翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「TWIN SIGNAL」編)


「試練とは・・・。」

夕食後、みんなで居間に集まり、私の力のお披露目会となった。
説明しなければならないのに、こんな事をしててよいものか?
ソファーに座って悩んでいると、翔子殿がぽんと肩をたたいてきた。
「さっきこそっとみんなに訊いてまわったんだけどさ、別に違和感無く納得してたよ。
という訳で、夕食前に言った宿題はなし。おおらかな人達で良かったなあ。」
「そうか・・・。」
まあそれならそれで良いことなのだが、私の力はみせものではないのだがなあ・・・。
「みんなそろったようじゃの。それじゃキリュウさん、始めてくれんか。」
この家の年長者である男性がしゃべった。音井信之助殿といって、天才ロボット工学者だということだ。
「うむ。」
返事をして扇をかまえる。
居間にいるのは、私と話をしていたロボット達、クリス殿、音井信之助殿、
その息子夫婦(名は、正信殿とみのる殿という)、その息子、信彦殿。
さらにロボット2体(1体は小さな人形のような、もう1体は空とぶねずみというような感じ)。
そして翔子殿と私。つまり人数に直すと、全部で16人もいるわけだ。
こんなに大勢が一つの家で暮らしているとは驚きだな。さて・・・。
「それでは見せるぞ。あのカップをよく見ておくように。」
そしてみんながいっせいに注目する。熱心な目つきだ。
翔子殿はああ言っていたものの、やはり違和感がおおありなのでは・・・。
「万象大乱!」
まずは巨大化させる。みんなから驚きの歓声、そして拍手が聞こえてきた。
元の大きさに戻して、
「今度はあの椅子を見ておくように。」
再びみんながしんとして注目する。
「万象大乱!」
さっきとは逆に、いすを小さくしてやる。やはり歓声と拍手が聞こえてきた。
そして元の大きさに。ふう、なんだか疲れてしまったな。
「すごいねー。ねえ、僕大きくしてもらいたい物があるんだけど。」
信彦殿が一番乗りとばかりにこんな事を言ってきた。すると翔子殿が、
「だめだめ。本当は試練を与えるためにしか、この力は使っちゃいけないんだって。
だからそういう個人的なお願いは却下だ。」
と、厳しく返した。助かった。
ちゃんと後処理を考えていてくれていたとは、さすが翔子殿。
「というわけで、あのシグナル君を鍛えてやれよ。強くなりたいんだってさ。」
「・・・・・・。」
まったく、たまに良いことを言ってくれたと思ったらこれだ。
私は、主に試練を与えるのだぞ。どうしてこうなるのだ?
「ちょ、ちょっと、僕は無理に鍛えてもらわなくても・・・」
「シグナル、良い機会ではないか。
せっかく私が鍛えてやろうとしても、女は殴れんだのと言って断ってきたし。
それならば、ばっちりキリュウに鍛えてもらえ。」
シグナル殿の拒否を、ラベンダー殿がいさめた。むう、余計なことを。
そんなことより、私も女なのだが・・・。
「どちらにしても、あんまり家で暴れないでくださいね。後片付けが大変なんですから。」
「まったくじゃ。やるなら外でやってくれい。」
カルマ殿と信之助殿が不安げな表情で言った。すると、
「それならみんなでお外へ出かけましょう。お弁当も作って。」
「いいですね、みのるさん。そうしましょう。明日はちょうど、みんなが休みだし。」
