小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


6 楊明の決意

「それでは授業を始めます。教科書の78ページを開いてください。」
教壇に先生が立つと同時に、生徒達は一斉に集中し出す。
言われた通りに教科書を開き、先生の解説に耳を傾ける。
ここは学校の教室、一年三組だ。
遅刻というかたちにはなったが、花織達は授業を受けにやってきた。
それは、太助を元に戻す方法を見つける会議に結論がついたことと、ヨウメイの勧めに寄る。
“授業を無理にサボるのは良くない”と彼女が言い張ったのだ。
結局それには皆が言い負かされ、太助やシャオ達も学校に向かったのである。
「ですから、このピラミッドは王の墓であるという説に疑いが持たれ・・・。」
先生の声が教室内に響く。今は社会の授業が行われているのだ。
両手を頬について片手に鉛筆を持ちながら、熱美は隣の空席を見つめていた。
もちろん彼女の頭には授業内容など入って来ない。
「楊ちゃん、大丈夫かな・・・。」
ため息にも似た呟きを幾度と無く繰り返す。それは花織もゆかりんも同じであった。
見ての通り、ヨウメイは授業には出ていない。
当然学校に行こうと言い出した本人だからサボっているわけでもない。
その訳は、今より少し前、皆が七梨家に居る時にさかのぼる・・・。


太助を天使から元に戻す方法についての結論として出した、
ヨウメイの“私が調べる”という言葉に、今だ理解でき無い者が多数いる中、
彼女は別の話題へと切り替えようとした。
「さて、そうと決まれば皆さんがここで無駄な時間を過ごす道理はありませんね。
遅刻でも構わないでしょうから、それぞれ学校へ向かってください。
ただ主様は家に居た方がいいでしょうかね。そんな姿ですから・・・。」
「ちょ、ちょっと待てよヨウメイ!結局どういうことなんだ!?」
てきぱきと告げるヨウメイに、太助が説明を求めた。
太助本人はなんとなくわかってはいたが、周りの者はおそらく分からないはずだと思っての事だ。
たしかにルーアンはぽかんと口を開いていたし、シャオもしきりに首を傾げていた。
自分の正面に座っている那奈も、立ったまま固まって居たのだから。
「結局は、私が統天書にて調べるという事ですよ。
ただしそれは、おそらくすぐにできるものではありません。
ですから、今日から私は部屋にこもって一日中調べつづけます。
何がなんでも見つけます。少なくとも期限が訪れるまで・・・。
・・・何か他に聞きたい事はありますか?」
質問、というものは皆には特に起こらなかった。
ただ、やはりというか太助は挙手をした。
「えーとつまり、ヨウメイだけが統天書を調べるって事?」
「そういうことです。さあ、時間は待ってくれ無いんですから。
皆さんは学校で勉強でもしててください!!」
「で、でも、ヨウメイさん・・・」
「詳しい事はキリュウさんから後で聞くようにしてください!
ほらほら、早く出かけた出かけた!!」
名指しをしたかと思うと、ヨウメイは身振り手振りで皆を急かす。
何か言いたげな花織達を含めて、リビングから全員を追い出した。
いや、全員ではなく、その部屋にはキリュウ、ヨウメイ、そして人形だけが残る形となった。
「・・・ヨウメイ殿、済まないが説明してもらえぬか?」
「何をでしょうか?申し訳ありませんが早く実行したいのでそういうのは・・・。」
「何故私の名を出した?私に何をさせるつもりだ?」
不安そうな顔を見せるヨウメイだったが、
キリュウの言葉に“ああその事ですか”と、安堵の表情を見せる。
「これから私が調べものをするに当たって、キリュウさんには補佐を務めていただきたいのです。」
「補佐?」
「そうです。調べものに集中する間、私はキリュウさんの呼びかけ以外には反応しないようにします。
それで、ご飯の時間だとかになったら呼んで欲しいのです。あと、寝る時間にも。」
ここでキリュウは首を傾げた。彼女でなくても出来そうな役割だったからだ。
「・・・私でなくてはならぬのか?」
「一緒の部屋を使ってるでしょう?だからですよ。」
「なるほど・・・。」
「一時的に部屋を交替という手もありますが、なるべくなら調べものに集中したいので。
外からの干渉を妨げて欲しいという事も兼ねてます。」
「ふむ、それならば納得がいくな。」
外からの干渉というのは人間には限らないだろう。
物音やなんらかの物理現象。万象大乱を扱うキリュウに、それらの妨害を託したのだ。
「本来なら試練を行うという役目があるのでこんな事を頼むのは心苦しいんですが・・・。」
「心配するな。私が与えずとも出切る試練は他にもある。
