小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第一話≫
『知教空天楊明推参!』

ある日曜日、太助の元に一冊の本が送られてきた。
分厚い本で、広辞苑も顔負けの厚さを誇っている。
「親父の奴、また変なもん送ってきやがって。なになに、
『とっても為になる本を見つけたので、お前にやろう。これで少しは勉強するようにな。
ちなみに父さんには何が書いてあるかさっぱり読めなかったよ。はっはっは。』か・・・。
良かった、別に心の清い者が開けるって訳じゃないんだ。
しっかし、自分に読めない本を息子に送ってくるなよな・・・。
あれ?それじゃあなんで為になるんだろう・・・。」
そして太助はテーブルに置かれた本を見た。真っ黒な薄汚れた表紙に、白い文字で
『空天書』とかかれてある。太助がそれをもっとよく見ようとしたその時、
シャオがお茶を持って部屋に入って来た。
「あら?太助様、その本はなんですか?」
「ああシャオ。そうだシャオ、
これって何かの精霊が宿っているとかそういうもんじゃないよな?」
「いいえ?私は初めて見ますけど・・・。」
その言葉に改めてほっとした太助。
今現在七梨家にいる人数は五人。太助、那奈、シャオ、ルーアン、キリュウである。
これ以上精霊が増えても、居場所がないのだから。
太助とシャオの他の三人が今何をしているかというと、
那奈は翔子の家へ遊びに行った。ルーアンはまだ部屋で寝ている。
キリュウは試練を探しに、朝からどこかへでかけてしまったらしい。ということだ。
「さてと、それじゃあちょっと見てみるとするか・・・。」
そう言って太助は本を開けた。古い本特有の紙の音を立てながら、一ページ目が開かれる。

