※はじめに:このお話はある話をおもいっきり参考にして書いているものです。
だから、似てるだとかそういうものは当然ながらにあるので、
それを念頭に置いた上でお読みください。
「ふあーあ。今日は平和だな〜・・・。」
家のリビングで大きく伸びをしている太助。
退屈さを満喫しているのだろうか。彼にとっては久しぶりの、のんびりした時間である。
現在七梨家にいるのは太助のみ。シャオは買い物に出かけたし、ルーアンは臨時の職員会議だ。
キリュウはといえば、那奈に連れられて、翔子の家へと向かった。
おそらくは太助とシャオの仲をふかめる作戦でも練りに行ったのだろう。
今度は一体どんなことをしでかすのだろう、と、太助の胸中は密かに穏やかでは無い。
そしてヨウメイは・・・。
「えー、であるからして、くれぐれも事故の無い様に・・・。」
壇上で演説を繰り広げる団長の先生。
生徒達はそれを聞いているものの、うんざりした顔であるのが多数だ。
“ふあーあ”と、堂々と欠伸をする者。近くに居る友達とお喋りをする者。
講堂ならそういった行為は目立って捉えられただろうが、ここは外なのである。
したがって、周りで見守っていた多数の先生たちも、そういった事には気付かないでいた。
そんな生徒達のうち、一年三組のある部分では・・・。
「長いね、あの先生の話。」
「ほーんと。さっさと自由時間にすればいいのに、いやんなっちゃう。」
「まあ、説明しだすと長いってのは誰かさんも同じかな?」
「ぐー・・・。」
「ちょ、ちょっと楊ちゃん、立ったまま寝ないでよ。」
花織達である。近く近くで言葉を交わしていたのであった。
そんな中、器用にも立ったまま寝ているヨウメイを見て、
花織、ゆかりん、熱美以外の生徒達も、彼女を起こしにかかる。
ゆさゆさとゆすったり、こつりと小突いたり。
不思議な事に、それでもなかなか目を覚まさないヨウメイがちゃんと目を覚ましたのは、
先生の話がすべて終わった直後だった。
「ふあー、いい時間過ごした。」
「うう、楊ちゃんのねぼすけ・・・。」
「聞き捨てなら無いなあ。私のおかげで、退屈じゃ無い時間を過ごせたでしょ?」
「何なのよそれ・・・。」
最も近くに居た熱美は、クラスの皆を代表するかの様な彼女の相手。
密かに妙なものを狙っていたヨウメイに、早くも疲れた顔で息をつく。
熱美は教室に居る時でも、いつもいつも彼女の相手をしてるので自然とその役割が身に付いたのだろう。
もっとも、本人はそれをあんまり好ましく思っておらず、“たまにはちゃんと席替えしようよ〜”
などと、心の叫びをしょっちゅう上げているのだった。
(実質、不思議と席替えにおいてヨウメイの隣は熱美となっている)
そうこうしているうちに、挨拶等を含めた開会式はすべて終了となった。
ここからはさきほども誰かが言っていたように自由時間。
生徒達が思い思いに過ごせる時間となるわけである。
「さあて、どこへ行こうか。」
「部屋に戻って研究でも・・・。」
「楊ちゃん、そういうカビくさい提案は却下だからね。ここはやはり班長である花織の意見を!」
ヨウメイとしてはおそらく冗談だったのだろうが、
そっこーでさりげなくきつい意見を出した熱美にしゅんとなる。
落ちこむ彼女の頭をよしよしとなでながら、ゆかりんは花織の言葉を待つ。
すると・・・
「山の頂上へ行こう!!」
「「「決まりっ!」」」
四人同時に頷き、駆け出して行く。
実はこの地は、人里離れた山中である。うっそうと木々が生い茂る深い林があり、
近くには澄んだ水が流れ、魚が泳ぐ広い川もある。
更には、今居るのはそう高くない場所なので、一キロも下って行けば海に出てしまう。
自然がいっぱいの欲張りな土地であった。
ちなみに、生徒達にすぐに自由時間が与えられたのは、
このおおらかな鶴ヶ丘中学校ならではの特色であろう・・・。
とまあ、一年生限定の集団宿泊訓練に出かけているのであった。
そして今日は休日。だのにいつもの騒がしい面々は家に押しかけてくる事も無く、
太助はゆったりのんびりと過ごしているわけなのだ。
しかし・・・。
「・・・・・・。」
最初はにこやかにいた彼の表情は、次第にしぼんでいった。
「・・・誰も居ないなら居ないで・・・やっぱり寂しいものがあるなあ。」
いざ自分が普段望んでいた状況に置かれてみると、なにかしら落ち着かなかったりする。
人間とはかくも勝手な面もあるのだが、“いつもの”という状況に慣れ過ぎていた彼にとっては、
