そんなこんなで三日目。ここまで私は懸命に暑さに耐えた。
なるほど、慣れればそれなりにできるものだな。ヨウメイ殿の言う事も一理有り、か。
そして、その肝心のヨウメイ殿だが・・・。
「ヨウメイ殿、今日の予定はなんだ?」
「・・・はい。」
「ヨウメイさん、おやつはいりませんか?」
「・・・はい。」
「ヨウメイ、ほらほら瓠瓜だぞ〜。」
「・・・はい。」
「ねえヨウメイ、あんたのお饅頭もらうからね。」
「・・・はい。」
なんと、“はい”という返事しかしなくなってしまったのだ。
何やら目も虚ろ、御飯を食べる時もボーっと。
深く考えすぎていないか?無理に悪口を綺麗に喋ろうとしなくても・・・。
「なあヨウメイ殿、つらいのならもう止めにしないか?」
見兼ねた私は中止の案を出した。
私自身はかなり暑さに耐えられるようになったからそれなりに満足なのだ。
今までの暑さに弱い姿など見せる事ももはや無いだろう。
するとヨウメイ殿は、ようやく“はい”という言葉外のことを言ってくれた。
「一応決めた事ですから。キリュウさんが頑張ってることですし、私も頑張らないと。」
にこりと笑って言うその姿はとても健気に思えた。
そしてヨウメイ殿は静かに私の傍から去って行く・・・。
過去の主に対しての態度がこんな様子だったはずだ。
それを私に対して・・・なんだか嬉しいな。
とはいうものの、これが済めばまたいつものヨウメイ殿に戻りそうだが・・・。
ともかく翔子殿が初日に言っていた事は当たりの様だ。
ヨウメイ殿はとにかく一日中ずっと筋を通さねばならない。
いくらヨウメイ殿が頭が良いからといっても、無理に考えているのでは必ず限界が・・・待てよ。
ある考えが浮かんだ私は、急ぎ足で二階の部屋へ向かった。
そして机に向かっているヨウメイ殿に尋ねる。
「ヨウメイ殿、ひょっとして無理にでも悪口を言おうとか考えていたのではないか?」
「・・・ええ、まあ。でも、さすがに同じ事は言うわけにはいかないですし。
初日に火を焚いたでしょう?あの時思ったんです。このままじゃあ不公平だなって。
それで変化させた表現方法も、同じ物は使わない様にとか考えて・・・やっぱり無理がありましたかね?」
やはりか・・・。一日に百以上は平気で言っていたが、まさかそこまで考えていた物とは。
「ヨウメイ殿、もう止めた方がいい。これ以上続けて、貴方に狂われるのは迷惑だ。」
「ふれんじいですか?大丈夫ですよ、私は・・・なんて言ってられませんか。
すでに約束事破っちゃいました。私の負けです・・・。」
「な、なんだと?いつ悪口を言った?」
「いえ、同じ表現を使っちゃったもんですから。ふれんじいってのは狂乱って意味なんです。
狂われるというのをまあ、名詞形に直して狂い。で、ちょっとひねって狂乱。
それを古代語に直せば良かったんですが、とっさに浮かんだのが英語だったもんですから。
英語に直すってのは二日目に使っちゃいましたからねえ、という訳です。」
深深と、それでいてしおらしく頭を下げるヨウメイ殿。
ヨウメイ殿がボーっとしている所為か、説明は私には良く分からなかったが、
とにかくヨウメイ殿は複雑な事項、そして条件を付け加えて私と張り合っていた様だ。
「ヨウメイ殿、どうしてそこまでして・・・。」
「だって、キリュウさんが暑さを克服する事に比べれば、私のほうは軽いですから。」
「しかし・・・それではあまりにも・・・。」
「もういいじゃないですか。とりあえず私は負けましたから。
最初の約束通りに一週間この家の皆の手足となって働きますね。」
にこっと笑ったかと思うとすっと立ちあがったヨウメイ殿。
統天書を持ってきりっとした顔に変えて部屋を出ていった。
そしてそれから一週間の間。ヨウメイ殿は約束通り見事手足となって働いた。
なんとなく気まずかった私はそれなりに手伝ったりしたが・・・。
「キリュウさん、そんな情けは必要無いですよ。これは勝負の結果なんですから。」
「しかしヨウメイ殿・・・。」
「いいから、ここは全て私がやりますって。」
あっさりとヨウメイ殿は断り、自分の仕事をやり遂げて行った。
家の掃除洗濯等の家事、無くなった物を探す、その他の雑用・・・。
何かがヨウメイ殿の中で変わったのか?
