小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


5 人形の秘密

テーブルに置かれた人形を囲んで、太助たちがソファーに腰掛ける。
それぞれの真剣な眼差しは、人形に対して向けられているものだ。
捕獲はしたものの、人形はまったく喋ろうとしない。いくら問い詰めても反応すらしなかった。
「おい、いいかげんなんとか言えよ!!」
ごうをにやして、ドン!とテーブルを叩いたのは那奈だ。
メンバーの中では、おそらくもっとも怒りの度合いが高い事であろう。
実の弟がこんな目に遭っているのだから当然といえば当然である。
今にも飛び掛って行きそうな彼女を、隣に居る翔子や出雲がなんとかなだめていた。
「話をさせる方法を楊ちゃんから教えてもらうしかないかなあ。」
「でも花織、楊ちゃんぐーすか寝ちゃってるよ。」
こういう時に何か頼りになりそうなヨウメイは、七梨家に帰るなり寝てしまった。
いや、正確には、皆に説明してまわる時である。
キリュウの短天扇に乗せてもらってはいるものの皆の家々を巡った。
それぞれを順次短天扇にに乗せていったものの、当然定員オーバーになる。
そんな時は先に寄っていた花織の家で飛翔球を返してもらい、それを用いていた。
一番最後の人物に説明し終えるとぱたんとその場に倒れ伏したのだ。
説明疲れではなく、はっきり言えば宿泊訓練疲れであった。
体力を使ってばかりだったのに、最終日の前の晩にろくに寝ていなかったのが原因であろう。
それで、ひとまず今日という日の残りは自分以外の人間にすべて任せようと思っていたのだ。
飛翔球の操縦を頼まれた花織が、他の面々を乗せたまま暴走的運転を行ったのは言うまでも無い。
「一応、もう他の誰が触れても天使になる事は無いんだよな?」
「そうみたいだよ、たかし君。でもそれがどうかしたの?」
「いや、中を調べれば装置とか出て来ないかなって。」
「そんなもん出てくる訳無いでしょ・・・。」
「言われてみればそうだよなあ・・・。」
たかしと乎一郎のやりとりを見て、今度はルーアンがテーブルをバン!と叩く。
「あんたたち、やる気あんの!?もうちっと別の方向から考えなさいよ!!」
「つってもさあ、ルーアン先生。やっぱ俺達にはどうしようも・・・」
「そうね、あんた達なんかに期待をかけるのがそもそも間違ってるわね。」
「そこまで言わなくても・・・。でもたしかに何も思いつけないけどさ。」
ここでだんまりとなったたかしとルーアンを見ながら乎一郎は、
“なんで僕まで含まれなくちゃならないんだろ?”と、しょんぼりとなった。
たかだかたかしの相手をしただけなのに、彼と同レベル扱いされたので当然である。
とはいえ、結局誰もかれも手段など思いつくはずも無い。
肝心の太助本人を含め、すっかりお手上げ状態であった。
再び流れる長い長い沈黙の時。
と、シャオが顔を人形に近づけた。
「人形さん。お願いです、何か話してください。
太助様を天使にしなければならないわけを。
そしてどうして縁を切ったりしなければならないのか。
別に無理に天使にせずとも良い方法が見付かるかもしれないのです。
お願いします。話を、話を聞かせてください。」
最後にはふかぶかとお辞儀をした。
なんともその丁寧な姿に、顔を歪める者も一部。
“こんな人形に丁寧になんてする必要なんてない!”という考えがあるからだろう。
だが、シャオは今出来る事は、人形から話を聞くという事しかないと考えていた。
だから、どうあっても喋ってもらう為に、こんな接し方をしたのだ。
(もっとも、シャオ自身の性格を考えれば、自然とこんな接し方になるのだが)
彼女が顔を再び上げた時、人形はかすかに笑みを浮かべたかに見えた。そして・・・
「話してやろうか?」
「!!!」
「オレがこんな人形に取りつき、触れた者を天使に変えているわけを。」
ずっとだんまりだった人形はついに口を開いた。
それは本来太助達の希望とするものではなかったが、
何かの手掛かりになるかもしれないと皆は思い、人形の話に聞き入り出した。
これのきっかけとなったシャオも、笑顔からすぐにきりっとした表情に変わる。
