「みんな位置について。・・・よーい・・・スタート!!!」
パン!!
先生の合図と共に勢いよく鳴るピストル。
それと同時に全校生徒達は一斉に走り出した。
今日は鶴ヶ丘中学校、全校生徒強制参加のマラソン大会が行われている。
天気は快晴、少しばかりの微風が吹いており、絶好のマラソン日和である。
コースは単に鶴ヶ丘町を一周して戻ってくるというだけのものである。
しかし、生徒達全員が完走しなければいけないという条件付だ。
もちろん体調が悪い者は休んでいる。しかし、それは学校側が認めた者だけである。
無事に全員が完走できれば、一ヶ月の臨時長期休暇を取るという約束である。
更に、一番でゴールできたものには特別賞があるとか。
それだけに生徒達の張り切り様はすさまじいものがあった。
当然太助達も頑張って走っているわけである。
「ふう、ふう。ま、ただ完走だけなら楽勝だよな。」
「そうだよな。この俺の熱き魂の前には!」
「相変わらずだね、たかし君。」
太助、たかし、乎一郎はゆっくりとしたペースで走っていた。
もちろん、すぐ近くにはシャオや翔子の姿も見える。
「けどなかなかビッグなイベントだよな。長期休暇なんてどうでも良いけどさ。」
「それより翔子さん。どうしてルーアンさんやキリュウさんは走らないんでしょうか?」
「ルーアン先生は教師だし、キリュウはこの学校の生徒って訳じゃないし。」
「なるほど。じゃあ出雲さんも走らないんでしょうか?」
「購買部の売り子は生徒のうちに入らないだろ・・・。」
翔子が答えている通り、生徒でない者は走っていない。
先生達は町中に散らばって生徒が道を間違えない様に要所要所に立っている。
出雲はと言えば、それでも迷子になった生徒が居れば連れ帰るという役である。(車に乗って巡回)
これは全員が完走できるかどうかの件に関しても深く関わっている。
よって、さすがに男子生徒を連れ帰る羽目になっても文句は言わないだろう。
キリュウはと言えば、空から文字通りの高見の見物である。
「こういうのもたまにはいいものだな。
主殿達は・・・なるほど、順調に走っているようだな、結構結構。」
短天扇に腰掛けて太助達を見下ろし、素直な感想を述べる。
そして、すぐに向きを変えてスタート近くを走っている四人組の方へと向かうのだった。
キリュウにしてみれば、全校生徒の中で一番問題なのがその四人組のうちの一人。
予想通り、その一人は走り始めてから十分と経たないのに早くもつらそうである。
「・・・こんな調子で大丈夫か?」
心配そうに呟くキリュウ。その四人組とは・・・。
「ほらほら、楊ちゃん。ファイトファイト!」
「こんな序盤でへばってちゃ完走なんてできないよ!」
励ましているのは花織、熱美の二人。
そう、問題の一人というのはヨウメイの事だ。
体育の授業からしてしょっちゅうへばっている彼女にとってマラソンは酷なものである。
「今回は熱美ちゃんに代わってあたしがサポート役なんだから。頑張ってね!」
「ゆかりん・・・それって・・・あんまり・・・関係無い・・・。」
すでに言葉を発するのもつらそうだ。当然息も荒い。
全長はなんとも言えないが、四・五時間走りつづけなければいけないのは確実だろう。
開始十分後からこれなのだから、先が思いやられそうなのは目に見えていた。
「ゆかりん、後でへばってきたらちゃんと交替するんだから。」
「熱美ちゃんの言う通りだよ。とにかくあたし達の使命は楊ちゃんを完走させる事!」
元気良く片手を振り上げる花織。それに続いてゆかりんと熱美も手を上げる。
使命と言うと大袈裟に聞こえるかもしれないが、花織のそれは正しかった。
全校生徒の中で、ヨウメイほど運動ができないものは居ない。
普段は尊敬の眼差しで見られたりするヨウメイも、この時ばかりは別である。
全校生徒強制参加という条件に、責任が重くのしかかるのであった。
すでに花織達四人の後ろを走っているものは居ない。
それほどまでにペースを遅くしないと、とてもヨウメイは完走できそうにないのだから。
「楊ちゃん、もっと息を整えて・・・そうそう。リズム感が大事だからね。」
ゆかりんが横で居ながら懸命にサポート。
普通の状態ならヨウメイは色々考えられるのだが、今は走るので精一杯。
だからこそ、横で指示する人間が必要なのだ。
