小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


3 豹変

爽やかな鳥のさえずりを耳に、七梨家の朝がやってきた。
一番に起きだしたシャオは、キッチンで朝食を作っている真っ最中である。
くつくつと音を立てている鍋の中では、美味しそうな味噌汁がいい匂いを漂わせていた。
「うんっ、こんなもんかな。」
味はオッケーの様で、にこりと微笑む。
そして、皆が食べられる様にと準備を始めた。つまりは配膳である。
はなうたを歌いながら、何やら楽しそうだ。
昨日の騒動で、結局今日あるはずの学校は皆で休んでしまう事になった。
太助の状態を思うと少し不謹慎でもあるが、なぜかシャオにとっても嬉しいのである。
「おはようシャオ。」
「あ、おはようございます那奈さん。」
シャオの雰囲気につられてきた様に、那奈がキッチンへ顔を見せた。
あくびをしてはいるものの、目はぱっちりと、いい目覚めをした様だ。
早速自分の席に着くと、後から続いて他の者も姿を見せだした。
珍しく休日に朝食をとろうと起きだしたルーアン、
ヨウメイがいないおかげで自分の目覚ましで無事に起きたキリュウ。
どちらもまだ眠たそうではあるが。
「おはようございます。」
「おはよー、シャオリン・・・。ううー、やっぱりまだ寝てれば良かったかしら。」
「本当は学校へ行く日なのだろう?ルーアン殿。ならばいつも通りではないか。」
挨拶もそこそこに、自分の席へと座り始める。
残るは太助なのだが・・・。
「・・・遅いな。あいつは大抵きちんと起きてるんだけど。」
「もしかしたらお疲れなのかもしれませんわ。昨日も夜遅くにお部屋で・・・」
「なんですって!?あんたたー様の部屋に何しに行ったのよ!」
シャオの言葉にぴくっとルーアンは反応した。
眠気などすっ飛んだような、ぎんぎらぎんの目を見せている。
「あ、太助様がお部屋で騒がれてて、それで心配になって・・・。」
「騒いでいた?しかし私には何も聞こえなかったが。」
「キリュウは年寄りだから耳が遠いだけでしょ。
そんな事よりそれだけでしょうね?部屋を見に行っただけ?」
何気に失礼きわまり無い言葉ををルーアンが発する。
しかしルーアン自身も部屋は二階だから人の事は言えないのであるが。
ひきつった顔のキリュウを、那奈ははらはらしながら見ていた。
「ええ、見に行っただけです。太助様は何でも無いっておっしゃってましたから、
そのままお休みなさいを言って自分の部屋に戻りました。」
「そ。ならいいけど・・・。」
「勿体無い・・・。」
「は?なんですって?おねー様。」
「いや、なんでも。」
結局のところ夜中の騒ぎはたわいないものだろうということに落ち着いた。
冷めてしまうといけないので、四人は朝食を食べ始めた。
しかし、シャオだけはそわそわと落ち着かない。
“疲れている”と言ったものの、彼女としてはどうも気がかりなのだ。
「シャオ殿、そんなに気になるなら部屋を覗いてみてはどうだ?」
「でも、まだ寝ていらしたら申し訳無いし・・・。」
「太助の分も朝食作ったんだろ?だったら遠慮しないで。」
後押しされる形となって、シャオは二階へと向かう形となった。
食べかけのごはんなどをそのままに、階段をぱたぱたと駈けあがって行く。
部屋の前に辿りつくと、何故か深呼吸をした後に部屋をノックした。
こんこん
「太助様?起きてらっしゃいますか?」
一度目の呼びかけ、返事が無い。やはりまだ寝ているのだろうか?
