小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第十四話≫
『あなたの願いは・・・?』

暑い暑い夏の午後。学校が夏休みに入ったおかげで、平日でも七梨家には人が居る。
暑さに負けずに鼻歌を歌いながら家中を掃除しているシャオ。
その傍には、太助がそれとなしに手伝いをしている。
「すみません、太助様。お休みなのにお掃除を手伝ってくださって。」
「なに言ってんだよ、シャオだって休日じゃないか。
その、いつもいつもシャオにばっかり家事をやってもらっちゃあ申し訳無いかなって・・・。」
ほんの少しばかり照れながら太助が言葉を返すと、シャオはにこりとしてそれに答えた。
「ありがとうございます。あ、次は窓拭きお願いしますね。」
「ああ。」
太助もやはり笑顔になって、自分の担当をずんずんとやり始めた。
ちなみに他の者は掃除をしているわけではない。
那奈は翔子の家へ。ルーアンは日直で学校だ。
そして残りの二人、キリュウとヨウメイは・・・。

「ヨウメイ殿・・・。一生のお願いだ、この部屋を涼しく・・・。」
「ちょっとキリュウさん、この程度の暑さくらい耐えてくださいよ。
だいたい今は私は忙しいんです。邪魔しないでください。」
「う、うむ・・・。いや、しかし・・・。」
キリュウの部屋である。
この暑さにより、キリュウはベッドの上でグロッキー状態。
ヨウメイも夏の格好で居るが、別段暑がっている様子もない。
机の前に向かって、統天書を見てなにやら考え込んでいる。
この部屋の冷房装置は扇風機が二台、当然キリュウに向かってかけてある。
それでも、風自体は生暖かく、とても冷房装置といえるような物ではなかった。
その結果、キリュウは汗だく。服もベッドもびしょびしょの状態である。
「ヨウメイ殿〜・・・。」
「あ〜、もう、うるさい!たかだか三十度ちょっとの気温でなに弱音吐いてんですか!!」
「三十度ちょっとどころではない。四十度近くある・・・。」
キリュウが力なくも反論する。
それに反応してヨウメイが温度計を見ると、果たして四十度近くあった。
参った様にやれやれとため息をついたヨウメイだったが・・・。
「試練です、耐えましょうね。」
「そ、そんな・・・。」
にこりと笑いながらも冷たく突き放し、再び机に向かい出した。
絶望の表情を浮かべたキリュウ。ゆっくりと短天扇を開き始めた。
「こうなったら・・・なんとしてでも・・・。」
そんな呟きはヨウメイに聞こえなかった。
しばらくの後、ヨウメイはなるほどというような顔へと変わる。
「そうか!そういう事だったんだ。ふむふむ・・・。」
手をぽんと叩いたかと思うと今度はなにやら書き始めた。
統天書にではない。机に置かれた一冊のノートにである。
「・・・?ヨウメイ殿、先ほどから一体何をしている?」
強行手段に出ようとしていたキリュウだったが、ヨウメイの行動に興味を引かれた様だ。
短天扇を持つ手をベッドの上に下ろし、その状態のまま顔を横に向けて尋ねる。
「いえね、昔西洋の方で見た古代魔術のお勉強ですよ。
成功すれば、どんな願いもかなえられる様になるとか。
・・・もちろん、それなりに制限がありますが。」
「どんな願いでも・・・。この部屋を涼しくする事も可能なのか?」
キリュウにとっては真剣な願いだったが、ヨウメイにとってはくだらないと思えたらしい。
当然、どうしようもないような呆れ顔に成る。
「そんなしょーもない願いなんかしないでくださいよ。」
「だったらヨウメイ殿、涼しくしてくれ・・・。」
「嫌です!まったく、もう少し暑さに強くなろうとか努力してくださいよ。
さあてと、続き続き・・・。」
キリュウをほったらかして再び自分の事に没頭し始めるヨウメイ。
しばらくキリュウは黙ったままでいたが、やがてゆっくりと短天扇を開き始めた。
「やはり強行手段に・・・。」
「よーし!試してみるぞー!!」
キリュウの呟きをかき消す様にヨウメイが声を上げる。
と、今度はノートに魔法陣のようなものを描き始めた。
数秒でそれは仕上がり、その上に手を当てる。
「さて・・・。古代より願いをかなえつづけた悪魔、精霊達よ・・・。
長き時を経て、空の精である我の声を聞け・・・。」
「人の気も知らないでヨウメイ殿は・・・。」
夢中になっているヨウメイの後ろで、キリュウは着々と準備を進めた。
そして、もはや強行手段とやらにすぐにでも出られる状態となった。
「我の僕として、願いをかなえよ。召喚・・・」
「万象大乱。」
途端に二つの扇風機が巨大化する。当然風力等が増しただけではない。
一番影響を及ぼしたのは・・・。
「うわあっ!!」
“ガスッ”とヨウメイに当たる形となったのだ。
当然机の上の物ごと吹っ飛ばされ、ヨウメイは壁に激突する。
ドシーン!!
