一方その頃、花織のクラスでは、自習時間となっているのをよい事に、
皆が好き勝手におしゃべりしていた。
「ねえ花織、楊ちゃん大丈夫なのかな?無事先生になれると思う?」
「ゆかりん、そんな心配は無用よ。楊ちゃんてほんとすごいのよ。
さっすが、様々な知識を与えるのが役目だってだけのことはあるわ。」
得意そうに胸をはる花織。続いて熱美が尋ねる。
「でもよく考えたわね。ルーアン先生の代わりに担任になろうなんて。
花織、あんたでしょ、考えたの。」
「なんだ、気付いてたの。」
「あったりまえでしょ。来たばかりの楊ちゃんが、
そんな事いきなり言い出すはずがないじゃない。」
それを聞いたゆかりんはびっくりして言う。
「ええっ!?そうだったんだ。・・・でもなんで?」
すると花織は、ゆっくりと言った。
「それはね、七梨先輩ゲット計画のためよ。
お願いだから、この事は楊ちゃんには内緒にしといて。」
そして黙り込む二人。しかし数秒後には、やれやれといった顔でうなずいた。
(頑張れ、楊ちゃん。あなたが先生になるのは、
あたしにとっても楊ちゃんにとってもいい事なんだから。)
花織は心の中でそうつぶやき、話題を変えた。
「・・・というわけで、華麗なる七梨さまは素晴らしい人生を送ったのでした。
はい、みなさん拍手ー!」
ルーアンの声に、笑いながらも拍手する生徒達。
最初はシンとしていたのだが、途中からはいつものテンポに戻ったようである。
授業の終わりと共に、ヨウメイは“へえ”と感心してうなずいていたが、
後ろに座っていた教頭先生が立ち上がって言った。
「先生方を代表して言います。ルーアン先生に替わり、
ヨウメイ先生にこのクラスの担任を任せる事とします。」
その言葉に“えー!?”を声をあげるルーアンと乎一郎。
他の皆は“しょうがないか”というような顔でうなずいていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ教頭先生。まだ一回しか授業してないじゃないの!」
「ルーアン先生、確かにあなたの授業は面白いかもしれません。
ですが、もうちょっとためになる事を教えてください。
七梨大帝王が・・・なんて。ふざけるにも程がありますぞ!」
そこでしゅんとなるルーアン。もはやどうしようもないといった顔である。
「では先生方、ありがとうございました。詳しい事はまた放課後にお話願えますか?」
と、ヨウメイ。
「ええ、分かりました。よろしくお願いしますよ。」
と教頭先生。そして次々と先生達が立ち上がり、教室を出ていった。
休み時間、太助の席の前(つまり乎一郎の席)に、
ルーアンががっくりとうなだれて座っていた。
「元気出せよルーアン。別に会えなくなるわけじゃないんだしさ。」
「そんな事言ったって・・・。別の学校に行ったら、
たー様にほとんど会えなくなっちゃうじゃないの。
あたしがこの学校の教師をやっているのは、たー様がいるからなのに・・・。」
そして沈黙が漂う。慰めの言葉も見つからないまま居ると、
扉が開き、三人の女の子が教室に入って来た。
「あ、花織ちゃんに熱美ちゃんにゆかりん。」
「ヤッホー、楊ちゃん。どうだったの?結果は。」
なぜかごきげんの声で尋ねてくる花織に、たかしが答えた。
「ヨウメイちゃんが担任する事に決定したよ。
ルーアン先生は他の学校へ行くんだってさ。」
「そうなの!良かったじゃない、楊ちゃん。」
「う、うん・・・。」
ヨウメイはうなずいたが、何かを真剣に考えているようだった。
そこでルーアンがキッと花織を睨む。
「良くないわよ!あたしは別の所へ行っちゃうのよ!?」
しかし花織は、
「でもお、負けたんじゃしょうがないじゃないですか。
素直に七梨先輩から遠ざかってください。」
と、嫌味気に言った。ルーアンは言い返せずに黙る。
ここで乎一郎が花織に向かって怒鳴る。
「ひどいよ、花織ちゃん。
ルーアン先生がこんなに落ちこんでいるのにそんな事言うなんて。」
