小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


「宮内さん、もう一回いきますから―!来れ・・・上昇気流!!」
「う、うわー!!」
二度目、空高く舞い上がる出雲。しかし今度はさっきよりも更に高く上がった。
「あらら、ちょっと高くしすぎちゃった。まあいっか。」
「少しいらだってないか?ヨウメイ殿。ちゃんと落ち着かれよ。」
「あ、はい。分かってますって。」
何気なく会話する二人。太助はふと我に帰って、二人に聞いてみた。
「あ、あの、二人とも。結局これは何をすればいいの?」
「だから主様、竜巻に乗って・・って、宮内さんを見ててくださいって。
一回失敗したくらいで聞いてくるなんてせっかちですよ。」
「それで、失敗したらヨウメイの力で飛ばされるんだ。」
太助が力なく言うと、キリュウがそれを否定した。
「それは違うぞ主殿。本来なら自分で竜巻を登るべきなのだ。
しかしそれは時間がかかるので、短縮のためヨウメイ殿の力を使っている、という訳だ。」
それを聞いた太助、そして見物客達は目が点になった。(もちろん那奈も)
いくらなんでも竜巻を登るなど非常識にもほどがある。
「大丈夫ですよ、主様。私がしっかり調整してますから死ぬわけありませんて。」
「いや、そういう訳じゃなくて・・・。」
けたけた笑うヨウメイに、太助は気が遠くなりそうになった。
一方、見物客達は・・・。
「ますますめちゃくちゃだな。
シャオ、あたしがさっき言ったこと、なにがなんでも実行しろよ。」
「はい、気を引き締めて頑張りますわ。」
「しっかし竜巻を登るだなんて・・・。宮内の奴は幸運だったのかな。」
「太助もつくづく不運な奴。親友として同情するぜ。」
「こうなったらしっかり応援しなきゃ。ね、ルーアン先生。」
「その通りよ、遠藤君。たー様―!!ファイトよ―!!」
「むっ、ルーアン先生に負けてたまるもんですか。
七梨せんぱ―い!!頑張ってくださーい!!」
黄色い声援が飛ぶ中、太助は少しだけ笑って手を振って返した。
その元気の無い様子を見て熱美とゆかりんは、
「ねえゆかりん、なんとなく逆効果のような。」
「そうだね。なんだか七梨先輩、ますます落ちこんじゃってるよ。」
と、しっかりと見ぬいていたりする。
「頑張っても何も、主殿はこれから試練をするのだぞ。」
「だからキリュウさん、これは励ましですって。さて、そろそろ降りて来るころね。」
ヨウメイがそういって見上げると、果たして出雲が落下してきた。
今度こそ綺麗に着地!!・・・は、当然出来なかった。
今度は声も立てずになすがままに廻されている。
呆れ顔になったキリュウとヨウメイは、ふうとため息をついたかと思うと、
「万象大乱。」
「来れ・・・小上昇気流。」
と、竜巻を消して出雲をゆっくりと地面に下ろした。
目を廻して横たわっている出雲に二人が静かに近寄る。
「宮内殿、なんだこの体たらくは。ちゃんと手本を見せてくれなければ困るぞ。」
「そうですよ。これじゃあ何の為にやったんだか分からないじゃないですか。」
疲れと二人の迫力により、出雲は反論できないでいた。
その時、那奈がすっくと立ちあがった。
「あのさあ、二人とも。宮内は昼休みに試練を超えたわけじゃないだろ。
だから手本を求めるなんて無理があるって。
だいたい、あれとは別の試練のはずじゃあなかったのか?」
那奈の声にヨウメイがキリュウをさっと見る。
「キリュウさん、そんなこと言ったんですか?」
「なぜ私がそんなことを。私はただ、昼休みのそれより難易度を下げると言っただけだ。」
それを聞いて、出雲がうめきながら言った。
「あの〜、もう少しやさしくしてもらえませんか?
