小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
そして休み時間が終わり、授業が再び始まる・・・。
今は、次は昼休み、という手前の授業だ。
「ふう、なんだかんだ言っておきながら、結局ヨウメイは試練をしに来なかったな。
キリュウも保健室から戻ってこないし。これじゃあなんのために気合入れたんだか・・・。」
席につくと同時に、なんだか疲れたようにため息をつく太助。
気合を入れるだけで疲れるとは、太助特有の性質だろうか。
「太助様、もしかしてヨウメイさんやキリュウさんに何かあったのでは・・・。」
席に座らずに太助の傍にやってきたシャオが言う。
それを聞いて太助も考え込んだ。
あの二人の性格からして、試練をすっぽかすなど考えられなかったのだから。
「うーん、ちょっと心配だな。顔をあれから一度も見せてないってのが。」
「ですよね。探しに行った方が・・・。」
シャオが言っていることは、いわゆるさぼりである。
ちなみに、太助の言う“あれから”というのは、窓の外からじゅうたんでやって来たとき。
キリュウを統天書に封じて、保健室へつれて行ったときのことである。
太助はしばらく考え込んでいたかと思うと、シャオの方へ向いて黙って頷き、そおっと立ちあがった。
シャオが少し顔を輝かせる。ヨウメイたちを探すために授業を抜け出そうという事だ。しかし、
「たー様!!そんでもってシャオリン!!二人してどこへ行こうっての!?」
ルーアンにあっさり見つかってしまった。その声に、生徒達も振り返る。
びくっとしながらも二人は振り返って言った。
「休み時間にヨウメイが来なかっただろ、だからちょっと心配になってさ・・・。」
「そうなんです。だから今から探しに行こうかと・・・。」
ルーアンは黙って黒天筒を取り出した。そしてくるくると回しだす。
「陽天心召来!」
陽天心をかけたのは教室の扉。当然二人を外へ出させないようにするためだ。
「ちょ、ちょっとルーアン!二人が心配じゃないのか!?」
「そうですよ!陽天心を解いてください!」
「だまらっしゃい!!あたしの授業を聞かないで無愛想娘と歩くなんでも辞典を探しにいくですって―!?
そんなことはこのあたしが絶対に許さないわよ!!」
なんとなくいつもより気合の入った声に、二人は圧倒されてしまった。
そしてすごすごと自分の席へと戻る。
「まったく、そんなに心配ならあたしが様子を見てあげるわよ。よっ、と・・・。」
ルーアンが懐からコンパクトを取り出した。
これでキリュウとヨウメイの様子を見ようというわけである。
「まずはキリュウ・・・保健室で寝てるわよ。相変わらず寝相悪そうね・・・。」
ルーアンが生徒達に向かってコンパクトを見せる。
写っていたのはもちろんキリュウ。
キリュウの寝顔に何やらうっとりする男子生徒もいたが、寝相の悪さを見てすぐもとの顔に戻ったりした。
「キリュウは無事なんだ。ヨウメイは?」
「はいはい、せかさないでよ、たー様。えーと・・・。」
コンパクトの画面が真っ暗になり、別の風景を写し出す。
やがてヨウメイの姿を確認することができた。いつもの三人と一緒である。
しかし、何やらうつむいてしゅんとしている。四人とも・・・。
「どうしたのかしら、四人とも。」
「ルーアン、声を聞こえるようにできないのか?」
太助に言われて、ルーアンが何やらいじる。すると、
「大体おまえ達は!!」
という大きな声が響き渡った。どうやら、四人は先生に怒られているようである。
とっさの出来事にしばし呆然としていた生徒達だったが、
やがてあちらこちらからくすくすという笑い声が聞こえ出した。
「どうやら授業サボってて先生にしかられてるみたいね。
ヨウメイともあろうものが・・・こんな事くらい予想できなかったのかしら。」
そして怒られつづけるヨウメイ達をみんなは見る。そしてまたもや笑い出す。
こんな調子は、ルーアンがコンパクトを片付けるまでそれは続いた。
場所を変えて一年三組。つまり花織のいるクラス。
コンパクトが写し出した情景そのままに、四人は怒られ続けていた。
「まったくおまえ達という奴は・・・。特にヨウメイ!
