小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


そのまま何もせずに立っていた四人だったが、やがてゆかりんが口を開いた。
「・・・ありがとう、楊ちゃん。」
「ううん、結構あの子いい子だったんだね。さ、目的の物見つけたんでしょ、早く買いにいこ。」
「そうだね。でも楊ちゃん、何処でそんなアクセサリを?」
「だからこの店の中にあったんだって。ほんと見つけたのは偶然だけどね。
これの名前は、月の石だって。」
「月の石?まあいいや、それじゃ早く次行こうよ。」
「そうか、次は花織だったね。買うものは・・・。」
「おもちゃでしょ。さあてと、じゃあ買ってくるとしますかあ。」
金色のイルカを手に持ってレジへと駆け出すゆかりん。
他の三人はそれをゆっくりと追うのだった。
「そっか、おもちゃか。なるほどねえ・・・。」
なぜか感心した様に呟くヨウメイ。花織はそれにすかさず反応した。
「何がなるほどなの?」
「いや、別に・・・。」
「そう。とりあえず楊ちゃん、最初にアドバイスを言っておいてよ。」
「私が言う事は何も無いよ。花織ちゃんが良いなあって思ったものを買えばいいんだから。」
「それって立派なアドバイスじゃない・・・。でもまあ、ゆかりんと同じって訳ね、分かった。」
ルンルンと花織が跳ねていると、ゆかりんが猛ダッシュでやって来た。
何やらすごくうれしそうな顔の様である。
「ど、どうしたの?ゆかりん。」
「聞いてよ!金色のイルカさんを買ったら、銀色のもくれたんだよ!!
しかも一緒に飾れるようなセットまで!!すごいよねえ!!」
慌て気味に大きな声で喋ったかと思うと、ゆかりんはその品々を取り出した。
ゆかりんの言う通り、豪華絢爛・・・とまではいかないが、とにかく綺麗な物だった。
「一つ買っただけでこんなに沢山・・・。私のときはおまけなんてつかなかったのに。」
「へええ、さっすが楊ちゃんの言うお買い得品だけの事はあるね。」
「えっへん。どう?ゆかりん。満足かな?」
「もっちろん!それじゃあ早速楊ちゃんが預かっててよ。」
言うなりゆかりんはヨウメイに品物を手渡した。
「さて・・・万象封鎖!」
熱美の花と同じように、ゆかりんの品々も統天書へと収まる形となった。
「これでよし、と。やっぱり物はらくちんだな♪」
「そう言えば生物は大変だって以前言ってたね。という事は花は?」
尋ねる熱美に、ヨウメイは笑って答える。
「あの程度ならそんなに苦労しないんだ。」
「ふうん。」
「なんにしても便利便利。」
三人で頷いていると、花織が待ち切れないとばかりに言った。
「そんな事より早く買いにいこ!楊ちゃん、おもちゃ売り場って何処!?」
「ここの七階・・・」
「レッツゴー!!!」
ヨウメイが言いかけた途端に花織は一人走り出す。
一瞬あっけに取られた他の三人だったが、急いでその後を追うのだった。

花織達はおもちゃ売り場へとやって来た。
おもちゃ・・・といっても品数も種類も豊富。人形やらゲーム機やら・・・。
「よっし、この中からばっちり見つけるぞ!それで七梨先輩と遊ぶんだ!!」
元気よく片手を振り上げる花織。ゆかりんが肩をぽんと叩いた。
「なに?」
「なに?じゃないって。あたしと同じ過ちを・・・。」
花織が振り返ると、そこには息も絶え絶えになって熱美に支えられているヨウメイの姿が。
奇しくも、さっきのファンシーショップと同じ結果になってしまったのだ。
「楊ちゃん、いくらなんでも貧弱過ぎるって。なんだって毎回毎回・・・。」
「それは、さっきも聞いた・・・。」
一人で立っていることは出来ないが、返答できる元気は残っているようだ。
それでも、花織達にとってはいい状態ではないが。
「楊ちゃん、歩ける?いつまでもこんなとこでへばってるわけにはいかないでしょ。」
「わ、分かった。なんとか・・・。」
苦しそうだったが、ヨウメイはそのまま立ちあがった。
しかし、両手をだらんと下ろして激しく息をしているその姿は・・・。
「なんだか恐い幽霊とかみたいだね、楊ちゃん。」
「熱美ちゃん、しっかり支えてあげてよ。この様子じゃあいつまた倒れるか・・・。」
花織とゆかりんの率直な意見に、熱美は慌ててヨウメイを支える。
端から見れば、ヨウメイはなんと病弱な少女なのだろうか・・・。
しかし、実際は体力不足だけだという点がいただけない。
