小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!外伝)


その1『ヨウメイの別れの超え方』

ある日曜日、七梨家では穏やかな時が流れていた。
シャオと太助はお買い物。ルーアンはまだ寝ている。
そして那奈、キリュウ、ヨウメイの三人は、リビングでお茶をすすっていた。
「はあ〜、平和ですねえ。今日は試練はおやすみだし。
たまにはこうしてのんびりするのも良いですね。」
「確かにヨウメイの言う通りだな。いっつもうちは騒がしいから。」
湯のみを持ちながら二人が一言ずつ言葉を交わす。キリュウはなぜか黙ったままだ。
実は、話をしているのはヨウメイと那奈の二人だけで、キリュウは一度も口を開いていない。
ときたまうんうんと頷いたりもしているが、自分から話に加わることは無かった。
いや、喋ろうとはしなかった。
そんな調子が続いて数刻。ヨウメイがキリュウの方を向いて言った。
「キリュウさん、どうして何も喋らないんですか?
まさか以前みたいに無愛想になっちゃったんですか?」
するとキリュウは湯のみを置き、初めて口を開いた。
「いや、そうではない。以前私が悩んでいたときも、こんな様子だったなあ、と。」
「悩んでいた?」
聞き返すヨウメイに、那奈が思い出したように二人を見ながら言った。
「ああ、そうそう。キリュウが一人で悩んで暴走したきっかけの時かな。
あの時は大変だった・・・。でも、心を開いてくれて良かったよ。」
「那奈殿・・・。済まぬな、迷惑をかけてしまった。」
今だよくわからないヨウメイは、例によって統天書をめくり出した。
一つのページをふんふんと頷きながら見ていたかと思うと、パタンと閉じて二人に向き直った。
「なるほどねえ・・・。那奈さん、お疲れ様です。さすがは主様のお姉さまですね。
そしてキリュウさん。良かったじゃないですか、嫌われなくて済んだんだから。」
にこにことするヨウメイに、二人は“はあ”と言う反応のように、頷く。
「便利だよなあ。説明しなくたってそれを見ればわかるんだから。
しかもあれだけの内容なのに、一分とかかってないじゃないか。やっぱりすごいよ。」
感心したように言う那奈に、ヨウメイは少し照れながら頭を掻いた。
「ところでヨウメイ殿、そなたは主と別れる時はどのようにして?」
一転してまじめな顔になってキリュウが尋ねる。
突然の質問にも、ヨウメイは戸惑わずに答えた。
「ずいぶんといきなりですよね。私の場合は、別に何もしてませんよ。
それこそ、嫌われたりとか、好きにならないとかせずに。」
那奈は、へえと納得したのだが、キリュウは驚いたように言った。
「何もしないだと?そんなもので別れを超えられるものなのか?」
するとヨウメイはすっくと立ち上がった。
何事かと思って、キリュウは姿勢を正したのだが、
「お茶を入れてきますね。もう急須が空っぽになっちゃったから。」
とヨウメイは告げ、いそいそと台所へ向かって行った。
そこでため息をつく二人。
ヨウメイのもったいぶった行動に少しいらだったものの、じっと待つことにした。
そして待つこと三分。それでもヨウメイは帰ってこなかった。
「遅いなあ。たかがお茶を入れるくらいで何をやってんだか。」
「・・・もしや、逃げた!?」
そわそわした那奈の声に、キリュウが一つの考えを口にする。
二人は顔を見合わせると、慌てて台所へ向かった。
台所、お茶の入った急須はあったものの、ヨウメイの姿は無い。
「くっそー!なんて奴なんだ。キリュウ、探しに行こう!!」
「うむ!それではさっそく外へ!」
急いで台所を後にして玄関を飛び出す二人。
キリュウの短天扇によって、大空へとくり出した。
しかしその十数秒後。勝手口から台所へ、ヨウメイがひょこっと顔を出した。
チラッと目に付いたごみを捨てに出ていたのである。
「さあてと、お話の続きをしなくちゃね。
でもなあ、あれは私のやり方なんだから参考にならないと思うんだけど・・・。」
ぶつぶつ言いながら、急須を持ってリビングへ向かう。
しかし、当然二人の姿は無い。家の外へ行ってしまったのだから。
「・・・人に話を聞いといてそれは失礼なんじゃないの?