おまえがちゃんとしていないとだめじゃないか!」
「先生!楊ちゃんは悪くありません。あたしが楊ちゃんの道具を取ったから・・・。」
「愛原!!どっちにしてもヨウメイ自身も授業をサボっていたのだからな。
もちろんおまえらも同罪だぞ。編入初日で教室を抜け出すなど・・・。」
こんな調子で、先生のお説教は果てしないと思えるほど続いているのである。
今のこの状態、ヨウメイはちゃんと予想していた。
ただ、花織のペースに惑わされて予想をはずれの方向へと自分なりに持って行ったのであろう。
しかし、結局最初の予想通り、先生に怒られる羽目となったのである。
約半時間も説教が続いたろうか。そこでようやく先生はこう言った。
「まあ、これに懲りて二度とそう言うことはするなよ。分かったな!」
「「「「はいっ。」」」」
しっかり返事をして答える四人。
「よーし、それじゃあ席に座れ。授業を始めるから。」
先生に言われて、それぞれ自分達の席へ向かう。
今回は、ヨウメイが教えた部分とはまったく違うので、授業がちゃんと行われることとなった。
「それじゃあみんな、教科書の76ページを開いて。」
先生に言われて教科書を開く生徒達。しかし・・・。
「こらっ、そこ、寝るな!」
なんと、生徒達の大半はやる気を出さずに授業に臨んでいるのだ。
授業を開始して数分のうちにそういう生徒がほとんどとなった。
もちろんこんな状態で授業など出来るはずも無く、
最初は注意だけしていた先生も、ついには怒り出してしまった。
「おまえ達!授業を受ける気は無いのか!!」
すると男子生徒が一人手を上げて立ちあがった。
「だって、ヨウメイちゃんが普通に授業してくれた方が断然面白いって。
二年の先輩達が言ってましたよ。それなのにこんな・・・。」
続いて今度は、女子生徒が立ちあがる。
「ヨウメイちゃんは最初の挨拶のとき、楽しくやりましょうって言ったんです。
なのに、こんな授業だと全然楽しくありません!」
それに続き、あちこちから野次が飛ぶ。
先生は一応叫び返すものの、それらに呑まれそうに成っていた。
しばらくそんな時間が続いたかと思ったら、ヨウメイが立ちあがって叫んだ。
「来れ、真空!」
文字通り真空。つまり空気がまったく無い状態である。
一瞬のうちに騒ぎは収まり、そしてヨウメイは統天書を閉じた。
そこで皆がぐたっとおとなしくなる。あちらこちらから咳をする声が。
隣にいた熱美が、むせ返りながらヨウメイに言った。
「・・・げほげほ。楊ちゃん、今のはちょっとやり過ぎなんじゃ・・・。」
「だって熱美ちゃん、これくらいしないと止まりそうに無かったもの。
みなさん、確かに私は楽しくやろうと言いました。
でも、だからと言って授業を投げ出して良いはずが有りません!
・・・そりゃあ、私はさっきまで授業をサボってました。
でもでも、先生がせっかくいらっしゃるんだからみんなきちんと聞かなきゃ。
この先生の授業は、今しか受けられないんですよ。
私の授業じゃないと受けられないなんて、そんな悲しい事言わないで、ね?」
みんなを見まわしながら、演説風に言うヨウメイ。
数秒の間沈黙の時が流れる。そして、ぱらぱらと、やがて大きく拍手が繰り出された。
生徒達の笑顔を確認し、ヨウメイは椅子に座った。
「すごいね、楊ちゃん。みんなを納得させて。」
「これくらいは出来ないと。一応人に物を教える立場だし。」
拍手が未だ鳴り止まない中、花織が立ちあがって元気良く言った。
「それじゃあ先生、授業を再開してください。なるべく楽しい授業をお願いします。」
花織の声にどっと笑い出す生徒達。先生はふうと一息ついてから、授業をし始めた。
一悶着有ったものの、なんとか無事に昼休みを迎えられたわけである。

昼休みを継げるチャイムが鳴り響く。
待ちかねたように弁当を広げる者、そして猛ダッシュで購買へと向かう者。
昼休みの過ごし方は様々である。ヨウメイ達四人は、仲良く弁当を広げてそれを教室で食べていた。
もちろん、これはシャオが作った弁当である。朝は七梨家に四人とも居たのだから。
「うーん、おいしい。シャオ先輩ってお弁当も作るの上手なんだね。」
「ほんと。こんな弁当を毎日食べてる七梨先輩がうらやましいな。」
声を上げたのは熱美とゆかりん。この二人にとって、シャオのお弁当は初めてだったので無理もない。
ヨウメイは相変わらずにこにこと。花織は少し複雑そうな表情を浮かべていた。