「遠い遠い昔の事だ。オレは天使だった。」
「はぁ?冗談だろ?」
「たかし君、黙って聞きなって。」
いきなり口を挟んだたかしを乎一郎が慌ててさとす。
皆はムッとしたものの、人形は少しも意に介さず話を続けた。
「だがある日の事だ。大罪を犯したオレは、地上に追放された。
人形へと封じられてな。そして神から役目を与えられたんだ。
“触れた者を天使へ導く”という役目を。」
太助を含め、皆がしんとなる。
天使へ変える、ではなく導くという言葉に。
これが本当なら、太助の姿が変わった際に、色々と人形からの助言があるはずだ。
しかしそれはまったくなかったのだから。
「だがな、どうやらそれは神の仕業ではなかったらしい。
別の世界に居る悪魔が干渉したために、それは呪いにすり替わった。
オレに、つまりこの人形に触れた者は天使になるという呪いを受ける。
それは100年に一度しか起こらない様だが、必ず100年に一度は起こる。
どんな呪いかというと・・・既におまえ達が知っている通りだ。」
以上である、と言わんばかりの顔つきをして、人形は口を閉じた。
信じられない話ではあったが、太助達はひそひそと話を始める。
結局はとんでもない人形なのだ、これは。
と、一人だけ皆のひそひそ話から外れ、じっと黙っていたキリュウがふうと息をついた。
「嘘だな。」
「な!?」
彼女の呟きに答えたのは太助達ではない、人形であった。
「何が嘘だと?」
「すべてだ。だいたい話が突拍子もなさすぎる。
100年に一度?それはともかくとしてどうして人形だ。
どうして人間にちょっかいを出す必要がある。
更に、神だ悪魔だのと・・・。たしかに主殿は天使そっくりになった。
だが、本当に天使なのか?わっかを浮かべ、羽を持っているだけではないか。
見てくれに騙されているだけなのではないか?」
「ふざけた事を言うな!これが天使の姿だとオレは思うからこういう・・・」
「思う?あなたは昔天使ではなかったのか?」
「!!し、しまった。」
慌てて俯き、再びだんまりとなる人形。
これにはキリュウ以外の皆は驚き顔だ。
彼女の問い詰めにより、人形の言う事は嘘だと分かったのだから。
「てめえ・・・嘘なんか言いやがって!!」
「ま、待て!今度こそ本当の事を話す!!」
怒髪天をつく那奈に、人形はかなり慌てている。
再び那奈を周りの者がなだめる中、人形は息をついてゆっくりと喋り出した。
「昔オレは、天使になりたいと心底願っていた。
宗教画に描かれている美しいあの姿、それに憧れていたんだ。」
口調からして、今回は感情が非常にこもっているのが聞いてとれた。
どうやら本当みたいだなと、皆はそれぞれ頷く。
「そして研究したんだ。人が天使になるにはどうすればいいか!
それこそ毎日の様に神に祈り、教会に通い、儀式を行い・・・。
そんなある日、奇跡が起きた。なんとオレの背中に天使の羽が生え、頭上にわっかもついたんだ!!」
「・・・うさんくさいなあ。」
「今度は本当だって言ってるだろうが!黙って聞け!!」
眉をひそめる翔子に対し、人形は怒った様に告げた。
必死なその様子に、彼女もたじっとなる。そして人形は話を続ける。
「喜んでオレは文字通り天にも昇りそうだった。
羽を使って空を飛び、聖なる力で傷を癒し・・・そう、太助、お前が行ったものがそれだ。」
話を区切ると同時に、人形は小さな指で太助を指差した。
それに反応するかのように、太助は自分の手のひらをみつめてみる。
もちろんそこには何も書かれてやしないが、自分の能力を思い返しているのだ。
「だが、それはつかの間の喜びだった。オレと関わりを持つ者がオレを避けだしたんだ。
“あいつは悪魔に魂を売ったんだ”ってな。どうやらオレが生きてた地では、
天使になるのは死んだ後じゃなければおかしいらしい。
最後には、オレの周りには誰も居なくなった。
オレが追い出されたんじゃない。そう、呪いだよ。関わりを持って居た者は一年後に全員死んじまった。
それに気付いたのは、オレが住んでいた地に一人も人間が居なくなってからだ。
あの時はほんと絶望したね。神様、どうしてなんだ、って。
