翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「ショーウインドウのエミリー」編)


『紀柳さんのパソコン奮戦記』
私はまどろみの中をさまよっていた・・・。
これが眠りか・・・、とあらためて思えるほど、そこは新鮮な感じがした。
なにやら見たことのある2人の男女が、笑顔でこちらに向かって手を振っている。
こちらも笑顔で手を振り返すと、その2人は姿を消した。そして別の場面へ。
遠くでなにやら渦巻いているものがある。あれはなんだろう・・・。
そうだ、もしかしたらここは・・・
「おっきろー!!」
「う、うわっ!!」
突然の大声に、あわてて目を覚ます。
上半身を起こしてきょろきょろとあたりを見回すと、翔子殿がニヤニヤしながら立っている姿が目に入った。
「おはよう、翔子殿。」
「おそよう、紀柳。」
おそよう?なんだおそようとは。新しいあいさつか?
疑問を感じていると、真結美殿が顔をのぞかせた。
「真結美殿、おはよう。」
しかしすごく不機嫌そうだ。いったいどうしたのだ?
「おはようじゃないわよ!もう出かけるのよ!
これ朝食にでもしてね。ほら、翔子さんも急いで!」
それだけ言うと、袋入りのパンを投げてよこした。あわててそれを受け取る。
「ほら、これが飲み物だ。顔洗ったら、それ持って外に出てこいよ。んじゃあな。」
そして翔子殿と真結美殿は外へ出ていった。
ううむ、2人の様子からして、私は寝過ごしたのだな。だから朝起きる計画を・・・ん?
少し浮かんだ疑問を残しつつ、顔を洗いに行く。
そして朝食代わりの食べ物を持って、急いで外に出た。
事務所の前に車が止まっている。なかには、すでに真結美殿と翔子殿が乗りこんでいた。
真結美殿が早く乗れといわんばかりに合図するので、慌てて後部座席に乗り込んだ。
その瞬間、車は猛スピードで走り出した。突然の事に驚きながらも、真結美殿に向かって言う。
「真結美殿、そんなに急がなくても・・・。」
「なに言ってんの!遅刻なんだから早くしないと!」
レーサーも真っ青の運転で道路を走って行く。
以前出雲殿の車に乗せてもらったことがあったが、こんなに乱暴な運転ではなかったぞ。
依頼者のところに到着するまでしばらく時間がありそうなので、翔子殿に疑問をぶつけてみた。
「翔子殿、どうして起こしてくれなかったのだ。」
「何回も起こしたんだぜ。でもすぐに寝ちゃったり、蹴りがとんできたり・・・。
まったく、よく寝る奴だなあって思ったよ。」
「うっ、申し訳ない・・・。」
だから朝起きる計画を立てようと言ったのに・・・。
「エミリー殿と交殿はどうしたのだ?」
「あの2人ならとっくに出かけたよ。紀柳が起きるまで待つって言ってたけど、
全然起きなかったから、結局少しあいさつだけして2人で出ていったよ。」
「そういえば夢の中で会ったような・・・。」
「夢ぇ?よく言うよ、手まで振っといて。これからはもう少し、起きる訓練もするようにな。」
「う、うむ・・・。」
あれは夢ではなかったのか。エミリー殿と交殿には失礼な事をしてしまったな。
考え込みながら朝食を食べていると、翔子殿がポツリと言った。
「7回。」
「え?」
「7回だよ、あたしが紀柳を起こした回数。7回目でようやく上半身を起こしたもんなあ。
いやー、よかったよかった。ラッキーセブンだぜ。なんかいい事あるかもなあ。」
「・・・・・・。」
らっきいせぶんの意味は解らなかったが、なにもそんなに言わなくてもよいではないか。
だから私は朝起きる計画を立てようと言ったのに・・・。
少しふてくされていると、翔子殿が私のほうを見て言った。
「紀柳、試練だ、耐えられよ。」
「わ、わかった。」
これでは立場が逆ではないか。せめて手伝いにおいて真結美殿の信頼を回復せねば。
そうこうしているうちに目的地に着いたようだ。真結美殿が急ブレーキをかけて車から下りる。
「2人とも、トランクの機械を運んで頂戴。さあ、いそがなくっちゃ。」
そして建物の中に入っていった。
翔子殿と一緒に車から下りてトランクを開ける。中には大きな機械が入っていた。
「朝はこれを1人で運んだんだぜ。というわけで今回は紀柳が運ぶこと。じゃあな。」
それだけ言うと、翔子殿はすたすたと建物の中に入っていった。もちろん、私に反論の隙を与えずに。
「これを1人でか?それは無茶というものでは・・・。」
しかし困っている場合ではない。これも試練のうちと、力いっぱいにそれを持ち上げる。すると、
「か、軽い!?」
そう、外見とは逆に、とんでもなく軽かった。片手でも持てそうなほどだ。
トランクを閉め、機械を持って建物へ向かう。翔子殿が、正面でニヤニヤしながら立っていた。
「ははは、軽いんでびっくりしただろ。真結美さんはこっちだぜ。」
翔子殿に誘導されて目的の部屋を目指す。
それにしても荷物持ちでこれとは。いったいどんな作業が待っているのやら・・・。
目的の部屋に入ると、テレビのような物が何台も並んでいた。ここは?