花織本人は、いつかこれよりおいしい弁当を作ってやる、と意気込んでいた。
しかし同時に、本当に作れるのかな、という不安もあった。
それで複雑な表情となっていたわけである。
「花織ちゃん、どうしたの?ひょっとして花織ちゃんにとってはおいしくないとか?」
ヨウメイはそんな花織が気になったのだろうか。心配そうな顔をして尋ねた。
すると花織はすぐに笑顔に戻って、勢い良く食べ始めた。
「ううん、そんなことないよ。楊ちゃん、気にしないで。」
「そう?私は人の心はわからないの。不安な事が有ったら遠慮無く言ってよ。」
「そうよ、花織。楊ちゃんの言う通り、あたし達は親友なんだから。」
「一人で悩まないでね。」
三人の言葉に、花織は更に笑顔になる。大丈夫だ、と言わんばかりに。
心配事や不安をすべてプラスへと変え、悩みをふっきったようであった。

一方、仲良く話をしながらお弁当を食べる太助達。
いつもの平和な、のどかな昼休みもようである。
「やっぱりおいしいなあ、シャオちゃんのお弁当は。」
「たかし、ここんとこ毎日たかりに来てるな。ちゃんと自分の持ってきた奴を食えよ。」
「まあまあ太助君、これだけおいしいとそれもしょうがないよ。」
「いっぱい有りますから、みなさん沢山食べてくださいね。」
「とーぜんよ。がつがつ・・・。」
例によって、シャオのお弁当を食べるために周りにやってきているたかし、乎一郎、そして翔子。
いつもと変わらない、メンバー達である。
「それにしても、昼休みだってのにキリュウの奴戻ってこなかったな。」
「まだ寝てるんじゃないのか?それとも昨日の続きをしに行ってるとか。」
ポツリと言った太助に、翔子がさらりと答えてやった。太助がそれに聞き返す。
「昨日の続きってなんだ?」
「おにーさんへ与える試練だよ。昨日はみんなに言われて引き下がったけどさ、やっぱりやる気なんじゃない?
廊下で立ってたときにヨウメイ達と会って、その時言ってたんだ。
“昼休みの件は忘れていないだろうな”って。」
翔子の言葉に、はたと手を止めるみんな。
確かに、あっさりと引き下がったままで居るとは思えない。
なにしろあの時、道具を返してくれと必死に頼んできたのだから。
「大丈夫でしょうか、出雲さん・・・。」
シャオがぽつりと言ったその時、ガラッと戸が開いたかと思うと、キリュウが入ってきた。
ついさっきまで眠っていたようであるという事は、その目が語っている。
「ふああ、済まぬな、主殿。ついつい寝すぎてしまった。
まあ、ヨウメイ殿に少し頼んであったから大丈夫だろう。試練はどうだった?」
つかつかと寄ってきて椅子に腰掛けるキリュウ。シャオに箸を手渡されて、お弁当を食べ始めた。
太助はしばらく間を置いてキリュウに言葉を返す。
「それがさ、ヨウメイの試練自体受けてないんだ。なんかいろいろ忙しかったみたいで。」
しかしキリュウは動じることなく、お弁当を食べつづけていた。
ある程度食べたところで一休みして太助に言う。
「なるほど、それなら仕方ないな。では放課後に本格的にやるということで。」
そして再び食べ出す。なんとなく様子がルーアンに良く似ているものの、
やはりキリュウらしい、パクパクというペースで食べていた。
一生懸命に食べている途中で悪いと思ったものの、たかしは少し気になって尋ねてみた。
「ところでキリュウちゃん、出雲に試練を与えに行くの?」
するとキリュウは、ご丁寧にも食べる手を止めて答えた。
「誰がそんな事を言ったのだ?確かにその予定だったが・・・。」
「あたしだよ。廊下で言ってたことを思い出してさ。やっぱりそうだったんだな。」
翔子のほうをちらりと見るキリュウ。しかし反応はそれだけで再び食べに戻った。
「ずいぶんとそっけないな。実は秘密に動く予定だったんじゃないのか?」
太助の声に再び手を止めるキリュウ。いや、もう終わったようだ。
飲み物を二口ほど飲むと立ちあがる。
「廊下で翔子殿が居る側で喋ってしまった以上、秘密に動くのは不可能だろうしな。
それに、そんなに向きになって隠すものでもないと思った。それだけだ。」
そしてキリュウは廊下へ出ようとした。慌ててシャオが立ちあがる。
「待ってください、キリュウさん。出雲さん、昨日あれだけ反省していたじゃないですか。
それにあんなすごい試練をしてしまうと、出雲さんどうなってしまうやら・・・。」
「心配無用だ。これは天罰ではなくて試練だからな。