そして現れたのさ、悪魔が。“天使にしてやった代償さ”と笑いながら。」
「そんな馬鹿な・・・。なるほど、結局最初言った事はほとんど本当だったというわけだな。」
感心しながらキリュウが頷く。それに頷き返した人形は更に続けた。
「その後、オレは人形に封じられた。“この先何百年、お前が別の奴を天使に変えろ”とな。
だが、誰を変えるかは運次第らしい。当然触れた奴のはずなんだが、オレに決定権はない。
ともかく今までオレは何人も天使に変えてきた。そして、全員が全員、命を絶った。
自分と関わりのある奴とのすべての縁を切れなかった所為でな。
・・・オレから話せるのは以上だ。他にはもう何も出て来ないぞ。」
深い深いため息をついたかと思うと、人形は口を閉じた。
雰囲気からして、どうやら本当にこれがすべての様である。
人形には、昔に天使にあこがれていた人間の魂が宿っている。
そしてそれは触れた者を天使に変えるという宿命を背負わされた。
かつて自分が天使となった時と同じものを味あわせるという・・・。
「その呪いは解けないんですか?」
出雲が尋ねると、人形は首を横に振った。
「解けるかどうか分からん。知っていたら今こんな所に居ない。」
「そうですか・・・。」
残念な顔で引き下がった彼の次に、熱美が尋ねた。
「どうして悪魔がやってきたんですか?」
「それこそ知らん。ただ、人間より長い時間を私は過ごしてきた。
聞いた話によると、どうやら悪魔は人間の祈りを糧とするらしい。
それに付け込まれたのだろうな、オレは。」
悔しそうに答える人形。次に太助が質問する。
「どうしてあんなに辛く当たった?もう少し別の接し方はなかったのか?」
太助が言ってるのは、初めて彼と人形が話をした時の事を言ってるのだろう。
すると人形はあの時の様ににやりと笑った。
「オレはひねくれてるからな。同じ苦しみを、と思ったのさ。」
さっきまでとはうってかわったいやらしいその声に、皆はムッとしたが、
太助は納得がいかないかのように腕組をする。
そしてしばらくの考察の後、指を人形に向けて指した。
「それも嘘じゃないのか?本当に苦しみを与えたいと思うなら、
それこそさも親身になってるように見せ、その後に裏切る方が効果的だ。
とまあヨウメイは言ってたけど・・・。」
なんとなくのつもりで太助は言ったのであったが、人形の顔は瞬時にこわばった。
これには二つの意味で皆はびっくりした。
一つは太助の鋭い考察。ヨウメイから聞いたという点で、“ああたしかにヨウメイなら”
という事も思ったが、太助自身が頭の中からそんな考えを引きずり出したのがびっくりなのだ。
親身になって、それこそ深い絆を築いた後にそれを裏切る。
実際縁を切るなどというとんでもない行動をさせられた太助だから出せたのかもしれない。
もう一つは人形の表情。今まで笑ったり慌てたりする程度であったが、
こうまでも外れた顔を見せたのが今回が初めてなのだ。
つまりは先ほどの話も嘘という事になる。
「お前、二度も嘘言いやがって・・・。」
今にもキレそうな那奈を、もはや周りの人間はおさえきれなくなりつつあった。
人形は彼女の声にびくっとなると、唇を一度噛み、大きく息をついた。
「まったく、ここまで鋭い奴は初めてだな。いいだろう、今度こそ本当の事を話してやる。」
今度は覚悟を決めた様な諦め切ったような顔になった。
それでも、信じる者はほとんど居なかった。当然だ。
真剣に嘘をついている奴を、どうして三度も信用できよう。
疑わしげな目を向けている面々であったが、それをいさめるようにシャオが立ち上がった。
「皆さん、今度こそ、今度こそ信じてみましょう?太助様が元に戻る為にも。」
「シャオ先輩。そんな事言って、今度も嘘だったらどうするんですか。
それこそあたし達は馬鹿を見ますよ。」
強く反論したのは花織だ。手前の話で、既に人形自身を信じられなくなっていたのだ。
「別に信じる信じないはお前らの勝手だ。それでもオレは話してやる。」
シャオを遮って人形が花織を睨んだ。
嘲笑うかのようなそれに彼女はムッとしたものの、黙ったままそっぽを向く。