あまり素直に順応できるものではなかった。
しかし、それはそれ、これはこれ。しばらく待てばシャオも買い物から帰ってくる。
それをすぐに思い浮かべた太助はすぐに頭を切り替えて、ごろんとソファーに横になった。
シャオが帰ってくるまで少し眠ってみようかな、などと思ったのだ。
ところがそうして数分も経たないうちに・・・
ピンポーン
と、呼び鈴がなる。
わざわざそんな事をしたとなると、もちろんシャオでは無いだろう。
「誰かな?」
いそいそと起き上がり、太助は玄関へと向かって行った。
ドアを空けたそこには、ある意味彼には見慣れた青年が立っていた。
「こんにちはー、宅配便でーす。」
「どうも、ご苦労様。」
てきぱきと品物を受け取ってハンコを押す。
「ありがとうございましたー。」
ものの一分もしないうちに帰って行った彼を見送りながら、太助は汗を流していた。
送られてきたそれは小包。大きさはそれほどでもないが、小包にはろくな思い出がないからだ。
どうせいつもの人物からだろうと思うと、力というものが体から抜けて行く。
「また親父か・・・。今度は何を送ってきたんだか。」
とりあえずそれを持ったままリビングへと向かう。
はあとため息をつきながら呟いて差し出し人名を見ると・・・。
「あれ?親父じゃ無い。」
そう、送り主は太郎助ではなかった。
宛名等、それらの文字は非常に繊細な字で書かれてあった。
美しいそれは、見れば思わずほうと頷いてしまうほど魅力的。
そして肝心の差し出し人は・・・
「七梨・・・さゆり・・・母さんから!?」
思わず立ち止まって小包を落としそうになった太助。
慌ててそれを持ち直すと、心と手を震わせながら、リビングへと素早く駈け込んだ。
『こんにちは、というのもおかしいかしら。
元気にしていますか、太助。母さんは相変わらず世界中の人達に愛を振り撒いてます。
(なんだかとても照れくさいし恥ずかしいので省略させていただきます by太助)
那奈ちゃんやシャオちゃんも元気かしら?皆によろしく伝えておいてね。
それで本題はここから。
実は太郎助さんを真似て私も何かを送ってみようと思ったの。
そしたらとてもいいお人形さんを見付けたのよ。
首につけてるペンダントに触れると、その人に天使の加護を人形が授けてくれるんですって。
不思議な力で、ある時には頭の上にわっかなんて出来ちゃったりするらしいわ。
飾るだけでも可愛らしいと思うので、どこかにおいてね。
この人形が太助を幸せにしてくれることを願ってます。 さゆり』
「へええ、この人形がねえ・・・って、もう触っちまったー!!」
手紙を読みながらにして、一緒に入っていた人形に、ペンダントに太助は既に手を触れていた。
慌てて離した太助であったが、しばらくしてそれに触れ直した。
「母さんが送ってくれるなんて珍しいよな。というか、手紙なんて初めてだ。」
不思議な人形という事も気にならず、太助はじっと手紙と人形とに見入っていた。
ごく普通のフランス人形にも見えるそれは、髪の毛と顔の所為か、さゆりに見間違えてしまう。
服装は、メイドさんがよく身に付けている様なエプロンドレスに黒い靴とごくシンプルだ。
首にかかっている、問題の小さなペンダントが小さな光を放っていた。
「親父を真似てって点がなんだかいただけないけどね。」
苦笑しながらも、太助は何度も何度も手紙を読み直していた。
ついこの間さゆり自らが家に戻って来るまで母親の記憶すらなかった太助。
そんな彼にとってみれば、母親からの手紙なんてこの上なく嬉しいものであるのだ。
やがて、手紙を十編目読もうかという頃・・・。
「ただいまー。」
シャオが買い物から帰ってきた。
太助の耳にその声が届くと、彼は手紙を持ったまま急いで迎えに行く。
「お帰りシャオ。」
「太助様・・・どうしたんですか?そんなに嬉しそうな顔をなさって。」
嬉しい気持ちが顔にふんだんに出ていたのだろう。
太助の様子は、シャオの目にも非常に明らかなものであった。
「手紙が来たんだ。誰からだと思う?」
「誰からですか?」
急ぎ口調ながらも、少しもったいぶっている太助。
そんな彼の様子が見ててとても嬉しいのか、シャオはしっかり聞き返す。
すると・・・。
「母さんからだよ!」
「まあ、さゆりさんから?」
「そうだよ、それで・・・あ、シャオ、買い物袋持つよ。」
太助はシャオが持っていたそれを元気良く手に受け取ると、
らんらんと目を輝かせて手紙の内容を語りながら、シャオとキッチンへ向かって行った。
