小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


風呂場。いち早く掃除を終えたキリュウはその場で涼んでいた。
「ふう、この家にこんな涼しい場所があったとは。やはり風通しが良いからかな。」
窓を全開にでもすれば、空気の流れがかなりスムーズに行われる。
一種の空気の通り道となっているので、ここはほぼ一定に風が吹いている様なのだ。
キリュウは、ついさっきまで暑さで死にかけていたとは思えないような穏やかな顔で居る。
「私の部屋もこうだと良いのだがな。
いや、それよりはもっとヨウメイ殿が素直になってくれれば・・・。」
(おまえはそれを願うか?)
「誰だ!!」
聞きなれない声により、和んでいた顔から一気に険しい表情へと変わるキリュウ。
辺りを慎重に見回したかと思うと、再びその場に座り直した。
「空耳か・・・。」
そう言いつつも、キリュウは短天扇を広げた。目をある場所からそらしながらそれを構える。
「万象・・・大乱!」
不意に脱衣場の一部が巨大化。それによってキリュウの傍へ何者かが押し出される形となった。
いきなりの事にしばらくは動かなかったそいつだが、やがてゆっくりと起きあがった。
全身黒づくめの人物である・・・。
「さすがだな。まあいい、貴様の願いをかなえてやろう。なんでも言うがいい。」
「・・・ヨウメイ殿が呼び出したのだな。まったく、失敗したといっておきながら・・・。」
呆れ顔になりながらも短天扇を慎重に構えているキリュウ。
無言のままの彼女にいらだってきたのか、黒づくめは急かし始めた。
「さっさと願いを言え。私は貴様程度に時間を費やしていられないんだ。」
するとキリュウは冷静な表情のまま黒づくめを睨んだ。
「願いをかなえる報酬として魂でも取るのだろう?だったらそんなものはしてられないな。」
以前聞いた話をぶつけるキリュウ。
あくまでも冷静な彼女に、黒づくめはかすかに震え出した。
「・・・いいだろう。ならば無理にでも願いを言わせるまでだ!」
黒づくめが“ばっ”と両手をキリュウにかざす。
と、次の瞬間にはキリュウは別の場所に居た。
いや、特別な場所ではない。七梨家のリビングだ。キリュウはそのソファーに腰掛けていた。
さっきの黒づくめの姿はもうない。何処かへ消え去ってしまった様だ。
「・・・瞬間移動を使えるということか?」
キリュウは立ちあがって、風呂場へ戻ろうとする。
と、それと入れ違いになるようにヨウメイが入ってきた。
「ヨウメイ殿!まったく、失敗したといっておきながら呼び出していたではないか。
ちゃんとしてもらわねば困るぞ。」
その言葉にヨウメイは無表情でキリュウを見る。
と、やれやれという様に頭を振った。
「なに言ってんですか、キリュウさんが呼び出せって言ったくせに。
お陰で主様達は大迷惑。ほんと嫌になっちゃいますよ。」
「なんだと?」
慌ててキリュウはヨウメイの腕をつかむ。
しかしヨウメイはそれをうるさそうに払いのけて、キッチンへと姿を消した。
不審に思ったキリュウは急いで風呂場へ。だが、そこにはすでに誰かがいる様だった。
「さっきの人物だろうか?」
慎重になりつつそこで立ち止まっていると、後ろからキリュウに声をかける人物が。
「キリュウさん!」
「シャオ殿?」
振り向いたキリュウだったが、シャオの様子に唖然としていた。
いつもの様な笑顔ではなく、悲しみに満ち溢れた表情をしていたのだから。
「ど、どうしたんだシャオ殿。」
「どうしたんだ?なにとぼけたこと言ってるんですか!
ヨウメイさんにあの人を呼び出させ、私に支天輪に帰れとか言っておいて・・・。
あんまりです!だからルーアンさんも那奈さんも・・・!!」
ついには泣き出したシャオ。
訳がわから無かったキリュウは慌てて傍に駆け寄ったが、シャオにはたかれた。
その時点でキリュウはすべてを悟った様だ。
「シャオ殿、違う。それは幻だ。」
「幻?・・・ふざけないでください!!来々、北斗七星!!」
いきなりキッと睨んだかと思うと、支天輪より北斗七星を呼び出すシャオ。
さすがのキリュウも不意をつかれ、その攻撃をまともに受けてしまった。
ドゴオオオオン!!
