一方、無事ルーアンとのデートを始められた乎一郎は、ルンルンとして歩いていた。
「ちょっと遠藤君、もうちょっと落ちついて歩きなさいって。」
「あ、はい、すみません。」
ルーアンに言われて跳ねるのを止める乎一郎。それでもやはり笑顔のままだ。
ちなみに、腕を組んでいる状態は歩き始めてしばらくしてから解除。
恥ずかしがっている乎一郎を見て、ルーアンが自然と解いたのである。
「ねえ遠藤君、詳しくは食事中に聞くけどこれだけは教えて。
ちゃんと美味しい店に連れて行ってくれるのよね?」
「それは心配ないです。ちゃんとヨウメイちゃんから聞きましたから。」
「そう、それならいいわ。早く行きましょ♪」
「ちょ、ちょっとルーアン先生。」
最初のルンルンとした態度は何処へやら、乎一郎が赤くなる。それもお構いなしに腕を組むルーアン。
そして乎一郎が言う店へと、二人して駆け出して行く。
ついた先はなんとも豪華なレストラン。とても広く、メニューも豊富そうである。
「へえ〜、たいていこういう大きな店は料理さぼってたりするもんだけどね。」
「る、ルーアン先生・・・。」
「ヨウメイのおすみつきなら大丈夫よね。さ、入りましょ。」
「は、はいっ。」
まるで普通のカップルの如く、ルーアンと乎一郎は店へと足を踏み入れるのだった。
(こ、こうしていると夫婦に見えるかも・・・なんて)
以前太助が思った事と同じような事を考える乎一郎。
ちなみに今の時間は丁度正午になる手前あたり。乎一郎が時間計算をして七梨家にやって来たためだ。
ともかく二人は“いらっしゃいませ”という声で迎えられ、席へと案内されるのだった。
「それでは、御注文が決まりましたらお呼びください。」
一つお辞儀をして去って行くウェイター。
緊張をほぐして、ルーアンと乎一郎はメニューを見に入る。
ちなみに二人の席は当然ながら向かい合わせ。
で、ルーアンはテーブルの上にメニューを置いて見ているが、乎一郎は手に持って見ている。
「・・・ねえ遠藤君、どうしてそんなふうにメニュー見てるのよ。」
「あ、いや、その・・・。」
「ちゃんとあたしを見てよ。ね?」
「えっ!?」
驚くと同時にメニューを下ろす乎一郎。
正面を見ると、そこにはルーアンの優しい微笑があった。
「ここまで苦労してきたんでしょ?だったら、もっとしゃきっとしなさいよ。」
「は、はい・・・。」
ルーアンの言う通りにしたものの、結局は赤くなりながらメニューを見る乎一郎。
そうこうしているうちに二人のメニューは決まった様である。
乎一郎がウェイターに呼び止めた。
「はい、御注文をどうぞ。」
「えーと、僕はこのハンバーグセットを。」
「あたしはねえ、この一覧に載ってる奴全部と・・・うん、とりあえあずそれだけ。」
「え・・・。」
戸惑うウェイター。当然の反応である。一度にこれだけ注文した客など今までいないだろう。
ましてや、一括して注文した客など・・・。
「ねえ、出来ないの?」
「あ、いえ。時間がかかりますけど・・・。」
「別に一度に持って来いって言ってるわけじゃないんだから。ちょっとずつ持って来ればいいの。」
「わ、わかりました・・・。」
たじろぎながら去って行く店員。
しばらくしてから、乎一郎はルーアンに話しかける。
「ルーアン先生、いくらなんでも注文し過ぎなんじゃ・・・。」
「大丈夫よ、あたしは食べられるから。・・・ねえ、本当に大丈夫なの?おかね。」
「それは大丈夫ですよ。ルーアン先生が今注文した量を五・六回はできます。」
おどおどすることなくビシッと告げた乎一郎。
改めてメニューを見直した後に、ルーアンは驚きの声を上げるのだった。
「へええ・・・。そうだ、今質問しようっと。
まず遠藤君、どうやってそんなに沢山のお金を手に入れたの?」
「それは、ヨウメイちゃん達と四人で出かけた日がありましたよね。」
「ああ、あの書き置きがあった・・・。それで?」
「その日にクイズ番組に出て・・・。」
自分なりにまとめた説明をする乎一郎。
感心しながら聞いていたルーアンだったが、その説明が終わった後に新たな質問をする。
「お金のことは分かったけど、どうしてあたしをデートに誘おうとしたの?」
「えっと、それは・・・。」
これまた正直に、包み隠さず話すのであった。
日曜に宮内神社にて立てた計画、そしてヨウメイにあてた手紙の事まで・・・。
「・・・という訳なんです。」
