小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第十三話≫
『幸せ計画発動!』

ずずずずず・・・。
味噌汁をすする音のみがキッチンに響いている。そう、ただいま七梨家の朝食時間だ。
しかし居る人間はみな沈黙したままである。がつがつという音もしない。
とにかく聞こえてくるのは味噌汁をすする音・・・。
しばらくして、その沈黙を破った者が居た。
「ルーアンさん、お代わり欲しいですか?」
「・・・いただくわ。」
ルーアンがお茶碗をすっと差し出す。それを受け取ったのはヨウメイだ。
炊飯器をぱかっと開けるが・・・。
「空っぽですね。早くも全部食べきったみたいです。」
「そ、じゃあしょうがないわね。」
二人の会話が終わると、再び黙々とした食事に戻った。
しかし、またもや沈黙を破った人物が・・・。
「ところで三人とも、今日の予定は?あたしは家に居ようと思うけど。」
那奈だ。ちなみに三人とは、ルーアン、キリュウ、ヨウメイの事である。
「あたしは別に・・・。」
「試練でも考えようかと思う・・・。」
ルーアンとキリュウは特に深く考えるでもなく答えた。
残るヨウメイ、何やら頭を悩ませている様である。
「ヨウメイはどうするんだ?」
「とりあえずシャオリンさんの行動の原因を調べようかと・・・。」
そこでヨウメイを除く三人ははたと食べる手を止めた。
そう、見ての通り今ここにシャオ、そして太助は居ない。
今朝どたどたと音がしたと思ったら、朝食の用意がされた状態でシャオが太助を連れて出て行ったのだ。
四人が下へと降りてきた時には、すでに二人は出かけた後だった。
「どう考えてもおかしいですよ。なんの言葉も無しに主様と駆け落ちなんて。」
「ななな、なんですってー!?」
がたっとルーアンが立ち上がった。その衝撃で机の上のおわんが揺れる。
味噌汁をこぼしそうだったそれを、慌ててキリュウは手で押さえた。
「ルーアン殿、立ち上がるなら食事が終わってからにしてくれ。」
「あんたねえ、そんなのんきな事言ってる場合じゃないでしょ。
ヨウメイ、駆け落ちってどういう事よ!!」
「嫌だなあ、言葉のあやですよ。駆け落ちじゃ無ければデートか何かでしょうねえ。」
「デートお!!?」
一度は座ったルーアンだったが、再び勢い良く立ち上がった。
またもや慌てておわんを押さえるキリュウ。しかし、今度は間に合わずに少しこぼしてしまった様だ。
「ルーアン殿ぉ・・・。」
「たく、行儀悪いな。ヨウメイ、天罰とかしないのか?」
見かねた那奈がヨウメイにふる。と、ヨウメイは黙ったまま統天書をめくった。
「ちょっと、何する気よ!!」
「来れ、真空!!」
一瞬にしてルーアンの周囲のみに異変が起きる。
その直後、彼女は首を両手で押さえるような感じで床にうずくまった。
「く、くる・・・し・・・。」
那奈とキリュウは驚きの表情になる。
と、しばらく経ってからヨウメイは統天書をパタンと閉じた。
その途端、ルーアンは押さえていた手をだらんとし、苦しそうに息をする。
「ゼイ、ゼイ・・・あんたねえ・・・。」
「静かに食事しないからですよ。おかげでキリュウさんの分のお味噌汁がこぼれちゃったじゃないですか。」
不機嫌そうにおわんを指差すヨウメイ。こぼれた分は、すでにキリュウがふき取っていた。
「わ、悪かったわよ。キリュウ、こぼれた分だけあたしのからあげるわよ?」
「・・・そんな事はしなくていい。」
「キリュウさんたら遠慮しちゃって、ほんとは欲しいくせに。
そうだ、拭き取る前にすするとかすれば・・・」
「いらないといったらいらない!!それにそんな事まで私はしない!!」
ヨウメイの茶々にキリュウが怒鳴る。
荒れそうになったところで那奈がなだめ、再び沈黙の時間に戻るのだった。

そうこうしているうちにようやく食事が終了する。
後片付けを終え、四人でリビングに集まる。そこでヨウメイは改めて統天書を開いた。
「さて、それでは調べてみますね。・・・ふむふむ、これは山野辺さんの嘘が原因の様ですね。」
「翔子の?どういう事だ?」
「キリュウさんが知ってますよ。それじゃあお願いします。」
身を乗り出した那奈に答える代わりに、ヨウメイはキリュウの方へ向いた。
「・・・なぜ私が?」
「山野辺さんから教えてもらってるんだからそれくらい言わないと。これも試練ですよ。」
