小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


そして昼休み。
太助達は、シャオが作ったお弁当を、楽しく会話を弾ませながら食べていた。
「うーん、おいしい。シャオはやっぱり料理が上手だなあ。」
「ありがとうございます、太助様。たくさん食べてくださいね。」
もちろん周りにはたかしや乎一郎もいる。
その二人も、シャオの弁当をおすそ分けしてもらっていた。
「・・・珍しいわね、ヨウメイ。お昼は、きちんと食べろとか言わないの?」
ルーアンの問いに、ヨウメイは箸を置いて答えた。
「朝は静かに、お昼はにぎやかに、そして夜は厳かに。
これが私の基本モットーなんです。まあ例外もありますけど。」
そして再び食べ始めるヨウメイ。その様子を見て翔子が言った。
「にぎやかってわりには自分は静かなんだな。どうして?」
「例外もあるって言ったでしょう。そういう事です。」
ヨウメイの言葉に、キリュウがボソッと一言。
「要は屁理屈なのだろう・・・」
もちろんそれはヨウメイの耳にしっかり届いた。
ヨウメイが食器を置いてがたっと立ちあがる。
「なんですって!?どうせさっきの私の授業に文句があるんでしょう!?
無知な人はこれだから困るんですよ!!あれはあれで良いんです!!」
さりげなく悪口を言うヨウメイ。それにキリュウも怒る。
「誰が無知だ!!自分こそ試練に文句をつけるのはやめてもらおうか!!」
「そんな大昔のことをほじくり返すってところが無知だって言ってるんです!!
だいたい授業もろくに出来ないくせに、いちゃもんをつけるのはやめてください!!」
「私は教師ではない!!それに・・・」
「うるさーい!!二人とも喧嘩するんなら外行ってやれー!!」
翔子の鶴の一声で、二人の喧嘩はぴたりとやんだ。
そして不機嫌そうに椅子に座り、黙々と弁当を食べ始める。
「・・・まったく仲悪いなあ。もうちょっと仲良くしろよ。」
太助のあきれた声にも、二人は黙ったままだ。
結局、にぎやかな食事というものがそこで途切れてしまい、
静かな食事で終わってしまった。

みんながわいわい騒ぐ中、ヨウメイとキリュウは黙ったまま。
距離は離れているものの、お互いを警戒しているようである。
太助達は、やれやれといった感じで二人を見守っていた。
そして本当の昼休みが始まった。
じつは、ヨウメイの授業によって、太助のクラスだけは昼休みが早く始まっていたのだ。
そして・・・、
「しちーり先輩。一緒にお昼御飯食べましょう!」
愛原花織が教室にやってきた。
「愛原・・・。悪い、もうお昼は・・・」
「シャオさん!特注のサンドイッチを持ってきました。
どうぞ召し上がってください!」
「おーい太助、昼飯くらいは一緒に食おうな。」
更に宮内出雲、そして那奈が教室にやってきた。
その時はいって来た三人は気付く。
ヨウメイとキリュウの様子がおかしい事に・・・。
キリュウはまさに怒りの絶頂といった心境だった。
(とはいうものの、常に落ちついた表情だったが)
そしてヨウメイは、統天書を開いて少し見ていたかと思うと、
それを閉じて無言のまますっくと立ちあがった。
「おや、あなたが那奈さんが言っていたヨウメイさんですね。私は・・・」
「神主の宮内出雲さんですね。」
出雲が言い終わる前に答えるヨウメイ。
そしてつかつかと三人が立っている場所に近づく。
「宮内さん。主様にかなり嫌がらせをしているみたいですね。
主様とシャオリンさんの仲をさこうなんて・・・。」
「い、いや、そういうことは・・・」
弁解しようとする出雲をきっと睨むヨウメイ。
「言い訳はしなくていいです!私にはちゃんと分かっているんですから!
今後主様を苦しめるような事をすると、この私が許しませんからね!!」
その迫力に圧倒され、何も言えずに立ち尽くす出雲。
「もう一つ言っておきます。
私は、あなたのような軟派氏はだいっ嫌いです!」
那奈は“あーあ”という感じで、頭をぽりぽりかいていた。

ここで出雲と那奈の案を解説しておく。
出雲は、ヨウメイの知識力をうまく使って、自分がシャオの主になれるような作戦を考えていた。
しかし、ヨウメイが主である太助側についてしまった。
那奈は、ロリコン(那奈の視点)である宮内出雲が、
ヨウメイを気に入ったなら、シャオから引き離せるという事を考えていた。
しかし、さっきのヨウメイの態度から、
それは無理だということが判明。
というわけで、二人の作戦は却下となったわけである。