「そうなんだ。・・・あんまり深くは言わないけど、今日はあたしは楽しむつもりでいくからね。」
「もちろんですよ。好きなだけ料理を・・・」
「そうじゃないの!」
乎一郎の言葉を遮って少し声を張り上げたルーアン。
びくっとなった乎一郎を見て、お冷を少し飲んだかと思うと改めて口を開いた。
「あのね、その・・・食べるだけじゃなくって・・・。」
「・・・そうだ、遊園地でも行きましょうよ。」
「分かってるじゃない。ま、とりあえずたっぷり食べましょ。」
ルーアンが笑顔で告げた丁度その時、大量の料理がやって来た。
説明等で時間がかなり経っていたようである。
「お待たせしました。御注文の・・・」
「ああ、いちいち名前なんて言わなくていいわよ。適当に置いてって。
「は、はい。えーと、一応これがハンバーグセットです。」
乎一郎の目の前に一つの品を置き、残りの品々をルーアンの近くに。
とはいうものの、数が多い為に結局はそれらがテーブルの全てを占領する形と成ってしまった。
「それじゃあ、残りもちゃっちゃと作ってきてよ。」
「は、はい。」
ぺこりとお辞儀をしてウェイターは去って行った。
というわけで、いよいよ昼食の時間である。
「それでは・・・」
「待って遠藤君。ちゃんと手を合わせて挨拶しないとヨウメイに怒られるわよ。」
「あっ、そうか。ヨウメイちゃんって家でも厳しいんですか?」
「まあね。手を合わせてきちんと挨拶ってのは欠かした事が無いわね。」
「へええ・・・。」
顔を見合わせて笑い合う二人。そして、手を静かに合わせるのだった。
「「いただきます!」」
挨拶が告げられたかと思うと、そっこーでがつがつと食べに走るルーアン。
その光景を笑顔で見ている乎一郎。
やがてある程度食べたルーアンが顔を上げて・・・。
「うーん、おいしいわあ。ありがとう遠藤君、連れてきてくれて。」
「い、いえ。喜んでいただいて嬉しいです。」
どぎまぎしている乎一郎にくすっと笑うルーアン。
そして二人は食べる事に集中し出すのであった。
七梨家。乎一郎とルーアンよりは一足先に昼食を終え、皆はリビングにてくつろいでいた。
当然、ヨウメイから計画の全てを聞かされた後である。
「それにしても大丈夫ですかね、遠藤君は。私達がサポートするとか最初に言っていたのに。」
「大丈夫ですよ、宮内さん。最初この家に来た様子を見て思いました。
もはや遠藤さん一人に任せるべきだってね。」
「そうそう。なんか気迫が違ってたしね。きっとデートうまく言ってるよ。」
和気藹々と言葉をかわす三人。とりあえず目的は無事達成されたので、後は待つのみである。
つまり、乎一郎が頑張ってルーアンとの仲を深めるという事を期待するのみだった。
しかしその三人とは逆に他の面々はどうも納得がいかない顔だった。
当然といえば当然かもしれない。彼らにとっては隠す事ではないと思えたのだから。
しかもテレビ出演というとんでもない事もやっている。その点で更に頭にきている者も居た。
「なあ、なんで俺も協力させてくれなかったんだよ。ルーアン先生ゲット計画なんだろ?」
「野村君が参加したらめちゃくちゃにされかねませんしね。」
「あのな・・・。それは置くにしても、俺達に黙ってテレビ出演なんて・・・。」
「野村さん、言っておきますけどテレビ出演なんてのは蛇足なんです。
とにかく遠藤さんがルーアンさんをデートに誘える資金が欲しかった。
というわけでもっとも手っ取り早いものを選んだのです。文句ありますか?」
厳しい顔で返すヨウメイに、たかしは諦めた様に首を振るのだった。
ちなみに、更に反論しようとした花織とゆかりんも熱美に睨まれておとなしくなる。
この際余計な感情は持ちこんで欲しくないという事である。
「・・・なあヨウメイ、せめてあたしには言ってくれても良かったんじゃ。」
そう言うのはもっとも追求していた那奈である。更にはキリュウまでそれに加わった。
「私にも言って欲しかった。それほどに信用できないのか?」
それを聞いて改めてつかれたようなため息をつくヨウメイであった。
「そういう問題じゃないんです。少しでも可能性が出るような行動は避けないと。
言っておきますけどね、100%ルーアンさんにばらさないって保証してくれたんですか!?」
「そりゃあ・・・なるべく・・・。」
「なるべくじゃ駄目です!!私は完璧に信頼のおける人じゃないと、秘密とかは喋らない性質なんです!