と、鈍い音がして、ヨウメイはそこに崩れ落ちた。
「ヨウメイ殿、頼むから部屋を涼しく・・・ヨウメイ殿?」
キリュウが声をかける。が、ヨウメイはぴくりとも動かない。
不安に成ったキリュウは、暑さのことも忘れ、急いでヨウメイに駆け寄った。
「ヨウメイ殿、ヨウメイ殿!」
必死になって揺する。すると・・・。
「う、うーん・・・。」
「おお、ヨウメイ殿!」
かすかに声を上げたヨウメイに対し、キリュウは更にヨウメイの体を揺する。
そうしているうちに、音を聞きつけたのか一階で掃除をしていた太助とシャオが部屋へやって来た。
二人とも何事かと言わんばかりな顔をしていたかと思うと、部屋を見て目を点にした。
一番に目だった巨大な扇風機がやかましく動いている。
次に目に付いたのは壁の方へと吹っ飛ばされた机その他であった。
風の影響だろうか、統天書がばららっと勢いよくめくれている。
ノートもかなりぼろぼろになっているようであった。
そして、ヨウメイを必死に揺すっているキリュウの姿が・・・。
「キリュウ、それにヨウメイ!一体何があったんだ?」
「まさか、何者かに襲われたのですか!?」
突拍子も無い事を言い出すシャオをキリュウは慌てて制し、ヨウメイを支えたまま口を開いた。
「実は、ヨウメイ殿に部屋を涼しくしてもらおうとして私が・・・済まない・・・。」
申し訳なさそうにするキリュウだったが、二人にはいまいち状況が呑みこめなかった。
「うーん・・・ありゃ?キリュウさん?」
「ヨウメイ殿!済まない、私の所為で・・・。」
「キリュウさんの所為?うっ!あ、頭が・・・。」
壁に激突した時に頭を強く打ち付けたようだ。おそらくそのショックで気絶していたのだろう。
頭を押さえるヨウメイに、太助とシャオも傍に寄る。
「とりあえずは治療しなきゃ。シャオ。」
「はい。来々、長沙!」
支天輪より長沙が呼び出され、ヨウメイの頭に駆け寄った。
戸惑いつつも、じっとするヨウメイ。
「とりあえず何処かに寝かせないと。キリュウ、扇風機元に戻してくれよ。ベッドに寝かせるから。」
「ああ、分かった。」
頭に長沙が乗っかったままのヨウメイをひょいっと持ち上げた太助。
しかし、ベッドという言葉に反応したのか、ヨウメイは嫌がった。
「嫌です!なんでキリュウさんの汗でぐっしょりなベッドの上でなんか・・・。」
「まあ、そうなんですか?だったらシーツを代えてきますね。」
するするとベッドのシーツを剥ぎ取ったかと思うと、シャオは部屋を出て行った。
残された三人。特に太助は困ったような顔をしている。
「ちょっとシャオ、それまで何処に寝かせとけばいいんだよー。」
そして太助はヨウメイを抱えたままシャオの後を追って、部屋を出て行った。
結局は散らかった部屋に一人取り残されたキリュウ。まあ、原因は彼女なのだが・・・。
「大丈夫かな、ヨウメイ殿は・・・。後でしっかり謝っておかねば。
・・・とりあえず部屋の片付けでもしておくとするか。」
改めて部屋を見回したキリュウ。
幸い壊れている家具などは無く、位置を戻すだけの作業で良かった。
ほんの数分で片付けは終わり、最後に統天書を抱えるキリュウ。
「さてと、下へ行くついでに渡すとするか。しかしヨウメイ殿は何を・・・ん?」
部屋を出ようとするキリュウの目に、見慣れない物が入った。
ヨウメイが気絶する前までに描いていた、魔法陣である。
あのショックでノートから破れてしまったのだろう。そのページだけ部屋の片隅に落ちていた。
不思議に思いつつもそれを拾い上げる。
「魔法陣か・・・。ただの落書きにしか見えないのだが・・・。」
キリュウの言う通り、丸い円の中にごちゃごちゃと文字がかかれたそれは落書きと呼んでも仕方なかった。
その文字も、とても今の字とは思えないような・・・少なくともキリュウにはまるで読めなかった。
「まあいい。とりあえずヨウメイ殿に渡してみようか。」
そしてキリュウは本と紙を片手に持ち、自分の部屋を後にした。
まだまだ部屋は暑かったのだが、どうやらそんな事は忘れてしまった様である・・・。

一階。太助、シャオ、キリュウ、ヨウメイの四人はリビングのソファーに腰掛けていた。
ついさっきまで太助とシャオが掃除をしていたので綺麗なもんである。
ヨウメイはヨウメイで長沙の少しの治療により、すぐに元気になった。