みのる殿と正信殿が解決策のようなものを出した。
「やったー、明日はみんなでピクニックだー。」
「それならエララも誘ったら?シグナルの士気も上がるわよ。」
信彦殿がはねて喜び、クリス殿が新たな人物名を出した。おそらくその人もロボットだな。
「それで、シグナルに与える試練とは、どんなものだ?」
「さあねー。岩割り100連発とかじゃないの?」
パルス殿とハーモニー殿が何気に会話する。
私はシグナル殿に試練を与えに来たのではないのだが・・・。
私が呆然としている間に、みんなががやがやと、明日の詳しい予定を立て始めた。
しっかり翔子殿もそれに混じっている。私は混ざらずに見ているだけ。
なんなのだ?一体。そんなに試練が見てみたいのか?しかしなあ・・・。
少し呆れ顔をしていると、一人で話の輪を離れ、コード殿がこちらにやってきた。
「ご苦労なこったな。ま、しっかりシグナルを鍛えてやれよ。」
「私はそんなつもりはまったく無かったのだが・・・。」
しかしコード殿はそれをさらっと聞き流して、部屋を出ていってしまった。
そのあとに、今度はオラトリオ殿がそばにやってきた。
「シグナルなんか鍛えなくても、明日は俺とデートしやせんか?」
なんと笑顔でこんな事を言ってきた。でえととは確か・・・。
「私はそっちのほうが良いな。しかし、かまわぬのか?」
少し不安な表情で尋ねると、笑顔と共に片目をつぶってみせた。
「大丈夫大丈夫。俺にどーんと任せて・・・」
オラトリオ殿が言いかけたその時、その後ろにゆらぁ〜とそびえたつ影があった。ラベンダー殿だ。
「シグナルの試練を邪魔しようとは、なかなかの度胸だなオラトリオ。」
「い、いや、姉貴。お客さんにシグナルを鍛えてもらおうなんて、
ムシがよすぎるんじゃないかと・・・。」
「それでナンパか?おまえもしっかり考えろ。」
そしてオラトリオ殿を引きずっていった。うーむ、せっかく試練を中止する良い機会だったのに。
いやそれより、どうして私は輪に加われとか呼ばれないのだ?本当に試練をするのか?
不思議に思っているうちに、翔子殿がすっくと立ち上がった。
「よーし決まりー!それじゃあみんな、明日は気合を入れて頑張ろう!」
『オー!!』
翔子殿の一声に、皆が歓声を上げる。
まったく、どうして私が関わらないうちに事を進めるのだ?どうも腑におちんなあ・・・。
そして翔子殿が私のそばにやってきて、私を立たせた。
「それじゃキリュウ、なにか一言。」
一言もなにも・・・。しかし私はピンとある言葉を思いついた。
「死んでしまうかもしれぬが、覚悟は出来ておるのだな?」
精一杯冷静な表情でそれを言った。
ふふん、これなら何も言えまい。試練は中止に・・・
「もう一回座って待ってろ。みんな、作戦の練り直しだ!」
そして私を座らせ、再びみんなで、いや今度はひそひそと話し始めた。
まったくあきれたものだ。一体なんの作戦だ?
額に手をあてて悩んでいると、シグナル殿がこちらにやってきた。
「あの、ほんとに明日試練やるんですか?」
ものすごく不安な表情で訊いてきた。なんだ?どういうことだ?
「そなた達は、そのつもりで話し合ってたのではなかったのか?」
「いや、そうらしいんですけど、僕は途中からあっち行ってろなんて言われちゃって・・・。」
よく分からぬな。私とシグナル殿で話しをしろということなのか?
