小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


2 天使になった太助様?

激しい息をしながら、軒轅、そしてシャオを抱きかかえた太助が七梨家の庭に降り立つ。
結局軒轅は太助に追いつけず。太助も必死になって追跡を振り切ったのだった。
「ふう、ふう、疲れたあ〜・・・。」
シャオを庭に立たせると、太助は地面にぺたんと尻をついた。
さきほどまで元気良く動いていたその羽も、今は少ししぼんでいる様にも見える。
軒轅は軒轅で、ぐったりと地面に体を横たえた。
あれだけ運動したのは久しぶりなのだろう。体力をほとんど使い切った様だ。
「大丈夫、ですか?二人とも・・・。」
心配そうに気遣うシャオに、太助も軒轅もなんとか頷くしか出来なかった。
とはいえ、なかなかに達成感で溢れた表情である。
笑みを浮かべているその姿に、シャオはいくらか安心した様だ。
「お疲れ様でした。そして太助様の勝利ですう!」
太助の手をとって、シャオは高々とそれを上げる。つまりは勝利宣言だ。
それを見て軒轅は悔しそうな顔で少し頷き、太助は疲れも忘れた声であははと笑い出した。
一緒になってシャオも笑い出す。とにかくなんだか嬉しいのだ。
普通では出来ないような鬼ごっこをやり終えて・・・。
「さてと。」
まだ疲れているであろう太助の手をゆっくりと地面に下ろすと、シャオは家へと赴いた。
「何か作ってきますね。太助様も軒轅もお腹が空いたでしょうから。」
「ああ、頼むよシャオ。」
返事をしながら太助は軒轅の傍へと寄った。一緒に遊んだ仲だという事もあるのだろう。
そしてシャオが家の中に入る。まだ少し動けないので、彼女が出てくるのを待つのだった。
「それにしても・・・不思議なものだよな、軒轅。
俺の背中に羽が生えたなんて。相変わらずわっかも消えてないみたいだし・・・。
ほんと母さんもすごいもの送ってきてくれたよな。」
ゆっくりと軒轅の頭を撫でながら話しかける太助。
その顔は、なんとも穏やかな、みていて非常にほっとするものであった。
「けど元に戻る方法が問題だよなあ。あの手紙には何も書かれてなかったし・・・。」
少し不安げな表情を見せると、軒轅も不安な顔となった。
たしかにこのままでは日常の生活に支障をきたすのは目に見えている。
普段通り学校へ行ったりなどはとてもではないができないだろう。
「あ、心配させちゃったか?大丈夫だって。
今家には居ないけど、うちの家族に歩く何でも辞典がいただろ?」
冗談混じりに太助が告げると、軒轅はああなるほどという顔になった。
「そう、ヨウメイだよ。聞けばすぐに教えてくれるさ。
どうせ待ってても明後日には帰ってくるんだしな。
それまでに元に戻ってればそれはそれでいいし、戻ってなければ聞けばいいさ。」
集団宿泊訓練は明後日まで。予定ではその日の夕刻に彼女は帰ってくる事になっている。
学校は、今日は休みで明日あるのだが、一日くらいは休んでも差し支えないだろう。
むしろ学校よりも有意義な体験が出来そうでもある。
「それにしても・・・なかなか疲れが取れないなあ。張り切りすぎちゃったか?」
今だ疲れた表情の軒轅を見て太助は少し心配になった。
今回の鬼ごっこはとにかく全速力でいた。
それだけに、体力の消耗もかなりのものだったはずである。
「軒轅の疲れだけでも取れないかな・・・。」
そう呟きながら、太助は軒轅の頭を撫でつづける。
すると・・・
ぱあああ
「え?え!?」
彼の掌がなんと光り出した。
当然びっくりした太助、そして軒轅。
だが軒轅は何故か気持ちよさそうにそのまま続けて欲しいように太助を促した。
戸惑いながらも太助が撫でる行為を続けていると・・・軒轅はふわっと空中に舞い上がる。
「軒轅!?ひょっとして・・・疲れがとれたとか?」
驚きの顔のままの太助にこくり頷き、軒轅は鳴き声を上げながら空中旋廻。
すっかり完全に回復した様である。
太助がそれに唖然としていると、
シャオがおやつを作ってきたのか、それを乗せたお盆を手に姿を見せた。
「太助様、軒轅。クッキーを焼いてきました・・・あら?