大音響と共に、風呂場ごと吹っ飛ばされるキリュウ。中に居た人物も一緒だった。
シャオはそれを確認すると、キリュウに聞こえるような声で叫んだ。
「さようなら、キリュウさん!」
そしてシャオは軒轅を呼び出し、何処か遠くへと飛び去って行ってしまった。
倒れたままそれを見送るしかできなかったキリュウ。
そこへヨウメイがやって来た。
「大きな音がしたかと思ったら・・・。
まあいいや、私も何処かへ行って、そして空天書へ帰ります。
そうそう、悔しいから短天扇お預かりしておきますね。」
落ちていた短天扇をひょいっと拾い上げるヨウメイ。
キリュウは慌ててそれを取り返そうとしたのだが、体の痛みに思わずうめくのだった。
「それじゃあキリュウさん、主様の怪我は自分で治すようにしてくださいね。」
意味ありげな言葉を残し、ヨウメイもまた飛翔球に乗って何処かへ飛び去ってしまった。
「主殿の怪我?」
きょろきょろと辺りを見回したキリュウは、ある場所を見てはっとなった。
そこには、瓦礫に埋もれたままの、血だらけになった太助が居るではないか!
「あ、主殿!」
体の痛みをこらえて駆け寄るキリュウ。
太助は生きてはいるものの、とても直視できるようなものではなかった。
片腕はちぎれ、顔も半分は原型をとどめていない。
一度は目をそむけたキリュウだったが、意を決して太助に向き直った。
「主殿、しっかり!」
「き、キリュウ・・・か?」
「ああそうだ。待ってろ主殿、今すぐ治療を・・・。」
言いかけてキリュウははっとなった。
普段治療を行っているシャオやヨウメイは、今しがた飛び去ったばかりではないか。
がっくりとしながらも、太助を助けなければと懸命に考える。
そんなキリュウの様子を見た太助。精一杯の笑顔を作って言った。
「キリュウ、今までさんざん好き勝手やってくれたよなあ・・・。
なんでも願いをかなえる魔人をヨウメイに呼び出させたと思ったら、後は自分のわがままし放題。
ほんと、いいかげんにしてくれって感じだったよ。」
「なっ!?そ、そんな馬鹿な!!」
驚きで言葉を返すキリュウだったが、太助は構わずに続けた。
「なあ、せめて一度くらいは俺の怪我を治すために使ってくれてもいいんじゃないか?
魔人に願ってくれよ。主殿の怪我を治してくれって・・・。」
そこで太助は激しく咳をした。口からおびただしい量の血があふれ出てくる。
「主殿!!」
ここでキリュウの頭には願いをかなえるということしかなかった。
それこそ、幻だということも完璧に忘れ、自分を見失っているのだった。
「魔人よ・・・いるのならば私の願いをかなえてくれ。
ここに居る主殿の怪我を治してくれ!!」
祈るような気持ちでキリュウが叫ぶ。
すると太助の体がぱあっと光り出し、全ての傷がみるみるうちに消え失せた。
すっかり元通りになった太助を見て、キリュウは慌てて呼びかける。
「主殿!」
「良かった、傷が治ったよ。という事で、早速貴様の魂をいただこうか?」
「なにっ!?」
突然声が変わった太助に、キリュウは思わず後ずさりした。
次の瞬間には、キリュウが居たのは風呂場だった。
何も壊れていない、掃除を終えた直後の風呂場である。
すぐ目の前には、例の黒づくめが居た。
「こ、これは・・・。」
「冷静かと思ったらそうでもなかったな。主の言う事をあっさり信じるとは。」
「やはりさっきのは幻だったのか!!」
短天扇を構えるキリュウに対し、黒づくめは宝玉を取り出しながら言った。
「幻?幼稚な呼び方だな・・・。異次元へと貴様を連れて行っただけだ。
ではいただくぞ!」
「万象大乱!」
キリュウが万象大乱を唱える。しかし何も起こらない。
「そんな力は全てこれに吸いこまれる。無駄なあがきだ・・・。」
と、気付いた頃にはキリュウは宝玉へと吸いこまれる途中だった。
「うわああ!」
ぱさっと短天扇が床に落ちる。そして風呂場にも誰も居なくなった。
「よしよし、これで準備は整った。後は呼び出した輩のみだ!」
静かに笑いながら短天扇を拾い上げる黒づくめ。
そしてヨウメイが来るであろう場所、リビングへと向かった・・・。

場所を変えて倉庫。ひいひい言いながらヨウメイが整理している。
「つ、疲れた・・・。なんで私が力仕事なんか・・・。
あ〜あ、ルーアンさんが居れば一瞬で片付くのになあ。」
ため息をついてそこに腰を下ろすヨウメイ。
暑さも手伝ってか、かなりの汗だくの様である。