ヨウメイの勢いに押される事無く、花織だけは明るい声で尋ねる。
「あのー、あなたはいったい誰なんですか?
七梨先輩のお知りあいですか?」
依然険しい顔のまま、ヨウメイは花織のほうを見た。
「私は知教空天楊明と言います。七梨太助様は、私の主様です。
愛原花織さん。あなたもあんまり主様に迷惑を掛けないでくださいね。」
「迷惑だなんてそんな・・・。
あたしは七梨先輩に全然そんな事してませんよ。」
「嘘はいけません!私は統天書を読んで知ってるんですから!」
「嘘だなんてひどい・・・。えーん七梨先輩〜。」
そして半泣きになる花織。慌てて太助がヨウメイに言う。
「ヨウメイ。そりゃ愛原はたまに迷惑になったりするけど、
俺の大事な後輩なんだ。あんまりからまないでくれよ。」
「主様・・・。そうですね、すいません。」
「ぐすっ、分かってくれたんですね。よかった。
七梨先輩、ありがとうございます。」

そして落ち着いた所で、昼休みの事の顛末を三人に説明。
そこで花織は立ちあがった。
「だったらヨウメイさん、一緒に学校を見て回りましょう。
仲直りをしたっていう事で。」
「仲直り・・・。私は別に喧嘩してたつもりじゃ・・・。」
「いいじゃないですか。どうせここに居ても、
キリュウさんと喧嘩しちゃうかもしれないんだったら・・・。」
「そうですね。くらーい人よりは明るい人の方がいいし。」
そこでがたっと立ちあがるキリュウ。
当然周りの人達はなだめ役にまわったが。
「じゃあ七梨先輩。ヨウメイさんと遊んできますね。」
「あ、ああ・・・。」
花織はヨウメイの手を引っ張って教室から出ていった。
よく分からないといった表情でそれを見送る太助達。
(ヨウメイさんと仲良しになって、
七梨先輩のハートをゲットする作戦をあみ出すのよー!)
そういう花織の心中を知るものは誰一人としていなかった。

「愛原のやつ、どうしたんだろう・・・。」
「花織ちゃんのことだから、遊びたいんじゃないの?」
「やっぱり色々便利だもんねえ・・・。
それより、ちゃんと午後の授業が始まるまでに戻ってくるのかしら。」
「もし戻ってこなかったらルーアン先生の授業ですよね。
僕としてはそっちの方がいいなあ・・・。」
「あら?出雲さん、那奈さん、もうお帰りですか?」
そそくさと立ち去る二人にシャオが声を掛ける。
二人はチラッと振り返って答えた。
「ええそうですよ。ヨウメイさんに嫌われてしまった以上、
ここに居るのは得策とは言えませんしねえ・・・。」
と出雲。那奈は、
「なんだか疲れたから先に帰るよ。じゃあな。」
とそれだけ言うと教室を出ていった。
しばらくしてキリュウが一言。
「ヨウメイ殿を自ら連れに行ってしまうとは、
花織殿は大丈夫だろうか・・・。」
無事かどうかは太助達には分からないまま、
昼休みが終わって、ルーアンの授業が開始された。