太助様、軒轅はどうしたんですか?」
「う、上に・・・。」
「上?」
言われるがままシャオが顔を上げると、そこには元気に飛び回っている軒轅の姿があった。
軒轅は空を飛んで居た為に、彼女の目にはその姿はすぐに飛び込んでこなかったのだ。
「軒轅・・・もう回復したの?」
シャオが尋ねると、軒轅は一つ頷いた後にふるふると首を横に振った。
その意味がわからず首を傾げていたシャオに、
ようやく立ちあがれるようになった太助が先ほどの現象を説明し始める。

「・・・というわけなんだ。」
「まあ、それは不思議ですね・・・。」
縁側にお盆を置き、三人で仲良くそれを食べる。
いい運動をした後の食物とはなんとも美味しいものだろうか。
そういうわけで、説明しながらも太助は夢中でそれを食すのであった。
「ほんっと、とんでもないよなあ。普通人形に触っただけでこうもできるもんかなあ?」
「でもいいものばかりで良かったですわ。動けなくなったりとかいうのだったら嫌ですから。」
「はは、それもそうだよな。」
たしかにシャオの言う通り、悪いものではなくて良かった。
しかし、後で何らかの代償が来たら嫌だなあとかいう事を太助は思い浮かべていた。
それでもあの人形は母であるさゆりからの贈り物。あえてそういうのも無いだろう、
いや、無いはずだ、無いに違いない、と自分に言い聞かせていた。
その後も、慌ててクッキーを頬張ってのどにつまらせたりしている軒轅をたしなめながらも、
おもしろおかしく、非常に楽しく談笑。
そんな場に、空から訪問者がやってきた。巨大な扇に乗った、緋色の髪の少女である。
「キリュウさん。」
「ふう、ふう、やっと追いついた。まったくなんという早さだ・・・。」
「追いついた・・・って?」
「軒轅殿と、シャオ殿を抱えた羽を持った人物がこの庭に降り立ったはずなのだ。
主殿は見てないのか?それより・・・随分とのんびりしていたようだが・・・。」
縁側に置かれてあるおやつセットに、キリュウはいくらか首を傾げる。
彼女のこの言動に、太助は“しまった”と思った。
そういえば鬼ごっこは結構低い位置で行っていたかもしれない。
ひょっとしたら街の誰かに見られたかもしれない、という可能性は大だ。
しきりに悩みながらも、太助はきりっと目を向けた。
「キリュウ、ちょっと聞いて欲しい事があるんだ。」
「なんだ?とその前に水を一杯くれないか。喉がからからなのでな。」
「あ、ちょっと待ってくださいね。」
手早くシャオがお茶を用意する。キリュウはそれをごくごくと飲み干した。
入れたてで熱いはずなのだが、喉の渇きがまさったのだろうか?
“うわっ?”と密かに思っていた太助が何か言おうとした其の時・・・。
「熱いー!!」
「き、キリュウさん!?」
「の、喉を火傷したー!!」
「キリュウさん、落ち着いてください!」
わたわたとキリュウが騒ぎ出した。
シャオはもちろんそれを静めようとするが、太助はぽかんと見ているしかできない。
“それだけ慌ててたのかな・・・でもなあ、いくらなんでも鈍すぎるぞ”
と心の中で呆れながらも、太助はふとさっきの不思議な現象を思い出していた。
軒轅に向かって行ったものをキリュウにも出来ないだろうか?
