同じく、試練を受けるもの、与えるもの、それを見物するものと分かれて座る。
座っている席順は左から順に、
シャオ、翔子、那奈、出雲、ルーアン、乎一郎、たかし、熱美、ゆかりん、花織、である。
まずはキリュウが前に出て説明を始めた。
「では説明するぞ。これから主殿はこの位置から向こうまで走ってもらう。
向こうまで辿り着いたらこちらまで戻ること。以上だ。」
“はあ”と頷く太助。しかしすぐにヨウメイがフォローを入れた。
「キリュウさん、もう少し言わなくちゃ駄目じゃないですか。
主様、当然私とキリュウさんの障害が入りますからね。
生きて帰ってきてくださいよ。」
「・・・・・・。」
今度は太助は固まった。キリュウがヨウメイをつつく。
「ヨウメイ殿・・・。」
「あ、ああ、すいません。大怪我をしないように頑張ってくださいね。」
ヨウメイの言い直しにもなんとなく納得がいかない太助だったが、やがてもう一度頷いた。
たかしと乎一郎は、お互い顔を見合わせてひそひそと話する。
「昨日と同じって感じだな。ヨウメイちゃんもすらっと言うかなんというか・・・。」
「ほんとだね。でもあんまり余計な事を言わない方が良いよね。昨日のこともあるし・・・。」
他の皆も同じようなことを喋る。ヨウメイはそれを静めるように“ごほん”と咳払いした。
「それでは試練開始です。キリュウさん、お願いしますよ。」
「うむ。では走られよ、主殿。」
あっさり開始が告げられ、太助はおもいっきり走り出した。
結構な距離があるので、ただ走るだけでもかなりの運動になる。
加えてキリュウとヨウメイが障害をつけるというのだから、試練になる事間違いなしだ。
太助が二百メートルくらい走ったところで、
キリュウが短天扇に乗って、太助へと近づいて行った。
しかし途中でひょいっと降りる。とはいっても、地面では無くちょっとした物の上に。
遠くからキリュウとヨウメイは頷き合い、それぞれの道具を構えた。
「万象大乱!」
太助の前方の石が巨大化して、太助の前に立ちふさがる。
「いつもやってるやつじゃないか。よーし!」
一言声を上げたかと思うと、素早くそれを上り始める太助。
あっという間に石の山を越えて、再び走り出した。
「来れ、地震!」
今度は太助の足元がぐらぐらと揺れ出す。
しかしバランスを失うことなく太助は走りつづけ、あっという間に向こう側に辿り着いた。
すぐさま引き返して、かなりの速さで走り戻ってくる。
それを見た見物客達は、次々に言葉を発した。
「すごいですわ、太助様―!」
「なかなかやるじゃね―か。この程度なら楽勝って訳だな。」
「おおげさな事言ってたけど、大した事無いじゃないか。ヨウメイも人が悪いなあ。」
「この程度なら私がまず走っても良かったかもしれませんね。」
「えらく簡単に済ましたわね。でも、後半どうなる事やら。」
「太助君、さすがだなあ。僕なら最初の石でダウンしてるかも。」
「ふっ、俺ならもっと速く走ってやるのに!」
「またまた嘘ばっかり。野村先輩が七梨先輩に勝てるわけ無いじゃないですか。」
「それにしてもずいぶんおとなしいね。地震ったってほとんど揺れてなかったし。」
「うーん、楊ちゃんのことだから絶対にすごいのを用意してると思うなあ。」
一通り喋り終わった頃には、太助はもう半分まで来ていた。
その時には、キリュウもちゃっかりヨウメイの居る場所へ戻っていた。
「どうでしたか、キリュウさん。」
「まあ大丈夫だろう。ではいこうか。」
キリュウの言葉に頷くヨウメイ。そして二人は再び道具を構えた。
「来れ、地割れ!」
ヨウメイが叫ぶと同時に、太助の前方の地面に小さな裂け目が発生した。
しかし、悠々と飛び超えられそうなものである。
太助は気にもとめずに走るスピードを上げたのだが・・・。
「万象大乱!」
キリュウの声により、それは五メートルはあろうかという巨大なものに変わった。
慌てて太助は急ブレーキをかける。ぎりぎりの位置で止まることが出来た。
恐る恐る覗きこむと、底が見えない深さだということが確認できた。
「・・・これを飛び越えろってか?よーし、やってやろうじゃないか!」