太助達とは場面を変えて、花織とヨウメイ。
二人が今どこにいるかというと、花織の教室。
案内せずとも統天書で全て分かる、とヨウメイが申し出たからだ。
珍しい来客に、花織の友達が駆け寄ってきた。
「花織、どうしたのよ。出かけたと思ったらまたすぐに戻ってきて。」
「熱美、聞いて驚いてよ。この人、七梨先輩に仕える、
なんと四人目の精霊さんなのよ。知教空天の楊明さんですって。」
花織の紹介に、ヨウメイがぺこっとあたまを下げる。
「初めまして、ヨウメイです。
私の役目は様々な知識を教える事。どうぞよろしく。」
「へえー、知識。花織、いい機会だから勉強教えてもらいなよ。
この前赤点すれすれだった数学とか。」
「もう、ゆかりん。そんなもの後でいいでしょ。
ヨウメイさん・・・じゃなかった、楊ちゃん。
これからあたしと熱美ちゃんとゆかりんで、
楽しくおしゃべりしましょ。」
「楊ちゃん・・・。そんな名前で呼ばれたの生まれて初めてですよ。」
花織の言葉にヨウメイは戸惑ったが、
他の二人はそれに合わせる様にヨウメイに言った。
「そうよ、楊ちゃん。これからは丁寧語も無し。
私の事もゆかりんって呼んでね。」
「さっすが花織ね。お友達は多い方が良いし、
楊ちゃん、仲良くしましょ。」
「え、ええ・・・じゃなくて、ええと・・・。」
顔を赤らめながらもじもじするヨウメイ。
その様子があまりにも誰かにダブって見えたので、
花織はこう言った。
「楊ちゃんて、キリュウさんに似てるね。てれやさんなところが。」
そこではっと顔を上げるヨウメイ。
さっきの照れはどこへやら、きつい顔に変えて言った。
「失礼な事言わないで!誰があんな無愛想な人に・・・。
今度言ったら許さないわよ!!」
しかし花織は圧倒されはしなかった。逆に喜びの表情になる。
「何がおかしいの!?」
「良かった。あそこまで言って地で喋ってくれなかったら、
どうしようかなあ、なんて思ったんだけど。決定ね。
あたし達といい友達になれそうで良かった。」
「え?あ、そうか、そういうこと・・・。」
まんまと花織の作戦に引っかかったヨウメイ。
動揺しつつも、現代はこんなにも昔と違う人が居るんだ・・・。
としみじみ思っていた。
花織としては、とりあえずヨウメイとものすごく仲良くなっておくことで、
太助との仲を取りもってもらおうという考えを抱いていた。
出雲にヨウメイが言った言葉により、それを実行に移したわけである。
「それで楊ちゃん、さっそく花織に数学教えてやってよ。
やっぱり親友として見過ごしておけないもの。」
「うんいいわよ。じゃ花織さん・・・じゃなかった、
花織ちゃん、数学の教科書の裏表紙を見て。
そうだ、ついでにクラスのみんなにも見てもらおうか。」
「さっそくあの能力の実行ってわけね、わかったわ。
ねえみんなー!ちょっとあたしの言う通りにしてー!!」
花織が教室中に響き渡る声で叫ぶ。
こうして花織のクラスでもヨウメイの授業が行われる事となった。
しばらくして後から来た先生は、生徒達の様子にびっくりして、
授業をせずに職員室に帰っていった事を付け加えておく。

そして放課後。太助達のクラスにヨウメイが戻ってきた。
もちろん花織、熱美、ゆかりんという親友を連れて。
「ヨウメイ、なかなか戻ってこないから心配したんだぞ。」
「すみません主様。いろいろとしてたもんですから。」
「いろいろって・・・。なるほど、友達ができたってわけね。」
改めて花織たちの存在に気付いた太助達。
それぞれが自己紹介をした。
「熱美です。よろしく。」
「ゆかりんです、よろしく。」
「そして花織です。・・・って知ってますよね、あははは。」
あっけにとられる太助達。三人の言葉にヨウメイが付け加えた。
「三人とも、もう私の友達です。ああ、うれしいですぅ。
というわけで主様、今日は花織ちゃん達と一緒に帰りますね。」
「七梨先輩、楊ちゃんはあたしの家で泊まりますから。」
「よ、楊ちゃん?」
太助の驚いた声に、熱美が応える。
「ええ、花織が考えた愛称なんです。なかなかいいですよね。」
「は、はあ・・・。楊ちゃんねえ・・・。」
ちなみに、キリュウは必死で笑いをこらえていた。
それに気付いた翔子がキリュウをつつく。
「おい、我慢しろよ。せっかくおとなしくしてるんだから。」
「う、うむ、しかし、楊ちゃんとは・・・。花織殿もなかなかやるな・・・。」
二人のそんな様子も知らず、今度はゆかりんが喋り出す。
「楊ちゃんてすごいんですね。まさかあんなにぱっぱと勉強を教えてくれるなんて。
おかげでテストはばっちりいけそうですよ。」
「そうそう、これでゆかりんの勉強にうるさいのも少しはましになるかなって。ねえ、七梨先輩。」
「そ、そう。よかったな。」
太助は少し戸惑っていた。主以外の人といきなり仲良くなっている精霊ははじめてだから。
今度はシャオがヨウメイに言った。
「それではヨウメイさん、夕食はいらないんですか?」
「ええ、そういうことですね。料理はまた今度教えて差し上げます。」
「じゃあ楊ちゃん、帰りましょ。七梨先輩、また明日。」
「ああ、またな、愛原・・・。」
そしてぞろぞろと四人で教室を出ていこうとする花織達。
しかし、教室の入り口付近でけたたましい笑いが起こった。
「はははは!!もうだめだ、がまんできぬ。楊ちゃんとは・・・あははは!!」
キリュウだ。キリュウ一人の笑い声が教室に響き渡る。
あちゃー、と額を押さえる翔子。
太助、シャオ、ルーアンはぽかんとしてそれを見ていた。
「何がおかしいんですかキリュウさん!あたしが考えた名前にけちを付ける気ですか!!」
「い、いや、そうではない。楊ちゃんとなると、
私は、楊殿か楊ちゃん殿と呼ばなくてはならないのだな、
と思って・・・。あははは。」
みんなはその言葉に唖然としていた。しかしヨウメイは、
「くっだらない。やっぱり頭の中がおかしいのね、キリュウさんて。」
と、はっきりとキリュウに聞こえるように言った。
当然キリュウは笑いを止め、ヨウメイを睨む。
「くだらないだと?そんな私のくだらない事に、
いちいち悪口を言う方こそくだらないのではないのか?」
「なっ・・・。早く帰りましょ、花織ちゃん、熱美ちゃん、ゆかりん。」
「う、うん・・・。」
そして四人は教室を出ていった。
それを見送ったあと、キリュウはボソッと一言。
「ふふ、勝った。」
その言葉にあきれかえる太助達。翔子はすっと立ち上がった。
「あーあ、あほらし。じゃあな。」
「ああ、また明日。」
翔子が出ていくのを見送ったあと、ルーアンが言う。
「さてと、あたし達も帰りましょ。」
そして学校を後にする。