「ふう、ふう、ふう、ふう・・・。」
「よしよし。あ、もうちょっとペース落とそうか。」
言われるままにペースを落とすヨウメイ。横ではうんうんと花織達が頷く。
もちろん花織達自体も疲れないわけではないが、
ヨウメイのペースに合わせて走る事によって少しはましだという事だ。
最初で調子が狂っていたものの、徐々に一定の調子になった四人。
順調に走りつづけるのであった。
「・・・ふむ、さすがは花織殿達だな。あのヨウメイ殿をしっかりと支えている。」
感心した様に呟く空から見ていたキリュウ。
四人の様子を見て安心したのか、別のランナーを探して移動するのだった。
そして見つけた人物は・・・。
「ルーアン殿?一体何をしているんだ?」
とある場所に立っていたルーアンである。しかしどうも様子がおかしい。
あちこちをきょろきょろと見まわしていたかと思うといきなりジャンプしたり。
また、陽天心をかけてそれをすぐに解いたりと、キリュウには理解不能なものであった。
「ヨウメイ殿に聞けばあっさり分かるのだが・・・。まあいい、直接本人に聞いてみるのも試練かな。」
キリュウとしてはあまり直接聞きたくは無かったのだが、とりあえず気になった様である。
短天扇の高度を下げて、ルーアンの傍へ舞い降りた。
「ルーアン殿、一体何をしているんだ?」
「あっ、キリュウ・・・。いやね、早くヨウメイが来ないかなって・・・。」
「ヨウメイ殿が?」
ますます訳がわからなくなったキリュウ。ヨウメイを待つ事でどうしてあの様な行動が出来るのか。
そもそもあれになんの関係があるのか。そこで改めて尋ねてみるのだった。
「なぜヨウメイ殿を待つ事であの様な事を?」
「ただのイライラよ。とりあえずヨウメイが最後のランナーだってわかってるでしょ。
だから、ヨウメイが通り過ぎて行ったら、あたしが密かに手伝おうと思って。」
「密かに手伝う?それはいんちきではないのか?」
「ばれやしないわよ。第一、あのヨウメイが完走できるとも思えないし。」
そこでキリュウはふうとため息をついた。
そしてルーアンを諭す様に、先ほど自分が見たほほえましい光景を口にする。
つまり、花織達が行っているヨウメイのサポートだ。
「・・・という訳で、花織殿達を信じようではないか。」
「なるほどねえ・・・。でも危なくなったら私は絶対手伝うからね。」
キリュウの気持ちはストレートに伝わらなかった様だ。
ルーアンとしては、とにかくヨウメイに完走させたいらしい。
「なぜルーアン殿が張り切っているんだ。」
「だって、一ヶ月の臨時長期休暇よ。こんなおいしいご褒美を逃してたまるもんですか。
それにね、もしヨウメイが完走できないでごらんなさい。どうなると思う?」
真剣な顔をキリュウに近付けるルーアン。
思わずあとずさったキリュウだったが、それに聞き返した。
「・・・どうなるんだ?」
「全生徒から叱咤の嵐よ。“あんたの所為で長期休暇が無くなったんだ!”ってね。
そしたら、ショックでヨウメイが統天書に帰っちゃうかもしれないし。」
「そんな馬鹿な・・・。」
「考えられない事じゃないでしょ。ともかくあたしはさぽーと!!
・・・おっと、ようやく第一陣が来たみたいね。」
ルーアンと共にキリュウも振り返る。
見ると、そこには学校でも長距離が得意なので有名な陸上部といった面々がやって来た。
いわゆる、賞品を狙ったトップ争いの集団である。
余裕があるのか、無表情ながらもぺこりとお辞儀をして二人の前を去って行く。
もちろん二人ともそれに答えるかのように目で合図。そしてその一陣が見えなくなると再び話に戻る。
「とにかく、あたしはヨウメイが無事ゴールできる様に努めるんだからね。邪魔しないでよ。」
「はっきり言っておくぞルーアン殿。余計な事はしない方がいい。」
「な、なんですってー!!」
キリュウから見れば、ルーアンはサポートしようとして失敗するいう事だ。
だから、できるだけ説得しようと思ったのである。
「あんたねえ、いつからそんな偉そうな口きくようになったのよ!!」
「偉いなどと思っているわけではない。第一ルーアン殿が関わって、全て無事に終わっているか?」
「だ、だいたいは・・・。」
「そんなものでは困る。確実なもので無い限りは手出しはしない方がいい。」