無論、出雲殿の態度によってどんなに変わるかは予想できぬが。」
最後に気になるセリフを残し、キリュウは去って行った。
もちろん太助達はそれを止めたかった。しかし去り際のキリュウは、
心なしか気合に満ちた感じであった。おそらく止めることは出来なかっただろう。
それでも、おそらく死ぬほどまではするまいと思い、皆は再び食事に戻った。

そして再び花織のクラス。花織達四人は、お弁当を食べ終わったところであった。
「ふう、おいしかった。最高のお弁当だね。」
「ほんと。七梨先輩達がうらやましいな。」
「やっぱりシャオリンさんのお弁当だもの。仕方ないよ。」
「三人とも良く聞いて。あたし、絶対にこれよりおいしいお弁当を作ってみせると断言するから。
シャオ先輩に負けっぱなしじゃ、七梨先輩に振り向いてもらえないもの!」
落ち着いた三人とは違って、気合十分の炎を燃やす花織。
三人とも少し苦笑いを浮かべてそれを見ているしか出来なかった。
ちょうどその時、
「ヨウメイ殿、約束の時間だぞ。さあ、早く行こう。」
と、教室の入り口にキリュウがやってきた。
「あ、キリュウさんだ。そっか、もうそんな時間なんだ。
熱美ちゃん、ゆかりん、先生が聞いて来たら、遅れてきますって言っておいて。
ちょっとキリュウさんと約束してるもんだから。」
「いいけど。・・・約束って何?」
ぽかんとして聞き返すゆかりん。熱美が思い出したように言った。
「そういえば言ってたね、出雲さんに試練をやるって。それのことなの?」
「うん、そう。放課後の練習って形でね。
昨日途中で帰っちゃったし、丁度いいかなって思って。」
そしてヨウメイガ立ちあがる。ゆかりんは納得して頷いたが、熱美はもう一つ聞いてみた。
「ねえ、どうして私とゆかりんなの?花織は?」
「だって花織ちゃんは忙しそうなんだもの・・・。」
花織の方に指をさすヨウメイに、二人も花織の方を見る。
“先輩にあーんしてもらって・・・”とかなんとかつぶやきながら、
夢見る乙女状態に入っている。つまり、他からの影響を何も寄せ付けない状態だ。
確かにこれは忙しそうである・・・。
「それじゃあ頼んだよ。」
「うん、任せといて。」
「あんまり無茶しないでよ。」
熱美とゆかりんに手を振って、入り口に立つキリュウの側へと駆け寄るヨウメイ。
笑顔で一言ずつ交わしたかと思うと、仲良く並んで歩き去って行った。
「・・・うーん、最初のころじゃ考えられないよね。」
「そうだね、あんなにいがみ合ってたとは思えないよ。
・・・そうだ!いつかキリュウさんも友達に誘ってみよう。仲良し五人組とか言って。」
「ゆかりんらしいなあ。でもキリュウさんの地ってどんなだろうね。」
「意外ときゃぴきゃぴしてるかもよ。普段はその反動でおとなしいとか。」
「・・・それってなんかやだなあ。試練よ〜、耐えて〜。
なんて言われたら、笑って試練どころじゃないよ。」
「それもそうか。あはははは。」
二人の話に花が咲く。花織は相変わらず乙女モードに入っていた。

≪第七話≫終わり


≪第八話≫
『出雲への試練!』

「はい、どうぞ。」
「うわあ、ありがとうございますー。」
「いえいえ、女性にこれくらいは当然ですよ。」
ここは購買部。出雲はいつもの笑顔を振り撒き、いつものように女性に無料でパンを配っていた。
数え切れないほど(いや、実際そんなに居るわけではないが)の女子生徒すべて。
その子らに対して無料で配っているのだから、相当な赤字のはずなのだが・・・。
「なあ宮内、そんなに無料で配って、困ったりしないのか?」
那奈がついさっきもらったパンにかぶりつきながら尋ねる。
ちなみに手前にもらった十個のパン。それらはすでに那奈の胃の中に収まっていた。
「心配無用ですよ、那奈さん。それなりに対処してるんですから。」
「ふーん、まあいいや。」
何をそれなりにという事は訊かないでいた。わざわざ聞くものでもないと那奈は判断したのだろう。
大量のパンを配り終え、(男子にはしっかりと売りつけ)購買部の前に居るのは那奈のみとなった。
昼休みもそろそろ終わりという時間である。
「さあてと、後は放課後を待つのみ。でも暇だなあ。なんか面白いこと無いかな?」
「そんなもの有るわけが無いでしょう。適当に本を読んですごしたらいかがですか?」
「本ねえ・・・。図書室に行くってみようか。じゃあな。」
そして購買部を去って行こうとした那奈。