昼食。昼に活動を行う為には是非とも欠かせてはならないもの。
いや、食事という食事は絶対に抜いてはいけない。
そんな信念のもと、ある女性は多数対単数の戦いを繰り広げていた。
「会議を中断して出前を取る事を要求するわ!!」
「ルーアン先生、今大事な所なんですから後にしてください!」
「ざけんじゃないわよ!朝早くから呼び出されて・・・一体今何時だと思ってんの!?」
おそらくは朝食をがつがつとたくさん食べたであろうルーアンは、
それでも、退屈で堅苦しい職員会議にかなりお腹を空かせているのであった。
彼女の言い分もたしかにもっともなもので、かなりの先生も同じ気持ちである。
しかしながら、大事な大事な決定事項を今は審議中なのだ。
中断してしまっては分からなくなってしまうであろう状態である。
耐えきれなくなったルーアンは、そんな悪い時に昼食意見を申し出たのだった。
「ぐだぐだ言うんなら陽天心で中断させちゃうから!」
「その陽天心で職員会議も長引いているということをお忘れなく!!」
一人の先生による厳しい意見に彼女はぐっとなった。
実際これまで会議で話し合ってきた事柄というのは、半数近く陽天心がらみだったのだから。
(ただ、シャオの星神、キリュウの万象大乱、そしてヨウメイの自然現象など、
精霊関係の事項はかなりの数になる)
「えーん、早く終わってよ〜!!」
「あなたがそうやって叫ぶから早く終わらないんですよ!!」
皆のイライラが部屋内に充満している。
ある意味緊張感が走るこの空間で、先生達は職員会議を続けるのであった・・・。
そして、学校の校庭の隅っこ。二人の男子生徒がその会議が終わるのを待っている。
一人は眼鏡をかけた真面目そうな少年。もう一人は茶髪の熱血そうな少年だ。
わくわくした目で待つ眼鏡の少年に対し、茶髪の少年はいらついた表情。
そんな二人の手にはお弁当がいっぱいの箱が抱えられている。
「なあ、乎一郎。なんで俺まで付き合わされるんだよ。」
「たかしくんはいっつもシャオちゃんちに僕を引っ張って行くじゃないか。
ルーアン先生が居ないと分かってる時でも・・・。」
「だったらなんで俺がここに居るんだよ。」
「じゃんけんで決めたでしょ!?たまには協力してよ!」
「へーへー。ちぇ、今ごろ太助の奴、シャオちゃんの手料理を・・・くっそー!」
地団駄を踏んでいるたかしの声が校庭にこだまする。
それと同じように五月蝿い声は、やはり学校内でも響いている。
休みだというのに騒がしい鶴ヶ丘中学校であった。
「美味しいか、キリュウ。」
「少し辛い・・・。」
「贅沢言うな。タバスコは辛いと決まってるんだ。」
「これはなんだ?と聞いたら、美味しくなるものと言ったではないか!」
「辛くならないなんてあたしは言ってないだろ。文句言わずにピザを食べてなって。」
「まったく・・・。それにしても那奈殿は何故に宮内神社へ?」
「何か策でもあったんじゃないのかな。シャオと七梨が二人っきりになるような。」
「無理にせずとも、大抵そういう状況は作れているが・・・。」
「状況だけじゃ駄目なんだよ。相変わらずうじうじと話ができない時が多いそうじゃないか。」
「しかしそれは二人の問題だと思うのだが。」
「だから、それでなるべく多く二人っきりの機会を作ってやってるんだよ。
しっかしヨウメイが居ないのは少し辛かったかもなあ。」
「私は今ほっとしているんだが。」
「相変わらず遊ばれてんのか?大変だねえ。」
「ひとごとだと思って翔子殿は・・・。」
たわいない会話を交わしつつ、昼食のピザ(出前)を食べている翔子とキリュウ。
翔子も言っていたがここにいるはずの那奈は今宮内神社である。
どこかで、七梨家に客が来る可能性があるのは出雲だけだという事を掴んだのだろう。
それで那奈は太助とシャオの二人っきりの状態を邪魔させないように、
当初の目的である計画練りをあえて譲り、翔子の家を出たのだった。
そして今、翔子の家には翔子とキリュウが二人なのである。
「ところで翔子殿。」
「なんだよ。」
「私達も一応二人きりだな。」
「・・・なあキリュウ、タバスコの一気飲みやってみない?」
心の中で呆れながらも表情を変えることなく、翔子はタバスコを差し出した。
もちろんキリュウは慌ててそこから逃げる。
「じょ、冗談に決まっているだろう、まったく。」
「何が冗談?タバスコ?二人きり?」
「ふ、二人きりの方だ!それにタバスコの方もそうしてほしい!