「なんなのよそれ。だいたいあたしは・・・あ、第二陣が来た。」
再び振り返る二人。今度は少し早い部類に属し、トップを狙わないものの集団の様だ。
さすがに人数が多く、しばらくの間二人はその集団をじっと見つめる。
その中に見知った顔のものがいた。つまり、太助達である。
「たー様!」
いち早く太助の姿を発見したルーアンが叫ぶ。それに返すように、太助は軽く手を振る。
もちろん太助がいたという事は一緒に走っていた者もいるという事で。
「ルーアン先生!」
と、乎一郎が笑顔で手を振った。
ルーアンも、それに向かって笑顔で手を振って返す。そこで更にご機嫌になる乎一郎だった。
そして、次に見知った顔は女生徒二人である。
「よっ!」
軽く手を上げた翔子と軽くお辞儀するシャオ。二人のその行動に、当然ルーアンもキリュウも軽く挨拶。
と、しばらくして第二陣が途切れた。
「・・・ん?野村殿はどうしたんだ?」
「ひょっとして張り切りすぎてへばってんのかしら。
もしかしたらヨウメイよりたちが悪いんじゃ無いでしょうねえ・・・。」
不安げな顔を見せるルーアン。それを聞いたキリュウも同じ顔だ。
普段の行動からして、たかしは力を入れすぎて空振りという事がありうる。
つまり、思わぬ落とし穴にもなりかねないというわけだ。
と、話を再開する前に第三陣が。人数的に見て、どうやらヨウメイの前の集団はこれの様である。
次々と走り去って行く生徒達。とにかくマイペースで走っている。
ヨウメイの他の運動が苦手な生徒達はこの集団の後ろの方にいる様で、相当列が長い。
その中に・・・。
「ふう、ふう、ちくしょー、俺を置いて行きやがって〜。」
たかしである。フラフラながらもまだまだ余裕があるようだ。
「野村君、しっかり走らないとただじゃおかないからね!!」
「げっ、ルーアン先生?」
「野村殿、せめてヨウメイ殿よりも先にゴールする様にな。」
「わ、分かってるよっ!」
二人の女性の励ましの声援(?)により、たかしはなんとか最初のペースを取り戻した様である。
第三陣を振り切って、第二陣へと向かう様に駆け出して行った。
やがて、第三陣の最後の人が二人の前を通りすぎた。当然あの四人の姿はまだ見えない。
「ふう、やっぱりあの子達最後なのねえ。ちょっとは期待したんだけど。」
「そういうな、ルーアン殿。それより余計な事はしないようにな。」
「分かったわよ。しなきゃいいんでしょ、しなきゃ!」
「そうだ。」
諦めたようなルーアンの答えにキリュウは安堵の笑みを浮かべる。
ともかく、余計な妨害が入って失格などという事態にはならないだろう。
後は花織達がいかに頑張ってヨウメイをサポートするか、という事である。
そして待つ事約十分。まだ花織達の姿は見えない・・・。
「どうしたのかしら。いくらなんでも遅すぎない?」
「かなりゆっくりのペースで走っていたからな。なあに、後少し待てば来るだろう。」
更に待つ事三十分。それでも花織達の姿は見えない・・・。
さすがのキリュウも不安になったのか、短天扇をすっと広げて大きくした。
「どこ行くつもり?」
「ちょっと様子を見てくる。」
「コンパクトが有るんだけどな〜。」
短天扇に飛び乗ろうとしたキリュウだが、にやついているルーアンによってそれを中止した。
慌ててそれを小さくしてルーアンの傍に寄る。
「それを先に言ってくれ。」
「聞かずに行こうとしたのはキリュウでしょ。さてと・・・。」
少しの笑みを浮かべながらコンパクトを開けるルーアン。
そしてそこに写し出されたのは、なんともゆっくりとしたペースで走っている四人の姿であった。
そのペースの主となっているのは当然ヨウメイ。傍では花織達が懸命に声をかけている。
「楊ちゃん、もっとペースを上げないと。」
「そうだよ。こんなんじゃあ今日中に完走できないよ。」
「頑張って、楊ちゃん!」
「・・・うん・・・けど・・・。」
いつのまにそこまで体力を消耗したのか、もはやあれは歩くのと同じくらいであった。
それでもヨウメイにとってはつらそうである。確かにこの状態では今日中に終えられそうに無い。
「・・・ねえキリュウ、これを見てもまだサポートするなって言う?」
「何度もいうがルーアン殿、ルーアン殿が手助けした事がばれれば失格だぞ。
しかしこの状態は確かにまずいな。なんとかならないものか・・・。」