あまりにも無理がありすぎますよ・・・。」
ヨウメイは出雲を見下ろした。
「あのね、宮内さん。昼休みは十メートル・・・も無かったけど、
かなり大きな竜巻だったんですよ。今やってたのは3,4メートル。
軽いもんじゃないですか。」
「しかも強さも弱めてあったはずだ。それでも無理だというのか?」
そこで思い返して見る那奈と出雲。確かに竜巻の威力と大きさは弱まっている。
「でもさあ、だからってあんな・・・。まあいっか。太助次第だ。」
那奈はそう言うと座った。みんなが太助に注目する。
いきなりの視線におどおどとしていたものの、
やがてきりっとした表情へと変わった太助だった。
「なんとか頑張ってみるよ。確かに難しそうだけど、
せっかく二人が、そして出雲が協力してくれたんだ。
泣き言を言う前にとりあえずやってみないとね。」
その声に歓声や拍手が沸き起こる。ヨウメイはにこっとして告げた。
「さすがは主様ですね。じゃあいきましょうか、キリュウさん。」
「うむ、頼もしい限りだな。」
そして二人がそれぞれの道具を構える。
「来れ、竜巻!」
「万象大乱!」
そして最初と同じような竜巻が同じ場所に出現した。(もちろん出雲は別の場所に居る)
「さてと。とりあえず竜巻の中に入ってそれを登って・・・どうすりゃいいんだ?」
尋ねる太助に、キリュウがさらりと答えた。
「空中散歩。要は、竜巻の頂上に立てという事だ。
一秒でも立っていられたならそこで試練終了という訳だ。」
「竜巻についてはちゃんと私が管理してますからご心配なく。」
「分かった。よーし、いっくぞー!!」
気合の入った声で叫ぶと同時に、太助は竜巻へ突っ込んで行った。
当然そこからどんどん登って行く・・・訳ではなく、
出雲と同じようにしっかりと廻されている。
「うわああ、目がまわるうう〜。」
悲惨な叫び声を上げる太助を見て、ぽかんとする見物客達。
「カッコつけていったくせに・・・。太助ー!しっかりしろ―!」
「それじゃあ出雲さんと一緒だよ―!」
叫ぶたかしと乎一郎。しかし太助にそんな声を聞いている余裕は無く、
ただひたすら廻されていた。
しばらくの間なすすべもなく太助は廻されつづける。
「たー様―!負けないで―!」
「七梨先輩、いつもの元気見せてくださーい!」
声援が飛ぶも、変化を見せない様子に、翔子は少しあきらめ気味に言った。
「あちゃあ、やっぱ予想通り・・・シャオ、落ち着けよ。」
ふと隣を見た翔子は、シャオが心なしか震えているのに気がついた。
「大丈夫です、翔子さん。太助様ならきっと・・・。」
「そうそう、太助を信じて、な。」
横から那奈も言ってくる。シャオとしては、今すぐにでも飛び出したかった。
しかし、休み時間に太助に言われた事、“シャオはいつも通りで居てくれ”
を思い出して、懸命に我慢していたのだ。
苦しい表情を見せるシャオ。それを見て翔子は立ちあがって叫んだ。
「情けないぞ七梨―!!おまえがしっかりしないからシャオが苦しんでるんだ!
そんな程度の試練、さっさと超えちまえ―!!」
当然皆はそれに注目する。見るからにこれはそんな程度の試練ではないのだから。
ヨウメイとキリュウはというと、黙って竜巻の中の太助を見ていた。
とその時、太助がぴくっと反応したようだ。
廻されながらも態勢を立て直し、なんと本当に竜巻を登り始めた。
登るといっても山ではないから、空中を手掴みで泳いでいるような、そんな感じだ。
「そうだ、こんなところでつまっててたまるかー!!」
太助の元気のいい声に、皆が立ちあがって懸命にその様子を見る。
もちろんシャオもその中に混じっていて、明るい笑顔を見せている。
そんなシャオを翔子がつつく。
「シャオ、今だ。おもいっきり。」
「はいっ。太助様―、頑張ってくださーい!!」
シャオのその声に呼応したように、太助の登る速度が上がった。
見る見るうちに、頂上まで後少しとなった。
「さすがだな、主殿。宮内殿とはえらい違いだ。」
「キリュウさん、そんな人と主様を比べちゃあいけませんよ。
でもさすが、シャオリンさんのためとなると段違いにすごいですね。
こりゃあ、こっちもますます頑張らないと。」
二人がそんな言葉を交わしているうちに、とうとう太助は竜巻のてっぺんに到着した。
くるーりくるーりと廻されながらも、なんとか立とうとする。
「くっ、もうちょっと・・・。」
上半身を竜巻外に出すも、すぐにバランスを崩して沈みそうになる。
なんと言ってもつかみ所のない空中に居るのだから当然である。
さっきまで声を上げていた見物客達は、しんと静まり返って太助を見守っていた。
そして待つこと数分。ついに太助は頂上へと立った。
手足をばたばたさせながらバランスを保ち、なんとか立っている。
「お、おーい、キリュウ、ヨウメイ!これで良いのかあ!?」