「はいご苦労さん。といっても、ここからが大変なんだけどね。さあ、その機械をここに置いて。」
に言われて、長机の上に持ってきた機械を置く。
「それじゃ説明するわね。この部屋にある50台のパソコンが暴走しはじめちゃったの。
私が特別なプログラムを組んで暴走を止めている間に、
50台すべてのパソコンのコンピュータの中枢にアクセスして、暴走を止めて頂戴。
ただし完全には抑えられないから、そこらへんは自分達で何とかしてみて。なにか質問は?」
私は素早く手を挙げた。
「なにかしら?」
「ぱそこんとはなんだ?」
私の問いに真結美殿がこける。なにか変な事を言ってしまったのだろうか。
「そんな質問は却下よ。他には?」
却下?そんな、ひどいではないか・・・。
次に翔子殿が手を挙げた。
「どうやってアクセスするんだ?あたし達はプログラムなんてわかんね―ぞ。」
「簡単よ。コンピュータがいろんな質問してくるから、それに素直に答えてあげてて頂戴。
もちろん、矛盾のないように。そういうプログラムを送るから。
中枢にアクセスできれば、表示が出るから。そこでデリートキーを押すこと。それで暴走は止まるわ。」
うーん、わけがわからぬ。ということで、私はまた手を挙げた。
「はい、なにかしら?」
「でりいときいとはなんだ?」
こんどは真結美殿は額に手をあてた。
「翔子さんに後で教えてもらって。他にはないかしら?」
そして翔子殿が手を挙げる。
「その機械って何に使うわけ?」
「これはそのプログラムを作るためのものよ。
そうそう、50台ともちゃんと意志を持ってるから、あんまり怒らせないようにね。
他にはないかしら?」
3度目、私は手を挙げた。真結美殿がやれやれといったような表情でこちらを見る。
「はい、なに?」
「質問にはどうやって答えればよいのだ?」
少しため息をつきながらも、今度はちゃんと答えてくれた。
「キーボードのキーを押して、日本語入力すればいいのよ。」
「きいぼおど?」
「パソコンの前にいっぱいボタンが並んでるでしょ、それよ。」
「なるほど、そうなのか。それでぱそこんとは・・・」
「はい、さっさとはじめて!今日中に終わらせなきゃならないんだから。
私はプログラム送るのに精一杯だから、2人で頑張るのよ。」
そして真結美殿は、長机の上に置かれた機械の前で、なにやらカタカタとやり始めた。
結局ぱそこんとは何か教えてくれなかったな・・・。
そんな私を見て、翔子殿がぽんと肩をたたいてきた。
「紀柳、パソコンてのはここにいっぱい並んでるやつ。テレビとでも思ってたんじゃね―のか。」
「なんだ、これがぱそこんだったのか。」
「そういうこと。とりあえず一緒にやってみよう。そうすりゃこつがわかるから。」
「ふむ、そうだな。いろいろ教えてくれ。」
言われるまま、1台のテレビ、いや、パソコンの前に座る。
「いいか、まず『あなたの名前は?』ときいているよな。あたしは山野辺翔子だから・・・。」
翔子殿の説明により、文字の入力、漢字変換、質問への答え方等が分かった。
ふむふむ、入力してエンターキーを押して・・・。なるほど、こういうことか。
説明を続けているうちに中枢にたどり着いた。
「ここでデリートキー、これを押すんだ。」
すると画面が真っ暗になり、電源が切れた。暴走が止まったようだ。
そのとき、真結美殿が声をかける。
「要領がわかったかしら?一応名前はそれぞれきいてくると思うけど、