「・・・喉かわいた。なんか飲みにいこうっと。」
ある程度の所でそのままにしておき、倉庫から離れるヨウメイ。
途中庭を通って行ったのだが・・・。
「箒がそのまんまだ。そっか、シャオリンさんも休憩してるんだ。
良かった、これなら怒られないよね。・・・なんで何も無いんだろう?」
庭の様子に疑問を感じたヨウメイだったが、少し首を傾げただけであった。
落ちていた箒を塀へと立て掛ける。そして家の中へと入っていった。
とりあえずキッチンへ行こうと、リビングを経由して行く。
と、ヨウメイは見なれぬ人物がソファーに座っているのを見つけた。
何やら黒づくめの人物。不信に思ったヨウメイは、急いで統天書をめくり始める。
ヨウメイに気付いたその黒づくめは、ゆっくりと立ちあがった。
「さあ、願いを言うがいい。どんな願いでも一つだけかなえてやるぞ。」
ものすごい念のこもった声。しかしヨウメイはそれを無視して統天書を読み始めた。
「・・・なるほど、キリュウさんの扇風機巨大化事件によって、別の悪魔が呼び出されたって訳ですか。
名前はリュクルゴス。その昔、ある文明を戦争の泥沼に引きずり込んだ・・・。
神によってその力を封じられていたが、今日こうして呼び出される事によってその力を取り戻した。」
ヨウメイの朗読に感心した様に頷くリュクルゴス。
にたあっと笑みを浮かべて片手をヨウメイに向けた。
「その通り。さすがは全ての知識というだけあるな・・・。
だが、肝心な事が抜けているぞ。それは・・・。」
「それは、人の願いをどんなものでもかなえる力を持つという事。
無論願いをかなえる代わりとして、かなえた相手の魂を奪う事が出来る。
奪った魂と肉体は赤い宝玉に保管され、それを自らの力へ変換できる。
ただし、かなえるべき相手は呼び出した人物の知人でなくてはならない。
また、願いをかなえるのは全部で十人。それ以上しようものなら、再び狭間の世界へと返される。」
淡々と読み続けるヨウメイ。
説明する個所を奪われて少し不機嫌になったのか、リュクルゴスは宝玉を取り出した。
「無駄なお喋りはそこまでだ。貴様の知人は全てこの中だ。
どうだ?願いを言えば助けてやるぞ。」
赤く輝くそれに一瞬目を奪われたヨウメイだったが、再度統天書を読み出した。
「なお、十人目に召喚者の願いをかなえようものなら、狭間との道を開く事が可能。
それにより、リュクルゴスと同類の悪魔が大量にこの世に押し寄せてくるだろう。
・・・なるほどね、それで次々と願いをかなえ、私の所へ来たって訳ですか。」
「私の目的を知ってしまったか・・・。まあいい、貴様がそれを知ったところで何もできはしまい。
おとなしく願いを言うしかないのだからな。」
なんとも勝ち誇った様に言うリュクルゴス。
ヨウメイはしばらく考え込んでいたが、やがて思い出したようにキッチンへと歩き出した。
「おい、何処へ行く!」
「うるさいですねえ。キッチンですよ。見て分からないなんて頭が悪い証拠ですよ。」
「な、なんだと・・・!!」
挑発した態度を取ったかと思うと、そのままキッチンへ行くヨウメイ。
そして当初の目的である水分補給を行った。
「ふう、美味しかった。やっぱり喉が乾いている時は麦茶ですねえ。」
「おい、くつろいでないで願いを言え!」
後を追ってキッチンへとやって来たリュクルゴスに、ヨウメイは麦茶を冷蔵庫へ閉まってから言った。
「嫌です。あなたはそのまま何もできずに居ればいいじゃないですか。
みんなを助け出す方法なんて、私がすぐに見つけ出しますよ。」
「貴様・・・殺す!」
ものすごい形相でヨウメイにつかみ掛かるリュクルゴス。
しかしヨウメイはそんなものに臆さずにこう返した。
「どうぞ。私を殺せば、あなたの目的は永久に達成されませんよ。」
「くっ・・・。」
おとなしく引き下がるリュクルゴス。
しかし、このままで黙っているわけは無かった。
リビングへ戻ろうとしたヨウメイの一瞬の隙をついて統天書を奪う。
「ああっ!!ちょっと、返してください!!」
「返して欲しいと願うか?」
「・・・いいですよーだ。勝手にしてくださいよ。
どうせあなたみたいなお馬鹿さんには読めない代物ですから。」
「お、おのれ・・・!!」
懐に統天書をしまいながらも激しく怒るリュクルゴス。
それに対し、ヨウメイは更に追い討ちをかけた。
「どうせ他の人の願いをかなえたって、屁理屈ごねてしょうも無いかなえ方したんじゃないですか?