太助の声に“おおー!”という顔をするヨウメイとキリュウ。
「見事だ!よくぞこの短時間で成し遂げた!合格だ!!」
「さっすが主様!!やっぱり違いますねえ。」
そして二人が道具を構えて竜巻を消そうとした時、太助はうっかりバランスを崩してしまった。
「うわあああっ!!」
竜巻の外側へ倒れて、まっ逆さまに地面へと落ちてゆく。
「た、太助!!」
「たー様!」
見物客の何人かから悲鳴が聞こえる。それと同時に、
「来々、軒轅!!」
どいう声も聞こえた。シャオが軒轅を瞬時に呼んだのである。
軒轅はシャオを乗せたまま、素早く太助のもとへと飛んだ。
地上からぎりぎりのところで、危うく太助を拾い上げる。
それを見て、見物客達は安堵のため息を漏らしながら腰を下ろした。
「さすがはシャオリンさん。立派に守護月天してますね。」
「ヨウメイ殿、一つ安心できたな。シャオ殿が居る限り、予想外の事故は防げそうだ。」
「そうですね。どんどんシャオリンさんに頼ることにしましょう。」
「いや、それはちょっと違うのでは・・・。」
キリュウとヨウメイは話をしながら竜巻を消す。
見物客から拍手が沸き起こっている中で、太助はシャオにお礼を言っていた。
「ありがとうシャオ。なんだかんだ言って、結局助けてもらっちゃったな。」
「そんな。それより太助様、見事試練を超えられて、立派でしたわ。」
「いやあ、シャオのおかげだよ。ほんとありがとな。」
「太助様・・・。」
下の様子はお構いなしに、軒轅の上でいい雰囲気になる二人。
翔子と那奈は手をぱちんと叩き合わせて、OKサインを出していた。
しかしもちろん空のそんな情景を快く思わないものも居る。それは・・・。
「コラ―!いつまでも二人っきりで居ないで下りてきなさいよ―!!」
「ルーアン先生の言うとおりだ―!!
太助ー!試練を一つ超えたからってシャオちゃんを独り占めしてんじゃね―!!」
「シャオ先輩ずるいですぅ―!!」
そう、ルーアン、たかし、花織の三人である。
残りの人達は、とりあえず拍手をしながらそれをただ見ていた。
そしてようやくもとの位置、(つまり太助が試練の位置に立った状態。)
に戻り、次の試練開始となった。
今度説明するのはキリュウのようで、彼女が前へすっと出た。
「では次の試練を説明しよう。今度は洪水の中を泳いでもらう。
心配しなくとも温水なので、風邪をひくことは無いだろう。
もちろん途中様々な難関が待ち構えている。
それらをすべて超え、一定の距離を泳ぎきって欲しい。以上だ。」
そして後ろへ下がる。今度はヨウメイが前へ出た。
「主様、着替えはしなくて結構ですから。泳ぐ距離は・・・。」
ヨウメイが校庭の隅っこを指差す。それにつられて太助達もそれを見る。
「あそこから・・・。」
そして今度は反対側を指差した。またもやつられてみる太助達。
「あそこまでです。距離的にそうって事ですから、
実際にあそこからあそこまで泳ぐわけじゃないんですよ。
でも皆さん、顔が一緒に動いてとっても面白かったですね。」
くすくすと笑うヨウメイ。それに皆は呆れ顔になる。
今一つ疑問が残った太助は、一つ質問してみた。
「なあ、距離的にってどういう事だ?」
「主様が実際に泳いだ距離をこの統天書によって測るんです。
例え主様があんまり動いてないように外から見えても、
しっかりと泳いだ距離は計算されてますからね。
いわゆる仮想現実だと思っていただければ結構です。」
キリュウは頷いていたが、そのほかの面々はなんとなく頷いただけだった。
しかし出雲だけは違ったようで、立ち上がって解説を始めた。
(今まで、キリュウとヨウメイの傍で休んでいた。)
「今風に言えば、バーチャルリアリティって事ですよ。
本当は体験していないけど、さも実際に体験しているような、という事です。
そうですよね、ヨウメイさん。」
「まあそう考えても良いでしょう。
宮内さんの言う事と違うのは、本当に泳ぐって事だけですから。」
“それって仮想現実って言わないんじゃ”と、心の中で突っ込みを入れる見物客達。
しかしシャオだけは、“へえ”と感心したように納得していた。
「では始めましょうか。キリュウさん。」
「うむ。みんなは少し下がられよ。」
キリュウとヨウメイの傍に太助を残し、皆が後ろの方へと下がる。
「ちょっと宮内さん。あなたはお手本係でしょう?なに逃げてんですか。」
突然ヨウメイに声をかけられ、出雲は驚いたように降り返った。
「ええ?また私がそんなものやるんですか?」
「当たり前でしょう?そのために居るんですから。さあ早くこっちへ。」
しかし出雲は何やらためらって、戻ってこようとはしなかった。
痺れを切らしたようにキリュウが怒鳴る。
「宮内殿!昨日と今日の昼間と、ヨウメイ殿の洪水を受けたではないか!!
