隠れ家は、地下室というよりは、地下屋敷といった感じでとても広く、
2人で住むにはもったいないくらいだった。
「ま、ジュースでも飲めよ。のどかわいただろ。」
たー様がそう言って投げてよこしたのは、缶ビールだった。
「ちょっと!これお酒じゃないの!」
「いいんだよ。俺にとっちゃそれがジュース代わりさ。」
そしてたー様は、手に持った缶ビールのふたをあけて飲もうとする。
「ダメ!だめったらダメ!」
あわててあたしはそれを取り上げた。お酒なんて冗談じゃないわ。
「なにすんだよ。いいだろ、1本ぐらい。」
「なに言ってんの。未成年が酒飲んでんじゃないわよ!」
「ちぇ、分かったよ。確かに俺は未成年さ。
若くしてボディガ―ドのプロになった天才、な―んてね。
それよりルーアン。あんた、守られてる身分のくせに、随分えらそーだな。
もうちょっと身の程ってもんをわきまえろよ。」
「それなりにね。」
えらそーで悪かったわね。たく、あっさり隠れ家見つけられたくせに・・・。
口だけは一人前なんだから。
今度はたー様は、本当のジュースを飲み出した。
冷蔵庫の中をよく見てみると、酒類は1本も入っていない。
「なによ。酒ってこの缶ビールだけなんじゃないの。」
「そうだよ。それにその缶に入っているのもコーラ。あんたをからかってみたのさ。」
あたしはあきれてものが言えなくなった。やれやれ、なんて子なのかしら。
「あんたねえ・・・。」
「俺はこれが酒だなんて一言も言ってないぜ。こんなのに引っかかるようじゃ、まだまだだな。」
たー様の言葉に、自然と笑いがこみ上げてくる。良い根性してるわ。
少しだけ、普通のたー様とは違うところがあるのね。
「ところで、隠れ家見つかっちゃったけどどうするの?すぐにでも追っ手が来るわよ。」
「なーに、心配ないさ。入り口を塞いで、別のところに出口を作る。
ただし、それでも長くはもたないだろうな。せいぜい3日だろう。
そうなったら、隠れ家を変えるしかないな。」
出口を作る?どういう事かしら。
「別に出口なんて作れるの?」
「ああ、この家はすごく広いんだ。100平方キロメートルはある。
だから、どっか遠くに新しい出入り口をつけりゃ良いのさ。」
100平方キロメートルですって!?
無茶苦茶だわ、どこの世界にそんな家が存在するのよ。この家だけね。
「問題は出口より入り口だな。せっかく塞いだって、痕跡からすぐにばれちまう。」
「大丈夫よ、しっかりしとけば。」
「だといいけどな・・・。」
休憩のあと、すぐに出口を塞ぐ作業に取り掛かった。
空き地一帯の仕掛けをすべて取り壊し、地下から掘り出した大量の土で、通路を埋め立ててゆく。
すべての作業が完了するころには、夜になっていた。
「やれやれ、お疲れ様。」
「文句一つ言わずに手伝ってくれるとは思っても見なかった。結構あんたってできた人だな。」
「それなりにわきまえるって言ったでしょ。それにたー様と一緒だもん。
そんな事より、あんたなんて呼ばないで、ルーアンって呼んでよ。」
「ああ、ごめんごめん、ルーアン。」
「わーい。」
そう、今までほとんど気にしてなかったけど、今のあたしはたー様と二人っきり。
邪魔なシャオリンも愛原花織もキリュウも不良じょーちゃんもいない。
あーん、ルーアンったらなんて幸せなのかしら。
「さーてと、それじゃ夕食にするか。スパゲッティでいいか?」
「あーん、もう。たー様が作る物ならなんでも良いに決まってるじゃない。」
「そ、そうか。じゃ今から作るから、座ってテレビでも見ててくれよ。」
「もう、たー様のいけずぅ。ルーアンも手伝うったらあん。」
「じゃ、じゃあ、スパゲッティをゆでてくれよ。」
「はーい、わかったわん。」
るんるんるん。たー様と二人っきりでお料理なんて。
きゃー、これはもう、どこから見ても夫婦よねえ。