ついには二人して頭を抱え出した。もちろん、助言程度しかできないのは分かり切っているが。
それでも何かをせずにはいられないという事である。
二人がそうしている時、コンパクトに写っていた花織が突然ひらめいた様に手を叩いた。
「二人が片手ずつ引っ張って、後一人が背中を押すってのは?」
「なるほど、三人で一気にサポートだね。」
「でも、それだといんちきにならない?」
「いいよいいよ。別に手助けするなとは言ってなかったし。
それどころか、“皆で助け合って”とか言ってたじゃない!ね、楊ちゃん。」
笑顔でヨウメイの顔を覗き込む花織。すると、ヨウメイは苦しそうに顔を上げた。
「でも・・・それじゃ・・・迷惑・・・。」
「何言ってんの!!楊ちゃんはあたし達の親友なんだから!!」
言うなり花織はヨウメイの背中側を押しにかかった。
「花織の言う通り!さ、頑張って走ろう!」
そしてゆかりんがヨウメイの左腕をつかむ。
「けれど、つらくなったら言ってね。さ、行こう!!」
最後にヨウメイの右腕をとる熱美。
「「「レッツゴー!!!」」」
元気な掛け声。そして四人同時に走り出した。
しばらくしてようやく四人はルーアンとキリュウの視界に姿を見せた。
コンパクトにて様子を見ていた二人は笑顔で四人を迎えている。
そしてすれ違い際に、
「頑張りなさいよ!!」
「頑張れ、四人とも!」
と、精一杯励ましの声を送るのだった。
もちろん四人ともそれに答えるべく笑顔で返す。そして走り去って行くのだった。
「あの調子なら大丈夫そうね。ヨウメイも結構余裕が出てきたみたいだし。」
「そうだな。もはや私達がいう事は何も無いだろう。さてと、見回りに行くとするか。」
短天扇を広げて大きくするキリュウ。と、それにちゃっかりルーアンも飛び乗った。
「・・・なんのつもりだ?」
「あたしも一緒に行こうと思ってね。」
「しかし先生の役目は・・・。」
「いいのいいの、どうせあの四人が最後だってのは分かり切ってるんだし。」
「そういう問題か?まあいい・・・。」
納得したキリュウはルーアンにちゃんと腰掛ける様に促し、空へと短天扇を繰出した。
キリュウの言う見回りというのは、高見の見物である。
もちろん、外れたコースへと進む生徒等を見つけたならば、すぐに駆け寄ったりもする。
いわゆる空からのサポート係だ。二人はその役へと集中するのだった。
さて、一連の厄介ごとが終わっている一方で懸命に働いている者ももちろんいた。
それは車にて生徒達の回収(?)を行っている出雲である。
固まって走っている団体のトップがずれた方向に行くと、後の生徒全てがそれに付いて行く。
つまり、それだけの人数があっという間に迷子になるという事だ。
しかし、当然出雲は全員を車にて乗せて行くわけではない。
前をゆっくりと走って先導するような形でコースへと戻しているのである。
幾度と無くそんな作業を繰り返し、出雲自身はへとへとになっていた。
「まったく・・・。もうちょっと正確に走ろうという気は無いんですか・・・。」
一人で愚痴りながら、自動販売機にて買った缶コーヒーを一のみする。
ボランティアで行っている出雲特有の権利であった。
と、そこへローペースで走る四人組が姿を見せた。それはもちろん花織達である。
「おや頑張ってますね。道を間違えない分、あなた方はよほど優秀ですよ。」
「そりゃどうも。」
遠くから叫んだ出雲に対し、余裕のある声で返事するヨウメイ。しかし周りの三人はつらそうである。
なんといってもヨウメイに負担がかからないように走らせる事に精一杯であるからだ。
その分、彼女自身の疲れは次第に取れていったというわけである。
「・・・ヨウメイさん、助言等はしないんですか?」
笑みを見せたヨウメイにそれとなく尋ねる出雲。すると、ヨウメイはきりっとして答えた。
「それを考えてるんです。でも今思いつきました。
宮内さん、その手に持ってる缶をこちらへ投げつけてください!」
「ええっ!?」
当然出雲はそれを行う事はしない。なんといってもまだ中身は入っているし、走者の邪魔になるからだ。
「早く早く!!騙されたと思って!!」
「・・・どうなっても知りませんよ。えいっ!」
結局は缶を投げつけた出雲。当然それらは四人の元へ向かって行く。そして・・・。
スコーン!!