そうだな、那奈殿に後で相談しておこう。」
「いいんですか?」
「いいとも、引き受けよう。」
「ありがとうございます。」
ふかぶかとヨウメイは頭を下げた。
過去にも深い調べものをする機会はあったはず。
しかしもちろんその時はキリュウが傍にいることも無かったはずだ。
その中でもやはり調べものを成し遂げてきたのだろう。
それを考えると、今回の調べものは幾分楽なのかもしれない。
だが、そこまでの状態にしてやっと出きるかもしれないものなのだ。
「オレはどうすればいい?」
二人が会話をする傍で、人形はじっとそれを聞いていた。
それで、自分も何かできないかと思い立ったのである。
「特にすることは無いと思います。でも、これから見つけ出す方法では、
おそらく貴方が必要なはず・・・。だから、常にリビングで居るようにでもしてください。」
「わかった。」
ヨウメイが告げると、人形はこくりとそれに頷いた。
今はもはや普通に接する事も可能になっているみたいで、とげとげしい雰囲気はなかった。
ともかくかかる時間は未知数の、巨大な調べものを行わなければならない。
キリュウとヨウメイは頷き合うと、早速自分達の部屋へと向かい始めた。

廊下でざわざわと騒ぐ太助達。いきなり追い出された事に皆はもちろん戸惑っている。
学校へ行けと言われたものの、すぐにはそれを行えないのであった。
「なあ太助、俺達学校なんて行ってていいのか?」
「ヨウメイが言ったんだから別に構わないんじゃ・・・。」
「でも、たー様を置いてなんて行けないわ!いつ何が起こるかわからないのに!!」
言葉を交わしてはいるが、進展は見られなかった。
当然といえば当然である。ヨウメイから受けた説明は“彼女が統天書を調べる”という事のみ。
これだけでは、自分達がてきとーにやってていい理由にならない。
更に言えば、統天書を読む事の出来る太助、
そして以前の質問会で読めるようになった翔子は、かなり納得のいかない顔だった。
「あたし達も一緒に調べればいいはずなのに・・・。」
「そうでなくとも、僕達だって手伝う事だってあるはずだよ。」
「七梨先輩や山野辺先輩、そして楊ちゃんのめくる手伝いとか!」
「皆で一丸となればすぐにみつかるはずですよ。」
ついには階段に腰掛け、廊下に座りこみ、皆で座談会を開き始めてしまった。
ヨウメイが言った学校へどうこうはどこへやら、完全にそれを忘れてしまった状態で。
その時である。リビングのドアががちゃりと開いてキリュウとヨウメイが顔を見せたのは。
それに、一斉に皆は注目したが、ヨウメイ自身はわなわなと震え出した。
「何やってんですか皆さん!!さっさと学校行ったらどうなんですか!!
授業をサボるなんてふてぶてしい真似はやめてください!!!」
朝の皆の様子からすれば、既にそんな意見は通らないはずだった。
ヨウメイ自身は、皆が後から学校へ行くという考えで作戦会議に参加したという事だろうか。
「そんな事言っても楊ちゃん!無理に一人で調べなくたってあたし達も手伝うよ!!」
「そうだよ!!前に楊ちゃんが小さくなった時、七梨先輩と山野辺先輩を手伝ったんだから!!」
「いいぞっ、花織にゆかりん!!」
花織達三人が詰め寄ると、たかし達もそれに加わって抗議し始めた。
全員が全員、太助が心配な気持ちと同時に、ヨウメイをも心配していたのだ。
しばらくはぎゃんぎゃんとした声を聞いていたヨウメイだが、すっと片手をあげて皆を制す。
「言いたいことはよく分かった。でもね、必要ないんです。
まったくとはいいませんが。だからキリュウさんのみに補佐をお願いしました。」
皆がキリュウを見ると、彼女はこくりとうなずいた。
相変わらずの冷静な顔であったが、ほんの少し焦りの影も見えた。
かなりの大役であることはかなり明白である。
「でも、キリュウさんだけだなんて!」
「シャオリンさんにだって、毎日の食事を作ってもらわないと。」
「で、でも!」
「ではその理由を見せますから。皆さんこちらへ。」
やれやれとため息をついて、ヨウメイは階段を上り始めた。自分の部屋へ向かっているのだ。
立っている面々の脇をすり抜けて、キリュウもその後に続く。
御互い顔を見合わせながら首を傾げあうと、太助達もぞろぞろと付いて行った。

部屋に到着して、ヨウメイは部屋の中へ入り、机の前へと座った。
そしてそれを立って見守るキリュウ。
他の者は、一部だけ部屋に入り、残りは外だ。全員が入るスペースがないので。
「では、調べものを開始します。・・・主様、しばらく講義ができなくなるのが残念ですが、
その時間は何か他の事でも・・・。」
「う、うん。」
「必ず、期限内に見付けだします。何がなんでも。」