まあいいわ。二人はどこへ出かけたのかしらねえっと。」
急須を置いたかと思うと、統天書をめくり出した。
「えーと、なになに。ただいま空を飛んでいます・・・。
・・・なんで空を?えーと、私が居なかったから探しに・・・。
あきれたものね。外へ行く前に普通家の中とかを捜すでしょうが。
ふう、どうしたものかな・・・。たくう、私も外へ行かなくちゃならないのかしら。」
ぶつぶつ文句を言いながら、ヨウメイは大きな水晶球を統天書より取り出した。
それは見る見るうちに姿を変え、じゅうたんのような格好になった。
「後でたっぷり文句言ってやるんだから・・・。出発!」
ヨウメイはそれに乗っかって合図。するとじゅうたんは空中を滑り出した。
玄関のドアが自然に開き、ヨウメイが通りすぎると勝手に閉まる。
こうして、七梨家にはルーアンのみが取り残されることとなった。

一方、ただいま短天扇に乗って空を飛んでいるキリュウと那奈。
「おーい、キリュウ。ヨウメイはどこへ行ったんだと思う?」
「あまり自信は無いが、とりあえず花織殿の家へ行ってみるとしよう。」
そして花織の家の辺りで急降下。短天扇から下りた那奈が、さっそく呼び鈴を鳴らす。
“ピンポーン”と音がし、どたどたという音が家から響いてきた。
「はーい、どちら様・・・あれ?那奈さんですか?それにキリュウさんも?
珍しいですね、二人があたしの家に来るなんて。何か御用ですか?」
きょとんとしている花織に、那奈が話し始める。
「実はさ、ヨウメイが家から居なくなっちゃって。
それであんたのところに来てるんじゃないかって・・・。」
「楊ちゃんが居なくなった!?家出ですか!?」
「そうではない。こういう事だ・・・。」
家出の事のあらましを説明するキリュウ。
すべてを話し終えたとき、花織が怒った様に言った。
「やっぱり家出ですよ!楊ちゃんは繊細なんです。
あんまり知られたくないことを二人が追求するから・・・。
それで黙って家を飛び出しちゃったんですよ!」
花織の言葉に顔をゆがめる二人。
どう考えても、ヨウメイに繊細などというイメージは浮かばなかったのだから。
「あのなあ、花織殿。ヨウメイ殿は繊細とは・・・」
「キリュウさん!何てこと言うんですか!!ああ、かわいそうな楊ちゃん。
もしかしたら落ち込んで、すでに統天書に帰っているのかも・・・。
・・・大変!早く探さないと!!」
花織は叫んだかと思うと、大急ぎで家の中へ戻って行った。
そして一分と経たないうちに玄関へと舞い戻ってくる。
「熱美ちゃんとゆかりんにも連絡したから。さあ、那奈さん、キリュウさん。
早く楊ちゃんを探しに行きましょう!!」
二人は圧倒されつつ、驚いていた。
あの短時間で装備を終え、更に友達二人にも連絡したと言うのだから。
「なにボーっと突っ立ってんですか!早く!!」
「う、うむ・・・。」
花織にせかされ、短天扇を開いて大きくするキリュウ。
なんだかやる気満々の花織、そしてどうも釈然としない那奈とキリュウが乗った。
「それじゃあ、楊ちゃんを探しにレッツゴー!!」
花織の掛け声とともに大空へと舞い上がる短天扇。
目的地は、いつのまにか花織が決めていた、宮内神社という事になった。
熱美、ゆかりんともそこで合流するという予定である。
そして三人は、つい近く山野辺家の前に降り立っているヨウメイに気付かずに、
宮内神社へ向けて飛んで行った・・・。

山野辺家。玄関では呼び鈴によって呼ばれた翔子。そして呼び鈴を鳴らしたヨウメイが立っていた。
「ええっ?二人は来ていないんですか?」
「ああ、そうだよ。あんたが今日の初めてのお客さんだよ。」
「そうですか。おかしいな、座標は合っているはずなのに・・・。」
翔子の言葉に再び考え込み、ヨウメイは統天書を開く。
少し読んだかと思うと、大声を上げた。
「ああーっ!宮内神社へ向かってるー!?