あんな体験をしておきながら手本を見せないつもりなのか!?」
「わ、分かりましたよ・・・。」
ようやく駆け足で試練の位置に戻った出雲。
その時点で、キリュウが短天扇を構え、ヨウメイが統天書を開ける。
「来れ、洪水!!」
「万象大乱!!」
二人が叫んだ途端、大量の水がそこに姿をあらわした。
一瞬であたりが水浸しに・・・ならない。
なんと空気の水槽にでも入っているかのように、水は一定の形で止まっている。
しかしなんとも不思議な感じで、入れ物に入っているようではなく、ゆらゆらと揺れている。
「ふう、なんとかなった。やっぱり疲れるな・・・。」
「昔からながら感心するぞ、ヨウメイ殿。よくもまあこんな事が出来るものだ。」
二人の言葉に、唖然と水を見ていた太助達ははっと我に帰った。
「これって、ヨウメイの力なのか?」
「ええ。空間を捻じ曲げ・・・うわっ!」
ヨウメイが叫ぶと同時に、水のバランスが崩れだして、やはり辺りは水浸しになってしまった。
と思ったら、ヨウメイがパタンと統天書を閉じたところで、すべての水がさあっと消えうせた。
「・・・失敗しちゃった。えへ。」
舌を出してぽりぽりと頭を掻くヨウメイに、キリュウはため息をついて言う。
「まったく、それも昔から変わらんな。気を抜くなと言うのに・・・。」
「すいません。しょうがないからあのプールでやることにしましょうか。」
そしてプールを指差すヨウメイ。
いきなりころころと物事が起こる様子に、目をぱちくりさせている見物客達。
那奈がすっと立ち上がって言った。
「あのさ、プールでやるんだったら別の日にしようぜ。
ここでやるから二人の試練の意味が有るんじゃないか?」
「それもそうですね。でも・・・。」
「そうだ。シャオ殿、羽林軍殿を呼んでく・・・いやいい。
ヨウメイ殿、ちょっと待っておられよ。」
いきなりキリュウは一人でいろいろ言ったかと思うと、
短天扇を広げて校舎へと飛んで行った。
「どうしたんでしょうか、キリュウさん・・・。」
呼ばれたと思ったらもう言いといわれたシャオは、戸惑い気味にキリュウを見送る。
他のみんなも不思議そうな顔をして一緒になって見ていた。
「あ、そうか!ひょっとしたら・・・。」
一人手をぽんと叩いたヨウメイ。
誰かがそれを尋ねる前に、キリュウが戻って来た。
手には小さな箱のようなものを持っている。ふたはついていない。
どこにでもあるような、普通の紙の箱だ。
「ヨウメイ殿、これを使おう。これなら少しの力で済むはずだ。」
「やっぱり。さすがはキリュウさんですねえ、ありがとうございます。」
「い、いや、なんの・・・。」
照れながらもキリュウは箱を地面に置く。そして・・・。
「万象大乱!」
と、その箱を巨大に、つまりプール並の大きさへと変えた。
「なるほどねえ・・・って、紙じゃあ水が漏れちゃうんじゃ?」
太助が一応突っ込みを入れると、ヨウメイがにこやかに言った。
「大丈夫ですよ、この私が居るんですから。
えーと、万物の元素により、その質を変えよ・・・万象変化!」
叫び声と共に、紙の箱がぱあっと光る。次の瞬間にそれは透明になっていた。
キリュウがそれに近寄り、こんこんと叩いて確かめる。
「ふむ、大丈夫だ。これならどんな水も平気だろう。」
「よーしそれじゃあ・・・来れ、洪水!」
紙、いや透明の容器が水で満たされる。あっという間に簡易プールが出来あがった。
「・・・ヨウメイ、一体何したんだ?」
唖然としながら質問する太助に、ヨウメイは振り向いて答えた。
「さっき言ってたとおり、紙の質を変えたんです。
空気中の様々な元素と自然反応を起こさせて・・・。
どんな水圧にも耐えられるような・・・強化プラスチックとか言う物とでも思ってください。」
「それだけではない。実は常に水が出入りしているような状態にある。
止まっていたのではただの貯水箱だからな。」
付け足したキリュウに、太助達はただただ驚くばかり。
この二人がやっている事を見ていると、何やら超常現象という言葉を思い出させるのだ。
みなが止まっている間に、ヨウメイは出雲の方へとくるりと向いた。
「さあどうぞ、宮内さん。私の天罰の成果を見せてください。」
「は、はあ・・・。」
言われて慌てて“きをつけ”をした出雲だったが、すぐに力無くうなだれてしまうのだった。
しかし試練組二人に促されると、急いでもとの姿勢に戻った。
「ところで、どうやって入るんですか?」
大きな水槽を見上げて出雲が言う。確かにこんな巨大なものに飛びこむことなど不可能である。
するとヨウメイは、にこっと笑ったかと思うと統天書をめくり出した。
その様子に、慌てて後ずさりする出雲。