「わかった、話してみなさい。嘘かどうかはあたし達が判断してやるわ。」
このままでは話が始まらないと思ったのか、ルーアンが人形を促した。
その発言に皆は結局それぞれ同意し、黙って話を聞きに入り始める。
「さて、昔オレは天使に成る方法を研究していた。」
「何よ、さっきと一緒じゃないの。」
「ふん、そんな事はどうでもいい事だ。」
横やりを入れる花織だったが、人形は怒るでもなく、話を続ける。
「ある日、その方法を編み出した。だがその時既に、オレは人間でなくなっていた。」
まだ長くも話していないのに、人形はそこで周りを見まわした。
しんとしている面々。だが、静かなる怒りがあるのが見て取れた。
慌てて人形は話に戻る。
「ど、どういう事かと言うとだな、人形に魂を乗り移らせていたんだ。
オレは錬金術をもともと研究していた。それと同時に魂を操る術も研究していた。
そして先に完成した、人間の魂を人形に乗り移らせる法を用いたんだ。
その理由は、人間はいずれ寿命が来る。歳も取る。だからだ。
もちろん人形自体にも強力な術を施した。錬金術を応用した、機能が衰えない術をな。
それで何百年もの間オレは人形の姿のまま過ごして来たというわけだ。
で、肝心の天使に成る方法だが・・・。」
ここで人形は、またもや周囲を見まわす。
一回りしたかと思うと、太助をじっと見つめた。
「それは意味があまりないので話すのは止めておくとしよう。オレだから出来た所業だからな。
能力はお前を見れば分かるとおりだ。空は飛べ、治療の力も持てる様になる。
そしてもう一つ。お前らは透視の能力だと解釈したがそうではない。
・・・まあそれについては伏せておく。それとは別に元に戻る方法だが・・・。」
「無い、って言うんだろ?縁を切る以外には。」
たまらず太助が口をはさむと、人形はこくりと頷いた。
「そうだ。長年幾人もの人間を天使にオレは変えてきた。
どういう理屈で変えられるかは省く。説明してもお前らにはわからんだろう。
で、変えた人間。どういうわけかことごとく死んでいった。
気付いたのは、天使になったあとすべての人間と縁を切った・・・
つまり俗世間と離れた人間だけが生き残ったのを見た時だ。
もっとも、そいつらは寿命で死んだがな。」
「は?ちょっと待て、縁を切っても寿命で死ぬし、
縁を切れなくても俺も死ぬって事か?」
「そうだ。一年以内にな。・・・オレからの話は以上だ。」
終わりの言葉を告げると人形は口を閉じた。
そこで納得がいかないものは当然居た。まずは那奈。
「おい!結局太助や皆が助かるには、縁を切れって事なのか!?」
「そう言ったはずだが。」
「ふざけんなよ!そんな理不尽な事が許されてたまるかってんだ!!
第一どういう原理でそうなるんだ、説明しろ!!」
「そんな事をお前らにしてやる義理はない。」
「てめええ!!!」
人形に飛び掛っていきそうな那奈を、翔子や出雲に加わり、
花織、熱美、ゆかりんが懸命になって抑える。
あれている彼女達とは別に、今度はキリュウが尋ねた。
「魂を人形に移す方法などにわかには信じ難いが・・・真実なのか?」
「信じる信じないは勝手にしろ。オレはこれ以上は言わない。」
「説明くらいちゃんとしたらどうだ?いくら私でも限度があるぞ?」
「だからどうした?オレはお前が怒ろうがどうでもいいんだ。」
「くっ・・・!!」
短天扇を開きながら立ち上がるキリュウ。
そのこめかみに血管が浮き出ているのがルーアンには分かった。
「落ち着きなさいっての。どうしたのよ、いつも冷静なあんたが。」
「説明に関してはヨウメイ殿がしつこいくらいに普段言っているからな・・・。」
「なるほど。ま、たしかにあたしもあんな説明で黙っていられるほどおとなしくないけどね!」
キリュウに続き、ルーアンまでも立ち上がる。黒天筒を今にも回し出さん勢いだ。
彼女達を慌てて止めにいったのはたかしと乎一郎。
道具を持つ手をしっかり抑えたりと、止め方をなかなかに心得ている。
シャオは何も言えず黙っていたが、その隣で太助が口を開いた。
「これだけは教えて欲しい、ってものがある。」
「なんだ?」
「どうしてそんな姿なんだ?なんで母さんにそっくりなんだ?
