小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


7 想いの色々

庭に全員集合。それぞれが不安な面持ちではあるが、反面希望の色も見せている。
やっと分かった、太助が無事に天使から元に戻る方法。それを今から試すのだ。
縁の最も強い者と天へ昇る。それを行う為、
太助は、人形を片手で抱えるともう片方の手でシャオの手を取った。
「これでいいのかな?」
「いいのかな?じゃないだろ。シャオちゃんが危ないんじゃないか?」
いまいち頼りなさそうな太助に、たかしが少々の渇を入れる。
たしかに、空中で手が離れてしまえばあっというまに終わりだろう。
「縄で縛るとかどうかな。」
「いやいや、いっそのこと二人が一緒に着られる大きな服を使うとか・・・。」
とっぴもない案が次々に出だして収拾がつかなくなってきたが、
シャオは懐からあるものを取り出して皆に見せた。
「大丈夫ですわ。支天輪がありますから。」
きらりと光るそれからは、今にも星神が出てきそうである。
いざとなれば軒轅を呼べば大丈夫だろうという算段なのだ。
だが、そんな彼女を遮る様に、ヨウメイが横から告げた。
「駄目です。道具は使用してはいけません。当然縛るとかも。
主様達の体のみを使って飛んでいくようにしてください。」
「でもヨウメイ、やっぱり危ないわよ。せめてあたしが陽天心かけるとか・・・。」
何気にルーアンからいい案が出る。しかしそれでもヨウメイは首を横に振った。
「そういうのも駄目です。これからどうやって飛んでいけばいいか言いますので。
主様が人形を抱えて、そのままシャオリンさんを抱きしめる感じで・・・。」
てきぱきと説明が始められる。
それにならって、太助が、シャオが、そして人形が体勢を取り始めた。
皆が見ている前ということで、二人に多少の抵抗はあったが、無事にそれは終わった。
最終的に、太助とシャオが抱き合うような格好。
そしてその二人の間に人形が位置しているという状態である。
人形自身は、二人に挟まれている形なので、少々圧迫されて苦しそうにも見える。
それとは別に太助もシャオも、お互いの顔が近づきすぎの状況により、
どちらも自然と顔を赤くしているのだった。
「・・・なあヨウメイちゃん。」
「なんですか?反論は一切受けつけませんよ。」
「いいや!俺は絶対不満だー!!」
「落ち着けよ野村。七梨が元に戻る為だ。」
「山野辺!お前のそのにやけた顔で言われても納得出来んー!!」
かなり荒れているのはたかしだ。太助とシャオの状態に我慢ができないのだろう。
もちろんたかしだけでなく、叫んでいるのは他にもいた。
「なんだって七梨先輩がそんな体勢をー!!」
「花織、落ち着きなってば。」
「楊ちゃんが言ったものだから仕方ないよ。」
「だってだってだってー!!!」
とまあ、熱美とゆかりんに押さえられている花織。
出雲やルーアンに至っては、何とか荒れるのを抑えているものの、
かなり不機嫌そうであるというのが目に見えて明らかであった。
その反面、やけに嬉しそうなのが那奈や翔子だったりする。
「さて、これで後は主殿が飛べばいいのか?」
場の注目を他へと反らす様にキリュウが尋ねる。
するとヨウメイは“ええ”と頷いた。
「後は主様が羽を使って頑張るだけです。あ、シャオリンさん、支天輪預かっておきます。」
「ですが・・・。」
「主様を最後の最後まで信じ切ってください。それが重要なのですから。」
「・・・分かりましたわ。」
使ってはいけないと最初に言われた支天輪だが、
いざとなればやはり軒轅を呼んでしまう事になるだろう。
また、支天輪があるという事で太助自身の頑張りがどこかで緩んでもいけない。
その事を考慮して、支天輪はヨウメイの手へと委ねられた。
「それでは主様。力を極限まで出すつもりで頑張ってください。」
「ああ。とにかく上へ上へ昇ればいいんだよな?」
「はい、そうです。」
「よし・・・。」
心が決まった太助は、背中の羽をばさっと広げた。
その音に、やいのやいのと騒いでいた面々は一斉に注目する。
いよいよ太助が天へと舞い上がる時がやってきたのだ。
こくりと頷く彼に対して、皆は口々に告げるのではなく、一斉にこう告げた。
≪頑張れ!≫
それに再び太助は頷く。シャオも一緒だ。
その直後、太助は天を仰いだ。
雲一つない星空が見える。そして真っ暗であるのが不安である。
昼間なら太陽なども見えてこよう。しかし今は夜。
鳥目ではないだろうが、闇へ羽ばたくのは危険極まりない。
それでも太助は羽を動かした。ふわりと浮く彼の体。
次の瞬間には、物凄い風を庭に残して、シャオと人形を抱きかかえたまま飛び上がっていっていた。
いわばロケットを発射したような感じで・・・。
「・・・絶対に元にもどれよ、太助。」
誰にとも聞こえないような声で、那奈はそっとそう呟いた。
漆黒の闇へ、あっという間に姿を消してしまった弟の飛跡を目で追いながら。