50台全部、最初に入れた名前を覚えているから。
しかもちゃんと2人の区別もしてくるからね。とりあえずそこは気をつけること。
それから、2台目以降からだんだん難しくなるとは思うけど、根気よくね。」
そして自分の作業に戻る。
「分かった。それじゃ紀柳、1人でやってみろ。
あたしも紀柳の隣でやってるから、わからないことが出てきたら遠慮なく訊けよ。」
「うむ、ありがとう。しかし翔子殿はよく知っているな。」
「今朝真結美さんに全部教えてもらったんだ。どこかのだれかさんは一生懸命寝てたけど。」
「・・・・・・。」
まだ言うのか?もとはといえば、翔子殿が試練だなどと言うからいけないのではないか。
しかしこれも試練だとすれば、かなりつらいものがあるな・・・。
「ほら、早くやってみなって。慣れると楽しいぜ。」
「わかった。」
そして、作業が開始された。
翔子殿とは別のパソコンの前に座る。
さっそく名前をきいてきたので、“きりゅう”と打ち込んで変換した。しかし、
「翔子殿、私の漢字が出てこないのだが・・・。」
「なんだって?そういう時は1文字づつ変換してみるんだ。」
言われたとおりにやってみて、ようやく紀柳の漢字を出す事ができた。
そしてエンターキーを押すと、
『珍しい名前ですね。それでは中枢へどうぞ。』
なんといきなり中枢へ飛んだ。さっそくデリートキーを押すと、暴走が止まった。
「おおっ、感動だ。翔子殿、早くも終わったぞ。」
「なんだって!?紀柳の名前を入れただけだろ、すごいなあ・・・。」
得意満面の笑みを浮かべて、次のパソコンの前へと座る。
さすがに今度は、名前を入力するだけでは終わらなかったが・・・。
「ふう、やっと3台目終わり。真結美さん、もっと人連れてきた方がよかったんじゃないの?」
翔子殿の言う事ももっともだ。こういう作業は、大人数でやったほうが手っ取り早い。
「だめよ。この50台で1度にアクセスできる人数は2人まで。
それより多く同時にアクセスすると、プログラムの抑えが効かなくなってお手上げってわけ。」
よくわからぬが、3人以上はだめだという事か。ところで、
「真結美殿、最後にデリートキーを押すのは、コンピュータの意志を消しているという事なのか?」
「そうよ。正確にはコンピュータウイルスが作り出した、偽の意志。
それを中枢で消しているという事なの。
私は、その意志を説得しているというような事をしているわけよ。」
ふーむ、なかなか難しいものだな。そして、4台目を終えた翔子殿が尋ねた。
「なんで今日中に終わらせなきゃなんないの?」
「このプログラムは日が替わるまでしか効果を発揮しないの。
日が替わっちゃうと、偽の意志が全部復活して、その日の苦労が水の泡。分かった?」
「へえ、なるほど。」
その間にも、翔子殿は5台目を終了。早いな・・・。私はまだ2台目だ。
さっきから、ずっと同じ質問をしてくる。何度答えても質問は変わらない。まったく・・・。
そのうちになんと、
『何か望みは?』
ときいてきた。望みか・・・。それなら、
[中枢へ行きたい。]
と入力。すると、
『あつ・・・かん・・・べえ』
と出てきた。なんだ?これは。
「翔子殿、これは何なのだ?」
「ん?どれどれ。」
翔子殿は既に7台目を終えていた。うらやましい・・・。
「えーと・・・。紀柳、馬鹿にされてんだよ。“あっかんベー”だってさ。」
「あっかんべー?なるほど。・・・なんだと!?
