翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「TWIN SIGNAL」編)


「なんとなく・・・。」

のどかな風景が広がる町。こんな町もあるのだな、と改めて感動できた。翔子殿は、
「すっげー田舎だなあ。」
とぼやいていたが。
田舎でも良いではないか。私はのんびりするのが好きだ。
無論、ただ歩いているわけではない。札に書かれてあった、“シグナル”という人物を探している。
翔子殿いわく、
「ツインというからには、2人いるはずだ。探しやすくてラッキーだよ。」
ということらしい。
まあ探しやすいならそれはそれでいい事だ。しかし、どうもふに落ちない点があった。
それで、休憩時間になったときに翔子殿に訊いてみた。
「なあ、翔子殿。どうしてシグナルという名前の人だと分かったのだ?」
翔子殿は、ついさっき買ったばかりのジュースを一口飲むとこう答えた。
「なんとなく。もし違ってたら、1からやりなおしかな。」
なんとなくだと?そんな動機で探して良いのか?
「翔子殿、あまりにもいいかげん過ぎるぞ。もう少し計画というものを立ててだな。」
しかし翔子殿は、顔色一つ変えずに言った。
「いいのいいの。何もなかったら帰ればいいんだし。
てきとーにのんびりするのもいいんじゃないの。」
のんびりか。確かに私もそう思っていたが、しかし・・・。
再び翔子殿に何か言おうとした私の目に、見なれぬ生物の姿が目に飛び込んできた。
青紫色の髪の毛は異様に長く、体はそれの半分ぐらいの大きさ。
手足も短く、それでも人間のよう・・・いや、人間か。しかし小さいな。
この世界では、子供はああいう姿なのか・・・。
しばらく見ていると、その子供がくるりと向きを変えて、こちらに近づいてきた。
興味深げに私達を見つめている。思わず私は顔を赤くしてうつむいてしまった。
「なんだお前。あたし達になんか用か?」
翔子殿がその子供に向かって言う。ちらっとその子供を見ると、
手にチョコレートを持ってにこにこしている。そして言葉を発した。
「そっちのあかい髪のおね―ちゃんが、チョコを欲しそーに見ていたから、
少しわけてあげようと思って。」
「ええ?たくう。キリュウ、こんな小さな子の物を欲しがろうとするなよ。」
「い、いや、私は別に・・・。」
なんということだ。私はそんな目をしていたという事なのか?
さらに赤くなってうつむいていると、その子供が、
私の膝の上にチョコレートのかけらを差し出してくれた。
「はい、どうぞ。おいしいですよ。」
「い、いや、その・・・。」
なんとか断らねば。私は別に欲しくて見ていたわけでは・・・
「ちび―!そんなところで遊んでないで、早く帰るわよ―!
まったく、なんであたしがちびと買い物になんか・・・。」
突然女性の声がした。すると、ちびと呼ばれたその子供はかけらを置いたまま駆け出していった。
「じゃーねー。ばいばーい。」
「ああ、ありがとな。」
翔子殿が私の代わりにお礼を言ってくれた。うう、しかし私は・・・。
「キリュウ、ダメじゃんか。せっかくくれたのにお礼も言わずに。」
「・・・・・・。」
この時の私は、恥ずかしさで頭がいっぱいだった。どうしてだ?ただ見ていただけなのに・・・。
そんなに私の目は卑しいのか?うう・・・。
「やれやれ。まあもらったもんは仕方ないんだから、ありがたく食べろよ。」
「う、うむ・・・。」
膝の上に置かれたチョコレートを見つめる。しかしどうも食べる気にならない。
しばらく迷っていると、翔子殿がひょいっとそれを奪った。
驚いて翔子殿の方を向く。その瞬間、口の中にチョコレートが押し込まれた。
「む、むぐ。・・・しょ、翔子殿!」
「じっと見てたりするからだよ。あたしがちゃんと食べさせてあげたんだから、安心しな。」
「あ、安心・・・。」
なにを安心しろというのだ。まったく翔子殿は・・・。
反論しようとすると、翔子殿が立ちあがった。
「十分休憩しただろ。さあ、シグナルとやらを探しに行こうぜ。」
「う、うむ。」
完全に遊ばれている。私は絶対そう思った。もっとしっかりせねばなるまいな。
それでも、やはり赤い顔のままの人探しとなった。あの屈辱は、簡単に消えそうになかったから・・・。
「よし、そろそろ本格的にいこうか!」
いきなり翔子殿は、誰かの家の前に私をつれていき、呼び鈴を鳴らした。
「ここにシグナル殿がいるのか?」
しかし翔子殿はそれに答えず、黙ったままだった。やがて、
「はーい。」
という声と共にドアが開く。
その瞬間、翔子殿がいきなり私を玄関の前に押し出したかと思うと、どこかへと姿を消してしまった。
唖然としている私に、家の人が話しかけてくる。
「何かご用?」
「い、いや、その、あの・・・。」
しどろもどろに答えるが、ほとんど言葉にならなかった。そんな私を見た家の人は、
「もう、用がないなら呼び鈴なんか鳴らさないでよ!」
そう言ってバタンとドアを閉めた。呆然として立っていると、翔子殿が姿を現した。
「ダメじゃんか。ちゃんと“シグナルという人を知りませんか?”って訊かなきゃ。」
「・・・翔子殿、私に恨みでもあるのか?」
暗い表情で私は言った。当然の事だ。
私にとってはひどすぎる仕打ちではないか。
私は初対面の人といきなり話せるような性格ではないのだぞ?