それが・・・それがものすごく腹が立つ!!」
激しく叫び、太助が立ち上がった。
びっくりしてなだめようとするシャオだったが、太助は“大丈夫だ”と答える。
「以前もそんな事を言っていたな。いいだろう、答えてやろう。
オレのもとの姿はこれにそっくりだったのだ。
もちろんこの服はその当時のものだが・・・どうした?」
意外な人形の答えに、騒いでいた面々はぴたっとその動きを止めた。
皆が皆、驚きの眼差しで人形を見つめている。
一番驚いていた那奈が、わなわなと震えながら人形を指差した。
「お前・・・女なのか?」
「だったらなんだ?まあこの喋り方なら男と思われてもしょうがないが。」
「・・・それこそふざけんなだー!!」
那奈の叫びを合図に、またもや騒ぎが始まる。
“ふん”とそっぽを向いていた人形を見て頭をおさえながら、
太助は力なくソファーに座り込んでしまうのだった。


騒ぎに騒ぎ、荒れた一日が過ぎ去った。
今日という日は、本来なら授業を受けに学校へ行く日だったのだが、
七梨家に居た面々にはそんなものは一切関係無い。
怒鳴られるのを覚悟で家に連絡なりしたたかし達は、
太助達と同じ場所で朝食をご馳走になった。
「ふうー、食べた食べた。」
「たかし、なんでわざわざ今日も居るんだよ・・・。」
「つれないぞ七梨。クラスメートが困ってるのに学校なんて行ってる暇あるかよ。」
「楊ちゃんも今日は起きてる状態だし。必ずいい方法を見付けだしましょう!」
一部の者は騒がしく、一部の者は静かに。
そして昨日と同じくして、皆はリビングに集まった。
人形をテーブルに置き、それをぐるりと囲んでいる状態である。
違うのは、今日はヨウメイがそれに加わっているという事だ。
一晩ぐっすりと寝て、ようやく疲れが取れたのであろう。
「じゃあ楊ちゃん、お願いね。」
「ふう、やれやれ・・・。えーと・・・。」
ヨウメイのため息は、なるべくなら昨日のうちに解決してほしかったという願いからであろう。
統天書を用いるのがやはり確実なのであるが、用いないで終える方法を見つけて欲しい。
今回みたく、統天書を持ったヨウメイが傍に居ない事など、この先いくらでもあるはずなのだから。
もっとも、これは特例ということで、納得せざるをえなかった彼女ではあったが。
「ふむふむ、なるほど・・・。人形さん。」
「なんだ?」
「嘘をかなりつきましたねえ。大きなのを・・・」
「そう!!もう酷いんだよー!!」
ヨウメイを遮って花織が大きな声で叫ぶ。
それに耳がきーんとなった者が多数居たが、ヨウメイは気にせずに続けた。
「主様が元に戻る方法、まだ他にあるでしょう?」
「なにぃー!!!?」
今度は那奈が遮った。耳がきーんどころの騒ぎでは無い。
昨日と同じく、翔子と出雲は彼女の抑え役に徹さざるをえなかった。
「おい!お前昨日は他に方法は無いって!!」
「それはオレが知ってる方法だ。」
「へ?」
いきりたつ那奈だったが、人形の素直な答えに動きを止める。
皆の疑問に答えるように、今度はヨウメイが喋り出した。
「その通りです。人形さん自身は他に方法があるという事を知ってますが、
その方法自体は知りません。まあ仕方ないですよねえ。悪魔に記憶を封じられてますから。」