しかし、向こうから面白い事の種になりそうな人物が歩いてくるのを見て、ぴたっと立ち止まった。
その人物は二人組。話をしながら仲良さそうに並んで歩いてくる。
そう、キリュウとヨウメイである。
「すっかり仲が良くなったみたいだな。なあ、宮内。」
「は?誰が・・・よ、ヨウメイさん!そしてキリュウさん!」
二人が歩いてくることに気がつかなかった出雲。那奈に言われて振り向き、そこでその姿を確認した。
出雲自身、試練が有るとかそう言うことを、今の今まで忘れていたのだ。
読んでいた本を慌てて取り落としそうになったが、何とか平静を装おうとする。
「どした?あの二人となんか有ったのか?」
「い、いえ別に。それより那奈さん、図書室にはいかないんですか?」
「ああ、やめにしたよ。ここに居る方が面白そうだし。」
「は、はあ、そうですか・・・。」
出雲としては那奈にはあんまり居て欲しくは無かったのだが、
無理に追い出そうとすれば、後で那奈やヨウメイに何を言われるか分かったものではない。
覚悟を決めたように座り込んで、二人が近づいてくるのを待った。
やがて笑顔の二人が購買部に到着。それでも出雲は普段の顔で座っていたが。
「こんにちは、那奈さん。どうしてこんな所に?」
質問でも笑顔を絶やさないヨウメイに、那奈はこれまた笑顔で答えた。
「ちょっと暇だったからさ。でもこうして面白そうなイベントに巡り会えたみたいだ。結構結構。」
その言葉に、あきれながら頭を掻くキリュウ。
「あまり面白いものではないぞ。ただの試練だからな。
あんまり邪魔はしないでもらいたいのだが・・・。」
もちろん那奈は引き下がらなかった。それどころか更に目を輝かせる。
「邪魔なんてしないよ〜。で、誰に与える試練なんだ?」
「それは宮内さんです。ちゃんと約束したんですものね?」
ヨウメイが購買部の中を覗き込むように身を乗り出す。
それと目が合った出雲は、やれやれというように立ちあがった。
「ええ、一応そうなんですが・・・しかしなんで私に?」
さりげなく逃れようとする出雲。
それを拒むかのように、キリュウが前にずいっと出た。もちろんヨウメイもそれに続く。
「昨日の一件を忘れたわけではあるまい?あの時は皆に言われて中止しただけだからな。」
「だから、昼休みに二人だけで続きをやろうと思って。まあ、今は二人だけじゃないですけど。」
そして二人同時に那奈を見る。なんとも言いがたい表情だったが、那奈は軽く手を振ってそれに答えた。
「はあ、結局こうなるんですか・・・。まあいいでしょう。
あんまり激しすぎるのは勘弁してくださいよ。じゃあ始めてください。」
両手をだらんとして、いつでもどうぞのようなポーズを取る出雲。
キリュウはそれに反応するかのように短天扇を広げ、万象大乱を唱えた。
巨大化した椅子が出雲を廊下に吹っ飛ばす・・・が、出雲は華麗に着地して見せた。
昨日の試練が身についたのだろうか。
「ほう、うまいな。宮内殿、なかなかやるではないか。」
「ふっ、これくらいは当然ですよ。」
そしてふぁさっと髪の毛をかきあげる。
こんな所を見たら、すかさず何か言うヨウメイなのだが・・・。
「どした?ヨウメイ。あんたは何もしないのか?」
那奈のそんな声にも反応せず。実はさっき那奈の方を見た時から何やら考えているのであった。
しばらくそんな時間が流れたかと思うと、ヨウメイがきりっとした顔で言った。
「那奈さん、少し判断というか審判というか、それをしてもらえませんか?」
「はあ?どういう事だ?」
「つまり、宮内さんへ与える試練が、それ相応にふさわしいものかどうかを見て欲しいのです。
もちろん、こんな試練はどうだとかいう提案でもかまいませんよ。」
それを聞いた那奈は少し考えていた。
しかし、昨日の詳しい説明を受けると、顔をにぱっとさせて快く承諾した。
「あの、那奈さん。あなたまで無理に加わらなくても・・・」
「来れ、洪水!」
出雲の言葉をさえぎって大量の水を呼び寄せるヨウメイ。
しかし、出雲は昨日のヨウメイの言葉のとおり、ちゃんと泳いで抵抗した。
それでも、ある程度流されてしまったのは言うまでも無いが。
「なんだ、宮内の奴結構やるじゃないか。さすが、軟派神主。」
「あのねえ、那奈さん・・・。」
あきれながらも、出雲の顔にはまだまだ余裕があるようだ。
そんな出雲の顔を見たキリュウとヨウメイは、にやあっと笑いを浮かべた。
「さすが宮内殿だな。うむ、いいぞ・・・。」