「あのな・・・。」
呆れ顔になるキリュウ。今度はルーアンが思い出した様に手を叩いた。
「そう言えば去年も二人して逃げ回ってたわね。そうか、あのじょーちゃんの・・・。
で、結局はどういう事なの?」
「・・・仕方が無い、説明しよう。」
ルーアン、そして那奈の二人に興味津々と見つめられ、キリュウは観念したかのように口を開いた。
「翔子殿がとある嘘をシャオ殿に吹きこんだのだ。
『その年の梅雨に降った最初の雨が止むまで、お互い同士しか口をきかなかった二人はとんでもなく幸せになれる。』
というものだ。私は雨が止んでから教えてもらったのだがな。」
「へええ、なるほどねえ・・・。」
「やるな、翔子の奴。あたしも見習わないとな。」
感心するルーアンと那奈。確かに二人の仲を深めるのには絶好のものである。
「というわけで、今主様とシャオリンさんは愛の逃避行をなさっているという訳です。
けど残念だなあ。もう少し早く知っていたら私もキリュウさんと逃げたのに。」
「・・・本気か?ヨウメイ殿。」
「冗談ですよ。けど幸せに成れるんなら・・・。」
なんとなく目を輝かせているヨウメイに、唖然とする面々。
話を戻す様に那奈がごほんと咳払いしてしゃべりだした。
「ところでこれからどうするんだ?まさか二人の邪魔をしに行くなんて真似は許さないからな。」
「嫌ですわ、おねえさまったら。そんな事する訳が無いじゃありませんの。」
「嘘ばっかり。本当は追いかけたいんでしょ、ルーアンさん。」
にやつきながら言うヨウメイ。ルーアンは、ぎろっと睨む那奈にあたふたとなる。
「そうなのか?」
「だ、だからそんな事ありませんって。ヨウメイ・・・!」
そこでけたけたと笑い出すヨウメイをキリュウがなだめる。
落ち着いたところで、キリュウが仕切りなおすように改めて口を開いた。
「とにかく今日は家でのんびりとしていようではないか。幸い休日だしな。」
みなはそれに頷いた。雨が降っている中外へ出かけるのも億劫である。
何より、シャオと太助の邪魔になっては意味が無いのだから。
「あのう、ちょっと面白いことを思いついたんですけど。」
ヨウメイが恐る恐る手を上げながら声を発する。
他の三人は“どうせ・・・”というような呆れた顔で彼女を見た。
すこしばかり気迫に満ちたその顔に圧倒されつつも、ヨウメイは更に続ける。
「この四人で少しばかり競争しませんか?」
「どんな競争?」
「雨にどれだけ濡れられるか、つまり水も滴るいい女・・・」
「却下だ却下!!やっぱりろくでも無いな・・・。」
聞いたすぐ後に否定の意を取る那奈。当然ルーアンとキリュウもそれに頷くのだった。
しゅんとなるヨウメイをよそに、今度はキリュウが喋り出す。
「試練の創作はどうだろう。良い物には私が賞品を出そう。」
「あんたいつからそんなコンテストみたいなものやるようになったのよ。
でも賞品が出るんならやっても良いわね。何が出るの?」
「鉛筆とか、ノートとか・・・」
「却下却下。今時そんなふざけた賞品に飛びつく奴なんて居ないよ。」
「那奈さん、それはあんまりですよ。私は考えようと思ったのに・・・。」
みなの意見にしばらく考え込むキリュウ。
やがてうつむいていた顔を上げてヨウメイの方へ向けた。
「仕方ない。ヨウメイ殿、二人でやろうか。どちらが一等を取るか。」
「二等は鉛筆で一等がノートですか?後で主様に自慢しようかな。
これは二等の賞品ですよ、って。」
「なんだ、随分と謙虚だな。一等を目指そうとは思わないのか?」
「目指しても良いんですか?手加減はしませんよ。」
「ふ、のぞむところだ。」
知らない間に話が二人の世界に入ってしまった様だ。
何やら火花を散らしているようなキリュウとヨウメイ。
訳の分からない会話に呆れ顔になりながらも、那奈は口を開いた。
「そんなもんやるのはまた今度にしてくれ。」
「そうよ。ここは健康的に大食い競争といきましょうよ。」
「「「却下!!」」」
「ええ〜!?ちょっと、それってあんまりよお。」
三人同時に否定の意を取る。いくらなんでも朝食直後にそんなものをやりたくない。
黙り込んだところで、那奈が改めて口を開いた。
「一つ考えたんだけどさ、翔子に対抗して・・・ってのはどうかな?」
「どういう事ですか?」
「つまりだな・・・。」
四人が一ヶ所に顔を寄せ合ってごにょごにょと話をする。