いや、ヨウメイ殿はもともとこういう性格だったな。自分のすべき事をきちんとやる。
最初の挑発も、それをみなに知らしめるためのものだったのだろうか・・・。
そんな事を考えながら、再び一週間ほど時が流れ・・・。
「あ、暑い・・・。なぜだ?私は暑いのに耐えたはずなのに。」
「キリュウさん、どうやら真の体質までは直せなかったみたいですね。
つまり、キリュウさんはどうあがこうが暑がりなんですね。無駄な努力でした。」
そう、私は再び暑さに立ち向かえなくなっていた。
今までと同じく、だらんと、ぐったりと・・・。
そしてヨウメイ殿も口が悪いのが直ったわけではない様だ・・・。
「やはり、死なないと体質は直らないという事か。」
「それじゃあ死んでみますか?そういう術有りますよ。」
「・・・遠慮しておく。」
「おや、それは残念。今なら天国地獄巡りツアーが付いて来るのに。」
「そんな冗談は言うな。ますます暑くなる・・・。」
「ありゃ、ばれちゃった。まあお互いそれなりに対処して行きましょう。」
「そうだな・・・。」
特に何をするというわけでもないが、私とヨウメイ殿はお互いをしっかり戒めながら生活するのだった。
ルーアン殿がそんな私達を見て一言。
「あんた達ってほんといいコンビねえ・・・。」
≪第十五話≫終わり
鶴ヶ丘中学校の校庭。ただいま体育の授業が行われているようで、生徒が沢山走っている。
ぴっぴっぴっぴっという笛の音が鳴り響く。それを行っているのは当然体育の先生だ。
この学校では厳しい事で有名である。例え女子生徒だろうが容赦しない。
ちなみにこの授業を受けているのは一年三組。つまり・・・。
「こらっ、そこ!!しっかり走れ!!!」
「は、はい〜。」
眼鏡をかけたひとりの女子生徒がたった今注意された。
横には、もう一人の女子生徒が並んで走っている。
「大丈夫?楊ちゃん。」
「な、なんとか。近頃は結構体力ついてきたようだし・・・。」
注意を受けた女子生徒は笑顔を友人に見せ、体を振り起こして走る速度を上げる。
もちろん、その友人もそれにあわせるようにペースを上げる。
なぜ合わせて走っているかというと、いつ倒れても素早く支えられるように、である。
実際今までにそういう事が何度かあったのだから、それが当たり前になっているのだ。
と、その二人の後ろから、これまた別の女子生徒が二人並んで迫ってきた。
一周の差をつけた、という事である。
「楊ちゃん、熱美ちゃん、ファイトー!」
「後何周あるかわかんないけど、とにかくガンバ!」
二人は励ますように声をかける。と、追いつかれた二人の生徒は疲れたようにそれに答えた。
「頑張ってはいるんだけど、やっぱり走るだけってのは・・・。」
「後何周ったって、授業が終わるまでとかいうオチじゃないのぉ?」
どうやら二人とも不満で一杯のようだ。顔がそう言っている。
それを見た追いついた二人。顔を見合わせたかと思うと、
「「じゃあね。」」
といってあっさり二人を抜いて行った。
その後ろ姿を見て今度は“やっぱり・・・”とため息をつく二人。
それでもなんとか頑張って走りつづけるのだった。
結局授業が終わるまでずっと走らされたようで、全員が全員へとへとになっていた。
「よーし、これで体育の授業は終わり!」
先生の号令により、ようやく解放された生徒たち。
しかしへとへとなのには変わりなく、重い足取りで校舎へと戻って行く。その中に・・・。
「なんで、あたしが楊ちゃんを背負わなきゃなんないのよ。」
「花織だけ余裕の表情で走ってたじゃない。だからよ。」
「そうそう。それに楊ちゃん直々のご指名だしね。」
「そういう、こと。だから、お願い、花織ちゃん・・・。」
息も絶え絶えに喋るヨウメイ。その声を聞いて、花織は仕方なく力を入れなおすのだった。
そして教室。四人とも無事に一年三組へと帰ってきたのだ。今は丁度昼休みである。