・・・ううむ、ヨウメイ殿には勝てないのかな。」
「冗談言う事で張り合うなんてあほらしい事はやめてくれよ。
ほんと悪影響だな、あの存在は・・・。」
「だからヨウメイ殿が来た事自体が試練なのだ。」
「言っておくけど、キリュウの方にも問題あると思うぞ。」
「それは仕方ない、体質だから。」
「・・・・・・。」
もはや言い返す気にもなれなくなったのか、翔子は自分の分をぱくぱくと食べるのに集中しだした。
そんな頃、丁度宮内神社では・・・。
「いやー、美味い美味い!店開いてもいいくらい美味いじゃないかあ!」
と、出雲の背中をばしばし叩きながら、出雲の母が用意していた和食セットを用いての、
昼食パーティー(?)が開かれていた。
「ごほごほっ。那奈さん、食事中に人の体を叩かないでくださいよ。」
「あ、悪い悪い。ふうむ、うちじゃああんまりこういう料理は食べないからなあ。」
「ほとんどが中華か洋食でしたよね。」
「そうそう。あっはははは!」
笑いながらも再びばしばしと出雲の背中を叩く那奈。
それにやはりむせながらも、出雲は何故に彼女が来たのかが分からないまま、
つらい食事を続けていたのだった。
所変わって宿泊訓練が行われている山。
懸命にバーベキューの後片付けをしている生徒や先生達の姿があった。
ヨウメイの活躍により、火という火が問題無く使え、楽しい一時を過ごしたのである。
当の彼女はその功績によって食後のお昼寝を行っていた。
「ぐー・・・。」
ベンチの上に横になって、なんとも気持ちよさそうな寝顔である。
お日さまがぽかぽかと心地よく、端で忙しない皆にとって、ある意味目の毒だ。
「くうう、あんな幸せそうな顔しちゃってええ!!」
「仕方ないよ、ヨウメイちゃんはたっぷり働いたしね。」
「でもでも・・・ああーん、早く終わらせて私達もお昼寝しようよー!」
生徒達のほとんどは羨ましい目つきで彼女を見ている。
雰囲気に押されてか、いきりたって起こしに行きそうだった生徒もいたほどだ。
がやがやと皆が動く中、ヨウメイと同じ班の花織達はいち早く片付けを終えていた。
「ふう、疲れた。それにしても楊ちゃんもあんなに堂々と目につく所で寝なくても・・・。」
「寝る子は育つって言うからねえ。」
「ゆかりん、それって関係ない。まあ楊ちゃんの好きな様にさせておこうよ。
さあって、わたしもお昼寝しよーっと。」
言いながら熱美はその場にごろんと横になった。
地面は草が生えていて、たしかに寝っころがっても差し支えないほどである。
「熱美ちゃんまで・・・誰の影響かなあ。」
「考えるまでもないでしょ、花織。楊ちゃんの影響だよ。」
「うーん・・・。それよりゆかりん、どうして午前頂上行くのやめるなんて途中で言い出したの。」
「楊ちゃんを背負ってなんて行きたくないからに決まってるでしょ!」
「気合よ!気合があれば大丈夫よ!」
「・・・花織もだれかに影響されてるね。」
「誰よそれって。」
「さあ?」
とぼけたふりをしながら、ゆかりんも横になった。既に熱美は寝息を立てている。
ふうと花織が息をついて辺りを見まわすと、多数の生徒、先生もそんな様相を見せていた。
すなわち、期せずしてお昼寝タイムがやって来たのである。
もちろん本来は自由時間なので、遊びに行くものも中には居た。
しかし花織は、親友たちと同じく草原に寝っ転がるのであった。
「それにしても・・・てきとーな宿泊訓練だなあ・・・。」
ふとそんな事を呟きながら、花織は空を見上げる。
真っ青な空。雲が点々とあるだけの、晴れやかな空。
眩しい太陽の光に、思わず目を細める。
「ふあーあ・・・。」
結局は花織も寝に入る。
食べた後すぐ横になる牛になるらしいが、それは迷信だとヨウメイは言った。
などという事を考えながら・・・。
七梨家のリビング。
美味しい食事を終え、一息ついてお茶をすすっている太助とシャオ。
しかし、その表情はどこかぎこちない。二人してちらちらとあの手紙に目をやっている。
二人っきりだからどうこうというのではない。実は食事時間にシャオがある事に気がついたのだ。
「太助様、その頭の上についているのは・・・。」
「え?」
太助が鏡を見ると、彼の頭の上に光り輝くわっかがついているのが分かった。
直径はちょうど太助の頭と同じくらい。支天輪みたく八角形ではない。
まあるいまあるい、金色のわっかである。
「まさか本当にこんなのが出るなんてな・・・。」
「太助様は天使さんの加護を得たんですね。」
「なんか驚きだよ、ほんと。」
実際にどういった効果があるのか、具体的には分からなかったが、
何故かしらわくわくしていた。しかしそれと同時にドキドキもしていた。
こんなわっかがあからさまに見えていて普通に生活できるのだろうか?