丁度のその時、雨脚が強まって来た様だ。家の中に居ても話声が聞こえないほどに・・・。


ザアアアっと、激しく雨が降っている。
シャオと太助は、とある橋の下で雨宿りをしていた。
さすがに町中をうろうろと廻っていられるほどの雨じゃなくなってきたのである。
「ここに来るまで随分と濡れちゃったな。シャオ、寒くない?」
「大丈夫です。太助様こそ寒くありませんか?」
「ああ、俺は大丈夫だから。・・・そういやタオル持ってきてたんだ。もしもの時にって。」
そう言うと出掛ける際に持ってきた鞄からタオルを取り出す太助。
雨の中を移動していたので多少湿ってはいるが、それでも十分に拭けるほどであった。
「ほらシャオ。」
「いえ、太助様が先に使ってください。」
「でも・・・。」
「あ、それなら二人で一緒に使いませんか?こっち半分が私で、こっち半分が太助様。」
「・・・しゃ、シャオがそれでいいってんなら。」
「そうですか、ではそうしましょう。」
にこっと笑ったかと思うと、太助の傍へすっと寄るシャオ。
別々に使えばいいはずなのだが、なぜか二人同時にタオルを使っている。
遠慮無く・・・のはずだが、二人とも顔を少し赤らめながら。
「そ、そろそろ行こうか。あんまり同じ所にいると見付かっちゃうし。」
「はい。」
二人とも立ちあがる。丁度雨が小ぶりになってきた様だ。
そして二人は雨の中駆け出して行った。誰にも見付からないように・・・。

丁度お昼を過ぎた頃、雨がぴたりと止んだ。
残念そうな顔を浮かべる太助とシャオ。
ヨウメイの言っていた、二人の愛の逃避行の時間はもう終わりなのだから。
「もう雨止んじゃった。帰ろうか、シャオ。」
「そうですね。お昼御飯を食べないといけませんし。」
二人は自分達の家へと歩を進めた。外で食事しようにもお金を持ってなかったから。
と、家の前でルーアンが立っていた。
「ルーアンさん?何やっていらっしゃるんですか、そんな所で。」
「ふっ。」
解禁(?)となったということで早速声をかけるシャオ。
しかしルーアンは少し笑って返しただけだった。
腕を組んで笑みを浮かべているその姿は、良からぬことを考えている様にも見える。
「ルーアン?お昼はもう食べたのか?」
今度は太助が口を開く。と、ルーアンが今度はにやっと笑った。
「まだよ、それでシャオリンにルーアンスペシャルを作ってもらおうと思ってね。」
「ルーアンスペシャル?」
「それってなんですか?ルーアンさん。」
シャオが興味深げに尋ねる。待ってましたとばかりにルーアンは態勢を立て直した。
「それはね舌平目ワインソースと、肉細切りチャーハンと、クリームシチューと、
ヨーグルトサラダとプレーンオムレツと・・・まあ、主食はこんなもんね。
そんでもってデザートとしていちご大福があるの。とまあ、そういう事よ。
ちなみに材料は家にある物で十分作れるからね。」
「「・・・・・・。」」
具体的な料理の名前を次々と並べ立てられ、唖然とするシャオと太助。
ルーアンはそれに更に付け足す。
「当然、これらの料理を作れたら幸せに成れるのよ。もちろん食べたらもっと幸せに成れるわ。」
「本当ですか!?」
幸せという言葉にぴくっと反応したシャオ。
目を輝かせながらルーアンに聞き返すのだった。
「ええ、本当よ。慶幸日天のあたしが言うんだから間違い無いわ。」
「それじゃあ早速準備にかかりますね!よーし!」
腕を捲り上げて、シャオは駆け足で家に入っていった。
ぽかんと見送る太助に対し、ルーアンはくすくすと笑っている。
「ルーアン、一体どういうつもりだ?」
「あら、幸せになれる料理の提案よ。ほらほら、たー様も手伝いに行きましょうよ。
みんなで作ってみんなで食べて、みんなで幸せになりましょう♪」
言うなり太助の背中を押し始めるルーアン。
そして二人は家に入り、キッチンへと向かって行った。
そんな二人を階段から見ている人物が三人。那奈とキリュウとヨウメイだ。
「やるなルーアン・・・。」
「慶幸日天ですもの。当然信じておかしくないですね。」
「ひとまずルーアン殿は合格、という訳だな・・・。」
三人はお互いに顔を見合わせて頷き合うと、料理の手伝いをするべくキッチンへと向かうのだった。
そしてキッチン・・・。
「うわっ、ルーアン足踏むなって!」
「ごめ―ん、たー様!だって狭いんだも〜ん。」
「ヨウメイさん、これの味付けはこんなもんでしょうか?」