開かれた一ページ目。ただ真っ白であった。三つの文字を除いては。
「空・・・天・・・書?」
シャオが書かれてある文字を読んだ。その言葉に、太助は驚いてシャオを見る。
「シャオ、空なんて字、書いてないだろ?読むなら、統、天、書。
おかしなこと言うなあ。」
そして笑う太助。しかしシャオはぽけっとした顔で言い返した。
「いいえ、太助様。間違いなく空天書と書いてありますわ。」
「ええっ?そんな馬鹿な。」
もう一度太助がその字をよく見ようとしたその時、
本のページがひとりでにばらばらっとめくれたかと思うと、
まばゆい光りと共に本の中から少女が飛び出した。
少しばかりすました顔に、肩ほどまで伸びている金色のストレートへア―。
背はそれほど高くなく、小学生と言った感じ。学者のかぶっているような帽子と眼鏡。
そして、科学者がよくみにつけている白衣を真っ黒にした黒衣なる物を身にまとっていた。
「初めまして、主様。私は・・・」
「うわああ!!また精霊だああ!!」
少女が自己紹介をする前に、太助が叫び声をあげてソファーから飛びあがり、
部屋から逃げ出そうとした。もはや精霊恐怖症と言った感じである。
その様子を見て、少女はふうとため息をついたかと思うと、
空天書を手に取り、何やら探し始めた。そしてあるページで手を止め、ばたんと本を閉じる。
その時、壁に飾ってあった絵が、太助めがけて落ちていった。
“がたっ!”という鈍い音と共に床に崩れ落ちる太助。
「た、太助様!」
慌ててシャオはかけより、太助を気遣う。
しばらくの後、落ち着いた太助とシャオとその少女とで話をする事となった。
「ふう、結局この空天書って○天シリーズだったんだ。で、君は一体誰?」
少女はにこりとしてこう言った。
「主様、もう空天書じゃなくて、統天書ですよ。
さっき主様が読んだでしょ?“統天書”って。」
「へ?そういや・・・。ひょっとして心の清い者しか読めないってことなの?」
ますますにこりとして少女は言った。
「そうです、お詳しいですね。でもまあ、守護月天さんの主なら当然ですか。」
シャオの方を見て笑いかける少女に、シャオは不思議そうな顔で言った。
「あの、どうして私のことを?私はあなたの事を知らないのに・・・。」
すると少女は得意そうに、本を抱えて言った。
「この本にはありとあらゆる知識が詰まっているんです。もちろん守護月天さんの事も。」
「で?君の役目は呼び出された主にいろんな知識を授けるのが役目なんだ。」
太助の声に、少女は首を縦に振って応えた。
「その通りです。主様によって生まれ変わったこの統天書によって・・・」
「ねえシャオリン、御飯作って頂戴。」
少女が言いかけた所で、ルーアンがリビングに入って来た。
いきなりの意外な人物の登場に、驚く少女。
「な、なんで守護月天さんの宿敵の慶幸日天さんが一緒の家に・・・!?」
ルーアンを見てあわてふためく少女。
太助が説明する前に、ルーアンが声を上げた。
「あらー、“歩くなんでも辞典”の楊明(ヨウメイ)じゃないの。
そっか、たー様に呼ばれたのね。ほんとたー様のお父様っていろいろ送ってくるのが好きねえ。」
驚いてルーアンを見るシャオ。
「ルーアンさん、この方知ってるんですか?」
「知ってるも何も・・・あんた知らないの!?」
「ええ・・・。初めて見ましたし・・・。」
あきれながら頭をかくルーアンに、楊明が言った。
「あの、慶幸日天さん、どうして宿敵の守護月天さんと一緒に暮らしてるんですか?」
「ああ、それは俺が説明するよ・・・。」
太助の短い説明のあと、楊明は感心したように言った。
「なるほど、日天月天同主ですか。
やはり世の中には、まだまだわからない事がたくさんあるんですねえ・・・。」
「あの、それより君の事をもう少し詳しく聞きたいんだけど・・・。」
太助の呼びかけに、楊明は顔を上げて言った。
「ああ、すいません、もっと詳しく自己紹介いたしますね。
私は知教空天の楊明と申します。この統天書を用いて、
主様に色々な知識を教えるのが役目なんです。ただし分からない事が二つ。
一つは未来に起こる出来事。もう一つはひとの心です。
この二つ以外なら、なんでもすぐに教えて差し上げますよ。何かご質問は?」
まずシャオが手を挙げた。
「あの、どうして私はあなたに会った事がないんでしょう?」
ルーアンと太助はこけそうになったが、楊明は笑顔でそれに答えた。
「私は最初慶幸日天さんに会いました。という事で、
宿敵とも言えるべき立場のあなたと顔をあわせるわけにはいかなかったのです。
今回は同じ主様に呼ばれた特別な場合という事で、
こうしてお会いできた、というわけですね。」
次にルーアンが手を挙げた。
「ねえねえ、あんたに宿敵はいないの?」
「もちろんいますよ。無愛想な精霊で、私がちょちょいっと教えれば済むような事を、
試練だとか言って主様に苦労をかけて・・・。私にはあの人の考えが理解できませんね。」
その言葉に太助はぎくっとなった。
「な、なあ楊明。ひょっとしてその精霊って・・・。」
太助が言いかけた時、がちゃりとリビングのドアが開いた。
「ただいま、主殿。良い試練を見つけて・・・楊明殿!!」
キリュウが帰ってきたのだ。その姿を見て、楊明も声をあげる。
「き、紀柳さん!!まさか・・・日天月天地天同主!?」
太助は、シャオとルーアンがはじめてあった時の事を思い出し、
二人を必死で落ち着かせ、ソファーに座ってもらった。
しかし、重苦しい雰囲気である。なんとか和ませようと、太助が口を開いた。
「と、ところでさ、ヨウメイの能力とかは何かな?」
「能力ですか?それは・・・」
「人の主を勝手に奪う事だろう。まったく、盗人猛々しいとはこの事だな。」
ヨウメイの言葉をさえぎってキリュウがむすっとした声で言った。
それにばっと立ちあがるヨウメイ。
「キリュウさんが理不尽にその人を苦しめていたからでしょう!
それに私はその方のお母様に頼まれただけです!」
「だからといって簡単に答えを教えて良いはずがないだろう!!
おかげでその主はすっかりやる気を無くしてしまって・・・。
更にはヨウメイ殿の主になるとまで言い出した。まさしく泥棒だ!!」
そこでふうと息をついてヨウメイが座る。そしてお茶を一杯飲むとこう言った。
「無知な人よりは私の方が良いと判断したんでしょ。
悪い人にひっかからなかった立派な御主人様じゃないですか。」
「・・・万象大乱!」
キリュウの声と共に湯のみが巨大化し、ヨウメイを直撃した。
たまらず後ろにのけぞったヨウメイだが、負けじと言葉を返す。
「ほーら、話より先に力が来るんですから。そういう所が頭が悪いっていう証拠なんですよ!」
「なんだと・・・もう我慢ならん、万象大乱!!」
更に万象大乱を唱えるキリュウ。それと同時に、今度はヨウメイも統天書を開いた。
「来れ、雷鳴!!」
巨大化した物が、統天書より出た雷により、こなごなに砕ける。
「さすがだな・・・。手加減はせぬぞ!!」
「手加減ですって!?後で“あれは手加減していたからだ”なんて負け犬の遠吠えなんてしないでくださいよ!!」
そして二人のバトルが開始された。巨大化して次々にヨウメイに襲いかかる様々な家具。
それを攻撃する竜巻やら雷やら嵐・・・。当然そんな光景を太助が黙って見ているわけもなく、
「やめろー、物を壊すなー!!」
と必死に叫ぶ。ちなみに、シャオとルーアンは物陰で震えていた。
「ほら、主様に迷惑をかけて!やっぱりキリュウさんは嫌な人です!!」
「ヨウメイ殿が喧嘩をしかけてきたからだろう!!早く主殿に謝るのだ!!」
しばらくの間激戦が続く。なんとか太助はそれを止める事が出来た。