「これでキリュウさんと相談した甲斐があったというものですよ。ああよかった。」
一言ずつ喋ったかと思うと、二人はそれぞれの道具を構えた。
出雲はそれに素早く反応し、油断無く身構える。
「来れ、転石!」
「万象大乱!」
突然石が現れたかと思うと、それが一瞬で巨大化した。
当然出雲は唖然とする。どんなにすごいものかと思いきや、
普段キリュウがしているものと変わりなかったのだから。
「まったく、私もなめられたもんですね。でもこの程度なら・・・。」
そして廊下を走り出す出雲。それを追いかける巨大な石。
もちろん、キリュウ、ヨウメイ、那奈もその後を追う。
それと同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
上手い具合に、廊下に出ている生徒達を巻き込まずに済んだわけである。

「はあ、はあ。なんだ、これくらいの試練なら楽勝じゃないですか。
おまけにいい運動にもなるし。一時はどうなることかと思いましたが。」
まるで意志を持つかのように、出雲の後を追う石。
ある程度のところまで来たかと思うと、石はぱっと姿を消した。
それに合わせて、出雲も走るのをやめる。
しばらく遅れて、那奈、キリュウ、ヨウメイの三人が走って追いついてきた。
「三人とも遅いですよ。試練を与えるならちゃんと後を付いて来て頂かないと。」
那奈は平気そのものだったが、キリュウ、ヨウメイの二人は息をゼイゼイと切らしていた。
それを見て“ふふっ”と笑みを浮かべる出雲。
「まったく、あれしきの運動で息が切れるか?ふつー。それより全然宮内は平気そうだな。
もうちょっと厳しくした方が良いんじゃないのか?」
「そ、そうですね。ふう、ふう・・・。」
息もたえだえに答えるヨウメイ。出雲は更に笑みを浮かべた。
「大丈夫ですか、ヨウメイさん。キリュウさんも、少し休まれてはいかがですか?」
「・・・・・・。」
出雲の声に、無言で腰を下ろしたキリュウ。もちろん息を激しくしているのは変わらない。
「おいおい、キリュウまで・・・。だらしないなあ、いつもの元気はどこへ行ったんだ?」
那奈の声にもキリュウは黙ったままだ。更にヨウメイも座り込んだ。
あきれ顔になる那奈。出雲は精霊二人の様子を見て、少し渇を入れるように言った。
「試練を与える二人がそんなことでどうするんですか!もっと真面目にやってくださいよ!」
それでも二人の様子は変わらない。相変わらず苦しそうに呼吸をしている。
那奈はそれを止める気にもなれず、出雲は更に続けて言った。
「聞いてあきれますね、昨日あんなにすごんでいたくせに。
お二人で相談してこれなんて、よほど相性が悪いんですかね!!」
“なっ!”という感じで出雲を見る那奈だったが、
キリュウとヨウメイの様子を見て、言葉を返す気にもなれずに座り込んだ。
那奈が座った瞬間、キリュウとヨウメイの息がぴたっと止まる。いや、通常に戻ったようだ。
「宮内さん・・・。」
「なんですか、ヨウメイさん。」
余裕の表情を浮かべる出雲。それに対しての答えなのだろうか。
ヨウメイとキリュウはすっと立ちあがった。
「ようやく試練再開ですか。今度はしっかり頼みますよ。」
出雲の声に、ヨウメイが顔を上げてにたあっと笑う。
その様子もなんのその。出雲は相変わらず平静で居た。
「今度はどんな試練ですか?」
出雲がそう言った後、ヨウメイはゆっくりと統天書をめくり出した。
「来れ・・・突風!!」
ヨウメイの声が廊下に響いた瞬間、出雲の姿はそこに無かった。
突風によって、窓から外へと放り出されたようである。
慌てて窓に駆け寄る那奈が見たものは、まっ逆さまに地面へと落ちてゆく出雲だった。
付け加えておこう。実はここは三階である。
「ちょ、ちょっと。うわー!!」
落ちながら叫ぶ出雲を笑顔で見ながら、ヨウメイとキリュウは同時に叫んだ。
「来れ、竜巻!」
「万象大乱!」
出雲の真下に竜巻が出来あがったかと思うと、それは一瞬で巨大化した。
もちろん出雲をしっかり巻き込んでいる。
竜巻の影響により、出雲は地面に落ちずに空へ空へと舞い上がっている。
「ひ、ひええー!!」
叫び声をしっかり上げているが、もちろん周囲の人間に届くことは無かった。
唖然としてその情景を見つめる那奈。
しばらくして我に帰った彼女は、慌ててヨウメイとキリュウに訊いてみた。
「さっきのさっきまでやる気が無くて、いきなりこんな事をやりだすなんてどういう事だよ!