ちらりと太助を見つつヨウメイは最後の言葉の様に告げた。
太助が頷いたのを確認すると、おもむろに統天書を広げる。
バババババババババババババッ
「な!?」
キリュウが声をあげると同時に、皆も前につんのめり出した。
ヨウメイは統天書を捲り出した。言わばこれが調べものだ。
しかしそのめくる早さはとんでもない。本当に中身を見ているのか?と疑いたくなるほどに早い。
一秒間に何ページ・・・などを数えられないほどに早いのだ。
「・・・なるほど、ある程度早いとは思っていたが、これほどまでとはな。」
「キリュウ、知ってたのか?」
「それは・・・外で説明しよう。邪魔になるといけない。」
素早い手つきで必死にページをめくるヨウメイを後ろ目に見ながら、
キリュウは皆を部屋の外へ、そして階段の下へ降りる様にうながすと、部屋のドアを静かに閉めた。
彼女が階段を降りて行くと、待ち兼ねた様に太助が立ちあがる。
もちろん彼に限らず、それぞれそんな気持ちだ。
それを見て、キリュウはゆっくりと話し始めた。
「さて、もう言わずとも分かるだろう。ヨウメイ殿が統天書を調べる速度。
これは主殿や翔子殿、そして皆が加わって調べる速度よりずっと早い。
統天書を扱う存在だから私は早いとは一応思っていた。
もっとも、実際にあれを見てビックリしたのは私も同じだがな。
何故ならあそこまでとは思っていなかったからだ。密かにめくる練習でもしていたのか・・・。」
説明を聞きながら、皆は今一度ヨウメイが統天書をめくる様子を思い出していた。
普段は絶対に見る事のできない姿であろう。
「ともかく、あれを見れば私達に手伝える事などほとんど無いという事がわかる。
せいぜい邪魔をせぬ事。だからヨウメイ殿が言った様に学校へ行くが良いだろう。」
冷静に告げたキリュウの言葉に、それぞれ現実に引き戻された。
そしてヨウメイの懸命な声を思い出していた。“学校へ行きましょう”というものを。
仕方ないかのように、頷きあったかと思うと、皆はぞろぞろと仕度しだした。
すなわちは、七梨家を後にしていったのだ。もちろん自分達の家に一度帰らねばならないが・・・。
シャオもルーアンも手早く準備すると、しぶしぶながらも家を出た。
言うまでもなく、今更学校へ向かうのはとにかく気が引けた事だろう。
それでも皆を動かしたヨウメイに、太助はえらく感心していたのだった。
「なあ太助。」
「なんだよ、那奈姉は行かないのか?」
「あたしが学校へ行って何をするってんだ。」
「それもそうか・・・。」
その場、つまり七梨家に残ったのは、キリュウを除くと太助と那奈のみ。
太助はともかく、那奈には出かける意味がなかったのだから。
「ところで、あたしは何をするべきかな・・・。」
「そういえば俺も何かするべきことってあるのかな・・・。」
「・・・・・・。」
呆然と考えこむ二人を、キリュウは黙ったまま見ていた。
それと同時に少々ため息もついていた。
(まったく、ヨウメイ殿は肝心な所が抜けている気がするな・・・。)
それは今までも何度となく思っていた事柄である。
もっとも、ヨウメイはそれぞれに役割を示した訳では無い。
学校に行けと言ったのも、自由にだらだらと居るくらいなら勉強しなさい、という考えからだ。
しかし自分がヨウメイの補佐という役割を引き受けた以上、
太助や那奈にもなんらしかの手伝いをして欲しいのも本心だ。
更にいえば、二人も何かをしたいと思っているはずである。
と、キリュウはある事を閃いた。
「おやつを作ってもらえないか?ヨウメイ殿が好きそうなものを。」
太助も那奈も彼女の言葉に振り返ったが、しばらく考えこんでしまった。
反応がいまいち希薄な二人に、改めてキリュウが告げようとしたが・・・。
「ヨウメイって何が好きなんだ?いっつもシャオに任せちゃってるから・・・。」
「それに、ご飯以外にそんなもん持ってったら余計邪魔にならないか?」
難しい顔で答える太助と那奈。
言う事はもっともであった。これは余分な手伝いになりかねない。
だがキリュウはそれにも関わらずにもう一度願い出た。
「いつもおやつおやつ言っているヨウメイ殿は必ずそういうのを欲しがるはずなのだ。
私はプラスになると思っている。だから頼む。」
これに二人はしばらくの考察の後に“分かったよ”と頷いた。
昔ながらにヨウメイを知っているキリュウが言う事だからこそ信用したのだろう。
早速台所へ向かい、慣れ無い手つきながらもおやつなるものを作り始めた。
もっとも料理自体は太助がそれなりに経験があるので、きっちりとそれは出来て行く。
その様子を見ながらキリュウは、階上にいる御調べ中の人物を思った。
そして“頼んだぞ”と、心の中で呟くのであった。