「ふう、お腹空いた。さ、早くお弁当食べよう♪」
教室に着いた途端に、少しばかり元気を取り戻すヨウメイ。
呆れ混じりに見ていた三人だったが、自分たちもお腹が空いている事には変わり無い。
手早く自分たちのお弁当を取り出し、いつものように熱美とヨウメイの席の傍へと集まる。
と、花織とゆかりんは熱美とヨウメイが何やら首を傾げているのに気がついた。
「どうしたの?お弁当食べないの?」
「それがね、楊ちゃんの机の中に封筒が入ってたんだって。」
「封筒?ひょっとしてラブレター!?」
「そんなんじゃないって。ほら、これだよ。」
ヨウメイがすっと差し出した封筒。何の飾り気も無い、ただ真っ白なものであった。
封をしてあるのもただののり付け。シールとかいう装飾品は一切無い。
「・・・確かにこれはラブレターって感じじゃないよね。」
「中は見てみたの?」
「お弁当食べながら見ようと思って。とりあえず座ろ。」
「そうだね。」
とりあえず手紙は熱美の机の上に置き、四人ともそれぞれの弁当をひろげる。
極普通の、お弁当である。
「「「「いただきまーす!」」」」
四人同時に手を合わせて挨拶。そして早速食べ始めた。
「もぐもぐ・・・。うん、やっぱりシャオリンさんのお弁当って美味しい。」
「いいなあ、楊ちゃんは。ね、あたしにも一口頂戴。」
「ずるーい。わたしにも頂戴よ。」
「あたしも・・・もらおっかな・・・。」
花織だけは少し遠慮気味。シャオが作ったという点で素直になれないようである。
それでも、結局は三人ともヨウメイのお弁当をわけてもらう形となった。
ヨウメイはあっという間に少なくなったお弁当を見て・・・。
「・・・これじゃ足りないよ。三人とも、ちゃんと私の分自分のところから頂戴よ。」
「分かってるって。でもほんと美味しいな。いつか教えてもらおっと。」
「じゃあわたしはこの卵焼きをあげるね。これでおあいこっと。」
「あたしは、このソーセージでも。」
今度はあっという間に量が増え・・・てはいない。少し増えた程度、である。
「ちょっと、私から取った分とつりあってないよ。」
「細かい事は気にしちゃ駄目だよ、楊ちゃん。」
「ま、たまにはこういうこともあるって事で。」
「花織、あんたが一番取ってんじゃない・・・。」
やいのやいのと続けられる食事。すっかり食べる事に夢中になっているようだ。
しばらくして落ち着く四人。そこでヨウメイは思い出したように封筒を手に取った。
「さてと、それじゃあ中身を見てみようか。」
「楊ちゃん、箸を咥えたまんまなんて行儀悪いよ。」
「待った熱美ちゃん。楊ちゃんの事だから、箸を咥えたまま手紙を見るといい事が有るとかじゃない?」
「・・・そんな訳無いって。ちょっと、つい・・・ね。」
箸を弁当箱の上に置きなおすヨウメイ。そして改めて封筒に手をかけた。
びりびりびりと破られてゆく封筒。そして、中から一枚の手紙が姿を現した。
極普通のレター用紙にボールペンで文字が書かれてあるだけだ。えらく丁寧な字で、とても読みやすい。
「この字は・・・男性の字かな。」
「へえ、そんなの分かるもんなんだ。」
「男性?って事はやっぱりラブレターじゃない!!」
はしゃぎ出す花織。ゆかりんも一緒になって騒ぎ出した。
「とうとう楊ちゃんにも春が。あの堅物の楊ちゃんにも・・・。」
「ちょっとゆかりん、それってどういう意味?」
「もう、二人とも落ち着きなって。とりあえず中身を読んでから!」
熱美の鶴の一声。再び落ち着いた状態になった四人。
そこでヨウメイは手紙を読み出した。
『知教空天楊明様、貴方に是非頼みたいことがあります。
今日の放課後、屋上で待っています。話を聞きに来て下さい。
なお、御礼は出来る限りいたしますので・・・。』
「・・・簡潔だね。余計な事は一切書いてないし、ちゃんと御礼なんて書いてあるし。
うまい書き方するなあ。これは行ってみないとね。」