もちろん、下りてきたキリュウはヨウメイに必死に謝っていたが・・・。
「それにしても古代魔術・・・。なんだってそんなものを?」
「ほんと、ぜひ聞きたいですわ。」
くつろいでいる間に説明を聞いた太助はそれとなしに訊いてみた。
もちろん、シャオも一緒に興味津々な顔になっている。
「いえ、暇だったもんですからちょっと・・・。」
「暇あ?俺とシャオは掃除をしてたんだぜ。」
少しむっとして答える太助。しまった、とヨウメイは頭を掻き、改めて答えた。
「失礼しました。ちょっと昔の知識を掘り起こしてみたんです。
なんでも願いをかなえるという魔法を・・・。」
「「なんでも願いを?」」
太助とシャオは一緒になって聞き返す。
それに反応するかのように、キリュウが横から口を開いた。
「そうだ、確かにそう言っていた。
それで部屋を涼しくしてもらおうなどといったら、ヨウメイ殿が馬鹿にしてな。」
キリュウが何気なしに怒っている様に見えたのか、太助とシャオは口を閉じた。
すると、ヨウメイがまたまた呆れた顔になる。
「馬鹿にして当たり前ですよ。そんなもん、この私だってできるんですから。」
「だったらけちけちせずにしてくれれば良いではないか。どんなに私がつらかったか・・・。」
「夏は暑くて当たり前なんです!それに耐えられないキリュウさんがいけないんですよ。」
そこで皆だんまりとなった。話を戻そうと、しばらくして太助が口を開く。
「それでヨウメイ、どんな魔法なんだ?願いをかなえる魔法って事か?」
「いえいえ、そうじゃないんです。過去にいろんな願いをかなえつづけてきた、
悪魔や精霊といった類のものを召喚して・・・という魔法だったんですけどね。」
魔方陣を描いた紙をひらひら見せながら、じろりとキリュウを睨むヨウメイ。
その視線に慌てて顔をそむけるキリュウ。
「でもヨウメイさん、何でも願い事をかなえるというのはどうも・・・。」
「え?どうしてですか?」
なにやら深刻そうに言うシャオに、思わずヨウメイは身を乗り出した。
それに答える様に、太助が喋り出す。
「前に親父から『魔法のランプ』なんて物を送られてきてな。
それをこすると出てくる魔人に、どんな願いでも三つかなえてくれる。
っていう物だったんだけどさ・・・。」
「へえ、そんなものが・・・。あれ?なにかそれで不都合でも?」
それに対して、今度はシャオが喋り出した。
「出雲さんから聞いた話なんですけど、そういう上手い話は、大抵ろくな事にならないんです。
やはり、人から与えられるものですから。あの時だって、なんだか・・・。」
「はあ、そうなんですか・・・。」
深くは聞くのを止め、ヨウメイは座りなおす。
しばらく魔方陣を描いた紙を見ていたかと思うと、それをびりびりと破り出した。
「よ、ヨウメイ?」
「ヨウメイさん?」
「ヨウメイ殿?」
びっくりした太助達が一斉にヨウメイを見つめると、彼女は統天書をぱらっと開けた。
「深い事情があるようなので、この魔法は止めにします。
今度はもう少しきちんとしたものをする事にしますね。」
「なるほど、だったらいいよ。」
「それじゃあ、なぜ統天書を見ているのですか?」
シャオの言葉に、改めてヨウメイを見る太助達。
ヨウメイは統天書をめくりながら、それに答える。
「いえ、召喚に失敗してたんなら良いんですが、もし成功してたら・・・。」
「成功してたら?」
「・・・いえ、大丈夫の様です。私が呼び出そうとしていたものは統天書に記録されてません。
つまりは召喚されずに済んだ様です。でも、やっぱりもったいなかったかな・・・。」
統天書をパタンと閉じ、少し残念そうな顔になるヨウメイ。
太助はそれを諭すような顔になる。
「ヨウメイ、シャオも言っただろ。願いをかなえてくれるなんて、ろくなもんになりゃしないって。」
「でもね、主様。私がやろうとしてたのはリセットが利いて、
しかもご利用回数に従って福引が出きるんですよ。」
「福引・・・。」
「まあ、そうだったんですか。それは残念ですね。」
呆れ顔になる太助とキリュウをよそに、シャオは少し残念そうな顔になる。
ヨウメイもそれに共鳴するかのように肩をすくめた。
ますます呆れ顔になって、太助とキリュウは同じ事を考えた。
((どうして福引が・・・。しかも何が当たるんだ?))