ああやだやだ。これだから頭の悪い人って・・・あ、悪魔でしたね。
頭の悪い悪魔かあ。ますますおちこぼれですねえ。」
とうとうリュクルゴスの我慢も限界に達した様だ。
両手を振りかざしたかと思うと、見えない力によってヨウメイを壁に叩きつける。
ドーン!!
と、激しい音がしたかと思うと、ヨウメイは張り付けの様な格好になった。
「いい気になるなよ、小娘。たかが精霊の分際でこの大悪魔をからかうとは・・・。」
「はっ、どうせこの力も他の人から奪ったもののくせに・・・。」
「だまれ!!」
更に念をこめるリュクルゴス。と、ヨウメイを圧迫する力が増した様だ。
みしみしという音と共に、リビングの壁にひびが入り始める。
「ぐっ、うっ・・・。」
「どうだ?苦しいか?心配しなくても命までは取らない。
だが、五体満足で済むとは思うな!!」
今度はヨウメイの左腕に手を当てた。次の瞬間、バキッという鈍い音がした。
「きゃああ!!」
「まずは一つ。ふふふ・・・。」
そう、ヨウメイの左腕を砕いたのである。
傷口から流れるおびただしい量の血により、あっという間にそこは血の海と化す。
「こ、こんな程度で・・・。」
「ほう?ならばこれはどうかな?」
今度はヨウメイの両足に手を置いた。次の瞬間には両足ともが砕ける。
「うぐっ!!」
「なんだ、普段体力が無いくせにずい分と強情だな。
我慢するのも結構だが、もっと痛めつけてやってもいいんだぞ。」
もはや何も動かせないという状態のヨウメイ。
傷ついた体のまま、うんうんとうなっている・・・。
「さて、願い事は言わないのか?痛みを消してくれとか。」
「だ、誰が・・・。傷つける事しか知らない、無能の悪魔・・・。」
このごに及んでも挑発する元気は残っているようだ。
それもリュクルゴスに響いた様で、彼は怒りのあまりおもいっきり震え出した。
「貴様・・・まずはその口をつぶしてやろうか!!」
「どうぞ・・・。願い事が、言えなく、なりますが・・・。」
薄ら笑いを浮かべるヨウメイに対し、リュクルゴスは寸前で手を止めた。
悔しい笑みを浮かべながら必死に考える。どうすれば願い事が言わせられるかを・・・。
「・・・そこまで傷つけられてなぜ平気で居られる。
普通なら気絶するか降参するはずだぞ。」
「普通、なら、ね。体力と、痛みは、別物です・・・。」
「・・・・・・。」
ますます考え込むリュクルゴス。この様子では、キリュウに対して用いた方法も効かないだろう。
あの方法はかなり有効なのだが、かなりの力を使うため、確信が無ければ使うわけにはいかない。
しかし、生半可な方法ではこのヨウメイは願い事を言いそうに無い・・・。
「ふふ、やっぱり、あの話は嘘なんだ。こんな馬鹿の知性が高いはずが無い・・・。」
「!!おのれ・・・。おのれおのれおのれおのれー!!!」
頭がこんがらがっていたところにヨウメイの挑発。
さすがにこれはリュクルゴスの逆鱗に触れたようで、彼はヨウメイめがけて手刀を突き出した。
ブシュウ!!