「ひょっとして・・・。」
「そうです。来れ、上昇気流!」
その瞬間出雲の体が空高く舞い上がり、出雲は水槽の中にぽちゃんと落ちた。
一瞬のことに溺れかけた出雲だったが、
そこはなんとか持ち前の水泳力で端に掴まる事が出来た。
「さあ宮内殿、そこから向こう岸まで泳ぐのだ。
そなたの場合、辿り着いた時点で見本終了ということにする。」
「はいはい、分かりましたよ。」
そして出雲は泳ぎ出した。
その光景を見ていたたかしと乎一郎が、ぼそぼそと話をする。
「やっぱり実験台だよな、出雲の奴。」
「もしかしたら、出雲さんで安全を確かめているのかもしれないね。」
「しっ、二人とも。ヨウメイに聞こえたらどうすんの!」
ルーアンが唇に人差し指を当てながら二人をたしなめる。
三人でヨウメイをちらりと見ると、ヨウメイは笑顔でそれに返した。
ルーアンがほっとした途端、なんとヨウメイが統天書をめくって叫んだ。
「来れ、上昇気流!」
その瞬間、たかしと乎一郎の体が浮き上がったかと思うと、
あっという間に出雲と同じように水槽へと落とされた。
あっぷあっぷともがきながらも、なんとか端へと辿り着く二人。
「ひどいよ、ヨウメイちゃん。」
「そうだよ。僕達はただ話をしてただけなのに。」
その二人の問いに答えたのは、ヨウメイではなくキリュウだった。
「野村殿、遠藤殿。先ほどの安全を確かめるという発言。
あれはヨウメイ殿を、知教空天を馬鹿にしているとしか思えない発言だな。
これから先は主殿にいきなり与える試練しか残っておらぬのだ。
なのに宮内殿を実験台に使っているなど・・・。
ヨウメイ殿の考えをまるで信用していない証拠だ。
ばつとして宮内殿と共に泳ぐがよい。」
ぽかんとしてキリュウを見る面々。
先ほどまで“あちゃー”と額を押さえていたルーアンも唖然としている。
そしてヨウメイ。彼女はそれに少しの時間止まっていたが、
やがて笑顔を取り戻してこう言った。
「うーん、嬉しいですね、こうまで言ってくださると。
聞いてのとおりです、野村さん、遠藤さん。頑張って泳いでくださいね。
そしてキリュウさん。」
くるっとキリュウの方を向いたヨウメイ。
キリュウは赤くなりながらもそれに反応して顔を合わせた。
「いろいろありがとうございます。ほんと変わられましたね。
昔いがみ合っていたのが嘘みたいです。」
「なに、試練を共にしているのだからこれくらいは・・・。」
「でもここまで気持ちを察していただけるなんて。本当に・・・。」
そして、なんと涙を流し始めたヨウメイ。
キリュウはそっと肩に手をやって、頷いていた。
太助達はなんだかすごい光景を見たような気がして、圧倒されていた。
しかしそのうちにぱらぱらと起こる拍手。それはやがて大きな拍手へと変わっていった。
「なんだ。本当はキリュウとヨウメイは仲良しさんだったんだな。」
「そうですね、翔子さん。きっと何らかの理由で争わざるを得なかったんですわ。
でも、本当に良かった。これでどんな事が起こっても大丈夫みたいですね。」
「その分ますます試練は本格的になるだろうな。こりゃすごいかも・・・。」
「へえー、野村君と遠藤君がこんな出来事を引き起こすなんてねえ。
あの二人も結構役に立つ時が有るのね。」
「ルーアン先生、それはあんまりなんじゃ・・・。」
「でも花織、おかげ楊ちゃんすっかりキリュウさんのこと信用したと思うよ。」
「そうそう。これでなんとなくぎこちなかったのがなくなったって事だよね。」
最後の熱美の言葉に、花織以降の皆が降りかえる。
「熱美ちゃん、それほんと?」
「なんだ花織、気付いてなかったの?あたしはなんとなく気付いてたよ。」
「そうそう。なんだかんだ言ってもやっぱりキリュウさんには厳しかったしねえ。」
熱美とゆかりんの言葉を聞いて、これまでのことを思い返す面々。
確かにわざわざ太助のクラスまで出向いてきたことを考えれば、
二人の言うことも最もであろう。皆はそれとなく納得した。
その言葉を聞いたキリュウとヨウメイ。
苦笑いを少し浮かべていたものの、やがてお互いを確かめるように握手をした。
水槽の上では、たかしと乎一郎はぷかぷかと浮いているだけであった。
下の方では良い雰囲気かもしれないが、
こちらはそういう事に浸っていられる状況ではなかったのだから。
「なあ乎一郎。二人がより仲良くなったのは俺達のおかげなんだよな。」
「そうだと思うよ。でも結局泳がされるんじゃないかなあ・・・。」
乎一郎の言う通りである。上を見たヨウメイが“頑張ってくださいね―”と叫んだのであるから。
先の方に浮かんでいた出雲が、
「あきらめた方がいいですよ。」