「遠藤先輩、楊ちゃんはあたしの親友なんです。
親友の成功を賞賛して何がいけないんですか?」
そして乎一郎も黙り込んだ。
次にたかしが言う。
「でもさあ、ルーアン先生に慰めの言葉くらいは・・・」
「いいえ、七梨先輩のためにも、そういう事は言うべきじゃないんです!」
そこで太助と翔子ははっとなった。“なるほど、そういう事か”というふうにうなずく。
そして、顔を見合わせたかと思うと、おもむろに口を開いた。
「シャオ、ルーアン、ちょっと出掛けようぜ。どうせ次は自習なんだしさ。」
いきなりの太助の誘いに戸惑う二人。
「え?私は別にかまいませんけど・・・。」
「珍しいわね、たー様がそんな事を言うなんて・・・。
ま、いいわ。屋上にでも行きましょう。」
当然花織は引き止めようとしたのだが、
太助のすごい勢いに圧倒され、それを見送るしか出来なかった。
「さてと、それじゃあヨウメイと、そこのお二人さんはあたしに付き合ってくれ。
購買部にでも行こうか。」
今度は翔子が熱美とゆかりんの手を捕まえて言う。
「山野辺さん・・・?まあいいでしょう。じゃあ花織ちゃん、また後でね。」
「花織、ちょっと待っててね。」
「よくわかんないけど、行ってくるね。」
なすがままに教室を出て行く四人。
今回も、花織はおとなしく見送るしか出来なかった。
「どうしたんだ、一体?ねえ、花織ちゃん。」
「さ、さあ。あたしにも何がなんだかさっぱり・・・。」
たかしにそう答えるものの、花織は内心あせっていた。
(まずいな、ひょっとしてもう作戦がばれちゃったのかな・・・。)
屋上にやって来た太助、シャオ、ルーアン。この三人以外に人影は無い。
太助は安心したように口を開いた。
「ルーアン、ヨウメイが教師になるなんて言い出したのはどうしてか分かるか?」
するとルーアンはさらりとそれに答えた。
「そんなの、授業の前に言ってたでしょ。
あの子は主様にいろいろ教えるのが役目だもの。教師になったって不思議じゃないわ。」
その言葉に、太助は首を横に振った。
「違う。確かにそう考えてもおかしくは無いさ。
でもな、わざわざ教師になんかならなくたって、
普段の俺に教えてくれるだけで、十分やっていけると思わないか?」
それに、シャオがよく分からないといった顔で尋ねる。
「どういう事ですか、太助様?」
「愛原がいろいろ言ってただろ。七梨先輩から遠ざかれ、とか・・・。」
そこで“あー!”というような顔をするルーアン。
「そうか!ヨウメイをたー様のクラスの担任に仕立て上げて、
あたしを引き離そうって魂胆ね!くうー、なんてことなの・・・。」
「そんな、花織さんがそんな事を・・・。それにヨウメイさんも・・・。」
ところが太助は腕組をして言った。
「愛原はいつもルーアンといろいろ競争してるから、
そういう考えをしててもおかしくないと思うけど・・・。
ここで分からないのがヨウメイなんだ。わざわざルーアンを押しのけなくたって、
普通に先生になればいい事なんじゃないかなって・・・。」
「どういう事、たー様?」
「つまり、ヨウメイはよくわからないうちに教師になったんじゃないかなって。
俺に色々な知識を教えるために教師になったって言うんなら、
むりに俺のクラスの担任になる必要なんて無いだろ。」
「太助様ぁ、よく分からないですぅ。」
考え込む太助に、シャオが分かり易い説明を求める。
さらに考え込む太助に、ルーアンが助け舟を出した。
「要は、ヨウメイが教師になろうなんていう今日の出来事は、
あのじょーちゃんがすべて仕組んだ事だって言いたいんでしょ、たー様。」
「そう、そうだよ。・・・つまり、
ヨウメイは、本当はどうして自分が教師になったのかを知らないんだ。
愛原から深い事情を聞いてないんだろうな。
まさかルーアンを追い出すために教師になった、なんて気付いていないと思うぜ。」
「えーと、ということは・・・」
言いかけたシャオをさえぎり、ルーアンが大きな声で言う。
「ヨウメイはあのじょーちゃんに利用されているのよ!