「・・・なんかルーアンって、最初会った時と性格変わってないか?」
「気のせいよ。気・の・せ・い。」
戸惑いつつも、たー様が野菜を切ってサラダを作る。その手つきったら、さすがって気がしたわ。
そんなこんなで夕食が出来上がったわ。さ、食べましょ。
「「いただきまーす。」」
ああ、たー様と2人きりでお食事。なんて素敵なの・・・。
「はいたー様、あーん。」
「あのなあ、俺は自分で食べられるって。」
もう、照れちゃって。かーわいい。
「あたしがせっかくゆでたスパゲッティなのに、食べたくないの?えーん、たー様のいじわるぅ。」
「・・・わかったよ。たく、こんな事してなにがうれしいんだか・・・。」
「はい、あーん。」
「・・・ん、ありがと。」
きゃー、少し赤くなってる。やっぱりかわいいわあ。
「テレビつけるぞ。ニュースぐらいは聞いとかないとな。」
えー、せっかく静かに2人でお話しようと思ったのに―、なんて反論できないわね。
少しでも敵の情報をつかんでおかないと。
こんな時でもしっかり考えてるルーアンて偉いわあ。あとでたー様に誉めてもらお―っと。
リモコンのスイッチが押され、テレビの画面がつく。写ったのはなんと・・・。
「ちょっと、これってあの建物じゃないの?」
「ああ。今日行ったドーエン社だ。なにかあったのかもな。」
あのねえ、ドーエンなんてダサい名前やめなさいっての。
リポーターの声が聞こえてきた。
「すると、コイロー社長を狙ったのはダークムーンの者なんですね。」
「ノーコメントです。私達警察はそういう事を言えませんので。」
「そうでしたか。いや、そうなんですね。以前もそれで・・・」
「ストップ!とにかくノーコメントです。」
「分かりました。以上で、警察署長のお話を終わります。
次は、コイロー社長にお話を聞いてみましょう。リポーターのハヤ―カさん。」
「はい、こちらハヤーカです。コイロー社長、どうしてあなたが狙われたのですか?」
「心当たりはありますが、それは言えません。あまりうわさを広げたくないのです。」
「そうですか。それにしてもどうして、社長は傷一つ負わなかったんですか?」
「わが社のセキュリティシステムを甘く見たんでしょうね。まったく、なめられたもんです。」
「もう一つ質問です。社長を狙ったのはダークムーンの者と考えて良いんですか?」
「わが社はそのつもりでこれから対処していきますよ。今は警察をあてにできませんしね。」
「うーん、厳しい意見ありがとうございました。最後に一言どうぞ。」
「ダークムーンの奴らに一言。例え僕を殺せたとしても、なにも変わりませんよ。
僕の遺志を継ぐ人は、わが社にたくさんいるのですから。暗殺を試みた人、ご苦労様でした。」
「はい、ありがとうございました。以上、VIPルームから中継でお送りいたしました。」
そこでぷちっとテレビの画面が消される。たー様が消したのね。
「まさか社長まで狙われたなんて・・・。くそっ、これもあの天高とかいうやつのせいか。」
「でも、なんで助かったのかしら。多分遠藤君を狙った張本人てイズーモでしょ。
絶対あのおにーさんなら、暗殺を成し遂げたと思うんだけど。」
「よくわかんないけど、社長も言ってただろ、セキュリティシステムの事を。
とにかくあそこの会社のシステムはすごいんだ。外からじゃ、絶対に暗殺なんてできないのさ。」
「あれ?だったら隠れ家なんかに来なくたって、あそこにいたほうが良かったんじゃ。」
「でも侵入されたら一貫の終わり。奴らは恒に俺達の動きを探ってる。
天高とやらでな。だから、1ヶ所にとどまる事はできないのさ。
ちなみに、あの中にはたくさんの人も暮らしてるんだ。
やつらはルーアンを取り返すためなら、手段は選ばないはずだ。
罪もない人達を巻き込むわけにはいかないさ。」
「ちょっと待ってよ、侵入されたら一貫の終わりってどういう事?