「どれどれ・・・うん、ばっちりですよ!さすがはシャオリンさん。」
「那奈殿、それは・・・。」
「ああ、これ?どばあっと入れちゃおっかなって。」
「ちょっと那奈さん!それはこっちですって!!」
「うわわ!シャオ、これどうすれば良いんだ!!」
「ちょっと待ってくださいね・・・これで良し、と。」
「わ―い、一丁上がり!なんだ、結構簡単に作れるじゃない。」
「ルーアン殿、いいかげん陽天心を使うのは・・・。」
とにかくてんやわんやの大騒ぎ。
あのキッチンに六人も居るのだから大混乱である。
しかし、それぞれが頑張って作り、無事にルーアンスペシャルなるものは完成した。
リビングへと全ての料理を運び、そして座る。
「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」
例によって挨拶が告げられ、それぞれが料理を口にした。
「「「「「「おいしい!!!!!」」」」」」
全員が一斉に叫ぶ。その後はがつがつと一心不乱に・・・。
あっという間に食事が終わり、食後のお茶の時間となった。
「ふう、美味しかったな、昼御飯。これもみんなで作ったおかげかな。」
「そうですね、太助様。みんなで一生懸命に作って・・・良かったですわ。」
「どう?二人とも。あたしの言ったことに間違いは無かったでしょ。
みんな幸せ幸せ。お―っほっほっほ。」
得意そうに笑い出すルーアン。人一倍食べていた彼女はとても満足そうだ。
そんなルーアンを見ていたヨウメイはポツリと呟く。
「こんな時以外にももっと幸せを振り撒けばいいのに・・・。」
「ん?なんか言った!?」
「い、いえ・・・。」
慌ててお茶をすすりに戻るヨウメイ。横からキリュウがひじで突ついた。
「ヨウメイ殿、今のは禁句だぞ。」
「わ、分かってますよ。そんな事より次はキリュウさんですよ。」
「分かっている。さて、主殿。」
キリュウは湯のみを置いてすっと立ちあがった。
何やら瞳にただならぬ物を宿しているような・・・そんな顔である。
「何?キリュウ。」
「食後すぐで悪いが試練だ。ただし、シャオ殿も一緒だ。」
「シャオも?」
「どういう事ですか、キリュウさん。」
前に身を乗り出す二人。キリュウはゆっくりと喋り出した。
「これから二人にあるばしょ・・・そうだな、学校まで行ってもらおう。
当然私の妨害が入るし、星神は使ってはいけない。時間制限は二時間だ。
くれぐれも二人同時に行動すること。では始めるぞ。」
説明を終えると、キリュウはものすごい速さでその場を立ち去っていった。
後に残された太助とシャオを見て、他の三人はうんうんと頷く。
「頑張ってね、たー様。」
「腹ごしらえはできてるだろう?しっかりしろよ。」
「多分、大方は主様がシャオリン様を護る形になると思いますけど。
そうそう、支天輪は預かっておきますよ。」
すっと手を差し出すヨウメイ。しかしシャオはすぐに支天輪を渡さなかった。
「あの、どうして?皆さん何か知っていらっしゃるんじゃないんですか?」
「それはですね・・・あ、言い忘れてました。
この試練を終えた時に、お二人に必ず幸せが訪れるはずです。」
「・・・なんでヨウメイがそんな事言うんだ?」
「事前に少し打ち合わせしておいたんですよ。キリュウさんが万が一言い忘れても大丈夫な様に。
いやあ、信頼される身ってつらいですよねえ。」
笑いながらぽりぽりと頭を掻くヨウメイ。
那奈はそれを軽く小突く。
「いったいなあ、何するんですかあ・・・。」
「何が信頼される身だ。まあいいや、太助にシャオ、早く行ってこいよ。
あたし達は一足先に学校で待ってるからさ。」
「必ず二人同時に着いてよ。」
三人(正確には二人)に急かされて、シャオはとりあえず支天輪をヨウメイに手渡す。
そして太助とシャオは頷き合って、家を後にするのだった。
残った三人。ふうと一息つく。
「キリュウったら・・・あれだけあたし達が言ったのに言い忘れるかしら?」
「まあキリュウさんにもそういう事がありますよ。それにしてもあっさり信じたなあ・・・。」
「そんな事よりヨウメイ、随分強引な説明だったな。あたしはひやひやしたぞ。」
「ええー?ちゃんと二人が納得されるようにしたつもりだったんですよお。」
不満の声を上げたヨウメイを、今度はルーアンが小突いた。
「いたっ。」