と言って泳ぎ出したのをきっかけに、たかしも乎一郎も泳ぎ出した。
水槽の様子を見て、キリュウが短天扇を広げ、ヨウメイは統天書を開ける。
「さてと、いつまでも感傷に浸っていられないな。」
「その通り。主様、泳いでる三人をしっかり見といてくださいね。
主様のために頑張る宮内さん、野村さん、遠藤さん。さすが主様の親友ですね。」
二人はそれだけ言うと、それぞれ言葉を発した。
「来れ、渦潮!」
「万象大乱!」
途端に巨大な渦潮が発生し、あっという間に三人を海中へと飲み込んだ。
水中でもがき苦しむ三人を見て、太助が慌ててヨウメイに尋ねる。
「お、おい。あれじゃあ三人とも死んじゃうんじゃ・・・。」
「大丈夫ですよ、ちゃんと私が計算してやってますから。」
「その通りだ。主殿はとにかくあの三人を見て、やり方をつかんで欲しい。」
キリュウとヨウメイに促されて、戸惑いながらも水槽を見る太助。
しかし相変わらず水中で必死にもがいている三人を見ているうちに、
やはり不安になってきたようだ。冷や汗がいくつも流れ落ちている。
見物客達も心配し始めたようだ。三人の動きが鈍くなってきたのだから。
「ヨウメイ殿、そろそろ・・・。」
「そうですね。まったく、いきなりダウンなんて・・・逆回転!」
ヨウメイが叫ぶと同時に渦の回り方が逆に。
そして三人が水面へとものすごい勢いで浮き上がる。
顔が出たところで、三人ともむせ返りながらもなんとか普段の元気を取り戻したようだ。
「ごほごほ!う―、死ぬかと思った。」
「だ、大丈夫?たかし君・・・。」
「まったく、とんでもない試練ですね。」
水に浮かびながら言葉を交わしている様子を見て、みんなはほっと胸をなでおろした。
太助も安堵のため息をつく。しかし、キリュウとヨウメイはマイペース。
当然そこで休憩など入れることもせず、三人に向かって叫んだ。
「休んでいないで、さっさと泳ぐのだ!
いつまでも見本に時間をかけるわけにはいかないからな!」
「一応後五秒あげますよ。そのうちに少しでもゴールに近づいてくださいよ!」
それを聞いた三人は慌てて泳ぎ出した。
しかし五秒程度でそれほど泳げるものでもない。
約半分のところでヨウメイが統天書を開いて叫んだ。
「来れ、嵐!」
突然水槽の上空に暗雲が立ち込めたかと思うと、どしゃ降りの雨と暴風をもたらした。
いきなりの出来事に再びもがき苦しむ三人。
「嵐だって。やっぱり楊ちゃんてすごいな。」
「ねえ熱美ちゃん、台風と嵐ってどう違うのかな。」
「さあ?また今度楊ちゃんに聞いてみようよ。」
水槽の三人とはまるで正反対にのほほんとしている花織達三人であった。
もちろん、ほかの見物客達もそれなりにのんびりと見ていたが・・・。
嵐ならではの高波が幾度となく三人を襲う。
そうこうしているうちに、スタート地点まで戻されてしまった。
「あーあ、引き戻されるなんて情けない・・・。消えよ、嵐!」
ヨウメイが叫んだところで、一瞬にして消えうせる嵐。
水槽に見えたのは、仰向けになってクラゲのように浮かんでいる三人の姿であった。
「・・・まったく、これでは見本にならんではないか。」
「まあこの辺で良しとしますか。えーと・・・来れ、津波!」
いきなり水槽の端が大きく膨れ上がったかと思うと、それは波となって三人を襲った。
三人ともそれに気付いたものの、当然逃げる暇もなくなすがままに波をくらう。
“バシャーン!!”という波の衝撃で、水槽の外へと弾き飛ばされた。
叫び声を上げながら、三人とも校庭の隅の庭へと落ちる。
幸い怪我は大した事なかったようで、がさがさという音と共に立ちあがった。
「ひどい、ひどすぎるよ・・・。」
「俺の熱き魂はこなごなに砕かれちまったよ・・・。」
「あいたたたた・・・。」
悲惨ながらも無事な姿にほっとする見物客達と太助。
しかしキリュウとヨウメイはそんな事はお構い無しに言った。
「では主殿、水槽に入られよ。」
「こうなったら三人と同じルールにしますから。
あの端から向こうの端まで泳ぎきってください。」
いきなり言われて戸惑った太助だが、やがてこくりと頷いた。
先ほどから待機していた軒轅に載せてもらい、水槽の上へと行く太助。
ちゃぽんと水に浸かったところで、軒轅に礼を言って下へ叫んだ。
「よーしいいぞー!試練始めてくれー!」
そして向こう岸に向かって泳ぎ始める太助。
それを確認したキリュウとヨウメイは、早速道具を構えた。
「来れ、渦潮!」
「万象大乱!」
さっきと同じように太助を水中へと引きずり込む渦潮。
ところが、太助はなすがままにはならなかった。
最初の竜巻の試練の成果が出たのだろうか?