四人同時にようやく歩き出したのだが、ヨウメイはなぜか妙な行動をとる。
腰を丸めたりして、まるで年寄りの様だ。
「ちょっと楊ちゃん、大丈夫なの?」
「うう、ごめんなさいね。年老いた老婆に・・・ごほごほ。」
「・・・そんな演技する余裕があるんなら普通に歩いてよ、もう。」
「はあ?あたしゃ耳が遠くってねえ。」
熱美にたしなめられても耳に手を当ててまだ演技を止めないヨウメイ。
と、熱美はヨウメイの耳をぐいっと引っ張って大きく口を開けた。
「普通に歩きなさーい!!!!」
熱美の大声により、ヨウメイの体全体が震えた様だ。
パッと耳から手を離されたものの、キーンキーンと耳がおかしい様子が見てとれた。
先程よりもいっそうふらふらとするヨウメイ。
「ふええええ・・・うにゅううう・・・。」
「はいはい、しっかり歩く。さっ、早くいこ。」
改めて手を引っ張る熱美。ふらふらしながらもヨウメイはそれに付いて行く。
ちなみに、花織とゆかりんの二人はあっけにとられてそれを見ているだけだった。
そんなこんなで、花織はあっさりと目的の品を発見した様だ。
顔をほころばせながらそれを手に取った。
「これこれ!あたしこれ買うよ。」
「すーぱーえきぞちっくわんだふるぐれいとあとみっくでんじゃらす・・・って、何?コレ。」
名前を読んでみたゆかりんが思わず尋ねる。
それは何かしらごちゃごちゃと取り付けられた機械・・・のようなものであった。
「おもちゃ・・・だよね、楊ちゃん?」
「うん、多分・・・。こんなの初めて見たなあ。」
「あれ?これってお買い得品じゃないの?」
ヨウメイの言葉に、花織が不思議そうに尋ねる。
当然だろう。もともとそのつもりで品物を選んでいるのだから。
「多分そうだと思うけど・・・間違えてたらどうしよう・・・。」
どうも、ヨウメイは自信があまり無いようだ。
実際品物を見るのは初めてなので、このような怪しい物には断言できない。
「楊ちゃん、しっかり自信持ってよ。楊ちゃんが言った通りに選んだんだよ。」
少し怒り気味の花織。それをなだめる意味でゆかりんが一つ提案した。
「楊ちゃん、統天書でもう一回調べてみたら?」
「うん、そうしてみる・・・。」
半信半疑に統天書をめくりだすヨウメイ。とあるページで手を止めたのだが・・・。
「お買い得・・・だけど、災いが降りかかるって書かれてある・・・。」
「災い?ひょっとしてこのおもちゃって呪われてるの?」
「ええ〜!?そんなのやだ〜!!」
聞いた途端に花織はおもちゃから手を離した。
がたんと鈍い音がしたかと思うと、それはゆっくりと倒れていく。
「うわわわっ!!花織、あんた何やってんのよ!!!」
慌ててゆかりんがそれを支える。しかし一人で支えられるものでは無いようだ。
一人分の身長はあろうかというそれがだんだんと倒れて行く。
急いでヨウメイが加わるが・・・。
「お、重い〜!!花織ちゃん、よくこんなの一人で持ってたねえ。」
「ちょっと楊ちゃん!そんなとこ支えたって意味無いって!早く熱美ちゃんと花織も手伝ってよ!!」
ゆかりんに言われて、やっとの事で二人も加わった。しかし・・・。
「ちょっとちょっと、なんで元通りにならないのよ!!」
「花織、あんたほんとにこれ一人で持ってたの?」
「そうだよ。最初手に取った時はこんなに重くなかったのに〜!」
「それ以前になんだってこんな大きな物・・・。」
すっかりパニック状態の四人。もはや倒れるのは時間の問題だろうか。
と、そこへ人が一人現れた。すっとおもちゃを片手で支え、ゆっくりと自分の袂へ引き寄せる。
花織達が気付いた時には、巨大なおもちゃはその人の手にあった。
「あ、ありがとうございます〜。」
お礼を言ってその場にへたり込むヨウメイ。熱美はそれを慌てて支える。
やれやれと見ていたゆかりんは助けてくれた人物に向いてお辞儀した。
少しばかり高い身長の男性である。見た感じ三十代後半である。
「あの、あなたは?」
「・・・・・・。」
その男性は無言のままおもちゃを半回転させて花織に託した。
いきなり手渡された花織はまたもよろめくかと思えたが・・・。
「あれ!?全然平気だ・・・。そうか、支え方にコツがあるんだ!」
うんうんと笑顔で頷く男性。それにつられて、花織達も自然と笑顔になるのだった。
しかし、一言も喋らない男性に疑問を抱いた熱美。
ヨウメイを支えたまま男性に尋ねる。
「あの、どうして何も喋らないんですか?・・・ごめんなさい、ひょっとして喋れないんですか?」