なんのつもりで翔子殿がこんな事をしたのかは知らぬが、これはあんまりではないか!
だんだんと怒り顔になった私を見て、翔子殿は言った。
「やっと怒ったな。へえ、キリュウって普通に怒るとそんな顔するんだなあ。勉強になったよ。」
返す言葉がなかった。わざわざ私の怒った顔を見るためにそんな事をしたのか?
「キリュウ、キレた顔と怒った顔は違うんだよ。微妙にな。さあ、人探しの続きをしようか。」
そして私の手を引っ張ってゆく。一つ訊いてみた。
「どうして私の怒った顔が見たいと思ったのだ?」
「なんとなくだよ。深く考えるな。」
またなんとなくか。そのなんとなくに私はふりまわされているのか。
しかし怒るのも馬鹿らしくなってきた。あきらめ顔で歩いていると、
「その顔もいいな。いや、得した気分だよ。」
と言ってきた。もはや何も考える気にならなかった。
私は翔子殿の遊び道具ではないのだぞ・・・。
さらに頭の中が訳が分からない状態まま、私は歩く。すると、またもや翔子殿が言った。
「キリュウ、見つかったぞ、シグナルが。」
「そうか、それは結構な事だな。」
翔子殿の言葉も聞き流し、すたすたと歩く。
シグナルが見つかっただと?まったく、人の気も知らないで・・・
「なにっ!?見つかった!?」
「そう。ほら、あれだよ。」
翔子殿の指差した方を慌てて見る。信号機だ。
「翔子殿。あれは信号ではないか。」
「あれ、知らないの?信号を英語でシグナルって言うんだぜ。勉強になって良かったな。」
私は馬鹿にされているのか?もう我慢ならん。
「翔子殿!さっきから黙って聞いていれば・・・。一体なんのつもりだ!」
すごい剣幕で怒鳴りつける。しかし翔子殿はニヤニヤしたままだ。
「なにがそんなにおかしいというのだ!なんとか言ったらどうなのだ!」
すると、今度は私のほうを指差していった。
「背中を見てみろよ。面白いもんがいるぜ。」
「背中?」
言われたとおりに背中を見てみる。すると、
「そ、そなたは!」
なんと、私にチョコレートのかけらを渡して去っていったはずの子供が引っ付いているのだ。
そこではじめて背中の重さに気がついた。ぴょんとその子供が飛び降りる。
「どうもはじめまして。僕がシグナル君でーす。」
「な、なに!?」
再びびっくりさせられた。この子供がシグナル殿?そんな・・・。
唖然としている私に向かって、翔子殿が言った。
「ははは、実はチョコをあげた後、しばらくして飛びついたんだとさ。
あたしが気づいたのは、呼び鈴を鳴らした後のことなんだけど。
キリュウがボーっとしているときにこっそり訊いたんだ。
それにしても面白かったぜ。後ろでキリュウとおんなじ顔をしようとしてたんだから。」
「し、しかしなぜ私の背中に?」
私が訊いてみると、シグナル殿はにっこりして言った。
「やっぱりチョコを返してもらおうと思っていたら、ぱくっと食べられちゃいました。
だから何か代わりに返してもらおうと思って、ぱっとしがみついたんです。」
しがみついただと?ほかにやり方があっただろうに・・・。