説明するのにも丁度良いと思い立ち、太助は今だ慌ててるキリュウの喉に手を当てた。
「あ、主殿?」
「静かに。キリュウ、これから俺が火傷を治すから。」
「火傷を・・・治す?主殿がか?」
「ああ。その後で事情を説明するから。」
真剣な彼の目に、キリュウ、シャオ、軒轅が静かに見守る。
そして太助は静かに念じ始めた。キリュウの火傷が治るようにと。
ぱあああっ
「こ、これは!?」
「キリュウ、じっとしてて。」
すぐに太助の手が光り出した。この光景を初めて見たシャオもキリュウも驚きの顔。
もっとも、シャオは既に事情を知っていたが、実際にこうして見るのは初めてなのだ。
数秒後、光は収まり、太助は掌をキリュウから離した。
「どう?もう痛く無いか?」
「・・・本当だ、痛みも何もない。一体これは?」
「キリュウさん、太助様は天使さんの力を手に入れたんです。」
「て、天使?」
「実は・・・ん?」
今度こそ説明を行おうという時、太助は何気なく後ろを振り返った。
するとそこには、キリュウとわかれた面々、すなわち、
ルーアン、たかし、乎一郎、翔子の四人が立っていたのだ。
更に、何故かしら出雲と那奈もその後ろに控えている。
「皆、いつのまに・・・。丁度いいや、とりあえず部屋の中に。」
「太助、その背中の羽は・・・。」
那奈が震える手で指差した先には、太助の背中から純白の羽が飛び出していた。
もっとも、それは大きく広がっていたものでもないのだが、目立つのは違いない。
驚きを隠せないそれぞれに向かって、太助はもう一度告げた。
「今から説明するから。とりあえず部屋の中に入ろう。」
シャオ以外は、ただこくりと頷くしか出来なかった。


なだらかな斜面をかけあがる靴の音が林の奥まで響いている。
それらは更に山々へ木霊となって・・・。
「な、なんで山に来てまでマラソンなんかああ!!!」
「軽いジョギングだってば楊ちゃん。ほら走った走った。」
花織にぽんぽんと背中を押されながら、ヨウメイは懸命に速度を保とうとする。
誰がこんなスケジュールを組んだのか知らないが、
今生徒と先生と混ざって山の頂上までジョギングという事になっているのだ。
しかもそれは頂上で終わりではなく、一休みした後に海まで走ろうという、
山々海々走々、という題目で組み込まれているものだった。
その日の午前、既に頂上まで出かけていた花織達にとってはなんともだるいものだったが、
(もっとも、ヨウメイが原因で途中断念した為に頂上までも行ってはいないが)
集団行動を重んじる宿泊訓練では無下にサボるわけにはいかない。
ただし、午前には途中まで飛翔球をちゃっかりと用いていたので、
サボろうと思いだすのも時間の問題かもしれないが。
「それにしても、熱美ちゃんもゆかりんもさっさと先に行っちゃうなんて・・・。」
「・・・・・・。」
「いくらなんでも待ってくれるくらいしてくれればいいのにねえ?」
「・・・・・・。」
「・・・楊ちゃん、大丈夫?」
「・・・うん。」
「やれやれ・・・。」
普段結構うるさいヨウメイの口数が相当少なくなってきた事に、花織は重いため息をついた。
ここでヨウメイがダウンするような事があれば、花織が支えてゆかねばならない。
しかし三人ならまだしも、一人ではかなりきつい。
なんといっても山の斜面は辛いのだから・・・。
「はあ、はあ。」
ぱたん
「ちょ、ちょっと楊ちゃん!?」
「も、もう駄目・・・。」
「・・・ったくう、体力無さ過ぎだよお。」
とうとう倒れてしまったヨウメイに、花織は慌てて立ち止まり彼女を支えにかかった。
いつもなら周りに人が居れば手伝ってもらえるのだが、実は今最後尾。
本当の最後尾である先生達はもっともっと後ろである。
しかし、その先生達に追いつかれてしまったら厳しい罰ゲームが待っているとか。
「うーん、こんなとこで止まってる場合じゃ無いし・・・行くよ楊ちゃん!」
「う、うん・・・。」
気力の抜けた返事ながらも、ヨウメイはなんとか立ちあがった。
そして花織に支えられながら山道をのぼって行く・・・。
もちろんずっとそのまま行けるものでもない。