「・・・いや。」
首を少し横に振りながらその男性は答える。
今度はヨウメイが尋ねた。
「このおもちゃの支え方を知ってたんですね・・・という前に、随分力が有るんですね。
私達四人がかりでやっと支えていたってのに。」
「・・・まあ。」
首を少し縦に振りながらその男性は答える。
今度はゆかりんが尋ねた。
「ここへはなんの用事でいらしたんですか?子供さんへのプレゼントですか?」
「・・・いや。」
首を少し斜めに振りながらその男性は答える。
今度は花織が尋ね・・・ようとしたが、よろめきそうになる。
しかし、態勢を立て直して改めて口を開いた。
「随分と無口ですね。まるでキリュウさんみたいですよ。」
「花織ちゃん、この人はキリュウさんの事なんて知らないでしょ。」
「・・・・・・。」
疑問符を浮かべた男性だったが、やがてゆっくりと頷いた。
それを見たヨウメイ。少しばかり苦笑いしながら答える。
「・・・わざわざ答えてくださってどうもです。でも、もう少し何か喋って欲しいんですけど。」
「・・・いや。」
「いや、って・・・。まあ、嫌ならしょうがないんですけど・・・。」
「・・・いや。」
「あのね、どっちなんですか。もうちょっとはっきりしてもらえませんか?」
「・・・・・・。」
ヨウメイの問いに対してその男性は黙り込んでしまった。
もともとほとんど喋っていないからそんなに違和感は無いのだが。
傍では花織も熱美もゆかりんも黙り込んでいる。
妙な膠着状態が続いていたかと思うと、その男性はぽんと手を打った。
そして顔を上げて一歩下がったかと思うと片手を振り出す。
「急ぐから・・・。」
「「「「は、はあ・・・。」」」」
四人同時にそれに反応して、手を振って返す。
男性は少し笑うとくるりと向きを変えて歩き去って行った。
ぽかんと見つめていた面々だったが・・・。
「さ、さあて、買いにいこ。」
花織が気を取り直した様におもちゃを引きずって歩き出す。
にもかかわらず、他の三人はボーっと突っ立ったままでしかいる事が出来なかったが。
とりあえずお金を払って目的の品を手に入れた花織であった。
「さあ楊ちゃん、統天書で管理してね。」
「う、うん。ところでこれってどういうおもちゃなの?」
思わず聞いてみるヨウメイ。その後に二人が続く。
「そうそう、見た時から気になってたんだ。」
「名前だけ読んでも全然訳わかんないし・・・。」
三人に訊かれた花織。少しばかり優越感に浸って胸を張る。
「おほん!これはねえ、名前の通りの遊びができるのよ!」
「「「名前の通り?」」」
「そう。すーぱーな特徴、そしてえきぞちっくな魅力、わんだふるな内容、
ぐれいとな規模、あとみっくなパワー、でんじゃらすな引っ掛け、等々・・・。
とにかくいろんな機能満載って訳。」
「「「・・・・・・。」」」
とりあえず説明を聞かせてもらった三人だったが、いまいちよく分からない様だ。
それでも、あまり聞くものではないと悟ったのだろうか、静かに三人同時に頷くのだった。
「まあいいから管理してよ。」
「う、うん。それじゃ・・・万象封鎖!」
ヨウメイが統天書を開けて念じる。と、花織が持っていたそれはすうっと統天書に吸いこまれた。
うんうんと花織は頷いていたが、熱美は驚いた様に尋ねる。
「楊ちゃん、こんな大きな物でも一瞬なんだ。」
「え?うん、まあね。」
少し戸惑いながらも答えるヨウメイ。
統天書の事よりも、花織が選んだおもちゃについて気になっていたのだ。
他の三人はすっかり忘れている様だったが、なんと言っても災いが降りかかると出ていた品だから。
「さて、これからどうしようか。」
「当然二つ目のおもちゃを買いに行くんだよ!」
「「「ええーっ!?」」」
三人が叫んだ途端に花織は元気よく駆け出して行った。
三人ともぽかんとそれを見送っていたが・・・。
「「「待ってよー!」」」
と、慌てて後を追うのだった。
そして、次に花織が見つけたおもちゃとは・・・。
「これこれ!これにしよう!!」
「なになに・・・『それ!ゆけ!飛べ!やれ!そこだ!やあ!たあ!・・・』何?コレ・・・。」
「ゆかりん、さっきの時と同じ事聞かないでよ。
掛け声いっぱいで気合満タン!!って感じが素敵じゃない。」
「あのね・・・。」
訳がわからないと同時に呆れ顔になるゆかりん。
それでも、目をきらきらと輝かせている花織であって、早速そのおもちゃを手に取っている。
