小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第十八話≫
『統天書考察』

それはある日、突然太助の頭の中に浮かんだ一つの事柄から始まった。
(いつもいつもヨウメイは統天書から知識を引っ張り出したりしてるけど・・・。
そもそも統天書って一体なんだ?いろんな物を呼び出したり出来るし。うーん、気になる・・・。)
そう、統天書について太助は深い疑問を持ち始めたのだ。
今更といえば今更であるが、この日は特に太助に興味深い対象のものとなったのだろう。
何気なく訊いても、素早くその疑問に答えるべく統天書を扱うヨウメイ。
また、いまだに行われているキリュウとの喧嘩にもちょくちょく用いられている。
幻のようではあるが、実際に体験できる自然現象を軽々と呼び出している。
ともかく、太助にとって気になる代物であった。
もちろんそれを素直にヨウメイに訊けばいいのだが・・・。
「なあシャオ。」
「はい、何でしょうか?」
「統天書って、一体なんなのかな?」
「え〜と、本じゃないでしょうか。」
「いや、そういう事じゃなくて・・・。」
「はい?」
とまあ、統天書が初めてこの家にきた時にようやくお目にかかったというシャオに訊いたり。
「なあルーアン、統天書って何なのかな?」
「はあ?そんなもんヨウメイに訊けばいいじゃない。
あ、でもそれをあえてせずにあたしに訊きにきてくれたのね。ルーアン超感激ぃ〜。」
「いいから教えてくれよ。気になるんだ。」
「教えてあげても良いけど、ちゅ〜してくれる?」
「・・・やっぱり遠慮する。」
「ええ〜?もうちょっと積極的になってよ、たー様〜。」
「だああ、ひっつくなあ!!」
とまあ、無謀にもルーアンに訊いてみたり。
「那奈姉、統天書について・・・」
「太助、そんなもん気にしてる暇があったらシャオと進展する方法でも考えてろ。
いつまでもキスもできずにうじうじうじうじ・・・。」
「さ、さいなら・・・。」
とまあ、那奈に説教をくらいにいったりと。
そして最後に訪ねたのは・・・。
「キリュウ、統天書について教えてくれないかな?」
そう、キリュウだ。偶然ヨウメイは花織の家へ遊びにいっているので七梨家には居なかったのである。
というわけで、今現在部屋に居るのはキリュウ一人であった。
「なぜ私に?ヨウメイ殿に訊けばいい事ではないか。」
「いや、なんとなく気になっちゃって・・・。」
「だからなぜヨウメイ殿に訊かないんだ。」
「うーん、ちょっと遠慮したいかなあって。
本人に訊くのが一番なんだろうけど、ちょっと悔しい気がしてさ・・・。」
自身なさげに理由を告げる太助。キリュウはそこで深い深いため息をつくのだった。
「はあー。呆れたものだな。訳の分からない意地など張るものではないぞ。」
「意地っていうほどのものじゃないんだけどさ・・・。」
「だからヨウメイ殿が落ち込んだりするんだ。この前の夜こんな事があってな・・・。」

「くすんくすん・・・。」
「どうした、ヨウメイ殿。こんな夜中に何を泣いているんだ。」
「だって・・・。主様ったら全然物事を尋ねにこようとしないんですよ。」
「別に聞くほどの物が無いという事ではないのか?」
「それならそれでいい事なんでしょうけど・・・。
この前尋ねたら、『試練があるから』とか言って・・・。」
「・・・それは私の所為になるのか?」
「違いますよ。試練なんて嘘だったんです。だから・・・。」
「なるほど・・・。つまりは主殿に避けられているという事か?」
「そうなのかもしれませんね。・・・でも、話したらすっきりしました。
ありがとうございます、キリュウさん。」
「その程度ですっきりする物なのか?まあいい、おやすみ。」
「は〜い、おやすみなさい。」

「・・・というわけだ。」
「嘘・・・は確かについたな。でもさあ、あの時は用事があったから・・・。」
「だったらその用事を簡単に確実に済ませられる方法を聞けばいいだろう。」
「いや、それはちょっと・・・。」
「主殿、はっきり言っておく。それは愚かな行為だとな。」
厳しい目をしたキリュウ。太助はびくっとなったが、すぐさまそれに反論した。
「なんで愚かなんだよ。自分でやろうとする事がそんなにいけない事か?」
「ヨウメイ殿が折角居るのに、尋ねずに行動する。それが愚かな行為だという事だ。」
「あのさあ、無理に尋ねなくても・・・。」
「最善の方法を見つける術を主殿は持っているのだぞ?それを行っていない。つまり愚かな行為だ。」
「ヨウメイの言う事が最善・・・てどうして分かるんだよ。」
「普段からヨウメイ殿の言動を素直に捉えていれば分かるはずだが?」
「へ?そうなのかなあ・・・。」
考え込みながら宙を見つめる太助。またもやキリュウは、呆れたようにため息をついた。
「それでも知教空天の主か?まったく、ヨウメイ殿が落ち込む気も分かるな・・・。」
「なんだか随分ヨウメイの肩を持つな。」
「肩をもつだと?・・・万象大乱!!」
ドーン!!