こんこん
再びノック。
「太助様?朝食出来てますけど、いらないんですか?」
しかし返事はなかった。起こすべきか起こさざるべきかまだ悩んでいたシャオだが、
折角のごはんは食べてもらいたい。三度目ノックをしようとした。すると、
がちゃり
と、扉が開き、太助が部屋の中から顔を覗かせた。
昨日と同じく、頭にはしっかりわっかを浮かべて羽を生やしている格好である。
着替えているところをみると、既に起きていたのかもしれない。
ともかくシャオは、ぺこりと挨拶をした。
「あ、太助様。おはようございます。」
「・・・・・・。」
「太助様?」
何故か太助は黙ったままだった。よく見ると、その表情はにごった様に暗い。
目もどこを見てるのやらわからないような、暗い目だった。
「あの、太助様、朝食を・・・」
「うるさいな。」
「え?」
「一度言えばわかるよ。さて、食べに行くとするか。」
「は、はいっ、すいません・・・。」
短絡的な返事しかしない太助に戸惑いながら、シャオは彼の後に続くのだった。

キッチン、既に三人は朝食を終わろうかという頃だった。
遅い登場人物に、那奈は冷やかし気分で告げる。
「ははは、ねぼすけ。折角の味噌汁が冷えちゃうぞ〜?」
「太助様、すぐに温めますね。」
太助の横をすり抜けて、シャオはぱたたとコンロの傍に寄る。
そして火をつけて鍋を温め出した。
ところが、そんな彼女の後ろを通りぬけたかと思うと、
太助はおもむろに冷蔵庫を開け、中からパンと牛乳を取り出した。
「いらない。俺はこれでいい。」
「え?」
「味噌汁なんて飲みたくない。ごはんなんて食べたくない。俺はこれで済ます。」
冷たく言い放ってパンをかじり、パックのままの牛乳をごくごくと飲み始める。
そしてそれらを手に、さっさとキッチンを出て行こうとした。
「待てよ太助!シャオがせっかく用意した料理が食べられないってのか!?」
「・・・要らないったら要らないんだ。」
「てめえ!!」
業をにやしたのか、那奈が立ち上がる。
それを見たシャオは、火を消して慌てて那奈を止めた。
「那奈さん!・・・いいんです、太助様が食べたく無いのなら。」
「シャオ!けど・・・。」
「いいんです。太助様、ごめんなさい。今日はパン食が良かったんですね。
気付かなくてすみませんでした。」
しおらしく頭を下げるシャオ。
すると太助は、それに何も答えることなく、そのままそこを去っていった。
去り際にふと悲しそうな表情を見せていたが、それに気づくものは誰も居なかった。
沈んだ顔でそこに立ち尽くすシャオと那奈。
ぽかんと口を開けたままでいるのはルーアンとキリュウだ。
いくらなんでもシャオの朝食を断るなどおかしすぎはしないだろうか?
もしかしたら天使になった副作用なのかもしれない。
と、頭の中で様々な思いを浮かべていた。
「・・・照れ隠しかしら?」
「いきなりなんだルーアン殿。」
「ほら、昨日あんまり優しくし過ぎたもんだから、つけあがられちゃあ困ると思ったんじゃないの?」
「それがどうして照れ隠しに繋がるんだ。」
「おっほっほ。」
「・・・・・・。」
笑いで答えられてもわかるわけはない。キリュウは疑問の顔のまま、朝食に戻るのだった。
那奈はルーアンの言葉を当然納得しなかった。
例え彼女の言った事があっていたとしても、何故シャオのご飯を断る必要がある?
行動のわけを問いただしてやろうかとしたが、シャオの顔を見るとそれを思いとどまった。
きっとたまたま不機嫌で荒れていただけなんだろう。
いくら優しい太助にだってそういう時もあるはず。
短い出来事を深く考えるのは止めて、四人は朝食を終えにかかるのだった。

太助の部屋。下から取ってきたパンと牛乳が、食べかけのまま机の上に置かれている。
太助自身はベッドの上でしきりに頭を抱えていた。
「俺、ひどいこと言っちゃったな・・・。」
早くも太助のこころはずきりと痛んでいた。
縁を切るという行為を行うべく、とりあえず相手に冷たい行動をとる。
もちろん生半可なことではそれはなしえない。
もっとも、いきなり過激なものは太助に出来るはずもなかった。
ついさっきの事でさえ、相当嫌だったのだから。
「まだまだ甘いな。もっときつくしないと縁は切れないぞ?」
「・・・うるさい。お前はもう黙ってろ。」
見えない所から声が響いた。声の主はあの人形である。
だが、それは棚の上。しかも別の置き物によって姿が見えない様になっている。
「いっそのこと、“こんなもの食えるか〜!”とテーブルをひっくり返せば良かったな。