ちなみにそのおもちゃの大きさは花織の頭くらいで、それを抱えているというわけだ。
形はラグビーボールに似ているものの、一体何に使うかは不明の様である。
で、熱美とヨウメイはこの最初おもちゃ屋に来た状態。
つまり、走り疲れてへばっているヨウメイを熱美が支えているという事である。
「さあて、さっさと買ってこようっと。あ、でも楊ちゃん、一応調べてみて。」
「う、うん・・・。」
ゼイゼイと息をしながらも統天書をめくるヨウメイ。
とあるページをふむふむと眺める。
「降りかかる災いを打ち消すであろう・・・って出てる。
そうか、これを買う事によって、さっきのおもちゃのマイナスをチャラにできるんだ。」
「さっきの?・・・ああ、たしか災いとか言ってたね。良かったじゃない、花織。」
「ほんと。これでこころおきなく買えるじゃない。」
ヨウメイの説明の後、熱美とゆかりんの二人は笑顔で花織の方を見る。
が、花織はしばらくそのまま突っ立っていたままだった。
あごに手を置いて少し考え事をしている。しばらくそのまま沈黙していたが・・・、
「ねえ、ひょっとしてさっきの災いってあのおじさんの事だったのかな?」
と、少し前かがみになって言う。突然の言葉に驚く三人であった。
「ちょっと花織、いくらなんでもそれは無いでしょ。
だって、あのおじさんはわたし達を助けてくれたんだよ。それを災いだなんて・・・。」
熱美のたしなめるような声に頷く他の二人。花織も“それもそうか”と首を横に振るのだった。
「それじゃあさっさと買ってくるね。みんなは外で待ってて。」
早口で言うと、花織はおもちゃを持って駆け出して行った。
やれやれと顔を見合わせた三人は言われた通り店の外へと・・・。
ともかく、二つ目のおもちゃもあっさり見つけた花織は超御機嫌の様だ。
「はい。楊ちゃん、これも管理頼むね。」
「うん、分かった。ところでこれってなんのおもちゃ?」
「あれ?さっき統天書で調べたんじゃなかったの?」
「別項目を調べたもんだから、使い方までは・・・。」
「それじゃあ後で調べてよ。あたしもよくわかんないから。」
「花織、あんたそれが何かも分からずに買ったの?」
「だって、ぴぴっとはあとにきたんだもん。これは買い、でしょう?」
「楊ちゃん、ゆかりんと同じだなんて言うから・・・。」
「ええっ?いけない事なの?大丈夫だって、これはお買い得品だから。」
「そういう問題じゃ無い様な気がするんだけど。」
「もう、ゆかりんも熱美ちゃんもそんな事いいじゃない。楊ちゃん、早く統天書に閉まってよ。」
「うん・・・万象封鎖!」
ヨウメイが統天書を開ける。
先ほどのおもちゃと同じように、そのおもちゃも統天書へと閉まわれた。
全ての作業が終わったところで、統天書を閉じて息をつくヨウメイ。
「ふう、それじゃあそろそろお昼御飯にしようか。十階にレストランがあるから。」
「そうか、もうそんな時間なんだ。」
「そうだね、丁度全員分の買い物も終わったし。」
「というわけで十階へレッツゴー!!」
「待った!」
花織の掛け声によってダッシュしようとした三人だったが、ヨウメイの声によって立ち止まる。
「なに?楊ちゃん。」
「ひょっとして、どの店が一番美味しいとか知ってるとか?」
「うん、そういう事。ばくばく亭って店が一番美味しいよ。値段もお手ごろ。
そんでもって、今の時間帯だときっちり座れるくらいだから。」
いつのまにか統天書を開いているヨウメイが次々と説明する。
あらかた聞いた三人は、同時に頷いて改めて告げた。
「ようし、早く行こう!」
「待った!」
「楊ちゃん・・・今度は何?」
「走らないでゆっくり行こう、ね?」
まるで救いを求めるような目である。確かに三回もへばっていては・・・。
「分かった分かった、走らない様にゆっくり行くから。」
「それじゃあ改めて、レッツゴー!」
「「「おーっ!!」」」
花織が掛け声を上げ、その後に四人同時に手を振り上げる。
やはりというか、四人とも注目されたのは言うまでも無いだろう。

「四名様ですね、かしこまりました。こちらの席へどうぞ。」
「うわ〜、窓際!ありがとうございますう!」
店員に案内されて、その場所についた途端大はしゃぎの花織。
もちろん、他の三人もそれなりにはしゃいではいるが。
ともかく四人はレストラン「ばくばく亭」へとやってきたのであった。
窓際に花織、そして熱美が座る。花織の隣にゆかりん、熱美の隣にヨウメイが座った。