ある宇宙飛行士が、宇宙へ浮かんでこう呟いたそうだ。
空は暗くて……孤独で……恐ろしいところだと。
太助とシャオ、そして人形は今正にそんな場所を飛んでいた、いや昇っていた。
既に街の明かりは届かない。下を向けば光くらい見えるかもしれないが、
今はそんな事をできる余裕などもちろんない。
ただ見えるものは、天に浮かび、わずかな輝きを見せている星々のみである。
しかし、暗くはあったが、太助は孤独ではなかった。
すぐ傍にシャオがいる。彼女を抱きしめている。
共に天を向き、共に星の輝きを見つめている。
その事が、太助自身の飛行の力を保っていた。高めていた。
ぐんぐんと舞い上がる二人の体。だが・・・。
「・・・なんか息苦しい、かも。」
「大丈夫ですか?太助様。」
「平気平気、これくらい。」
高い山に登ると空気は薄くなる。
それと同じで、高く高く昇っている彼らにも当然同じ事は起こっていた。
一応太助は今は天使、そしてシャオは精霊という加護のようなものがあるが、
それでもきついのは変わらない。
すでに高度は、世界で最も高い山を超えようかという所まで来ていた。
運が悪ければ飛行機とぶつかったり、領空侵犯で追いかけられたりするかもしれない。
「どの辺まで昇ればいいのかな・・・。」
「それは・・・。」
「あ、いや、ごめん。どこまでか、なんて分かるわけないよな。」
「ええ・・・。あ、そうだ。人形さん、どうなんですか?」
「オレが知ってるわけがないだろう。」
「そうですね・・・。」
飛び立ってからそう時間は経っていないのだが、多少不安が出る様になってきた。
宇宙まで、などという事は冗談っぽく聞いたが、
こんな高い所など二人にとってはもちろん未知の領域なのだ。
本気で宇宙まで行きたいとも思わないし、もし行ってしまえばそれこそ命の保証などない。
しかし今はただ飛びつづけるしかない。
早く終えたい衝動にかられつつも、太助は無理をしすぎることもなく着実に飛行を続けた。
雲という雲も見えなくなってきた。
更には、他に自分達と同じ高度にいるものなど認識できなくなってきた。
太助は“一番外側って電離圏とかいうやつだったっけ?”などと頭の中でぼんやりと考えていた。


地上。誰一人として家の中で休もうとか思う者はいなかった。
皆が皆、天を仰いで、太助とシャオの姿を見つめている(実際には見えないが)
また、二人が飛び立ってから約半時間後に、ヨウメイは統天書を静かに閉じた。
それに気付いたキリュウが、少し驚いた様に尋ねる。
「どうしたんだ。二人の様子を調べなくていいのか?」
「残念ですが、もはや私にすぐ見える状態ではなくなりました。
後はお二人が無事に帰ってくるのを待つのみです。」
「なんだと?それは一体どういう・・・。」
「おそらく、お二人が帰ってきた時にすべて話してくださいますよ。」
にこりと告げると、ヨウメイも他の者と混じって天を仰ぎ出した。
仕方なくキリュウもそれにならう。無事にすべてが終わる事を祈りながら。