「あんたねえ、何が信頼されてる身、よ。あんな脚色はいらないのよ。」
「ええー、でも・・・。」
更に那奈が小突く。
「いたたっ。」
「ルーアンの言う通り。ヨウメイは余計な事言い過ぎなの。」
「そうよー。もうちょっとわきまえなさい。」
コツ、コツ、と二人してどんどんヨウメイを小突く。
そのたびにぐらぐらと揺れるヨウメイのからだ。
「痛い、痛いですって!なんなんですか、二人して!」
「ちょっとおしおき。」
「そういう事。でもおもしろーい。」
「ひ、人の頭で何を・・・だから痛いですって!」
それから二人が小突き合いを止めたのは、半べそをかいているヨウメイを見てからだ。
後一突きでもすれば大きく泣き出しそうである。
「ぐすっ、ひどい・・・。」
「ちょっとやりすぎちゃったな・・・。ルーアンが面白いなんて言うからだぞ。」
「そんなあ。最初に小突き出したのはおね―様じゃないのお。」
「二人とも同罪ですよ・・・。」
「ええー?もとはといえばヨウメイが悪いんじゃないか。」
「人の頭を必要以上に小突くのは悪くないんですか!!」
「誰もそんな事言ってないだろ。あたしはな・・・」
「はいはい、不毛な争いはそこまで!はやくたー様とシャオリンの先回りしましょ。」
パンパンと手を叩いてルーアンが喧嘩を止める。
ちゃっかり第三者の立場になりすましているところはさすがである。
「ま、いつまでも言い争っていてもしょうがないしな。さっさと行こうぜ。」
那奈はけろっとした様に言ったが、ヨウメイの顔は曇ったままだ。
そのままゆっくりと統天書をめくりだす。
「そうですね・・・早く行きましょうか・・・。」
重く呟いたかと思ったら、とあるページで手を止めた。
“まずい!”と思ったルーアンは素早く黒天筒を取り出す。
「あ、あたしは陽天心絨毯で行くんだから・・・」
「来れ、台風!!」
「「うええっ!!?」」
二人は逃げる暇も無くヨウメイが呼び出した台風に巻き込まれた。
そのまま家の外へ出る。当然ヨウメイも一緒だ。
三人が外へ出た後に、家中のドアや窓が一斉に閉まる。
「さて、戸締りはこれで良し、と。さあ行きましょうか。」
「「ちょ、ちょっとまてー!!」」
ルーアンと那奈は暴風の中を飛ばされまくっている。
ヨウメイは台風の目の中に浮かんでいる状態だ。
「文句言わない!さあ出発!」
「「ひえええ!!」」
そして、三人を取りこんだ小さな台風はまるで飛行物体の様に空を飛んで学校へと向かうのだった。

数分後、幸運にもそんなに目立つことなく台風は学校に到着した。
校庭の上空でパッとそれは消え、バラバラと人が降る。(といってもルーアンと那奈の二人だが)
ヨウメイは飛翔球に乗っていたのか、ゆっくりと地面に着地した。
「はい到着。さて、主様たちが来るのを待ちましょうか。」
軽く言い放って校門の上に腰を下ろすヨウメイ。
しかし、校庭に放り出された二人はそんな気分じゃなかった。
「お、おね―様、生きてます?」
「な、なんとか・・・。忘れてた、ヨウメイは怒らせると恐いんだった・・・。」
「おね―様が小突くから・・・。」
「ルーアン、お前だって小突いてただろうが・・・。」
くたくたのはずなのだが、二人は喧嘩を始める。
ヨウメイはそんなものを気にもとめず、ゆっくりと統天書に見入るのだった。
試練を行っているキリュウ、そしてそれを受ける太助とシャオの様子を見るために。

そしてその太助とシャオ。やはりというか、色々な物に襲われつづけていた。
巨大なマンホールのふた・・・。
ゴロゴロゴロゴロゴロ
「うわわっ、走るぞシャオ!!」
「は、はいっ!!」

岩山ならぬ石山・・・。
「うんしょっと。ほいシャオ、俺の手に捕まって・・・。」
「はいっ。」

巨大なカッターナイフ。
ヒュー・・・グサグサグサグサ!!
「・・・シャオ、大丈夫?」
「え、ええ。太助様も大丈夫ですか?」
「なんとか・・・な。」

巨大な空き缶。
カランカラン・・・ごろごろごろ
「ダッシュだあ!!」
「はいー!!」

以前太助が学校へ行く際に受けた物、または新たな物など、とにかく様々であった。
経験の有る太助だったが、なにせ今回はシャオを連れている。
そう簡単に事は運ばないのであった。
「ふう、ふう。ちょっと休憩・・・。」
「太助様、あれ・・・。」
「え?」
太助が目を向けたその先には、ものすごい勢いで伸びてくる植物のツルが!