と、景気のいい音がしたと思ったら、それはヨウメイの脳天に直撃した様だ。
びっくりして三人はヨウメイを見る。しかし、彼女は痛がるどころか微笑んだままであった。
「OK!!では・・・万象復元!!」
「へっ?」
思わず声を上げてしまった出雲。と、その後に花織達四人の体がぱあっと光る。
次の瞬間には、なんとも元気になった顔の四人の姿が・・・。
「あ、あれ、疲れ・・・取れちゃった。」
「なんでなんで?一体何をしたの?」
「楊ちゃん、万象復元がなんで使えたの?」
ちょうど出雲の目の前でストップして、口々に質問する。
一番疑問の顔だったのは出雲だ。缶を投げてくださいと言われて・・・という事なのだから。
「あの、ヨウメイさん、これは一体?」
一つ咳払いをしたヨウメイは、例のごとくにこりと笑って話し始めた。
「とある事をする事によって、ある術が使えるってのが私の術の特徴なの。」
「とある事?」
「そう、とある事。それは決まってなくて、時間、空間、その他もろもろの事象を考えた上で決定されるの。」
「で、今回は私がヨウメイさん達に缶を投げるという行為だったというわけですね。」
「その通りです。それによって、疲れを癒す事ができる万象復元を使えたというわけです。」
「疲れを癒す事ができる万象復元?前はそれはできないって言ってなかった?」
「そういう術が存在するんだってば。私はまだ普通に使えるわけじゃないけどね。」
「そうなんだ・・・。でも楊ちゃん、それっていんちきじゃない?」
「何てこと言うの、熱美ちゃん。
それだと宮内さんに乗せてもらったりしてる女子生徒さん達もいんちきに成っちゃうでしょ。」
「なるほど・・・。」
分かった様に出雲を見る四人。気まずそうに出雲は別方向を向くのだった。
「それじゃあ行こう。疲れも取れたことだし!」
「結構走りかたのこつも分かったしね。疲れない為には・・・。」
「・・・そんな走り方あるの?」
「楊ちゃんの事だから、さっきまでに見つけたんだよ。
それじゃあ出雲さん、ありがとうございました!」
ぺこりと四人同時にお辞儀。出雲もつられてお辞儀。
そして四人は走り出した。疲れが取れたという点と、走り方を変えたという点。
この二点が非常に大きく、今までのペースの倍以上の速さで走っていった。
四人が見えなくなったところで、一つ息を付いて車に乗り込む出雲。
「疲れない走り方ですか・・・。
そんなものがあるんなら、疲れない一日のすごし方も教えて欲しいですねえ。」
少し呟き、更なる迷子たちを探しに車を出発させるのだった。
途中で、少しばかりのヨウメイのたんこぶを思い出して吹き出したりもしていたが・・・。
一方、ヨウメイ達とは違って、いたって平和な太助達。
たかしもそこに追い付き、のんびりと会話を交わしていた。
「なんだ、全然大した事無いよな。これで全員が完走すれば・・・。」
「野村、余裕かましてる割には途中いなくなってたじゃね〜か。」
「そうだよ。心配したんだよ、たかし君。」
「ま、まあ俺にもたまにはそういう事が・・・あはははは!」
「ところで、ヨウメイ達はちゃんと付いて来てるのかな。俺はそれが心配だ。」
「毎朝登校するのでさえ、かなり苦労してらしてましたからねえ。私も心配です。」
「シャオが心配したってしょうがないだろう。傍に付いてる奴らを信じるしかないよ。」
「そうだな。山野辺の言う通り、愛原達に任せておくしかないし。」
「花織ちゃん達ねえ・・・。逆に考えても俺は心配だな。」
「どういう事?たかし君。」
「つまりだ、例え真面目に頑張ったとしても途中でへばりそう。
もしくは真面目にやらなかったとしてもそれはそれで駄目だって事だよ。」
「厳しい事言うなあ。多分、大丈夫さ。あのヨウメイがついてることだし。」
「でも太助様、ヨウメイさんがくたくたならどうしようもないのかも。」
「シャオちゃんの言う通りだよ。疲れ切ってたら考えたりするどころじゃあ・・・。」
話をしているうちにだんだんとヨウメイ達の事が心配になってきたようだ。
太助達はあれやこれやと気を紛らわし始めた。
あまつさえ、心配してもしょうがないとか言い出した翔子も不安な顔になってきた。
「うーん、あたし達も少し戻ってサポートしようか・・・。」
「なるほど。それはいい考えですね。」
「良く考えたら愛原達だけに任せる必要なんて無いしな。」
「でもそれって、道連れを伴ったりしかねないと思うんだけど。」