地上を飛び立ち、天へひたすらへと昇り出してから既に何時間が過ぎただろう。
太助とシャオにとって、それはとてつもなく長い時間に思えた。
まるで何年も宇宙を旅しているような・・・そんな錯覚に陥ってきた。
時間の感覚がはっきりしないと、時にそれは自らの不調へとつながる。
事実、太助自身の昇る速度が最初と比べてかなり落ちていたのだ。
「まだ、かな・・・。」
「太助様・・・。」
疲労の汗が濃い彼の表情をシャオは心配そうに見つめている。
しかし、支天輪がない今、彼女は見ているだけしかできない。
もしも途中で太助が力尽きてしまいでもすれば、二人ともあっというまにおしまいである。
恐ろしい考えが次々に浮かんで来たのか、抱きしめる力が自然と強くなる。
飛びつづけながらもそれを感じ取った太助は、辛いながらも笑顔を見せた。
「大丈夫だよ、シャオ。」
「太助様・・・。」
「心配要らない。俺は必ず・・・。」
決意を強め、太助は速度を上げた。
シャオに心配をかけさせないため。自分が元に戻る為。
そしてなにより、いつもの何気ない生活に戻る為に。

しかし、昇れど昇れど一向に終わりは見えてこなかった。
次第に近づいてくる限界。天使の加護を受けているといえど、完璧ではないのだ。
「くそ、一体いつまで・・・。」
呟くその言葉に、力の余裕はもはや感じられなくなっていた。
シャオが感じていた不安が現実になろうとしている。そう思えた。
「ごめんなさい、太助様。」
「?どうしてシャオが謝るのさ。」
「だって、一緒にいるのに、私には何も出来る事がなくて・・・。」
いつのまにかシャオは涙を流していた。
“ずっと前に受けた試練の時もそんな事言ってたっけ”と太助は心の中で苦笑しながら、
シャオを抱きしめる力をぎゅっと強めた。
「何も出来てないなんて事はない。シャオは今俺の傍にいてくれてるじゃないか。」
「でも・・・。」
悲しそうに顔を上げるシャオの視線を受け、太助は首を横に振った。
「俺はさ、シャオがこうやって傍にいてくれるだけでも幸せなんだ。
初めて会った時、シャオ言ったじゃないか。“あなたを孤独や寂しさから守ってあげたい”って。
今、それを十分にやってくれている。シャオが居なかったら、とっくの前に力尽きちゃってるよ。」
「太助様・・・。」
シャオの表情が、悲しげなものから喜びのそれへと変わる。
自分の顔を、静かに太助の胸へと傾ける彼女を見て、太助は安堵した。
そしてしばらくそのまま飛びつづける。だが、やはりいつまで経っても終わりは見えなかった。
もはやとっくに宇宙まで飛び出しているくらいに飛んでいる。
「おかしいな・・・。空ってこんなに高かったっけ?」
「太助様、声が・・・。」
ふと呟いた太助であったが、その声の異変にシャオは気付いた。
病人と聞き違えるほどに弱々しくか細い、そんな声だったのだ。
それはいよいよ限界が、極限が近いということを意味していた。
「・・・駄目か。精一杯頑張る、って決めたのにな。」
「そんな!太助様!!」
「ごめんシャオ。情けないけど、俺もうこれ以上は・・・。」
いつもなら弱音などはかないのだが、自分の体力の終わりを感じている太助にしてみれば、
見せ掛けだけの意地など張りたくなかったのだ。
天使の癒しの力というのも途中試してみた。
しかし、何故か効果のほどは現れなかった。どうやら飛行中は他の力が使えないようである。
あと少しでも飛びつづければ自分は力尽きる。
そしてシャオもろとも、地上へとまっ逆さまだろう。
いや、地上へと落ちるならまだしも救いはあろうが、今は本当に空を飛んでいるかも疑わしい。
もしかしたら永遠に落ちつづける恐怖を味あわなければならないのかも・・・。
そのうちに自然に涙も流れ出てしまっていた。
ここで本当に力尽きて終わってしまえば、今傍にいるシャオのみならず、
それこそ自分と縁のある者すべてが死んでしまう。
家族、友達・・・。皆の顔が次々に浮かんでくる。
彼らに対する“済まない”という気持ちで、太助は胸がいっぱいだった。
なんとも辛そうな顔をしている彼を見て、シャオは静かに頷いた。
「やっぱりごめんなさい、太助様。私が、もう少しでも手伝えれば・・・。」
太助と同じ様に涙するシャオ。
それを見て太助は慌てて涙を振り払う。
そして、ある一つの決心をした。
「もう、気にするなって。それよりさ、シャオ。」
「はい?」
「言っておきたい事があるんだ。大事な、ことなんだ。」
「はい・・・。」
“これで最後か”という思いが太助にはあったのだろう。
せめてこれだけは伝えたい、と心の中で思っていた。
それは、今までに幾度となく伝える事をためらってきた事柄である。
今だ天へ向かって昇りながら、太助はまっすぐにシャオを見つめた。
「シャオ。」
「はい。」
「俺は・・・。」
「はい。」
「俺は、シャオの事が・・・。」
感極まってか、肝心の言葉がなかなか出て来ない。
と、其の時であった。
二人の間に挟まれていた人形が光を放ち出したのは!