渦潮に逆らって、水面へともがきながら上って行く。
わずかな時間の間に水面へと顔を出し、渦潮を抜けきった。
「さすが主様ですねえ。」
「そうだな。先程のよりも少し強めにしたのだが・・・うむ、見事だ。」
二人の感心した声に“ええっ!?”となる見物客達。
「太助の奴、どんどんすごくなっていってるみたいだな・・・。」
「すごいのも確かですが、人間離れしているという気もしますね・・・。」
「それだけ試練の成果が出てるって事だよ。太助君、ガンバレー!」
実験台三人組がつぶやくと同時に、他の見物客達も騒ぎ始めた。
「立派に成長してるなあ。姉ちゃんは嬉しいよ。」
「この調子だと、シャオを救える男になるのも後少しって感じがする。
良かったな、シャオ。これから七梨に頼りまくれるぞ。」
「はい、翔子さん。太助様・・・頑張ってください!」
「たー様、かっこいい―!!」
「七梨先輩ってすごーい。もう無敵街道まっしぐらね。」
「花織、それってちょっと違うんじゃ・・・。
でもほんとすごいよね。渦潮を乗りきるなんて普通出来ないよ。」
「なんだか燃えてきた。花織、熱美ちゃん、立ちあがって応援しよう!
七梨先輩、その調子でファイトですよ―!!」
いきなり立ちあがったゆかりんにつられて、他のみんなも立ちあがった。
“ガンバレー!”とかいう大きな声援が校庭中に響く。
突然のことに少し戸惑った太助だったが、やがて笑顔でそれに答え、おもいっきり泳ぎ出した。
キリュウとヨウメイは少しの間唖然としていた。
しかしやがて顔を見合わせて頷きあい、第二の難関の作業に取り掛かった。
「来れ、嵐!」
「万象大乱!」
途端に水槽の部分が荒れ狂う。出雲達三人と同じく、太助は波にもまれながらもがき苦しんでいた。
しかし先ほどの渦潮のように、すぐさま嵐を脱出できるようではないようだ。
何度も水に沈んだり、波を幾度となくかぶったり。それの繰り返しである。
見物客達もそれに合わせて、“おおっ”という声がしたかと思うと、“ああっ”という声がしたり。
一瞬のことに一喜一憂し、めまぐるしく変わる見物客達の顔。
それとなしに見ていたキリュウは、ボソッとヨウメイにもらした。
「こういうのも良いな、ヨウメイ殿。試練は受けているものが超えるものなのだが・・・。」
「今は一人で受けているんじゃない、みんなで受けている。だからみんなで試練を超える。
そういう事ですね、キリュウさん。」
キリュウの心中を察するかのように答えたヨウメイ。
にこりと笑ったその顔に、キリュウは軽い笑みをこぼして再び言った。
「そうだな。見本を示した宮内殿、野村殿、遠藤殿。そして応援を懸命にしている者達。
形は違えど、主殿の試練に参加している。それによって主殿は頑張っている。
こういう試練の受け方もあるのだな・・・。」
「すべて一人でやるものでもないって事ですよね。
まあ、最初宮内さんに持ちかけた私達がそれを言うのもなんですけど。」
くすっと笑うヨウメイに、キリュウもふふっと笑って返した。
そうこうしているうちに、嵐の部分を太助は振り切ったようだ。
しかしそれに気付かないキリュウとヨウメイ。
太助は、穏やかな水面を今がチャンスとばかりに泳いでいる。
「楊ちゃん!七梨先輩、嵐を抜けたよ!」
ゆかりんが二人に向かって叫ぶ。そこで二人ははっと我に帰ったようだ。
慌てて嵐を消して、次の難関を用意しようとする。
「あれえ?まだ難関があったのかあ?」
驚きの声を上げるたかしに、花織があきれたように言った。
「当然でしょう?だいたい野村先輩達は嵐のところでダウンしたんじゃないですかあ。
七梨先輩みたいに嵐を抜けられずに海藻みたいにぷかぷか浮いて。
かっこ悪いったら無かったですよ。」
その言葉はたかしだけでなく、出雲と乎一郎の胸にもぐさっとつきささった。
太助がいくらすごいとは言え、三人が受けたそれよりはもっとすごい嵐であるのだから。
つまり、太助よりもゆるい条件でダウンした三人は、
太助より情けないというレッテルを張られること間違いなしなのである。
その太助が、ゴールまで後十メートルというところまで泳ぎ着いていた。
そこでようやく叫び出すキリュウとヨウメイ。
「来れ、津波!」
「万象大乱!」
言うまでもなく、あの三人を水槽外に吹っ飛ばした津波である。
しかし津波が太助を飲み込む前に、太助は思いっきり水中に潜った。深く深く。
水中から波が通りすぎるのを確認し、浮上する。そして再び泳ぎ出した。
「そうか!太助君頭いい―!」
乎一郎の叫び声に、ルーアンが更に声を大きくして言った。
「当然よ、あたしのたー様なんだもの!!!