羽林軍が修理作業をし、太助の怒鳴り声が響く。
「いい加減にしろよ!!いきなり喧嘩する奴があるか、しかも家の中で!!」
「すまぬ主殿、少しやりすぎてしまった・・・。」
「申し訳ございません、今度から気をつけます。
・・・あ、羽林軍さん、そこは釘をもう一本打った方が良いですよ。」
横目で羽林軍の作業する姿をちらっと見たヨウメイは、とたたっとかけだして行った。
「へえ、羽林軍のやってる事まで分かるんだ。すごいなあ。」
「たんにお節介なだけだ。まったく・・・。」
今だ不機嫌なキリュウ。落ちついたルーアンが、ソファーに座って言葉を返した。
「その分物知りなのよねー。そうだわ、今度ヨウメイに授業をやってもらおうっと。」
シャオは、手早く昼食の仕度をしている。
そして穏やかな時間が流れる。そのまま昼食の時間となった。

シャオの料理がいつものようにリビングのテーブルに並べられる。
「まったく、本当ならキッチンで食べるはずだったのに・・・。」
「悪かったですね。えーえー、どうせ私が出てきたせいですよーだ。」
「やめろって二人とも。せめて、食事くらいは喧嘩しないでしろよ。」
「そうよー、おいしけりゃいいの。がつがつ。」
「ルーアンさん、まだ全部並べきっていないのに・・・。」
残りの料理を運んでくるシャオ。そこでようやく全ての料理が並べられた。
「いただきまーす!」
そして始まる食事。開始と同時に、ヨウメイが太助に言った。
「主様、ちゃんと手を合わせないと、作った方たちに失礼ですよ。」
「い、いや、ちゃんと手を合わせて・・・」
「ダメです。気持ちがこもっていません。毎日きちんと感謝しないと!」
しぶしぶ手を合わせなおす太助。そして、
「いただきまーす。」
「はい、お疲れ様でした。それではいただきましょう。」
それを見てぽかんとしているシャオ。
ルーアンは我関せずといった感じで食べているが。
「主殿、ヨウメイ殿は食べ物にだけは厳しいのだ。
それでルーアン殿と気が合ったのだろうな・・・。」
「何言ってんですか。食べるときに感謝の意をこめるのは大事ですよ。
ルーアンさんを見てください。しっかり感謝して食べてるでしょ。」
ルーアンの場合、感謝とは少し違うようなのだが、
ヨウメイにとっては、そう目に写ったのだろう。
「なあヨウメイ、ルーアンの場合は少し違うんじゃ・・・。」
「失礼ね、たー様。私はちゃんと食べ物に感謝してるのよ。」
「確かにそうですわね。ルーアンさんはいつも、
私の料理をおいしいって言って食べてくださるし、
なんと言っても食事をいつも心待ちにされていますものね。」
「そういう事!とにかくおいしい料理に感謝しないとね。がつがつ。」
いまいち納得できない太助だったが、気にせずに食べる事にした。
しばらく喋る事もせず食べていたのだが、
「まあ大変!!」
突然ヨウメイが立ち上がった。
「な、なんだ。どうしたんだ?」
「シャオリンさん、この料理、お砂糖だけで味付けしましたね。」
「え、ええ。いつもそうしてましたから。」
「この料理は、隠し味として唐辛子を入れると更にいいんです!
今度から気をつけてくださいね。」
「は、はい・・・。」
唖然としてヨウメイを見る太助。その太助に、キリュウがボソッと言った。
「主殿、ヨウメイ殿が来られた事自体が試練だ。頑張って耐えられよ。
私の試練とは比べ物にならぬくらい厳しいぞ。」
「げっ、そうなの?ただの物知りじゃないの?」
「物知りは物知りだ。ただ性格に問題ありでな・・・。」
「そこっ!!食事中に余計な話はしない!!
せっかくの温かい料理が冷めちゃうでしょ!!」
ヨウメイに怒鳴られ、慌てて食事に戻る太助とキリュウ。
そして無言のまま、食事が終了した。