いきなり太助の目の前の机が巨大化!!
その衝撃で、太助は部屋の外へ吹っ飛ばされてしまった。
「いたたた・・・。何するんだよ・・・。」
「知識の代わりに試練が欲しいのかと思っただけだ。」
「なんだってそんな・・・。」
「いいか、主殿。ヨウメイ殿がたまに問題を起こしているのはなぜだか分かるか?」
「それはそういう性格だから・・・。」
当たり前の様な顔をして返事をした太助。
キリュウは再び短天扇を開き・・・
「万象大乱!!」
ドーン!!
今度は廊下においてあった椅子。それが巨大化した。
その衝撃で今度は階段上り口まで飛ばされる太助。
「イタタタ・・・違うって言うのか?」
「当たり前だ。もちろん昔は意見の食い違いにより私と事あるごとに衝突していた。
しかし今はそれは解消されて、お互い納得している。
だが現状はどうだ?喧嘩はともかくとして理不尽な問題がしょっちゅう起きているだろう。」
「やっぱりそれは性格なんじゃ・・・。」
「違う!!全ては主殿の責任だ。」
「お、俺!?」
「そうだ。全く知識を教えてもらおうとしないという事に原因がある。
ヨウメイ殿の役目は主に知識を教えるという事。その為に鬱憤が溜まっているんだ。」
「そんな無茶な・・・。第一シャオやルーアンはどうなるんだよ。」
「シャオ殿は立派に役目を果たしているではないか。これは言うまでもないだろう?」
「え、ま、まあそうだよな・・・。」
「ルーアン殿は慶幸日天。主が幸せであれば立派に役目を果たしているといえるだろう。」
「それってこじつけじゃあ・・・。」
「・・・よく考えればそうかもしれない。しかし・・・。」
ちょっと気まずくなったのか言葉を途切れさせるキリュウ。
助け舟の意味で、太助は話を進める様に言った。
「それで俺にどうしろと?」
「だ、だからもう少し積極的に物事を訊いたらどうだ?
それと、教えに来た時は無理に断らないこと。これで大丈夫だと思うが。」
「・・・今度からはそう努めるよ。なるべく。」
「なるべく、か・・・。ところで主殿、今までどんな知識を教えてもらった?」
これまた話が一転する。太助は納得したんだと、キリュウは判断した様である。
「えーと、まず最初の方に五教科全部教えてもらったな・・・。」
「学校の勉強か。他には?」
「他には・・・なくしたものがどこだとか、今日のおかずは何か、とか。」
「・・・わざわざそういう事を訊いたのか?」
「ああ、そう。最初は顔を輝かせてきたけど、質問した途端沈んだ顔になった。
でもすぐに顔を上げてにこっと笑うんだ。ヨウメイって明るいよな。」
「・・・万象大乱!」
ごんっ!
「うっ!」
階段上り口付近の手すりが一部巨大化。
その衝撃で太助は・・・。
「あ、あれっ?」
ごろんごろんごろんごろん・・・。
「うわああ!!」
どしーん!!