次の瞬間には彼の手は、ヨウメイの腹、そして壁をも貫いていた。
腕をつたって大量の血が滴り落ちる。
口から血を吹きながらも、ヨウメイはゆっくりと残った片手を彼の頭の上に乗せた。
何をするかとリュクルゴスが目を上に向けたときには、頭をなでなでされていた。
「よしよし、いい子、いい子、あははは・・・ごほごほっ!!」
もはや最後の挑発の様でもある。
これによってすっかり我を失ったリュクルゴスは、これ以上はないという力を放出し始めた。
「おのれええ!!こうなったら殺してくれるわー!!」
ずぼっと手を抜くと、ヨウメイの体からぶしゅうっと血しぶきが上がる。
抜いた手と片手を合わせて構えたリュクルゴスは、聞いたことも無い様な言葉で念じ始めた。
やがて力をためおわったかと思うと、目だけが開かれている状態のヨウメイを睨む。
「これで貴様も終わりだ!!」
リュクルゴスが両手を振りかざす。その瞬間懐でなにかが砕けた。
いち早くそれに気付いた彼は慌てて宝玉を取り出す。
しかし時すでに遅し。赤い宝玉はすでに分解した後だった。
「しまった!力をこめすぎたから・・・まさか貴様はこれを狙って!?」
改めてヨウメイを見たその時には、彼女はかすかな笑みを浮かべていた。
それと同時に赤い宝玉はだんだんと光を失ってゆく。
やがて全ての光が消え失せた時、ぱあっと中からいくつもの光が飛び出した。
「ま、まて、やめてくれー!!」
懸命に叫ぶリュクルゴスだったが、それは無駄な行為だった。
いくつもの光・・・全部で九つのそれは、床に着地すると同時に人の形を取った。
そう、ここまでリュクルゴスが奪ってきた魂の数々。つまり太助達である。
「こ、ここは・・・。」
「太助の家?」
「たしか掃除をしてて・・・。」
ぼんやりとしつつも意識をはっきりしようとする面々。
その中でいち早く気をしっかりした花織が部屋の内部を見回して叫んだ。
「ああ〜、あなたは!!」
「ちっ、なんてことだ・・・。」
そう、まず目があったのはリュクルゴスだ。
悔しそうな顔をする彼は、もはや人間の顔と呼べるものではなかったが・・・。
「よくもあたし達を!・・・って、後ろの壁にいるのって・・・?」
怒鳴りかけた花織だったが、壁に張り付いている赤い人影に驚愕する。
他の面々も気を取り直した様で、花織に続いて壁を見たが・・・。
「ま、まさか・・・。」
「ヨウメイ殿・・・か?」
疑うのも無理は無い。両足と片腕を失い、更に体に穴をあけた状態で壁に張り付いていたのだから。
もはや生きている事が不思議なくらいであった。
「そんな・・・楊ちゃん、楊ちゃん!!!!」
慌てて駆け寄ろうとする花織だったが、他の皆がそれを制した。
涙目になりながらも熱美もゆかりんも必死になってそれに加わっている。
「離して!楊ちゃんが・・・楊ちゃんが死んじゃう!!」
「落ちつけ、愛原!まずはあの黒づくめを何とかしないと!」
みなが花織を押さえている間に、キリュウと出雲は二人でリュクルゴスと対峙した。
暗い顔で居るそれに対し、出雲がまず前に出る。
「ヨウメイさんをあんな姿にしたのはあなたですね。
どういう事か説明願えますか?」
「宮内殿!!」
「願う、と言ったな・・・ふふ・・・。」
にやりと笑って顔を上げるリュクルゴス。
しかし口を開く前に後ろからそれを遮るような声がした。
「私に、願いを、言わせるため、ですよ・・・。」
相も変わらず血を吐き、激しく咳き込みながら言ったのはヨウメイだった。
それを見た花織は、ますます悲痛な顔になって暴れる。
「楊ちゃん、楊ちゃん!!」
「落ちついて、花織ちゃん!」
もはや六人でも押さえられないほどである。
そんな事はお構いなしに、リュクルゴスはキッとヨウメイを睨んだ。
「貴様・・・何処まで私の邪魔をするつもりだ!!
それになぜその状態になっても生きていられる!!」
「私はしぶといんですよ。他の人達と比べて、ね。
それに、願いを言ってないでしょ?私の願い・・・ごほごほっ!!!」
ヨウメイの意外な言葉を聞いて顔が緩むリュクルゴス。
それとは正反対にキリュウと出雲はきつい顔で叫んだ。
「駄目ですよ、ヨウメイさん!」
「そうだ、魂を取られてしまうぞ!!」
しかしヨウメイは笑顔を浮かべてそれに返した。
そして静かにするように皆に目で促してリュクルゴスへと向く。
「最初に、聞いておきます。どんな、願いでも良いんですよね?」
「そうだ。貴様のおかげで、私は今普段の力は失っているが、
願いを叶える分にはそれとは関係無く無限の力が発揮できる。
つまり、どんな願いでも可能だという事だ。無論、貴様で十人目だがな。
こうなった以上、私は貴様の願いを叶えねば力が使えないままだ!」
「それを聞いて安心、しました・・・。」
再び激しい咳をするヨウメイ。もはや限界の様にも見える。
それを見て不安に成ったキリュウがこわばった顔で言う。
「ヨウメイ殿、治療なら長沙殿に頼んで・・・。」
「もう駄目ですよ。後少し経てば、私は命を落とします。つまり、もう手遅れ・・・ごぼっ!!」
どす黒い血を吐き、ヨウメイはうつろな目でリュクルゴスへ向く。
他のみんなは、固唾を飲んだままそれを見守っていた。
「さあ、願いを言え。どんな願いでも一つだけ叶えてやる。」
「今日の午後、キリュウさんが、涼しくしてくれと、私に、言いました。
その時、私が、素直に・・・涼しくして・・・いた、様にして・・・ください。」
「そんな事か?いいだろう・・・そら!!」
リュクルゴスが念じ始める。ヨウメイの言う事は、つまりは過去の記述へと戻るわけだ。
しばらくしてリュクルゴスの持つ赤い宝玉が光り始めた。
「!!?こ、これは・・・。ま、まさか!!」
「その通り。あの時、私が涼しくしていれば、扇風機の事件は起きていなかった。
つまり、あなたは召喚され・・・なかっ・・・。」
途端に周囲の様子に異常が発生し始める。
それと同時に、リュクルゴスは赤い宝玉と共に消滅し始めた。
「お、おのれ、なぜ、なぜこの私が精霊ごときに!!