しばらくそのままで時が流れる。
いいかげん休憩になったところでシャオが立ちあがった。
「さあ、お掃除の続きをしましょう。」
「ああそうだな。二人も手伝ってくれよ。」
「はい、主様。」
「なるべくなら涼しい掃除場所を・・・。」
かくして掃除が再開される七梨家。
この後にとんでもない事件が待ち構えていようとは、四人とも知る由も無かった・・・。


所変わってとある街角。
必要も無いのにふぁさぁと髪を掻き揚げている青年が歩いていた。
「まったく、こう暑いとせっかくの髪型も台無しですね。
まあ、シャオさんにこれを届けるまでは我慢するとしますか。」
一人で呟いたかと思うと、再びふぁさぁと髪を掻き揚げる。
そう、宮内出雲だ。手には水羊羹が入った箱を持っている。
例によって母親が作った品物を土産に、七梨家へと向かっているのだ。
「それにしても暑い・・・。こんな日はキリュウさんはどうしてるんでしょうかねえ。
おそらくヨウメイさんに吹雪とか呼んでもらって・・・。
でも、ヨウメイさんの性格なら、必要以上に呼んで凍らせたり、
もしくは呼ぶのを拒否して“試練です”とか言ってそうですねえ。」
呟きながらも、見事あてている所はさすがである。
やはり、女性の性格等をつかんでいるという事なのか。
と、向かいの方から一人の少年が歩いてくる姿を彼は発見した。
途端に嫌そうに顔になり、慌ててきた道を引き返そうとするが、一足遅かった様だ。
向きを変える前に、その少年が急いで走り寄ってきたのだから。
観念した様にその場で待つ。やがて少年が傍にやって来た。
「よう、出雲じゃないか。」
「野村君、呼び捨ては止めてくださいよ・・・。」
こんな暑い日を更に暑くしそうな少年、野村たかしである。
暑い夏だろうがとことん元気、いや、熱血である。
そんな彼と一緒に居ては、こちらがめいりそうだということで、出雲は嫌だったのである。
「呼び捨てでべつにいいだろ。そんな事より、シャオちゃん家に行くんだろ?
「ええそうですよ。こんな暑い日には水羊羹をと思いましてね。」
箱をチラッと見せて、更に出雲は言った。
「どうせ野村君も来るんでしょう。だったら立ち話なんて止めてさっさと行きましょう。」
「おっ、話がわかるじゃんか。さすがあ。」
「無駄に体力を使いたくありませんからね・・・。」
ポツリと呟いて、出雲は歩き出した。たかしもそれに並んで歩く。
出雲の言う体力というのは、こんな暑い中立っていたら消耗してしまう体力。
そして、たかしの相手をすることによって消耗してしまう体力の双方である。
とにかく出雲としては一秒でも早く七梨家に到着したかったのだ。
「なあ、この夏にはどっかへ行かないのか?」
「どっかって・・・。何処へ行くつもりなんですか?