太助は助走を付けるために素早く後戻りし始めた。しかし戻った直後、
「来れ、地震!!」
と、ヨウメイが叫んだ。太助が居るところはもちろん、なんと見物客達の方まで揺れ出した。
いきなりの事にパニックになるみんな。
「きゃああああ!!地震、地震―!!」
「お、落ちついてって花織!」
「うわあ、先生、怖いですう―。」
「遠藤君、ドサクサにまぎれて抱き着いてこないでよ!!」
ルーアンの怒りの声を聞いた出雲とたかし。
急いでシャオの傍へ行こうとしたが・・・、
『ボカッ!!』という那奈と翔子のカウンターを食らって、あえなく撃沈となった。
「たく、シャオに抱き着こうなんてふてえやつらだ。」
「ち、違いますよ、那奈さん。私はシャオさんをお守りしようと・・・。」
出雲の弁解を聞いて、翔子がきょとんとしているシャオを指差す。
「シャオなら全然平気だよ。あんたらのお守りなんて要らないの!」
再び攻撃を食らってまたもや沈む出雲。
後ろの様子をやれやれと見ながら、ヨウメイは統天書を閉じた。
ぴたっと収まる地震。そしてキリュウが一歩前へ出た。
「主殿、地割れが大きくなってしまったぞ。それでもちゃんと超えられよ!」
太助は太助で戻ったところでおとなしく居た。
しかしキリュウの言う通り、そうしている間に地割れが広がったのである。
なんと幅十メートルはある。とてもジャンプして飛び越えるなど不可能だろう。
地割れに近づいてそれを確かめた太助は、“そんな無茶な”という顔で叫んだ。
「こんなの飛び超えられるわけないだろ!どう考えたって無理だよ!!」
するとヨウメイはそれを押し返すように言った。
「飛び越えろなんて言ってないでしょう。超えるんですよ!」
その言葉に黙る太助。“そんな事言ったって・・・”
とぶつぶつ言いながら考え込んでしまった。
しばらくして、太助の様子を見ていた那奈が、ふと呟いた。
「ひょっとして、地割れを降りて行って来いって事なのか?」
それを聞いたみんなが“ええっ!?”という顔で振り返る。
キリュウはゆっくりと振り向いて言った。
「その通りだ。いったん下まで降りて行って、それから上へ登ってくる。
下で必ず繋がっているはずだから問題あるまい?」
顔色一つ変えずに語るキリュウに、那奈たちは固まらざるを得なかった。
遠くに居ながらもそれが聞こえてきた太助は更に固くなった。
驚愕の表情で、しばらくの間地割れを見つめる。
顔を上げて向こう岸を見ると、キリュウとヨウメイはうんうんと頷いた。
再び地割れを見つめだす太助だったが、やがて意を決して地割れを降り始めた。
当然命綱など無しである。
普段の試練の成果を発揮するつもりで、ゆっくりと確実に降りていった。
シャオは声も立てられずにそれを見るしか出来なかった。
やがて太助の姿がみんなから見えなくなると、不安な声で皆は話し始めた。
という前に、ヨウメイが皆の方を振り返る。
「皆さん、私とキリュウさんはこれから地割れに下りて行きます。
当然試練を更に行わなければならないし、知らない所で事故が起きても困りますからね。」
「皆はルーアン殿のコンパクトで見られるがよろしかろう。
くれぐれも地割れに降りてこないように!では、行こうか、ヨウメイ殿。」
二人は再び背を向け、ヨウメイの飛翔球に乗りこんだ。
ふわりと飛んでったかと思うと、あっという間に地割れの方へと姿を消す。
ルーアンはため息をつきながらコンパクトを開けた。
とそこへ、我先に太助の様子を見ようと、皆が一気に押し寄せた。
もみくちゃにされながらも、ルーアンはなんとか皆を静めることに成功。
(当然陽天心召来を使ったことは言うまでも無いが)
コンパクトを囲んで皆でおとなしく見ることになった。
「真っ暗ですわ。こんな所に太助様は・・・。」
太助はなんとか写ったものの、きわめて暗い。すでに相当深いところに居るのだろう。
周囲の景色がかろうじて見えるという光ぐらいしか届いていないようだ。
「これじゃあすぐに見えなくなりますねえ。ルーアンさん、なんとかなりませんでしょうか。」
「そうだ!ルーアン先生、明るさをあげるとか出来るんじゃないんですか?