ましてや、キリュウさんに手紙を頼んでまでわざわざ私を頼ってきてくれた遠藤さん。
あの方の期待に応えるべく、慎重に行動しないといけないんです!!」
「そうなんだ・・・。あれ?キリュウってそんなの頼まれてたの?」
力いっぱいのヨウメイに反論する訳でもなく納得した那奈。
しかし、最後の方で“うん?”となった。もちろんこれは他の皆も同じである。
乎一郎がキリュウに手紙の事を頼んだという事は初めて聞いたのだ。
「・・・そういえばそうだったな。すっかり忘れていた。」
「ちょっとキリュウさん・・・。まあ忘れてたからこそ怪しまれなかったのかも。」
「忘れてたって・・・おいおい、しっかりしてくれよキリュウ。」
横からそれとなくつっこむ翔子。それに対して、キリュウはただ“面目ない”と頭を下げるのだった。
「まあまあ皆。ともかく乎一郎とルーアンのデートが上手くいくように祈ろうぜ。」
太助が手を叩いてまとめる。と、丁度そこへ席をはずしていたシャオがやって来た。
「皆さん、食後のデザートはいかがですか?」
シャオが持ってきたのは様々なフルーツの盛り合わせ。
食後とはいっても結構な時間が経っているが、皆は気にせずにそれをいただくのだった。
少し時間を進めて乎一郎とルーアン。
二時間たっぷりした食事を終えて、ただいま公園のベンチで座っているところだ。
「ふう、苦しいわぁ〜・・・。ちょっと調子に乗って食べ過ぎちゃったかしら。」
「もう、遠慮無く食べるからですよ。それで、美味しかったですか?」
「レストランでも訊いた事訊かないでよ。美味しかったってば。」
「それなら良かったです。」
笑顔で会話したかと思うと、二人はそのまま黙り込んだ。
ただ単にお腹を休めているだけなのかもしれない。
もしくは、次の目的地を考えているのかもしれない。
また、今こうして並んで座っている事に幸せを感じているのかもしれない・・・。
「さてと、いつまでもこうしていてもしょうがないし、次行きましょ!」
沈黙を破ってルーアンが立ちあがる。ぽーっとしていた乎一郎は、それにつられて慌てて立ちあがった。
「そ、そうですね。それじゃあどこへ行きましょうか。」
「どこへ行きたい?」
それとなく顔を近付けて尋ねてくるルーアンに乎一郎はドキッとなる。
一瞬固まったものの、すぐに答えるのだった。
「え、え〜と、レストランで言ってた遊園地とか・・・。」
「決まり!それじゃあ行きましょ。」
乎一郎の腕をぐいっとつかんで元気良く歩き出すルーアン。
先ほどまでの食後状態が嘘の様である。
そして乎一郎は、やはりというか顔を赤らめて、それに引っ張られて行くのであった。
・・・というわけであっさりと遊園地へをやって来た二人。
祝日というだけあって結構沢山人がいる。とはいえ、遊べないほどではない。
一応料金を払って(もちろん乎一郎が)遊園地へと足を踏み入れた二人であった。
「さあて遠藤君、それじゃあ何に乗りましょうか。」
「えーと・・・」
「あ、あれ!あれに乗りましょう!」
ビシッと遠くの方を指差すルーアン。その方向を乎一郎は見る。
「・・・ジェットコースターですか?」
「そうよ。さ、いきましょ。」
「あ、は、はいっ。」
ぐいっと腕を引っ張るルーアンに、乎一郎はなす術もなくついて行く。
実は乎一郎としては少し遠慮したい乗り物だったのだ。
しかしそんな彼の気持ちとはお構い無しに(というよりは乎一郎がはっきり告げない所為もある)
二人はジェットコースター乗り場へとやって来た。少しばかりの行列に並ぶ。
「あ、あの、ルーアン先生・・・。」
「なあに?」
「い、いえ・・・。」
笑顔で振り返るルーアンを見て、乎一郎は何も言えずに口を閉じてしまった。
少しばかり首を傾げたルーアンだが、更に笑顔になって話を始める。