相変わらず天を見上げている面々。
と、ふと花織が首を休めるために顔をおろした時の事であった。
「ねえ楊ちゃん、一つ聞きたい事があるんだけど。」
「なあに?」
「天まで昇る・・・って、それはどれくらいなの?」
「それはね、二人次第、なの。」
「二人次第?」
「そ。正確には主様次第、なんだけどね。これは言ってしまうと駄目になるから。」
「ふーん??」
あんまり分からなかった花織ではあったが、再びそのまま天を仰ぎに戻る。
質問されたヨウメイはヨウメイで、やはり同じ様に天を仰いでいたのだった。


「な、なんだ!?」
「人形さんが!!」
太助とシャオが人形の異変に慌てたその時には、人形からの光はすでに止んでいた。
しかしその直後、首を傾げる暇も無く二人は一つの人影を空に見止めた。
慌てて急停止する太助。そこにいたのはなんと・・・
「・・・母さん?」
「さゆりさん?」
光り輝くさゆりの姿がそこにあった。真白なローブを身に纏っている。
それが少しでも動くと、まばゆいきらめきが飛び散る。
微笑んでいるその顔からは、今にも“愛”という言葉でも飛び出してきそうだ。
が、そのさゆりはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、わたしはさゆりさんではありません。天使です。ほら、羽もわっかもあるでしょう?」
その天使はゆっくりと自分の頭上と背中とを指差す。
するとたしかに、わっかと羽が見て取れた。
そこではっとなる太助にシャオ。
「そ、そうか!人形の呪いが解けたんだ!?」
「そうなんですか!?」
大きな声で叫ぶ二人に、天使はこくりと頷いた。
なんとも言えないような嬉しそうな笑みを浮かべる。
「その通りです。七梨太助さん。あなたが縁を切る以外の方法で・・・。
ともかく、その人形に封じられていた私は、こうして元に戻る事が出来ました。
本当に・・・本当にありがとうございます。」
ますます微笑んで天使は丁寧にお辞儀をした。
それにつられて太助とシャオも一緒になってお辞儀をする。
「後はお二人は無事に元の場所、つまりあの庭ですね。
そこへそのまま戻る事が出来ます。」
ふむふむと納得する二人。とりあえず無事に帰れる事がわかってほっ、である。
「次に大事な事。七梨太助さんと縁のある方がどうたら、というのはもはや無くなりました。
だから安心してください。」
これまたふむふむと納得する二人。心なしか、より一層安堵感が浮かんでいる。
「後は・・・えっと、何か聞きたい事はありますか?」
なんと今度は質問をしてきた。
途端にこけそうになった二人ではあったが、なんとかそれをこらえる。
苦笑しながら、まず太助が質問をした。
「なんで母さんにそっくりなんだ・・・いや、そっくりなんですか?」
「なんだ、でいいですよ。それはですねえ、偶然です。
わたしの本来の姿はこれ。偶然あなたのお母様がそっくりな姿になったんでしょうね。
初めて見た時は驚きました。更には天使サユーリなんて皆から呼ばれてたりしてたし。」
うんうんと頷きながら天使は説明した。
太助自身も、さゆりが“天使”だとか呼ばれてたりするのは那奈から聞いた事がある。
たしかに偶然だよなあ、と不思議に考えこんでいた。
「あの、昔天使さんが犯した大罪、ってなんですか?」
今度尋ねたのはシャオ。するとその天使はぽりぽりと頭をかいた。
「わたし、大事なことをよく忘れちゃうんです。
ずっと昔のそれも・・・あれ?何を忘れたんだっけ?」
いきなり長そうな話が途切れてしまった。
しきりに首を傾げ頭を捻っている天使に対して、
“もういいです”とシャオが告げる事により、その話はあっさりと終了する。
それでも、何が大罪かを凄く納得できたシャオと太助であった。
と、そこで短いながらも質問会は終わり。
早く皆の所へ戻って安心させてあげたいと太助が申し出たからである。
「一応最後に言っておきたい事があります。」
「何?忘れないうちにどうぞ。」
冗談混じりに笑いながら言う太助に、多少ばつが悪そうな顔になった天使だったが、
静かな眼差して彼を見つめた。
「今回の事で分かったと思いますが、通常の方法では決して知り得ない物もあるのです。
もちろんそれは特殊な物を用いないとどうしようもなかったりしますが・・・。」
特殊な物とは統天書の事だ。
主に関する事柄がすぐにわかるという性質を持っていたからこそ、
今回なんとか丸く収まったといえよう。
「それとは別に、形にしなくても伝わるものもあるのです。
そう、守護月天シャオリンさんはなんとなくそれを感じていたのでは?」
太助が皆を家から追い出した時の事を言っているのだろう。
もっともあの時シャオが感じ取った太助の気持ちというのは、
天使の力をそれなりに用いてたという所為もある。