もう少し、もう少しだったのに・・・!!!」
声にならない叫びを上げながら、リュクルゴスの姿が消え去る。
そして空間が揺らぎ始めた。時を逆戻る様に・・・。



「ヨウメイ殿〜・・・。」
「あ〜、もう、うるさい!たかだか三十度ちょっとの気温でなに弱音吐いてんですか!!」
「三十度ちょっとどころではない。四十度近くある・・・。」
キリュウが力なくもベッドの上で寝っ転がりながら反論する。
それに反応してヨウメイが机の傍から温度計を見ると、果たして四十度近くあった。
参った様にやれやれとため息をついたヨウメイだったが・・・。
「試練です、耐えましょうね。」
「そ、そんな・・・。」
にこっと笑いながら冷たく返したヨウメイ。しかし次の瞬間には統天書を開いていた。
「来れ、冷気!」
一瞬にして部屋の気温が下げられる。
強烈な寒さという訳ではない。涼しいという感じだ。
「おお、す、涼しい・・・。」
「まったくもう・・・。あ、キリュウさん、窓閉めてくださいよ。
ずうっと冷気を出しつづけるわけにはいかないんですから。」
「分かった。ありがとう、ヨウメイ殿。」
「いえいえ、どういたしまして。」
上機嫌になりながら窓を閉め始めるキリュウ。
その様子を見て、ヨウメイは心の中で疑問を感じていた。
(あれ?なんで素直に冷気なんて呼んだのかな。いつもの私なら・・・ま、いっか。)
頭の中のそれをかき消し、改めて机に向かったヨウメイだが・・・。
「どうした?ヨウメイ殿。」
「い、いえ、別に。キリュウさんこそどうしたんですか、いきなり傍に来て。」
「いや、何かしているのなら手伝おうかと思ってな。」
「そうですか?ではお願いしますね。
私が今やっているのは、どんな願いも叶えてくれるっていう・・・」
「待った、ヨウメイ殿。」
「なんですか?」
「そういうむしのいい話は大抵ろくな結果になりはしない。
今までそれを試して良い結果に終わった事があったか?」
「一応少しは有りますが・・・。でもキリュウさんがそう言うのならしょうがないですね。
別の研究でもすることにしましょうか。」
そして統天書の別のページを開き始めるヨウメイ。
と、とあるページで手を止めた。
「お掃除でもしましょうか。主様とシャオリンさんが二人で頑張っている様ですし。」
「なるほど、それはいい考えだな。それでは早速行くとしようか。」
二人で頷き合い、部屋を後にする。しかしその直後、
涼しくなった部屋の気温と違って、むっとした熱気にキリュウが倒れそうになる。
それをヨウメイは慌てて支えた。
「大丈夫ですか?やっぱり部屋で涼む事にしますか?」
「そうだな。二人には申し訳無いが・・・。」
「実は私も力仕事は苦手なんですよね・・・。というわけでお昼寝しましょう。」
「うむ、そうしよう。」
お互い納得した様に頷くと、いそいそと自分たちの部屋へと引き返す二人。
そして冷房がしっかりと効いた部屋で、堂々と昼寝を決め込むのだった。
ちなみにヨウメイは床。キリュウはベッドだが・・・。
「ヨウメイ殿〜、乾かしてはくれないだろうか。」
「あのね・・・。来れ、乾気!」
洗濯をした方が良いのだが、とりあえず一時凌ぎという形を取った。
かくして、ようやく寝ついた二人だったが、
後に訪れる来訪者達により、結局昼寝ができなかった事を付け加えておこう。
もちろんその来訪者達とは、出雲、たかし、花織、ゆかりん、熱美の五人である。
乎一郎はルーアンの居る学校へ行ったのである。
ヨウメイの力によって涼しくなったリビングにて、皆は出雲の持ってきた水羊羹をほおばるのだった。

≪第十四話≫終わり


≪第十五話≫
『変な競争』

今までいろいろと言ってきた。
しかし私はもう我慢できなかった。
何に対して我慢できないかというと・・・。
「だからキリュウさんはだらしないんですよ。なんだってこの程度の暑さで・・・。」
「だらしないとはなんだ!!これは私の体質なんだ!!」
「体質だったら直すくらいの努力はしたらどうなんですか!!