「それでは、ご注文がお決まりになりましたらそちらのボタンを押してお呼びください。」
水の入ったコップ、そしておしぼりを置くとぺこりと礼をしてその店員は去って行った。
店の中はそれほど忙しい様でもなく、あちこちに空席が見える。
昼食の時間というには早くも遅くも無い時間帯なのだが、客はそれほど多くはない様だ。
「ねえ楊ちゃん、どうしてお客さんがそんなにいないのかな?」
「ここに入る時に隣にいかにも高級って感じのレストランがあったでしょ。
お客さんのほとんどはあっちの方に行っちゃってるんだよね。
馬鹿だよねえ、こっちの方が美味しいって事を知らないんだから。」
くすくすと笑うヨウメイ。慌てて三人は“ちょっとちょっと”という様な顔になる。
店の中に響くような声ではなかったという点が救いであった。
「さてと、それじゃあ料理を決めようか。あたしは・・・何にしよう・・・。」
「楊ちゃん、ここでのお買い得商品は?」
「お買い得って言うより、自分が食べたい物を選んでよ。あ、私ミックスピザにしようっと。」
いの一番に料理を選んだヨウメイ。熱美はそれに続く。
「あ、それがお買い得なの?それじゃあわたしもそれを・・・」
「熱美ちゃん!今さっき私が言ってたこと聞いてなかったの?
別にお買い得なんか気にするより自分が食べたい物を選んでよ。
その為に、今までの買い物はお買い得商品という事に気を配ってたんだから。
それに、ここの料理はどれも安いから、好きなの選んでいいと思うよ。」
いきなりきりっとした顔でたしなめるヨウメイ。心なしか必死にも見える。
“はあ、そうですか”と反応した三人は、改めてメニューを見直すのだった。
ちなみにメニューには絵など載っていない。すべて名前だけを並べている。
「うーん、あたしはミックスサラダとミートスバげッティにしよ。」
「わたしは・・・このミリオンスライサーってやつを。」
「それじゃあたしは・・・って、熱美ちゃん。」
続いて名前を言おうとした花織だったが、熱美の選んだ料理に気を引かれた様だ。
「何?それ。」
「何って・・・よくわかんないなあ。」
「よくわかんないのに頼むの?」
「だって、この値段見てよ。千円もしてないけど、三人の中じゃあ一番高級じゃない。」
「いや、そういう問題じゃなくて・・・。」
ごく当たり前という顔をする熱美。花織はそれ以上言うのを止めるのだった。
「え〜と、あたしはミラーハンバーグってやつを。」
「ちょっと花織、それこそよくわかんないんだけど。」
「ええ〜?熱美ちゃんのより断然よく分かるじゃない。
ミラーって鏡でしょ?つまり、鏡のように神秘的なハンバーグだよ。」
「どんなハンバーグよ、それ・・・。」
花織もごく当たり前という顔をする。似たり寄ったりの二人であった。
「普通なのはあたしと楊ちゃんの料理だけか。ま、いいんだけどね。」
「それじゃあボタン押すよ。」
全員の注文の品が決まった様なので、ヨウメイはボタンに手をかけた。しかし・・・。
「待った楊ちゃん!ここはひとつじゃんけんでいきましょ。」
「花織、なんでじゃんけんなんかする必要があるのよ。」
「だって、誰が押すか決めないと。」
「花織ちゃん、そんな事わざわざ決めなくても・・・。」
「何言ってんの!勝負に情けは禁物なのよ!!さあ!!」
訳の分からない事を言ったかと思うと、花織は手を前に出した。
しぶしぶながらも、他の三人も手を前に出す。
「じゃあいくよ。じゃんけん、ほい!!」
結果・・・。
「それじゃあ押すね。はい。」
ゆかりんがボタンを押すと、店の奥の方からピンポーンという音が聞こえてきた。
それを聞いた店員の一人がこちらへやってくる。
「お待たせしました。それではご注文の方をどうぞ。」
「私がまとめて言うよ。えーと、ミックスピザ、ミックスサラダとミートスパゲッティ、
ミリオンスライサー、ミラーハンバーグ。以上です。」
「ミリオンスライサーはクラウンとセプターと有りますが、どちらになさいますか?」
「・・・どう違うんですか?」
「クラウンは高級感を漂わせる様に作っております。
セプターは鋭くとがった様に作っております。」
「・・・じゃあセプターで。」
「かしこまりました。」
素早くメモを取る店員。その間に花織が熱美に尋ねる。
「ねえねえ、なんでセプターにしたの?鋭くとがったって、何?」
「いや、こうなったらとことん珍しい物で行こうかなって。」