机を見つめている熱美の頭の中で、朝の出来事がめまぐるしくかけめぐる。
中でもなお繰り返し再生されているのは、必死に統天書をめくっているヨウメイの姿だ。
今までも必死な姿というのは見た事はあったが、ああいうのは初めてであったのだ。
「よほど大変なことなんだろうな・・・。すぐに分からない事を知ろうとするのは・・・。」
「・・・さん。」
「ん?誰か呼んだ?」
何かが彼女の頭の中に響いた。
前を向くと、恐い顔をした先生が目の前に立っていた。
「さっきから呼んでいるのですがね・・・。」
「あ、ああっ!!す、すいません!!」
慌てて立ち上がって懸命に頭を下げる熱美。
一時の授業中断に、他の皆はそれに注目していた。
中でも花織やゆかりんは深いため息をつきながら。
「気にしてどうにもなるでもないけど、やっぱり心配だよね。」
「そうだね、花織。学校が終わったら楊ちゃんの家に行ってみない?」
「うん、そうしよ。」
実際この二人も気にならなかったわけではないのだ。
ただ、熱美は隣の席であったためについつい深く気にしすぎてしまった。
授業が再開されたあとも、しばしばよそ見が繰り返されていた。

所変わって、二年一組では・・・
「自習。」
投げやりそうにルーアンが宣言した。
「ちょっとルーアン先生、さっきも自習だとか言って・・・」
「うっさいわね!たー様が居ないのに授業なんてやってられるかってんのよ。」
「だったらわざわざ授業のっとりに来るなよな・・・。」
一部の生徒達から不満の声が静かにあがる。今はルーアン担当の社会の授業でも無い。
しかしそんなことはお構い無しの彼女は、堂々と居座っているのだ。
ヨウメイから学校へ行けと言われたものの、どうも落ち着かない。
授業でもして気を紛らわそうか。けど太助が気になる・・・。
そんなわけで、ルーアンは、無意味に授業を自習と変えてしまっている。
荒れている様子がなんとなく見てとれた生徒達は、
直接要求を告げる事はせず、おとなしく自習していた。
というよりは、好き勝手に話をしていたのだが・・・。
「翔子さん。」
「ん?ああ、シャオか。どうした?」
「私、心配です。ヨウメイさんはああ言ったものの、呑気に学校に来てていいのでしょうか。」
話をしているのは、シャオも同じだった。
窓際に座っている翔子の所まで堂々と歩いて行っている。
普段の彼女らしからぬその様子に、翔子はふうとため息をついた。
「大丈夫だろ。というか、とりあえず任せるしかないよ。」
「ですが・・・。」
「今帰った所でどやされるだけだって。けどなあ・・・
学校へ行けなんてよく言うよなあ。七梨が大変なのに・・・。」
「翔子さん・・・。」
太助の事を心配し過ぎて落ちつかないのは自分だけでは無い。それをシャオは感じていた。
事実、目の前に居る翔子だけでなく、自習を告げたルーアン、
そしておとなしく座っているたかしや乎一郎にも、そわそわした様子が見て取れたのだ。
自分達に何もできないものは無いはず。しかし今はそれを考えるしかない。
けれどもじっと考えてるなんて事は続けられない・・・。
とにかく苛立っているのだ。関係ない別の事しかできていない今に。
「家に帰ったら、もう一度相談してみましょう。」
「そうだな、それがいいよ。那奈ねぇやキリュウも頑張ってるんだし。」
当たり前ながら、学校の授業を受けるという事へ今一つ思いを切り替えられない面々であったが、
結局は放課後が来るまで、時をおとなしく過ごすのであった。

購買部。頬づえをついて宙を見つめる出雲の姿があった。
ぼーっとしている訳ではなく、脳細胞をフル回転させている。
「何か私ができそうなものは・・・。」
時々独り言を呟きながら、必死に考えていた。
揺らしていた、巡らせていた、そして少し悲痛そうな表情を浮かべていた。
「どうして太助君はああも不思議な事に巻き込まれるんでしょうかねえ・・・。
縁・・・これも縁なのでしょうか。人知を既に超えた縁ですねえ・・・。」
出雲は精霊というものと自然に出会い、更には自分が好意を寄せている。
今は何気なく居るが、普段の生活からは考えられなかったものだ。
運命のいたずら、とでも言うべきだろうか。
現在までにいたる様々な出来事に思いを巡らせている。そして・・・
「縁を断ち切る以外に、方法などあるんでしょうか・・・。」
何気なく昔を思い出していた頭は、再び現在の問題へと立ち戻る。
いつもなら問題に関する事のみを考えているのだが、今は違った。
あちらこちらへとついついわき道へそれてしまっている。
まさに多岐亡羊。彼は学者ではないが、やっているそれは同じものであった。
チャイムがなり、昼休みが告げられ、学校中の生徒達が押し寄せていた時でさえ、