毎日毎日冷気をねだって・・・。私は冷房じゃないんです!!」
「だからっていちいち馬鹿にした様に言わなくても良いではないか!!
大体ヨウメイ殿は口が悪過ぎるぞ!!」
「うるさいですね!!これは私のたい・・・」
「たい・・・なんだ?体質か?私に言った事を言ってくるとはな。」
「くっ・・・。分かりました、こうなったら取引といきましょう。」
「取引?」
「そうです。私はこれから三日間口が悪いなんて言わせないような言動を絶対取ります。
その代わりキリュウさんは、どんなに理不尽に暑くても我慢する様にしてください。」
「・・・なるほど、それは面白そうだな。普段から口が悪いヨウメイ殿がどこまで頑張れるかな?」
「う、うるさ・・・いや・・・。それで、もしどちらかがそれを破ったら、
破った方は一週間この家の皆の手足となって働くというのは?」
「それはいい考えだな。よし、決まりだ。」
というわけで私とヨウメイ殿は握手することによってその競争(?)に同意。
かくしてどちらにとっても無謀といえる時間が始まった・・・。

「へえー、競争をねえ。とりあえずキリュウは扇風機とかいった冷房器具も使わないんだな?」
「そうだ。」
「それでヨウメイは、常に誰かが傍に居て言動をチェックする、と。」
「そうです。」
これまた面白そうな競走に出会えたもんだ。ここに来て正解だったぜ。
「山野辺、何にやついてんだよ。」
「別に。」
「ところで確認しておきますけど、あくまでも聞いてすぐに口が悪いと思えるものですからね。」
「例えば?」
「例えば・・・って、私に言わせないでくださいよ。」
引っかからずにヨウメイは黙り込んだ。ちぇ、やっぱだめか。
まあ、あっさり終わっちまったらつまんないしな。
「太助様、教えてください。」
「えっ、いや、こういう事は那奈姉の方が・・・」
「なんだと?太助、プロレスの技を教えてやろうか・・・。」
ぼきぼきと手を鳴らす那奈ねぇ。うわっ、恐い顔だねえ。
七梨の奴って妙なところでいらない事言ってるなあ。
「た、タンマ!分かった、俺が言うよ。
つまり、こんちくしょ―!とか、てやんでぇ!とか・・・。」
「主様、私はそんな言葉使いませんよ・・・。」
呆れ顔のヨウメイにたじっとなる七梨。
駄目駄目じゃんか、こいつ。
「まあそんな事どうでもいいじゃない。ところでキリュウは暑さに耐えるのよね?」
「そう言ったはずだが。」
「だったら火でも焚こうかしら。燃やす物有るでしょ?」
「おっ、さすがはルーアン、分かってるじゃないか。」
「丁度お掃除してゴミとか沢山あったんですよ。庭に固めておいてありますわ。」
「というわけでキリュウに燃やす係を頼もうか。」
キリュウを見るとビシッと固まっている。
そりゃまあ、こんな風も無い炎天下の日に火の番をしろなんてのは無茶だな。
それでも皆に急かされて立ち上がるキリュウ。去り際にヨウメイに言った。
「なあヨウメイ殿、少し手加減みたいな物を・・・」
「何を言われるんですか。ワンちゃんの落し物でも召し上がってください。」
「・・・?」
ヨウメイの言葉に皆が首を傾げる。ワンちゃんの落し物?なんだそりゃ・・・。
一人、那奈ねぇだけは意味がわかったようで何やらため息をついている。
「なるほどな。確かに聞いた限りじゃあ口は悪くないな。」
「えへ。」
照れた様に笑うヨウメイ。一体なんだってんだ?