会社の中には、セキュリティシステムは何にもないの?」
「いや、あるにはあるんだが、おそらくやつらにとっちゃ、たわいない装置さ。
どんなに強固そうでも、内部から崩されれば、もろいもんだ。」
「えーと、それって・・・。」
「コンピュータのハッキングだよ。見ただろ、ドーエン社のシステムは、
すべてコンピュータが管理している。侵入されでもしたら、それこそ一貫の終わりってわけ。」
なんか難しいわね。でも、それだったらなおさら厳重にすればいいじゃない。
「もう一つ言うと、キリュ―ネの力を見ただろ。
あれで会社を壊滅させられちゃ、ひとたまりもない。」
「あ、そうか!」
でもおかしいわね。それだったら、さっさとキリュウがあの会社をつぶせばいいのに。
それよりもっと気になる事があるわ。
「どうして社長が狙われたのかしら。」
「ダークムーンに表立って敵対行動しているのは、ドーエン社ただ一つだからさ。
以前は警察も動いてたんだが、スパイに行動が筒抜けだと、この前気付いたんだ。
だから、今は警察はまったくあてにならない。スパイもつかまってないしな。
だから連中は邪魔だと判断したんだろうな。
心配しなくても、SSWの事は、やつらにはばれてないはずさ。」
「なんでそうわかるの?」
「もしそうなら、キリュ―ネは俺達じゃなく、ドーエン社をつぶしに行ったはずだ。違うかい?」
「それもそうね。じゃあ、SSWの事がばれるとあの会社は・・・。」
「ああ、建物ごとつぶされる。間違いないな。もっとも、
俺達が隠れ家にわざわざ来たのは、他の目的があったからなんだけど。」
「目的?なんなのそれ。」
「今は言えないな。ルーアンを守るため、とだけ言っておくよ。」
「けち―、教えてよ。」
「ダメダメ。とにかく、絶対安全な場所がないってわかっただろ。それで納得してくれ。」
「はーい。」
そうか、ここもいつ見つかるかわかんないんだもんね。(もう見つかってるけど)
そして夕食を終え、寝る準備をする。
寝場所を見て驚いた。すっごい豪華なベッドじゃない!
しばらくそれに見とれていると、たー様がやってきた。お風呂に入っていたみたいね。
「悪いな、先に風呂入っちまって。ルーアンも入ってこいよ。」
「うん、そうするわ。でもこのベッドすごいわね―。どうしたの?これ。」
「はは、寝る前にでも話すよ。早く入ってこいって。」
設備からして、とても地下にいるなんて思えないぐらい、そこは充実していた。
上機嫌でお風呂に入り、今日の疲れをおとす。
最初は夢かと思っていたけど、夢じゃなくていいわ。夢でも、ずっと覚めないでね。
パジャマに着替え、ベッドのところへ行くと、たー様が座って缶ビールを飲んでいた。もう、またあ。
「それコーラなんでしょ?なんでそんな缶にはいってんのよ。」
「アルコール減衰委員会が作ったらしいよ。ビールと思って買ったら、実はコーラだった。
なんて、しゃれがきいてていいよな。値段もコーラより安いし。」
アルコール減衰委員会?まーたわけのわかんないもんが出てきたわねえ。
そんな事より、コーラより安いビールなんて、普通買う前に気付くもんじゃないのかしら・・・。
「ねえ、それよりなんでこんな豪華なもんがあるの?」
するとたー様が笑って答えた。
「別に豪華でもなんでもないよ。この家にある家具とかは、
全部捨てられてあったものを直した物なんだ。」
「えー!?それ本当!?」
「本当だよ。あ、言い忘れてたけど、この地下屋敷は、ドーエン社が作ったんだ。
未来を担う家だ!てね。俺はその被験者となって、ここを隠れ家にしてるってわけ。」
「はあ、すごいわねー。」
「もちろん、電気とかひいてきたり、家具を直したのもドーエン社の人達。
それぞれその人のしゃれが入ってたりするんだよ。もちろんこのベッドにもね。
あそこはリサイクルの会社としても、名が知れてるんだ。
だからあんなに大きくなったんだろうなあ。」
たー様の話に、ただただ唖然とするばかり。
遠藤君てそんなにすごい人だったんだ。少し見なおしちゃったわ。
でもやっぱり、あたしはたー様ひとすじよ。あ、でも一応聞いとこっと。
「ねえ、たー様は好きな人とかいるの?」
するとたー様は急に悲しそうな顔になった。聞いちゃいけなかったのかしら・・・。
「それは聞かないでくれ。さあ、今日はもう寝よう。」
「う、うん。おやすみなさい、たー様。」