うーむ、これは明日どこかへ逃げたほうが良いのでは・・・。
困ってしばらくそのままでいると、再び翔子殿が立ち上がった。
「よし、とりあえずこれだ。キリュウ、なんか一言!」
さっぱり意味が分からないが、言われた通り、立ち上がって言う。
「私はそんなに甘くないのだぞ。もう少し考えて・・・」
「よし、OK!さあみんな、寝ようぜ!!」
私が言い終わる前に、翔子殿が叫んだ。あわてて言い返す。
「ちょ、ちょっと待った。一体何がどうなってるのだ!?」
しかし私の問いに答える者は誰一人としておらず、口々にお休みを言って部屋から出ていった。
残されたのはシグナル殿と私、そしてオラトリオ殿だ。
「なあオラトリオ。なんなんだ、一体?」
シグナル殿は、疑問符いっぱいの顔でたずねる。その時、
「はくしょん!!」
信彦殿のくしゃみが聞こえたかと思うと、シグナル殿が“ボン!”と変身した。
この家に来る前に出会った、あの小さいシグナル殿だ。
「お2人とも、おやすみですー。」
「おやすみ、ちび。」
「お、おやすみ・・・。」
オラトリオ殿と私が挨拶を返すと、シグナル殿は走って部屋を出ていった。
なるほど、私の万象大乱とは明らかに違うな。
「驚いたでしょう。信彦のくしゃみで大きくなったり小さくなったり。結構笑えるんだ、これが。」
感心している私に、オラトリオ殿が説明を入れてくれた。
くしゃみか。風邪などひいたら大変そうだな。
先程の事も忘れて少し考え事をしていると、オラトリオ殿が言ってきた。
「すいやせんねえ。明日のことは、俺にはどうしようも出来ませんでした。頑張ってください。」
その言葉に、はっと現実に引き戻される。
「頑張るとは、試練を頑張って与えろという事なのか?」
しかしオラトリオ殿は、それに答えずに立ちあがった。
「それを言うと姉貴にぶっ飛ばされるもんで。
はあ、久しぶりにデートをOKしてくれたのになあ・・・。」
力の抜けた顔で部屋を出て行くオラトリオ殿。なるほど、かなり状況は悪いな・・・。
よし決めた。明日早朝に逃げるとしよう。私がいなければ、試練など出来まい。
さっそく明日起きる準備をしていると、翔子殿が部屋に入ってきた。
「ここで二人寝ろってさ。これ毛布だ。あ、言っとくけど、逃げるなんて愚かしいことは考えるなよ。
もし逃げると、あとでひどい目に遭わせるからな。じゃ、おやすみ。」
それだけ言うとソファーの上で横になり、毛布をかぶって眠りだした。
行動をよまれている?うーむ、おとなしく明日を待つことにするか・・・。
それにしても、シグナル殿に試練を与えるという話ではなかったのだろうか?
起きる準備もやめ、私は明かりを消して寝に入った。
疑問と不安、そして恐怖でいっぱいの頭を落ち着かせ、ようやく深い眠りに入った。

深い深い霧の中を歩く私。ははあ、これは夢だな。
あっさりと私は夢だということを見破ることが出来た。
無理も無い。私は今・・・あれ?何をしていたのだろうか・・・。
ともかく覚えていることは恐怖、そして大いなる謎。うーん、思い出せないな・・・。
まあいいだろう。とりあえずこの夢から覚めることはせぬほうが良いとなんとなく分かっている。
よし、こうなったら散歩気分でこの霧の中をずっと歩いてやろうではないか。
心を空っぽにしつつ、のんびりと歩いて行く。とその時、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「キリュウー、キリュウー・・・。」
この声は・・・翔子殿?人の夢に勝手に入ってくるとはずいぶんと横暴になったものだ。
当然私はその声を無視して歩きつづけた。声がする方向とは反対方向へ・・・。
やがてその声も聞こえなくなった。ふむ、あきらめたようだな。
しばらくの間、さっきと同じように歩きつづける。
すると突然、霧の中から一本の手が急に飛び出てきた。
びっくりしながらもそれをつかんで投げ飛ばす。(結構それは重かったが)
飛んで行ったのは・・・誰だろう。見覚えがある顔だったが・・・。
まあ気にしないことにしよう。人に不意打ちを食らわせるような輩はろくな者ではない。
再び歩き出す。と、今度は頭上から黒い刃物が!
間一髪でそれを交わして、刃物を持つ相手の手をがしっとつかむ。
「えいっ!」
またもや思いっきり投げ飛ばすと、遠くへ飛んで行ったそれはがたんがたんという騒がしい音を立てた。
・・・何なんだ、いったい?あのあたりに何かあるのだろうか?