実はこのわっか、触る事も出来なければ隠すこともできないのだった。
「さて・・・一体どういった効果があるのかな。」
「何がですか?」
「このわっか、というよりは人形、って言ったほうがいいのかな。
天使の加護があるって言ってたけどそれはどんなのか分からないから。
だから、実際に何かを試してみようと思うんだ。」
「そうですか・・・。」
太助の言葉に、シャオも少し頷いた。そして、二人静かに立ち上がる。
もっとも、試すと言っても何をすればよいやら皆目見当がつかない。
何か不幸から身を護るのだろうか?しかしシャオの前でそういうのを試すのは気が引ける。
幸福を授けてくれるのだろうか?しかしそれならば結局じっと待つしかない。
あるいは別種のものだろうか?しかしあらかた精霊達から習っている太助にとって、
そういった特別なものはすぐには思い浮かばなかった。
「うーん、どうしよう・・・。」
「ところで太助様。」
「なに、シャオ。」
「天使さんって、羽が生えてらっしゃるんですよね。」
人差し指を唇にあてながら、くりっとした目を上向き加減にしながらシャオが尋ねる。
図書館で本でも見たのか、あるいはヨウメイ経由の知識なのか。
過程の程はわからなかったが、太助は天使の姿を頭に浮かべながら返事をした。
「ああそうだよ。こう背中から・・・。」
手を後ろの方へまわしながら実際に羽を描こうとした太助だったが・・・。
バササッ
と、丁度音がして何かが手に触れた。
柔らかい。ふわふわとしたものがいくつも舞っている。
シャオの方を見ると、両手を口に抑えたまま固まっていた。
おそるおそる太助は自分の後ろを振り返る・・・。
「・・・羽?」
一言呟いたその言葉通り、太助の背中にはそれが生えていた。
純白の・・・自分の体の半分はあろうかという大きさの羽、である。
幸いにもそれは太助の意志で動く様で、たたむことも出きるようだった。
何故だか服を破らずにつきぬけているのが不思議である。
「は、はは・・・。」
苦笑しながら、太助は羽を動かす。シャオはその光景を見たまま動かない。
しばらくの間そんな時間が流れて行ったが・・・。
「なんじゃこりゃー!!!」
「太助様が・・・て、天使になっちゃいましたあー!!!」
やいのやいのと二人して大騒ぎ。
どたばたどたばたと、一転して七梨家は騒がしくなってしまったのであった。
そして何故か庭。太助とシャオの他に、軒轅も居る。
とりあえずは皆が帰ってくるのを待ってその後対処を考えようという事に落ち着いたのだ。
それで、折角だから空を飛べるかどうか試してみようというのである。
楽観的な結論に辿りついたのは、普段のヨウメイの行動の影響かもしれない。
慌てても仕方がありません。駄目なものは駄目なんですから。
落ち着いて、今何が出来るかを考えるのが大事ですよ。
というものの・・・。
「それじゃあシャオ、一足先に空へ。」
「ええ、分かりましたわ。さ、軒轅。」
しかし軒轅はひと鳴きもせず黙ったまま動こうとしない。
さすがに太助の姿を見てはそれも無理ないだろう。
困った太助は、改めて深く軒轅に説明してなんとか納得してもらう。
時間をいくらか費やして、ようやく軒轅はシャオを乗せて空へ飛び立った。
風を切る音を庭に居ながらに聞き、太助は羽を思い切って広げ始める。
“俺一体何やってんだろ・・・”という思いに少しかられながらも、それをはばたかせた。
びゅごおお!!