しかし、彼女のみが感じ取れたという点から、力だけの所為でも無いだろう。
あの後シャオはただ太助を信じる気持ちを以って七梨家に戻ってきた。
ずっと前にさゆりが旅から戻って来た時も、言わなくても伝わる想いもあると、
太助の手をとって告げた事もある。
「そして更に・・・。形にしなければ伝わらないものもやはりあるのです。
わかりますね?七梨太助さん。あなたがついさっき言おうとしていた事柄です。」
それは人形が光を放つほんの一瞬前の事だ。
自分の想いのほどをシャオに伝えようとしていた太助。
その時の事を思い返しながら、太助は静かに頷いた。
そんな彼をただ見つめるだけのシャオ。
“そういえばあの時太助様は何を言おうとしてたんだろう”という気持ちで。
しばらくそのまま沈黙の時が流れていたが、
天使は“もうそろそろお別れの時間ですね”と言わんばかりに衣をひるがえした。
「そうそう、わたしから七梨さゆりさんへ伝えておきますね。
あなたの息子さんは立派に頑張りましたよ、って。」
「母さんに?・・・じゃあ一緒にこれも伝えておいてよ。
“あの人形はいい記念になった、ありがとう”ってさ。」
一度は人形を送ってきた母を恨んでしまったりもしたが、
今の太助にそんな気持ちはまったくなかった。
辛い事がたくさんあったが、その分素晴らしい何かを分かったような気がしたからだ。
「分かりました。それではさようなら。そしてありがとう・・・。」
「さようなら!」
「天使さん、お元気で。」
別れの挨拶として、飛びさって行く手を振る太助とシャオ。
だが、そこで天使は“あっ!”と叫んで後ろを振り返った。
「言い忘れてましたが、天使の力はこの後すべて使えなくなります!
それでは今度こそ本当にさようなら!!」
せかせかと、天使は姿を消した。
どうにも滑稽なその様子に、太助とシャオは顔を見合わせて笑い合う。
よく天使という役割が務まるなあという呆れも手伝ってか、それはしばらく続いた。
いいかげん笑ったところで、シャオは太助に視線を合わせた。
「ところで太助様、さっき言おうとしてた事ってなんですか?」
「それは・・・。」
少しのためらいが太助にはあった。
このまま勢いでシャオに告白をしていいものかどうか。
だがそれはあっという間に消えた。天使の言葉を思い出したのだ。
“形にしなければ伝わらないものもある”
つまりは、言葉にしなければ伝わらないであろう想いだ。
今や抜け殻となっている人形を挟んだまま、太助はシャオにしっかりと顔を向けた。
「シャオ。」
「はい。」
「俺は、シャオの事が・・・」
「あー!!七梨先輩〜!!!」
「へ?」
突如別方向から天使とは別人の様な声がした。しかしそれでいて聞き覚えのある声。
ふと周囲を見ると、そこに声の主が立っているのが分かった。
「あ、愛原・・・?」
「いきなり戻ってくるなんて〜!」
「太助、シャオ。無事に戻れたんだ。良かった・・・。」
「あーん、たー様〜ん!!」
「シャオちゃーん!!」
「やれやれ、ほんと心配しましたよ。」
よく見れば、いつもの面々も同じ様にそこに立っている。
改めて太助は自分の足元を見ると、そこは自分の家の庭だと認識できた。
「そういう事かよ。たしかに無事に戻れてるけどさあ・・・。」
「何をぐちぐち言ってんだよ七梨。ちゃんと天使の姿から元に戻ってるじゃないか。」
「まあ、本当ですわ!いつの間に・・・。」
翔子の言葉に改めて太助を見たシャオは、そこに以前の人間の姿のままの彼を確認した。
天使のわっかも、羽もない。正真正銘普通の姿の太助である。
「太助様・・・良かった・・・。」
もともと抱き合っていた格好であったシャオと太助。
その状態から、シャオは嬉し涙を流しながら、更に抱きしめた。
そこで皆も改めてそれに気付き、無事にすべてが終わった事を互いに喜び合った。
騒がれながらも説明する太助から空での事情を聞き、天使の事を納得する。
「それにしても・・・。一体主殿はどこまで飛んでいたのだろう?」
「さあ。知った所で試練になんて使えないと思いますよ?」
「いや、頑張ったのだと思ってな。」
「そりゃあシャオリンさんも一緒だったし。
それにしても疲れた・・・しばらく眠ります、ね・・・。」
「ヨウメイ殿?」
「ほんと・・・短時間で・・・見付かって・・・良かっ・・・た・・・。」
キリュウが振り向いた時には、既に彼女の方へとヨウメイは倒れこんでいた。
慌ててそれを支えるキリュウは、“結構眠っていたはずだが、それでも眠いのだな”
と、少しばかり苦笑しながら彼女の寝顔を見つめていた。
この後、すべてが終わった記念パーティーなるものが開かれ、
太助達は心行くまでそれを楽しんだのであった。
余談だが、ヨウメイは一週間ほどずっと眠りつづけていた様である。