と、階段を勢い良く転げ落ちてしまった。
一階に落ちたところで止まったものの、廊下で目を回している。
「ううう・・・。」
「これほどまでにないがしろにされていたのか、ヨウメイ殿は・・・。
その割にはたいてい笑顔で・・・。ひょっとして口が悪かったのも主殿の所為か?」
“嘆かわしい”といった表情で深深とため息をつくキリュウ。
と、少し遅れて音を聞きつけたシャオがどたどたとやって来た。
「太助様!!・・・キリュウさん?これは一体どういう事ですか?」
太助に駆け寄ると同時に、二階の方を見上げるシャオ。
それに答えるかのように、キリュウはゆっくりと階段を降りて行った。
「ちょっと試練を行っていただけだ。主殿があまりにも情けないのでな。」
「試練ですか?でも・・・。」
今だ目を回している太助を心配そうに見つめるシャオ。
さすがに試練と言えども、それが乱暴に見えた様である。
顔を上げてキッとキリュウと見たのだった。
「キリュウさん、階段から突き落とすなんてあんまりです!」
「主殿が油断していたから落ちたんだ。それよりシャオ殿に聞きたいことがある。」
自分の意見があっさりと返されてしまったが、シャオはどうぞと頷いた。
「シャオ殿は今までにヨウメイ殿からどんな事を教えてもらった?」
「え〜と、主に料理の作り方とかです。後は色々こまごまとしたものを。」
「・・・そうか。まあシャオ殿は主ではないからな。」
「あの、それが何か?」
「実はな・・・。」
かくかくしかじかとキリュウは先ほどまでのやりとりと、その理由を説明。
その間に太助も意識をはっきりさせて、シャオと共にそれに聞き入るのだった。
「・・・という訳だ。」
「そうだったんですか。でも、太助様が知りたくないのなら・・・どうしたんですか?」
シャオの第一声を聞いてキリュウは目を丸くした。そんなキリュウの様子にも、太助は驚いている。
「どうしたんだよ、キリュウ。」
「まさかシャオ殿からそんな言葉が出ようとはな・・・。
シャオ殿、一つ言っておくぞ。」
「は、はい。」
「今さっきシャオ殿が言った事。これを、ヨウメイ殿ではなく私に当てはめて考えて見られよ。」
「キリュウさんに当てはめて・・・ですか?」
「そうだ、するとどうなる?」
「えーと、試練を受けたくない・・・あっ!」
「そういう事だ。そんな事を言われたのなら、私は短天扇へ帰らねばならない。」
ここで太助もハッとなった。自分が行っているのは、精霊の役目の拒否だという事に。
「そうか、それでキリュウはあんなに怒って・・・。でもなんでヨウメイは平気で居るんだ?」
当然といえば当然の疑問。
キリュウの言っている事が全て真実なら、ヨウメイが帰らずにいる事は矛盾でもある。
シャオにもその事に興味が沸いた様で、太助と一緒になってキリュウの方を見た。
「どうしてなんですか、キリュウさん?」
「花織殿達が居るからだろう。おそらくそれだけはないだろうが・・・。」
どうやらキリュウにもその事はあんまり良く分からないようだ。
「こうなったら本人に直接聞いてみよう。ついでに統天書の事も。」
「ついでというか・・・それこそさっさと聞いておけば良かったのでは?
まあとりあえず長くなりそうだしな。シャオ殿、一応皆も集めた方がいいかもしれない。」
「なるほど、それもそうですね。では私は皆さんにお電話しておきますね。」
つっと立ち上がったシャオを、太助は慌てて止めた。
「ああ、それは俺がやるって。シャオはおやつかなんかの用意でもしてくれよ。
多分何か食べながらじゃないと居られなくなると思うし・・・。」
「はい、分かりましたわ。」
いそいそとキッチンへと向かうシャオ。それを追うように太助も立ちあがって電話をかけに行った。
一人残されたキリュウ。とはいえ、何か深く考え込んでいる様子だ。
「もしかして・・・役目も果たさずに居るのが当たり前だとかは思ってないだろうな・・・。」
ヨウメイが聞いていれば、間違い無く怒ってきそうなその考え。
当然外れてはいると思いつつも、なんとなくキリュウは不安に成るのだった。

一連のいざこざから小一時間が経過。
いつものメンバーが七梨家に集合した。(もちろん昼食は済んでいる)
つまり、太助、シャオ、ルーアン、キリュウ、那奈、翔子、出雲、たかし、乎一郎、
ヨウメイ、花織、熱美、ゆかりん、である。
あえて、手っ取り早くキリュウが説明をし、それを聞き終えた皆はうんうんと頷く。
そして本題となるヨウメイに視線を集中させるのだった。
「ではヨウメイ殿。」
キリュウが開始の合図のごとく言葉を発する。
それに目で答え、ヨウメイはぱらっと統天書を開いた。つまり説明の準備だ。