でも遠藤君えらいわあ、ちゃんと分かってるじゃない。
よーし、今度の成績プラス20点しておくわね。」
「ええっ!?いいんですか、ルーアン先生。」
「あったりまえでしょう。たー様を誉めたんだからこれくらいしないと。」
「うわあ、ありがとうございますルーアン先生。」
二人の会話にあきれ顔になるそのほかの面々。
ヨウメイはやれやれというような顔をしながらも、次の難関を作り上げる。
「来れ、水流!!」
太助の泳いでる方向とは逆方向に水が動き始める。
それも、今までの泳ぐスピードでは後ろに流されてしまうくらいの勢いだ。
太助は押し流されている自分にすぐに気付き、懸命に水を掻き始めた。
それで水流の早さに勝ったのだろうか。ものすごくゆっくりだが、前へ前へと進み出した。
「そう簡単にはゴールさせないってところがさすがだよな。
太助も頑張るなあ、さすがシャオちゃんのためってだけのことはあるなあ。」
何気なしにつぶやいたたかし。ルーアンは、それを“きっ”と睨んだかと思うとこう言った。
「野村君、マイナス50点しとくからね。」
たかしは“ぶっ!”と吹き出して、慌ててルーアンに駆け寄った。
「ちょちょちょ、ちょっとルーアン先生。そりゃひどいですよ・・・」
「たー様、頑張って―!!」
たかしが必死になだめる姿もお構いなしに、ルーアンは太助の応援に戻った。
小さく笑いながらも他の皆も応援に戻る。中でも、シャオの声援は相当なものだった。
それに答えるかのように、太助は頑張りを懸命に見せた。
ついに後一メートル。本当に後少しというところである。
「ふむ。さてと・・・来れ・・・もういいか。」
最後の最後で統天書を用いようとしたヨウメイだったが、それをやめた。
なんとなく、これ以上しても無駄のような気がしたからである。
それをちらっと見たキリュウが少しの笑みを投げかける。
「なかなかすごいだろう。今まで幾度となく、どんな試練も越えてきたのだ。」
「さすがですよね。私まで加わっているのに・・・。」
二人が言葉を交わす。それと同時に太助が水槽の端をがっちりつかんだ。
「やったぞー!」
太助の声に歓声が沸き起こる。ものすごい熱の入りようだ。
皆で大きなものを成し遂げたような、そんな雰囲気である。
すぐさま軒轅が飛び立とうとしたが、ヨウメイがそれに待ったした。
「これを全部消せばいいんですよ。よっと。」
ヨウメイが何やらつぶやきながら統天書を閉じる。
するとすべての水がさあっと消えうせた。
いきなりの事に慌てて下に落ちそうになった太助だが、なんとか落ちずに済んだ。
「では、万象大乱!」
キリュウが叫ぶと、大きな箱がだんだんと小さくなり、太助自身をゆっくりと地面に着地させた。
傍に皆が駆け寄る。一番に太助に駆け寄ったのは・・・。
「太助様、お疲れ様でした!」
「シャオ、ありがとう。なんとかこの試練も終わったよ。」
シャオである。当然那奈と翔子がそうなるようにしっかりと頑張ったのだが。
一足遅れて傍に寄ったほかの面々も、笑顔でねぎらいの言葉をかける。
それに照れながらも、太助はこう言った。
「これも応援してくれたみんなや、出雲達のおかげだよ。ありがとう。」
その言葉にますます笑顔になるみんな。お互いにふざけあったりしている。
かなり疲れているはずなのに、とても元気であるようだ。