言っておきますけど、私の車を使ってなんてのは却下ですよ。」
「ええー?ケチだなあ。シャオちゃんを海に誘えないじゃないか。」
「シャオさんを海へ誘うのは私ですよ。しかも二人っきりでね。」
「なにー!?そんな事させてたまるもんかあ!」
「はいはい、せいぜい頑張って・・・おや?」
結局はたかしと会話していた出雲。しかし、その途中で別のものに目がいった。
こんな日にはまず見ることができないようなもの・・・のはずである。
「おい出雲、人の話きいてんのかよ。」
「野村君、そんな事よりあれ・・・。」
「ん?」
出雲のほうを向いていたたかしだが、指を差されてそちらの方へと頭の向きを変えた。
二人が見たもの、それは人である。
しかし異様なのはその格好。明らかにこんな夏真っ盛りの時期に着る服ではない。
全身真っ黒のローブ。それこそフードも付いており、顔以外に見える場所は無い。
また、手には黒手袋をはめており、まさに黒そのものであった。
「・・・なんだ、あれ?」
「知りませんよ。とにかく関わらない方が良いかもしれませんね。
何気なく横を通ることにしましょう。」
「ああ、そうだな。」
二人の意見がばっちりあったようだ。話をするふりをしながら歩く。
しかし、その黒づくめの人間は二人の前に立ちはだかる様に道の真中で立ち止まった。
それこそ、顔を上げて正面から二人を見つめている。
さすがにこれを無視するわけにはいかず、出雲とたかしは仕方無しに顔を合わせるのだった。
「あの、どいてくれませんか?」
「そうそう、俺達これから行くとこあるんだ。」
二人がそれぞれ口を開く。すると、その黒づくめは答える代わりに別の言葉を発した。
「お二人の願いはなんだ?」
なんともドスのきいた、低いしゃがれた声である。
顔はちらりと見えたものの、老人というわけでは無いようだ。
一瞬二人は声に圧倒されたものの、ため息をつきながらも再び口を開いた。
「なんですか、いきなり。」
「そうだよ。早くどいてくれよ。」
すると黒づくめは確認するかのように言う。
「お二人の願いは、私が道をあける、これで良いかな?」
「あのねえ、あなた一体どういうつもりなんですか?」
「願いなんてそれで良いよ、早くどいてくれって。」
たかしの言葉に、ようやく黒づくめは道の端へと避けた。
不機嫌な顔になりながらも、二人はそれを横目で見ながら傍を通り抜ける。
「そうそう、言い忘れていた。願いをかなえてやったのだから魂を戴かねばな!」
吐き捨てる様に言うと、黒づくめは懐から赤い宝玉を取り出した。
二人がそれに反応した時には、もはや手遅れであった。
二人の体が、あっという間にその宝玉に吸い込まれて行く・・・。
「「う、うわああ!?」」
ほぼ一瞬と呼べる時間のうちに、二人とも道からその姿を消した。
自分のほかに誰も居なくなった道を見回して、黒づくめは宝玉を懐へと戻す。
「ふふ、後七人・・・。ふむ、これからは姿を変えるとしようか。」
黒づくめが何やら念じる・・・と、次の瞬間には出雲へと姿を変えていた。
「これなら大丈夫だな・・・ですね。ですます口調か・・・まあ仕方が無いな。」
しばらくぶつぶつと呟いていた彼だったが、やがて水羊羹入りの箱を拾い上げると歩き出した・・・。


別の場所。花織、熱美、ゆかりんという三人が七梨家へと向かっていた。
「やっぱり止めようよ、花織。涼みに行くなんて、楊ちゃんに怒られるよ。」
「だってしょうがないでしょ。二人とも家のクーラーが壊れちゃったってんなら。」
「それはそうだけど・・・。」
最初は花織の家のクーラーが壊れたのだった。暑さに耐えきれなくなった花織は親友のゆかりんの家へ。
ところが、ここでもクーラーは故障中とのこと。仕方なく二人そろって七梨家へと出発したのだった。
途中で、ヨウメイに用事があった熱美と出会い、こうして三人で歩いているというわけだ。
「いっておくけど、わたしはすぐに帰るつもりなんだから。涼むなんて迷惑だからね。」
「ええー?熱美ちゃん、そこをなんとかお願い〜。」
「そうだよ〜。このままじゃあ、あたし達暑さで倒れちゃうよ〜。」