あれじゃあ宮内の奴死んじゃうんじゃないのか!?」
すると二人はにこりとしてこう言った。
「休憩・・・いや、あれは“ふり”かな。
あそこで宮内殿が調子に乗らずに居たのなら、軽い試練をしようと思っていたのだが。」
「あまりにも私たちを馬鹿にしてるもんだから、結局打ち合わせ通りの試練を行ったんです。
まったく、昨日で少しは素直になったのかと思ったのに・・・。全然懲りてませんね。」
再び唖然とする那奈。しかしすぐに元に戻ってもう一度訊いてみた。
「あのさあ、だからって・・・。
宮内の奴が死んじゃうんじゃないかって思うんだけど。」
キリュウがそれに答える前に、ヨウメイがさらりと言った。
「大丈夫でしょう、真面目にやれだとか散々威張ってたんですから。
やれやれですね。昨日と比べて手加減したってことに気付いてないんだから・・・。」
手加減というのは、洪水のことだ。
あきれ顔になりながらも笑い出すヨウメイ。キリュウがそれをつつく。
「ヨウメイ殿、ではそろそろ本格的に行こうか。」
その声にヨウメイが反応する前に、那奈は大声を上げた。
「ちょっと待てよ!あれで未だ本腰じゃないってのか!?」
無理も無い。人間を竜巻に巻き込む自体恐ろしいことなのだから。
「当たり前でしょう?あんなのまだまだ序の口ですよ。
一応の目標として、あの竜巻に乗って空中散歩してもらわなくちゃ。」
「そういう事だ。では行くぞ。・・・と、那奈殿はここで見ておられよ。」
「ま、待てって二人とも!」
那奈が止めるのも当然聞かず、二人はそれぞれ飛ぶ道具に乗って、窓から校庭の上空へと飛び出した。
ちなみに校庭に人影は無い。だからこそ二人はこの試練(?)を選んだのである。
出雲は依然竜巻の中。幾度となく体をまわされたのだろう。
気を失ってはいなかったが、完全に目を廻していた
もちろん竜巻の強さ自体は、ヨウメイがちゃんと調整してある。
「た、たひゅけて〜・・・。」
飛んできた二人を見かけた出雲は、情けないながらも助けを求める。
ヨウメイはにやりと笑って統天書をめくり出した。
「来れ、上昇気流!」
「うわああ!!」
出雲の体が竜巻から出たかと思うと、天高くへ昇って行った。
竜巻は一定の高さで途切れているのである。
つまり、空中洗濯機というような状態を思い浮かべれば分かりやすいだろう。
やがて出雲が一定の高さまで来たかと思うと上昇を止め、今度は落下して行く。
「ううう、うわあああ!!」
落ちながら叫び声を上げる出雲に、キリュウが大声で叫んだ。
「宮内殿!購買部で華麗に着地したように、見事竜巻に上手く着地して乗って見せよ!