乎一郎が慎重な意見を出す。ここで仮に戻ってサポートできたとしても、
太助達が最後まで平気でいられるかどうかは分からないからだ。
そのうちに五人だけがペースを落とすような形で、第二陣から孤立してしまった。
しかし、かといって“この際戻ろう”という事が出来るわけではない。
花織達は、太助達の後ろを走る第三陣の遥か後ろ。
つまり、戻ったりしているうちに無駄な体力を消耗しかねないのだ。
結局は良い考えも思いつかず、五人ともマイペースで走る。
と、上空からそこへ舞い降りたものが。ルーアンとキリュウである。
「主殿達、一体どうなされた。ペースが落ちているぞ。」
「こんな所でばててちゃあ、ゴールも危ういわよ。」
短天扇は太助達と同じ高度にまで下がると、それに平行して進み始めた。
「キリュウ!それにルーアンも!?」
「ちょうど良かったですわ、気になる事が。」
「ヨウメイ達の事なんだけどさ・・・。」
翔子が手っ取り早く自分達の不安について説明する。
もちろん疲れを増やさない程度であったが、二人にはしっかり理解できた様だ。
「心配要らないわよ。ねえキリュウ。」
「そうだ。翔子殿たちは安心してゴールを目指されよ。」
「心配要らないってどういう事?」
聞き返す翔子。それに対して今度はキリュウが説明を始める。
とにかく一時は心配していたが、四人が協力して走る事によって、それなりに無事であるという事。
そして、その件に関してもはや心配は要らないであろうという事を・・・。
「・・・という訳で、あの四人はもう大丈夫だ。」
「なんだ、そうだったんだ。へえ、花織ちゃんって結構やるなあ。」
「たかし君、他の二人も忘れちゃいけないよ。けど協力してかあ・・・。
さすが親友とか言ってるだけのことはあるよね。」
「これで安心して走れますわ。」
「もしかしたら俺達を抜いて行くかも?なんて、それはさすがにないか。」
「いや、ありうるかもしれないぞ。なんと言ってもヨウメイがついてるからな。」
笑いながら最後に冗談を言う翔子。五人ともすっかり安心した様で、ペースを上げ始めた。
「それじゃあ五人とも、頑張ってねん。」
「また気が向いたら様子を見に来る。しっかりと走られよ。」
言葉を残して二人が上空へと去って行く。
それを目で見送った太助達は、改めてペースを上げて走りつづける。
しかし雑談が無くなったわけではなく、ルンルンと気楽に会話するのだった。
「それにしても一ヶ月の休み、何をしようかな。」
「決まってるだろ。みんなで旅行だ!!」
「気合入ってるね、たかしくん。それでどこへ行こうっての?」
「そうだな・・・中国なんてどうだ?」
「中国?」
「そう!シャオちゃんの故郷でもある中国。行ってみる価値はあると思うぜ。」
「まあ、それはいい案ですわね。」
「なるほどなあ、シャオの故郷かあ・・・。」
「七梨、浸ってる所で悪いんだけどさ、どうやって行くんだ?旅費とかはどうするんだ?」
「はっ、それもそうか・・・。」
「以前試練場へ飛んで行った様にすればいいんじゃないんですか?」
「シャオちゃん、確かにそれなら飛んで行けるけど・・・。」
「なにかいけない事でもあるんですか?」
「海外へ行くにはパスポートやらビザやらが必要なんだ。無断で飛んで行ったらたちまち捕まっちまう。」
「まあ、そうなんですか?」
「ふっ、皆心配性だなあ。ヨウメイちゃんに聞けば良いんだよ。
絶対に知ってるはずだぜ、不法侵入しても平気でいられる方法を。」
「たかし、お前って奴は・・・。けど確かにその手もあるよなあ。」
「だろだろ?」
「だったらとりあえず野村だけやれよ。お前が平気だったらあたし達もやるよ。」
「・・・それって俺を実験台にしようって事か?」
「何を物騒な事言ってんだよ。おまえがアピールする事によって、皆が野村に付いて行く。
つまりだ、その旅行のリーダー役となれるわけだな、これが。」
「リーダー役・・・よし!俺がいっちょう手本を見せてやるぜ!!」
「頑張ってください、たかしさん。」
「おう、任せといてくれシャオちゃん!!」
「・・・げんきんな奴。」
「山野辺さんて説得するのが上手いね。」
「なに言ってんだよ。野村が単純なだけなの。」
「ん?なんか言ったか?」
「いや、別に。それにしても結構距離あるなあ。」
「ま、要は完走すればいいんだし。あせらずのんびり行こうぜ。」
「でもさあ、制限時間なんてないの?」
「確か、今日が終わるまでとか言ってましたわ。」