出雲は、頭の中に出来あがった複雑な迷路をさ迷っていた。


もぐもぐもぐもぐ・・・ごくん。
「ふう、ごちそうさまでした。」
「堪能したか?」
「ええ、とっても。」
「そうか、ならばよかった。」
キリュウとヨウメイの部屋。おやつを美味しそうに食べていたヨウメイは、満足げに終了を告げた。
那奈と太助におやつを作るよう頼んだキリュウ。
出来あがったそれを持って、一人部屋を訪ねた。
最初は少しためらいがちにノックしたのであったが、
おやつと聞いて嬉しそうな笑顔を向けた彼女に、心底ほっとしたのであった。
「怒られたらどうしようかと少しひやひやしていたが。」
「言っておきますが、本来なら怒るどころじゃ済みませんよ?」
「・・・例えばどんな事をするつもりだ。」
「そりゃあもう、熱気を呼んで嫌がらせしまくったり。
土に半身を埋めたままにして辛いものを食べさせたり・・・。」
ヨウメイの口から次々と飛び出すそれらは、ほとんどいじめや拷問の類だ。
しつこいくらいに繰り出されると、キリュウは“もういい”とストップをかけた。
「やれやれ。危ういところだったというわけだな。」
「よかったですね。私がおやつ好きで。」
「だからこそおやつを持ってきたのだが・・・。」
「はは、それもそうですね。本当にありがとうございます。」
ぺこり、と丁寧にお辞儀するヨウメイ。
口の周りに多少食べかすがついてたりするのがなんとも無邪気に見えたりする。
“外見に惑わされるなとはこの事か?”などとキリュウは思い浮かべていた。
あまりにもしげしげとした視線に、ヨウメイは少し口を尖らせる。
「・・・キリュウさん、なんか失礼なこと考えてません?」
「・・・いや。」
「そのわりには間があったんですけど。」
「そんな事はどうでも良い事だ。さあ、早く続きを。」
「はいはい。では、次は夕飯の時に呼びに来て下さい。」
誤魔化されつつも統天書を開こうとする。
だが、キリュウはそこでふいっと呼びとめた。
「昼食は要らないという事か?」
「ええ。がつがつと食べたいので。」
「なるほどな・・・。」
「はいっ、そういう事です。」
なんとも嬉しそうに、ヨウメイは笑った。
たしかに時間を隔てればがつがつとした食事にはなるだろう。
それは彼女自身が好きな食事の仕方だ。
だが実際はそういう事ではない。おやつを食べた事により浪費した時間。
これを少しでも取り戻す為に昼食をやめようという事なのだ。
もっとも、おやつと昼食を比べると、おやつの方が断然時間的に少ない。
つまりは、いずれ取らなければならなかったであろう昼食を、
おやつというものでかわりにしようという事だ。
それは結果的に、時間を稼ぐという事にも繋がる。
「では、後ほど。」
「ああ。」
最後の挨拶をしたかと思うと、ヨウメイは統天書を勢いよく捲り出した。
本日二度目みたその姿にキリュウは、再度驚きつつも食器類を持って部屋を出た。
ドアを閉めたその向こうからも、本をめくる音は聞こえてくる。
半分空っぽな気持ちで、キリュウは静かにそこを後にした。

ずずずずずず
リビングではお茶の啜り合い、もとい、太助と那奈がお茶を飲んでくつろいでいた。
とりあえず出来そうな事はやったという事である。
もちろん、くつろいでいる間も何が出来るか考え中であるが。
「なあ太助。」
「なんだ?」
「お前ってどうしてこう色んなことに巻き込まれるんだろうな。」
「知るかよ。家族そろって色んなもの送ってくるからじゃないのか?
もっとも、それを責められるわけも無いけどさ。」
半ば皮肉を込めた言葉を太助は発した。
だが、それで解決案が出る訳でも、もちろん気が晴れる訳でもない。
余談というものを許さない今。多少イライラしているのだった。
「無事に、終わるといいな。」
やさしげな視線で、太助を見つめる那奈。
今は姉として柔らかく接しようと、密かに決めたのであった。
「ヨウメイに頼るしか無いんだろうけど・・・。
統天書にもし載ってないとすれば俺達がやっぱり考えるしか無いよな。」
「考えた所でわかるもんなのか?」
「縁を切るなんてまっぴらだ。絶対に考えついてやるさ。」
「そうだな・・・。」
孤独の寂しさを小さい頃からも味わって来た太助だからこそ、強い決心があるのだ。
そんな彼の気持ちを那奈は感じ取ってはいたが、多少なりとも不安であった。
神がかり的なものに関わっているという現状を目の前にしているから。
しばらくそこに沈黙が流れる。
リビングにある棚の上には、相変わらずあの人形が座っている。
まったく動く事も喋る事も行っていない。
眠っているのだろうか?それとも、ただ動かないだけなのだろうか?