ヨウメイの体力が回復しないまま、今度は花織がダウンしそうになってきた。
「うう、こんな斜面を行くなんて無茶よ〜!」
「あ、あれ?ゆかりん?」
「へ?」
力無くヨウメイが指差した木の傍には、ゆかりんが座っていた。
いや、花織達を見つけて立ちあがった。そして傍に寄ってくる。
「やっぱりこんな事だろうと思った。」
「何よ。最初にとっとと行っちゃった裏切り者のゆかりん。」
厳しい言葉を発する花織。疲れてても言葉だけは立派に出てくるようだ。
「そう言わないでよ。四人とろとろ行ってたら逆効果だと思って、
熱美ちゃんと相談した結果なんだから。」
「相談?」
「そ。早いうちに二人は先へ行っておく。
で、程よい場所で休憩して十分に体力を回復させとく。
楊ちゃんを背負ってへとへとになってきた人を見つけたら交替して背負って行くって寸法よ。
全員が全員疲れてちゃあ辛いと思ってね。」
「なるほど、そういう事かあ。ごめんねゆかりん、悪口言っちゃって。」
「ううん、分かってくれればいいから。
さてと、まだ疲れの取れないで居る楊ちゃんを、今度はあたしが支えて行くね。」
言いながら、ぜえぜえと息をしているヨウメイを支える為、
ゆかりんは花織と場所を入れ替わる。
支える必要がなくなったために幾分楽になった花織はおもいきり伸びをした。
「うーん、山って気持ちいいよねえ。」
「呑気な事をいきなり言ってんじゃないの。
じゃあ行くよ、次は熱美ちゃんがいる場所で交替だから。」
「うん。」
そして三人は山道を再び登り出した。
だらしなくも支えられながらヨウメイは、
“花織ちゃんに内緒にして相談してたなんて、結構ちゃっかりしてるなあ”
などと考えながら、以前行われた強烈なマラソン大会を思い出していたのだった。


「・・・というわけで、これはその人形から得たものなんだ。」
「なるほど、確かに天使っぽいな。」
一息つくには、という物であるお茶をすすりながら、那奈が一番に太助に応えた。
太助の説明により、皆は事情をすべて理解した。
人形という事象がいまいちふに落ちなかったが、やはりこれはそれ相応の力を持つ物なのだろう。
今までの支天輪などがそういうものであった様に、不思議なアイテムなのだ。
最初太助を見た時には気付かなかったのだが、羽もあれば頭の上にわっかも浮いている。
なるほど納得、天使の加護と言えるべきものであるのは一目瞭然だった。
「あとはステッキでもあれば完璧だよな。」
「山野辺、そういう笑えない冗談はやめてやれよ。
手紙読んでも太助が元に戻れる方法は書いてなかったんだしさ。」
翔子をたしなめたたかしの目はいつになく真剣だ。
シャオと二人きりで空を飛んでいたという事実(実際二人では無いが)
があまり気に入らないのかも知れない。
しかしそれより、外見上不便そうな太助の姿が気になっていたのだった。
「心配するなたかし。明後日にはヨウメイが帰ってくるから其の時に聞けばいいよ。」
「けどなあ、もし分からなかったらどうするんだよ。」
「知教空天を馬鹿にするな!!」
びくっ!!
太助の声に、たかしのみならず全員が体を震わせた。
しかしそのすぐ後、太助はけらけらと笑いながら付け足す。
「って、ヨウメイが怒るぞ、そんな事言ってたら。
なあに、大丈夫だよ。きっとあっさり見付かるさ。」
どうやら冗談で言っただけの様だ。
“脅かすなよ・・・”とたかしはかぶりを振る。
「ねえ太助君、それじゃあ明日の学校はどうするの?」
「休むしか無いだろ。こんな格好じゃあ行けないし。」
「それもそうだね。」
乎一郎の問いに、当たり前のように太助は答える。
不可抗力であり少し不本意な事ではあるが、
この状況では仕方ない、と割り切っているのだった。
「それにしても母さんからなんてすっごく珍しいよな・・・。」
「那奈姉もそう思う?でも俺嬉しかったよ。」
「はは、そりゃそうだろ。でもこの文面は結構恥ずかしいかも・・・。」
手紙自体は那奈が一通り一読した。
しかし途中、少し読み渋った部分があり、結局そこは読まなかった。
母さゆりの愛が・・・という類の、なかなか凄いことが書いてあるのだが。