ちょっと気になったが、君子危うきに近寄らずということにして別方向へ歩き出した。
と、今度はいきなり目の前に現れた女性に、無言のままがしっと肩をつかまれた。
これは誰だ?しかし考える暇も与えられずに、その女性は私を思いっきり揺らし始めた。
「や、やめぬか!」
しかしその女性はやめようとはしない。振り払おうにもすごい力だ。
仕方ないな。こうなったら・・・。
「万象大乱!」
扇は手に持ったままのような気がしたので、その言葉を唱える。するとその女性はしゅん!と縮まった。
女性はおろおろしながらも、私の目の前から慌てて走り去って行った。
ふう、やれやれ・・・おや?短天扇は持っていなかったのか?まあいい、無事に片が付いたのだからよしとせねば。
そして意気揚々と歩き出す。なかなかどうして、夢というのも面白いものだな。
と、今度はあたりが真っ暗になった。なんだ?夜にでもなったのか?
しかし夜にしてはなんだか違うような・・・んん?い、息苦しい・・・。
とても立っていられる状況ではなくなり、私はその場に座り込んだ。
「く、苦しい・・・!!」
じっとしていられず、思いっきりもがく。と、足が、手が、何かにバキッと当たったような感じを覚えた。
しかしそんな事はお構いなしに、私はとにかく暴れまわった。
何も無いところのはずなのに、何かに体中が当たる。くっ、こんな所で・・・!!
「万象大乱!」
思わず大声で叫ぶ。と、急に苦しみがおさまった。少し体を起こすと、暗闇もはれた。
ふう、助かった。いったいなんだったのだろう。夢だとは言え油断は禁物か・・・。
ちょっと体をほぐし、再び私は歩き出した。
うーむ、心地よい。本当にこれは夢なんだろうか・・・。
いや、夢だからこそこんなに心地よいものなのかもな。
そのうちになんだか眠くなってきた。おかしなものだな、ここは夢の中だというのに・・・。

「う、うーん・・・。」
気がつくと、私は床に毛布をかぶって横になっていた。
ひとつあくびをしてきょろきょろとあたりを見まわす。と、なんだか窓の外が赤い。
「・・・もしかして、夕方か!?」
慌てて飛び起きて窓のそばへ駆け寄ると、果たして夕方であった。
時計を見ても、午後五時に間違いないであろう。間違っても午前ではない。
「なんと、こんなになるまで寝てしまっていたとは・・・。」
気落ちしながらもそばに落ちていた短天扇を拾い上げ、部屋の外へと向かった。
「おや?翔子殿たちはどこへいったのだろうか。試練をやるとか言ってなかったか?」
もう一度部屋をよおく見まわすが、人っ子一人見当たらない。
「まったく、昨日あれだけ言っておきながら・・・。まあ、寝過ごした私も悪いのだろうか。
それならそれで起こしてくれれば良いものを・・・。」
ぶつぶつと文句を言いながら廊下へ出る。やはり人の気配はないようだ。
とその時、呼び鈴が鳴り響いた。
「きゃ、客か?しかし私が出るわけには・・・。」
しばらく家人が迎え出てくるのを待つ。しかし誰も来ないようだ。
ううむ、どうしたものか・・・。
相変わらず呼び鈴は鳴り続ける。と、ここでようやく一人奥からやってきた。
いや、人ではないな。ぺたぺたと歩いてくる・・・鳥だ。
「なんだ、コード殿ではないか。居たんなら早く出てきてくれれば良いものを・・・。」
「俺様は留守番する主義ではないのでな。それよりキリュウ、皆と試練に出かけたのではなかったのか?」
「私は今さっき起きたところだ。知らない間に皆は居なくなっていた。」
「なんだと?まったく、あれだけ小うるさく言っておきながら肝心の奴を置いて行くとは・・・。
あきれたものだな。後で俺様が翔子に灸を据えてやるとするか。」
昨日と変わらず偉そうだな。しかしコード殿の言うことももっともだ。
私にあれだけ厳しく言っておきながらどうして置いて行くのやら。私もガンと言わねば。
「留守だ!出直して来い!」
突然玄関に向かって叫んだコード殿にあきれてしまった。
居ながらにして留守だと叫ぶなど・・・愚かしいにもほどがあるぞ。
「これで客が入ってくるだろう。キリュウ、おまえが相手しろ。」
「な、なにっ!?」
そうか、そういう考えがあったというわけか・・・しかし!