「えーとですねえ、とりあえず主様。」
「なに?」
「なんで最初に私に訊きに来なかったんですか?」
「なんとなく・・・。」
「嫌だったからですか?」
「嫌って訳じゃ・・・。」
「嫌なんでしょう!?顔がそう言ってますよ!!」
いきなり怒り出したヨウメイ。周りの者は慌てて彼女をなだめる。
「楊ちゃん、落ち着いてよ。ね?」
「もうちょっと冷静に成ってさ・・・。」
「・・・はい。」
息を一つついたものの、目だけは何やら血走っている。
太助の方をじろりと睨んだまま・・・。
「ちょっとヨウメイ、たー様はあんたの御主人様でしょ?その態度は無いんじゃない?」
「ご主人様ぁ?この人がぁ?はん、笑わせないで下さいよ。
教えてもらうべき相手に教えを請わずに、他の人から教えてもらおうとするなんて・・・。」
とんでもなく嫌味ったらしく言うその姿は、もはや太助を見下している様でもあった。
あっけに取られてヨウメイに注目する皆(キリュウを除く)。
太助は目を丸くして驚愕の表情となっていた。
「やきもちか?」
「キリュウさん、それは別の意味で違いますよ。」
「・・・そうか、なるほどな。まあいい、とりあえず主殿がこうして教えてもらいたがっているんだ。
それなりに教えてやったらどうだ?こんな主殿でも分かる様に。」
「そうですねえ・・・。ま、努力してみましょっか。これにも分かる様にね。」
ついには太助を指差して“これ”呼ばわりし始めた。
さすがに耐え切れなくなった様で、太助は鬼の様な形相で立ちあがる。
「ふざけんな!さっきからおとなしくしてりゃあ言いたい放題・・・。
お前はそんなに偉い存在か!?主に知識を教えるのが役目なんだろうが!!」
普段とは明らかに言葉遣いが変わっている。“無理も無いな”と皆は当たり前に思っていた。
更に、太助に同調する様にシャオも立ちあがった。
「いくらなんでも言葉が過ぎますわ、ヨウメイさん!!太助様に謝って下さい!!」
「なんで私が?こんなある・・・いいや、こんなものに謝らなければならないんですか。」
「こんなもの・・・てんめぇぇぇ!!!」
ついには太助はふるふると震え出した。そして怒りを爆発させるのにそう時間はかからなかった。
なぜなら、ヨウメイが鼻で“ふふん”とせせら笑ったからだ。
「ヨウメイ!!帰れ、今すぐ帰れ!!!統天書の秘密なんてどうでもいい、帰れ!!!!」
真っ赤な顔で激しく叫ぶ太助。これほどまでに激しい顔を初めて見た他の皆は面食らった顔になる。
すると、ヨウメイはにこりと笑って・・・。
「良し。統天書の・・・」
「何やってんだ!!さっさと帰れよ!!!そして二度と目の前に姿を現せるな!!!!」
「えっ・・・。」
何やらしようとしたヨウメイはぴたりと止まった。
それと同時に、いつの間に光を発していたのか、統天書もその輝きを失う。
しばしの沈黙。そしてヨウメイは統天書がばさっと落ちる事も構わずに頭を抱えた。
「な、何てこと〜!!!初めて読み違えちゃった・・・。
そんなあ、苦労して考えたのに〜!!はあ・・・しょうがない、私が説明するか・・・。」
頭を抱えたままの状態で再び固まるヨウメイ。何がなんやら分からない顔をしていた皆。
そんな中でも、太助はやはり怒りの表情でいた。
「何ごちゃごちゃ言ってんだ、早く統天書に帰れ!!!そして・・・いてっ!」
再び激しく怒鳴りかけた太助にキリュウが一撃を加えた。(万象大乱によって湯のみを巨大化)
「太助さまぁ!」
痛がりながらソファーにうずくまる太助を同じように座って気遣うシャオ。
と、そこでキリュウがすっと立ちあがった。
「珍しいな、ヨウメイ殿。一体どういう間違いが?」
にやにやと笑っているその顔に、ヨウメイは慌てて我に帰って、統天書を拾い上げて姿勢を直した。
「まさか第二声が来るなんて思っても無かったものですから・・・。」
「しかしよくそんなものをする気になるな。主を怒らせるなど・・・。」
「だってねえ、説明が役目とはいえ限度がありますよ。でもねえ、
封印してある事柄が事柄ですから。流星の時みたく簡単には行かないんですよ。」
「あれも簡単とは言えないと思うが・・・。」
「ともかく説明するのは私です。」
「まあそれも試練だ、耐えられよ。」
「言うと思った・・・。では皆さん、落ち着き直してください。」
改める様に周囲に声をかけるヨウメイ。もちろんそんな事で皆が元に戻る訳では無い。
やはりと言うか、あっけに取られた顔のままで固まっているのだ。
二人がやれやれと思い出した時、太助が今だ怒りの表情で言った。
「なんなんだよ、一体?」
「主様が言葉の暴力のみによって、本気で私のみに、帰れ!って言ったでしょう?