しかもなんで花織ちゃんも一緒なのよー!ほんとにもう・・・。」
そして例の水晶球を取り出して、そこを立ち去ろうとした。
その前に、翔子がヨウメイを呼びとめる。
「別に大丈夫だろう?探しになんかいかなくたって。
それより、どうしてあの二人を追いかけまわってるのか知りたいんだけど。」
「ふう、まあそれもそうですね。そのうちここへ来るかも。
というわけで、説明は中でさせてもらえませんか?」
「ああいいよ。じゃあ入りな。」
「お邪魔します。」
翔子に案内されて家の中へと入るヨウメイ。
もうそろそろお昼になろうという時間であった。

ちょっと時間を進めて宮内神社。なんとなく困った顔で掃除している出雲。
そして神社の前の階段に座り込んで会議を開いている五人。
すなわち、那奈、キリュウ、花織、熱美、ゆかりんの姿があった。
「・・・という事は、結局二人ともヨウメイを見てないんだな?」
「ええそうです。花織に言われて駆け付けたんですけど、楊ちゃんの姿なんて見てません。」
「ゆかりん、やっぱりこれは一大事だよ。花織の言う通り楊ちゃんが家出を・・・。」
「キリュウさん、どうしてあんな事を追求したんですか!?」
「いや、なんとなく気になっただけで・・・。しかし本当に家出なのか?」
疑問の顔で聞き返すキリュウに、花織は更に大声で怒鳴った。
「まだそんな事言ってるんですか!!大体キリュウさんがそんなだから楊ちゃんが家出しちゃうんですよ!
那奈さんも那奈さんですよ!!キリュウさんの暴走を止めなきゃだめじゃないですか!!」
「いや、別にキリュウは暴走してたわけじゃ・・・」
「しゃらーっぷ!!とにかく楊ちゃんを探す作戦を!!」
人一倍大声で叫んでいる花織を中心に、ヨウメイ捜索会議が続けられた。
出雲はチラッとそっちを見て、ふうとため息をつく。
「いったいなんなんですか。ヨウメイさんが家出したなんて、そんなはずが無いでしょうに・・・。
大体どうしてわざわざ宮内神社で会議なんかするんでしょうか。
本当に訳がわかりませんよ・・・。」
雰囲気に疲れたのか、掃除の仕方も投げやりである。同じ場所を何回も掃いているだけのようだ。
しばらく時間が過ぎる。出雲は再び五人の居る方を見たが、会議はまだ続いていた。
再び掃除に戻る・・・というところで、花織が立ちあがった。それに続いて他の四人も立つ。
「やれやれ、ようやく会議終了ですか。早く捜索に・・・あれれ?」
探しに行くどころか、五人が出雲に近づいてくる。
なんとなく嫌な予感がした出雲だったが、にこやかに尋ねてみた。
「あのう、どうかしたんですか?」
出雲の顔に反応するかのように、那奈も笑顔で返した。
「実はさ、腹は減っては戦はできぬって言うから、昼食を食べさせて欲しいんだけど。」
「もうあたしおなかペコペコですぅ。」
「あつかましいとは思うんですけど、楊ちゃんのためにも。」
「お願いしますう。」
出雲に反論の隙を与えず、花織達三人が那奈に続いた。
更に、キリュウがとどめのセリフを言う。
「ここで断っては、おそらくヨウメイ殿は黙っていないだろうな。
“女性にやさしくをモットーとしておきながら!!”とか言ってな。
ヨウメイ殿は、他人に厳しく自分には少し甘い性格だから。
断れば天罰が来るのはまず間違いあるまい。」
そこでびしっと固まる出雲。“なぜだー!?”と心の中で思いながらも、ゆっくりと頷いた。
かくして、宮内神社で昼食会が開かれることとなる・・・。

「はっくしょん!」
「どした?ヨウメイ。風邪か?」
「い、いえ、誰かが噂話でもしてるんじゃないでしょうか?」
そしてヨウメイは統天書をぱらぱらとめくり出した。
ここは山野辺家のリビング。
ヨウメイの話を聞かせてもらった礼として、翔子は昼食をご馳走した。(もちろん出前)
その食べている最中にヨウメイはくしゃみをした、というわけである。
「えーっと、なるほどうわさの主はキリュウさんですか。
『他人に厳しく自分に甘い』・・・。むかつくなあ、そんなこと言わなくてもいいじゃない。」
ヨウメイの独り言に、くすくすと笑い出す翔子。
それを聞いて、ヨウメイは赤くなりながら統天書を閉じた。
「す、すいません、どうも。もう、キリュウさんたら・・・。」
「ははは、でも結構当たってるよな。キリュウも上手いこと言うよ。」
「もう、山野辺さんたら・・・。」
そして二人は再び昼食を食べ始めた。もちろんにぎやかというわけではない。
するべき話というものは、もう終わった後なのだから。
にぎやかではないことで、翔子が一つ尋ねる。
「なあヨウメイ、昼食はにぎやかに、がモットーじゃなかったのか?」
「例外があるって言ったじゃないですか。何度言えば分かるんですか?」
「そこんところが自分に甘いってんだよ。」
ヨウメイは翔子に突っ込まれて黙った。
言い返してもみっともないということが十分に分かっていたから。