「私はこの家のものではないのだぞ!?どう相手しろというのだ!」
「てきとーに話をつけろ。それで相手が納得しなければ強引に追い返せ。
あの扇の力を使ってな。」
「そんな無茶な・・・。」
言い争っていると、玄関のドアがきいっと音を立てて開いた。
顔を覗かせたのは金色の長い髪に帽子をかぶっている女性。
見た感じふんわりというか・・・シャオ殿に似ているような気が・・・。
「エララ!なぜおまえがここに!?」
「知り合いか?コード殿。」
「俺様の妹だ。」
「・・・・・・・。」
妹・・・それにしては人間だが・・・。待てよ、確か昨日の話の時にエララという名前が出てきたな。
なるほど、その人、いやロボットか。
「コード兄様、その方は?」
「こいつか。こいつは客人のキリュウだ。」
こいつとはなんだこいつとは。それが客を指して言う言葉なのか?
「キリュウだ、よろしく、エララ殿。」
「はい。はじめまして、キリュウさん。」
初対面にもかかわらず堂々と握手。あまりにも人が多いとやはりな・・・。
「ところでエララ、どうしておまえがここに?シグナル達と一緒じゃあなかったのか?」
「それが、いつまでたってもいらっしゃらないので心配になって見に来たんです。
お昼過ぎには来るっておっしゃってたのに・・・。」
昼過ぎ?それにしてはこうして夕方に来たのはなぜだろう。
「エララ、だったらどうして早く連絡をよこさなかったんだ?」
「ちょっとお手伝いをいろいろしてまして。気がついたらこんな時間になってたんです。」
そこで“ふうむ”と考え込むコード殿。皆はエララ殿のところへは行っていない。
という事は当初の予定を変更したのだろうか。だったら事前にエララ殿に連絡を入れるはずだな。
「これは・・・ひょっとして・・・。」
つぶやき出すコード殿をエララ殿と見る。ひょっとして、なんだ?
「何か厄介事に巻き込まれたのかもな。」
「大変ですわ、コード兄様!早くシグナルさんたちを助けに行かないと!」
「エララ殿の言うとおりだ!何か事故が起こったのかも!」
しかしコード殿は私達を制するように言った。
「しかしどうも腑におちん。あのラベンダーやオラトリオがついていながら、そんなことになるだろうか。
パルスやカルマ、しっかりした連中はいくらでも居るはずだからな。」
それには考え込まざるを得なかった。そうして三人とも腕組みをする。
名前を出さないところを見ると、シグナル殿はしっかりしていないということか。
だから鍛えるだのという話になったのかもしれぬな・・・。
翔子殿もしっかりしているだろうから、もしそうなった時には何らしかするに違いないはずだ。
ふーむ、何かの原因で連絡が取れない状況にあるとか・・・?
それとも、皆で私達を試して・・・という事は無いだろうな。
「とりあえず客間に上がれ。そんな所に俺様のかわいい妹を立たせておくわけにいかないからな。」
「それじゃあ、中で考えて見ましょう。」
どこで考えようと別に変わらないような・・・。
しかしコード殿の言う事も最もだ。エララ殿はこの家の客なのだから。
そしてさっきまで私が寝ていた部屋に三人ではいる。とりあえず座って考えることにした。
「・・・コード兄様?どうしたんですか、そんなところで。」
エララ殿の言葉に目を向けると、コード殿が何やらばたばたとやっていた。
「何をしている、コード殿?こっちへ来て座らないのか?」
「そうしたいのはやまやまだが、何やら羽にまとわりついて・・・。」
なるほど、虫か何かか。それでばたばたと・・・ん?