あと、色合いとか色の濃さとか。」
「花織ちゃん、テレビじゃないんだから・・・。」
たかしが突っ込んだにもかかわらず、ルーアンは何か操作しようとした。
驚いて乎一郎が尋ねる。
「先生、本当にテレビみたいなことが出来るんですか?」
「そんな訳無いでしょ。ちょっと角度を変えただけよ。」
ルーアンの声に“なーんだ”と残念そうな顔になる面々。
しかし、一つ思いついた熱美は、急いで地割れの方へ駆け出して行った。
慌ててゆかりんがその後を追う。キリュウに近づくなといわれていたのだから。
地割れのところで立ち止まった熱美の手を、慌ててゆかりんはつかんだ。
「危ないよ、熱美ちゃん。早く戻らないと。」
「待って、一応ちょっとだけ。」
そして熱美は頬に両手をあて、地割れのそこへ向かって叫んだ。
「楊ちゃ〜ん、聞こえてたら、七梨先輩を明かりで見えるようにして―!
こっちは暗くてなんにも分からないのー!!」
するとしばらく経ってから、
「うん、わかった―!!」
という声が返ってきた。OKサインを出して、
熱美はゆかりんと共にみんなのところへ戻った。

一方、キリュウとヨウメイ。
かなりゆっくりなスピードで降りているせいか、なかなか太助に辿り着けないでいた。
「ヨウメイ殿、今の声は・・・。」
「熱美ちゃんですよ。まったく、危ないって言ったのに・・・。
よーし、来れ、雷光!」
一瞬で昼間のような明るさになる地割れ内部。
二人は遥か下を降りつづけている太助を確認することが出来た。
「早くもあんなところに居るとは・・・。ふむ、なかなかのものだな。」
「ほんと、さすがは主様。さあ、早く行きましょう。」
二人はスピードを早めて下へ下へと降りていった。

こちらは太助。いきなりの閃光に目が眩んで危うく落ちそうになったものの、
なんとか壁にしがみついて、ゆっくりとゆっくりと下りていった。
そのうちに、ふわっと上から降りてきたキリュウとヨウメイに声をかけられた。
「主殿、頑張っているではないか。早くもこんなところまで来ているとは。」
「この調子だとすぐにも終わりそうですね。・・・主様、その怪我は?」
ヨウメイに言われてぴたっと止まる太助。
そしてゆっくりと苦笑いしながら振り向いた。
「最初にちょっと滑り落ちちゃってさ。危うく全部落ちちゃうところだったよ。
やっぱりこれを降りるってのは無理があるんじゃ・・・。」
弱気な発言をしながらも下りて行く太助に、ヨウメイは笑顔で言った。
「こうしてちゃんと生きているじゃないですか。大丈夫、主様なら超えられますよ。」
「そうだとも。もし落ちたとしても私達がしっかり助ける。
主殿は安心して降りて行かれよ。」
「はは、ありがとな・・・。」
軽く答えて、太助は降りるスピードを少し上げた。
一刻でも早く底に辿り着きたかったから・・・。
キリュウとヨウメイは、更に試練をするわけでもなく、ただじっと太助を見守っていた。

ところ変わって見物客達。地割れ内部がよく見えるようになってからは、
皆は軽く喋りながら三人の様子を見ていた。
「しかしこんな所を本当に降りているなんてなあ・・・。俺は今だ信じられないよ。」
たかしがそれと無しに呟く。無理も無かった。
ヨウメイが明かりを灯してからみんなは初めて気付いたのだ。太助が降りているがけの様子を。
がけはほぼ垂直。ベテランのロッククライマーでも遠慮しそうなものだ。
それを太助は命綱も付けずに降りているのだから・・・。