いつもと変わらないような変わったような食事が終わり、
太助達はお茶を飲みながらくつろいでいた。
「うーん、おいしいです。シャオリンさんてお茶をいれるのが上手なんですね。」
「ありがとうございます、ヨウメイさん。」
お茶なら食事前にも飲んだのだが、太助の提案で飲もうという事になったのだ。
しばらくして、お茶を飲み干したのか、ヨウメイが立ち上がった。
「さて主様、さっそくいろんな知識をお教えいたします。
分からない事など、なんでも訊いてください。」
それを聞いて考え込む太助。先ほどの食事の事もあり、
うかつな事を言うとひどい目に遭うのではないかと慎重になっているのだ。
するとヨウメイは再びソファーに座り、ぱらぱらと統天書をめくり出した。
「なにを質問して良いかわからないのですか?
だったら何を質問するべきかお教えいたしましょう。
えーと、主様のお姉様に、なんて説明するべきか?という事ですね。」
それを聞いてびっくりして顔をあげる太助。
「な、なんで姉貴がいるって分かったの?」
「この統天書になんでも書いてあるって言ったじゃないですか。
ちなみに主様は四人家族ですね。中国を旅行なさっているお父様の、太郎助さん。
世界各地でボランティア活動をされているお母様の、さゆりさん。
そして、ついこの間旅行から帰ってきたお姉様、那奈さん
・・・まあっ!キリュウさんが増えているおかげで那奈さんに、
『やりたい放題』なんて言われてしまって。やっぱりキリュウさんて・・・。」
「な、なんだと!そんな事をいちいち調べなくても良いではないか!
そんな事より、那奈殿になんて説明すれば良いのかを言うべきではないのか!」
ヨウメイの言葉をさえぎって、キリュウが怒鳴る。
ルーアンは、まあまあとキリュウをなだめて言った。
「別に説明なんてしなくて良いわよ、ヨウメイ。
お姉様ってすごくアバウトな性格なの。ヨウメイの事も、気にせずに納得してくれるわ。」
その言葉に、太助もヨウメイも、なるほどという顔をした。
「そう言えばそう書いてありますね。じゃあ説明の必要はなし、ですね。」
「そうか、姉貴は別に気にしないだろうな。
よし、それじゃあ別に質問が出来たから訊くよ。
といっても、学校の宿題でちょっとわからないところがあってさ・・・。
なんてのはいいのかな?」
太助のその言葉に、ヨウメイはぱあっと目を輝かせていった。
「なにをおっしゃるんですか。そういう質問を待ってたんです。
さあ、さっそく全部教えて差し上げますよ。
早速主様の部屋へ参りましょう!」
そう言ってヨウメイは立ち上がると、
太助を引っ張って二階へ上がっていった。
二人を見送った後、三人の精霊は、ヨウメイについて少し話し合う。
「いい方ですね、いろいろ教えてくださるなんて。」
とシャオ。それに賛同したかのように、
「でしょ。だから仲良くしといて損はないのよ。
シャオリンもいろいろ教えてもらいなさいって。」
とルーアンが言う。しかしキリュウは、
「じょうだんではない。
すべての物事はそんなに簡単に教えて良いものではないのだ。
ヨウメイ殿がいつまでもそばにいるからといって、
それに甘えていたのでは、決して立派な人間には成長できぬ!」
とかなり否定的である。そのキリュウの言葉に、しばらくの間沈黙が続いた。

どのくらいの時が経ったろうか。玄関のドアが開き、
「ただいまー!!」
「おじゃましまーす!!」
という声が七梨家に響き渡った。那奈と翔子である。
その声に引き寄せられたかのように、三人の精霊達、そして太助とヨウメイが玄関に集まった。
「おかえり、那奈姉。山野辺もいらっしゃい。」
「あれ、やけにごきげんだなあ七梨。・・・その女の子誰?」
翔子の言葉に、ぺこりとお辞儀するヨウメイ。
「初めまして、主様のお姉様の那奈さんに、クラスメートの山野辺翔子さんですね。
私は知教空天のヨウメイと申します。よろしく。」
再びお辞儀するヨウメイにつられて、二人ともお辞儀する。
そのあとで那奈は・・・。
「太助、ついに四人も連れこんだか。お前って奴は・・・。」
「ちょ、ちょっと那奈姉。変な言い方するなよ。文句なら親父に・・・。」
慌てる太助を無視し、那奈はヨウメイに向かって言った。
「それで、あんたは何をする事が役目なんだ?」
「はい、主様にいろんな知識を教えるのが役目です。
もちろん那奈さんや山野辺さんにもいろんな知識を教えて差し上げますよ。」
その言葉に顔を見合わせる那奈と翔子。
例のごとく、リビングにみんなで集まって話し合う事になった。
ヨウメイの印象は那奈にも翔子にも良く、喜んで、こちらこそよろしく、という事になった。
ただ一人キリュウは、
「なんという事だ。ヨウメイ殿に我が物顔でいられたのでは私は・・・。」
と、心の中で悩んでいた。そんなキリュウにルーアンは、
「これを機会に仲直りしたら?喧嘩しててもあんたに分が悪いのは明らかでしょ?」
と、そっと告げた。しかしキリュウは首を横に振って、
「そのうちみんなわかるはずだ。ヨウメイ殿の存在がいかに恐ろしいものか・・・。」
と、深刻そうにつぶやいた。
ちなみに、太助の宿題はほんの数分で終わってしまった事を最後に付け加えておく。