コード殿のばたつきによってその虫が落ちたが、どうも変だ。
すぐさま起き上がってコード殿の方へと走りよって行く・・・走ってだと!?
「くそっ、こうなったら踏みつけて・・・」
「待ったコード殿!!」
突然私は立ちあがって声をあげた。コード殿、そしてエララ殿の動きがぴたっと止まる。
「何だ、キリュウ?」
「どうしたというんですか、キリュウさん?」
しゃべる二人を静め、動かないように合図しながらコード殿に近寄る。
そして、コード殿の羽にしがみついているそれをそおっと手に取った。
思いっきり目を近づけてそれを見ると・・・。
「これは・・・オラトリオ殿!」
「なんだと!?」
「ええっ!?どういうことですか!?」
驚く二人をおさめ、私は短天扇を取り出した。そして・・・。
「万象、大乱!」
一瞬で手の上のオラトリオ殿が元の大きさに戻る。手をつぶされそうになって、慌てて手を引っ込めた。
「ふうー、助かったあ・・・。」
「オラトリオ!」
「オラトリオさん!」
安堵の息を漏らすオラトリオ殿にまたもや驚く二人。やはりこういうことだったのか・・・。
「オラトリオ、これはどういう事だ?」
「師匠、説明はまた後で。とりあえずみんなを元に戻さないと・・・。
キリュウさん、あっちのいすの下のほうにみんなが居るから、順に一人ずつ。」
「・・・うむ、心得た。」
そしてオラトリオ殿の言う所へ近寄り、小さくなっていた一人一人を元に戻してゆく。
結構な時間がかかったが、ようやく元に戻し終えた。
誰も彼もが疲れ切ったような、不機嫌そうなとんでもない顔をしている。
その様子に驚いていたコード殿とエララ殿が唖然として言った。
「いったいどういう事だ?おまえら全員家の中に居たのか?」
「予定を変えて、お家の中でピクニックにしたんですか?」
エララ殿の質問は何かずれているような・・・。やはりシャオ殿に似ているな。
分かったような顔で私がソファーに腰を下ろすと、翔子殿が疲れたように言った。
「ことの始まりはキリュウを起こそうとした時だ。まずあたしがおもいっきり呼んだ。
もちろん他のみんなも声をそろえて。でも起きなかった。」
声をそろえて?でも聞こえてきたのは翔子殿の声だけだったような・・・。まあ、夢の中だからかもな。
次にオラトリオ殿がしゃべり出す。
「今度は俺がキリュウさんを揺り起こそうと思ったんです。
でも腕をつかまれて投げ飛ばされて・・・。ほんと悲惨だったあ・・・。」
そうか、投げ飛ばしたあれはオラトリオ殿だったのか。
初めてこの家に来た時にまじまじと顔を見られたな。なら覚えていても不思議ではない。(実際忘れていたが)
次にパルス殿がしゃべり出す。
「今度は私が翔子に言われて起こそうとした。“そのブレードでおこせ!”とな。
とりあえず攻撃したが、どういう訳かすんなりかわされてしまい、さらには投げられた。」
そして、シグナル殿たちや、その他の人たちが声をそろえて言った。
『その時にパルスの直撃を食らったんだよ。』
なるほど、それでがたんがたんと音が。ふむ、やはり行かなくて正解か。
次にラベンダー殿がしゃべり出す。
「次に私は、弟の二の舞を踏むかも知れぬと覚悟しながらもキリュウをゆすった。
ところがだ、ゆすれたのは良かったが、一向に起きようとしない。寝言で“やめぬか”とか言うだけだった。
そうしているうちにキリュウが叫んだ。万象大乱!とな。
一瞬のうちに私は豆粒以下に小さくなり、慌ててそこを離れた、という事だ。」
そうか、あの女性はラベンダー殿だったという訳か。あの時は怖かった・・・。
次に、そのほかのメンバーが口々に言った。
「それで、みんなで一斉に起こそうって思ったんだ。」
と、信彦殿。