手紙を読み終えた後に感心して頷くヨウメイ。彼女にとってかなり興味深い事に思えたようだ。
他の三人は手紙を改めて回し読み。しかし、ヨウメイとは違ってかなり疑いの眼差しだ。
「怪しいな。だいたいなんで差出人の名前が無いんだろ・・・。」
「しかもどんな用件かも書かれてないじゃない。危険かもしれないよ。」
「そうだよね。もしかしたら楊ちゃん襲われるかもしれない。あーんな事やこーんな事を・・・。」
「あのね・・・。」
想像を膨らませ始めた三人をそれとなくたしなめるヨウメイ。
手紙を封筒に入れて自分の鞄にしまいこむ。
「大丈夫だよ。とにかく私は行くから。三人ともついてきちゃ駄目だよ。」
「ええっ?なんでー?」
一番に声を上げた花織。当然それに対してヨウメイは理由を告げる。
「だってね、その人は秘密にしたいのかもしれないじゃない。
どこで調べたのか知らないけどわざわざ私の机に・・・。
そんな所へ他の三人がついて行ったりしたら申し訳無いでしょ。」
「そうだよ!!!」
「「「わっ!!」」」
突然叫んで立ちあがった熱美。思わず他の三人は抱き合うのだった。
「そうだよ・・・って、何がそうなの?」
「おかしいと思わない?この手紙出した人は楊ちゃんの机を知ってたんだよ!!
明らかに楊ちゃんを狙った・・・そう、ストーカーみたいな・・・。」
なるほど、といわんばかりに頷く花織とゆかりん。しかしヨウメイは・・・。
「別にいいよ、そういう人でも。もし敵意があるようだったら私が天罰でも食らわせるから。」
ここでまた、“あっ、それもそうか”といわんばかりに頷く花織とゆかりん。しかし熱美は・・・。
「何言ってんの、楊ちゃん。不意を突かれて襲われたらどうすんの!!」
「大丈夫だって。私はそんなへまはしないよ。」
「そうだよね、なんて言っても楊ちゃんだし。」
「熱美ちゃん、楊ちゃんの言うとおり心配要らないよ。というわけで放課後はおとなしく帰ろうね。」
「・・・うん。」
最後には熱美は折れたのか、おとなしくその場に座り直した。
そうこうしているうちに昼休みも終わり、午後の授業が始まるのだった。
・・・そして放課後。帰り支度を整えた四人はそれぞれ校門前で散会する形となった。
「じゃあ楊ちゃん。良かったら明日結果聞かせてね。」
「分かってるって、花織ちゃん。じゃあね。」
「また明日〜。」
「ばいばーい。」
わざわざ校門まで見送りに来たヨウメイ。そして再び校舎へと戻って行ったのだった。
上履きへと代えて階段を目指す。
本来なら統天書にて差し出し人を調べても良かったのだが、ヨウメイはあえてそれをしなかった。
事前に調べたのでは面白味がなくなると判断したからだ。
もちろん、あえて名前を伏せてある差し出し人だからこそ、という事もある。
また、花織たちの目の前で読んだのは、差し出し人の名が無かった事を素早く確かめた上での事だ。
ともかくヨウメイは、誰が出したのだろうと胸を躍らせながら階段を駆け上る。
程無くして屋上へと到着。そこに待っていたのは・・・。
「遠藤さん?」
「あ、ヨウメイちゃん。良かった、来てくれたんだね。」
「なんだあ、遠藤さんだったのかあ。初対面の人かと思っていたのに・・・。」
そう、手紙の主は遠藤乎一郎だったのだ。その顔はある意味真剣のようだったが・・・。
「それで、頼みとは何ですか?」
「実は、ルーアン先生の事なんだけど・・・。」
「ルーアンさんの?」
「うん。今日もさ・・・。」
「待ってください。」
喋り出そうとする乎一郎を止めてヨウメイは統天書を開けた。
説明を聞くよりは、と思ったのだろう。
しばらくの間ふむふむと頷いていたかと思うとそれを閉じた。
「なるほど、相変わらずルーアンさんは主様にぴったり引っ付いている、という事なんですね。」
「うん。太助君もあんまりきつく言わないし。その時にシャオちゃんも悲しそうな顔をするし。」