寡黙な夕食が終わり、みんなはリビングでくつろいでいた。
なぜか翔子も居る。今日はここに泊まるつもりのようだ。
それを聞いた太助は、嫌そうな顔で言う。
「山野辺ぇ、おまえどこに寝るつもりなんだよ。」
「そうだな、シャオの部屋でいいかな。」
「ええ、いいですよ翔子さん。」
あっさりとおさまった。しかし問題がもう一つ残っている。
それはヨウメイの寝る場所。
「ヨウメイはどこで寝るんだ?」
「そうですね・・・。那奈さんはルーアンさんの部屋で寝るんですよね。」
「へ?ああ、それでいいかな。」
まあ、もともとあの部屋は那奈の部屋なのだから当たり前なのだが。
「となると主様の部屋・・・はダメですから。
・・・ひょっとしてキリュウさんの部屋ですかぁ!?」
大声を上げたかと思うと、ヨウメイはいきなり立ち上がった。
それを見て、キリュウは冷静に応える。
「嫌ならリビングで寝ることだ。
私が先客なのだからそれが当たり前というものだ。」
「まあ、なんて冷たいのかしら。
こんな寒い日にリビングで寝ろですって?」
「・・・試練だ、耐えられよ。」
その言葉に、ヨウメイは腰を下ろした。
他のみんなはキリュウの言葉に苦笑いを浮かべていたが、
ヨウメイだけは違った。無言のまま統天書ぱらぱらとをめくり・・・、
「キリュウさん、一緒の部屋で寝るのはいいです。
でもでも、私はこの家の初心者なんですから、
ベッドで寝たいんですけど・・・。」
とにこやかに告げた。
それを聞いてあきれた顔になるキリュウ。
「初心者とはなんだ。そんなものは関係無い。」
「でもでも、上から巨大包丁なんて落ちてきたら・・・」
「うわー、待ったヨウメイ殿!!」
今度はキリュウが大声を上げて立ち上がった。
それに一斉に注目する太助達。
「わかった。ヨウメイ殿はベッドで寝るがよろしかろう。」
「まあ、ありがとうございます。
なあんだ、キリュウさんてやさしいんですね。
ついでに、キリュウさんがリビングで寝るってのはどうですか?
キリュウさんの言う通り、良い試練になる事うけあいですよ。」
「いや、私は寒いのは・・・」
「でもでも、私は・・・まあいいか。
一緒の部屋で仲良く寝ましょうね、キリュウさん。」
「う、うむ・・・。」
純粋っぽい笑顔で語りかけるヨウメイに、
難しい顔をして座り込むキリュウ。
さっき驚いた面々がキリュウに質問し始めた。
「なあキリュウ、なんでさっきいきなり立ち上がったんだ?」
と、翔子。しかしその顔は、半分にやけている。
おそらく、キリュウの弱みか何かかと思ったのだろう。
その顔を見て、キリュウは黙り込んでしまった。
「巨大包丁ってことは、キリュウが大きくしたのよね。
なんでそんなもん大きくする必要があるのよ。」
ルーアンの質問にもやはり黙っているキリュウ。
「キリュウさんてひょっとして、
包丁さんに起こしてもらっているんですか?」
とシャオ。さすがにこれにはみんなこけてしまった。
そんなわけ無いだろ、と太助がシャオに言う。
そこで、ヨウメイが言った。
「当たりですよ、シャオリンさん。キリュウさんは昔から、
“巨大包丁に起こされないと起きない病”におかされていて、
それで今もこんな苦労をなさっているんです。
でもね、私はそんな包丁に起こされると死んでしまいます。
だからキリュウさんと一緒の部屋は嫌なんです。」
「な、何を馬鹿な!そんなでたらめを言うな、ヨウメイ殿!」
再びキリュウが立ち上がった。しかしそれにも動じず、
更に統天書をぱらぱらとめくり出すヨウメイ。
そこで那奈はおかしなことに気が付いた。
「なあヨウメイ、さっきは仲良く寝ようとか言っておきながら、
やっぱりキリュウと寝るのは嫌なのか?」
と訊いた。それに、ヨウメイは手を止めて答える。
「そんな事無いですよ。一緒の部屋で寝るのは、
やはり仕方の無い事ですし。私が嫌なのは・・・」
「ヨウメイ殿!!」
キリュウの叫び声に、ヨウメイは“ふふっ”と軽く笑い、
統天書を閉じた。
「いえ、なんでもないです。ああそうそう、
さっきの巨大包丁っていうのは、
キリュウさんが作る目覚ましの中にそれが入っているという事です。
ただそれだけですから皆さん、あまり気になさらないでください。」
「め、目覚まし?」
太助は思わず訊き返したが、以前、
夜中の騒音で目が覚めた事を思い出し、納得した。
そして雰囲気に耐えられなくなったキリュウが言った。
「私はもう寝る。お休み。」
「あ、キリュウさん、待ってください。私も寝ます。
みなさん、そういうわけですからまた明日。おやすみなさい。」
そしてキリュウとヨウメイは二階へ上がっていった。
それを見送ったしばらくの後、翔子が身を乗り出して言う。
「キリュウには何か知られたくない秘密があるってことだな。
それをヨウメイは知っていて・・・。」
「そうみたいね。キリュウが嫌がってた訳が分かったわ。
自分の弱点を握られてたらねえ・・・。」
「キリュウさん、大丈夫でしょうか・・・。」
「太助、おまえはどう思う?ヨウメイについて。」
「食事のときにキリュウが言ってたんだ。
ヨウメイが出てきた事が試練だってさ。
今思うと、こういう事だったのかなあ・・・って。」
そして黙り込む五人。とりあえず、
また明日考えようという事になって、
今日はもう寝る事になった。
もちろんヨウメイが言ったとおりの部屋割りで。
明日は学校。一体どうなる事やら。