そんなこんなで、昼食終了。後片付けをする翔子がヨウメイに聞いた。
「なあ、昼からはどうするんだ?あいつらを探しに行くのか?」
「いえ、もうここで待たせてもらいます。なんだか疲れちゃいました。
あ、このソファー借りますね。じゃあおやすみなさい。」
そしてヨウメイは眠り出した。つまりお昼寝である。
「やれやれ、お気楽な奴だなあ。食べてすぐ横になると牛になるって話知ってるか?」
「・・・そんなの迷信ですよ。むにゃむにゃ・・・。」
ちゃっかりと話を聞いているのか、返事をして再び眠り出した。
結局ひまになってしまった翔子。自分もソファーに座って寝ようかと思い出した。
とそこで、テーブルの上に無造作に置かれてある統天書が目に入る。
さすがに寝るときまで肌身はなさずというわけではないようだ。
「へえ、ちょっと見てやろうっと。」
そして翔子は統天書を手に取り、分厚いこの書物ををめくり出した・・・。
まず一ページ目。翔子はそこに書かれてある文字を読む。
「え―と、空天書。・・・あれ?統天書じゃなかったっけ?」
そして次のページをめくる。何やら大量の文字が書かれてある。
いや、これは文字だろうか。とても人が書いたとは思えない、
まるで何かの秘密記号のようであった。
「・・・全然読めないや。どういう事だ?ヨウメイはこれが読めるって事か?
となるとヨウメイはこの文字の解読方法を全部知っていて・・・。」
つぶやきながら次々とページをめくる翔子。
しかし、どのページにも翔子に読める文字は見当たらなかった。
100ページはめくったろうか。その辺りで、翔子は妙な事に気がついた。
「なんだ?これだけめくったのに厚さが変わってないような・・・。」
翔子の言う通り、ある程度までめくると、めくった分の厚さが一定になり、
そこからは何ページめくっていっても厚さが変わらないのである。
ある程度たくさんめくると、少しだけ厚さが変わる。
なんとも不思議な現象であった。それでも翔子はひたすらめくりつづける。
普段有る飽きっぽさを微塵も感じさせない。何かに取りつかれたように・・・。

場所を変えて七梨家。目を覚ましたルーアンが、何か食べようと一階に下りてきていた。
「ああ―、おなかすいた。うおおーい、シャオリーン。昼食は―?」
もちろん返事はない。なぜなら、この家にいるのはルーアンだけなのだから。
「ちょっとー、だれもいないのぉー?おなかすいて死にそう―。」
そして、くたっとリビングのソファーに座り込んでしまった。
チラッとお茶の入った急須が目に入ったのた。
しかしルーアンにとってはどうでもいい品物のようで、何も気に留めず、うつむいた。
当然の反応だろう、お茶でお腹はあまりふくれないのだから。その時、
「ただいまー。」
という声が響いた。太助とシャオが、買い物から帰ってきたのである。
がばっと飛び跳ねて玄関へとダッシュするルーアン。
空腹の疲れなど、どこかへ吹き飛んでしまったようである。
「お帰りなさ―い、たー様。シャオリン、早くご飯作ってぇ。」
「あ、はい。すぐに準備いたしますね。」
シャオは笑顔で答えて、買い物の袋を持ってキッチンへと向かったのだが、太助は玄関で固まっている。
「どうしたの、たー様。なにかあったの?」
「・・・ルーアン、何かあったのじゃないだろ。そんな格好で客を出迎えるなよ。」
「へ?たー様はお客さんじゃなくてこの家の主様でしょ。」
「だから、そういう事じゃなくて・・・。」
太助の言いたかったことはルーアンの格好についてだ。
寝起きだったせいもあるのか、ほとんど下着が見えているような、
世間で言うふしだらな格好でルーアンは太助達を出迎えたのである。
「いいから早く着替えて来いって。俺も食事の準備するんだから・・・。」
真っ赤になってうつむきながら太助がルーアンに言う。
もちろんルーアンはそんな太助の様子など気付かずに答える。
「たー様もお料理するの?こりゃ楽しみだわ。それじゃあ着替えてくるわね。」
そしてルーアンは二階へパタパタと駆け上がって行く。
はあ、とため息をついて、太助もキッチンへ向かった。

場所を変えて宮内神社。にぎやかな、いや、騒がしい昼食パーティーが終わり、
皆がようやく一息ついたところであった。
「ふうー、食べた食べた。ごちそうさん。」
「すごくおいしかったですよ、出雲さん。」
「さっすが、いつもシャオ先輩にお土産を持ってくるだけありますよね。」
「花織、それってあんまり関係無いんじゃ・・・。」
「ふう、良いお茶だ・・・。」
口々に喋ったかと思うと、黙り込む。
どうも、すぐに出発するという雰囲気ではなさそうだ。
嫌な予感がしたのか、出雲は皆にこう告げた。
「あ、あの、みなさん。早くヨウメイさんを探しに行かれては。
時間が経てば経つほど探すのが困難になると思いますし。」
すると、皆が一斉に出雲を見る。と思ったら、花織が立ちあがった。