昔の話でもよくあるだろう?あの精霊の見ている前で・・・」
「黙ってろって言ってるだろ!!」
激しく太助が叫ぶと、人形は喋るのを止めた。
そして部屋の中では静寂が漂うのみ。
(縁を切るだなんて・・・やっぱりこの程度じゃ駄目だろうな。
けど、やりたくない。けど、やらなけりゃシャオの、皆の命が・・・。
なんとかしなきゃ、なんとか・・・。)
太助は、苦しい思いを抱えながらも次なる方法を考え・・・更にこころを痛めてゆくのだった。


「それではオリエンテーリングを始めます。皆さん、危険な場所にはくれぐれも注意してくださいね。」
高らかな先生の声が響く中、本日のメインイベントが開始された。
今日は晴天。風もそう強くなく、外で活動するには絶好の天気であろう。
野山を廻り、海辺へ降り、川を渡って・・・
自然を巡って各所にあるチェックポイントをまわるというオリエンテーリングだ。
それぞれのチェックポイントでは色んな教科の問題が置かれていて、それを解かねばならない。
もちろん総合距離はとてつもなく長く、昨日のジョギングなど比ではない。
生徒達はそれぞれの班にわかれて別々に行動する。
ただ歩いて周るだけではつまらないので、一つルールが設けられた。
班ごとに、どれくらいの時間ですべてまわりきれるかを予想する。
そして時計をつけないで歩き始め、最初予想した時間に近い時間で終われば得点が高いという事だ。
順番にタイムカードを押して時間を先生に告げ、次々に班が出発して行く。
ちなみに昼食は各自でとってもらおうと、特別に支給された弁当も一緒だ。
「なかなかいいルールだよねえ。あ、統天書は当然使わないから。」
「当たり前でしょ、楊ちゃん。それより途中でへばらないでよ?」
「大丈夫。そんな自信はまーったく無いから。」
「そんなことだろうと思った・・・。」
非常に楽観視しているヨウメイと違って、花織は非常に気が重そうだ。
昨日の様に支えて徒歩なんてことはもうしたくないのだから。
ゆかりんと熱美も同じ様な気分ではあるが、それでも一位は目指したいもの。
気合を入れつつ、サポート案を出そうと頭を捻っていた。
そうこうしているうちに花織達の班が出発する番となった。
現在時刻をタイムカードに刻み込み、すべて巡った後に帰ってくるまでの時間を告げる。
「・・・愛原さん、もう一度お願い。」
「ですから、あたし達が帰ってくるまでにかかる時間は七時間です。」
「・・・そんなにかかるの?今午前九時だから午後四時になるわよ?」
「だって楊ちゃんが居るんですよ?そこんところ考えてくださいよ。」
「他の班は四時間程度なのに・・・。まあいいわ、気をつけてね。」
「はいっ。」
受け付けの女先生は、花織の班を非常に心配な目で見ていた。
七時間も費やすような班が果たして無事に帰ってこられるのだろうかと。
いざとなれば先生達総出で探さなければいけないかな・・・
と心配しながら、何度も彼女達の後ろ姿を見るのだった。

クククク・・・
鳥の鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。
林を抜けるこの山道が出来あがったのは、実はこの鳥のお陰なのだ。
昔から伝わるこの地の言い伝えにこんな話がある。
ある若者がこの山を旅していたのだが、これが通りにくくてかなわなかった。
この時はまだ道が無く、地元の人達も、山を越えるのにたいそう難儀していたそうだ。
道を作ってもらおうと思い立った若者は、この地方を治める殿様に申し出ようとした。
しかし、いきなり要件を告げてもすぐさま作ってもらえるような相手ではなかった。
そこで若者は、殿様にこう切り出した。
“殿様、あの林になんとも珍しい鳥がいまして・・・”
若者が告げたその鳥の名は、以前から殿様が鳴き声を聞きたいと思っていた鳥だったのだ。
早速出掛け様とした殿様だったが・・・
“しかし山中は険しく、とても人がやすやすと通れる場所ではありません”
という若者の言葉にしばし考察。そして、立派な山道を作ろうと考えたのだ。
月日が流れて早くにそれは完成。お供を連れて山へと出かけた殿様だったのだが、
聞こえてくるのはククククという鳴き声ばかり。
その鳴き声は殿様にとっては聞きなれた、珍しくもなんともないものであった。
怒った殿様はまだこの地に居た旅の若者を呼びつけた。
しかし若者はとぼけた顔で、
“殿様、あの鳴き声の鳥がそうなのでございます”
と答えるばかり。
“ばかもん!あれは別の鳥じゃ!!”