「あの太助が・・・成長したなあ・・・。くうう、ね―ちゃんは嬉しいぞお。」
「那奈ねぇ、それ昨日もやっただろう?」
あきれながらも那奈の手を取る翔子。那奈はうれしそうに握手した。
「けど、どこまで続くのかなあ。見た感じ相当深かったよ。」
熱美の声に乎一郎が少し考えて言った。
「光が届かない、という事は少なくとも数十メートルはあると考えていいかもしれないなあ。
ひょっとしたら百メートルを軽く超える深さなのかも・・・。」
皆がごくりとつばを飲み込み、静かになる。
とんでもない深さだという事が、今の発言で改めてよくわかったから。
しばらく無言のまま見守る。と、写っていた太助が危うく滑り落ちそうに成る。
それをみて、悲鳴を上げる者や、慌てて顔を手で覆う者が居る。
しかし、なんとか落ちずに居た太助が再び降りて行く姿を見ると、皆でほっとして再び見守り始めた。
昨日のキリュウとヨウメイの話ではないが、遠くに居ながらも太助と試練に参加しているようである。
「太助様・・・。」
祈るような目で見つめるシャオの手に、翔子がそっと触れる。
「大丈夫。七梨なら絶対に成し遂げる。無事を祈って見守っててやろうぜ。」
「はい。」
もちろん心配しているのはシャオだけではなかった。
それは、皆の真剣な表情と目つきを見れば一目瞭然であろう。
ただ太助が降りて行く光景を映し出しているコンパクトを、皆は一心不乱に見つめていた・・・。

地上でそんな緊張が走っているとは知らず、キリュウとヨウメイは試練について話し合っていた。
「キリュウさん、上りの時の試練なんですけど、こんなのは・・・。」
「・・・ふむ、なかなか良いな。さすがはヨウメイ殿だ。」
「いやあ、それほどでも有りますけど。」
「満足するのは早いぞ。もう一つの試練・・・。」
「・・・・ですか。でも・・・。」
当然、太助には途切れ途切れに聞こえてくるだけであった。今はがけを降りるのに精一杯なのだから。
それでも時々聞こえてくる二人の笑い声に、少しいらだって居たりもしたが。
「たくう・・・。人が命がけだってのに何二人で笑ってんだよ・・・。」
ちょっと耐えきれなくなって呟く太助。
すると、絨毯がすうっと太助の傍に下りてきたかと思うと、ヨウメイが身を乗り出して言った。
「これも一つの試練だと思ってください。精神を乱さないような。」
「という事だ。それに、もっと集中すればこんなものは気にならないはずだが?」
続けて言うキリュウに、太助は“はいはい”と頷いた。
二人はそれで納得し、距離を置いて再び話し始めた。
集中してはいるもののやはり気になる笑い声。それでも太助は慎重に降りていった。
その様子をコンパクトで見ていた地上の見物客達に、
少しばかりの怒りが芽生えたことを付け加えておく。
ともかくこんな調子で、太助はなんとか底に辿り着くことが出来た。
「ふう、やっと到着。疲れたあ・・・。」
腰をどさっと下ろす太助。それを見てキリュウとヨウメイが降りて来る。
しかし二人は絨毯に乗ったままこう告げた。
「休憩は上りながらしてくださいね、主様。さあ、出発です。」
「こんな所で休まれては試練にならんからな。早く立ち上がられよ。」
そして無理矢理に立たされ、恨めしそうに二人を見る太助。
当然の反応だ。ここに降りて来るまでにも相当な体力を使った。
上りは更にきついはずなのに、すぐさま出発しろというのだから。