太助と那奈は、お互いにその人形を交互に見やりながら、深いため息をついていた。


時が流れる。もうそろそろ日が赤くなろうかという時刻。
その頃の七梨家のリビングは、大変にぎわっていた。
学校が終わると、たかし達といったいつもの面々がすべてやってきたのだ。
“やはりか・・・”と思いながら皆を見つめるキリュウは、扉の傍で立っている。
信用していないわけでは無いが、二階にいるヨウメイの邪魔になってはいけないと思っての事だ。
「楊ちゃんが頑張ってるのに、あたし達だけ何もしないってのは駄目です!!」
「けどなあ、愛原。人形はこれ以上知らないって言ってるんだし・・・。」
「だーかーらー、あたし達だって考えれば何か浮かんできますって!!」
一番力が入っているのは花織だ。拳を振り上げるその姿は、普段のたかしを連想させる。
もちろんそのたかしも負けておらず、花織にならって熱弁を奮っていた。
「太助!手紙とかはどうだ!?何かヒントはないか!?」
「そう言われても何度も見たし・・・。なあ那奈姉。」
「ああたしかに。母さんに聞けばいいかも知れないけど、どこにいるかは書いてなかったしなあ。」
「密かに隠されてるかもしれないだろ!?細かい所までチェックするんだ!!」
「スパイの機密書類じゃないんだから・・・。」
出雲や翔子、そしてルーアン、乎一郎はただそれらを聞きながら、しきりに考え事に没頭していた。
また、熱美とゆかりんはシャオと一緒に夕飯の仕度である。
そろそろそれはできそうで、熱美がキリュウに告げに行くと、彼女はこくりと頷いた。
「もうすぐ夕飯が出来るそうだ。私はヨウメイ殿を呼んでくる。
皆は仕度をしていてくれ。」
言いおわった後にふいっと姿をそこから消したキリュウであるが、
リビングで思い思いに議論してる皆にはあまり聞こえていないようだ。
「もうすぐご飯ですよー!!」
仕方が無く熱美が大きな声で告げる事により、やっとそれぞれ反応した。
ざわざわからしんとなり、がたがたと準備する音に切り替わる。
やはり騒がしいリビングなのであった。

そして訪れた夕食の時間。降りて来たヨウメイは少しびっくりしていたが、ごく普通に皆と接した。
いつものごとく“いただきます”が告げられ、そして・・・
がつがつがつがつがつがつがつ
約十分だったろうか。彼女の夕食は終わりとなった。
「ふう、ごちそうさま。とっても美味しかったです。」
「そうですか。良かったですわ。」
にこにこと答えるシャオであったが、他の者は唖然。
“がつがつとした食事がしたい”ということを聞いていたキリュウでさえ、
圧倒されて箸の動きを止めていたほどだ。
「ちょ、ちょっと楊ちゃん、どうしたのよ。」
「何が?」
「何がじゃないでしょ。いつもあんな風に食べる事なんて無いのに・・・。」
ゆかりんが聞きたいのは、ヨウメイの食事の仕方の理由。
だが、ヨウメイ自身は“また後でね”と告げるとさっさとそこを出ていこうとした。
と思いきや、部屋の出口でぴたっと立ち止まる。
そして皆の方へ振り返った。
「明日もしっかり学校がありますから、ちゃんと行くようにしてくださいね。」
重要な事かと思いきや、それは今朝言った事と同じ様なものである。
がっくりときた者がほとんどであった。
「・・・なあヨウメイ。」
「なんですか?山野辺さん。」
「あたし達が出来る事って本当にないのか?
たしかに統天書を見なきゃ分からない事かも知れないけどさあ。
それに、学校行ってても全然授業に集中できないんだよね。」
普段からあんまり授業に集中していない彼女にとって、それは少し説得力の無いものではあった。
しかし、皆もほとんど同じ気持ちであろう。いつもの様に授業を受けていられる気分ではないのだ。
「わたしなんて先生に怒られちゃったから・・・。」
「そうそう。熱美ちゃんがぼーっとしてたんだもん。珍しいよね。」
学校での出来事をそれとなく語るゆかりん達。
ヨウメイはそれを黙って聞いていたかと思うと、ふうと息をついた。
「やっぱりしょうがないですか。
主様の事が心配だろうからこうなるとはうすうす思ってましたが・・・。」
「という事はもう文句は言わないって事だな?」
翔子が確認するかのように尋ねると、ヨウメイはこくりとうなずいた。
「ええ。ただ、何をしようかなんて私からは何も言えませんけどね。」
「何をするかなんて決まってるよ。七梨先輩を元に戻す方法を考える!」
花織が一番に立ち上がって宣言した。
口の中のご飯が飛び散るのもお構い無しだ。
「花織ちゃん、汚い・・・。
考えるのもいいと思うけど、私の方が先に見つけるよ?」
「そんなのわかんないじゃない。もし統天書に載ってなかったら・・・」
「それは絶対にありえないから。探せば必ず見つかる。そういう書物だから。」
冷ややかな目で、静かにヨウメイは答えた。
言われてみれば、以前統天書についてそんな事を彼女は言っていた。
どんな事柄であろうと、統天書に載らない事象は一切無い。
しかしながら、それらをすべてすぐに読めるわけでもない、と。
「でも・・・。」
「そうだ、一つ講義をやってあげようか。
花織ちゃんが宮内神社で、おみくじをひこうとしています。