“望みは?”とかきいておきながらなんという態度だ!ゆるせん!」
怒って、私はパソコンを叩こうとしたが、翔子殿に止められた。
「落ち着けって。根気よく、な?」
「う、うむ・・・。」
なだめられてようやく落ち着き、再び打ち込み作業に入る。
根気よさが通じたのか、ようやく中枢に入り、2台目を終えることができた。
さて、3台目に移るとするか。
相変わらず質問は名前で始まる。
そして次は性別をきいてきた。当然、女と入力。
すると次の質問でいきなりつまった。意味がわからないので翔子殿にたずねてみる。
「翔子殿、“すりいさいず”とはなんだ?」
「ぶっ!!」
既に10台目にかかっていた翔子殿は、パソコンの画面に頭をぶつけた。
訊いてはいけなかったのか?
「・・・紀柳、秘密とでも打っとけ。」
「ひみつ?なるほど、確かスリーとは英語で3だったな。
それで3文字・・・翔子殿、漢字に変換すると2文字になるぞ。」
「いいんだよ!そんなもん真面目に答える必要なんてないの!」
鬼神のごとく答える翔子殿に従い、それを入力。今度は、
『ケチー。それじゃ何歳?』
ときいてきた。ケチとはなんだケチとは。ここもろくでもなさそうだな。
しかし年齢か。うーん・・・、とりあえず1000歳以上とでも打つことにしよう。
すると何やら狂い始め、中枢へとたどり着いた。
こんな簡単でよいのか?
半信半疑ながらもデリートキーを押すと、暴走は止まった。
まあ終わったんならよしとしよう。次は4台目だな。そのとき、
「ちわー、注文の品届けに来ましたー。」
「あら、ありがと。そこへ置いといて。
2人とも、昼ご飯が来たわよ。悪いけど、食べながら作業してね。」
真結美殿は出前の品、チャーハンを翔子殿と私に渡すと、
自分の分を持って再び作業に入った。
さすがだな、ちゃんと昼食まで用意してあったとは。
言われたとおり、食べながら作業を続ける。
またもやわからない言葉が出てきた。さっそく翔子殿にきいてみる。
「翔子殿、“なうい”とはなんだ?」
すると翔子殿はあきれた顔で答えた。
「また秘密とでも打っとけ。しっかしこれっていつのパソコンなんだか・・・。」
言われたとおり打つと、すぐに中枢へ飛んだ。
なるほど、翔子殿はこんな方法で次々と終わらせていたのだな。よし、私も頑張るぞ。
「ありがとう、翔子殿。」
「ん?ああ。」
お礼を言って5台目に移る。
今度はしりとりの勝負を申し込んできた。さっそく受けてたつ。
むこうが“サンドイッチ”と表示してきた。
チャーハンを食べていたので、“チャーハン”と打ってエンターキーを押す。
「あっ!」
気付いたときには遅かった。私はしりとりに負けてしまったのだ。すると、
『あんたって超弱いね。もう、さっさとデリートしてよ。』
なんといきなり中枢へと飛んだ。これを怪我の功名とでも言うのだろうか・・・。
釈然としないまま、6台目へと移った。
ふむ、この調子なら翔子殿に追いつくかもしれぬな。
ちらりと翔子殿を見ると、まだ10台目から移動していない。苦戦しているようだな。
質問に答えていると、再び意味のわからない言葉が出てきた。
もっと横文字に慣れるべきなのかもな・・・。
「翔子殿、“あいでんてぃてぃ”とはなんだ?」
「そんなもんあたしは知らないよ。また秘密とでも打てば?」
「そうか、その手があったな。」
さっそく実行してみるが、
『そんなのはだめです。ちゃんと答えなさい。』
と表示され、再び同じ質問がかえってきた。
「翔子殿、うけつけてくれぬのだが。」
「そういう時はてきとーに答えるの。
あたしは今苦戦してるから、1人で頑張ってくれ。」
そうは言ってもなあ。あいでんてぃてぃ、うーん、てぃてぃをのけて、あいでん。
あいとは愛か?でんは伝。てぃてぃ・・・、確かティーはお茶だったな。
愛伝茶茶?愛を伝えるお茶?
そういえばシャオ殿が主殿に入れるお茶には愛情が込められているな。
ふむ、2人の名前でも入れてみるか。
すると質問が変わった。おお、どうやら正解したようだ。
今度は“モットー”とやらをきいてきた。もっとう?