帰り道、ルーアンがキリュウに言った。
「それにしてもキリュウ、あんた性格変わったわねえ・・・。」
「ふん、朱に交われば赤くなるものだ。」
「はいはい、すっかりヨウメイに影響されちゃって、まあ・・・。
そんなことよりシャオリン、今日の夕食はなあに?」
「えっと、今日は・・・。」
三精霊が話をするなか、太助は考え事をしていた。
(愛原のやつ、ヨウメイと仲良くして何をするつもりなんだろう・・・。
うーん、なんだか嫌な予感がするなあ。)
その太助の嫌な予感が的中するのは、もう少し先の話である。

そして家にたどり着いた太助達。
「お帰り。あれ、ヨウメイは?」
先に帰っていた那奈が四人を出迎える。
そして那奈の質問に太助が答えた。
「ヨウメイなら愛原の家で泊まるってさ。
よくわかんないけど、すごく仲良くなったらしいよ。」
「そうなんですよ。楊ちゃんなんて呼んで・・・。よかったですわ。」
再びキリュウは笑いそうになっていた。ルーアンはそれとなしにキリュウを止める。
「はあ、楊ちゃんねえ。まあいいや、シャオ夕食作ってよ。」
「はい、分かりました。」
早速シャオは夕食の準備に取りかかった。
それぞれは部屋に戻り、そしてリビングに下りてくる。
すると、すでに夕食が出来あがっていた。
「ずいぶんと早いなシャオ。一体どうしたんだ?」
「那奈さんがほとんど用意してくれてたんです。
だからすぐ出来ちゃったわけなんです。」
「そういう事。ちぇ、ヨウメイに見せつけて、
すごい事を教えてもらおうと思ったのにさ。」
「なんなんだよ、すごい事って・・・。」
あきれかえりながらも太助は少しほっとした。
そしてヨウメイを連れていった花織に感謝の意をこめる。
夕食・・・。ヨウメイはいないのに、なぜか五人とも静かに、
ヨウメイの言う、厳かに夕食を食べていた。
ルーアンだけはいつもと同じようにがつがつと食べていたが・・・。
「なぜそんなに静かなのだ?せっかくヨウメイ殿がいないのだから、
話でもすればよいと思うのだが・・・。」
珍しくキリュウが話をはじめた。少しごきげんである。
「キリュウ、俺は今そんな心境じゃないよ。
愛原が何考えてるのかと思うとさ・・・。」
「え?太助様、花織さんとヨウメイさんは仲良しになっただけじゃないんですか?」
「だと良いんだけどな。」
暗い雰囲気で話す太助に、那奈が渇を入れた。
「男だったら悩むな!だいたいお前はヨウメイの主なんだろうが。
だったら強気で構えてろって。」
その言葉に、太助の頭の中から不安な要素がスーっとひいていったようだった。
「そうだよな。昼の様子からして、俺を困らせるような事はしないはずだ。
ふう、ちょっと安心したらもっと食べたくなってきたな。シャオ、お代わり。」
「あ、はい。」
お茶碗を差し出す太助を見て、ルーアンが食べる手を止めてその方を見る。
「その意気よ、たー様。あんな小娘の立てる作戦なんて、おそるるに足らずよ。
それに、キリュウがいる限り、ヨウメイもまともに動けるとは思えないしね。」
「・・・どういう意味だ、ルーアン殿?」
「試練をしっかり与えなさいって事よ。」
いまだによく分からなかったキリュウだが、やがて納得し、ご飯を食べ始めた。