「そうですね、出雲さんの言う通りです。早く楊ちゃんを探しに行かないと!」
「まあ待て、花織殿。あせってもしょうがない、急がば回れと言うしな。
なんと言っても今は食べたすぐ後だ。
そういう時に体を動かしすぎるのは、あまり良くないとヨウメイ殿が言っていたし。」
「楊ちゃんが?じゃあ仕方ありませんね。」
そして花織が座り込む。出雲は顔はにこにこしていたものの、心の中では、
(せっかく出発すると思ったらキリュウさん、余計な事を・・・。
大体、ヨウメイさんの言う事を完璧に信じるなんておかしすぎますよ。)
と、文句を思いっきり言っていた。
キリュウの言葉に何かひらめいたのだろうか。
那奈が手をぽんと打ったかと思うと出雲の方を向いた。
「あのさあ、おやつは出ないの?こうして座ってるだけってのは暇なんだ。」
「・・・わかりました。何か持ってきましょう。」
そして出雲がいやいやそうにすっと立つと、花織が手を上げて言った。
「はーい、あたし薄皮饅頭がいいな。」
「あ、花織ずる―い。あたしにもそれください。」
「あたしもー。」
「私は、どうしようかな・・・。」
あきれた顔になる出雲。心の中で、
(なんでおやつなんか食べようとするんですか。しかも薄皮饅頭が良いとかいう注文まで・・・。
挙句の果てにキリュウさんまでも、そんなものについて考え出すなんて・・・。
さっさとヨウメイさんの捜索に出かければ良いのに・・・。ほんとに今日は厄日ですね。)
と、かなりの不機嫌さをあらわにしていた。
それでも笑顔を絶やさずに、おやつセットを持って戻ってきた。
「おお―、おいしそう。いっただきまーす。」
那奈の声を皮切りに、次々と食べられてゆく薄皮饅頭。
出雲はただそれを黙ってみているだけしか出来なかった。

統天書をめくりつづける翔子。しかし、読める文字は未だ一つとしてない。
それでもしつこく、ぱらぱらぱらとめくりつづけているのだ。
「くっそー、絶対にあたしでも読める文字を見つけてやる。」
と、むきになっているわけである。
ちなみに、ヨウメイはその時ぐっすり眠っているので、そんな翔子の行動を知るよしも無い。
もし起きていれば、『無駄な努力ですよ。それは私と主様にしか読めないんですから。』
という突っ込みが必ず入るはずである。
それをふっと心に浮かべたのだろうか。翔子はますますむきになって統天書をめくりつづけた。
しかし、さすがに疲れてきたのだろうか。
そのうちにめくるスピードがゆっくりとなり、面倒くさそうにめくり始めた。
時たまめくったページの厚さを見ながら、
「さっすがすべての知識なんて言うだけあるよなあ。
もう一万ページは軽くめくったと思うのに・・・。」
とかつぶやいていた。もはや、違う所に興味を移すのも時間の問題だろうか。
それでも、めくることはやめない。てきとーながらも、一ページ一ページ確実に見ていっている。
とその時、とあるページになって手を止めた。そこにしおりのようなものを挟みこむ。
「なにか他に読む本持ってきて、それ読みながらめくろうっと。」
無茶もいいとこである。本を読むために他の本を読むことなどがありえるだろうか。
翔子はたたっとリビングを出ていったかと思うと、別の本を一冊手に持ってきた。
どこにでもあるような、普通の本である。
「さあてと、それじゃあ続きいこっか。」
再び統天書をめくり出した。ちらちらと自分が持ってきた本を読みながら・・・。

そのころの七梨家では、三地点の中で一番遅い昼食が始まっていた。
キッチンに座っているのは太助、シャオ、ルーアンの三人である。
すでにいただきますを言って、食べている最中だ。
「もぐもぐ、うんうまい。結構いけてるね。」
「そりゃあたー様が作った物だもの。おいしいに決まってるじゃない。がつがつ。」
「太助様ってお料理すごく上手なんですね。また今度一緒に作りませんか?」
「もっちろん。いつでも言ってくれよ、シャオ。」
「あたしは食べる係に専念するからね。がつがつ。」
昔はこの家もこの三人で居たのだから、何気ない慣れた風景である。
それでも太助は何か違和感があるのか、少しきょろきょろしながら食べていた。
「太助様?どうしたんですか?」
「いや、他の三人はどこへ行っちゃったのかなって思って。
せっかく張り切って作ったのになあ。」
「そうですね。せめて晩御飯は一緒に食べませんと。」
「別にいいんじゃない?あたしはこの方が沢山食べれるから。がつがつ。」
相変わらずのルーアンの食欲にやれやれとため息をつく太助。
実は、昼食を作る前に三人をそれなりに探していたのだが、
結局見つからなかったので、こうして仕方なく三人で食べているのである。
もちろん、太助とシャオが一緒に料理するという事は変わらなかったのであるが。
「なあシャオ、ルーアン。食べ終わったらもう少し遠くへ出かけて探しに行ってみないか?