一連の事件の数日の後。
いつも通りの生活を取り戻した七梨家に一通の手紙が届いた。
その日一人で留守番をしていた太助は、リビングにてそれを読み始める。
「・・・母さん、安心してるみたいだ。良かった。」
手紙は母さゆりからのものであった。
どうやら直接あの天使と話をしたようで、驚きやら喜びが様々に書かれてあった。
中でも、自分とそっくりな姿という点が一番事細かであった。
全体的な容姿の特徴から始まって、部分部分まで。
更にはなんと、さゆりの手伝いをしているらしい。
今まで迷惑をかけてきた人間達への償いのつもりの行動だろうか。
当然正体を知っているのはさゆりだけとなっているみたいだが。
そんな部分を読んで、太助は危うく手紙を落としそうになるほど驚いていたりした。
そして、手紙の最後に書かれてあったのはこんな文である。
『母さんはいつも、月に向かって太助の幸せを祈っているからね』
「はは、母さんらしいや。」
苦笑したものの、太助は、変わらない母の姿を感じて安心した。
そして、手紙に向かって語りかけるように呟く。
「俺、シャオに自分の想いを告げる事にしたよ。」
すべてが終わったあの日は、結局うやむやになってしまったため、告白出来なかったのである。
「けど、まだまだ勇気が足りないかも。
無事に告白できるよう、月に向かって祈っててよ、なんてね。」
「ただいまー。」
冗談混じりに笑っていると、玄関から声がした。
シャオが買い物から帰ってきたのである。
太助は封筒に手紙をしまうと、彼女を迎えに行く為に立ち上がった。
するとあるものと目が合った。棚の上に置かれているあの人形だ。
最初届いた状態とは違って、首にかけられていたはずのペンダントが消えている。
思えばあれが呪いだとか封印だとかの証だったのだろうか。
あいもかわらずさゆりそっくりな姿をしているそれに、太助は微笑んだ。
「大丈夫。俺は今、幸せだよ。」
それに応えるかの様に人形がほんの少し笑った気がした。
再び太助はそれに応えて微笑みかけると、シャオの元へと向かった。
何気ない生活がくり返される中、シャオは心の中のどこかで、
太助からの告白をずっと待ち続けている・・・。