夜のキリュウの部屋。
ヨウメイはベッドで、キリュウは床で寝る事になった。
「ヨウメイ殿、目覚ましをしかけたいのだが・・・。」
「試練です。そのまま寝てください・・・なんて、ああ嫌だ!
キリュウさんの真似なんてやめやめ。とっとと寝てくださいよ。
明日は学校なんで早く起きなきゃいけないでしょ。というわけでおやすみなさい。」
そしてヨウメイは、キリュウがいる方とは反対の方を向いて寝に入った。
しばらくの時が流れ、キリュウが小声で呼ぶ。
「ヨウメイ殿・・・。」
ヨウメイの返事はない。深い眠りに入ったようだ。
「よし、これなら・・・。」
そしてキリュウはむくっと起きあがり、テーブルに向かって、
起きる計画を立て始めた。
「うーむ、今回は・・・。」
しかし数分後、いきなり統天書がめくれ始めたかと思うと、あるページで止まった。
「!!!」
キリュウはその様子にずざざっと後ずさりし、部屋を飛び出す・・・。
っという前に、キリュウに雷が落ちた。
そしてちょうど床にしかれた布団に倒れこむキリュウ。
その後、統天書はパタンと閉じたかと思うと、ヨウメイがむくっと起きあがった。
「やれやれ、計画阻止をかけといてよかった。
あんな騒音の中じゃ絶対眠れやしないもの。じゃ、おやすみなさいね。」
そしてキリュウの部屋は静かになった。
聞こえるのは二人の寝息だけ・・・。

≪第一話≫終わり


≪第二話≫
『楊明の授業』

七梨家の朝が始まった。
シャオが朝食の仕度をし、太助がみんなを起こしてまわる。
那奈はすでに起きていて、太助と廊下で出会った。
「あ、おはよう那奈ねぇ。ルーアンは・・?」
「もう少ししたら来るよ。寝起きは良いから。」
そして那奈は一階へ降りていった。
「そういや、ヨウメイは寝起きは良いのかなあ。
キリュウみたいだとちょっと困るかも・・・。」
そしてキリュウの部屋をノックする太助。すると、ガチャッとドアが開いた。
中から顔を出したのは、少し寝ぼけ気味のヨウメイ。
そして、なぜか真っ黒にになっているキリュウだった。
「お、おはようキリュウ、ヨウメイ・・・。その格好、何があったんだ?」
「おはようございます主様。ふあ〜あ、ねむ・・・。
なんでもないですよ。お気になさらずに・・・。ぐー・・・。」
そしてヨウメイは立ったまま寝にはいってしまった。
「ヨウメイ殿、そんな所で寝るな。主殿、おはよう。
まったく・・・。今日は危うく死ぬところだった・・・。」
そしてキリュウは眠ったままのヨウメイを引っ張って一階へ降りていった。
それを見送りながら首を傾げる太助。
「・・・一体なんなんだ?二人ともどんな起き方をしたんだ?」