「休憩もさせてくれないってことか?逃げるぞシャオ!」
「太助様、こっちへ!」
太助の腕をがしっとつかむと、シャオはツルが延びてくる方向へ向かって駆け出した。
「お、おいシャオ!」
「あそこの穴へ!!」
見ると、塀の所に人一人がやっとというような穴が開いている。
どうやら、シャオが偶然にも見つけた抜け道の様だ。
間一髪というところでシャオと太助は壁に開いていた穴へと滑り込んだ。
ツルはいきなり方向転換をする事もできず、ぐわらぐわらとこんがらがる。
「よし、と。さあ太助様、急ぎましょう!」
「あ、ああ。すごいな、シャオ・・・。」
いつの間にこんな抜け道を見つけたのか。太助は感心しながらもシャオと一緒に走り出すのだった。
その時、ようやくツルが抜け穴に伸び始めた。
しかし時すでに遅し、二人はそこより遥か向こうを走っていた。
と、ツルの伸びがすっと止まる。そしてしゅるしゅると音を立てながら元の方へと戻り始めた。
そのツルの茂みの中から一人の女の子が姿を現した。キリュウだ。
「まさかシャオ殿が先導するとは・・・。ふむ、良い傾向だ。」
感心した様に呟くと、キリュウは短天扇を大きくしてそれに乗りこんだ。
準備が整ったところで空へと繰出す。向かう場所は当然学校だ。
「一応最後に一つだけやっておくとするか・・・。」
途中、一本の樹に短天扇から飛び移る。そして短天扇を樹に当てた。
その樹はとても大きく、青々と葉っぱが茂っている。
「樹よ、大地の精霊たる我に力を・・・!」
遠くの方で樹がにょきっと大きくなる。それを見てほくそえむキリュウ。
「これでよし、と。さて、学校へ向かうとするか。」
その樹がある場所とは・・・。

「・・・いきなりこんな樹を大きくするなんて。キリュウさんたら一体どういうつもりなんですか!!」
学校の校門の上で、間一髪樹に巻き込まれるのを免れたヨウメイが怒っていた。
そう、キリュウが大きくした樹とは学校のもっとも近くに生えている樹である。
ちなみに那奈とルーアンはそれに巻き込まれる形で上の方に・・・。
「お、下ろしてくれ〜!!」
「こんな格好じゃ黒天筒が回せないじゃないの!!ちょっとヨウメイ、何とかしてよ!!」
枝に体を巻きつかれながらも必死に叫んでいる。
しかし、枝がしっかり巻き付いているから良いようなものの、そこは外れればまっ逆さまに落ちるという場所である。
それにもかかわらず二人はじたばたと・・・危なっかしい状況である。
ヨウメイは最初居た校門の上に座り直すと、統天書をぱらっとめくって上を見た。
「少し手荒になりますがいいですか〜?」
「手荒!?あんたねえ、ソフトな方法くらい思いつくでしょう!?それをやんなさいよ!!」
怒るルーアン。それは明らかに人に物を頼む態度ではない。
横で那奈がはらはらしながら告げた。
「今のルーアンの言葉は嘘だよ、嘘!だから手荒な真似は止めてくれよー!!」
必死に弁解しているが、手荒な真似は止めてくれといっている時点でルーアンと同じ要求をしている事に変わり無い。
ヨウメイはため息をついたかと思うと、ぱらぱらと別のページをめくり出した。
「ソフトソフト・・・。あ、私ソフトクリーム食べたくなっちゃったなー!!」
上を見ずに大声でわざとらしく叫ぶ。当然上の二人の耳にそれは届いた。
「分かったよ!後で買ってやる!!」
那奈の鶴の一声。しかしヨウメイはにやっと笑って再び統天書をめくり出した。
「あれー?こんな所に桃の絵が!!あ、桃も食べたくなっちゃったなー!」
もはやそれはたかりである。那奈はやれやれと首を振りながらも叫ぼうとしたのだが、
ルーアンがそれより早く大声を上げた。
「こらー、ヨウメイ!!あんた何自分勝手に要求してんのよ!!
これ以上何か言ったら、後でただじゃおかないからね!!」
「お、おいルーアン!!」
那奈が叫んだが、それはもはや手遅れだった。
ゆっくりと上を見上げたヨウメイ。にやっと笑った後に叫ぶ。
「来れ、炎!!」
ボオオオ!!!