とんでもないわ。シャオリン、懲らしめに行きましょ!」
走り出そうとするルーアンを、太助は慌てて止めた。
「落ちつけって。これはただの推測に過ぎないんだ。
それにそんな事でヨウメイを傷付けたくないし・・・。」
「でも、たー様!」
そんな二人のやり取りを見ていたシャオは、にこりとしてこう言った。
「大丈夫ですわ。翔子さんやキリュウさんがきっと何とかしてくださいます。
とりあえず教室に戻りましょう。」
一体どこからそんな自信が来るのか。悠々と歩き出すシャオに圧倒されながらも、
ルーアンと太助はそれに続き、屋上を後にした。
所変わって購買部。翔子、熱美、ゆかりん、ヨウメイの四人が、
出雲からパンをご馳走になっていた。
「いやー、気がきくねえ。さっすがおにいさん。」
上機嫌にパンを食べる翔子に、出雲は呆けたように言った。
「いきなりおしかけて“パンを四つ無料でくれ”なんて言ったのは翔子さん、
あなたじゃないですか。まだ昼休みにもなってないのに・・・。」
「山野辺さんて良い場所知ってるんですね。無料でパンがもらえるなんて・・・。」
感心するヨウメイに、熱美とゆかりんが言った。
「楊ちゃん、宮内出雲さんは女性には無料で品物を配ってくれる事で有名なのよ。」
「そうそう、あたし達今まで結構ごちそうになったんだ。」
「へえ、そうなんだ。さすがナンパ師ですね、宮内さん。」
ヨウメイの一言にずるっとこけそうになった出雲だったが、それをこらえて翔子に言った。
「で、わざわざここに来たのはどうしてなんですか?
まさかパンをもらいに来た訳ではないでしょう?」
その出雲の声に、翔子は最後の一切れをごくんと飲みこんで、真剣な顔をして切り出した。
「そうなんだ、お腹が好いたらここに来るようにって、
ヨウメイに教えておこうと思ってさ。というわけでごちそうさん。
じゃあ三人とも、行こうぜ。」
そして歩き出す翔子を、慌ててヨウメイは止めた。
「ちょ、ちょっと山野辺さん。ほんとにそんな事でわざわざここに来たんですか?」
「冗談だよ、冗談。ヨウメイが先生になった件なんだけどさ・・・。」
翔子は、ヨウメイが先生になったのは、花織が関係しているのではないかという事。
わざわざ太助のクラスの担任になったのも、
花織がルーアンを追い出すために立てた計画ではないかという事を、事細かに話した。
そして、最終的には太助を自分だけのものにするつもりではないかという事も。
「・・・と、あたしは思うんだ。いや、絶対そうにちがいないな。
そこのお二人さんは知ってるんじゃないか?愛原の本当の目的をさ。」
翔子が喋り終わると同時に、力いっぱいにヨウメイは否定する。
「そんなことありません!花織ちゃんが、主様の独占のために・・・。」
泣きそうなヨウメイを見た熱美とゆかりんは、
ごまかすわけにはいかないと、花織の魂胆を話し出した。
全てを聞き終えたとき、ヨウメイは信じられないといった表情で固まっていた。
「そんな・・・。じゃあ、私と仲良くしたのも、そのため・・・?」
ヨウメイの悲観的な声に、二人は首を横に振る。
「ううん、そんなために人を騙したりするような子じゃないよ、花織は。
だから、今まで通り仲良くしましょう。」
「そうそう、私達は親友なんだから。でも楊ちゃん、先輩のクラスの担任になるの?」
懸命にヨウメイをなぐさめようとする二人。
するとヨウメイは、がっくりとなだれていた顔を上げて、にこやかに言った。
「先生になるのはやめるわ。シャオリンさんみたいに、
学生としてこの学校に来ようと思うの。その方が良いかなって・・・。」
「だったら、うちのクラスに来てよ。ね?」
「うん、そうする。さっそく職員室に行こうと思うの。二人とも付いて来てくれる?」
「もっちろん、早く行きましょう。」
「そういうわけですから山野辺先輩、出雲さん、また今度。
花織にちゃんと言っといてくださいね。」
あっという間にことが進んで、取り残されてしまっていた翔子は、
つっかかりながらもそれに答えた。
「あ、ああ。」
そして駆け出そうとする三人。翔子はふとそれを呼びとめた。
「ヨウメイ!先生には本当にならないのか?