殿様がそう怒鳴りつけると、
“へえ、そいつは知らなかった。あっしはてっきりあの鳥がそうかと・・・”
結局若者はたいそうお叱りを受けたのだったが、
山道が完成したのには違いなく、地元の人達はその若者に感謝したそうな。
そんな話に出てくる鳥が、
クククク・・・
としきりに鳴いているのだった。
その山道にて、花織達は・・・。
「ここどこー!?」
・・・道に迷っていた。
「まったく、方向音痴なんだから。」
「ちょっと楊ちゃん、それってどういう意味?あたしは地図通り進んだんだから!!」
「花織ちゃん、地図逆さ。」
「えええっ!?」
「冗談だよ。・・・ってほんとに逆さになってない!?」
けらけらと笑おうとしたヨウメイだったが、逆に真っ青になった。
たしかに花織は地図を逆さに持っていた。これでは道に迷うのも当たり前である。
「花織、あんたってばなんてお約束な事を・・・。」
「乙女の宿命かしら?うふ。」
「ふざけてる場合じゃ無いでしょ!?早く本道に復帰しないと!!」
いきり立つゆかりんを、熱美がまあまあと抑える。
ここで喧嘩してても始まらない。まずは落ち着いて策を練らないといけないのだ。
しかし逆さ地図に騙された乙女は静まらない。
「こんな迷いやすい道を作り出したのがいけないのよ〜!!」
「あのねえ花織ちゃん。この道は昔ね・・・」
「あーんだいっきらーい!!」
事前に調べて知った昔話を気分転換に聞かせようとしたヨウメイだったが、
肝心の花織はやはり収まる様子をみせなかった。
折角の過去の旅人の知恵も、今の彼女にとってはまったくどうでもよい事だっただろうが。
結局混乱を解決したのは時間。ある程度時が経つと自然と皆は落ち着く。
木漏れ日が照らしている切り株を見つけ、そこをテーブルにして腰をおろした。
「さて、今居る位置がここらへんだから、こっちに向かえばいいのね。」
「ちょっと花織、ほんとにそれで合ってるの?地図の方向とか間違って無い?」
「ゆかりん、それは失礼じゃない?あたしに任せてってば。」
「あんたに任せたから今道に迷ってんでしょうが。
だいたい乙女の勘なんてあてになるわけ無いじゃないの。」
「むっ、今のは許せないな。訂正してよ。」
「何を訂正するって言うのよ。だいたい花織が・・・」
「ストップ!もう、二人とも楊ちゃんとキリュウさんみたいな言い争いしてちゃだめだよ。」
「熱美ちゃん、そういう止め方はやめてほしいけど・・・。」
終始争いを見ていた熱美は耐え切れなくなって止めに入った。
そんな彼女にも、そして言い争っていた二人に対しても呆れながら、
ヨウメイは切り株の上に広げていた地図をめくる。
「いい?切り株の年輪で方向を定めるから。
それに合わせて地図を置いて・・・ふむ、こうなるわけか。
とりあえずあっちに進めば本道に戻れるね。」
てきぱきとやったかと思うとすっと指を差すヨウメイ。
今まで来た道というのは入り組んでいたので、この方向指示はかなり役に立つ。
「じゃあ今度は楊ちゃんが先導した方がいいよね。」
「あーあ、飛翔球使えばすぐなのになあ。」
「そんなずるはしちゃ駄目なの。さ、楊ちゃんお願いね。」
「はいはい。・・・お昼御飯まだかなあ。」
恋しそうな目で弁当が入ったリュックを見ながら、ヨウメイがお腹をさする。
いざ行かんと構えていた花織達は当然こけそうになった。
「本道に戻ってからでいいでしょ。ほら、早く早く。」
「やれやれ。」
“薄暗い林の中より、開けた明るい場所で食べるのがいいかな”
などと考えながらのヨウメイの先導のもと、花織達は林の中を歩き始めるのだった。


テーブルの上にたくさんならんだ湯のみ。
それらはすべて別々の人が使用しているものである。
「シャオちゃん、お茶お代わり〜。」
「はい・・・。」
たかしが差し出した急須を受け取り、シャオはいそいそとキッチンへ向かう。
多数の人間が居る為、お茶のなくなりも早いのだろう。
シャオがそれを行うのは、実に十回目に突入しようとしていた。
「野村君、茶くらい自分で入れてくればどうですか。」
「いいじゃねーか、それくらい。しっかし太助の奴どうしたんだろう・・・。」
「やっぱり皆が浮れ気分でいたのが良くなかったのかもしれませんね。
彼にとってみれば、私達のこんな行動はかなり嫌だったのでしょう。
しかしそれにしては昨日結構ノっていた気もしますが・・・。」