「えーと、とりあえず太助君は元にまだ戻れないと、そういうわけですね。」
ふむふむとしきりに頷いていた出雲が纏め的意見を発する。
それに太助は“ああそうだよ”と答えた。
「それではもっと色々な事を試してみてはいかがでしょう。
他にも様々な天使の力が使えるかもしれません。私達もそれに立会いますよ。」
「あ、それおもしろそ〜!天使になったたー様。
ルーアンに何を授けてくれるのかしら〜ん。」
「ルーアン殿は主殿に幸せを授ける立場だろう。
そんな事を言っていたのでは先が思いやられるな・・・。」
はしゃぐルーアンにキリュウが鋭いツッコミを入れる。
ぴしっとかたまった後にキッとキリュウを睨むルーアンをおいて、
皆は早速天使の力を試す準備をし始めるのだった。
それにはたくさんの星神も参加する。
軍南門の巨体を活かし、天鶏の熱さ、折威の重さ、などなど・・・。
果てはルーアンも陽天心を使いまくり、キリュウによる臨時の試練も行われたりした。
しかし、いかんせん結果はよろしくなく、
結局分かった事は、羽を使っての飛翔、手を使っての様々な治療、そして・・・
「スペードのジャックだ!」
「正解!なるほど、透視能力ですか。」
トランプのカードを裏返しに持った出雲のそれを、太助は見事に言い当てた。
不明と思われていた天使のわっかの効力はそれだという事に落ち着き、
最終的に太助は三つの力を得たのだということが判明した。
「どうせなら未来を見とおす力にしてほしかったよな。
そしたら太助の将来の相手とかわかるのに。」
「那奈ねぇ、どうせシャオに決まってるだろ。」
「あ、そうか。あはははは!!」
部屋のはしっこでそんな会話を交わしている翔子と那奈に、太助は呆れながら、
「たくこいつらは・・・。」
と密かに呟くのだった。
そうこうしているうちに辺りも暗くなってきた。
天使の力調べはこの編でおいておくということで、今日はおひらきである。
「さあて太助、明日も調べるからな!」
「い!?おいたかし、学校はどうするんだよ!」
「そうだよたかしくん、サボるのはよくないよ。」
「あ、たー様。あたしは休みの届け出とっくに出しておいたから。
今日学校に引っ張り出されたって文句いったらすんなり通ったわよ。」
「おいルーアン、お前そんな勝手に・・・」
「ルーアン先生が休むんなら僕も休む!よーし太助君、明日も調べようね!」
「乎一郎、お前って奴は・・・。」
つくづく不真面目な同じ学校の連中に、太助は疲れた様にため息をついた。
“ああ、性格をまともにする力でも欲しかったなあ”などと心の中で思いながら。
「なあ、翔子はどうするんだ?」
「聞くまでもないだろ、那奈ねぇ。」
「おっ、なるほどなるほど。じゃあ明日な。」
「ああ。」
「山野辺もか・・・。ま、分かってたことだけど。で、出雲は?」
「ん?購買部は明日休日になってますよ?」
「ちゃっかりしてやんの・・・。」
結局は同じメンバーで今日と同じ様な事を明日もやるみたいだ。
当然無茶もあるだろう。天使の力を試す、
だとかこつけてどんな無理難題をかますのやら、と太助は不安でもあった。
それでも、特に物怖じするでもなく自然と接してくれる皆が嬉しかった。
普段精霊などを見慣れている所為もあるが、人間というのは恐いもので、
外見など何かしら違えば遠慮といった不要なものが出てくる。
彼自身はおそらく気付かなかっただろうが、
心のどこかで人間関係の崩れを恐れていた太助は、心底安心したのだった。
「太助様、なんだかとっても嬉しそう。」
「え?そ、そんな事無いよ。また明日も疲れそうだなあって。」
「それじゃあ、疲れる以上に何か楽しい事があるんですね。」
「・・・そうだな。うん、そうだよ。」
胸のうちを見透かしているようなシャオの言葉に、太助は少し俯き加減になる。
そして、今のこんな状況を作り出す元となったものを送ってくれた母と同じ様に、
今度は夜空を見上げて、月へ顔を向けた。少しかけてはいるが、ほぼ満月だ。
今も母さゆりは月に向かって祈っているのだろうか?
祈りは届くと信じているのだろうか?