置き手紙も残さずに出かけてるなんて変だしな。」
「太助様の言う通りですわ。それじゃあどこを尋ねてみましょうか。」
「もう、わざわざ探しに行かなくたってそのうち帰ってくるんじゃないの?
なんて言ってられないわよね。たー様の提案だもの。がつがつ。」
そして更に食べる速度を上げるルーアン。あきれたように太助はつぶやいた。
「・・・ほんと良く食べるなあ、ルーアンは。」
「そう言えばヨウメイさんは、“食べ物を大事にする人だ”って言ってましたね。
偉いですわね、ルーアンさん。」
「えっへん。がつがつがつ・・・。」
更にまた食べる速度が増した。偉いと言われて調子に乗ってきたようだ。
「あのなあ、シャオ。そんな事言ったらますます・・・。」
「ますます、なんですか?」
「いや、なんでも。・・・そうだ!ルーアン、コンパクトが有っただろ。
それを使って探してみようぜ。」
「さっすがたー様。それじゃあ早いとこ・・・もう終わっちゃったわね。
ああ〜、おいしかった。ご馳走様。」
ルーアンの満足げな顔に、太助とシャオの二人ははっとしておかずを見渡す。
すべて空っぽ。いったいどうやってこの短時間で食べたのかと思えるほどだった。
「ルーアン・・・。一人であれだけ食べちゃうなんてずるいぞ。」
「ほんとですわ。私、あんまり食べてないのに・・・。」
「また夜にたっぷり作れば良いでしょ。じゃあさっそく片付けて探しに行きましょ。」
そして後片付け。腹六分目というところまでの太助とシャオのお腹。
一応それなりに食べたという事で、とりあえず満足することにした。
あっさりと片付けも終わり、リビングに集まる。
ルーアンがコンパクトを取り出した。
「さあ、とりあえずヨウメイからいこうかしら。どこに居るのかしらね〜♪」
コンパクトが光り、その姿を写し出した。ソファーで眠っているヨウメイ。
その横には、寝っころがりながらてきとーに本をめくっている翔子の姿が。
「まあ、翔子さんの家へ遊びに行ってたんですね。それならそうと言っておいて欲しかったですわ。」
「ちょっと待てよ、山野辺がめくってるのって・・・ひょっとして統天書じゃないのか!?」
「あらほんと。なんでそんなことやってるのかしら。このじょーちゃん暇なのかしらね。」
のんきに構えているシャオとルーアン。しかし太助は慌てて立ちあがった。
「早く行かないと!山野辺にあんな本読まれたら何やらかすか分かったもんじゃない!