今七梨家には、昨日と同じメンバーが勢揃いしているのだった。
朝食後しばらくして、たかし、乎一郎、出雲、そして翔子が訪ねてきたのだ。
それはもちろん天使の力を試すというものをするため。
ところが、シャオと翔子が部屋にいる太助を呼びに行くと・・・
「天使の力を試す?冗談じゃ無い。俺は忙しいんだ。勝手に下で騒いでりゃいいだろ。」
と、そっけなく返してきた。
むかっときた翔子だったが、シャオに諭されてそれを抑える。
また、去り際にシャオは尋ねた。“お昼御飯は何がいいですか?”と。
朝に太助の気に入らないものを作ってしまったことを気にしての事だ。すると・・・
「要らないよ。俺は俺で勝手にするから。」
そう言ってばたんと扉を閉めてしまったのだ。
一連の出来事を、他の皆に忌々しそうに語った翔子はかなりいらついていたのだった。
「いくら不機嫌だからってあんな言い方無いだろう。
だいたいシャオの作る食事を断るなんてどういうことだ。
あいつ絶対天使になってから変になったんじゃないのか?」
朝の様子も聞いた翔子は、既に太助の変貌ぶりを怪しく思っていた。
もしかしたら天使に成るという事は、姿や能力とは逆に心はどす黒くなってしまうのかもしれない。
それはそれで大事だ。明日帰って来るヨウメイから元に戻す方法を知る事が出切るだろうが、
それまで七梨家の者達が耐える事ができるのだろうか。
翔子は特にシャオを心配していた。冷たい太助を見れば、傷つくのは必至だろう。
早まった事でもしなければいいが、としきりに頭を悩ませているのだった。
「ところで・・・何かしないの?退屈なんだけど。」
手元にある専用のせんべいをかじりながらルーアンが呑気に提案した。
“こんな時に・・・”と誰もが思ったが、考えていても仕方ない。
彼女の精神を見習って、皆でゲームでもしようかと思い立ったのだった。
「けど、何かって何をするの?いつも花織ちゃんのゲームで遊んでたから。」
遊びの達人花織はただいま宿泊訓練中。今頃は遊んでの楽しい時を過ごしているだろう。
この状態では、皆はただうなる程度の事しかできない。
すると、ルーアンがこんな提案をした。
「ヨウメイが帰ってくる前に、皆で考えない?たー様を天使から元に戻す方法。」
ゲームから一転して真面目な意見である。
別にゲームが不真面目というわけでもないが、今この場で考えるのには最適な事でもあった。
「さすがルーアン殿だな。皆がそろっているこんな時こそ、いい案が浮かぶというものだ。」
「もともと太助の力を試す目的で集まったんだけどな・・・。」
苦笑しながら付け足した那奈だったが、ルーアンのそれに快く賛成した。
どうもこのまま過ごして行くのは精神的にも疲れそうなのだ。
太助を元に戻す方法をつかめば、それからもすぐに解放されるだろう。
「さてと、そういうわけでシャオリン、人形をここへ持ってきて。」
「え?」
「え?じゃないでしょ。たー様を天使にしたのがあの人形なら、
元に戻す方法も人形にあるはずよ。」
「なるほどお。でも、人形が見当たりませんわ。」
「なんですって?」
シャオに指示するルーアンはなんだか偉そうであったが、
人形がこの部屋にないという事実に、皆と一緒にきょろきょろと目を動かす。
「そうか、太助の部屋だな!」
思いついた様に那奈が立ち上がる。
とその時、リビングのドアが開いた。そこに立っていたのは太助である。
何かを取る為に下に降りてきたのだろうか。
「太助!ちょうどよかった、人形を・・・」
「うるさい。」
「は?今なんて・・・」
「うるさいんだよ!!人んちでいつもいつも騒ぎやがって・・・。
お前ら全員出ていけ!!」
顔は真っ赤であったが、表情自体は変えていない。
暗い暗い表情。天使のわっかと羽に、非常にギャップを覚えるほどに。
一同唖然として太助の言った事が素早くはのみこめなかったが、一番にたかしが立ちあがった。
「おい太助、それはどういうことだよ!俺達はお前のためにこれから・・・」
「うるさいうるさいうるさいー!みんな嫌いだ、出ていけったら出ていけ!!」
彼の言葉を遮る様に、太助はまくし立てた。しかしたかしはそれにひるまない。
「嫌だと言ったらどうする?」
ずずいっと目の前に寄ったかと思うと、そんな言葉を発した。
しばらくしんとして皆が見守る中、太助は静かに口を開く。
「・・・力づくでも帰してやるさ!!」