そのころ、愛原家では花織の部屋である作戦が立てられていた。
立案者は花織、実行者はヨウメイである。
「うーん、難しいな。花織ちゃん、ちょっとこれは無理があるんじゃない?」
「えー、そうなの?だったら別の方法を・・・。」
もちろん、花織が太助の心をいとめるために立てている作戦とは、
ヨウメイは知る由もない。
花織も、もちろんそれがばれないように作戦を立てているのである。
(ふっふっふ、見てなさいよ。まずは小さい所からこつこつと行くんだから。)
花織のそんな心の声も分からず、ヨウメイは第一の作戦、題して、
『七梨太助のためになる事尽くし!』という、
いかにもヨウメイ好みの作戦の計画を練っていた。
「で、花織ちゃん。この作戦の真の目的はなんなの?」
ヨウメイはなんとなく聞いたつもりだったのだが、花織は少しビクっとなった。
しかしそこは恋する乙女。目的の為にこんな所で詰まるわけにはいかない!
と、平静を装って答える。
「七梨先輩を幸せにする事よ!」
「幸せ・・・。ルーアンさんじゃあ無理なの?」
「無理に決まってるでしょ!楊ちゃんは知らないだろうけど、
普段のルーアン先生を見てると、七梨先輩は絶対幸せなんかじゃない。
だからこうやってあたしがしっかり計画を立ててるんじゃないの。」
「へえ、そうなんだ。よし、主様のためにも、頑張りましょ!」
「そう、その意気よ!!」
そして再び作戦会議に入る二人。夜が更けていくのも忘れるほどに夢中になっていた。

夜もふけた頃、七梨家では活発に動く人物の姿があった。
そう、キリュウである。朝起きる計画、そしてヨウメイ対策を練っているのである。
「ふーむ、目覚ましはこれでよし、と。
さてと、明日ヨウメイ殿をどう対処するか・・・。」
計画を立てるだけなのに、なぜか騒音が鳴り響いている。
それにとうとう耐えきれなくなった者が、キリュウの部屋へノック無しに入って来た。
「キリュウ!うるさいからさっさと寝なさいよ!」
ルーアンである。昼間はヨウメイのおかげでたっぷり睡眠時間を取っていたので、
(長い休み時間の間におもいっきり眠っていた。)
なかなか寝つけなかったのである。
やっと寝ついたと思ったら、
キリュウのおかげで目がさえてしまった、というわけだ。
「ルーアン殿、私は今大事な事をしているのだ。邪魔はしないでくれ。」
「へーえ、大事な事?ヨウメイを懲らしめる計画かしら?」
怒り半分に言うルーアンに、キリュウは感心したようにうなずいた。
「その通りだ。なんだ、ルーアン殿も解っているな、それでは協力を・・・」
「い・や・よ!!だいたい自分勝手にやってるだけじゃないの、
あんたもヨウメイも。似た者同士だわ!」
「な、なんだと!?」
ルーアンに言わせれば、二人とも太助のためとかいうものではなく、
お互いをどれだけ負かせられるか、
という行動を取っているようにしか思えなかったのだ。
「ルーアン殿、いくらなんでもそれだけは許せぬな。取り消して・・・」
「陽天心召来!!」
キリュウが冷静に迫る前に、ルーアンが行動に出た。
部屋の中にあった物に陽天心をかけたのである。
「ルーアン殿、私はこんな物で・・・うっ!?」
キリュウの後頭部を分厚い本が直撃。そしてキリュウは気絶した。
「やれやれ、やっと眠ったわね。よっこいしょっと。」
キリュウを持ち上げ、ベッドに寝かせるルーアン。
「そう言えば目覚ましはちゃんとしかけたのかしら。
このこったら寝起きが悪いからねえ・・・。
ま、もし遅刻したって、あたしが替わりにたー様を守ってあげるわよ。
安心しておやすみなさいな。」
そして部屋を後にするルーアン。
ルーアンの頭の中には太助を守るなどという大それた考えはなかったが、
花織の行動には気をつけようという事は考えていた。
ようやく静けさが訪れた七梨家。
それは、嵐の前の静けさを表わしている様でもあった。