そのおみくじには大吉が一本だけ含まれていると、宮内さんが教えてくれました。
さて、花織ちゃんが大吉を引く方法とは?」
ヨウメイの講義。それは突然のものであった。
“やっぱり調べものばかりだとストレスになるのかな”
とかいうことを幾人かが思う中、出雲が箸をおいて答えた。
「私が大吉がどれか教えればいいのでは?」
「くじは、見た目には区別がわからないものとします。
というよりは・・・通常くじは、引かないとどれが大吉かなんてわからないのでは?」
「それもそうですね・・・。」
つまりは、出雲には大吉がどれかという事はわからない、という事だ。
うなり出した所で、今度はたかしががたっと立ち上がった。
「気合だ!!」
「違います。」
冷ややかにヨウメイは素早く返した。
もちろん、返すまでもなくそれが間違いなことは皆にも明らかであったが。
次に答えたのは乎一郎。
「全部おみくじを出して、大吉を一本だけにして、それで・・・」
「そんなインチキは駄目です。あくまでも普通に引く、ですからね。」
凝った回答ではあったが、それは正解ではなかった。
妙な細工は一切しない、という事だ。
と、次にゆかりんが口を開く。
「ねえ楊ちゃん、大吉が出るまで引き続けるってのは駄目?」
「うん、当たり。それだよ。」
「へ?そんなのでいいわけ?」
「なーんだあ・・・。」
正解はそう時間が経たないうちに出された。
ぽかんと口を開けたままのゆかりん。そしてだれた声を出す面々。
“まあまあ”と、ヨウメイは講義を続けようとする。
「別に一発で引き当てろ、なんて言ってないでしょうに。」
「そりゃそうだけどさあ。」
「では一つ条件を付けましょう。おみくじの総数が一万に増えると?」
にこりとしている彼女に、今度は那奈が素早く答える。
「大吉は一本?まあなんにしたって、引き続けるだけだな。」
「では一億本に増えれば?」
「そりゃあ・・・引き続けるしかないなあ。」
「では一兆本に増えれば?」
「うっ・・・頑張るしかない。」
「ちょっと那奈さん!あたしはそんな事したくありません!!」
とんでもない数という事で、花織はそれを否定した。
彼女でなくてもそれは当然だろう。
一兆本もおみくじを引こうなどとは、誰も考えないはずだ。
「まあ本数とかはこれくらいまでにしておいて・・・と。
ここで重要なのは、おみくじを引いたとき。
そのおみくじが大吉かどうか、すぐに分かるか?という事なのです。」
「・・・そんなの当たり前じゃない。引いて開けて見ればすぐでしょ。」
熱美が不思議そうに反論すると、ヨウメイはこくりとそれに頷いた。
「そう。でも、それしか方法がないでしょ。おみくじを根気よく引く、しかない。
けれど判別はそう長くない時間で可能。世の中にはそれと同じ類のものは多数存在するの。
統天書も同じ。見ればすぐにわかるからね。方法がどうたらとか判断するのは。」
“それもそうだ”と皆は頷いた。
「けれども、調べる量が半端じゃない。さっき例にだしたけど、
花織ちゃんが引くくじ。一兆本なんて数になればもう・・・。」
「そりゃそうでしょ。」
花織の声に、再び皆は頷いた。納得の事柄である。
「つまりは、根性さえあれば出来る事柄、なんですね。
要はすべてを調べ上げれば実行可能なんだから。」
「たしかに。大吉が出るまで引くってのはそういう事だよなあ。」
うんうんと頷きながら太助が呟くと、ヨウメイが纏めるかたちでそれに続けた。
「今私がやってる事柄はまさにそれです。すべて・・・までも調べなくともいいと思いますがね。
もしすべてをやろうとするなら、それこそこの宇宙が消滅するまでしなければならないでしょう。
とにかく要は、調べて調べて調べて・・・それで見つけようって事なのです。
ちなみに数学の世界では、このような問題をNP困難な問題といって・・・。」
終わるかと思われた講義はなんと更に続く様相を見せた。
自然に聞き入りそうだった面々であったが・・・
「ヨウメイ殿!」
「へ?・・・ああ、すいません。ではそういう事を話したところで失礼します。」
危うい所でキリュウがストップをかけた。
補佐というのはこういう事柄も兼ねていたという事なのだろう。
ヨウメイは慌ててぺこりとお辞儀すると、とたとたと階段を駆け上がっていった。
「まったく・・・。それにしても、
結局翔子殿が尋ねた事に対しての解決策は言ってくれなかったな。」
「というか、全然話がそれてなかったか?」
多少呆れた顔で、翔子は呟いた。
短い時間ではあったが、皆がヨウメイの気分転換に付き合わされた感じだろうか。
やれやれと思いつつも食事に戻ろうとした面々であったが・・・
「ごちそうさまー!!ああー、食べた食べた。」
ルーアンが終了の挨拶を告げた。
どうやら、皆の様子に関係なくずっとがつがつと食べていたらしい。
「ルーアン、お前なあ・・・。」
「だって難しい話してるよりは食べてる方が得でしょ。
先にあたしは人形と一緒に作戦練ってるから。あんたたちはちんたら食ってなさい。」
言うなり立ち上がると、棚の上にあった人形を引っつかんでキッチンへと姿を消した。
意外としたたかなのか、もしくはいい事を思い付いたのか。