「は?ヨウメイ、今なんて・・・。」
「主様、よおく聞いてくださいよ。この人形さんに宿っているのは人間の魂なんかじゃありません。
天使さんです。大昔に罪を犯し、人間を天使に導く役割を背負った・・・」
「ええええー!!!?」
三度目、叫び声が上がった。
ただ、これは一人ではなく全員だ。皆は昨日の話から、
人形の正体は人間だとてっきり思い込んでいたのだから。
「ヨウメイ殿、それは本当か?」
「キリュウさん、本当ですって。
もっとも、大抵は最初にそれを聞いて本当だと信じられないでしょうけどね。
・・・そういえば昨日キリュウさんがかなり有力的発言をしてますね。
なるほど、それで皆が嘘だと完全に信じたってわけですか。」
「しかし!人形はその話を嘘だと!!」
「その事自体が嘘だったんですよ。もっとも、それでもまだ皆さんには解せない事があるでしょうけど。」
今だ驚きの表情のまま固まっている面々をヨウメイはゆっくりと見回した。
そして太助を見て動きを止める。
無言のままに太助が自分を指差して首を傾げると、ヨウメイはゆっくりと頷いた。
「主様が昨日おっしゃったでしょう?どうして冷たく接したんだ、って。
他に接し方があったんじゃないか、って。これもまた呪いの所為なのです。」
「ちょっと待ってくれ、改めて説明し直した方がよく無いか?」
なんとここで人形が口を挟んだ。
するとヨウメイは“ええ”と笑顔で頷く。
「ご希望がありましたので私が今一度説明致しましょう。
まずこの人形に宿っているのは、もとは天使さんだった方です。
ある大罪・・・内容には触れませんが、とにかく自分とそっくりの顔をした人形に封じられ、
地上に落とされた。そして神様から役目を授かった。心の清き人間を天使へ導け、と。
しかしその時、意地の悪い悪魔が介入してしまった。
人形に呪いをかけ、おいそれと天使に成れ無い様にしてしまったのです。
どういう呪いかは、今主様が体験していること。縁をどうこう、です。
強力なそれは人形さんにはどうする事も出来ず・・・。
しかも、その呪いを人間が受けるのを防ぐ行為すらも出来ない様にされてしまいました。
それが接し方という面。素直に事情を話して、人間に助けを自分から請えば、
助けを請われた人間には、あっという間に死が訪れてしまう・・・。」
「ちょっと待て、それって俺が人形から最初に言われた条件と同じ事じゃないのか!?」
「そうです。人形さんはもしかしたらそれとなくその事を伝えたかったのかもしれませんね。」
喋り終えてヨウメイがちらりと人形をみやると、それは沈んだ表情で話始めた。
「言われた通りだ。オレは呪いによって、こんな状態にされた。
本当はオレはこんな声でもないし、こんな喋り方もしない。
そしてもちろん、こんな接し方も決してしない。
心にも無い行動をオレはずっと取らされつづけていた・・・。」
周りがしんとする中、人形は表情を変えることなく話を続ける。
「人間というものは未知のものをとにかく恐れる。
悪魔がオレをこんな風に声も喋り方も変えたのも、それを計算しての事だろう。
なるほど、たしかに今までオレに親身になろうとした奴などいなかったさ。
無理もない。誰がこんな接し方をする奴に親身になれようか?