「なんで声で呼ばなかったのか、って顔してるな。
何度呼んでも気づいてくれなかったんだってさ。
しょうがないよな、キリュウは恥ずかしさで頭がいっぱいだったろうし、
あたしはどうやってキリュウをからかおうかなーって考えてたし。」
「私をからかう?」
どうして翔子殿はそういう事しか考えぬのだ。からかわれる身にもなってくれ。
しかし、しがみつかれてずっと気づかなかった私も情けないな・・・。
少し自己嫌悪に陥っていると、
「えーと、僕を探してたんですよね。どうしてですか?」
と、シグナル殿がきょとんとして言った。
「そうだな。なんて言えばいいのかな・・・。」
翔子殿が答えを考えていると、
「あー、あんなところに!こら、ちび!勝手にいなくなんないでよ!」
先ほどシグナル殿と一緒にいた女性がこちらにやってきた。
という事は、黙って私の背中にしがみついてきたのか?なんて子供だ・・・。
「ごめんね。迷惑にならなかった?」
その女性は謝ってきた。迷惑もなにも、私はとんだ目にあって・・・
「いやいや全然。あ、でもせっかくこうして知り合ったんだから、家に行ってみたいなー、なんて。」
翔子殿が個人的意見を発した。もういいではないか。私は帰りたい・・・。
「あらそうなの?別に来ても良いけど、あんまりやること無いかもよ。」
「やることなけりゃ、すぐに退散するよ。じゃあ案内して。」
「わーい、一緒に遊ぶです。」
女性が承諾し、翔子殿が案内を頼み、シグナル殿が喜ぶ。
こうなったら私も行かねばなるまいな・・・。
「あたしは山野辺翔子。こっちはキリュウ。おねーさんは?」
「あたしはクリス・サインよ。よろしく。」
「じゃあレッツゴーです。」
勝手に自己紹介が終わり、その家へ向かうことになった。
強引な展開だ。だいたい名前だけでこんなに事を進めてよいものか?
いや、それよりも翔子殿に訊かねば。
「翔子殿、どうしてあんな事をしたのだ?」
「あんな事?ああ、いろいろからかったことか。
つい調子に乗っちゃったかな。怒ってる?」
まったく・・・。
「怒っているからこうして訊いているのだ。」
「そっか、やりすぎたか。ごめんな。でもな、正直ほっとしてるよ。
これで“試練だ、耐えねば”なんて言った日にゃ、
それこそもっとひどいことをしてただろうから。うん、よかったよかった。」
「翔子殿・・・。」
という事は、私は翔子殿に試されていたという事なのか?うーむ・・・。
難しい顔をしていると、こつんと頭をたたかれた。
「深く考えるなって。とにかく今は、どんなイベントが待っているか楽しみにすること。分かったか?」
「分かった、そうする。」
私は翔子殿みたく、そんなに切り替えが早くないのだが・・・。
ふふ、やはり私は翔子殿には勝てぬのかな。
いい目標が出来た。感謝するぞ、翔子殿。
少し機嫌がよくなった私を見て、シグナル殿が言った。
「キリュウさんは、どうしてそんなに鈍感なんですか?」
「鈍感・・・。」
なにもそんな言い方をしなくてもよいのではないのか?