シャオ、ルーアン、早速出かけるぞ!!」
「は、はいっ!!」
呼ばれて急いで立ちあがるシャオ。ルーアンはゆっくりと立ちあがった。
「もう、たー様ったら、そんなに慌てなくても・・・」
「早く!!」
「はいはい。」
軒轅をシャオが呼び出し、それに乗る太助とシャオ。
ルーアンは玄関マットに陽天心をかけ、のんびりとその後を追った。
「くそー、手遅れにならないでくれー!」
太助の胸中は穏やかではなかった。
そんな太助を心配するかのように、シャオも不安を抱えて軒轅を急がせる。
そして後を追いかけているルーアンは、
「どうせあのじょーちゃんには読めやしないのに・・・。」
と、独り言をつぶやいていた。
程なくして三人とも山野辺家に到着。
太助は軒轅から飛び降りると、急いで呼び鈴を鳴らした。
『ぴんぽーん、ぴんぽーん・・・。』
山野辺家に鳴り響く呼び鈴の音。しかし翔子は出ようとしなかった。
統天書をめくるのに夢中(あんまり夢中ではないが)だったから。
「はーい、今留守でーす。」
適当にそんな返事をして、(もちろんリビングで)相変わらずの作業を続けた。
しかしそんなことで鳴り止む呼び鈴ではない。
何度も何度も、しつこいを通り越すくらいに鳴り続ける。
さすがにうっとおしくなったのか、統天書を手に持ったまま、翔子は玄関へと向かった。
一方玄関の外では、太助がいらいらしながら呼び鈴を鳴らしつづけていた。
「たくう、リビングに居るくせに・・・。早く出て来いよ、山野辺・・・。」
「何か翔子さんにあったのでしょうか・・・。」
心配そうな顔をするシャオ。ルーアンは腕を組んでのんびりと見守っていた。
やがて何分か経過。そこでようやく扉が開き、統天書を持った翔子が顔を出した。
「たく、あたしは居ないんだ。さっさと帰ってくれ。」
それだけ言ってばたんと扉が閉められる。
慌てて太助は駆け寄り、扉を思いっきり叩いた。
「待てって、山野辺。俺だよ、七梨太助。居ないなんてわけないだろ、顔出したくせに。」
必死になっている太助。シャオは困ったように言った。
「翔子さん、いらっしゃらないんですね。困りましたわ、ルーアンさん、もう一度コンパクトを。」
「あのね、シャオリン・・・。今さっき顔を出したのは不良じょーちゃんでしょ。
つまり居るって事なのよ。」
「まあ、そうなんですか?さすがはルーアンさんですね。」
「あんたね・・・。」
あきれながらもルーアンは黒天筒を取り出した。そして太助に向かって言う。
「ちょっとどいてて、たー様。・・・陽天心召来!」
ドアに陽天心がかけられる。意志を持ったドアはたちまちバンと開いた。
勝手に開いたドアに、びくっとして飛びあがる翔子。
急いで振り向いて、そこには太助、シャオ、そして陽天心をといたルーアンを確認した。
「・・・おまえら、勝手に人ん家のドアを開けてどういうつもりだよ。」
「あのな、山野辺・・・。さっき呼び鈴鳴らしたら出てきたくせに何言ってんだよ・・・。」
太助の声にきょとんとする翔子。そして先程の自分の無意識の行動を思いだし、慌てて頭を掻き出した。
「そういやそうだったっけ。わりいわりい、ちょっといろいろあってさ、ははは・・・。
とりあえずいらっしゃい、シャオ、七梨、ルーアン先生。・・・で、なんで家に来たんだ?」
「ヨウメイがここにいるでしょ?それで来たのよ。」
三人が上がると同時に、ルーアンが理由を告げた。
その直後、太助は翔子が開いている統天書のページを見て、慌てて駆け寄った。
そして顔を真っ赤にしながら、翔子からそれを奪い取ろうとする。
「な、何するんだよ七梨、やめろって。本が破けるだろ。」
「だったら俺にそれを渡すか閉じろよ!!早く!!」
「何むきになってるんだよ・・・だああ、これはヨウメイのだろう!?」
「だからそのページ閉じろって!!早く!!」
なんだか様子が尋常でない太助に、翔子はやっとのことでそれに従い、統天書を閉じた。
ため息をつきながら不機嫌そうに言う。
「いったいなんなんだよ、来るなり・・・。それが客の態度か?」
「う、うるさいな。それより山野辺・・・。」
太助は落ち着いたかと思うと、シャオやルーアンには声が届かないような場所へ、
翔子を引っ張って行った。そして小声でそっとささやく。
「おまえが見てたページの内容、絶対にみんなには内緒にしといてくれよ。」
「はあ?なんでまた。だいたいあたしは・・・」
「いいから!絶対に内緒だからな!!」
「わ、わかったよ・・・。」
翔子には訳がわからなかったものの、あまりにも太助が厳しい顔で言うので、それに頷くしかなかった。
もちろん太助には、翔子には統天書が読めなかったという事は知るよしも無い。