それによって、統天書の全知識を解放させて吸収させる、という術ができるんです。」
「・・・本当か?」
「当たり前でしょう?冗談でもあんな事は言いませんよ。でも失敗しちゃって・・・。
過去に一度だけ成功しました。とはいえ、その主様はすぐに死んでしまわれましたが。
ともかく、面倒ですが私が説明します。最初に謝っておきます。
主様、あの様な暴言を吐いて申し訳ありませんでした。
罰なら後でたっぷり受けますから、とりあえずは私の説明を聞いてください。」
深深とお辞儀するヨウメイ。すると、太助は呆れた様に座り直した。
それと同時に皆も通常通りの顔になる。しかし太助だけは依然と険しい顔のままだった。
「あのさあ、どうしてそう主に対してどうとか・・・。もうちょっと普通に出来ないのかよ。」
「いや、それは・・・。」
何故かうつむきかげんにもじもじし出したヨウメイ。そこで花織がぽんと手を叩いた。
「そっか!楊ちゃんたら、久しぶりに大きな事柄を七梨先輩に教えられると思って・・・。
それでつい張り切ってそんなご大層な術を!」
「ちょ、花織ちゃん・・・。」
慌てて振り向くその姿は、花織の言葉を肯定しているのと同じだった。
あっという間に皆も“なんだそうなのか”とそれとなしに納得。
ただ、やはり太助は、そしてシャオも怒り気味である。
「ヨウメイさん、張り切るのは結構ですけど他にやり方があるんじゃ無いんですか?」
「シャオの言う通りだよ。なんでそうひねくれたやり方を・・・。」
と、それに勢いづいてか、他の面々も意見を言い出した。
「太助に色々やるのは結構だが、度が過ぎてるぞ。」
「七梨みたいな奴でも、一応ヨウメイの主なんだからさ。」
「ヨウメイちゃん、もう少し普通に、ね?」
「いつも授業してるみたいな感覚で教えてくれれば良いんだよ。」
「思惑はそれなりにあると思いますが、やはりそういう事はするべきでは・・・。」
ちなみに、花織、ゆかりん、熱美もそれなりに厳しい顔。
雰囲気がガラッと変わってしまったところで、ヨウメイは大きなため息をつく。
と、そこで最後を飾るべくルーアンが告げた。
「ねえ、なんだってそんな術の封印のし方なの?他に無かったの?
主に対してじゃなくてもいいでしょうに・・・。主に対してそういう事したいから?」
その言葉に、反射的に顔を上げるヨウメイ。何故かその目は血走っている。
体全体を震わせながら・・・。しかしその震え方が尋常ではない。
何か言葉を発しようとする口、すらっとした肩、統天書においてある手・・・。
あまりの様子の変貌に、皆は唖然としてそれを見る。
やがてヨウメイはゆっくり統天書をめくり出した・・・。
「この次元の万物を支配し、位置付ける空間よ・・・。今、空の精霊である我の名の元に無と帰せん・・・。」
次第に辺りがどすぐろい雰囲気に包まれる。恐怖を感じた太助は、それと無しに呟いた。
「よ、ヨウメイ?」
その瞬間、辺りがあっという間にもとの状態に戻る。
そしてヨウメイはすっと統天書を閉じ、一息ついてソファーに倒れる様に座りこんだ。
「すいません、少し眠ります。キリュウさん、私が起きるまで後をよろしく・・・。」
「・・・ああ。」
一連の行動を見ながら、他の皆とは違って全く動じなかったキリュウが軽く頷く。
それを笑顔で確認したヨウメイは“すーすー”と寝息を立て出した。
あっという間の出来事によってざわつく皆を制し、キリュウはゆっくりと喋り出した。
「ヨウメイ殿の能力というのは、主の呼びかけによって大きく左右される。
これは昔からヨウメイ殿が決めたであろう事柄だ。
先ほど主殿が名を呼んだだけで収まった物、それが良い例だ。
もっとも、おそらくあの能力は幻術で誤魔化した物に過ぎないだろう。
確か・・・遥か昔に封印を施したはずだからな。」
「ねえキリュウ、その封印のし方にあたしは疑問があるんだけど〜。」
「ルーアン殿がそう思うのはもっともかもしれないが、とりあえずそれについて説明しよう。
今の主殿は、ヨウメイ殿の過去の主と確実に違う点がある。何人もの精霊の主だという事だ。
それによって、ヨウメイ殿自身の教授がまともに行われない。これは良いな?」
「うんうん。」
「だから、それほどためらいなく、要はほとんど主だという気に成って無いという事だろう。」
「それで?」