「あのさあ、せめて後少しくらい休ませてくれよ・・・。」
「主殿、試練だ、耐えられよ。」
キリュウのお決まりの言葉にため息をつく太助。
更にヨウメイに促されたところで、がけを上り出した。
地上に居る見物客達。ついにルーアンの我慢の限界が来たのか、
いきなりがけの方へ走り出して、底の方へ向かって大声で叫んだ。
「こら―、あんた達―!!たー様を少しは休ませなさいよ―!!」
今にもがけを降りていきそうな勢いである。慌てて乎一郎とたかしがそれを止めに行った。
腕を捕まれながらもがくルーアン。そうしているうちにばらばらっと石が落ちてゆく。
「ちょっと、離しなさいよ!」
「落ちついてください、ルーアン先生。ここはおさえて!」
「そうですよ。試練の邪魔しちゃいけませんって。」
あきれながらルーアン達を見るほかの面々。と、花織がコンパクトを見て叫んだ。
「ちょっと!楊ちゃんが何かしようとしているよ!」
その声に慌ててコンパクトを見る熱美とゆかりん。
それと同時に、統天書を開けたヨウメイが叫んだ。
「来れ、湧水!」
途端に地面のそこから水が噴出してくる。キリュウが慌てる太助の腕を素早くつかみ、
ヨウメイは絨毯を水と同じ速度で上昇させた。
しばらくして、割れ目を斜め方向に飛び出す太助達。それと同時に飛び出す大量の水。
いや、水だけではない。大量の土砂やら岩やらも一緒である。
ルーアン達三人はそれに驚いてひっくり返った。
一体何が起こったのか分からずに唖然とする見物客達。太助がゆっくりと地面に下ろされる。
ヨウメイは水を静め、そして消す。キリュウも万象大乱を唱えて裂け目を小さくした。
今だほうけているルーアン、乎一郎、たかし。
キリュウとヨウメイはそんな三人にゆっくりと近づいた。
「とんでもない事をしてくれたな。試練の邪魔をするとは・・・。」
静かにキリュウが言ったかと思うと、ヨウメイが鬼のような形相で激しく言った。
「ルーアンさん、何大声で叫んでるんですか!!おまけに石を落としたでしょう!!
あんな事をしたから上の方の壁が崩れ始めて・・・一体どういうつもりですか!!!」
いきなり言われて、呆然とするルーアン達。
最初は訳がわからなかった者がほとんどだったが、
ヨウメイの言葉によってどういう事が起こったのかなんとなく理解できた。
つまり、ルーアンが大声で叫んだ時にいくつかの石も落ちたのである。
その衝撃でがけ崩れが起き始めた。早い段階でそれを知ったヨウメイが、急いで対策を取ったのである。
かんかんに怒ったヨウメイが、そしてキリュウがルーアンに説教する。
ルーアンはただじいっとうつむいてそれを聞いていた。
それが数分続いた頃に、太助が怒る二人に言った。
「まあまあ、もう一度同じ事をすれば・・・。」
「主様!!降りた時にすでにくたくただったじゃないですか!
もう一度降りて行って登って来させるなんてつもりは、私はありませんからね!!」
くるっと振り返って怒鳴るヨウメイに、太助は黙り込んだ。
事態を重く見た熱美は、ヨウメイに近寄った。
「楊ちゃん、私も地割れに走り寄って叫んだから・・・。
私もルーアン先生と同罪だよ。」
「熱美ちゃん、それは違うの。ルーアンさんの場合石を落としたから。
それに・・・まあいっか。この辺で止めときましょ。」
ようやく落ちついたヨウメイだったが、キリュウはそれとは関係無しに言った。
「ヨウメイ殿!という事はここで試練を終えるのか!?