「ふうん・・・。」
未知なるものに挑戦する熱美に、花織は心の中で拍手を送るのだった。
ちなみに、ゆかりんとヨウメイは訳がわからなかったので頭をうならせている。
途中で統天書で調べようと思いつくまで。
「それではご注文を繰り返します。ミックスピザがおひとつ、
ミックスサラダがおひとつ、ミートスパゲッティがおひとつ、
ミリオンスライサーのセプターがおひとつ、ミラーハンバーグがおひとつ。
以上でよろしいですか?」
「あ、すいません。ミラーハンバーグは何か選択する物は無いんですか?」
「いえ、ありませんが。」
「ええ〜?無いんですか?ミラクルとかオラクルとか。」
「い、いえ、そのようなものは・・・。」
「そうですか・・・。」
なんだかしゅんとする花織。熱美がよしよしとなだめる傍らで、他の二人は“OKです”と告げた。
店員はお辞儀をしてその場から去って行く。と、ヨウメイは統天書を開けるのだった。
「さてと、どんな料理なのか・・・。」
「あれ?そう言えば楊ちゃん、あらかじめこの店について調べてたんなら、
どんな料理とかも全部知ってたんじゃないの?」
「あの時は、どの店が良いかを調べただけだから。」
「それにしても悔しいな。ゆかりんにボタン押しを取られた上に、
ミラーハンバーグには選択肢が無いなんて・・・。」
「花織、あんまり深く考えない方が良いよ。」
いわれたものの、深く考え出す花織。うんうんと頭をうならせている。
気にしない事にした熱美は、せっかくの窓際の席を堪能している。
なんと言ってもここは十階。町の様子が十分といって良いほど見える。
「へええ、結構都会だね、この町って。鶴ヶ丘町よりも人が多そうだよ。」
「そうなの?ちょっと花織、外見ないんだったら席替わってよ。」
「う、うーん・・・。」
ゆかりんの言う事も耳にはいってないようだ。
相変わらずうんうんとうなりながら、いろいろと呟いている。
前でゆかりんがいろいろとやっているのを気にもとめず、ヨウメイはただひたすらに統天書を見る。
と、そこへ先ほど注文を取りに来た店員が急ぎ気味にやって来た。
何やらすまなさそうな顔をしている。
「申し訳ありません、ミラーハンバーグについて聞くのを忘れておりました。」
「えっ!?なあんだ、やっぱりあったんじゃない。やっりい!」
先ほどまでうなっていた頭を素早く横に向けてにこにこ顔の花織。
当然ゆかりんは呆れ顔になるのであった。
「で、ではお聞きしますね。○○入りというものがあるんです。
大入りと、箱入りと、十二個入り。どれにいたしましょうか?」
「・・・どう違うんですか?」
一転して曇った表情になる花織。統天書を見ているヨウメイを除く面々は訳がわからないといった顔だ。
「大入りは大きく入ってます。箱入りは箱がついてきます。
十二個入りは、何かが十二個入ってます。」
「・・・じゃあ、箱入り・・・。」
「かしこまりました。それにしても箱入りですか。
いやね、わたしここに勤め出したばっかりなんですよ。いわゆる新入りです。
別の人に“あなたも新入りですか?”って聞いたら、“いや、箱入りだ”って返されたんです。
いやあ、あの時は負けたなあって思いましたよ。あはははは。」
「はははは・・・。」
店員に合わせて笑う花織。明らかにその顔はひきつって見えた。
忘れられてた上に、これまたよく分からない話を聞かされたのだから。
「それではしばらくお待ちください。」
ぺこりとお辞儀をして去って行く店員。呆けた表情でそれを見送る花織。
とその時、ヨウメイが分かったように頷いていたかと思うと顔を上げた。
「どんな料理か分かった!とりあえず美味しいのには間違いないから、とだけ言っておくね。」
「え〜?分かったんなら教えてよ、楊ちゃん。」
興味深げに前に乗り出すゆかりん。しかしヨウメイは統天書を閉じた。
そのまま黙ったままで、水が入ったコップに手をつける。
「ああ、美味しい。ここって水も美味しいねえ。」
「ほんと?どれどれ・・・。」
ヨウメイの声を聞いた熱美と花織。早速水を飲みにかかる。
そしてヨウメイと同じく満足げな笑みを浮かべるのだった。
実は今の今まで水はまったく飲んでいなかったのである。
「ちょっと楊ちゃん、はぐらかさないで教えてってば。」
「来てからのお楽しみ、だよ。最初に言っちゃうと面白くないでしょ。」
にこにこと笑ったままのヨウメイ。隣では熱美がうんうんと頷いていた。