最初は花織にたしなめていたゆかりんも、ついには一緒になってすがり始めた。
“ふう”とため息をつきながら親友二人を見ていた熱美の心中はこうである。
(楊ちゃんの事だから多分キリュウさんに“試練ですよ”なんて言って、家は暑いままなんだろうな。
だからわたし達が涼みに来たなんて言ったら、それこそ追い返されると思うんだけど・・・。)
再び二人を見る熱美。何やら目が潤んでいるその姿にほとんど何も言えず、黙ったまま歩き続ける。
そんな調子が続き、何も進展が無い様であった・・・。
しばらくして向かいからやって来た人物に目をやる熱美。
「ほらほら二人とも、遠藤先輩だよ。」
「そんなのどうだって良いじゃない。」
「お願い。楊ちゃんに頼んでよ〜。」
相変わらずの二人に呆れ顔になりながらも、熱美は出会った先輩に挨拶する。
「こんにちは、遠藤先輩。今日は暑いですねえ。」
「こんにちは、熱美ちゃん。三人で何処へ行くの?」
「七梨先輩の家へ。聞いてくださいよ、わたしはちゃんとした用事があっていくんですけど、
花織もゆかりんも不純な動機で行くんですよ。」
怒った様に乎一郎に説明する熱美。すかさず二人はそれに反応した。
「ひっどーい、不純な動機ってなによ、熱美ちゃん。」
「そうだよ。あたし達のこれだって、立派な動機だよ。」
「どこが・・・。人の家に涼みに行こうなんてのは不純なの!」
きつめの声で怒鳴る熱美。まあまあとなだめる乎一郎だったが、やはり熱美に賛同した様だった。
「あのさあ、涼みに行くんじゃなくて、何処か涼しい所へ出かけるとか。」
「そんなもん、どこがあるって言うんですか。」
すかさず反論する花織。困りだした乎一郎を助ける様に、熱美が言った。
「花織、つっかかってんじゃないの。ところで遠藤先輩はどこへ?」
「僕?僕は学校だよ。今日はルーアン先生が日直だっていうからね。」
何処からそんな情報を仕入れたのか、少しばかり唖然とする三人。
気を取りなおした頃、更に新たな人物がその場へとやって来た。それは・・・。
「出雲さん。こんにちは。」
ぺこりと頭を下げる熱美。出雲もそれにならって頭を下げる。
と、出雲の手にあった箱を見て、花織とゆかりんが出雲にすがる様に言った。
「シャオ先輩の家へ行くんですか?だったら一緒に説得してくださいよ。」
「そうそう。楊ちゃんに・・・。」
それを急いでたしなめようとする熱美と乎一郎を制し、出雲はにこやかに言った。
「良いですよ。その前に四人とも、なにかお願い事は有りませんか?」
「お願い事?」
「そうです。実は今日は誰にでも一つは願いをかなえてあげようという決まりにしましてね。
それで、会う人会う人に願いをきいているわけなんです。」
「へえー。」
感心する乎一郎。他の三人も同様であった。
素直にそれを信じ、しばらく四人とも考え込む。
しばらくして、まず花織が口を開いた。
「それじゃあ、楊ちゃんを一緒に説得してください。」
「済みませんが、今すぐできるものが良いんですが・・・。
もう一つ、四人一度に言ってください。」
妙な注文を出してきた出雲。疑う事もせず、四人は順番に口を開いた。
「ええー?それじゃあこの暑さを緩めて・・・なんて無理ですよね。」
「花織、あんたね・・・。あたしはなにか飲み物を買っていただければ。」
「わたしは、この二人の不純な動機に対して、出雲さんがビシッと言ってやって欲しいです。」
「僕は・・・別に無いです。」
うんうんと頷いていた出雲だったが、最後でずるっとこけた。
改めて乎一郎の顔を見る。
「遠藤君、そんなんじゃあ困りますよ。なんでも良いんです。
例えばルーアンさんの様子を知りたいとか。」
「ええ?そんなの無理でしょう?でも、できるんならそれが良いかな・・・。
ルーアン先生が今何をしているのか教えてください。」
「わかりました。それでは・・・。」
何やら祈るようなしぐさをする出雲。しばらくして閉じていた目を開けた。
「まず遠藤君。ルーアンさんは今日直をしていますね。」
「え?いや、そういう事が聞きたいんじゃなくて・・・。」