「ここのジェットコースターってすんごく面白いのよ。乗ってみればやみつきになるわよ。」
「そ、そうなんですか・・・。」
「そ。例え恐くっても一度は乗ってみなさい、ね?」
そこでうつむきかげんだった乎一郎ははっとなって顔を上げる。
見えたのは、あいも変わらず笑顔でいるルーアンの顔だ。
「あの、ルーアン先生・・・。」
「それだけおどおどしてりゃあ分かるわよ。遠藤君って本当に態度に出やすいんだから。」
「すいません・・・。」
「謝ることないわよ、そういうものが苦手なんだったらしょうがないし。
でもね、一度くらいは付き合ってよ。どうせ隣に座るんだし。」
「は、はいっ。」
ウインクしながらやはり笑顔で乎一郎を諭すルーアン。
そこでようやく乎一郎も自分の気まずい思いを打ち消す。
(そうだ。折角僕からデートに誘ったのにルーアン先生にわがまま言っちゃ駄目だよな。)
顔を二・三回振って気合(?)を入れなおす乎一郎。
と、そこでいよいよ二人が乗れる順番がやって来た。
ルーアンの言った通り(当然だが)二人は隣同士である。
「大丈夫?遠藤君。」
「だ、大丈夫ですよ。普段からルーアン先生の陽天心に乗ってたりしますし。」
「あのね・・・。ま、それもそうよね。」
二人が言葉を交わし終わったあとで、丁度発射を告げるブザーが鳴り響く。
いよいよという感じで乗ってる人達が身構えると、ゆっくりとそれは動き出した。
ガタンゴトンガタンゴトン・・・
「い、いよいよですね・・・。」
「え、ええ・・・。」
いつのまにかルーアンも震えているようだ。
何気なく横を向いた乎一郎は、そんなルーアンの姿を見たその時、
無造作におかれていた乎一郎の手を、ルーアンの手がそっとにぎりしめた。
「えっ・・・?」
乎一郎が思わずそれに反応してルーアンに何か言おうとしたその直後、
上り切ったジェットコースターは、勢い良く進み出した。
「うわああっ!!」
「きゃあああっ!!」
急激な周囲の変化に耐え切れず叫び声を上げる。
そのまま二人は、他の乗客と同じようにひとときの恐怖と快感を味わうのだった・・・。
そして遊園地内のベンチ。
並んで座ってアイスを食べている二人の姿があった。
「うーん、冷たくて美味しいわあ。」
「・・・・・・。」
「どうしたのよ遠藤君。心配しなくてもあたしはこれ以上食べないって。」
「そうじゃなくて・・・なにも五回もジェットコースターに乗らなくても・・・。」
乎一郎が二口目を食べた辺りで言葉を発する。動作がのろのろとしているのはつかれている証拠だ。
その時、すでに五個目をたいらげていたルーアンは少しムッとした顔で反応した。
「別にいいでしょ。だいたいあたしは楽しむつもりで来たんだから。」
「そ、そうですね、すいません・・・。」
すぐに笑顔を作る乎一郎だが、それは多少引きつって見えた。
結局は自分もジェットコースターに乗ったのだから・・・。
「まあそんな事は置いといて、次行きましょ・・・って、まだアイス食べてんのね。」
「え、ええ。」
言われて慌ててアイスにかぶりつく乎一郎。ルーアンを待たせてはならないと思ったからだ。
突然行ったその行動により、乎一郎の口の周りにアイスがべっとりとつく。
ルーアンがそれを見て吹き出すと、慌てて乎一郎はハンカチを取り出してそれを拭うのだった。
「もう、そんなに慌てなくてもいいのに。」
「あ、はい。あ、いえ・・・。」
顔を赤らめながらしどろもどろになる乎一郎。
そんな彼の態度が可笑しくて、ルーアンは再び吹き出すのだった。
しかし今度はすぐにそれを止め、乎一郎の持っているアイスに視線を注ぐ。
「・・・あの、ルーアン先生?」
「ねえ、あたしはそれ食べてないわよね?」
「え、ええ。適当に買ったもんですから・・・。」
「一口もらうわ。」
「えっ?」
乎一郎が聞き返すや否や、ルーアンは彼の持つアイスにぱくっとかぶりついた。