「確かにそうだね。」
「ちょっと熱美ちゃん・・・。」
「いいじゃないの、ゆかりん。楊ちゃんの言う通り、楽しみにして待ってようよ。」
横から言ってくる花織に、ゆかりんはしぶしぶながらも承諾した。

そして待つ事数分、まずヨウメイとゆかりんの料理が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。ミックスピザと、ミックスサラダ、ミートスパゲッティでございます。」
「どうもありがとうございます・・・。」
戸惑い気味に答えるゆかりん。それもそのはず、とてつもない量だったのだから。
一皿に山のように積まれているサラダにスパゲッティ。ピザもかなりの大きさだった。
「ごゆっくりどうぞ。」
お辞儀をして去って行く店員。そのすぐ後に感嘆の声を上げる面々であった。
「すごーい。これで500円?うそぉ・・・。」
「ほんと、信じられないよね・・・。」
「全部食べられるかな、これ・・・。」
「楊ちゃん、頑張って食べようよ。あたしのも手伝ってね。」
互いに頷き合うゆかりんとヨウメイ。少し緊迫した顔である。
「それじゃあ先に食べてなよ。わたし達のことは気にしなくていいから。」
「そうそう、冷めちゃうと美味しくないでしょ。」
笑顔で促す花織と熱美。遠慮気味にしていたゆかりんとヨウメイを気遣っての事だろう。
「二人ともありがとう。」
「じゃあお言葉に甘えてお先に。」
「「いただきまーす!」」
元気よく挨拶をして、二人は元気よく食べ始めた。
午前中はいろいろと走りまわったりしたのでおなかが空いていたのだろうか。
がつがつがつがつと、一心不乱に食べているその姿はルーアンを思い出させる。
「美味しい!!スパゲッティってこんなに美味しかったんだあ!!」
「ちょ、ゆかりん、汚いって。せめて口の中を空にしてから叫んでよ。」
「ごめんごめん。あまりにも美味しいもんだからつい、ね。
楊ちゃんのピザもちょっとちょうだい。」
「それじゃあゆかりんのもちょうだいね。」
結局はぺちゃくちゃと喋りながら食べ出す二人。
その勢いに呑まれてか、花織と熱美は呆然とその光景を見るのだった。
あっという間に料理は減ってゆき、半分ほどの量になった。
「ふう、食べた食べた。ここからはゆっくり食べようっと。」
「随分食べた気がするんだけど、まだ半分以上あるね。こりゃ大変だ。」
どうやら、二人とも落ち着き始めた様である。
さすがに後二人の料理が来るまでに終わってしまっては申し訳ないと思ったのか。
もしくは一度に沢山食べ過ぎて疲れてしまったかのどちらかである。
一区切りついたところで、熱美が声をかけた。
「二人ともなんかすごかったよ。まるで狂った様に・・・。」
「狂った?失礼だなあ。ちゃんとお行儀よく食べてたでしょ。」
「口の中の物を飛ばす事の何処がお行儀良いのよ。とにかく圧倒されちゃったよ。」
「ほんとほんと。それにしてもあたし達の料理遅いなあ・・・。」
花織がちらちらと厨房の方を見る。
二人の懸命な食事が行われている間に人もそれなりに増えて来た様だ。
忙しそうに店員がかけまわっている姿が目に付く。
と、一人の店員が大皿をもってこちらにやって来た。
「お待たせしました。ミリオンスライサーのセプターでございます。」
「わぁい、やっと来た♪わたしです、わたし。」
喜んで皿を受け取る熱美。テーブルにそれが置かれると、仰天した。
「お、多い・・・。」
いわゆる様々な種類の食材を切った物を合わせたものであった。
しかも、四箇所ほどに区切られて、それぞれで違った調理が施されている。
炒めたもの、焼いたもの、煮込んだもの、そしてあえたものである。
それぞれの量も半端でなく、一区切りだけで一人分ある様に思えた。
「それではごゆっくりどうぞ。」
「あのお、あたしのハンバーグは・・・。」
「もう少しだけお待ちください。それでは失礼いたします。」
お辞儀をして去って行く店員。
唖然としている熱美の横で、ヨウメイが少しばかりにやついている。
「どう?すごいでしょ、熱美ちゃん。頑張って食べようね。残しちゃ駄目だよ。」
「えっ・・・。いくらなんでもこれを一人で食べるのは・・・。」
「大丈夫、あたし達も手伝ってあげるから。それにしてもセプターとクラウンてどう違うんだろ?」
疑問に思ったゆかりん。待ってましたとばかりにヨウメイが前を向いた。
「セプターは鋭くとがったって言ってたでしょ?