「遠藤さんも悲しいし、というわけですね。」
「う、うん・・・。」
言われて少しばかりほほを赤らめる乎一郎。しかし、それに構わずヨウメイは続けた。
「さらにはクラスの皆からも少々邪険に扱われたり、と。」
「うん。いっつも太助君の授業だから。僕も一生懸命にかばったりするんだけど・・・。」
「ま、とにかくルーアンさんに対して遠藤さんは何かしてあげたいと。」
「それなんだけどさ・・・。」
ここで乎一郎は改めてヨウメイに顔を向けた。かなり真剣な、それでいて真っ赤な顔である。
「る、ルーアン先生ゲット計画ってどうすればいいかな?」
「はあ?ゲット計画?」
「うん。最初はたかし君に相談しようと思ったけど、どうも頼りにならないかなあって。」
「言えてますね。それで私に相談しようと。」
「う、うん・・・。」
結局はうつむいてしまった乎一郎。
要はルーアンに好かれるとか恋人同士になるにはどうしたら良いかという事である。
それでルーアンの太助びいきやらが無くなれば、クラス内でも普通に居られる。
なにより、乎一郎のとりあえずの目標でもあるのだ。
少しの間考え込んだヨウメイ。そして例のごとく統天書をぱらぱらとめくり出した。
ルーアンゲット計画の為の良い方法を見つける為である。ところが・・・。
「あれほど付いて来ないでって言ったのに・・・。
まあいいや、ちょっと協力してもらおうっと。」
少し呟いたかと思うと、ヨウメイは別のページをめくり出した。そして・・・。
「来れ、狂風!!」
強い風、というわけではない。狂った風のごとく辺りの空気が乱れ始める。
その衝撃で、屋上の扉から一人の女子生徒が倒れこんできた。
どしん!!
「いったぁ〜。」
「熱美ちゃん、ついてきちゃ駄目って言ったでしょ!!」
そう、熱美だ。別れた後に密かに学校へと引き帰して屋上へとやって来たのだった。
その姿を確認した乎一郎。呆然としてみている。
「あ、熱美ちゃん。ひょっとして全部聞いてたの?」
「え、遠藤先輩。いや、その・・・。」
乎一郎に尋ねられてうろたえる熱美。
「聞いてたんでしょ!!まったくもう、なんで盗み聞きなんか・・・。」
ヨウメイはかなりご立腹のようである。
心配して付いてきたという事はそれなりに嬉しいのだが、盗み聞きをしていたという点が許せ無いのだ。
「ごめん。つい・・・。」
「もういいよ。僕なら別に気にしてないから、ヨウメイちゃんも許してあげて。」
「まあ遠藤さんがそう言うなら・・・。ところで熱美ちゃん。」
「何?」
「話を聞いたんなら当然協力してもらうよ。それから、この事は他言無用だからね。」
ルーアンが好きだという乎一郎の事は今に始まった事ではないが、本格的行動となると話は別である。
というわけで、この件に関しては秘密に、とヨウメイは思ったのだ。
「うん、分かった。遠藤先輩、わたしも協力します。ルーアン先生ゲット計画に。」
「・・・ありがとう。」
とりあえずそこで落ち着いた三人。改めて作戦を練ろうと、いったん日曜に集まる事にした。
しかし帰る前に、熱美は気になっていたことを乎一郎に尋ねる。
「遠藤先輩、どうやって楊ちゃんの机に手紙を入れたんですか?」
「それは、キリュウちゃんに頼んで・・・。」
「という事はキリュウさんも知っているんですか?」
「いや、中身は告げずにただ封筒を渡して頼んだだけだから。」
「そうですか、だったら大丈夫ですね。さて熱美ちゃん、遠藤さん、帰りましょう。」
この際大人数で立てる計画だとルーアン本人にばれる可能性が高い。
そう言ったヨウメイの心配事も解消された様だ。
こうして、ルーアンゲット計画という、ある意味無謀な計画が進められる事となったのである。
そして日曜日。三人が向かった場所とは・・・。
「おやいらっしゃい、遠藤君に熱美さんにヨウメイさん。