真相はこうである。
夜中の落雷によってキリュウはすぐに寝に入った。
ところがヨウメイは枕が変わると眠れないという体質から、
ずっと寝つけずにいた。普段から頭を使いすぎているというせいもあるが。
結局ヨウメイの睡眠時間は四時間にもみたず。それで眠そうだったのである。
キリュウが死ぬところだったというのは落雷のせいではない。
実は、夜中眠れなかったヨウメイは、
「もう・・・、キリュウさんの部屋だから眠れないんだ!」
という自分流の解釈をつけ、独自の目覚ましをしかけたのである。
もちろんしかけたのは自分にではなくキリュウに。
ちなみにその目覚ましとは、
時間になると落石が起こるというとんでもないものである。
いつもの反射神経で目覚めたキリュウは、
危うく被害を免れた、というわけである。

そして、いつも通りの朝食だ。
しかしいつもと違って今日はにぎやか。全部で七人もいるのだから。
「いっただきまーす!」
きちんと感謝の意をこめた挨拶がかわされ、食事が始まる。
相変わらずがつがつと食べるルーアン。
無言のままゆっくりと食べつづける、
太助、シャオ、キリュウ、那奈、翔子。
ヨウメイは・・・寝ている。
「ヨウメイ、ちゃんと起きて食事しろって。」
「・・・んん?ふわあい・・・。むにゃむにゃ・・・。」
太助の呼びかけに一度は反応したものの、再び眠ってしまった。
「ヨウメイさん、ご飯が冷めてしまいますよ。」
「んん・・・。じゃあ後であっためます・・・。ぐう・・・。」
シャオの言葉にも意味不明な言葉で返し、またもや眠りにつく。
「ほっとけよ、本人が寝てるんだったら、かまう必要ないって。」
「そうそう、翔子の言うとおり。どうせ時間が迫れば起きるだろ。」
翔子と那奈はそっけなく言って、ご飯を食べつづけた。
「でもなあ、せっかくシャオが作ってくれたんだし・・・。
おい、ヨウメイ。きちんと目を覚ましてご飯食べろって。
昨日のこだわりはどこへ行ったんだよ。」
「明日は明日の風が吹く・・・です。むにゃむにゃ・・・。」
ダメだこりゃ、と太助が思ったその時、キリュウが一言発した。
「ヨウメイ殿は私より朝に弱いからな。」
その言葉にばちっと目を開け、キリュウの方をきっと睨むヨウメイ。
「なに言ってんですか!もとはといえば、
キリュウさんが大きないびきなんか掻いて寝たりするから、
私が寝不足になったりするんです!!」
もちろんキリュウはいびきなどかいていない。
これは完全にヨウメイの八つ当たりである。
「な、なんだと!?私はいびきなどかいておらぬ!!
ヨウメイ殿こそ私を殺すような目覚ましをしかけて!一体どういうつもりだ!!」
「うるさいです!!とにかく、昨日眠れなかったのはキリュウさんのせいなんです!!」
「なぜ私のせいになるのだ!!
だいたい人に雷を落として眠らせるなど、非常識にもほどがあるぞ!!」
「それは、目覚ましの騒音を聞きたくなかったからです!
なんで目覚ましをしかけるのに、
ズガガッとかいうわけわかんない音を聞かされなきゃならないんですか!?」
「ヨウメイ殿こそ、今朝の目覚ましをしかけるのにどんな騒音を発したのだ!」
「ふーんだ。私はキリュウさんとは違うから騒音なんて出ませんよーだ。」
二人の口論は三十分近く続き、他のみんなは、
キリュウの部屋で何があったかをすべて知ることが出来た。
当然太助の疑問もすべて解かれた訳であるが・・・。
やがて朝食も終わり、みんなで学校へ行く時間に。
翔子はもちろん制服を着ている。女御にきがえさせてもらったのである。
総勢七人が七梨家を出発する。太助は、新たな疲労感に襲われていた・・・。