確かに、ずっと気がつかなかったのは、鈍感と言うべきかも知れぬが・・・。
「シグナル、キリュウは鈍感じゃなくて、間が抜けてるんだよ。」
翔子殿が訂正をした。しかし、あまり良い言葉ではない。
間が抜けてて悪かったな。どうせ私は・・・
「キリュウ、試練だ、耐えられよ。」
「・・・それは矛盾してないか?」
「それも試練だ、耐えられよ。」
「分かった、耐える・・・。」
完全に私の負けだな。やれやれ・・・。せめて試練をたくさん見つけて帰りたいものだ。
そして家に到着した。
「ここよ。表札に“音井”って出てるでしょ。あたしはここの研究所の助手をしているの。」
「何の研究所?」
翔子殿の問いに、少しぽかんとしてクリス殿が言った。
「こんな田舎に住んでてなんで知らないの。ロボットよ。あたしはロボット工学を学んでるってわけ。」
ロボット工学?ふーむ、そんなものは初めて聞いたな。
そして玄関へと案内された。
「ただいまー。お客さんが来てるわよー。」
クリス殿の声に1人の男が出てきた。とても大きく、身長は2メートルはあった。
「おっ帰りなさーい、クリスお嬢さん。おお、さらにかわいいお嬢さん2人がお客さんとは、
お会いできて光栄っすよ。俺はオラトリオっていいます。よろしく。」
そしてふかぶかとお辞儀をしてくれた。あわてて私もお辞儀を返す。
「この人は、山野辺翔子さん。こっちはキリュウさんですって。
ねえオラトリオ、ほかのみんなは?」
「音井教授と師匠は研究室。正信とみのるさんとカルマは用事で出かけちまった。
姉貴もSPの仕事とかでどっかいっちまったし。パルスは相変わらずで寝てる。
信彦は学校。というわけで、この俺、オラトリオが出迎えたってわけ。」
なんとも丁寧な説明だな。オラトリオ殿か。ふむ、ひとつ試練について相談してみようか。
「オラトリオおにーさん、ハーモニーさんは?」
「それは秘密だ。この家のどこかにいるが・・・おっと、エプシロンとフラッグもそうだ。
シグナル、探してみな。つまりかくれんぼの鬼だ。」
「わ〜い、じゃあ行ってきますう。」
そしてシグナル殿は駆け出していった。
「かくれんぼ・・・。家の中でやって、この前懲りたんじゃなかったの?」
「そいつはぬかりなし。」
「それならいいけど。さあて、買い物置いて、研究室行かなきゃ。
オラトリオ、客人2人の相手、お願いね。」
「喜んで。」
クリス殿も家の中へと姿を消した。それにしても広そうな家だな。
それにあんなに大人数が住んでいるのか・・・。
「さあてお二人さん、まずは上がってくださいな。客間に案内しますぜ。」
「おじゃましまーす。」
言葉どおり、中へあがって客間へ案内された。
お茶の入った湯のみを前に、ソファーへ座ったところで、翔子殿が口を開いた。
「質問があるんだけど。」
「ほい何かな。かわいいお嬢さんのためなら、なんでも答えちゃうよ。」
やけに軽快だな。この人なら喜んでなんでも聞いてくれるに違いない。
「さっきいろいろと名前言ってたけどさ、ひょっとしてカタカナ名っぽい人は、全部ロボットなの?」
「おやっ、どうして分かったの。」
「なんとなくだよ。ロボット研究所だって言ってたし。
というわけで、信じられないけどあんたもロボットなわけなんだ。」
「そのとーり。俺は音井教授に作られたのさ。」
私はぽかんと2人の話を聞いていた。ロボットだと?このオラトリオ殿が?そんな・・・。
「おやまあ、キリュウさんのほうは、とんでもない、って顔してるねえ。
そんなにショックだったかな?」
しょっくもなにも・・・。ほとんど人間ではないか。どこがどう違うのやら・・・。
「まあいいや、細かい事は置いといて、研究室ってのを見に行ってもいいかな。」
「もちろん。案内しますよ。」
そしてオラトリオ殿が立ち上がる。しかし翔子殿は、
「いや、案内しなくても道順だけ言ってくれたらいいよ。
あんたはキリュウの話でも聞いてやってくれ。」
と、断った。それを聞いたオラトリオ殿は笑顔で言った。