次の瞬間、太助は背中の羽をばさっとはばたかせた。
そしてたかしを抱え、素早く庭へ飛び出す。
あっという間に二人は上空へと舞い上がっていった。
「た、太助様!?」
慌てて後を追ってシャオが庭へ飛び出す。他の皆も急いでそれに続いた。
見上げると、たかしの両脇をかかえている状態の太助が目に止まる。
しかし高い。あまりの高さに、たかし自身は震えている様だった。
「さあて、ここで俺が手を離したらどうなるかな?」
「なにいっ!?おい太助、冗談だろ?な?」
「冗談でこんな事するか?それに俺は冗談が嫌いなんだ。」
冷酷に言い放った太助の言葉には、明るいものは何一つ含まれていなかった。
あまりにも突然の事に、皆はただ見ているしか出来なかったのだが、
シャオは急いで支天輪を取り出した。
「来々、軒・・・」
「言っておくが軒轅なんて呼んでみろ!たかしの命はもう無いからな。」
「そんな!太助様!!」
光り出した支天輪はその輝きを一気に失った。
呼び出されようとした星神がしゅんと引っ込んだのだ。
黒天筒を構えようとしたルーアン、そして短天扇を広げようとしたキリュウもそれをやめる。
今妙な動きをしてしまえば、本当にたかしが危ないと思ったからだ。
「たー様!どうしてそんな事するの!」
「気でもふれたか主殿!?早く野村殿をこちらへ!」
「たかし君に酷いことしないでよ太助君!」
「おい七梨!お前やっぱり今朝から変だぞ!!」
「太助君!早まってはいけません!!」
「後でたっぷり問い詰めてやるからな!」
「太助様!!」
次々と呼びかける面々。だが、太助はゆずろうとしない。
それどころか、気味の悪そうなにやりとした笑いを浮かべた。
そしてゆっくりと手の力を抜いて行く・・・。
「わっ、わっ、太助!!」
「あーうるさい!あんまりうるさいんで手が疲れてきたぞー!」
「わ、分かった!帰る、帰るから!!」
必死になりながら、ついにたかしは降参した。
それと同時に、たかしを掴む手の力も強くなる。
「そう、それでいいんだ・・・。」
静かに呟くと、太助はゆっくりと庭へ舞い戻ってきた。
ゆるりとたかしは地面に下ろされ、へなへなとそこへ座りこむ。
「ふ、ふい〜・・・。」
「たかし君、大丈夫!?」
「ああ、なんとか・・・。」
「さあて、帰ってもらおうか。」
休む間もなく、縁側に立って静かに言い放つ太助。
これには出雲が激しく詰め寄った。
「何を考えてるんですか太助君!もう少しで野村君を・・・」
「帰れって言ってるだろ!?帰らないんなら今度は本気で落としてやるからな!!」
「・・・分かりました、今日はもう帰ります。」
諦めた様にくるりと踵を返す出雲。そして、一緒にこの家に来た三人を促した。
「おにーさん!けど!」
まだ納得してない翔子はそれに反抗する。
出雲はそれをたしなめるように静かに囁いた。
「翔子さん、ここは黙って。時期を待ちましょう。今日は特別・・・」
「そうそう、もう二度とその汚い顔を見せるなよ。」
帰り支度を始めようかという四人に向かって、太助は更にこんな事を言い放った。
これに驚いたのは四人のみではない。那奈やシャオ達は信じられないといった顔で目を丸くした。
「七梨、てめえ・・・。」
「もう一度来てみろ。本当に空からまっ逆さまに落としてやるからな!!」
「くっ・・・誰が二度と来るかよ、こんなとこ!!」
激しく叫んで、翔子は男三人を引っ張って去っていった。
いや、それはたまたま手を繋いでいる状態というだけだ。
たかしも乎一郎も出雲も、帰るという行為を余儀なくされていたのだったから。

四人が完全に姿を消したのを確認して、太助は家の中へと入っていこうとする。
だが、そんな彼の体をぐいっと掴んで庭へひきずり戻した人物がいる。それは那奈だった。
「太助!お前ってやつは・・・お前って奴はああ!!!」
「なんだよ、俺は当然の事をしたまでだ。嫌な連中が居なくなってせいせいしたさ。」
「この馬鹿やろー!!」
ボゴッ!
「ぐっ!」
おもいきり顔をグーで殴られた太助は、縁側におもいきり叩き付けられた。
「太助様!」
慌ててそこへ駆け寄るシャオ。だが・・・
「近寄るな、うっとおしい。」
「た、太助様!?」
うるさそうにしっしと手を払う太助に、シャオは愕然となった。
もちろん圧倒されたのはシャオのみならず、ルーアンもキリュウも那奈も・・・。
「太助えっ!」
「おっと。」
ぶんっ!