あれは、食材の切り方とか盛り付け方がそうなんだ。よく見てごらんよ。」
得意げな顔の彼女に、三人は慌てて料理を見る。
「・・・確かに、きちんとかくかくしてるような。」
「すっごいこじつけだけどね・・・。」
「けれど、ミリオンって名前は確かだよね。食材の種類がものすごいよ・・・。」
感心した様に呟く花織。百万もないが、確かにそれは豊富であった。
野菜類、肉類、魚介類、果物、等々・・・。
とにかくありとあらゆるといえるほどの食材が使用されている。
「さて、とりあえずいただきます!」
手を合わせてあいさつした熱美も料理を食べ始めた。
しかし、落ちついた手つきである。ゆっくりと味を確かめる様にパクパクと。
「美味しい・・・。こんなにごちゃごちゃしてるってのに・・・。
一体どんな味付けしたんだろう・・・。」
「どれどれ・・・美味しい!!へえ、独特の味だね。いろんな味が・・・。」
「そりゃまあ、これだけ沢山の食材を使っているから。」
「楊ちゃん、そんな当たり前のことは言わないの。」
味見したゆかりんがたしなめるように返す。
その時、何やら仰々しい箱がこちらへとやって来た。
びっくりした花織はそのまま固まっている。
「お待たせしました。こちらはミラーハンバーグです。」
「ど、どうも・・・。」
花織の前にでんと箱が置かれる。ますます固まる花織であった。
「以上でご注文は全部ですね。それではごゆっくり。」
恭しく礼をして、店員は伝票を置いて去って行った。
ヨウメイ以外の三人はすっかり固まっている状態である。
「花織ちゃん、どうしたの?食べないの?」
「た、食べるよ。よーし・・・。」
料理は箱の中に入っているようなので、花織がそれを開ける。
すると、中からは眩いばかりの光があふれ出た。
「うわっ!!」
慌てて箱のふたを閉じる花織。そこでヨウメイがくすくすと笑い出した。
「ミラーハンバーグって言ってたでしょ。ミラーは鏡だよね?
鏡によって光が反射しまくって、眩しい料理って訳。」
「なるほど、箱入りってのはそういう事になるんだ。」
「花織、とっとと箱を取り外して食べ始めなよ。」
「うん分かった。」
ゆかりんに言われて箱を素早く開ける花織。
そこに現れたのは、少しばかりの光を放っているハンバーグであった。
「なんで光ってんの?」
「化学薬品とかじゃないから安心して良いよ。自然の物を上手く組み合わせてるんだよ。
ちなみに、角度を変えれば自分の顔がハンバーグに映るよ。」
「・・・ほんとだ!でもなんか変。」
「そうか、顔が映るからミラ―・・・って、すごいけどなんの意味があるの?」
ゆかりんの厳しい突っ込みが入る。さすがにヨウメイはこれについて弁解などしなかった。
「この店の趣味なんじゃないの?いいから花織ちゃん、食べてみてよ。」
「そうだね。じゃあいっただっきまーす!!もぐもぐ・・・。」
元気よく挨拶して、早速花織も食べ始めた。
最初の一口は、とりあえず味を確かめるような感じで。
「・・・うん、美味しいよ!!シャオ先輩にはかなわないけど。」
「シャオリンさんの料理と比べちゃ駄目だって。勝てるわけないんだから。
でも美味しいんでしょ?だったら良かった良かった。」
「そうだね。量も多いし、美味しいし、安いし。最高だよ。」
「花織、一口頂戴。」
ともかく四人の料理がそろい、それぞれの料理を堪能するのだった。
「ところで楊ちゃん、確かに良いレストランだと思うんだけど・・・。」
「お客さんが少ないのはやっぱり・・・。」
「言いたい事は分かるよ。ね、花織ちゃんも。」
「そうそう。みんなで一斉に言ってみよう。せーの・・・」
「「「「料理が変!」」」」
言い終わって皆で笑い出す。
妙なメニューがよほど印象に残った様だ。
ちなみにこのレストランで四人は三時間ほど費やす事になる。
なんと言っても全てを食べおわった後にも、デザートを注文したのだから。
それをゆっくりと食べながら話に花を咲かせていた。
レストランを出た後、四人は満足げな笑みを浮かべながら帰路につくのであった。
「「「「また行こうね!」」」」
と、元気よく声を上げて・・・。

≪第十二話≫終わり