「もともとヨウメイ殿は“主様を利用して”なんていう事はほとんどしない性格だからな。
だからこそ、強力な能力の解放の為には主を利用したものがほとんどだ。
最初に封印を解いた事柄、流星の件は私の頼みから嫌々ながらもしてくれたもの。
その際にも一晩程考えていたようだ。
今回の件で失敗したのは、ほとんど時間が無かったにも関わらず実行しようとしたからだろう。」
「でもねえ・・・。」
「統天書の知識をどうたら、というのはおそらくヨウメイ殿の能力の最高峰だろう。
だからこそ、主を怒らせて・・・というように封印を施したのだろうな。」
「だからって・・・。」
「ヨウメイ殿の生き甲斐は人に知識を教える事。役目ではないぞ、生き甲斐だ。
で、主から“帰れ”などといわれる事を自らやる、それは放棄と同じだ。
にも関わらず実行しようとしたのだから、よほど・・・という事だろうな。」
そこでキリュウは一息ついたかのようにお茶をすすり出した。
「それもこれも、俺がヨウメイの講義をほとんど聞かなかったのが原因だと・・・。」
「そうだ。もっと色々教わっていれば普段もおとなしく居た筈だ。
なのに・・・。おかげで私がとばっちりを食らったりと・・・。」
さりげなく私事をはさみながらもキリュウはきっぱりと告げた。
それを聞いた花織と熱美とゆかりんは慌てて身を前に乗り出した。
「ちょっとキリュウさん、とばっちりを食らってるのはキリュウさんだけじゃ無いですよ。」
「そうですよ。いきなり授業を自分からやりだしたり・・・。」
「この前なんて相対性理論について深く語り出しちゃったんですよお。」
当然周りの皆はそれに驚く。深く、という時点でもはや中学生レベルでは無い。
もしかしたら花織のクラスは高校生以上の知識が身についているかもしれないのだ。
「ふ、ふん。七梨帝王伝説に比べればまだまだ・・・。」
「ルーアン先生、そんなので張り合ってもしょうがないですよ。」
さりげなくたかしが突っ込む。たじっとなったルーアンはぷいっとそっぽを向くのだった。
「そうか・・・。しかしちゃんと分かったのだろう?」
「え、ええまあ。どんなに難しくっても、楊ちゃんの説明だと不思議と頭に入ってきますから。」
「だったら良い事ではないか。主である誰かより頭が良くなっていると思うぞ。」
「おい・・・。」
何やら嫌味が混ざっているのは気の所為ではない。引きつった顔で反応する太助であった。
“なるほど、とばっちりで性格が変わったのかな”と密かに思う那奈と翔子。
今度は出雲がやれやれとため息をついた。
「とばっちりを食らってるのは私じゃないんですか?妙な仕打ちを受けたりと・・・。」
「宮内の場合は軟派師だって事が原因だから却下な。ともかく太助が悪い!という事だ。」
「あのー、那奈さん・・・。」
「まあおかげであたしはたっぷり色々と教えてもらったよ。
ほんと、主じゃないってのにこんなに教えてもらていいのかねえ?なんて思ったりもしたよ。」
けたけたと笑う那奈によって、出雲の意見はかき消された様である。
諦めた出雲はテーブル上のお茶をすすり、ぼりぼりとせんべいをかじり始めた。
「というわけで主殿、今後はそれなりに教えてもらう様にされよ。」
「分かった。でもなあ、肝心の知りたい事が教えられないんじゃ・・・。」
「そう言うな。他にも探せば色々あるはずだぞ。現に私は試練でかなり教えてもらっている。」
「あたしは主に食べ物関係よん。それから授業のし方ね。」
「私は、お料理のし方とか、お買い物のコツとか。」
「あたしはどういう状況でどうすれば楽しめるものが出てくるか、とか。」
「私は、神社の掃除方法等を。」
「あたしは効率のいいヒッチハイクのし方。世界の見所情報などなど。」
「俺は熱き魂の燃やし方!は、まあ冗談にしても、かっこいい動きとかな。」
「僕は、主に勉強かな。」
「あたし達は色々だよね。」
「勉強や雑学もそうだし、買い物とか、遊びとか料理とか・・・。」
「けれど花織ったら今だ料理下手なんだよね。
楊ちゃんは“教えたすぐから出来るもんじゃないよ”なんて言って慰めてたけど。」
付け足した熱美を花織が“もうー!”とぽかぽか叩く。
いきなり次々と言い出した皆に、太助は驚きを隠せなかった。
「皆俺の知らない間に色々教えてもらってたんだ・・・。」