・・・珍しい組み合わせですね。一体どうしたんですか?」
「こんにちは、出雲さん。」
「実は相談が有って来たんです。」
「とりあえず上がらせてもらえますか?」
宮内神社である。突然の来客に戸惑った出雲だが、笑顔で快く三人を招待するのだった。
「・・・なるほど、ルーアンさんゲット計画ですか。」
「そうなんです。是非出雲さんの力を貸して欲しいんです。」
三人の中では最も真剣な乎一郎。出雲はとりあえずという感覚で尋ねた。
「最初に一言言ってもいいですか?」
「はい。」
「ゲット計画なんて野村君みたいなネーミングは止めた方がいいですよ。」
「・・・・・・。」
途端に三人の顔がしらける。本当にこんな人に相談して大丈夫なんだろうかという顔だ。
しかし出雲はそれを気にせず更なる質問をぶつけるのだった。
「わざわざ私に尋ねずとも、ヨウメイさんがそういう方法を知ってるんじゃないんですか?」
その言葉にはたと振り返る乎一郎と熱美。昨日の時点ではそういう事をすっかり忘れていたのである。
しかしそのヨウメイは、それを否定する様に首を横に振った。
「私は色恋沙汰には詳しくないんです。それこそ恋愛なんて・・・。
第一、それ専門の精霊の方がちゃんと居るんですよ。私のはあくまで知識、ですから。」
「「そうなんだ。」」
少しは期待したものの、説明を聞いてがっくりする二人。
恋愛専門の精霊がいると聞いた時点で、やはり駄目だと確信した様である。
「なるほど。それでわざわざ私のところまで来たという事に頷けますね。
分かりました。遠藤君とルーアンさんの仲、見事とりもって見せましょう。」
「お願いします、出雲さん。」
「わたしもできる限り協力します。」
「とりあえず作戦を立ててくだされば、私が上手く実行しますので。」
かくして協力成立。四人はがっちりと握手するのだった。
「ではまず、僕は何をするべきでしょうか。」
「とにかく相手はルーアンさんですからねえ。一筋縄じゃあいきませんよ。」
「そうですよね。いつもたー様たー様ってはしゃいでますし。」
「ううっ、そうだよなあ・・・。」
熱美の何気ない言葉に途端に落ちこみ出す乎一郎。
慌ててヨウメイが慰めにかかる。
「あの、遠藤さん、いきなり落ちこまないでくださいよ。ね?大丈夫、なんとかなりますって。」
「うん・・・。」
「ごめんなさい、遠藤先輩。まさか落ちこむなんて・・・。」
一緒になって熱美も慰める。その様子を見て頭を悩ませる出雲。
(いきなりこんなんじゃあ先が思いやられますねえ。)
と、やれやれとため息をついたのだった。
「それでは作戦を立てることといたしましょう。
まず初めに、ルーアンさんが好きなもので誘ってみるとか。」
いきなり具体的な案を出す出雲。それに乗ったかのようにヨウメイは身を乗り出す。
「なるほど!それでデートをするって訳ですね!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
少し遅れて乎一郎が待ったをかけた。
彼にしてみれば、いきなりデートというのはかなり無理がある。
「しょっぱなからデートだなんて。そんな事言われても僕は・・・。」
「遠藤先輩、男なら最初っから強気でなくっちゃ。」
励ますように熱美が横から諭す。しかし乎一郎はやはり乗り気ではなかった。
と、更にヨウメイが乎一郎の方へと身を乗り出した。
「熱美ちゃん、男とかそういうのは関係無いの。とにかく遠藤さん、これも計画の一端ですって。」
「ヨウメイさんの言う通りですよ。まずはデートをする事によって仲を深めるというのも手です。
仲が良くなってからデート、というのも良いですが、この際先にデートしてみては?」
そして出雲も説得。そこで乎一郎はためらいながらもようやく頷いて見せた。
三人の顔がほころぶ。心の中では“説得に時間がかかるなあ”とか思っていたが。