それならばこちらからも届けたい。母さんのおかげで、大事な何かが少し分かったよ、と。
純粋な目で月を見ている太助にふと気付いた那奈だったが、
同じく月を見上げて、にこりと微笑むのであった。


夜の宿泊所。早い時間に夕食も済んで入浴も済んで、
花織達四人は、長い夜を過ごす為に大量のゲームを囲んでいた。
本当は四人だけではなく、別の班の人達も混ざっている。
「さあて皆、これから何をする?」
花織が密かに用意していたもの、それは多種多様のお遊びセット。
いつもながらに背中に忍ばせていたのだろう。
どっちゃりとあるそれらに、皆は目を丸くするばかりであった。
「ねえ花織。」
「なに、ゆかりん。」
「いつも思うんだけどそれってどこに持ってるわけ?」
「ヒ・ミ・ツ。うふ♪」
「・・・・・・。」
なんだか乙女チックモードに入りそうだった花織に、ゆかりんは聞くのをやめた。
前も同じ事を聞こうとしたのだったが結局知る事はできず。
更に統天書でも調べられないというのだからどうしようもない。
「もしかしてそんなもの持ってたからジョギングが辛かったんじゃ・・・。」
などとヨウメイは呟いていたが、それは誰の耳にも届く事はなかった。
結局十人で遊べるボードゲームを用いて、ゲームは開始された。
今回花織達が参加しているこの集団宿泊訓練。
所持品に特に制限はないのでおおっぴらにこういう事をやっているのだが、
さすがに大騒ぎに発展してしまうと先生からのお叱りが来る。
そこでヨウメイの出番。部屋の中の声が外にほとんどもれないように細工。
皆は心おきなくゲームを続けるのであった。


騒ぎも収まり、一日のやる事をすべて終えた七梨家では、眠りの時間が訪れようとしていた。
太助は自分の部屋でベッドの上で横になっている。
そして彼の机の上には、さゆりから送られてきた人形が飾られている。
明日になればもっと違う場所に置かれるだろうが、とりあえずここに置いているのだ。
布団の中から、ちらりと人形の方を見やる太助。
月明かりに照らされる中、その光を反射しているペンダントが目についた。
“人形も綺麗だけどあんな飾りも綺麗だよなあ。
人形は母さんに似てるけど、母さんも今あんな首飾りしてるのかな?”
心の中でそんな事を思い浮かべながら、太助は再び人形から目をそらす。
しかし其の時・・・
ずず
「ん?」
何かが動いた気配を感じた。慌てて顔だけ上げてみるが、不審なものは見当たらない。
「気の所為か。」
もう寝ようと思い出した其の時・・・
ずずずずずず
「な!?」
今度は確信を持てるほどに気配を感じた。
慌てて太助は上半身を起こす。すると・・・
ずずずずずずずずずずず・・・すっく
「へ!?に、人形が!!?」
目をこすってもう一度それを見る。
人形が動いていた。立っていた。しかも歩き出していた。
その人形とは・・・昼間届いた、あの人形だ。
「う、嘘だろ・・・。」
いてもたってもいられず、太助はベッドから起きだした。
人形は机の端まで来て歩みを止める。このまま進むと落ちてしまうからだ。
太助が傍にやって来ると、自然と首が動き、彼を見上げた。
「や、やっぱり天使の人形・・・」
「違うな。」
「なっ!!!?」
今度はなんと声を発した。さすがに喋る事までは予想出来ていなかったのか、
太助はびっくりしてしりもちをついてしまう。
だが、喋るという事のみに驚いたわけではなかった。
その要素は声。姿に似つかわしくない、なんともしゃがれた、低い声だったのだ。
「ち、違うって何が・・・。」
「お前に尋ねる。いや、尋ねずとも一目瞭然だな。
天使っぽくなった気分はどうだい?」
「天使・・・っぽく?」
いまいち現状をはっきりと飲みこめなかった太助は、ただ小さく返事をするしかできなかった。
そうこうしているうちに人形は笑った。
だが、にこりとではない。にやりと、思いきり顔を歪ませて笑ったのだ。
思わず顔を背けてしまいたくなった太助だが、その人形が言葉を紡ぐのを待った。
「オレは人間に天使みたいな姿と力を与える。
そして最終的にその人間は天使になる。そうさせる為にこの人形に乗り移ってる悪魔なのさ。」
「悪魔!?」
「・・・いや、違ったな、堕天使だ堕天使。まったく、人間は妙に区別するからいかん。」
ぶつぶつと呟くその姿は人形・・・ではあったが人間にも見えた。
しかしいかんせん太助にとっては気分のいいものではない。
何故なら、その人形はさゆりそっくりなのだから。
似つかわしくない声で喋られようものなら、虫唾がはしるというものだ。
「まあそんな事はどうでもいい。ともかくお前は天使になる。
もう後戻りは出来んぞ。はあっはっは。」
「どうせ明後日には元に戻してもらうさ。何でも知ってる精霊が居るからね。」
自信たっぷりに太助は返した。だが、人形はひるまなかった。
「ふん、そんな事か。方法は一つしかないが、オレが今すぐに教えてやる。
元に戻るにはすべての人間と縁を断ち切らねばならないという事だ。
果たしてそれがお前に出来るかな?」
「なんだって?」
さらりと言った人形に、太助は耳を疑った。
方法などはすぐに知る事が出来るもののようだ。しかし・・・。
「おい、すべての人間と縁を断ち切るってどういうことだよ。」
「聞いたとおりだ。お前にゆかりのある人間、人間で無くとも、動物など。
それらすべてと縁を断ち切らなければ天使からは戻れない。」
「そんな・・・そんな事できるわけないだろ!」
縁を断ち切るという事はすなわち、関係をなくすということ。
勘当だとか絶交だとかいう言葉もあるが、とにかく相当なものである。
「別に簡単な事だぞ?家に居る人間を追い出すなりなんなりして・・・。
もっとも、こちらから縁を断っても、相手が断たないと無意味だがな。
相手からお前、という縁が存在しているのだから。」
「・・・嫌われろって事か?」
「まあそう考えてもいいかもしれんが、嫌われても繋がっている物はあるぞ?