地割れの中で話していたものはどうするのだ!!」
それを聞いて考え込むヨウメイ。だが、しばらくしてから“うん”と頷いた。
「こうなったら山を作りましょう。
さっきより規模は小さくなりますが、それなら実行できるはずです。」
「そうか。まあ仕方あるまいな。ルーアン殿!」
「は、はいっ!!」
キリュウに言われて慌てて姿勢を正すルーアン。
二人に長時間(のようにルーアンに思えた)怒られていた所為か、すっかり弱気である。
「今後二度とああいう事はしないようにしてもらいたい。」
「今度やったらただじゃおきませんからね。」
「分かったわ、肝に銘じておくから。」
ルーアンの素直な答えに頷く二人。
そして最初に位置に戻ったところで、二人は太助に向き直った。
「主殿、今度は山を登ってもらう。なあに、先程のがけと比べればたやすいものだ。」
「もちろん、私達がいろんな難関を作りますからね。
見事頂上に辿り着いてください。そこでこの試練は終了といたします。」
それだけ言ってそれぞれ道具を構えた。
「来れ・・・あ、別に要らないんだった。」
「・・・万象大乱!」
あっさり言って統天書を閉じるヨウメイをチラッと見て、万象大乱を唱えるキリュウ。
見る見るうちに地面にあった土の一部が大きくなり、それは巨大な山と化した。
なんとなく見上げていた出雲が一言発する。
「別にここでやらなくても、どっかの山へ行けば良いんじゃないですか?」
それに皆が振り返った。見物客のほとんどはうんうんと頷いている。
しかしヨウメイは、
「ここでやるから意味があるんです!余計な口出しはしないように!」
とだけ言って山の方へ向き直った。
しかしその顔には気まずい様子が見て取れ、見物客達はひそひそと話をする。
(どうやら痛い所を突かれたみたいですね。)と出雲は思ったものの、口には出さないで居た。
当然ヨウメイは、(そう言えばそうですよねえ。でも今更後に引けないし。)と、悩んでいた。
ところがそんなヨウメイの気持ちを知るよしも無く、キリュウは腕組みをした。
「確かに無意味だな。こんな山で試練をするよりももっと他の・・・」
「キリュウさん!」
出雲に賛同するかのようなキリュウの言葉をヨウメイが遮る。
なんだか必死な顔でキリュウを見つめるその目に、キリュウはそれ以上言うのを止めた。
そんなヨウメイの様子を見て、熱美とゆかりんがぼそぼそと話をする。
「なんだか一生懸命ね、楊ちゃん。」
「楊ちゃんて結構負けず嫌いだから・・・。」
それがチラッと聞こえたシャオは、思わず二人に聞いてみた。
「あの、ヨウメイさんは誰かと勝負をなさってるんですか?」
「いや、そうじゃなくて。うーん、なんて言ったら良いのかな・・・。」
「勝負してるんじゃなくて・・・いや、やっぱり勝負してるよ。」
何気無しに答える二人。更に翔子が加わってきた。
「つまり、おに―さんの意見が正しいと従っちゃうのが悔しいんだ。」
「ええ、そういう事ですね。」
「やっぱり普段から物事を教えつづけていると・・・。」
「なるほど。出雲さんと勝負をなさってたんですね。
ヨウメイさんてとっても頑張りやさんなんですね。」
四人の会話は全て見物客に筒抜けであった。小さな笑い声やらがあちこちで起こる。
出雲は出雲で、やれやれとため息を一つついていた。
やがて太助が“よし!”と気合の入った声を上げる。
「難易度が下がったんだ。あっさり登って昼食にしよう!」
そして太助は勢いよく登り始めた。昼食という言葉に空を見上げる面々。
確かに太陽がそれぐらいの位置に居る。
地割れを下って行くのに、かなりの時間が経っていたことを物語っていた。
少し遅れてキリュウとヨウメイは、顔を見合わせて頷き合う。
地割れの時にも使った飛ぶ道具を取り出し、二人は山の中腹へと飛んで行った。