いずれにしろ残った者達は食事を再開するのみである。
「ルーアン先生らしいと言えばらしいけど・・・。」
「まさか陽天心なんて使ってないよな・・・。」
太助の呟きにはっとし、キッチンに視線が注がれる。
声が聞こえてきたり光ったりしてないから、どうやらその心配はないようだ。
それでも不安は拭い切れず、皆は急いで夕飯を終わらせにかかるのだった。

再びリビングにて皆は集まる。(当然ヨウメイは除く)
しかし、これからの事などを一緒に考えていたものの、出る案はほとんどない。
もとより太助を元に戻す方法はヨウメイに委ねているわけなのだが・・・
「結局俺達って何にも出来ないのかなあ。」
「太助様が困っているこんな大事なときに・・・。」
落ち込んでいるのはたかしとシャオ。
もちろん他の者達も似たような気持ちではあったが、口に出すようなことはしなかった。
出してしまえば余計に落ち込むだろうと思えたから。
けれども、それもそう関係してくるものでもなく、やはり落ち込む者は落ち込んでいた。
いい案も出ないまま、結局その日はおひらきとなった。
ただ一つ決定した事といえば・・・
「学校をさぼる?」
「いいや、休む、だ。」
「同じようなもんでしょうが。主様はともかく他の皆は特に理由もないのに・・・。」
夜食であるドーナツをほおばりながら、ヨウメイは部屋で愚痴っていた。
朝に強調した自分のあれは何だったのかと、不満たらたらである。
「しかしヨウメイ殿。仕方ないと思うが?」
「まあたしかに。夕食時に私もそれを納得しましたからね。
やれやれ。こりゃ早いとこ見つけないと・・・。」
最後の一口を平らげたと思うと、ヨウメイは早速机に向かった。
「ヨウメイ殿、一つ聞いていいか?」
「なんですか?」
「皆と違って随分楽観的にみえるのだが・・・。」
「気の所為ですよ。私自身、ちゃんと必死なんです。
ただ無駄な労力を費やしたくない。そういう事です。」
「無駄な労力とは、心配とかいうものか?」
言い当てたキリュウに、ヨウメイは深く頷いた。
「私は調べものをしなければなりません。
そんな時、不安だとかを抱えていては邪魔になってしまいます。
極力それを押え込んでいるんです。」
「しかし・・・。」
「私はやる時はきっちりやるんです。
それを心掛けてるから、例え冷淡だとか思われようとも、ただやるべき事をやるのみです。
なんといっても今回は、私の調べものにすべてがかかってるんです。
だから何がなんでも早急にやり遂げないと。
・・・本来ならこんな無茶な調べものはするべきではないんです。
最悪、一生かかっても見つけ出せなかったりするので。
でも、私は必ずやらなければなりません・・・。」
何者をも寄せ付けない様な固い表情に、キリュウはただそれを受け入れるしかできなかった。
“そういえば昔からこんな感じだったな”と改めて思い返す。
「分かった。もう何も言わない事にする。
さてと、私はこの後寝るが・・・。」
いそいそと支度をするキリュウ。と、ヨウメイは彼女を呼び止めた。
「どこで寝るつもりですか?この部屋だと眠り難いと思いますけど・・・。」
「構わない。どうせ補佐を私がしなければならないんだ。
多少寝不足になったところで大丈夫だ。」
「無理しなくても・・・。あと少ししたら私も寝ますから。」
「そうか。まあ寝ずに過ごすのも効率が悪くなるからな。」
「そういうことです。」
話が付いた所で、ヨウメイは統天書をめくりだした。
部屋の中に入れば絶対に聞こえるであろう音。
それを聞きながら、キリュウは眠る準備を始めるのだった。


太助を元に戻す方法をヨウメイが探し始めて、幾日かがすぎた。
相変わらずキリュウは彼女の補佐であるが、他の者は特にこれといってする事も無い。
シャオと一緒に食事を作ったり、人形と話してみたり、太助と能力試しをしたり・・・。
もはやそんな状態に慣れ出して、学校にも問題無く行けようかという頃。
やっとのことでヨウメイは発見した。太助を元に戻す方法を。
夕食を終えてしばらく後、皆がくつろいでいる場へやってきたのだ。
どんな方法だ、と騒ぐ皆を静めて、彼女はゆっくりとこう告げた。
「まずこれだけは言っておきます。本当に見付かって良かった、と。
そして、統天書に書かれてあったのは、こういう事です。
“最も縁の強い者と、人形を抱えて天へ昇るべし。”
すなわち、主様は天使の羽の力を使って、縁の強い者と人形とを抱えて空へ向かって飛ぶのです。
とにかく高く高く、宇宙にまで飛び出すくらいに・・・。
まあそんな所まで行かなくても、ある程度までくれば大丈夫でしょうけどね。」
説明を受けて皆がざわめく。太助自身納得がいかないようで、それについて尋ねた。
「やる事は分かったけど・・・最も縁の強い者、って誰だ?」
「言わなくても分かるでしょうに。」
「・・・そうか。」
言われてそのまま太助は、シャオの方へと顔を向けた。
視線を受けた彼女は、唇をぎゅっとかんでこくりと頷く。
それを見てか、今までほとんど何も行動を起こさなかった人形がすっと立ち上がった。
「では早速試してみるとしようか。」
意外なその動作に皆は驚きを隠せなかったが、やがてぞろぞろと庭へと向かい出した。