ともかくデートに誘うという事は決定した。そして次の問題は・・・。
「どうやってルーアンさんを誘うか、ですねえ。」
「心配要りませんよ宮内さん。ルーアンさんの好きなものは何ですか?」
「ルーアンさんの好きなもの?」
余裕の笑みをたたえるヨウメイに対して考え込んだ出雲。
するとその代わりに熱美が素早く答えた。
「分かった!食べ物だね、楊ちゃん!」
「そういう事。だから食事にでも誘えばOKですよ。」
つまりはどこかのレストランへ行くかしてみてはという事なのだ。
当然乎一郎が“ルーアン先生、食事に行きましょう。僕がおごりますよ。”と言う事を忘れてはいけない。
なるほどと言わんばかりに頷く出雲と乎一郎。しかし、また新たな問題が・・・。
「でもルーアン先生、食べてばっかりになるんじゃ・・・。」
「そこは遠藤君次第ですよ。心配しなくても私達もこっそり付いて行ってサポートしますから。」
「そうそう。だから遠藤先輩は大船に乗った気で居てください。」
「で、本当の問題はお金です。ルーアンさんくらい食べる人だったら、かなり要りますよ。」
ヨウメイの言葉によってはたとなる三人。
普段食べている量を見れば、とても乎一郎のお小遣いでご馳走できるものではない。
現実的な問題に直面し、頭を抱えるのであった。
「お金とは・・・これまた厄介な問題ですね・・・。」
「でもあれだけの量を七梨先輩の家では平気で毎日食べてるんですよね。
一体どこからそんなにお金が・・・。お金持ちなのかな・・・。」
「熱美ちゃん、そんな事は気にする事柄じゃないでしょ。
でも弱ったな。お金を稼ごうにも中学生のバイトは禁止だろうな・・・。」
「そうなの?ヨウメイちゃんが言うからにはそうなんだろうなあ。
うーん、どうすれば良いんだろう。」
とうとう四人してうなり始めてしまった。
たまに顔を上げてそれなりの案を出すも、すぐに消えてしまう羽目になる。
しかし、こんな時に鍵となるのはやはりヨウメイ。
統天書をめくっていたかと思うと、とあるページを開いたまま皆に呼びかけた。
「賞金が出るものに挑戦して、ってのはどうですか?色々ありますよ!」
言う傍から自分以外にも分かるように紙に書き始める。
それを見て三人とも口々に喋り出すのだった。
「ふむ、大食い競争に、力自慢・・・。」
「どれもこれも僕が出来そうにないものばっかり・・・。」
「あっ、遠藤先輩これなんかどうです?ほら、クイズ大会!」
熱美がすっと指を指したものに皆が注目。
そして、これなら大丈夫だろうと頷くのであった。
しかし乎一郎自身は、やはり遠慮気味である。
「でも、僕クイズなんて・・・。」
「大丈夫ですよ。こんな時の為に私が居るんですから!!」
ドンと胸を張るヨウメイ。そちらに再び皆は注目するのであった。
「なるほど、ヨウメイさんがあっという間に知識を教えれば良いという訳ですね。」
「そうです!というわけでさっそく行きましょうか。
統天書に載ってるこのクイズ番組のクイズの内容を全てお教えしますね。」
ルンルンと鼻歌を歌いながら統天書の別のページを開き始めるヨウメイ。
そこで乎一郎は何やら引っかかった様で、恐る恐る聞いてみるのだった。
「あの、クイズ番組って?」
「だからそのまんまですよ。テレビに出るんです。」
「ええーっ!!?」
驚きの声を上げると同時に立ち上がる乎一郎。
当然の反応だ。懸賞だのとかじゃあなく、テレビに解答者として出るという事なのだから。
「僕には無理だよ!!テレビになんか出たら上がっちゃって・・・」
「大丈夫。遠藤さんが上がらないような方法を教えます。」
あっさりと返して統天書をめくりつづけるヨウメイ。
しかし、更に出雲が尋ねた。
「ですがヨウメイさん。テレビに出ている姿を皆に見られるのはまずいんじゃないんですか?」
「大丈夫ですよ。見られたってどうってことありませんて。」
「ですが・・・。」