「う、うわわっ!」
それは予想外の事だった。
思いの他強く舞いあがった太助の体は、軒轅を通り越してあっという間に遥か上空へ。
「大変!軒轅、早く太助様の後を追って!」
こくりとうなずき、任せろと言わんばかりに軒轅は鳴き声を上げる。
そしてぐんぐんと空高く昇って行った。
と、数秒もしないうちに太助に追いつく形となった。
いや、太助自身が上昇ではなく下降を始めていたのだ。
「太助様!!」
慌ててシャオが声をかける。と其の時、太助は羽を動かした。
そして下降をゆっくりとしたスピードに変えた後、空中にホバリングさせようとする。
「ふう、ふう、な、慣れてきた、かな?」
次に太助は思い切って水平移動を始めた。体を横にして、風をきる。
旋廻なんかも思いのまま、自由に空を飛び始めた。
「太助様・・・すごいですわ・・・。」
シャオが素直に驚く中、軒轅も感心した様にしきりに頷いている。
どうやら太助は短時間で羽の使い方を覚えた様だ。
これも普段の試練や教授やらのたまものであろうか?
「飛んでる・・・俺空を飛んでるよシャオ!鳥みたいにさ!!」
「はいっ!!」
感動のあまり声を上げた太助に、シャオも嬉しくなってそばによる。
しばらくそのまま、太助、シャオ、軒轅は空を飛びつづけていた。
穏やかな空を流れる気流に乗って、心地よく滑って行く。
他に空を飛んでる、鳥達などに手を振って挨拶したり、
見下ろせばそこに広がる鶴ヶ丘町をおのぼりさん状態で見回し、
高い山の上に生えている大きな樹の上に止まって休憩したり・・・。
十分に空の旅を満喫していたのであった。
「凄い爽快だよ・・・。普段からでも軒轅に乗ればこれくらい出来るけど。
なんだか違うんだ、それと。こう、解放感に溢れてるみたいな。」
空を飛びながら、まだまだはしゃぎ気分の太助に、シャオはにこりと笑う。
「太助様。それは自分で空を飛んでるからですわ。」
「自分で?」
「ええ。私はこうやって軒轅がいないと空には行けませんけど、
自分の意志で飛べたらどんなに気持ちいいだろうと、時々思いますわ。」
少しばかり細めているその目は、太助を羨ましがっている様にも見えた。
古来より人間は空を飛ぶ事を憧れとし、それを行う為に様々な研究もしてきた。
実際飛べる様にはなったが、それは自分だけではできない。
飛行機などの他の道具を使わないと人間は飛べないのだ。
精霊も同じだ。シャオは軒轅、ルーアンは陽天心、キリュウは短天扇、
そしてヨウメイは飛翔球(または自然現象)に頼らないと空を飛べないのだから。
「ね、軒轅。自分で飛べるって凄い気持ちのいいものよね。」
頭をなでながらシャオが尋ねると、軒轅は笑顔を浮かべてこくりと頷いた。
彼にとってしてみれば普段何気なく行っていることかもしれない。
しかし、こうして考えてみると改めて爽やかな気分になっているのだろう。
知らないうちに軒轅は、普段では見せないような飛び方をし始めて行った。
「きゃあっ!す、凄い凄い軒轅。こんな飛び方も出来るのね。」
「きりもみしながら飛んでる・・・って軒轅、シャオ!危ないってば!」
上空へ回転しながら上って行く様は、ある意味竜巻にも見える。
“前にそんな試練があったような”なんて事を思い浮かべながら、太助は急いで後を追った。
そんな時、上空を強い風が吹いた。どんな天気でも風というのは気まぐれなほど、と思うくらいに。
それでぐらりとバランスを崩した軒轅。
太助が“あっ!”と思った瞬間、シャオは軒轅から降り落とされていた。
「きゃあああっ!!」
「しゃ、シャオー!!」
回転のしすぎで目を回している軒轅では助けられないと瞬時に判断した太助。
いや、本当はからだが自然と動いたのだろう。すばやいスピードでシャオに向かって行った。
「シャオ!!」
「太助様あ!」
空中で必死に手を伸ばすシャオ。それを太助はなんとか掴み、シャオの体を抱きとめる事に成功した。
地上まではまだまだ余裕があったものの、とにかく落下して激突という事態は免れたのだった。
太助の腕の中でほっと息をつきながらもまだ少し震えているシャオ。
過去の主に仕えていた時。軒轅に乗っていて何らかの障害が発生し、
こういう出来事はあったかもしれない。それでもやはり恐いものは恐いのだ。
そんな彼女を更に落ち着かせようと、太助は滞空しながら静かに囁いた。
「もう大丈夫だよ、シャオ。」
「・・・はい。えっと・・・ありがとうございます。」
素直にお礼の言葉を告げるシャオに、太助はゆっくりと首を横に振った。