二度目繰り出した那奈の攻撃を、太助は空を飛んで交わした。
那奈が見上げた時には、彼は既に二階の自分の部屋の傍に居た。
「飛ばないと部屋に戻れないなんて不便な家だよ。はは。」
うすら笑いを浮かべた後に、太助は窓から部屋へと入っていった。
唇を痛いほどかみ締めて睨む那奈は、怒りでは収まり切らないほどに顔を歪めている。
今にも泣き出しそうなシャオの肩をキリュウはぽんと叩く。
すると、シャオはキリュウの胸に顔をうずめ、声も立てずに泣き出した。
困惑しながらも、キリュウは那奈と同じく太助の部屋を下から見つめる。
ルーアンはといえば、深刻そうにしながらも、何かを決意したような瞳を見せていた。


日が西に傾き始めた。辺りは一転して赤い光をあび、その色彩を変える。
昼間の太陽と比べてやけに眩しく感じる。
目を細めながら、花織は汗を拭っていた。
「夕陽が綺麗だね・・・。」
「・・・・・・。」
「やっとここまで来たよね・・・。」
「・・・・・・。」
「長かったよね・・・。」
「「じゃなあーい!!!」」
感傷にひたる花織を遮って、熱美、ヨウメイが同時に叫ぶ。
今彼女達がいるのは砂浜。ざざーんと打ち寄せる波音が心地よい。
しかし目的のチェックポイントはここにはない。
実は一つとなりの海岸が正規の場所であるのだ。
最後のチェックポイントにして間違えようとは、夢にも思わなかったはずである。
「だってだってー。」
「だってじゃないでしょ!?はあーあ、やっぱり楊ちゃんに先導してもらえば良かった。
乙女の力だとか祈りとかを信じたわたしが馬鹿だったよ。
すっかり洗脳されちゃったな。」
「ちょ、なんて事言うのよ熱美ちゃん。あたしがいつ熱美ちゃんを洗脳したっていうの?」
「あれだけしつこく言うのは洗脳みたいなもんでしょ!?
先導任せてくれないと歩かないなんて言い出すし・・・。あんた子供じゃ無いでしょ!?」
「熱美ちゃん、成人は二十歳からだよ。」
「楊ちゃんは黙ってなさい!!」
「はい・・・。」
激しい口論を続ける熱美には、ヨウメイも花織もたじたじであった。
騒いでいる三人をよそに、ゆかりんは一人波間を見つめて現実逃避に走っていた。
「今日の夕食がグラタンでありますように・・・。」
妙な事を呟きながらしきりに体を揺らしているその姿は、もはや諦めているといった感じだ。
それぞれが動く気などまったく無い様であった。

昼前頃。道に迷った花織達は林をなんとか抜け、
やっとの事で最初のチェックポイントに辿りついた。
そこに書かれてあった問題はなんと、かつてヨウメイが授業で教えたものだった。
当然ながらあっさりそれは解かれてしまい、無事に先に進む事が出来た。
「さっすが、楊ちゃんがいたら楽勝だね!」
弾むような声でゆかりんが告げる。
元気を装っているのは、お腹を減らしているヨウメイの気を少しでもそらそうという魂胆だろう。
「うーん、なんであんな問題にしたんだろ。私達のクラス以外じゃ解けないんじゃ?」
「先生が間違えたんじゃないの?余計な心配なんてしなくて大丈夫だよ。」
「でもね、花織ちゃん。余計な事ってのはやっぱり考えちゃって・・・
そういえば早く昼食食べたい。ねえ〜、もう休もうよ〜。」
「花織ったら余計な事を・・・。もうすぐ小屋があるんでしょ?そこまで頑張らなきゃ。」
後押しするゆかりん、更にそれを熱美が押し、花織が押し始めた。
「「「さあ楊ちゃん、進もう!」」」
「うええ〜?・・・まあしょうがないか。」
強制的にヨウメイを進める形となって、花織達は無事にその小屋に辿りついた。
山々の景色に、声に、非常に美味しく弁当も戴いて、意気揚々と出発したのだが・・・。
何度も何度も道に迷いつつ歩き、バテたヨウメイを支えたりして・・・この結果である。

結局、花織達は捜索に来た先生達に見つけられる形となってしまった。
オリエンテーリングの結果だが、チェックポイントの問題は全問正解だったものの、
すべてを巡られていないということと、指定時間を大幅にオーバーしている点で、最下位。
宿泊所のお手伝いなるものをさせられてしまうのだった。
しかもそれは通常の食事時間中もである。肝心の食事は皆が終わった後にしてよいとか。
「うう、花織ちゃんのばか〜。」
「なんですって!?楊ちゃん、あれは楊ちゃんもバテたりして・・・」