「この部屋を出て左、階段を上って、右へ進んで突き当たったところの左の扉がそうっすよ。」
「サンキュー。キリュウは悩みやすいやつだから、じっと顔を見つめて聞いてやってくれ。じゃあ。」
ものすごいセリフを残して、翔子殿は部屋を出ていった。
な、なんということを言うのだ。そんな事をされたら、私は・・・。
弁解の言葉も思い付かず、すごく緊張してきた。
「さーて、それじゃあ話を聞かせてくださいな。」
そしてまじまじと私を見つめるオラトリオ殿。うう、話しづらい・・・。
「そ、その、あの・・・。」
だめだ、言葉にならぬ。うう、恨むぞ翔子殿。
「そんなに堅くならずに。美人がだいなしですよ。」
「び、びじん!?」
初めてだな、そんな事を言われたのは・・・。しかし余計つらくなってきた。
顔全体を真っ赤にして、私は完璧にうつむいてしまった。
「あちゃー、こんなに照れやさんだったとは。まあ、俺はのんびり待ちますから。」
そんな事言われても、いつになったら直るやら・・・。
どのくらいそうしていただろうか。がちゃりとドアが開いて、新たな人が入ってきた。
チラッと上目で見ると、女性だと分かった。黒髪の長髪で、冷静な表情だ。
誰かに似ているような気がするのだが、一体だれだろう・・・。
「あ、姉さん仕事は終わったんですかい。」
「ただのスケジュールチェックだ。それよりオラトリオ、おまえが客の相手をしているとは珍しいな。」
「いやー、こんなにかわいいお嬢さんなら。キリュウさん、この人は俺の姉でラベンダー。」
「よろしく。」
ラベンダー殿が握手を求めてきた。赤い顔のまま握手する。
「その・・・よろしく・・・。」
私の様子を見て、不思議そうな顔をする。
「どうした?顔が真っ赤だぞ。熱でもあるのか?」
するとオラトリオ殿が手を横に振って言った。
「違いますよ。極度の照れやさんで、こうなってるんです。
それで、俺は落ち着くのを待ってるわけなんですが・・・。」
「一向に落ち着かない、というわけだな。」
そして私の方をじっと見る。うう、だからそんなに見つめないでほしいのに・・・。
「まあいい、ついでに私も混ぜてもらうとしよう。客人の相手は大切だしな。」
そう言って、ラベンダー殿は隣のソファーに腰を下ろした。そして時が流れる。
どうも私は運が悪いのだろうか。これ以上増えてほしくないと思っていたら、ドアが開いた。
しかし安心した。今度はいって来たのは鳥だった。
「師匠。研究室にいたんじゃ?」
「こうるさい客に言われてここに来たんだ。何が話を聞いてやれだ。えらそうに・・・。」
そんな事を翔子殿が言ったのか。まったく余計なことを・・・。
「それならちょうどいい。このキリュウはものすごくおとなしいぞ。」
いや、私はおとなしいのでは・・・。
「それは結構だ。私はコード。一応名乗っておいてやる。」
名乗っておいてやる?自分こそずいぶんとえらそうだな。
それにしても3人ともロボットなのだな。よく出来たものだ。
ここでやっと落ち着いてきた。3人のほうに向き直る。
「お、どうやら落ち着いたみたいっすね。よかったよかった。」
「では話とやらを聞かせてもらおうか。」
「それなりに聞いてやるぞ。」
3人が私を見て口々に言った。ふむ、3人よれば文殊の知恵と言うし、案外これでよかったのかもな。
「改めて自己紹介をする。私はキリュウ、万難・・・いや、これは別によいかな。
オラトリオ殿、ラベンダー殿、コード殿、3人に頼みがある。
ある人に与える試練のひらめき、つまりアイデアを考えてほしいのだ。その人を鍛えるような。」
やっとまともに話すことが出来た。後は返事を待つばかり・・・。
しかしどうしたことか、3人ともぽかんとして私を見たまま。何か変なことを言ってしまったのか?
「・・・こりゃ驚いた。外見とは裏腹に、すごい口調だ。俺は殿付きで呼ばれたのは初めてっすよ。」
まず最初に声を上げたのはオラトリオ殿。そんなに驚くことなのか?