「当然の事をしたまでだよ。シャオは・・・俺にとって大切なひとだから。」
「太助様・・・。」
自然と二人はいい雰囲気になる。もっとも、抱き合っているかたちになっている所為かもしれないが。
とそんな所へ、ようやく軒轅が追いついてきた。回っていた目もすっかり直ったのだろう。
遅れたことの申し訳無さと、シャオが助かった安堵感が入り混じった複雑な表情をしていた。
「軒轅、人を乗せてあんな飛び方はもうしちゃだめだぞ。」
太助のたしなめるような言葉にしゅんとなりながらも、軒轅はしっかりと頷いた。
実際星神の立場として、こういう事態に陥ってはならないと再認識したのだ。
ここでシャオはある事を思いついたようだ。軒轅をみやって少し笑ったかと思うと、太助に告げる。
「太助様、鬼ごっこをしませんか?」
「鬼ごっこ?」
「私を抱えたまま、軒轅から逃げてください。
ここから家までに追いつかれたら負け。いいですか?」
「なるほどねえ・・・で、でも・・・。」
何気なく話を聞いていた太助だったのだが、今の自分の状況を見てはっとした。
当然のことながらシャオを抱きかかえているので、彼女の顔がすぐ近くにある。
今更ながらに顔を真っ赤にさせ始めたのだった。
「う、うーん・・・。」
「どうしたんですか?太助様。」
「あ、いや、その、危なくないかな〜って・・・。」
「太助様、試練ですよ♪」
「・・・・・・。」
なんとも嬉しそうに告げるシャオに、太助は根負けした様だ。
既に横でやる気になっている軒轅を見やると、首を縦に振った。
「分かったよ。必ずシャオをしっかり抱えたままでいるから。」
「はいっ!」
元気よく答えたシャオは非常に楽しそうであった。
守護月天であるという意識があったのなら、こんな事は普段行わないのだが・・・
この時は気分がすっかり高揚していたのだろう。
支天輪の中から南極寿星なりが様子を見ていたなら、きっと深いため息をついたに違いない。
それでも、鬼ごっこは始められた。
シャオの声を合図に、太助と軒轅は勢いよく空を滑り出す。
いつも空を飛んでいる軒轅にとって、
ついさっき空を飛び始めた太助を捕まえるなどたやすいはずだった。
しかしなかなかどうして、太助も太助で相当の飛行を成している。
もちろんシャオはしっかり腕に抱きかかえている。
鬼ごっこに負ければシャオは軒轅の背中に乗るという事のはずだから、
もう少しこの状態で居たいという気持ちもあったのかもしれない。
ビュウウウウと風を激しく切りながら、二人の鬼ごっこは続けられるのだった。
ここは鶴ヶ丘中学校の校庭。巨大な弁当箱を物凄い勢いで空にしてゆくルーアンの姿があった。
その傍ではにこにこした顔で彼女をみつめる乎一郎。
そして、なんともだるそうな顔で座っているたかし、翔子、キリュウが居た。
「たくう、電話で呼び出して何をさせるかと思ったら・・・。」
「仕方ないだろ、山野辺。大きくしないと暴れるって言うんだから。」
「野村殿がしっかり止めれば良い事ではないか。
私はこんな事のためだけに呼ばれたくはなかった。」
ため息をつきながらキリュウが見たものは、更に大きくしろとの要求をするルーアンであった。
更に更に息をついて、彼女は万象大乱を唱える。
そしてルーアンは喜んでそれをまたガツガツと食すのであった。
校庭にて待っていたたかしと乎一郎をルーアンは発見した。
いや、人物よりは彼らの持っていたお弁当に心を奪われたのだろう。
結局職員会議は昼食抜きのまま進められ、そのまま終わってしまった。
出前などという気のきいたものも得る事が出来ず、ルーアンはくたくたになって校舎を出たのだ。
そんな矢先に乎一郎達が・・・いや、お弁当が待っていたのだから飛びつかないはずがない。
空腹も忘れる勢いで傍に駆け寄った。しかし、どうやら持参のものでは満足できそうにない。
そこでたかしに命じて、キリュウを呼びつけたのだった。
最初は七梨家に電話したのだが誰も出ず。山野辺家へはその次にかけたのだった。
「ごちそうさまー!!あーん、ルーアン幸せー!!」
「良かったですね、ルーアン先生。」
喜びいっぱいの顔のルーアンと乎一郎。
もちろん他三人はなっとくのいかない顔でいる。
言わば、この二人に振り回されている結果だというのが間違いないからだ。
だるそうにのびをしながら、翔子は山のほうを見やった。
そこは宮内神社がある方角。那奈はおそらくまだあそこにいるに違いないだろう。
そして出雲が出すご馳走なりなんなりを思う存分味わっているはずだ。