あたしは結構あんたの授業が気に入ったんだけど・・・。」
するとヨウメイはふりむいてこう言った。
「今日来ていない誰かさんに文句をつけられたくありませんしね。
よく考えたら、無理に先生にならなくても教えられる事はたくさんありますし。
でも、ありがとうございます。授業を誉めてくださって。では!」
元気よく三人は職員室へと去っていった。
しばらくして出雲が一言。
「なんにしても一件落着ですね。お疲れ様でした。」
「ほんと、結構楽に片付いて良かったよ。お腹好いちゃったからもう一個パンくれない?」
「はいはい。まったく・・・。」
あきれながらもパンを手渡す出雲。
翔子はそれを受けとって、意気陽々と自分の教室へと帰って行った。
全ては丸く収まりつつあったように思えた。
後は花織に話をつけるだけで終わるはずなのだから。
屋上から降りてくる太助、シャオ、ルーアン。そして職員室へ向かうヨウメイ、熱美、ゆかりん。
この二組が、廊下でばったりと出会った。
「ヨウメイ!どこへ行くんだ?」
太助が驚いて尋ねると、ヨウメイが落ちついて話し出した。
「職員室です。ルーアンさん、よーく聞いてくださいね。実は・・・」
全てを語り終えた時、ルーアンが大声をあげた。
「ほら、やっぱりー!!あんの小娘ぇー!!」
今にも飛び出しそうな勢いのルーアンを、太助は慌てて押さえる。
「落ちつけってルーアン。とにかく学校を変わらなくて良くなったんだからさ。」
すると、“ふう”と落ち着きを取り戻した。
「とにかくそういう訳なんです。ご迷惑をかけてしまってすいませんでした。」
ぺこりと頭を下げるヨウメイ。それに他の二人も慌てて続いた。
「私達からも謝ります。花織にちゃんと言っておくとかしておけば良かったのに・・・。」
「後で私達からも言っておきますから、あんまり責めないでやってください。」
三人の様子に、太助が“もういいよ”と言わんばかりに手を振った。
「迷惑だなんて、そんな事は思ってないしさ。
それに、ルーアンにも良い刺激になったんじゃないかな。」
「そうですよ。これでルーアンさんも、
これからは素晴らしい授業をしてくださるようになるに違いありませんわ。」
続いて言ったシャオを、ルーアンがじとーっと睨む。
「あんたも結構言うようになったわねえ・・・。ま、いいわ。
あたしもこの子達と職員室に行くから、たー様とシャオリンは先に教室に帰ってて。
じゃあ行きましょ、ヨウメイ。」
「ええ。主様、それではまた後で。」
四人を見送り、太助とシャオは再び歩き出した。
しばらくして教室に到着。二人が目にしたのは半泣きの花織と、苦笑いの翔子、たかし。
そして怒り顔の乎一郎だった。二人に気付いた翔子が声をかける。
「おっ、帰って来たな。あれ?ルーアン先生は?」
「途中でヨウメイ達に会ってさ。職員室へ一緒に向かったよ。
それより愛原、ヨウメイ達から聞いたんだけど、
とんでもないことをやらかしたもんだな・・・。」
太助の低い声にビクっとなる花織。花織ではなく、それに乎一郎が答えた。
「そうなんだよ!ルーアン先生を追い出そうなんてひどすぎると思わない!?
太助君、もっと言ってやってよ!!」
その声にますます泣き顔になる花織。太助はやれやれといった感じで言った。
「反省してるか?俺がとやかく言う前に、ルーアンがおもいっきり言ってくると思うけど。
それより、ヨウメイにもちゃんと謝っとけよ。ごめんなさいって。」
「うう、すいませんでしたぁ。あたしの計画にもプラスになるし、
楊ちゃんのプラスにもなるはずだったんですけど・・・。とにかく、ごめんなさいー!!」
泣きながら頭を下げる花織。周りのみんなは、苦笑いしながらそんな花織を慰める。
本来なら、花織の言うとおりになるはずだったのだが、
休み時間の花織の言動により、皆は花織が太助を独占するためだけのものと完璧に思いこんでいた。
そのため、太助たちに不信感が募り、ヨウメイのためにならないという結果に陥ってしまったのである。
と言っても、そのきっかけとなったのが太助と翔子でもあるが・・・。
さて、その頃七梨家では・・・
「ね、寝過ごしたー!!急いで学校にゆかねばー!!」
キリュウがようやく目を覚まし、時間を見て慌てていた。もうすぐ三限目突入という時間である。
キッチンに降りていった彼女を出迎えたのは那奈ねぇ。にこにこしながら待っていた。
「よーし、ようやく起きたな。朝(?)ごはんだぞ・・・って無視すんなこらー!」
しかし、那奈が差し出した朝(?)ごはんに目もくれず、キリュウはキッチンを後にした。
なぜキリュウがキッチンにわざわざ行ったのかと言うと、たんに慌てていたからである。
その証拠に、キッチンを覗いたかと思うと、“間違えたー!”とぽつりと叫んだのだから。
素早く家を飛び出し、短天扇を大きくし、それに飛び乗って学校を目指すキリュウ。
「なぜこんな時間まで・・・。目覚ましをかける前にルーアン殿が眠らせたりするからだ!!