≪第二話≫終わり


≪第三話≫
『ルーアン危機一髪!!』

七梨家のいつも通りの朝が始まる。
シャオが一番に起きて朝食のしたく。
太助たちも起き出して、挨拶を交わしてキッチンへ。
朝食、ヨウメイはいないので五人のはずなのだが・・・。
「あれ?キリュウさんはどうしたんですか?」
「キリュウなら寝てる。一応起こそうと思ったんだけどさ・・・。」
太助がわき腹の辺りを痛そうにさすっている。
キリュウに蹴られてしまったのは、暗黙の了解で皆に伝わった。
「太助、朝っぱらから良い試練になったな。」
「良くないよ。しょうがないなあ、キリュウは寝かせておくか。」
太助の元気のない声に、ルーアンはちょっと昨晩の事を後悔し始めていた。
(まいったわあ、たー様に被害が及ぶなんて。
たー様を守るってのが冗談じゃなくなってきたみたい。やれやれね・・・。)
少し不安になりながらも、ルーアンはがつがつと食べている。
「なんだか不思議ですね。昨日は七人もいたのに今日は四人なんて。」
シャオが唐突にこんな事を言った。太助がそれに応える。
「なんだかほんのわずかな間にいろいろあったって気がするよな。
明日は九人くらいいたりして・・・。」
太助の冗談に皆が笑う。
そして、昨日までとはいかないが、寡黙な食事が終わった。
「じゃあ行ってきまーす。那奈ねぇ、キリュウの事よろしく頼むよ。」
「ああ、自分から起きたらな。」

七梨家を出発する三人。途中、しきりに考え込んでいるルーアンに太助が尋ねた。
「どうしたんだ、ルーアン?何か忘れ物か?」
「いや、ちょっとね。キリュウがちゃんと来るかなって・・・。」
「キリュウさんなら来ますよ。お友達のヨウメイさんと仲直りしなくちゃいけないし。」
「「はあ?」」
シャオの言葉に思わず聞き返す太助とルーアン。
その様子を見て、シャオはぽけっと聞き返した。
「違うんですか?」
「シャオリン・・・。どこをどう見たらそんなふうに思えるのよ。
一致番最初に言ってたでしょ、キリュウとヨウメイは宿敵同士なのよ。」
「でも、私とルーアンさんみたいに仲良く出来るはずですわ。
きっとヨウメイさんは、それを考えるために花織さんの家に泊まりに行ったのかも。」
真剣なシャオの言葉に、ルーアンはまたも『はあ?』というような顔をして言った。
「仲良しぃ?そこまで言われるとどうしようもないわね。
たー様のこともあるし、そういう事にしといてあげるわ。」
二人のやりとりを聞いていた太助は再び話を戻す。
「シャオの言うとおり、ヨウメイがそういう事を考えてくれてるんならいいけどな。
俺はちょっと嫌な予感がするよ・・・。」
昨日の弾き飛ばした不安が再び舞い戻ってきたのだろうか。
深刻そうな太助を見て、ルーアンが力いっぱい言う。
「心配しないで、たー様。あたしがしっかりキリュウの代わりを果たしてあげるから。
シャオリン、あんたもちゃんとたー様を守りなさいよ。」
「は、はいっ!太助様、ルーアンさんもこう言ってくださってるんですから、
元気を出してくださいね。」
笑顔の二人に応えるように、太助は元気を取り戻したように言った。
「ありがとう、シャオ、ルーアン。俺、しっかりするよ。
でもルーアン、キリュウの代わりってなんだ?」
「さあね。なるべくそんな事態に成らない事を願うけど・・・。」
そして三人は学校に到着。いつも通りの足取りで、教室を目指していった。