・・・そして学校に到着。
教室に入ると、ヨウメイはあっという間に注目の的となった。
太助に付いてきたという事もあるが、なにより自己紹介で、
様々な知識を教えてくれると言うことが、皆の目をひいたらしい。
「太助、すごいじゃねーか。とうとう四人も。
しかもありとあらゆる知識を教えてくれるなんて・・・。ちくしょう、羨ましいぜ。」
「あのな、たかし。キリュウはヨウメイの登場事態が試練だって言ってたんだぜ?
あんまりうかれてもいられないよ・・・。」
深刻そうな顔をする太助。それでもたかしは、目を輝かせていた。
「はーい、みなさーん。授業始めますよー。」
ルーアンの声に皆が着席する。ヨウメイは教壇の横に立っていたが。
「それじゃあ今日は、このヨウメイに授業やってもらうから。
というわけでお願いね、ヨウメイ。」
「ええいいですよ。学校の先生なんて何百年ぶりかしら・・・。」
ルーアンが教壇を退き、ヨウメイがそこに立つ。
ごほんと一つせき払いをしたかと思うと、おもむろに統天書をひらいた。
「では授業を始めますね。皆さん、教科書の裏表紙を見てくださーい。」
「???」
ヨウメイの言葉に皆がざわめき始めた。
当然だろう。いきなり裏表紙を見てくださいなんて言うのは聞いた事がない。
「まったく・・・。早速あれを使うつもりか?ヨウメイ殿は・・・。」
「キリュウ、あれってなんだ?」
ため息混じりにつぶやくキリュウに、翔子が尋ねる。
それにキリュウはさらっと一言。
「十を聞いて一から知る、だ」
「はあ?なんじゃそりゃ。それを言うなら一を聞いて十を知る、じゃないのか?」
「まあ、みていれば解る。」
ルーアンはその真相を知っているらしく、横でにこにこしている。
他の皆はわからずといった状態だが・・・。
ざわめく皆をせいし、ヨウメイは再び、裏表紙を見るように言った。
疑問を感じつつも従う生徒達。
「はーい、そのまま見つめていてくださいよー。
おおいなる空の知よ・・・。天を統治する知となれ・・・。
万知創生!!」
その言葉に統天書がぱしっと光ったかと思うと、パタン、と閉じた。
「はーい、授業終わりまーす。お疲れ様でしたー。」
そして教壇を退くヨウメイ。翔子は疑問符いっぱいの顔でそれを見ていたのだが・・・。
「すげえ・・・。俺、この教科書の全部がわかったよ!!」
「私も!!へえ、これってこういう意味だったんだ・・・。」
あちこちから生徒達の感嘆の声が聞こえてきた。
その中にもちろん、太助達の声も混じっている。
「キリュウ、ひょっとして・・・。」
「ああそうだ。その本の内容すべてを頭の中に吸収させる術だ。
しかも一瞬で、なんの苦労もせずにな。」

そして早くも休み時間。
皆は早速さっきの授業(授業と呼べるかどうかはわからないが)
についてあちこちで喋り出した。
「すごいじゃないか太助。この調子じゃ、エリートになるのも夢じゃないぜ。」
「ああそうだよな。ヨウメイってすごい事ができるんだな。」
「いえいえ、これぐらいは出来ませんと。時間の短縮にもなりますしね。」
「ほんと助かるわあ。ヨウメイ、次もお願いね。」
太助の席に集まり、わいわい言う中で、乎一郎がぽつりと言った。
「僕は、ルーアン先生の授業が聞きたいな・・・。」
「気が向いたらね。ヨウメイがやってくれた方が断然楽で良いでしょ。」
「あの、ヨウメイさん。」
シャオが申し訳なさそうにヨウメイを呼ぶ。
「私にはさっぱりわからなかったんですけど・・・。」
「ああすいません、シャオリンさん。この術は精霊には利かないんです。」
「そうなのよねえ、そこが不便。
まあ、分からない事はなんでも訊けばすぐ教えてくれるから、
あんまり気にしなくて良いわよ。」
「そうですね、よろしくお願いします。」
「はい、任せてください!野村さんも遠藤さんも、
なんでも訊いてくださいよ。」
「おお。さんきゅう、ヨウメイちゃん。」
「うん、よろしく頼むね、ヨウメイちゃん。」
教室のすみっこでそれを見つめる翔子とキリュウ。
ちなみに翔子は、裏表紙をその時に見ていなかったので、何も解らずじまい。
しかし、へえと思いつつも残念がってはいなかった。
「たしかにすごいな。けど・・・キリュウが試練だとか言ってた理由が、
なんとなくわかった気がするよ・・・。」
「翔子殿は感づいたようだな。さすがだ。もしもの時は協力をよろしく頼むぞ。」
「ああ、任せとけって。・・・あれ?那奈ねぇはどこいったんだ?」

那奈はもともと授業には出ていなかった。
校内をふらふらとうろつき、購買部にいたのである。
「・・・なるほど。すべての知識、ですか。」
「ああそうだよ。一応あんたには話しといてやろうと思ってね。」
那奈が出雲にヨウメイのことを話したのは作戦があるからであり、
出雲もまた、ヨウメイの存在により、一つの作戦を立てようとしていた。
短い授業、長い休み時間が重ねられ、昼休みになろうとしていた・・・。