どう考えても分からなかったので那奈ねぇにきいてみた。
すると小声でこう言ってくれた。
「“犬の糞でもぶっ食らえ”ってことだよ。」
「ぶっ!!!」
思わずふきだしてしまった。犬の・・・おいおい、なんちゅうことを言うんだ。
それでもこれは確かに引っかかる事じゃないな。表面上は・・・。
「どうしたんですか?翔子さん。ワンちゃんの落とし物ってなんですか?」
「いや、シャオは気にしちゃいけない。きっぱり忘れる事だ。」
「はあ、そうですか・・・。」
不思議そうな顔をするシャオをなだめ、あたしはキリュウに向いた。
「キリュウ、早く燃やしてこいって。な?」
「しかし・・・。夏の暑さには耐えられるが、それに火の熱さまで加わっては・・・。」
うんうん、気持ちは良く分かるぜ。暑さに弱くなくたって、そんな事したくないよな。
弱気になっているキリュウを見て、再びヨウメイが口を開いた。
「キリュウさん、一昨日おいで願いたいですね。」
「ま、まあそうかな・・・。」
キリュウが返事をするが、明らかにあの顔はわかっていない。
今回はあたしも分かった。一昨日というのはおととい。
つまり、ヨウメイが言いたいのは“おとといきやがれ”ってことだ。
よくもまあこんな・・・。
「うーん、一昨日っていうのはおとといの事ですよね。
どうやって来れば良いんでしょうか。」
「シャオリン、そんなの来れるわけ無いでしょ・・・。」
真面目に考え込んでいるシャオ。おとといきやがれって言葉知らないのかな。
「なるほど、“おとといきやがれ”か。ヨウメイ、なかなかあじな真似を・・・。」
感心した様に七梨は頷いてやがる。お前な、そんなんで感心してどうしようってんだ。
それよりキリュウはどう反応してるんだろ。七梨が言っちまったから分かったはずだよな。
「ヨウメイ殿・・・いくらなんでもそれは許せないな。」
「思うところを私は申し上げただけです。更に言えば、主様は感心なさったんですよ。
人の取り方はどうあれ、表面上には全然汚い言葉じゃないでしょう?」
「む・・・。」
キリュウのやつ、黙り込んじゃった。
それにしてもヨウメイって口が上手いよな。これも知教空天ゆえのとりえってヤツかな。
そんな事より、キリュウにはさっさと炎の試練を(試練じゃないけど)をやってもらわないと。
「キリュウ、なにぼさっとつったってんの。早く外行って燃やしてこいって。」
あたしがはっぱをかけると、しぶしぶながらもキリュウは外へ向かって歩き出した。
と思ったらぴたっと出口で立ち止まる。一体なんだ?
「せめて、誰か一人くらい傍に・・・。」
なんちゅうー贅沢なヤツだ。ま、あたしが言う前にヨウメイが何か言うかな?
「キリュウさん・・・。」
来た。今度はどんな言葉を発するんだろう?
それが楽しみになってか、那奈姉もわざと何も言わなかったような顔をしている。
七梨もじっと見入ってるし、ルーアン先生もシャオも・・・。こりゃ楽しみだ。
「・・・いえ、止めておきます。」
ずるっ。おいおい、人が楽しみにしてるって時にそりゃないだろ〜。
「ヨウメイ、何でもいいから喋ってよ。」
「ヨウメイさん、なにか一言。」
ルーアン先生とシャオが・・・って、なんでシャオまで?
あたしが知らない間に随分と積極的になったもんだ。
「あの・・・無理に期待されても・・・。」
「ふっ、ネタ切れか?ヨウメイ殿。」
なんと、嘲笑うかのようにキリュウが!って、さっさと燃やしてこいっつーの。
「キリュウさん、それは失礼じゃありませんか?いちいち五月の蝿みたいな事を・・・。」
「五月の蝿?・・・五月蝿いか、なるほどな。」
頷くキリュウ。・・・確かにキリュウのいう通りネタ切れっぽいな。
那奈ねぇの方を何気なくチラッと見ると、真剣な目つきで二人をじっと見ている。
何をそんなに見る事があるんだか・・・。
「文句をつける前に自分の仕事をなさってください。
だから反比例に脳が発達していくんですよ。」
「反比例?発達?・・・どういう意味だ!!それは関係があるのか!!」
しばらくの考察の後、キリュウは理解した様だ。
ヨウメイが言いたいことは、要は退化って事。それにしてもキリュウ・・・。
「おいキリュウ、いい加減燃やしてこいって。いつまでもヨウメイの失敗を狙ってんじゃないよ。」
「翔子の言う通りだ。自分の嫌な事をしないまま終わろうなんて虫が良すぎるぞ。」
あたしと一緒になって那奈ねぇも抗議。
当たり前の行為だ。キリュウの暑さに耐えている様子も見えずに終わっちまうなんてもったいない。
それに、ヨウメイがどんな悪口を繰出してくるのか、楽しみは後にとっておかないとな。
「キリュウさん、お二方の言う通りです。鳥と終了させてください。」
「・・・鳥と?」
なんだか暗号みたいになってきた。鳥ってのは・・・
「キリュウ、ほら早く。」
「う、うむ・・・。」
那奈ねぇに促されて、ヨウメイの言葉の真意を知ることなく、キリュウは部屋を出ていった。
もちろん、那奈ねぇ以外は誰も分かってない様子だ。