「つまり夜中の十二時・・・って、そんな時間まで走らせるつもりかあ!?」
「心配しなくても夕方までにはほとんどの生徒が走り終わってるよ。」
「そうそう。たかだか町内一周だぜ。軽い軽い。」
「・・・待てよ、走行距離はどのくらいだ?」
「そう言えばそんなものは知らされてないですね。」
「まさか100キロは無いよな・・・。」
「そんなに走らされたら死んじまうって。せいぜい2,30キロじゃないの?」
「この町内ってそんなに狭かったっけ?もっとあるんじゃないか?」
「でもまあ、とにかく走るのみだ・・・。」
太助の当たり前といえば当たり前の言葉により、会話が途切れた。
もしかしたらお気楽に走っていられなくなるかもしれない。そう思ったからである。
もちろんそれはどのメンバーも同じ。特に最後尾を走っている者達は・・・。
「えーと、だいたい35キロだよ。」
「そ、そんなにあるの?」
「さすが強制参加のマラソン・・・。」
ヨウメイのだいたいの答えを聞くと、へなへなとなってペースが落ちるゆかりんと熱美。
ちなみにもちろん統天書を持っているわけではない。
ヨウメイが頭の中の知識から計算して割り出した答えである。
「ちょっとちょっと二人とも!今更へばらないでよ!!」
一人だけずっと元気な花織。ここまでも懸命に三人を引っ張る形で走ってきたのだ。
それはまるで、一つの使命感にとらわれた様でもあったが。
「とにかくなにがなんでも走ってゴールするの!!いいね!!」
「わかってるよ〜。でもねえ・・・。」
「距離を聞くとやる気無くしちゃうな・・・。」
「だったらなんで聞いてきたの・・・。」
呆れ顔を見せるヨウメイ。今はなんとか疲れずに付いて行っている。
全く疲れないわけではないが、それなりに疲れない走り方。
そして、走っているうちに少しは慣れてきた様である。
「ほらほら、二人ともファイト!」
「なんだか楊ちゃん元気だね。」
「ほんと。いつのまにかわたし達の方が・・・負けてられるか!!」
ちょっぴり悔しくなった熱美がペースを上げた。他の三人も慌ててそれに合わせる。
「熱美ちゃん、そんなに急ぐとばてるよ!」
「そうそう。今までのペースでいいから!」
ペースを上げたものの、すぐさま熱美を諭しにかかる花織とヨウメイ。
確かに出雲と別れて以来順調に来たが、それは一定の速度で走っていたからの話。
そのペースを崩してしまっては、絶対に墓穴を掘りかねないからである。
「熱美ちゃん!」
遅れてゆかりんが声をかける。と、そこでようやく熱美は落ち着いた様で元のペースに戻った。
「ごめん・・・。こんな事やってたんじゃゴールできなくなっちゃうよね。」
「そうだよ。まったくもう・・・。」
「まあまあ、花織ちゃん。とにかくマイペースで行こう!」
「そういう事。折角楊ちゃんがあたし達について行けるようになったんだし。」
「そうだね。あのへろへろだった楊ちゃんが。」
「そうそう。あの駄目駄目だった楊ちゃんが。」
「あのね、二人とも・・・。」
ヨウメイを除く三人で顔を見合わせて笑い合う。
今までの日常生活を見ていれば、こうやって当たり前に一緒に走っている事は信じ難いのだ。
「私だってそれなりに頑張ったんだから・・・。」
少しふてくされるヨウメイを花織がまあまあとなだめる。
しかしやはり三人で笑い合ったりと。
それでも、もはや完走できないとかいう不安要素は消え去った様である。
スタート直後の様子がまるで嘘の様に、四人とも普通のランナーの如く走り続けるのだった。
そしてマラソン大会が開始されてから相当な時間が経った。
見回りに立っていたほとんどの先生達は学校へと戻ってきていた。
もちろん肝心の生徒達の大部分は無事完走し、学校にて疲れを取っている最中だ。
その中には当然太助達の姿もある。一位になって喜んでいる生徒を横目で見ながらたかしが口を開いた。
「あーあ、どうせだったら何位かごとに賞品くれたって良いじゃないか。」
「別に要らないだろ、賞品なんて。」
ぶっきらぼうに返す太助に、たかしは疲れも忘れたかのように立ち上がった。
「何を言っているんだ!!たった一人だけ賞されるなんて絶対不公平だ!!」
「たかし君、そんなに熱くならなくても・・・。」
疲れながらもなだめる乎一郎。その姿を見てか、たかしはふうと息をついて座り直した。
「とにかく、今度俺は絶対に抗議するからな!!」
「何処に。」
「決まってるだろ、学校にだよ。」
「またマラソン大会をやれってか?」
「ああ。それで俺は・・・」