さすれば試練を超えたものとするぞ!」
「そそそ、そんな無茶なああ!!」
必死に叫びながら竜巻へ落ちてゆく出雲。
当然キリュウの注文通り出来る訳もなく、最初と同じように竜巻に巻き込まれてしまった。
ぐるぐると回る出雲を見て、ヨウメイが一言。
「たくう、ちゃんと予習ぐらいしといてくださいよ。
キリュウさんが親切にも練習までさせてくれたっていうのに。」
それは一応那奈の耳にも届いた。那奈の反応は、
「予習なんてそんな無茶な。それにキリュウの時と比べられるもんじゃないだろ・・・。」
と、普通通りの反応である。そしてキリュウは、
「完全にサボりだな。まったく、宮内殿は昨日何をしていたのだ!」
と、少し怒り気味である。そしてヨウメイは、出雲に向かって大声で叫んだ。
「言っときますけど、ちゃんと出来るまで何回でもやりますからね!」
「えええ〜!?それってどういう・・・」
「来れ、上昇気流!」
再び竜巻の更に上空へと放り出される出雲。
「ま、またですかああ!!?」
悲惨な叫び声が辺りに響く。当然、こんな状態を学校の生徒達が気付かないわけは無いのだが、
ヨウメイが前もって蜃気楼を呼び出しておき、校舎からは常にいつもの景色が見えるようになっている。
つまり、この試練を知っている者は、出雲、キリュウ、ヨウメイ、那奈、の四人であるという事だ。
二度目の落下。いうまでもなく最初と同じ結果になった出雲。
それを見て怒鳴りつけるヨウメイ。
「何やってんですか宮内さん!!私は授業をぬけてまでこんな事やってるんですよ!!
とっとと終わらせちゃってくださいよ!!本当に根性無しなんですから!!!」
この際根性とかそういうものは一切関係が無いのだが、ヨウメイにはそんな事はどうでも良かった。
そうして、何度と無く上空へ放り上げられる出雲。次第に飛ばされ方が荒っぽくなってきた。
「よ、ヨウメイさ〜ん。もうちょっとソフトに〜。」
「甘ったれてんじゃないですよ!!ほら、もう一回!!」
だんだんと厳しい目つきになるヨウメイに、キリュウはため息をついていた。
「必死だな・・・。何もそこまでならなくてもよいと思うのだが・・・。
まあこれも試練だ。耐えられよ、宮内殿。」
一方那奈は、ずうっと校庭での様子を見ていた。
もはや何も言う気になれず、ただ見ているだけの状態である。
そしてポツリとこうつぶやいた。
「あの二人には逆らっちゃいけないな・・・。あと怒らせるのも厳禁だ・・・。」
それでも、相変わらず続けられている試練。
「また失敗!たくう、軟派師ならこれくらい出来ないとだめじゃないですか!!」
「ヨウメイ殿、それは違うのでは・・・。」
二人は相変わらずだったのだが、出雲はもう声をあげる元気すら失っていた・・・。

何十回出雲は上空へ飛ばされたのだろうか。元気どころか、すっかり気を失っていた。
「・・・さっきから何にも反応が無いと思ったら。中止にしますか、キリュウさん。」
「そうだな。これ以上は無意味だ。」
二人でごにょごにょと相談し、ヨウメイが統天書を開き、キリュウが唱える。
「万象封鎖!」
「万象大乱!」
出雲が統天書に吸い込まれたかと思うと、竜巻は小さくなってパッと消えうせた。
ちなみに、当然キリュウが乗っているのはヨウメイの道具の上である。
「さてと、それじゃあ戻りますか。」
「ああ、今度は放課後だな。」
二人して那奈の居る窓へと向かう。校舎に入ったところで、ヨウメイは出雲を統天書から出した。
当然気絶した状態である。そのまま壁にもたれかけさせるようにした。
「それじゃあ三人とも、後はお任せします。私は授業にもどらないといけないので。」
ヨウメイがぺこりと頭を下げ、その場を去ろうとした時、那奈はヨウメイを呼びとめた。
「あのさ、言いにくいんだけどもう授業終わっちゃって放課後なんだよね・・・。」
「へえ、そうなんですか・・・放課後!?」
「それは本当か!?那奈殿!」
ヨウメイとキリュウ、二人して那奈に詰め寄る。
と、そこで那奈は笑って答えた。
「ははは、冗談だよ。でももうすぐ午後最初の授業が終わるな。
つまり、一時間近く宮内への試練をやってたってことだよ。」
「なんだ、そうなんですか・・・大変!先生に怒られちゃう!!
それじゃああとよろしくお願いします!」
そしてヨウメイは急いで走り去って行った。手を振って見送る那奈。
結局那奈は見ていただけだったのだが、出雲への試練はここで終了という事になったのである。