「逆に、ルーアンさんをデートに誘うためだって言ったら、かなりポイントが高いのでは?」
「なるほど、そういう考え方もありますね。」
またもあっさり返したヨウメイ。今度は熱美が尋ねる。
「ねえ楊ちゃん、わたしも出たいな。」
「あのね・・・。もしそれで熱美ちゃんが賞金とっちゃったらどうするの。」
「あ、そうか。遠藤先輩がカッコつかなくなっちゃうね。」
「そういう事。・・・あ、あったあった。それじゃあ遠藤さん。頭の中を空っぽにしてください。」
「うん、分かった。」
二人向かい合う乎一郎とヨウメイ。そしてヨウメイは統天書を開けたまま念じ始めた。
統天書は普通の書物と違うという点で、あっさりと済ませる事はできない様だ。
「・・・なんだかヨウメイさん楽しそうですね。」
「そう見えますか?出雲さん。」
「ええ、どうしてなんでしょう・・・。」
出雲と熱美は特にすることもなく、ただ見てるだけなのである。
そこで、出雲はヨウメイの様子を見てなんとなく呟いてみたのだ。
「ちょっと前に聞いた話なんですけどね・・・。」
ヨウメイの術の邪魔をしないように隅っこへと出雲をひっぱってゆく熱美。
そして小声で喋りだした。
「最近、七梨先輩に知識を教えるという事がほとんど無いんですって。」
「そりゃまたどうしてですか?」
「なんでも、試練の方に夢中になっているとか。
もちろんたまに楊ちゃんの所へ訊きに行ったりもするんですけど、大抵たわいもない事だそうです。」
「なるほどねえ・・・。だから自分の本職を発揮できる事が嬉しいんですね。」
「そうです。研究とかも好きだとか言ってましたけど、やっぱり主に知識を教える方が良いって。
楊ちゃんたらしょっちゅうぼやいてましたから。」
「もったいないですねえ。私がヨウメイさんの主なら、四六時中様々な知識を教えてもらうのに。」
「例えばどんな事ですか?」
「もちろん、シャオさんともっと仲良くなる為には、とか・・・。」
「・・・そういうのは知らないって言ってたじゃないですか。だから今こうやって。」
「あ、そういえばそうですね。恋愛関係以外となると、いかに豊かに生活するかとか・・・。」
「他にも、どうやれば人生楽しく過ごせるとか・・・。そうか、楊ちゃんってやっぱりすごいんだ。」
「何を今更。貴方はヨウメイさんの親友でしょう?」
「別にそんな事関係無いじゃないですか。特別扱いしてるわけじゃないんですから。」
「それもそうですね・・・。」
と、そこで二人がチラッとヨウメイの方を見る。
ちょうど詠唱のようなものが終わった様で、ヨウメイははっきりと言葉を発し始めた。
「統天書よりの記載を全てこのものに吸収させん。万知・・・創生!!」
結局唱えた言葉は同じ。しかし、そこで統天書がぱあっと光る。
と思ったら、あっさりとその光は途絶え、統天書はひとりでに閉じられた。
「お疲れ様でした、遠藤さん。気分はどうですか?」
「あ、いや、まあ、うん・・・。」
一度に膨大な知識を得たような、乎一郎はそんな顔である。
返事があった事にホッとため息をついたヨウメイ。そして・・・。
「はあ、久しぶりだあ。わ〜い、嬉しいなったら嬉しいなっと。」
急に浮かれた気分で歌い出した。それを見て、慌てて熱美が駆け寄った。
「楊ちゃん、しっかりしてよ。ね?ともかく無事終わったんでしょ?」
「私はしっかりしてるよ。やっぱりこれが本職だもんね。
うん、術は無事終わってるよ。ま、これも知教空天たる私の力。えっへん。」
今度は笑顔をうかべて胸を張るヨウメイ。
ともかく、久々に知教空天ならではの術を使えて満足な様子。
遠目にそれを見ていた出雲は・・・。
「まったく、心情の変化の激しい方ですね・・・。」
と、小さく呟いていた。
その後、ヨウメイはテレビに出ても上がらない方法等、必要事項をすべて教えた。
ともかく、計画の第一段階は終了したようなものである。