そしてベッドに入り、あたしは目を閉じた。
静寂の闇の中、1羽の鳥が舞い降りた。そして、しばしの間羽を休めた後、
再び飛び立って、主のもとへと急ぐ。真っ暗な城を目指して。
その暗闇の中の玉座の上に、主はいた。
その鳥が主の近くに来ると同時に、薄明るい光があたりに広がる。
主は、血も凍るような冷たい瞳にうす紫色の髪をし、手にはわずかな光を放つ輪っかを持っていた。
その主が片手を上げると鳥はそこに止まり、主に報告をする。
「そう、ありがとうコーテン。コホンヌ、サチョウ、ご苦労様でした。」
コーテンと呼ばれる鳥から、小さな2人が主の膝に飛び降りる。
1人は虎と人間のハーフのような姿で、
もう1人は薬でも入っているかのような壷をぶら下げた、女の子だった。
「おっ、帰ってきたのか。それで、なんだって?」
別の方から青い髪をピンと立たせ、白衣を着た女性が出てきた。
主がにっこりとあいさつを交わすところを見ると、同等の立場にいるようである。
「隠れ家を見つけたんですって。撃ち落されたものの、なんとか逃げてきたんです。良かったわ。」
「撃ち落された?やれやれ、これは誰の責任なのかな。なあ、タカーシ。」
玉座の数メートル下の方に、茶髪の男がひざまずいていた。
上からの声にびくっとしながらも、おそるおそる答える。
「も、申し訳ありません。少々てこずりまして、その・・・。」
「言い訳は許しません。キリュ―ネさんと一緒にいながら逃がすとは。
天高に迷惑をかけたばつを受けなさい。シャキール!」
主が叫ぶと、その輪っかが光り、その中から小さな戦車が飛び出した。
そしてその戦車は、大砲をタカーシへ向ける。
「う、うわああ、お許しを―!」
『ドン!』
タカーシの悲痛な叫びとはうらはらに、強烈な一撃がタカーシを床下へとふっ飛ばした。
床にはもちろん大穴があいている。
「リング―ン、お願いしますよ。」
またもや輪っかが光り、小さな人が大勢出てきた。それぞれ、手に大工道具を持っている。
そして主は、タカーシの横にいた、赤い髪の女性に向き直った。
「さて、キリューネさん。あなたほどの者がどうして逃がしたんですか?」
厳しい口調に少しもおくさず、キリュ―ネは答える。
「少し油断してしまったのだ。シャオ殿、許されよ。」
「まあいいでしょう。それからイズーモさん。何故失敗したのですか?」
今度はキリューネの更に横に立っていた長い髪の青年に向かって言う。
イズ―モは、主の問いに落ち着いて答えた。
「武器が貧弱過ぎたんですよ。タカーシくんに任せたのがすべての失敗ですね。
でもまあ、ドーエン社の社長はほっといても良いかもしれませんね。」
「そんなわけないだろ!ちゃんと始末しろよ!」
イズ―モの答えを、青い髪の女性が厳しく批判する。
それに少しあわてながらも、やはり落ち着いて答える。
「分かりましたよ。でももう少し強力な武器じゃないと、彼は殺せませんね。」
「コイロー社長の件は、イズーモさんに任せます。頼みましたよ。」
「ははっ。」
そして主は不思議な生物達を輪っかに戻すと、青い髪の女性の方を向いた。
「ショーコさん、隠れ家を襲撃するには、どうすれば良いと思いますか?」
「今回の件で、キリュ―ネは少し休ませた方が良いな、能力を使っちまったから。
カオリーノを向かわせよう。あとタカーシを一緒につけたらいい。」
「タカーシさんを?でも・・・。」
「なあに、汚名挽回に次は頑張るさ。今度こそ活躍すると思うぜ。」
「そうですか。きいての通りです、カオリーノさん。あなたは明日、
タスケ―ドさんの隠れ家へ行って、ルアーヌさんを連れて帰ってきてください。」
すると、闇の中、主の影の中から、カオリーノなる人物が姿を現した。
「分かりました。必ず任務を果たしてまいります。」
「万が一の時は、タカーシをたてにしてでも生きて帰ってこい。
お前はシャオリーノ様の影武者なんだからな。」
「なんだ、マーヴェさん、随分甘いなと思ったら、そういう事だったんですね。
任せといてください。」
影武者と呼ばれているものの、とてもそっくりとはいえない顔であったが。
シャオリーノはみなを見回して言った。
「それでは頼みましたよ。皆さん、以上で今日の会議は終了します。
明日に備えて、よく眠っておきなさい。」
《はいっ!》
再び辺りが闇に包まれた。そして、この城のいつも通りの静寂を取り戻す・・・。