先ほどの乎一郎の口周りと同様にルーアンのそれにもアイスがつく。
「る、ルーアン先生・・・。」
乎一郎が驚きつつも呼びかけるが、ルーアンは舌で唇の辺りを舐めながら真剣な表情をする。
「これは・・・ミントチョコね・・・。ふむ、まあまあの味じゃないの。」
「は、はあ・・・。」
しばらくあっけに取られていた乎一郎だったが、慌てて新たなハンカチを取り出してルーアンに手渡す。
彼女はそれをさりげなく受けとって、さも当たり前の様に口周りを拭くのだった。
しかし、それを乎一郎に返そうとした時、ルーアンは彼の様子に戸惑った。
何やらアイスの方を見つめたままじっと・・・。(当然アイスにはルーアンがかじった後が)
「どうしたのよ、遠藤君。あたしの食べた後なんか見てんじゃないの。」
「い、いえ・・・その・・・今のって・・・。」
「今の・・・が、どうかしたの?」
ハンカチをそっと差し出して尋ねるルーアン。
と、乎一郎はそれをすっと受けとってゆっくりと告げた。
「か、か、間接・・・キッス・・・。」
「!!」
乎一郎が答えた次の瞬間、ルーアンの顔が真っ赤になった。
かと思うと、その次には乎一郎の口にアイスが無理矢理押し込まれていた。
そのアイスのコーンの部分をルーアンが持ち、ぐりぐりと・・・。
「下らない事いうのはこの口かしら?」
「ん、んんー!」
しばらくはそんな馴れ合いが続き、やがて乎一郎の口にアイスの全てが収まった。
最後の一口をごくんと呑み込んだところで、二人はぺたんとベンチに座る。
「す、すいません・・・。」
「いいわよ、別に気にしてないから。」
「気にしてないって・・・だったらどうしてあんな事したんですか。」
あんな事というのは、アイスをぐりぐりと押し込んだ事である。
「ちょっと面白かったから・・・さ、さあもういいじゃない。次行きましょ!」
「ルーアン先生ぃ・・・。」
誤魔化す様に立ちあがったルーアンに思わず呆れた乎一郎だったが、適当に納得して後に続くのだった。
そして様々なアトラクションで遊び、日が沈みかけた頃、二人は観覧車に乗っていた。
真っ赤な夕日が二人を照らし、ムードいっぱいといった感じ。
・・・というシチュエーションを密かに期待していた乎一郎。
しかし実際は・・・。
「お代わりー!!」
「ルーアンせんせぇー・・・。」
夕方という時刻、二人はとある食堂に居た。
一足早く夕食を取りましょう!というルーアンの要望にこたえ、適当な時間に遊園地を出たのであった。
さんざん遊びまわっていたので彼女はかなりお腹が空いている様である。
「いやあ、美味しい美味しい。これもヨウメイのお勧めの店なのよねえ?」
「え、ええ・・・。」
店の中は時間帯の関係もあって客は少ない。つまり二人の独壇場というわけだ。
呆れるほど食べる客に、店主は困ったような嬉しいような顔を浮かべていた。
「ルーアン先生、もうそろそろ・・・。」
「何言ってんの、後これの59.2%は食べなきゃ!」
「細かいですね。」
「てきとーに言っただけよ。がつがつ・・・。」
ヨウメイちゃんから妙な知識を教えられたのだろうか?などと考えながら、乎一郎自身も箸をすすめる。
滞在時間約一時間三十分。他の客がそろそろと増え出した辺りでルーアンは終了を告げた。
「ごちそーさまー。ふう、満足満足。」
「そうですか、良かったです。」
振り回されて食事をしてしまったとはいえ、やはりルーアンが喜んでいる姿を見ると乎一郎は嬉しい。
すでに自分の分を食べ切ってしまい、お冷を何杯もお代わりした、などという事はすっかり忘れ、
ルーアンに対して自分も笑顔で答えるのだった。
「ありがとうございましたー!」
勢いづいた店主の声に送られ、二人は食堂を後にする。
何気なく財布を見た乎一郎はいまだ残っているお金の金額に驚くのだった。