縁とはそういうものだ。いわば意識の問題だ。」
難解な条件の真相が、太助になんとなく見えてきた。
つまり天使になるという行為は、地上に居る人間と関わりを持ってはいけない、
そういうことなのだろう。もちろん人間に限らないということだが・・・。
「一つ付け足しておこう。もしも、縁が切れなかったらどうなると思う?」
「・・・どうなるんだよ。」
「強制的に縁を切らせる。すなわち、お前に縁を持つ者はすべて死ぬ。」
「!!!!」
人形のとんでもない言葉に太助は愕然となった。
“死ぬ”という事。たしかにそれなら縁も切れよう。
もちろんそんな事になっとく出来る余裕など彼にはなかった。
必死になって人形に詰め寄る。
「嘘・・・だろ?」
「信用するしないは自由だ。どのみち時が経てば答えが出る。」
「ふざけんなよ!なんで・・・なんで死ぬなんて言葉が出てくるんだよ!!」
「縁を切るに一番手っ取り早いからな。
なあに、懸命に縁を切ろうと努力すれば大丈夫だぞ?」
「そういう問題じゃないだろ!!くっそう、縁を、切れだなんて・・・。」
人形をつかんだまま、太助はへなへなとその場に崩れ落ちた。
シャオ達の顔が頭に浮かぶ。事情を説明したところで、果たして皆は納得するだろうか?
しかし、してもらわねばならない。そうしないと皆の命が果ててしまうことになるのだ。
コンコンコン
「ん?」
「太助様、太助様、どうしたんですか?」
「シャオ?・・・そうか、下に届くまで大きな声を出しちまってたか。」
いっそのこと今事情を伝えようかと、意を決して立ち上がった太助だったが、
そこで人形はにたりと笑って言葉を発した。
「もうひとつ言い忘れていた事がある。
お前自らが他の誰かにこの事を知らせれば、即座に縁が切れる。」
「!!それって・・・。」
「死ぬという事だ。」
「分かってるよ!!くそう・・・。」
荒らぶった心を落ち着かせながら、太助は人形を机の上に置く。
そして、思い足取りながらも部屋のドアへと向かって行った。
ガチャリ
「あ、太助様。夜中に大きな声がしたので・・・どうかしたんですか?」
寝巻き姿の、なんとも可愛らしいシャオがそこにいた。
その顔は少し眠たげではあったが、太助が心配になって急いで駈け付けたのだろう。
「ごめん、起こしちゃって。俺なら大丈夫、なんともないから。」
「本当ですか?」
「本当。」
「よかったあ。・・・あ、えと、それじゃあお休みなさい。」
「ああ、おやすみ。」
ぺこりとお辞儀をしてシャオは静かに階下へ降りていった。
太助は戸を閉め、再び人形を見やる。
「なんだ、縁を切らねばあの娘・・・精霊も死んでしまうのだぞ?」
「うるさい黙れ。そうだ・・・期限はいつまでだよ。」
「ふん、黙れといった後に質問か。まあいい、答えてやろう。
心配しなくとも期限は長い。一年だ。一年もあれば縁も切れよう?ふははは。」
「一年・・・結構長いんだな。少し安心したよ。」
「もっとも、人間はなかなかにしつこかったりするからな。
油断して明日からでもいいやなどと思うのは甘いぞ?」
「・・・・・・。」
「それから、オレはお前以外の人間としゃべる気は無いからな。よく覚えておけ。
無理矢理に扱おうものなら、即座に縁を切らせてやる。」
「分かったよ・・・。あと、俺から一つ言っておく事がある。」
「なんだ?」
にやにやと笑っている人形に、太助はびしっと指を差した。
「その姿でしゃべるな!笑うな!!それがすごく嫌なんだよ!!!」
はっきりと告げたあと、太助ははあはあと息をする。
さゆりにそっくりな人形の姿をかりて喋っていることが許せないのだ。
息子の幸せを願っている母の姿そっくりなのが・・・。
「無茶な要求だな。ならばどこか見えない場所に隠せばいいだろう。
さてと、明日から大変だな。クックック。」
「・・・ちくしょう!!」
最後に一つ叫んで、太助はベッドの布団にもぐりこんだ。
悔しい事ではあるが、たしかに人形の言う通り明日からが大変なのだ。
縁を切るか切らないでいくかだが、太助の頭の中では既に前者の選択肢しかなかった。
皆を死なせて、自分はのうのうと天使になんてことは耐えられるはずもないからだ。
しかし、縁を切るといってもその行為は並大抵の行動ではなしえない。
期限は一年と言ったが、果たしてそれで切れるものなのだろうか?