別の方法から真実を知らなければ、決して解決などできないと思ったさ。
今回は外から真実を知る事が出切る奴がいたからな。助かったと言うべきか。」
言葉自体は丁寧ではなかったが、暗に礼を言っているようにも聞こえた。
たしかにこれならすべてのつじつまが合うと言っても良いだろう。
だが、それでもまだ疑問が残っているのか、那奈が自然と挙手をした。
「那奈さん質問ですか?どうぞ。」
「ああ、そうだ。ちょっと話がそれるし今更言っても仕方ない事なんだけど・・・。」
何やら戸惑いがちであるがその表情は深刻でもある。
「統天書で、太助の事情を調べたんだよな?」
「ええ、そうですけど。」
「もしも、太助が知らせればとかいう条件じゃなく、
他の者が知れば、という条件だったらどうしていた?それこそ本当にお終いだぞ。」
これにはヨウメイを除く者ははっとなった。
たしかに強制的に知られてしまうわけだから、那奈の言う通りお終いである。
だがヨウメイは、それに慌てるでもなく、静かにそれに応えた。
「もしもそんな事態ならば、私自身が調べられないようになってます。
そう過去に設定しました。だから安心してください。」
「どうしてそんな設定をしたんだ?過去にも同じ様な事があったのか?」
「一度、私は誤ったものを調べてしまった事により、主様を死に追いやってしまいました。
ただその誤ったものというのは主様の仕業によるものだったんですけどね。
詳しい事は言いませんが、そこで決心したんです。
どんなものであろうと、主様の命をおびやかすものは、
決して調べられないようにしようと・・・。」
「そうか・・・。」
何やら辛そうなヨウメイを、皆はただ見ているしか出来なかった。
統天書の中身を誤ったものに変えるとは一体どんな主なのだろうという思いも一緒にあったが、
特に深く追究もせずにいた。
重い雰囲気を変えようと、那奈は更に別の質問をする。
「それから、太助に与えた力の事なんだけど・・・。」
「それならば私が説明致しますよ。主様が得た天使の力とは・・・。
まず羽を使っての飛翔。思えば三日前に、
シャオリンさんと軒轅さんと空中散歩を楽しんだという事を調べた時に、
少し疑問に思って無理にでも調べておくべきでした。
そうすれば主様はあんな辛い事をしなくても済んだかもしれないのに・・・。」
「そうだ!あたしからも質問だ!七梨はどうしてあんな冷たい態度が取れたんだ?
普段のあいつから考えると、絶対に疑問なんだけど・・・。」
「それはオレの力だ。」
説明の途中で挙手をした翔子に、意外にも人形が答えた。
「お前の力?」
「そうだ。この気弱な少年では縁を断ち切るなど無理な話だ。
そこでオレが乗り移って手助けしてやった。もっとも、
本当はそんなまねなどしたくなかったのだが・・・。」
“あの時は仕方なかったんだ”とかぶりをふる人形に、翔子はなんとも言えない気持ちになる。
そして太助自身もその時の事を思い出して心を痛めていた。
乗り移られていたとは言え、太助自身には意識があった。
だからこそ、皆が家を出て行った後に非常に後悔の念にかられたし、一晩中泣きつづけてもいた。
増してや、それらはすべて素直に行われたものでなかったのだから・・・。
「えーと、説明の続きいいですか?主様が得た一つ目の能力は飛翔、と。
そして二つ目、治療ですね。掌を当てる事により、万象復元も真っ青の治癒力を発揮します。
当然眠たくもなりません。疲れる事もほとんどありません。
うーん、早く私もそんな術が使えるようになりたいなあ・・・。」
先ほどとは違って、ヨウメイ自身が説明を中断させてしまった。
上を向いてあれこれと思案している姿は、端から見ればのんきなものである。
慌てて熱美やゆかりんが気付かせると、ヨウメイは再び説明に戻った。
「そして三つ目。透視能力ではありません。読心術です。」
「読心術?」
「ええ。それと自分の思いを相手に直接伝える事も。
もちろんさほど強力なものは使えないようですが・・・。
いずピーさんの行ったカード当てと、シャオリンさんが感じ取った主様の気持ち。
それらはこの能力を用いた結果でしょうね。」
ふむふむと頷いていた皆であったが、出雲は途中でがくっとこけた。
話の途中に不謹慎な、と那奈は怒っていたが、彼にとってはそれどころではない。
「あの、なぜ私がいずピーさんと呼ばれなければならないんでしょう・・・。」
「やだなあ、冗談ですよ、いずピーさん。」
「はは、おにーさんはこれからいずピーさんだな。」
「よっ、いずピーさん!」
「だからいずピーさんはやめてください!」