「次に熱美さん。え〜と、ゆかりんさんに花織さん、駄目ですよ!!不純な動機は!!」
「・・・もう終わりですか?」
こくりと頷く出雲。乎一郎も熱美もかなり不満そうだ。
しかし出雲は気にせずに次の願いへと・・・。
「ではゆかりんさん。ちょっと待ってて下さいね、ひとっ走り行って買ってきます。」
「え、ええ・・・。」
大急ぎで走り去って行く出雲。ものの一分もしないうちに飲み物を持って戻って来た。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます・・・あつっ!!」
缶入りのそれを受け取ったものの、ゆかりんはそれを落としてしまった。
そう。出雲が持ってきたのは、一体何処から買ってきたのか、ホットの飲み物だったのだ。
「ちょっと出雲さん、どういうつもりですか!」
「いくらなんでも酷すぎます!」
「こんなの、お願い事を聞いたうちに入りませんよ!」
口々に反論を始める三人。一通り聞いていた出雲だったが、やがてわなわなと震え出した。
「・・・やはりこんな面倒な事はやってられん!!」
いきなり叫んだ出雲にびくっとなる四人。
と、次の瞬間そこに立っていたのは、黒づくめの人物だった。
キッと四人を睨んだかと思うと、懐から赤い宝玉を取り出す。
「とりあえず願いをかなえてやった貴様らの魂はもらうぞ。ふんっ!」
「「「う、うわああ!!」」」
あっという間に宝玉に吸いこまれた熱美、ゆかりん、乎一郎。
一瞬の出来事に訳が分からず、花織はパニック状態に陥っていた。
「熱美ちゃん、ゆかりん、遠藤先輩・・・。あなた、何者なの!?みんなを何処へやったのよ!!」
感情的になって叫ぶ花織。しかし黒づくめはそれを無視するかのように呟いた。
「普通に接すれば良かったな・・・。まったく面倒な事をやってしまった。
やはり人間だとかいう事を考えて行動したのが良くなかったな。」
「人間・・・?あなた一体なんなのよ!!」
黒づくめ花織の叫びにようやく振り向いた。だが、それに答えるためでは無いようだ。
「後はおまえの願い。たしか暑さを緩めて・・・だったな。ふっ・・・。」
少しだけ笑うと、一瞬にしてその辺りの暑さが緩まった。いや、確かに緩まったのだが・・・。
「さ、寒い・・・。」
両手を体に回す様な格好になり、花織は両膝をついた。
そう、暑さを極端に和らげたのだ。それこそ、氷点下に・・・。
「さて、それではおまえの魂も戴くとしようか。」
「そんな、どうして・・・。」
「願いをかなえてやっただろう?取引とはそういうものだ。」
「こ、こんなの、あたしの願いと、違う・・・。さっきの、熱美ちゃん達のだって・・・。」
「願い事は慎重にするべきだという事だ。ふはははは!」
「し、七梨先輩・・・。」
花織が名前を呟いた次の瞬間には、その姿はすでに消えていた。
例の赤い宝玉に吸いこまれたのである。
「ふん、後三人か・・・。待てよ、たしか傍に三人ほどいたな。
二人は精霊だが・・・まあ、呼び出した本人も精霊だしな。よし、ならば向かうとするか。」
しばらく呟いていたかと思うと、黒づくめはその場から姿を消した。
もちろん、花織達がいた痕跡など残さぬ様に・・・。


一方七梨家。外とは違って、ここは平和であった。
相変わらず家中の掃除が続けられている。
シャオは庭を。太助はキッチン。キリュウは風呂場。ヨウメイは倉庫である。
まず庭。箒を持ってシャオが掃き掃除をしているところだ。
さっさっさっさっさ・・・。
「うーん、なかなか綺麗に成らないなあ。もう少し効率のいいお掃除方法は無いかしら・・・。」
箒が悪いのか、落ちている物が意地っ張りなのか・・・。
とにかくシャオが懸命に箒を動かしても、なかなか思うように綺麗にできないのだった。
(綺麗にしたいか・・・。)
「えっ?太助様?」
なにかが聞こえた様な気がして、手を止めてきょろきょろとするシャオ。
しかし、しばらくして“空耳だったかな”と思うと、掃除を再開した。
「あ〜ん、やっぱりあんまり綺麗にならないですう。」
(おまえの願いは、この庭を綺麗にしたいかという事なのか?)