とにかくそれで落ち着いたという事で、三人は改めて翔子に案内された。

ちなみに、翔子が開いていた統天書のページに書かれてあった事とは、
太助が今までに妄想した、『シャオとの薔薇色の生活・・・』というような類のことである。
どうやら、『主の考えた事』という分野のページで、
とにかく太助が今まで考えてきたことが記録されているようである。
しかも、ご丁寧に絵つきの解説がついていたりする。
当然そんなページを公開されたのでは、太助にはたまったものではない。
というわけで、太助は必死になって統天書を閉じさせたわけであった。
(まったく、とんでもないな、統天書って・・・。)
と、太助は改めて思わざるを得なかった。

一方、ヨウメイ捜索隊。しつこく居た宮内神社をようやく出発し、ただいま乎一郎の家へと向かっているのである。
メンバーは熱美、ゆかりん、キリュウの三人組。分担して探してみようということになったのである。
「もうすぐで到着する。それでは頼んだぞ。」
「はい、任せてください。」
「着いたらキリュウさんは休んでいてくださいね。」
移動係がキリュウ、聞き込み係が熱美とゆかりんということである。
なぜこうなったのか。それは後ほど語ることにしよう。
数分後に遠藤家に到着。三人が下りたところで短天扇を小さくするキリュウ。
そして熱美が呼び鈴を鳴らした。
「はーい、どちら様ですかー?」
丁寧な声とともに玄関のドアが開き、乎一郎が顔を出した。
「あれ?君達は花織ちゃんのお友達の、確か熱美ちゃんとゆかりんちゃんだね。
それにキリュウちゃんも?珍しいね、一体どうしたの?」
「遠藤先輩、あたし達の名前ちゃんと覚えててくれてるんですね、さっすがあ。」
とりあえず喜ぶゆかりんを落ち着かせ、熱美が口を開いた。
「実は、これこれしかじかで・・・。」
事細かに詳しく説明する熱美。キリュウは感心したように頷いていた。
説明が終わって、乎一郎は、
「うーん、でも僕のところには来てないよ。」
と、あっさり答えた。
「そうですか、それじゃあどうしましょうか・・・。」
「熱美、他の家もあたってみたらどうかな。同じクラスの子とか・・・。」
考え込む二人。キリュウもそれにならって腕組みする。
そんな三人の様子を不思議そうに見ていた乎一郎は、再び口を開いた。
「あのさ、僕思うんだけど、たったそれだけの理由で家出なんかしてたら、
知教空天なんて務まらないんじゃないの?いくらなんでも考え過ぎじゃないかと・・・。」
その意見にきっと乎一郎をにらむ熱美とゆかりん。
たじっとなった乎一郎にかまわず、二人は反論した。
「遠藤先輩まで何言ってるんですか!楊ちゃんがかわいそうです!」
「そうですよ!だいたいそんな簡単に済むならこんな事やってませんよ!」
乎一郎はまあまあとなだめるも、二人はやはり怒ったように言いつづける。
その途中で、キリュウはひらめいたようにぽんと手を打った。
「遠藤殿の言う通りだな。やはり家出などとは考えられない。」
もちろんそれを聞いた熱美とゆかりんの二人は、キリュウにくってかかろうとする。
しかし、キリュウが“まあ聞かれよ”と制すると、二人はそれに従った。
「つまりだ、家出などする前に何らしかの訴えをするはずなのだ。」
「「「訴え?」」」
三人が聞き返すとキリュウは頷き、更に続けた。
「ヨウメイ殿は理論家だからな。拒否するならそれなりに直接の行動をするはずだ。
統天書の力でもなんでも、とにかく私と那奈殿に仕掛けてくるはずだ。
“そんな質問には答えられない!”とな。今までもそんな感じだったのではないか?」
それになるほどと頷く三人。キリュウも頷いて、話を続ける。
「黙って家出などヨウメイ殿の信念に反するはずだ。
それにそんなことをする前に花織殿達のところへ行くはずだ。親友だからな。
だいたいそなた達に黙って家出したなどと考えることこそ、
ヨウメイ殿を信じていないという事にならないだろうか。違うかな?」
そこで熱美とゆかりんが疲れた様に座り込んだ。乎一郎が“大丈夫?”と尋ねる。
二人は“ええ”と返事をし、やれやれというような顔で立ち上がった。
「ほんと、キリュウさんと遠藤先輩の言う通りですよね。
知識を教えるのが役目の楊ちゃんが、その程度の事で姿をくらますはずが有りませんよね。」
「黙って姿を消す前にいろいろ言う。そうだよなあ、楊ちゃんの性格からしてそれが当然だよ。」
「二人とも納得してくれたようだな。まったく花織殿がとんでもないことを言い出すから・・・。」
改めてため息をつく三人。
今までの苦労はなんだったのかと思い、疲れた表情で立ち尽くしていた。