「おい野村。」
言いかけた所で、翔子にぐいっと胸倉をつかまれるたかし。
そして、その恐ろしい目に思わずたじろぐのだった。
「な、なんだよ。」
「今日みたいなイベントはほんの気まぐれに開催されたんだ。
言っとくけどな、また開かれるなんて事になったらあたしは絶対に文句言ってやるからな。」
「わ、分かった。それじゃあマラソン大会以外のやつを・・・。」
「そんな事言ってるんじゃない!強制参加を無しにしろって言ってるんだ!!」
「あ、ああ・・・。」
こくこくと頷くたかし。そこで翔子は“ふん”と手を離すのだった。
太助や乎一郎は“たかしにそんな権限があるのか?”と怪訝そうな顔で見る。
一部始終をぽけっと見ていたシャオは、それとなしに尋ねた。
「あの、翔子さん。まだ何かあるんですか?」
「へ?無いってそんなもん。あったところであたしがつぶしてやる。」
「山野辺、つぶすってどうやって・・・。」
「ルーアン先生かキリュウ、もしくはヨウメイにでも頼むよ。」
「それって自分がつぶすって言わないんじゃ・・・。」
会話しているうちにまたもや何らかの疲れを感じてきた太助であった。
と、そこへ太助達の後を走っていた一陣、つまり第三陣が帰ってきた。
さすがに疲れ切った顔の生徒ばかりである。普段から運動ができないグループ達なのだから。
もちろん太助達が疲れなかったというわけではないが、顔から明らかに違いが見て取れた。
ぞろぞろと戻ってくる生徒達。しばらくしてそれは途切れた。
「・・・いなかったな、ヨウメイ達。」
「やっぱり最後尾を走ってるんだろうな。」
感想を述べる太助とたかし。その直後、一台の車がやって来た。
「あれは・・・出雲の車だ!」
スピードを徐々に落として校門に入ってくる。
そして校庭の適当な場所に止まったかと思うと、車から出雲が姿を見せた。
「ふう、疲れました。」
『きゃー、出雲さーん!!』
車から降りた途端に沢山の女子生徒達に囲まれる出雲。
しかし彼はそれを少し制すると、太助に向かって大きな声で告げた。
「私が見まわったところ、後帰ってきてないのはヨウメイさん達のみです!!」
「そうか・・・。ありがとう、出雲!!」
太助の声に笑顔で答えたかと思うと、早速女子生徒達の相手を始める。
ケース入りで買っておいたジュースを取り出してふるまうのだった。
太助はコースをじっと見つめている。そんな太助にシャオがそっと言った。
「大丈夫ですよ。四人を信じましょう、必ず無事に戻ってきますよ。」
「そうだよな。信じよう。」
お互いに頷き合う太助とシャオ。
もちろん他の三人も、そして座って待っている他の生徒達も同じ気持ちである。
いつのまにか他の先生達も全て戻ってきている様であった。
戻ってきていないのは、ヨウメイ達四人、そしてルーアンとキリュウだ。
この二人は、おそらく四人の後を追うようにすぐ傍を飛んでいるのだろう。
そして更に時間が流れる。もうそろそろ日が沈みかけた頃、校門の傍に長い影の先端が姿を見せた。
「・・・ヨウメイ達か!?」
思わず立ちあがる太助。果たしてそれはヨウメイ達四人であった。
四人仲良く、落ちついたペースでゆっくりと学校へ向かってくる。
そしてその後ろの上空には、短天扇に乗って飛んでいるルーアンとキリュウの姿もあった。
校門近くで待っている太助達を見つけたのか、ルーアン、そして花織が元気良く手を振る。
「たー様〜!!この四人で終わりよ〜!!」
「七梨せんぱーい!!見事楊ちゃんを連れて生還しましたよー!!」
大袈裟な表現にどっとなる皆。そして、ぱらぱらと拍手が起こる。
やがてそれらはだんだんと大きくなり、四人が校門を抜ける頃には全員が拍手している状態となった。
無事達成できた喜びに抱き合う四人。それを祝うかのようにいつまでも鳴り続ける拍手。
こうして、鶴ヶ丘中学校の生徒全員が完走したという事でマラソン大会は幕を閉じたのである。
「なあヨウメイ、お前みたいな奴がどうして完走できたんだ?」
「那奈さん、お前みたいな奴なんて失礼じゃないですか。私だってやる時はやるんです!」
「そうか。だったらこれからも運動はもう大丈夫だな!」
「それはちょっと・・・。やっぱり私は運動は苦手ですから。」
「なんで?」
「以前と同じくひどい筋肉痛がでたし・・・。あれはただ調子が良かっただけなのかも。」
「あのな・・・。」
それでも、少しの運動なら普通に行える様に成長したヨウメイであった。
≪第十七話≫終わり