「ちぇ、あたしも那奈ねぇについて行きゃ良かった。」
ふと呟きながらそのまま見つめていると、奇妙な物体が彼女の目に止まった。
二つ、空を飛んでいる。両方ともかなりのスピードだ。
片方は細長い龍の様なもの。もう片方は羽の生えた人物で、何かを抱えている。
「なんだありゃ?」
翔子の声に、皆も空を見やる。するとたしかになんだありゃと思えるようなもの・・・。
「・・・片方は軒轅だな。でももう片方は?」
たかしが素早い分析を繰り出す。うんうんと頷いた面々だが、たしかに片方で“ん?”となった。
羽の生えた人間など、見た記憶も聞いた記憶もなかったからだ。
「あの者が抱えているのは・・・もしかしたらシャオ殿ではないか?」
「なんだって!?」
次なるキリュウの解析に翔子達は“はっ”となる。
言われてみれば、翼を持つ者の腕の隙間から綺麗な銀髪が姿を見せている。
はっきりと見えた訳ではないのだが、光の見事な反射によりそれらしいものだと見て取れた。
そうこうしているうちに、二つの物体は翔子達の上空を通りすぎて行く。
「七梨家に向かってるのかしら?」
食事の余韻もまだ残っているルーアンが呟く。
すると、それと同時にキリュウは短天扇を素早く広げてそれに飛び乗った。
「キリュウ!?」
「嫌な予感がするので私は後を追う。皆もすぐに家に来てくれ!」
言うが早いか、キリュウはあっという間に空へと繰り出して行った。
「急ぐぞ山野辺!!」
直後に叫んだかと思うと駆け出したのはたかし。
空を飛ぶのと同じスピードといってもおかしくないくらいな速さだ。
他の者は慌てて片付けをしてその後に続くのであった。
さっさっさっさっ
ほうきを動かす音が神社に響く。
二つのほうきが奏でるその音は、まさにハーモニー。
「・・・なあ宮内。」
「なんですか那奈さん。」
「どうしてあたしが掃除なんかしなくちゃならないんだ。」
「働かざるもの食うべからずですよ。」
今宮内神社ではほうきを用いての掃除が行われている。
行っているのは那奈と出雲。食後の運動その他を兼ねているのだ。
もっともそれは出雲が思い付いたことで、
断り切れなかった那奈が手伝わされている、という状況なのだが。
「か弱い女性を働かせるなんて・・・男の風上にも置けない奴だな。」
「なんとでもおっしゃってください。たまにはこうでもしてもらわないと耐えられませんのでね。」
「試練じゃないか、耐えようぜ?」
「その前にお掃除も試練だから耐えてもらいますよ。」
「くっそー・・・。」
一歩も譲らない出雲にいらつき、那奈はほうきを乱暴に動かし始める。
しかしあまりにいいかげんになってしまうと、そこで出雲の横槍がくる。
結局はおとなしくほうきを動かしつづける那奈であった。
「はあ、空はこんなにも青いのになあ・・・。」
「そうですか、よかったですね。」
「くっそう、ヨウメイが帰ってきたら宮内で思いっきり遊びまくってやる。」
暴言をはいた那奈にびくっとなった出雲だが、やはり譲らなかった。
いつもいつも女性に優しくをモットーとしたまま下手に出てばかりいた。
しかし今回は遠慮しないと決めたのだ。それもたまたまではあるだろうが・・・。
「それにしても・・・空って青いよなあ・・・。」
「・・・・・・。」
別に那奈は空が恋しいわけでもなんでもない。
単につまらない掃除をさっさと終えて家に帰りたいのだ。
いや、翔子の家に戻りたいのだ。もはや当初ここに来た“出雲の妨害”などどうでもよくなっていた。
と、何度空を見上げただろうか。二つの飛行物体を彼女は目にとめた。
「・・・あれは・・・シャオ?」
「なんですって!?」
彼女の呟きに出雲はほうきを投げ出さんばかりの勢いで傍に寄った。
そして一緒になって空を見上げると、
片方は軒轅、片方は羽の生えた者がシャオらしき人物を抱えているのを判別できた。
無論それを見た彼は居てもたっても居られなくなる。
「あの方角はうちの家だなあ・・・。」
「何呑気な事言ってるんですか那奈さん!これはただ事じゃありませんね・・・。
早く向かいましょう!!」
既に出雲は那奈を引っ張って走り出していた。
躓きそうになった那奈は慌てて体勢を立て直そうとする。
「おい、乱暴に引っ張るなって!・・・ちなみに掃除はどうする?」
「そんな事言ってる場合じゃありません!早く七梨家へ!」
「おっけ〜。」
これで嫌なものをしなくて済んだ、と那奈は心の中でほくそえむ。
しかしその一方で、本当にあれがシャオならあの飛んでる奴は一体?
などと、不安と疑問を入り混じらせるのだった。