大変な事になっていなければ良いが・・・。」
猛スピードで学校を目指す。ほんの数分で学校に到着し、急いで校舎に入っていった。
≪第三話≫終わり
極寒地獄と化した教室を外から見るシャオ、太助、軒轅、そして翔子。
「よかったですわ、間に合って。ルーアンさんはこういう事を言ってたんですね。」
「・・・ちょっと違う気も。でも怖いなあ。精霊ってのはきれると怖いんだな。
はあ、そんな精霊四人の主だなんて・・・。これも試練か・・・。」
暗い顔の太助。そんな雰囲気を変えようと、軒轅によじのぼって翔子が言った。
「おい七梨、そんな事言ってないで、何とかしないといけないんじゃないのか?
このままじゃ、皆凍っちまうぞ。」
その言葉にはっとする二人。
教室にいたほとんどの人は、床にうずくまって凍えている様子が見てとれた。
その中にはもちろんルーアン達の姿も見える。
しかし、キリュウは更にひどい吹雪を受けているようで、立ったまま凍り付いているような、そんな感じであった。
「キリュウの辺りだけなんか強烈に吹雪いてるな。あのままじゃ・・・。」
「キリュウさんが大変ですわ。来々・・・」
「待ったシャオ!天鶏は止めといた方が良い!」
天鶏を呼び出せば、水蒸気爆発というものを起こしかねない。
(という事を、ヨウメイの授業によって学んだ太助)
考えた太助は、一つの行動に出た。
「シャオ、窓に近づいてくれ!」
「太助様・・・?」
教室では相変わらず猛吹雪が続いている。
高らかに笑っているヨウメイは、一向に手を休める気配が無い。
「どうしたんですか、キリュウさん。何か言ったらどうですか?あはははは!!」
「・・・さ・・・う・・・。」
もはやキリュウには声を出す気力も無くなっていた。
寒さのあまり、全神経が凍り付いているかのようである。
その頃、うずくまっているルーアンは・・・、
「まったくぅ、キリュウがあんな余計な事を言うからー。
さ、寒いわー。こらヨウメイ、いいかげんに止めなさいってー!!」
と、必死に叫んでいる。
しかし、その声はヨウメイに届くことなく、ことごとく吹雪にかき消されていた。
もちろん、他の生徒達も呼びかけてはいるものの、決してヨウメイに聞こえる事は無かった。
ちなみに花織、熱美、ゆかりんの三人は、声も出せずにヨウメイの迫力に圧倒されていた。
なんといっても、切れているヨウメイを間近で見ているのだから無理はない。
「す、すごいなヨウメイちゃんは。この俺の熱き魂が・・・。」
「たかしくん、感心している場合じゃないよ。このままじゃキリュウちゃんが・・・。」
乎一郎がそう言ったその時、太助がいきなり入って来たかと思うと、キリュウの前に立ちふさがった。
「ヨウメイ、いいかげんにしろ!キリュウが死んじゃ・・・、寒いー!!」
飛び出したはよかったのだが、あまりの寒さに、太助はすぐにうずくまってしまった。
それがヨウメイの視界に運悪く入らなかったらしく、吹雪は一向に収まらなかった。
もちろんヨウメイが笑いつづけているのは言うまでも無い。
しかし、花織は太助に気付いた。慌てて大声で叫ぶ。
「七梨先輩!!楊ちゃん、ストップ、もうやめて、七梨先輩がー!!」
そこでようやくヨウメイが太助に気付いた。
顔色をあっという間に変え、急いで統天書を閉じた。
それと同時に吹雪が収まる。教室の皆は、やれやれというように体を起こした。
「主様!な、なんてことを・・・申し訳ありません!!」
そして太助にかけよる四人組。幸い太助は寒さに震えただけで済んだ。
「お、俺は大丈夫。でもキリュウが・・・。」
キリュウは依然凍りついたまま、というよりはまるで氷像のようだった。
体中が白くなっており、びどうだにしない。