「それぞれ座布団とか持って、押さえ込む作戦を取ったんだ。」
と、シグナル殿。
「合図を送って、一気に押さえ込む!とまでは良かったんですが・・・。」
と、正信殿。
「キリュウがおもいっきり暴れたでしょ。あれで吹っ飛ばされそうになって・・・。」
と、クリス殿。
「でも、みんなで何とか押さえていたんです。そこでもうすぐで起きる!と確信してたんですが・・・。」
と、カルマ殿。
「万象大乱!と唱えられてあっという間にみんな小さくされちゃったって訳。」
と、ハーモニー殿。
「迷惑なことに、参加してなかったものまで小さくされてしまったんじゃからの。」
と、信之助殿。
「しかももう一振りキリュウさん行っちゃって、みんな吹っ飛ばされちゃったの。」
と、みのる殿。
「それでみんな散り散りになってしもうて・・・集まるんは大変やったんやで。」
と、空飛ぶねずみ・・・ああ、確かフラック殿とか言っていたな。
「けどさあ、普通の大きさならまだいいよ。滅茶苦茶小さくされちゃったから・・・。
とまあ、そんなわけでみんなくたくたなんだよ・・・。」
と、最後に翔子殿。
ふうむ、そういうことか。夢の内容と一致するな。やはり出てきたのは起こそうとした者達か。
「・・・あきれたやつらだな。人一人起こすのに何というざまだ。」
コード殿がほとんど気の抜けた声で言った。
まったくその通りだ。・・・とは、私は言えないが。何せ寝てたしな。
「それで皆さん、いくら待ってもいらっしゃらなかったんですね。
でも良かったです。こうして無事だったんですから。」
「はは、ありがとう、エララさん・・・。」
エララ殿の笑顔の声にも、苦笑いしながら答えるシグナル殿。
しかしどうも様子が違うな。皆とは違ってなんとなくほっとしているような顔だが・・・。
「シグナル殿、大変ではなかったのか?なんとなく安堵の様子が見て取れるのだが。」
「そりゃまあ、謎だらけの試練を受けずにすんだから。それに比べればまだましかなって。」
おお、なかなかに前向きな考え方だな。他のみんなも見習って・・・と、それは無理か。
みんなはそれぞれ密かに相談しあって計画を立てていたのだからな。疲れも倍増しているだろう。
チラッとオラトリオ殿を見ると、苦笑いをしながらも最後には微笑んでくれた。
うむ、オラトリオ殿も前向きに考えているようだな、結構結構。
少しの沈黙の間のんびりと座っていると、翔子殿が言ってきた。
「キリュウ、何がそんなにおかしいんだよ。分かってるのか?誰のせいでこんなになったのか。」
やはり不機嫌だな、目がそう言っている。他の皆もそんな感じだが・・・。
しかし私はそれに少しも臆することなく答えた。
「翔子殿、目覚ましをしかけさる気力を失わせたそなたがいけないと思うぞ。
逃げたらひどい目に遭わせるとか・・・だから私はわざわざ目覚ましを仕掛けるのをやめにしたのだ。
それに、謎が多すぎて私はずうっと寝つけなかったのだ。
ひょっとしたら明け方に寝付いたのかも知れぬし。だから起きるのがこんなに遅くなったのだろう。」
私の言葉にげんなりとして座り込む面々。
シグナル殿はエララ殿と顔を見合わせて少し笑っていたが。
オラトリオ殿もコード殿と苦笑いしていたな。
まあ、とりあえず例の言葉を言っておくとしよう。
「試練だ、耐えられよ。」
そして皆はますますげんなりとした顔になり、夕食の準備にとりかかり始めた。
ふむ、一時はどうなることかと思われたが、何とか無事に終われたな。
結局何をするつもりだったかは聞かせてもらえなかったが・・・。
まあいずれ分かる時が来るかもしれぬし。
その時はその時で、試練の“ひらめき”として使わせてもらうこととしよう。
うむ、良い一日だった!(ほとんど寝ていたのは少しいただけないが・・・。)