「当然よ。訊けばすぐ教えてくれるんだもの。なんでたー様は訊こうとしないのかしらねえ・・・。」
胸を張ったすぐ後に呆れ顔、とコロコロ表情を変えるルーアン。
彼女にしてみれば、何気なく訊けばいい事でさえも太助が聞いてないことが不思議でたまらないのだ。
「い、一応俺も教えてもらったよ。」
「何を?」
「それは・・・」
「夕飯のメニューだそうだ。」
太助が言う前にキリュウが素早く言う。途端に皆は呆れかえってしまった。
「七梨、お前は馬鹿か?そんなもんわざわざヨウメイから教えてもらってんじゃないよ。」
「情けないぞ太助。そんな事くらい、俺みたく熱き魂で感知しろ!」
「野村先輩、そんな事出来るんですか・・・。」
横からゆかりんが驚きの顔で呟く。
もちろんそのすぐ後に花織が“そんな訳ないでしょ”と突つくのだった。
「ま、待てよみんな。それだけじゃないって。」
「じゃあなんだ?“ヨウメイ、俺の本どこいったか知らない?”ってな事か?」
「うっ・・・。」
的をついた那奈の応えに太助は黙らざるを得なかった。
またもや呆れ顔になる皆。その中でもルーアンの反応は更にだれていた。
「キリュウ、あたし前言撤回するわ。
ヨウメイが主を利用して・・・ってのをやりたくなる気持ちが分かったもの。」
「別にやりたくてやった訳では無いと思うがな。
最初に花織殿が言ったように、とにかく張り切っていたんだろう。」
「それでもう十分よ。張り切るわけだわ、ほんと・・・。」
だんだん太助が雰囲気に耐えられなくなった頃、ヨウメイはぱちっと目を開けた。
「ふにゃあ、おそようございますう。
じゃあ説明を始め・・・とと、キリュウさん、どこまで説明したんですか?」
「別に統天書については何も言っていない。何故ヨウメイ殿がああいう事をやったか。
まあ、その類について皆と語り合っていた所だ。」
「そうですか。で、主様。」
「な、何?」
何やら申し訳なさそうな顔をすると同時におびえている太助。
もちろん、ヨウメイはそんな様子など気にもとめずに続けた。
「キリュウさんがおっしゃっていた事に納得されたんですか?」
「あ、ああ・・・ごめんな、ヨウメイ・・・。」
「え?」
「いや、その、くだらない事ばっかり訊いちゃってさ・・・。」
うつむきかげんにヨウメイに太助が告げる。
するとヨウメイはにこりと笑った。
「分かったのなら良いんですよ。でも、今後はそれなりに訊いて欲しいんです。
これは私からのお願いです。よろしいですか?」
「あ、ああ。」
「そんなに心配しなくても。例えばキリュウさんの試練をあっさり超える方法とか、
キリュウさんの人にとても言えないような秘密とか・・・」
「ヨウメイ殿!!」
キリュウ関連の事柄を次々と並べ出したヨウメイに、思わずキリュウはがたっと立ちあがった。
太助はもちろん、他の皆は目を丸くしてその光景を見つめている。
「やだなあ、冗談ですよ、冗談。」
「やれやれ・・・。頼むからそういう冗談は止めてくれ。」
「はいはい。というわけで主様、改めてよろしくお願いしますね。」
「う、うん・・・。」
ぺこりとお辞儀したヨウメイ。しかし太助自身はいまいち釈然としない。
まあ、いいかげん話を伸ばしてもなんだという事で、ようやく統天書講座が開始されるのだった。

全員が落ち着いた気分でソファーにそれぞれ座っている。
ルーアンが何気なくぼりぼりとせんべいを食べている、という状況が和んだ雰囲気を作っている様だ。
「それではまず統天書とは何か!?」
縁起ぶったセリフを吐きながら、ヨウメイは皆が良く見える位置に統天書を置いた。
“おおっ、本格的だあ!”と反応したそれぞれが統天書に見入る。そして・・・。
「なんてのは面倒なのでしません、あしからず。」
ぺこりとヨウメイがお辞儀。そして身を乗り出していた面々は“だああ”とこける。
「あのなあ、ヨウメイ・・・。」
「まあまあ、山野辺さん。とりあえずありとあらゆる知識・・・
まあ、例外もありますが、それがこれに載っているという事だけで十分でしょう?」
「確かに。構造とか言われたって“ふーん、そうなの”程度だしな。」
翔子が納得したのも最もであり、皆もうんうんとそれに頷いた。
「あ、でもこれだけは言っておきましょう。」
思い出した様にヨウメイは告げると、統天書をぱらりと開いた。
分厚い本独特のページをめくる時の音。不思議とそれが心地よく聞こえてくる。