「「二人とも!ぐだぐだ言って無いでちゃんと働いてよ!!」」
理不尽な仕事のだるさに思わず大声で怒鳴ってしまうゆかりんに熱美。
これ以上怒らせるとまずいと思ってか、花織もヨウメイもきびきびと動き出した。
花織達のうち誰もが“なんでこんな目に?”と思っていたのは間違い無い。


七梨家のリビングでは、那奈、シャオ、ルーアン、キリュウがソファーに座ってひそひそと話をしていた。
結局太助は夕飯を一緒に食べる事も無く、一言も話さないままだった。
心配して太助の部屋へ行こうとしたシャオを慌ててキリュウが止めたり、
(太助は自分の部屋へ、自分以外の人を決して入れようとしなかった)
電話にて那奈やルーアンが、今日来た客達としきりに話をしていたり。
なんとも不可解な午後の時間を過ごしていた。
そして太助が寝静まったであろう事を見計らって、ルーアンが作戦会議を申し出たのだ。
とにかく問題は人形にあるはず。しかしながらそれはどうやら太助の部屋。
ところが肝心の太助は部屋にも入れてくれない。そういうわけで・・・。
「あたしが密かにヨウメイから習っておいた方法を使って、たー様の部屋に忍び込むわ。」
と、ルーアンが案を出したのであった。
ヨウメイから習っておいた方法とは、気付かれずに部屋に侵入する方法、という事らしい。
「ルーアン、そんなもん習っていたって・・・夜這いでもかけるつもりだったんじゃないだろうな?」
「い、いやですわ、おねー様ったら。そんなわけないじゃないですの。おほほほほ。」
慌てて誤魔化し笑いをするルーアン。
様子からして、図星に近いと見てよいだろう。
ところでこの案の問題点は、まだこの方法は未完成だという事。
会得前にヨウメイがいなくなってしまったので、ルーアンはまだ扱えないというのだ。
「それではだめではないかルーアン殿。」
「だからあ、キリュウの力で小さくなっておくのよ。そうすれば確実よ。」
「どうやって人形を持ってくるつもりだ?陽天心など使えば主殿にばれてしまうぞ?」
「大丈夫!ね、シャオリン。」
「え?え、ええ・・・。」
「そうか、瓠瓜だな。」
ぱちんと那奈が指を鳴らす。
すなわち、小さくなったルーアンが瓠瓜を抱えたまま太助の部屋に侵入し、
人形を瓠瓜の中におさめて持ち出そうという作戦なのだ。
たしかにこの方法なら、ばれる可能性は極端に少なくなる。
「ぐっどアイデアでしょ〜。ってシャオリン、沈んでないで瓠瓜を呼んでよ。」
「はい・・・。」
「いつまでも気にしてもしょうがないでしょ?たー様を元に戻すんだから。」
「・・・はいっ。」
実際ルーアンの言っている事は少し違うのだが、
決心した様に、シャオは支天輪を取り出した。そして・・・
「来々、瓠瓜!」
ぽわんっ、と瓠瓜が登場。
ルーアンの傍へ行こうとしたのだが、その前に那奈に抱きかかえられた。
「うーん、やっぱり可愛い可愛い。」
「ちょっとおねー様、そんなのしてる場合じゃ無いですってば。」
「ちょっとした準備運動だよ。瓠瓜、頼んだぞ。」
「ぐえ。」
瓠瓜が頷くと、那奈はルーアンへと瓠瓜を手渡した。
いよいよ太助の部屋へ向かうのである。
「ではルーアン殿、準備はいいな?」
「ええ。早いとこやってちょうだい。」
ルーアンが頷くと、シャオも那奈も頷く。
そしてキリュウも頷き、短天扇を広げた。
「万象・・・」
「余計な事はするな。」
キリュウの提言を遮って、声が聞こえた。
はっとして振り返ると、ドアの傍には太助が腕を組んで立っていた。
羽もわっかもなんだか鋭く見える。
「たー様・・・。」
「あんたらに大事な事を言っておこうと思ったんだよ。」
「あんたら?おい太助、言っとくが今度こそ容赦しないぞ。」
油断無く構え出す那奈。ルーアンもキリュウも同じだ。
そしてシャオ自身も、気が向かないようだがしっかりと支天輪を構えている。
「まあ話を聞けよ。シャオ、ルーアン、キリュウ、それぞれの道具に帰れ。」
単刀直入であった。一瞬四人はもちろんそれが分からなかった。
太助が言っている言葉の意味が、意志が、そしてその心が。
唖然としていると、太助は更に言葉を繋げる。
「迷惑なんだよ、お前らがいると。
はやいとここの家から居なくなってくれ。」
太助が言い終わった次の瞬間には、昼間と同じく、那奈が太助を殴り倒していた。