「えっ?」
またもや手を止めるシャオ。今度は空耳ではないと確信した様だ。
先ほどとは違って、ゆっくりと辺りを見回す。
と、庭先に見なれない人物が立っているのを発見した。
全身黒づくめの・・・夏にふさわしくないような格好をした人物を・・・。
「あの、あなたは誰ですか?」
「おまえはこの庭を綺麗にしたいと願うか?」
シャオの問いに答えるでもなく、逆に質問を投げかけてくる。
戸惑っていたシャオだが、ぽけっとした顔でそれに答えた。
「ええ、なかなか綺麗にできないもんですから・・・。」
「では願いをかなえよう・・・。」
黒づくめの人物が片手を持ち上げ、指をぱちんと鳴らす。
するとぱあっと庭中が光ったかと思うと、あっという間にそこは何も無い場所となった。
そう、ただまっ平らな地面だけがそこには存在していたのだ。
当然芝生とかそういうものは一切ない。シャオが以前星神たちと作った花壇も・・・。
「な、なにを・・・。」
「どうだ?綺麗になっただろう?」
にやあっと笑いながら黒づくめは言い放った。シャオは怒るより前にショックが大きい様だ。
「何も、無い・・・。太助様にプレゼントした、花壇も・・・。
あなた、一体何をしたんですか!!」
ようやく正気に帰ったシャオ。ものすごい剣幕で黒づくめに怒鳴りつける。
「おまえの、庭を綺麗にしたいという願いをかなえてやったのだ。」
「そんな・・・。私はこんな事は願っていません!!元に、元に戻してください!!」
必死になっているシャオに対し、黒づくめは静かに答えた。
「願いは一つだけだ。さて、願いをかなえてやったのだから魂をいただこうか。」
懐からすっと赤い宝玉を取り出す。
一瞬シャオはびくっとなったものの、すぐに気を取り直して支天輪を構えた。
「来々・・・」
「無駄だ!」
ぎろっとシャオを睨む黒づくめ。その次の瞬間にはシャオは宝玉に吸いこまれる形となった。
「きゃあああ!」
カラン、と箒が地面に倒れる音と共に、シャオの姿は消えていた。
にたあっと笑う黒づくめ。そして家の中へと足を踏み入れた。

キッチン。ここでは太助が懸命に拭き掃除をしている。
本来なら最もキッチンを利用しているシャオがするはずだったのだが、あえて太助が申し出たのだった。
「へへ、シャオが見たらびっくりするくらいに綺麗にするぞ。」
鼻歌を歌いながら床を、家具を・・・。大きい物が終わると今度は食器類を・・・。
これでもかと言わんばかりにとことん綺麗にする太助。
やがて、ほとんどの事を終えた様だ。椅子に座って一息つく。
「ふう、疲れたあ。ちょっと張りきってやりすぎたかな。でもまあ、綺麗綺麗。」
キッチン内を見回してかなり御機嫌の様子。
それもそのはずだろう。ぴかぴかに光っているのだから。
「不意にシャオが見に来ないかな。そんでもって『まあ、太助様。素晴らしいですわ!』
なーんて言ったりして・・・。あはははは。」
(おまえはそれを願うか?)
「ああ、願うよ・・・誰だ!?」
突然聞きなれない声が耳に響き、慌てて立ちあがる太助。
きょろきょろと見回すも、その姿を見つける事はできなかった。
不審に思いながらも椅子に座りなおす。
「空耳かな・・・。」
少しそのまま考え込んでいると、今度はリビングの方から人が入ってきた。
「あれ?シャオ?」
そう、シャオだ。なぜかキッチンを見に来た様である。
シャオはキッチン内部を見まわし、そして告げる。
「まあ、太助様。素晴らしいですわ!」
「へ?あ、ああ・・・。」
ものすごい棒読みでわざとらしくせりふを言うシャオ。
いきなり何が起こったのか太助はいまいち理解できず、しばらくそのまま戸惑っていた。
と、シャオはすっと太助の後ろの方を指差す。
それにつられて太助が振り返った時、目の前に見知らぬ黒づくめの人物が立っていた。
「うわっ!」
いきなりの事に驚いて床に倒れる太助。
打ちつけた腰をさすりながらも、その黒づくめに尋ねる。
「あんた誰だよ。一体何処から入ってきたんだ。」
「願いをかなえられて満足かな?」
なんとも不敵な笑みを浮かべて質問とは関係無い言葉を発する黒づくめ。
それに太助ははっとなり、急いでシャオの居た所を見た。
しかしそこには誰も居ない。一瞬のうちに消え去った様に・・・。
慌てて黒づくめの方へと降り返る太助。
「一体どういう事だよ。願いって?」
「さっき願っただろう?私はそれをかなえてやったのだ。」
「願いをかなえる?あんたまさか・・・ヨウメイに呼び出されたのか?」
「ヨウメイ?まあ、結果的にはそういう事かな。
さて、願いをかなえてやったのだからおまえの魂をいただこうか。」
懐から赤い宝玉を取り出す黒づくめ。それを見て、太助は顔がこわばった。
「魂!?まさか、さっき俺が見たシャオは・・・? ちょっと待て・・・シャオは、シャオは無事なんだろうな!!」
「庭に居た精霊の事か?この中だ。」
笑みを浮かべて目で宝玉を指す黒づくめ。
太助の顔が驚愕へと変わる瞬間、太助は吸いこまれ始めていた。
「うわああ!」
一瞬にして、キッチンも誰も居ない状態となる。
「後一人・・・。後一人願いをかなえればこの世の神は私だ!!」
ククククと笑いながら黒づくめはキッチンを後にする。次なる願いをかなえるために・・・。