そして開かれたページには訳の分からない文字が並べられていた。
「何これ?統天書の中身ってこんなになってんの?」
ゆかりんが驚愕の表情を見せる。
まるっきり記号と言えるべきそれはとても文字には見えなかったからだ。
一定の法則で並んでも居ない、つまりはばらばら。暗号と呼ぶにも解読は不可能、そんな感じだった。
「・・・すげえ。」
「ヨウメイちゃんにはこれが分かるって事なんだね。」
たかしと乎一郎が感心した様に呟く。
他の面々も似たような、当然の様な反応だった。
しかし、一人だけ違う反応を示す。それは・・・。
「・・・ヨウメイ、ここに書かれてある事って本当なの?」
「ええ、本当です、真実です。」
「そうか・・・ルーアン!!!」
いきなり太助は怒鳴りつけた。
座ったままの状態でびくっと跳ねたルーアンがあたふたと返事する。
「な、なに?」
「昨日の夜、俺が寝ている間に勝手に部屋に入ってきたな!」
「うぐぅ!?ちょ、ちょっと顔を見に行っただけじゃないのよん。」
「そんな事をしてんじゃない!!」
「ご、ごめんなさい・・・。」
ルーアンはいわゆる夜這いをしに行ったわけだ。
ちょっと部屋の中へ入っただけで出て行ったのは、
途中で誰かが廊下を歩いている気配を感じたからである。
その誰かが気付く前に、見付からない様に自分の部屋へと戻ったわけだ。
「ルーアン、お前って奴は・・・。」
「ルーアンさん、密かにそんな事をしてたなんて・・・。」
「まあ、何も無かったのなら良い事だ。」
那奈とシャオの眼差しを遮るかのようにキリュウが呟く。
と、そこで当然疑問を持つ者も居た。
「あれ?なんで七梨はそんな事が分かったんだ?」
「だって、統天書に書いてあるじゃないか。」
「はあ?」
言われて翔子は慌てて統天書を見直す。
しかし、彼女の目に写った物は複雑な形をした文字列だった。当然読める物では無い。
「どこに書いてあるんだよ。」
「ほら、この部分。」
太助が指差し、実際にそこをなぞる。
翔子だけでなく周りの皆も慌てて注目。だが、やはり読める代物ではなかった。
「もしかして・・・七梨先輩にはこれが読めるって事ですか?」
「え?皆には読めないの?」
「ええ・・・。」
皆(ヨウメイ、キリュウ、ルーアンを除く)が一斉に頷く。と、そこでルーアンが口を開いた。
「統天書を読める者はね、知教空天とその主だけなのよ。」
続いてキリュウも・・・。
「とはいうものの、ただ読めるだけだ。どこに何が載っているかは知教空天のみが知っている。」
更にヨウメイが・・・。
「一応、空天書の中の文字を“統天書”と読む事ができた者が主ですからね。
だからそういう仕組みになってるんです。」
と、纏めた。あっけにとられていたものの、やはりというか、皆はこくこくと頷く。
ところが、太助は疑問の顔でヨウメイを見た。
「あのさあ、読めたからって別に大した事になら無いんじゃ・・・。」
「何故ですか?」
「だってさあ、どこに何があるか分からないなんて。」
「まあ、それが必要な時は私が書き記しておきますのでご心配なく。
私以外に読める人が居るっていう事は結構重要なんですよ。」
「はあ、そうなの。」
にこにこと笑っているヨウメイに対して、太助の顔は対照的である。
“一体何に重要なんだか・・・”と、少しばかり頭を巡らせるのだった。
「さてと、とりあえず私から言っておくことはこれだけにしますね。
後は皆さん一人ずつからの質問コーナーといたします。一人一つ!質問をしてください。」
統天書を手に、それぞれを見回す様に告げるヨウメイ。
と、そこでたかしが手を挙げた。
「あのさあ、一人二つ以上は駄目なの?」
「・・・別にいいですけど、くだらない事は止めてくださいよ。」
「例えば?」
「例えば、この統天書を使って漬物は出来ないか、とか。」
「・・・・・・。」
ヨウメイの言葉を聞くなり、皆は思わず引いてしまった。
と思いきや、一人だけ少しばかりの笑みを浮かべた者が。
「さすがだな、ヨウメイ殿。」
それはキリュウだった。少しばかり満足そうにしているのは芝居では無い。
「てへ。」
と、ヨウメイはヨウメイで少しばかり照れている。
何を照れる必要があるのか、と思って呆れているのがほとんどであった。
太助は密かに、以前見たこの二人の世にも恐ろしい漫才を思い出していた。