ちょっとでも触れば、倒れて砕けてしまいそうな・・・。そんな感じだった。
吹雪が収まった様子を見て、教室に入ってきたシャオ、翔子。
二人はキリュウの様子を見て愕然となった。
「き、キリュウ・・・?」
翔子がおそるおそる尋ねるが、返事はない。
この二人だけではない。他の皆も、唖然としたままキリュウを見つめているのだ。
「おい、キリュウ、キリュウ・・・。」
今度は太助が呼びかけるが、もちろん返事は無かった。
やがて太助は震えだし、ヨウメイをきっと睨んだ。
「ヨウメイ、なんて事してくれたんだ!!キリュウをこんな目に遭わせて!!」
そこでしゅんとなるヨウメイ。自分がやり過ぎたという事にようやく気付いたのである。
「キリュウさん、ひょっとして死んじゃったの?」
花織がぽつりと言うと、太助は花織にくってかかった。
「なんて事言うんだ!キリュウに限ってそんな、そんな、事・・・」
力なく床に崩れ落ちる太助。返事が無いのももっともだが、
外から見た様子からして、明らかに生きているとは思えなかったのだ。
そんな太助を見て黙り込む生徒たち。もちろんシャオやルーアンも。
どのくらいそうしていただろうか。やがて一人の生徒熱美が口を開いた。
「楊ちゃん、楊ちゃんの力で何とかできないの?」
「そう、七梨先輩にとって、キリュウさんは大切な人なんだから・・・。」
その声に顔を上げるヨウメイ。なんと、その顔には、
先ほどのしゅんとした顔ではなく、笑顔が浮かんでいる。
「ふう、しょうがないか。キリュウさんてやっぱり大切に思われてるのね。
主様、みなさん、心配要りませんよ。キリュウさんはすぐに元に戻せます。」
ヨウメイの明るい声にばっと顔を上げる面々。一番に太助が尋ねた。
「よ、ヨウメイ、それ本当か?キリュウは再び元気になるのか?」
「当然ですよ。でも主様、どうしてキリュウさんみたいな人がこんなに大事に思われているのか、
後できっちり説明してくださいよ。さてと・・・。」
言い終えて統天書をめくり出すヨウメイ。あるページで手を止める。
「生の活動、そしてその源の象徴よ・・・。静止した者に再び息吹を・・・。万象蘇生!」
ヨウメイが叫ぶ。しかし、キリュウの体にはなんの変化も無い・・・。
「・・・なんにも変わらないぞ、ヨウメイ。」
「なんだ、まだ生きてるんじゃない。ふむふむ、冬眠状態って訳ですか。
まるで動物ね、後でからかってやりましょ。それじゃ・・・。」
さりげなく恐ろしい事を口にしながら、再び統天書をめくり出すヨウメイ。
そんなヨウメイを見て、たかしと乎一郎がひそひそと話をする。
「ねえたかしくん、ヨウメイちゃんて実はものすごい人なんじゃ・・・。」
「只者じゃあないとは思っていたけど、まさかここまでとはな・・・。」
そんな二人に気付いたルーアンがつつく。
「二人とも、ヨウメイには絶対に逆らわないようにしときなさい。
それこそ、キリュウみたいにひどい目に遭うわよ。
普段はいろいろ教えてくれる気の良い“歩く何でも辞典”なんだけどねえ・・・。」
ルーアンの真剣な顔に、力いっぱい頷くたかしと乎一郎。
やがて、ヨウメイはとあるページで手を止めた。
「荒療法だけど仕方ないですね。・・・きたれ、灼熱!」
それと同時に、キリュウの周りの氷が溶け出した。・・・いや、蒸発している!
そしてキリュウの姿があらわになったかと思うと・・・、
「熱い!!よ、ヨウメイ殿、やめろー!!」
と、キリュウがようやく目覚めた。そこでパタンと統天書を閉じるヨウメイ。
「はい、終わりです、ご苦労様・・・。」
言い終わると同時に、ヨウメイは太助の方へと倒れこんだ。
力を連続で使いすぎたためだろう。そんなヨウメイを見て、ますます憂鬱になる太助であった。