ルーアンは職員室へ、太助とシャオは教室に向かった。
「おはようシャオ、七梨。」
二人にまず会ったのは翔子だった。
「おはようございます、翔子さん。」
「山野辺、おはよう。珍しいな、俺達より早く来てるなんて。」
太助が感心したように言うと、翔子は少しうつむいていった。
「心配事があってさ、それでできるだけ早く来たんだよ。」
「心配事ってまさか・・・。」
太助が言いかけたその時、
「七梨先輩、おはようございまーす!」
花織が挨拶混じりに教室にやって来た。しかし一人である。
「お、おはよう愛原。・・・ヨウメイは?」
「楊ちゃんは・・・秘密です!」
秘密ということばに首を傾げる三人。
しばらくそのままでいると、たかしと乎一郎がやって来た。
「おはよう、太助、シャオちゃん。新しい先生が来るって話聞いたか?」
「新しい先生?」
いきなりのたかしの言葉に聞き返す太助。
それに乎一郎は怒りながら答えた。
「そうなんだよ。ルーアン先生が学校での仕事をちゃんとしないから、
新しい先生に担任を替わってもらうんだってさ。冗談じゃないよ。」
「ちょ、ちょっと待て遠藤、それ本当か?」
慌てて聞き返す翔子。乎一郎は更に怒りながらもうなずいた。
「一応替わるのは一日授業をやった後で、その様子を見てからだって言うんだけど、
それでもひどいよ。どうしてルーアン先生を・・・。」
怒って言った後でしゅんとなる乎一郎。
シャオもそれに同調したかのようにしゅんとなる。
「ルーアンさんはしっかり授業をなさっているのに。
ひどいですわね、太助様・・・。」
「シャオ、あれでしっかり授業をしてるってのは無理があるんじゃ・・・。
でもルーアンにもとうとうやばい時が来たか。
もしその新しい先生がルーアンより認められちゃったら・・・。」
そして太助の言葉に、深刻そうに翔子が言う。
「担任が替わるって事だよな。でもルーアン先生は他のクラスではやっていけないかも。」
「となるとルーアン先生が、クビ!?そんな事にはならないよね、たかし君?」
いきなり乎一郎にふられるたかし。戸惑いながらもなだめるように答える。
「俺にふるなって。心配しなくたって、俺達のクラスはルーアン先生しか担任できないさ。」
「そ、そうだよね。ルーアン先生なら大丈夫だよね。」
たかしの言葉にホッとする乎一郎。そして、シャオ、翔子、太助。
「たかしさんの言う通りですわ。ルーアンさんは頑張ってらっしゃるもの。」
「そうそう。なんだかんだいっていろいろ授業してるしな。」
「確かにルーアン以外に俺達のクラスは担当できないよなあ。」
しかし花織は、ふっと少し笑って言った。
「もう一人いますよ、先輩のクラスを担任出来る人が。」
「「「「「えっ!?」」」」」
驚いて振り向く五人。それと同時に、前のドアがガラっと開き、
ルーアンが、そしてヨウメイが入ってきた!
「あっ、授業が始まるみたいですね。それじゃあ、あたしはこれで失礼します。」
そしてそそくさと出ていく花織。
「あ、新しい先生って、・・・ヨウメイ!?」
五人はただただ唖然としてルーアンとヨウメイを見つめていた。

ざわめきの中、生徒達は席についた。
ルーアンが教壇に立ち、ヨウメイがその横で待機。
「えー、みなさんに悲しいお知らせが・・・」
その時、教室の後ろの扉が開いたかと思うと、何人かの先生が入ってきた。
その中に校長、教頭の姿も混ざっている。
全員が入ったかと思うと、教頭が扉を閉めて言った。
「ルーアン先生、区切ってしまってすみませんでしたな。では続けてください。」
その声におほんとせき払いするルーアン。そして再び口を開いた。
「悲しいお知らせというのは、私に代わって、
このヨウメイ先生が担任になるかもという事です。
それじゃ、ヨウメイ先生、どうぞ。」
そしてルーアンとヨウメイが場所を交代する。
にこやかに笑ったかと思うと、ヨウメイが喋りだした。
「えー、昨日みなさんに授業しました、ヨウメイです。
一応、今日一日ルーアン先生と交代交代で授業をし、
このクラスにどっちが適しているかを、後ろの先生方に見てもらうわけです。
もしルーアン先生が適しているとなったら、今まで通りのままで、
私は他のクラスを教える事になるでしょうね。
でも、私のほうが適しているとなったら、
ルーアン先生には、事務の仕事でもやってもらうようになると思います。」
しかし、そこで教頭がつけくわえてきた。
「ヨウメイ先生、そうじゃありません。
事務ではなく、別の学校へ移ってもらうという事です。」
「ああ、そうでしたね。でも、他の学校でルーアン先生を使ってくれるでしょうか?」
「よ、ヨウメイ!!」
さらりと言うヨウメイに対して、怒りで震えるルーアン。
しかしヨウメイは、そんなルーアンをものともせずに続けた。
「はい、それでは授業をはじめる前に、皆さんの質問を受け付けます。
疑問に思ったことなど、なんでも訊いてください。」
そして皆を見まわすヨウメイ。まず手を挙げたのは乎一郎だった。
「はい遠藤さん、なんですか?」
ヨウメイはにこにこ顔だが、乎一郎は厳しい顔のまま、がたっと立ち上がった。
「どうしていきなりそんな事になったんですか!?
僕はルーアン先生が良いです!!」
するとヨウメイは急にきりっとした顔になり、乎一郎に諭す様に話し始めた。
「私が授業をした方が、学校としても良いし、クラスの皆さんのためにもなるからですよ。
昨日授業をして、それが良くわかったと思いますが?」
しかし負けじと乎一郎は言い返す。
「そんなの、一日の授業で分かる訳がないじゃないか!横暴だよ!」
ついつい言葉に熱が入る。ヨウメイは動じなかったが。
「では訊きますが、ルーアン先生の授業で、ためになったものはありましたか?」
「そ、それは・・・。」
ここでぐっとなる乎一郎。ほかのみんなも、それには黙るしかなかった。
太助がなんたらかんたらという授業ばかりだったから。
おとなしく席に座る乎一郎。次にシャオが立ち上がった。
「シャオリンさん、手を挙げて質問してください。」
「す、すいません。でもヨウメイさん。
いきなりルーアンさんを押しのけて先生になろうなんて、ひどいんじゃないですか?」
そこでみなのざわめきが起こった。
シャオがこんなに積極的に意見を言う姿を、はじめてみたのだから。
「押しのけるだなんて人聞きの悪い。これはちゃんと合意の上での結果なんですよ。
ね、ルーアンさん。それに、校長先生、教頭先生。」
ヨウメイの言葉にこくりとうなずく三人。
仕方なくシャオは席に座った。次に手を挙げたのは翔子。
「山野辺さんですか。あんまり極端な事はおっしゃらないで下さいね。」
「うるさいな、そんなの人の勝手だろ。
ヨウメイ、あんたが授業をやるといっつもあんな面白味のない授業になるんだろ。
あたしはそんなのごめんだからな。言いたい事はそれだけだ。」
翔子はふんという感じで座った。もちろんヨウメイはそれに屈することなく、
「心配なさらなくても、ルーアンさんよりもっと面白い授業をしたりもしますよ。
まあ、それは今日おこなう授業というわけですが。」
と、さらりと言った。翔子が“ええっ!?”という顔で反応する。
そして、“へえ、それだったらいいかもな。”とかぶつぶつ言い出した。