ついさっき見たシャオの顔を思い出すと、その疑問は次第に大きくなっていった。
自分から切ることも易しく無いが、相手から切ってもらう事も更に問題なのだ。
それでも、太助は何かを決心した様に、眠りへとつくのであった。


皆が寝静まっている頃の宿泊所。もちろん消灯時間はとっくに過ぎている。
そんな中、ヨウメイは密かに枕もとの明かりをつけて統天書を開いていた。
「楊ちゃん、もう寝なよ〜。」
すぐ隣で横になっていた熱美が目をこすりながら告げる。
ヨウメイは申し訳なさそうに顔を向けた。
「ごめん、悪いけどこれだけは調べさせて欲しいの。」
「一体何を調べてるって言うのよ。」
「主様について。」
「七梨先輩について?」
真剣な顔で答えるヨウメイに、熱美は首を傾げた。
「なんでそんなものを調べる必要があるの?」
「主様が危険な目に遭ってないか、とかを知る必要があるの。
今私は主様と離れているわけだからね。危険ならすぐ駈けつけないと!
昔から私はこうやって、なるべく主様を守る行為をしてきたの。」
「・・・・・・。」
もっともな意見ではあったが、この時代ではあまり意味が無いように思える。
なんといっても平和。しかも太助には、他に精霊が三人もついているのだし。
「ねえ楊ちゃん。」
「あった。えーと、シャオリンさんと軒轅さんと三人で空中散歩を楽しんで・・・」
「楊ちゃんってば。」
何気に声に出し始めたヨウメイを熱美が呼びとめる。
今度は迷惑そうな顔で熱美を見やったヨウメイであった。
「なによぅ?」
「なによぅ?じゃないでしょ。いいかげん寝なさいっての。」
「だからあ、これは私の日課でもあって・・・」
「こらー!!消灯時間は過ぎてるぞー!!」
「「わわっ!」」
どこからか明かりが部屋から漏れてしまっていた様だ。
先生の声にびっくりして、慌てて明かりを消すヨウメイ。
幸い罰などは受けなかったものの、もうこれ以上は無理の様だ。
「うう、花織ちゃんがゲームづくしなんて言うからあ・・・。」
「いいかげんにしなさいって。第一、シャオ先輩達がいるでしょ?」
「・・・あ、そかそか。それじゃあおやすみーん。」
熱美の言葉に照れ笑いをしたかと思うと、ヨウメイは横を向いて寝に入った。
宿泊訓練で疲れているのだろうか?どうやら思いつかなかったみたいだ。
「ちょっと楊ちゃん。」
「ぐー・・・。」
「まさか気付かないでそんなの調べてたの?」
「ぐ、ぐー・・・。」
「わたしを中途半端に起こして・・・明日覚えてなさいよ。」
「ぐ、ぐぐぐー!」
ばればれな寝息を立てながらヨウメイは熱美のほうへと顔を向けた。
その目には涙が溜まっている。
「あはは、冗談だから。安心しておやすみなさいって。」
「うう・・・。けどね、いつもは本当に調べてるの。
でも、大丈夫かな。じゃあ本当に今度こそお休み。」
「うん、お休み。」
ようやく本当の就寝時間が訪れた。
綺麗な月明かりが照らし、たくさんの流れ星が流れる空の下で、
山々や海は、静かに夜の静寂を奏でていた。