「まだまだ沢山残ってますよ。これからどうします?」
「どうするったって・・・。もう食事はしなくていいわね。」
日はすでに沈んでいる為、辺りは真っ暗である。
時間帯はそれほど遅くはない為、そこらの民家ではこれから食事をするのであろう。
辺りから夕食のものと思わせる匂いが漂ってくる。
“もういいよ”とかいう顔をしながら二人は特に目的地も決めずに歩き出した。
しかし、その歩き行動もすぐに止まる。なぜなら、粗大ごみ置き場の隣でルーアンがぴたっと止まったからだ。
薄明るい街灯に照らされたそこで、ルーアンはしげしげとごみ置き場を見つめている。
「どうしたんですか、ルーアン先生?」
「この絨毯、まだ綺麗よね。なんだかもったいないなあって・・・。」
言いながらルーアンは無造作に丸められて捨てられてあった絨毯に手を伸ばした。
高級感あふれるとは言わないが、まだまだ使えそうなそれは新品の様にも思えた。
と、一緒になって絨毯に触れた乎一郎がとある個所を指差した。
「ルーアン先生、ほら。あそこに焦げ目がついてますよ、だから捨てられたんじゃないかって。」
「どこ?・・・ほんとだ。」
確かにそこには焦げ目があった。直径約一センチにも満たないそれは払ってしまえば落ちそうにも見えた。
そう思ったのかどうかは知らないが、乎一郎がそれとなくそこに触れる。
しかし、やはりというかそれは落ちるようなものでは無いと分かった。
大きさこそ無いものの、深さは相当なもの。絨毯をつきぬけていたのだ。
「・・・なるほど。」
「何がなるほどなの?そんなんでこの絨毯が捨てられたって納得するの?」
ため息を漏らした乎一郎に厳しく問い詰めるルーアン。しかし乎一郎はたじろぐことなくしっかりと返した。
「そうじゃありませんよ。僕は少なくとも納得していません。」
「じゃあなんで“なるほど”なんて・・・。」
「物を大切にしなくなった現代人の心じゃあ、これだけで捨てられちゃうんだなあ・・・って。
つまり、その・・・。」
「嘆いてるって訳ね?」
「は、はい。」
最後には少しおどおどしてしまった乎一郎。だが、ルーアンは彼の答えに満足した様で、静かに微笑んだ。
「ねえ遠藤君、あたしの能力って何か知ってるわよね?」
「そりゃあもちろん。意志の無い物に命を吹き込んで・・・。」
「そうよ。だから、この絨毯にもちょっと役に立ってもらいましょ。」
「役に・・・?」
疑問の顔になる乎一郎だったが、ルーアンが黒天筒をまわし出した時点で“ああ”と納得した。
「陽天心召来!」
ぴかあっと絨毯が光ったと思うと、それに手足が生えてばさっと道に広がった。
「さ、乗って、遠藤君。」
「は、はい。」
二人が絨毯の上に座る。ルーアンの陽天心によって空の散歩をしようという事なのだ。
「それじゃあしゅっぱーつ!」
勢い良いルーアンの掛け声。それと同時に絨毯は空へと向かって滑り出した。
落ちないように必死につかまる乎一郎。それを意地悪っぽい笑顔で見ているルーアン。
やがて絨毯は適度な高度まで上がるとそこで上昇を止め、ゆっくりと平行移動を始めた。
「遠藤君、いつまで恐がってるの。もう顔上げなさいよ。」
「あ、はい・・・!!」
言われて顔を上げて周囲を見まわした時、乎一郎は絶句した。
絨毯の下に広がる鶴ヶ丘町、そこらに光っている明かりがとても綺麗だったからだ。
「どうしたの?」
「い、いえ、町がルーアン先生みたいに綺麗だなって・・・あ!いや、その・・・。」
普段出雲が口にするようなセリフを思わず口走ってしまった乎一郎は慌てて手で口を押さえる。
ルーアンはその手をぐいっとつかむと不機嫌そうに告げた。
「なに言ってんの、あたしのほうがずっと綺麗でしょう?」
「あ、そ、そうですよね、はは・・・。」
捕まれた腕の事より、かなり近寄ったルーアンの顔にドキッとする乎一郎。