あっという間に樹は赤々と燃えあがり、たちまち那奈とルーアンの傍まで火は燃え移った。
「あ、熱い熱い!!何やってんだヨウメイ!!」
「この馬鹿ー!!あたし達を焼き殺すつもりなのー!!」
ますます騒ぎ出した那奈とルーアン。しかしその次の瞬間。
ブチッ
二人に巻き付いていた枝のもとが焼き切れた様だ。
当然二人は地面に向かって落ちて行く。
「「ひえええっ!!」」
「来れ、上昇気流!」
二人が地面に衝突する寸前、二人の体がふわっと浮き上がる。
そして流されるままにヨウメイの居た場所に到着するのだった。
「さてと、来れ大雨!!」
ヨウメイが叫ぶと同時に大粒の雨が振り出した。
あっという間にそれは炎を消してゆき、後には黒い焼け跡だけが・・・。
「・・・あんたねえ、手荒すぎるわよ。」
「ルーアンが余計な事言うからだろ。けれど品物を要求するヨウメイもヨウメイだ。
人の弱みに付け込みやがって・・・。」
「ちょっと言ってみただけじゃないですか。それに二つとも家の冷蔵庫に入ってるのに。」
「あのなあ、そんな事覚えてる訳無いだろ。明らかに強盗だ。」
「ご・・・なんてこと言うんですか。カツアゲとかタカリとか他に言い方があるでしょう?」
「どっちもろくでも無いわね・・・。」
呆れ顔に成るルーアン、そして那奈。
ごほんと咳払いをしたヨウメイは再び統天書を開いた。
「さてと、キリュウさんが来る前に元に戻しておかないと。」
「あ、ごまかした。」
「・・・万象復元!」
気まずい表情ながらも修復を行うヨウメイ。あっという間に樹は元通り。
もちろんこれでめでたしめでたしな訳が無いのだが・・・。
「ふう、やっと着いた。」
「あら、ルーアンさんに那奈さんにヨウメイさん。三人とも先に来ていらしたんですね。」
太助とシャオが到着。
びっくりして統天書を落としそうになるヨウメイだった。
「と、到着おめでとうございます。」
「なに震えてんのよ、ヨウメイ。さっきの事が後ろめたいの?」
「だろうなあ。なんせこのあたしにカツアゲをやったんだからな。」
「か、カツアゲ?」
那奈の言葉に驚いてヨウメイを見る太助。びくっとなってうつむくヨウメイであった。
「カツアゲって・・・まあ、お料理をなさってたんですか?
でもお夕飯にはまだ早すぎるような・・・。」
「シャオリン・・・。」
ぽけぽけと反応するシャオ。しかし、太助の“違うって、シャオ”という言葉に手をぽんと打つ。
「そうか、おやつなんですね!!あら?でも肝心のカツが見当たりませんわ・・・。」
「シャオ、もういいって。それよりヨウメイ、那奈姉の言う事は本当か?」
厳しい目で睨む太助。ヨウメイはうなだれながらもそれに答えた。
「はいそうです。とりあえずソフトクリームと桃を・・・」
「まあ、やっぱりおやつを用意なさってたんですね。それで、その二品はどこですか?」
きょろきょろと辺りを見まわすシャオ。太助はぽんと肩を叩いた。
「もういいって、シャオ。それよりソフトクリームねえ・・・それってカツアゲ?」
「だって、ヨウメイがそう言えって言ったんだから。」
「・・・気にしないようにしよう。」
目を伏せて軽く頷く太助。当然那奈は太助の傍へと駆け寄った。
なんだか必死の様な・・・そんな顔だ。
「おい太助、姉のあたしがカツアゲに遭ったんだぞ。気にしないようにしようってなんだよ。」
「だってさあ、ソフトクリームをねだられただけで・・・。」
「なんだって?物の問題じゃないだろ、カツアゲだぞカツアゲ。」
「ヨウメイが言えって言っただけの事じゃないか。それをそんなに・・・。」
「じゃあ言いなおすよ。タカリだタカリ。姉のあたしがタカリに・・・。」
二人がやいのやいのと口論する。
ただならぬその様子に傍に居られなかったのか、シャオは校門の傍へとやって来た。
「ルーアンさん、ヨウメイさん、こっそり私に教えてください。おやつはどこですか?」
「だから、おやつなんか無いって言ってるでしょ。」
「ええー?那奈さんがカツアゲなんて言ってたじゃないですか。あれはおやつを作っていらっしゃったんでしょ?