「しかも試練だと?人は見かけによらんな。」
今度はラベンダー殿だ。そんなに意外だったとは。
「しかし客人の娯楽に付き合うほど暇ではないぞ。まあせっかくだから考えてやるか。」
最後はコード殿。娯楽とはなんだ娯楽とは。
しょうがない、私の能力を見せて、それで考えてもらうことにしようか。
短天扇を取り出して広げた。さて、何を大きくしようか・・・。
少しきょろきょろとしていると、ラベンダー殿が第一案を出してきた。
「指定されたものを時間内に全て壊す。こんなのはどうだ?」
「ふむ、なかなかよいな。ありがとう。」
あわてて扇を置き、さっそく試練ノートにそれを書く。
「姉さん、それって姉さんの趣味なんじゃないすか。」
「十分試練になるだろう。逆に、壊したものを直すというのもよいかもな。」
それも良い考えだ。書いておくことにしよう。
今度はコード殿が言ってきた。
「パルスと戦わせてみろ。それなりに鍛えてくれるはずだぞ。」
パルス殿・・・。そういえばそんな名の人物もいたような。
「うーん、生身の人間と戦わせるのはどうかと。まあ一応つれてきやしょうかね。」
オラトリオ殿はそう言って出て行く。どかどかと音がしたかと思うと、
黒髪の長髪、そしてひじのところに長い刃物を装着した男と共に戻ってきた。
いや、無理矢理つれてきたというほうが正しいかな。
「オラトリオ〜。人の昼寝の最中に〜。」
「お客さんのニーズに応えるのがロボットってもんだろ。パルスも加われ。」
そのパルス殿に、同じ説明、そしてコード殿の話をする。
しかしものすごく危険な格好だな。怪我とかしないのだろうか。
「とりあえず用件はわかったが、そいつは強いのか?」
パルス殿がこんな事を訊いてきた。そう言えば主殿は、戦いなどしたことがないだろうな。
「いや、おそらく弱いはずだ。」
「なんだと?弱いやつと私が戦ってどうするんだ。」
パルス殿の話ももっともだな。この案は没にするとしよう。
「ちっ、俺様の案は没か。やってられんな。」
「師匠、そんな事言ったって無理ですって。」
ふてくされるコード殿をオラトリオ殿がなだめる。面倒な性格だな。
うーむ、まだ2つか・・・。
「ほかにはないのか?なんでも、思いつきでよいぞ。」
私の言葉に、4人が考え込む。ここまで一緒になって考えてくれるとは、うれしいものだ。
少し受かれ気分で、扇をパタパタと仰ぐ。それを見たラベンダー殿が言った。
「それはなんだ?さっき少し気になったのだが。」
「これは短天扇といって・・・」
私が説明しようとしたその時、がちゃりとドアが開き、
さらに人が・・・いや、多分この人もロボットだろう。そのロボットが入ってきた。
髪の毛はオラトリオ殿と同じく金髪。背は翔子殿ぐらいだろうか。なんとも紳士的な顔立ちだ。
「お帰り、カルマ。仕事は終わったんだな。」
「ええ、正信さんとみのるさんは研究室に。信彦さんも一緒にいらっしゃいますよ。
それにしても、2人もお客さんが来ていたとは知りませんでした。
よろしく、キリュウさん。カルマです。」
翔子殿から聞いたのか。
「よろしく、カルマ殿。」
そして握手。なんだ、なれると初対面でも平気になるものだな。
さっそくカルマ殿にも、説明をする。するとにっこり笑ってこういった。
「それならダーツなどいかがでしょう。私が教えてさしあげますよ。」
「だあつ?」
ぽかんとしてきき返すと、丁寧にルールを教えてくれた。
「・・・という事です。分かりましたか?」
「よく分かった。ありがとう、そなたは説明が上手だな。」
後は私がこれをどう利用するかだな。がんばらねば。
そしてまたもや入ってきた者がいた。今度は羽の生えた小さな人間だ。
それにしてもいろんなロボットがいるものだな。
さすがは別の世界。普通はこんなものは絶対に見られないぞ。
「やっほー。ロボットのみんなが集まって接待なんて珍しいよね。
もう1人の接待は人間オンリーだったのにさ。」
「ハーモニー、シグナルはどうした?」
ハーモニー殿とやらに、オラトリオ殿が尋ねる。
ふむ、こうなったらこの家のロボット達全部に、協力してもらうのも悪くあるまい。
「シグナルならもう少ししたら来ると思うよ。それより、試練のアイデアを探してるんでしょ?