翔子やたかしから茶々が飛ぶ。
それとは関係無しに、ヨウメイは更に言葉を続けた。
「とりあえず思い返してみてください。カード当ての際、主様の様子とか。」
「まったく・・・。えーと、言われてみれば心を読んでいたかもしれませんね。」
「了解しました、宮内さん。」
「いえ・・・。」
最後に呼び方がきっちりと直った事にホッとする出雲。
たかしや翔子はおかしくてたまらず、笑いを必死にこらえていた。
「そしてシャオリンさん。思い当たる節はありませんか?」
「そういえば、一度支天輪に帰る直前、太助様が“済まない”って・・・。」
「えっ?」
シャオが思い返して出した言葉に、太助はすぐ反応した。
なんとも言えない不思議に驚いた顔で。
「聞いた通りですよ、主様。心の中で思った事がシャオリンさんに伝わったんです。」
「そうだったのか・・・。もしかして、那奈姉に頼んで家まで来たのも、その為?」
「はい、そうです。」
「そうか・・・。」
泣きながら支天輪に帰っていったシャオ、
そしてそれでもまた家に帰ってきてくれたシャオを、太助は思い出していた。
夢にも思わなかった形ではあったが、自分の気持ちは彼女に通じていたのだ。
もっとも、あんな状況でも事情を察知してくれたシャオに、
太助は済まないという思いと同時に、ありがとうという気持ちで胸がいっぱいになる。
「だが、他人の心を読むのはすぐできても、伝えるのは難しいはず。
その少年には、なんらしかの素質があるのかもしれんな。」
「だそうですよ、主様。」
人形の説明をヨウメイが受け取って流した。
最初はそれにきょとんとしていた太助だったが、少し照れ笑いを浮かべてそれに返す。
ただ、素質うんぬん以前に、既に四人の精霊の主という点で何かしら違うのは明らかだが。
「で、どうなのよヨウメイ。」
「何がですか?」
「すっとぼけてんじゃないわよ。たー様を元に戻す方法、他に無いの?
いつまでものんびりしていられるわけじゃないでしょ。」
いくらか和やかになっていた場の雰囲気を消し去るかの様にルーアンは告げた。
厳しいことかもしれないが、たしかにのんびりはしていられない。
わからなければわからないなりに皆で対処法を考えなければならないのだから。
緩んでいた皆の表情がきりっとしたものに変わる。
と、改めてヨウメイは統天書をばらばらとめくり、それを閉じた。
皆の顔を見回して、一つ息をついて口を開く。
「最初に言っておきますが、それは私が調べ上げます。だから安心してください。
人形さん、あなたの呪いを解く方法も、私が必ず見つけます。」
くるっと人形に向かって話しかけると、それは首を半分横に振った。
「それなら心配要らない。途中にも言ったが、天使から元に戻る方法。
縁を切らずに元に戻る方法が見付かれば、それが呪いを解く方法だ。
つまり、今お前が調べ様としている事柄がそうだ。」
「なるほど、私が方法を見つければ丸く収まるという事ですね。半分安心しました。」
人形の説明にホッと胸をなでおろすヨウメイ。
だが、周りの面々は少し疑問の面持ちでいた。
いまいちはっきりしない彼女の態度に、どうもいらついていたのだ。
「楊ちゃん、だからその七梨先輩を元に戻す方法って何?教えてよ。」
熱美が代表の様に告げると、ヨウメイはしばらく黙り込んだ。
しかしすぐに顔を上げると真剣な顔を見せる。
「私がこれから調べるから。」
「調べるって・・・統天書を見ればすぐにわかるんじゃないの?」
「だといいけどね。」
「だといいけどね、って・・・どういうこと?」
ゆかりんと花織が熱美に続いてそれぞれ尋ねると、
ヨウメイはもったいぶった様に息を一度飲みこんだ。
「すぐに分からないかもしれないという事なの。
少なくともぱっと見、目的の方法は見つけられなかった。すなわち・・・。」
「「「楊ちゃんが探さなきゃならないってこと?」」」
「御名答。おそらくはおいそれと知ってはならない方法なのか。
もしくは、悪魔がそういう呪いを施したのか、それは分からない。
けど、どのみち私がすぐ知る事が出来ないのはたしか。
それでも、この統天書に記されているのは絶対。ならばそれを必死になって調べ出すしかない。」
今だ固い表情を崩さないヨウメイ。
以前似た様な事を思い出した翔子は、途端に驚愕の表情となった。
「それってつまり・・・。」
「つまりも何も、今私が言った通りですよ、山野辺さん。
これから私が、必死になって統天書を調べます。
主様を元に戻す方法を知るために。」
言葉は変わらず、ヨウメイはやはり真剣な顔のまま。
そんな彼女を、太助達は神妙な面持ちで見つめていたのだった。