けれどソフトクリームがいいってヨウメイさんが言い出して、それで口論になって・・・。
だから那奈さんがあんなに必死なんでしょう?さあ、早く教えてくださいよ。」
何をそんなに真剣に成っているのか、シャオの様子はただ事ではなかった。
「だからシャオリンさん、そんなおやつなんて作ってないんですって。」
「嘘でしょう?だって遠くから炎が見えたんですもの。あれは何かを作っていた証拠ですわ!」
そこで口篭もるヨウメイ。まさか那奈とルーアンを手荒に降ろす為に呼び出した炎だとは言えない。
ルーアンもルーアンで、あんな炎が出る羽目になったのは自分なのだからなにも言えなかった。
「お二人で黙るなんて・・・。ずるいですう!」
「ちょっとヨウメイ、あんた説明しなさいよ。」
「なんで私が・・・。」
「こういう事は専門分野でしょ?ほら早く。」
「しょうがないか。実はシャオリンさん、かくかくしかじか・・・。」
しぶしぶながらにヨウメイは説明を始めた。
それと同時に、太助に向かって那奈も説明を始める。
全て話し終えた後に、太助とシャオは同時にため息をつくのだった。
「はあ、そういう事かよ。たく、何がカツアゲだ。自分が悪いんじゃないか。」
「なにい!?・・・まあ、確かにボーっとしてて巻き上げられたあたしが悪いんだけど。」
考え込みながら引き下がる那奈だった。
「はあ、おやつ作りじゃなかったんですね。
駄目じゃないですか、ヨウメイさん。人の弱みに付け込むなんていけない事ですよ。」
「はい、反省してます・・・。」
残念そうにしながらも厳しくヨウメイをたしなめるシャオ。
ここで一連の出来事は終わったかのように思えたが・・・。
「ヨウメイ殿!!やはりあなたの仕業か・・・まったくなんという事を!!」
キリュウが突然のごとくやってきて怒鳴り散らす。
相当ご立腹の様で、心なしか髪の毛が逆立っている様にも見えた。
「キリュウさん・・・すいません・・・あの・・・」
「言い訳など聞きたくない!!私の試練の邪魔をするとはな・・・。」
じりじりと近寄るその姿は何らしかの圧力を感じさせる。
太助は恐る恐る近付いて訊いてみた。
「あの、試練の邪魔って?」
「ヨウメイ殿がこの樹に火をつけただろう。それで私の予定通りに行かなくなってな。
おかげで主殿とシャオ殿はあの難関を体験せずに、こうして学校へ辿り着いてしまった。
これを試練の邪魔といわなくてなんといえようか!」
更にヨウメイに迫るキリュウ。
覚悟を決めたヨウメイは統天書を閉じたまま校門から飛び降りた。
「ヨウメイ・・・さっき震えていたのはそういう事だったのね。」
「ええ、ルーアンさん。主様とシャオリンさんにとって幸せになる試練を私がぶち壊してしまったんです。」
上を向いて言葉を発したかと思うと、ヨウメイはそこに正座した。
もはや何でもしてくれといわんばかりの態度である。
「さあキリュウさん、煮るなり焼くなり・・・。」
「ちょっと待ってください!!」
シャオが両手を広げてキリュウの前に立った。
それに反応し、キリュウはぴたっと立ち止まる。
「なんだシャオ殿。」
「一応一つ聞かせてください。幸せに成る試練というものはどんなものですか?」
「それはだな・・・狭い木々の中をくぐって、主殿とシャオ殿が・・・」
「キリュウさん!」
今度はヨウメイが叫んだ。いいかけたキリュウの言葉によってぴんと来たようだ。
素早く統天書を開いて調べ始める。
「な、なんだヨウメイ殿。」
「・・・幸せな試練って・・・こんなのが?今初めて調べたんですけど、どこが幸せな試練なんですか?
ただ狭い木々の間を二人でくぐって・・・。」
「だからそれに続きがある。くぐっているうちに主殿とシャオ殿が・・・」
「いい雰囲気になる?それだけですか?」
「それだけなわけが無いだろう。もちろん色々と・・・。」
「もういいって。」
那奈が横からストップをかけた。キリュウは驚いて那奈を見る。
「那奈殿、何がいいんだ。」
「だからあ、そんな程度だったらあたしと翔子でも出来るじゃないか。
キリュウにはもうちょっと違うものを期待してたのに・・・がっかりだよ。」
「なっ・・・。だからまだ続きがあって・・・」
「もういいですって、キリュウさん。それまでの試練で二人の協力し合う姿が見られたんです。
それでよしとすればいいじゃないですか、ね?」
「ヨウメイ、あんた試練を壊したからそんな事を・・・。」
上からルーアンが呆れた様に呟くが、あきらめたようにため息をつくのだった。