≪第二十八話≫終わり


あとがき:この話長い・・・。(汗)
えーと、こんにちわ、空理空論でございます。
今回のお話『夢のかたち 愛のかたち』いかがだったでしょうか・・・じゃなくて!
まあともかく読めば分かると思いますが、藤咲あゆな先生の、
『夢のかたち 愛のかたち』をかなり参考にして今回の話を書いてみました。
(まだ読んで無い方は是非!心に響くとってもいいお話です!)
ただ、参考(盗作に近い気もするけど)にした割りには出来があんまりかもしれませんが・・・(爆)
だいたいあの人形を誤魔化しすぎたような。
無理にさゆりさんからの手紙にしたのがまずかったかな・・・。
とはいえ、あんまり無いようなものを扱うのが好きなので。
途中少々、別の本から取った知識だとか話が入ってますが、使い方難しいです。
(というか飾りにしかなってませんが)
今回場面がころころと変わって読みにくかったかもしれません。
それでも、あれ以上上手く繋げる技術は、今の所私には無いです。(苦笑)
最も苦労したのは・・・ってやっぱり全部でしょうかねえ。
それよりも太助君、しっかり主人公っぽく出番が多かったです。
そりゃあ彼が居ないと進まない話だから当然といえば当然ですが・・・。
シャオさんもなかなかに動いてくれてたし。(こういうの楊明の話では珍しいので<爆)
ちなみに、楊明の話の中では、まだ太助君はシャオさんに告白してない状態なので、
それを了承しておいてください。(後の話で告白話を書く予定ではありますけど)
全体的に分かった事は、結局考えて話を書くのは私の性に合って無い、でしょうか。
とにかく疲れた・・・。それでは。(なんかあとがきまで支離滅裂だ)

それにしても、相変わらず星神がさっぱり登場して無いなあ・・・。
(軒轅と瓠瓜と南極寿星だけなんて・・・)

2001・2・5

※つけたし:実は、太助にかかった呪いを解く為の条件とか、こういう案もありました。
“最も好きな人との縁を断ち切る”というもの。
いわば、「夢のかたち 愛のかたち」により近いバージョンですね。
もちろん皆は家から追い出されるなんて事にはならず、
とにかく太助のシャオへの態度がおかしいのに戸惑う、と。
そこへ宿泊訓練から帰ってきた楊明が調べる。それで、他の方法を見つけようと決心する。
紀「楊明殿が調べる?どういうことだ?」
楊「あの主様がシャオリンさんと縁を切るなんて出来る訳がありません。
  私が別の方法を見付けだします。この統天書で・・・。」
ってな感じですかね。今思えば・・・書いてる最中には、
こんな案があったなんて事をすっかり忘れたってわけですね(笑)
以上、ちょっとした付け足しでした。2・15