・・・そんな調子で、ルーアン派の生徒は、
ほとんどと言っていいほどヨウメイ派に変わっていった。
「みなさん、納得していただけましたね。でも後一人。
主様、あなたは質問等ありませんか?」
太助はその呼びかけに反応し、立ち上がってヨウメイに告げた。
「一つ教えてくれ。どうしていきなり先生をやろうなんて思ったんだ?」
ヨウメイの頭の中に一つの言葉がよぎる。もちろんそれを言うわけではなかったが。
「一番最初に理由を言ったと思いますが、個人的理由として、
主様のためです、とだけ言っておきましょうか。
私の役目は主様に知識を教える事。だからですよ。」
「本当にそれだけか?何か他に企みがあるんじゃないだろうな。」
太助の言葉に内心どきりとしたヨウメイだが、平静を装って答えた。
「企み?ひどい事言いますね、主様は。
私がそんなちまちました企みなんか考えるとお思いですか?」
「・・・まあいいや。とにかく授業で決める事だしな。」
そして座る太助。それを最後に、ヨウメイが切り出した。
「それでは授業を始めます。まず私からです。」
ルーアン、そして幾人もの先生が見守る中、ヨウメイの授業が開始された。
「えーと、それでは授業を・・・と言っても昨日ほとんど終わってしまったんですよね。
ああそうか、英語が残ってましたね。ではそれをしましょうか。」
言うなりぱらぱらと統天書をめくるヨウメイ。教科書は手に持っていない。
不思議に思ったたかしが質問した。
「ヨウメイ先生、教科書は使わないんですか?」
「教科書ですか?先生自身を教科書だと思ってください。
というわけで皆さん、机の上は何もない状態で良いですよ。」
いきなりの発言に教室中がざわめく。
統天書のあるページを開いたかと思うと、ヨウメイが手を叩いて言った。
「はいはいみなさん、なるべくなら私語は慎んでください。
英語なんですから、いくらでも喋れますよ。それでは始めます。」
そして本格的に始められるヨウメイの授業。
以前の主の教師でもしていたのだろうか。教え方は見事この上なく、
生徒達は魔法がかかったかのように、一心不乱にヨウメイの授業を聴いていた。
「はい、これでもう終わりにしますね。
それでは休み時間の後、ルーアン先生に授業をしてもらいましょう。」
ヨウメイの終わりを告げる声と同時に、教室中が拍手やら歓声やらでうめ尽くされた。
授業が終わると同時に、生徒達すべては、
先日の授業と同じように知識が備わっていた。
違うのは、シャオや翔子も満足げな表情であったという事。
すなわち、本当にすべての生徒達へ知識を教えたという事である。