だったら、ちびシグナル君の相手を一日中するってのはどう?」
その言葉ではっと思い出した。
「そうだ、シグナル殿は一緒に遊ぼうとか言ってたのに、ほったらかしではないか。」
そして私は立ち上がったのだが、
「そんな必要は無い。客人らしく、おとなしく座ってろ。」
と、コード殿に止められた。
その言葉に座りなおす。まあ良いか、後で遊べば。
「それにしてもハーモニー、なかなかすごい事を考えるな。キリュウさん、書いといたら良いぞ。」
パルス殿に言われて、ノートに書き出した。試練になるほどすごいとは。
後で遊ぶというのはやめにするべきかな。
そして、さらに入ってきた者がいた。シグナル殿かと思いきや、まったくの別人だ。
しかし髪の毛の色はまったく同じだ。なんとなく見たことのあるような・・・。
「遅いぞシグナル。客人を、しかもこんなにかわいいお嬢さんを待たせるなんて。」
オラトリオ殿がシグナルと呼んだ。なに、この人もシグナルか。
そう言えば、翔子殿が2人いるとか言っていたから、もう一人のほうか。
「悪かったな。もう一人の客と信彦に遊ばれてたんだよ。何回ちびにされたことか・・・。
あ、キリュウさんですね。僕はシグナルです。ちびのときに会ったらしいですけど。」
「ちびのとき?」
疑問符でいっぱいの私にパルス殿が言った。
「こいつはバグロボットなんだ。信彦のくしゃみによって、
小さくなったり大きくなったりするわけだ。」
「パルス!おまえだってバグロボットのくせに!」
シグナル殿がパルス殿に言い返す。
いまいち理解できなかったが、しばらくしてピンとひらめいた。
「なんと、大きくなったり小さくなったりか。ふむ、それこそ使えるな。」
大声で叫んで、喜びの顔で試練ノートに書き始める。
なんだ、あの2人は同一人物だったのか。おそらく人格も変わるのだろうな。
上機嫌に納得して書きこんでいると、ラベンダー殿が訊いてきた。
「私の質問が途中になっていたのだが。その扇はなんだ?」
「これか?シグナル殿みたく、大きくなったり小さくなったり出来る物だ。」
簡単に説明し、ノートに続きを書いていると、さらに言ってきた。
「実際に使って見せてくれないか?」
なんだか真剣だな。まあ良い、使っても違和感はあるまい。
「ではその湯のみを見ていてくれ。」
そして短天扇をひろげる。それと同時に、皆が一斉に湯のみに注目する。ずいぶんと熱心だな。
「ではゆくぞ。万象大乱!」
たちまち湯のみが巨大化する。近くにより過ぎていたシグナル殿とパルス殿に、ごんとあたった。
「「いたっ!」」
「そんなに近づくからだ。まあ試練だ、耐えられよ。」
そして元の大きさに戻す。
「というわけだ。分かったかな?」
しかしみんなはそれぞれ、驚愕の表情で固まっていた。なにをそんなに驚いているのやら。
「別に大した事ではあるまい?シグナル殿も・・・」
「いや、すごい!!」
私が言い終わる前に、オラトリオ殿が叫んだ。そしてみんなもその後に続く。
「キリュウさん、あなたは少し勘違いしてますよ。普通こんなこと出来る人なんていませんよ。」
「そのとおりだ。おそろしい能力だな。」
「ほんと、僕びっくりしちゃったよ。」
「まったく、こんな力がありながら、
俺様たちに試練のアイデアを出せといってくるとは。とんでもないな。」
「はっきりいって、私が戦うよりすごいことだ。」
「僕は自由に小さくなったり出来るわけじゃないんだ。カルマの言う通り、普通出来ることじゃないよ。」
口々に驚きの感想を述べるみんなに、こっちが唖然となった。
なんと、ここでは使ってはいけなかったのか?うーむ、なんという事だ・・・。
そして愕然としてうつむいていると、翔子殿が顔を覗かせた。
「キリュウ、どうする?帰るか、それとも泊めてもらうか。」
泊めてもらう?まったく、なぜ話を先へ先へと進めるのやら・・・。
なんとなく、これ以上ここにいるわけにはいかない気がしたのだが、
「泊めてもらった方がよいかもしれん。少し詳しく説明せねば・・・。」
と応えた。すると翔子殿は、こう言ってきた。
「やっぱり万象大乱を使ったんだな。どうせそんなこったろうと思って、
音井教授達にはちゃんと説明してあるから。別に細かいことを気にしない人達でよかったよ。」
「ねえ翔子。面白いものってこれのことだったの?」
ハーモニー殿が不思議そうに尋ねる。面白いもの?どうして翔子殿はそういう余計なことを・・・。
「ああそうだよ。見事見れただろ。みんな、キリュウに後でじっくりと説明してもらいなよ。
とりあえず夕食だってさ。じゃあ泊めてもらうよう言っとくから。」
そして翔子殿は部屋を出ていった。
それにしても、私が全部説明するのか?まあ良いこれも試練だ。
「というわけだ。詳しい話をまた後でする。今はそのまま納得しててくれ。」
そして私は食卓へ向かった。
ひょっとしたら、翔子殿はなんとなく、私が万象大乱を使うことを予測していたのかも。
だとするとますます恐ろしいな。なんとなく、か・・・。