もはや暗闇でも分かるほど彼の顔は真っ赤である。と、そんな顔を見たルーアンは微笑み・・・。
「遠藤君、目を閉じて。」
「えっ!?は、はい・・・。」
言われるがままに目を閉じる乎一郎。どきどきと鳴る自分の鼓動が激しく聞こえてくる。
そのままで二・三秒経った頃、ルーアンの手がそっと前髪に触れる。
びくっとからだが反応したものの、目は閉じたままだ。そして・・・。
チュッ
丁度乎一郎の額の辺りにルーアンの唇が触れる。そして前髪がすすっと下ろされる。
その一連の出来事がとても長く感じられた乎一郎は、しばらく額の感触の余韻に浸っていた。
「遠藤君、もう目を開けていいわよ。」
「はい・・・。」
言われるがままに、今度はまぶたをそっと開ける乎一郎。
視線の先に見えたのは、頬を少しばかり赤らめているルーアンの顔だった。
「今日は、いろいろ楽しかったからね。今のは、その・・・お礼よ・・・。」
「ルーアン先生・・・。」
“お礼”と言った後に恥ずかしそうにそっぽを向いたルーアンが可愛いらしく、乎一郎の顔は赤くなる。
(僕の額に・・・。ルーアン先生が・・・。)
二人はそのまま何も言わずお互いを見、そして鶴ヶ丘町を見下ろす。
何時間そうしていただろうか、やがてルーアンがそっと口を開いた。
「そろそろ帰りましょ。」
「はいっ。」
まだ照れがぬけていないのか、その顔はほのかに赤く染まっていた。
ゆっくりと絨毯は下降し始める。あっという間にそれは七梨家へと到着した。
「さてと、陽天心を解かなくっちゃね。」
「あの、ルーアン先生、この絨毯どうするんですか?」
「ヨウメイに直してもらうわよ。そんでもってあたしが専用に使うの。今日の記念にもなるしね。」
「いいですね、それ・・・。」
二人で顔を見合わせて微笑み合う。そしてルーアンは絨毯の陽天心を解いて七梨家の呼び鈴を鳴らした。
ぴんぽーん
いつも通りの音。そして・・・。
「お帰りなさい、ルーアンさん、遠藤さん。」
がちゃりとドアが開いて、ヨウメイが出迎えた。傍に居るのは・・・。
「お二人とも楽しめましたか?」
「詳しい状況を楊ちゃんに調べてもらおうと思ったのに、楊ちゃんたら拒否したんですよお。
わたしは是非ともラブラブな情景を知りたかったのに・・・。」
出雲と熱美だ。今回のデートに関わったものとして、しっかりと出迎えにあがったというわけである。
「ねえ、たー様達はどうしたの?」
「主様達はもう寝てますよ。ちょっと難しい話をしちゃったもんですから・・・。」
照れながら頭をぽりぽりと掻くヨウメイ。それに少し呆れながらも、ルーアンは一言三人に告げた。
「皆ありがとう、今日はとっても楽しかったわ。ね、遠藤君?」
「はいっ!皆、ありがとう。お礼は後でちゃんとするからね。」
笑顔の二人を見て、三人はうんうんと頷く。
和やかな雰囲気のまま、その日を終えるのだった・・・。
その翌日、少しばかり柔らかくなったかとおもいきや、あまり行動が変わっていないルーアン・・・。
「たー様ー!!今日の主役はあなたよーん!」
「だああ!!いいかげん引っ付いてくるなー!!」
呆れてみているのはみな同じだが、乎一郎だけは違っている。
そんな彼にそっと話しかけるたかし。
「なあ乎一郎、結局なにも変わってないんじゃ?」
「そんな事ないよたかしくん。今に・・・ね。」
含み笑いを残したかと思うと、乎一郎が立ちあがってルーアンの傍へと駆け寄って行く。
デートをする事によって、ルーアンのなんたるかを知る事が出来たような・・・そんな顔であった。
余談、乎一郎からヨウメイ達に送られた報酬とは・・・。
出雲:神主の仕事のちょっとした手伝い。
熱美:今後、熱美に好きな人が出来た時に協力するということ。
ヨウメイ:週一回はヨウメイの授業を受けに来る、という事。
以上である。
≪第十六話≫終わり