もっとう・・・もっと。もっとと言われても・・・。うーん・・・。
とりあえず“秘密”と打ってみると、
『もっと頑張りましょう。』
と表示された。もっと頑張りましょう?わけがわからんな・・・。
「よーし!やっと終わった。長かったぜ、さあ次いこ。」
うーむ、うらやましいな。私は追いつけるのだろうか。
そのとき、真結美殿が疲れたように言ってきた。
「ちょっとあんた達、私の最初の説明ちゃんと聞いてたの?
一番苦労してるのは私なんだから・・・。
これから“秘密”なんて打つのは禁止だからね。」
むむっ、奥の手を禁止されてしまった。困ったな。
まあ、翔子殿が言ったように、適当に答えてもよいだろう。
気持ちを軽くして挑むと、6台目が終了した。
ふう、やっと7台目。7か、そういえば、
「翔子殿・・・」
「よし、これで15台目!紀柳、さっさと全部終わらせて帰ろうぜ。」
「う、うむ。」
まあいい、また後できくことにしよう。さてと、7台目だったな。
今度は“だじゃれを言え”と言ってきた。
「翔子殿、だじゃれとはなんだ?」
「それぐらい知ってるだろ。布団が吹っ飛んだとかいうやつだよ。」
「???」
わけがわからぬ。ふとんがふっとんだ?なんだそれは。それに、
「翔子殿、それでは寒いのではないのか?私は寒いのは嫌いなのだが・・・。」
「悪かったな、寒くて。ったく、自分で考えろよ。」
翔子殿は怒ったようにそれだけ言うと、自分の作業に入ってしまった。
ううむ、寒いことをいうのか?それならば、
[猛吹雪の中、夏服で立っていた。]
と入力。これは寒いぞ。
しかし返事は“?”だった。ううむ、寒い話ではないのか?
しばらく困ってそのままにしていると、画面が切り替わり、
『だじゃれを言うのはだれじゃー』
と表示された。なんだこれは・・・。
そうか、これを参考にしろという訳か。なかなか親切だな。
しかしわけがわからぬ・・・。とりあえず[?]と打ちこんでみる。すると今度は、
『猿が去る』
と表示された。さるがさる?いったいなんのこと・・・なるほどしゃれか。
まったく、それならだじゃれと言わずにしゃれと言ってくれればよいものを・・・。
心の中で文句を言いながら、さっそく入力する。以前野村殿に教えてもらったとっておきだ。
[太助、助けてくれー。]
すると、20点と表示された。むむっ、野村殿、かなり悪いぞ。
ふーむ、ならば最初に翔子殿が言ったのを入れてみるか。
今度は99点と出た。さらに“おしい!”の文字が。
残念だったな、翔子殿。こうなったら私自身で考えねばなるまいな。
[試練はつらいかもしれん。]
これならどうだ?
すると5点と表示された。思わず怒りがこみ上げ、力まかせに、バンッ!とキーボードを叩く。
「ちょっと!機械に乱暴しちゃダメよ!」
真結美殿が注意の声をあげる。しかしそんな事はどうでもよかった。
私のは5点?野村殿の4分の1ではないか。
「くうー。」
唇をかみしめていると、翔子殿がやってきた。
「紀柳、どうしたんだよ。」
「翔子殿のは99点、私のは5点だった。くっ、こんな事があっていいのか?」
翔子殿は画面を見ると、“布団が吹っ飛んだ”と入力した。
「翔子殿、同じものを2回も・・・100点!?」
そして中枢へ飛ぶ。翔子殿がデリートキーを押して笑いながら言った。
「まじめに考えすぎなんだって。きのうの試練が生かされてね―な。もうちょっと精進しろよ。」
そして自分の座っていた場所へと戻っていった。
そんな事言われても、この性格は直しようがないぞ。今度ルーアン殿に教えてもらうとしようか・・・。
そして8台目に移る。いきなり画面が変わり、4人麻雀の画面になった。
『私に勝てたら中枢へ飛んでやる。』
と表示されている。おろかな、私に麻雀で勝負しようとは・・・。
結果は私の圧勝に終わった。さっそく中枢でデリートしてやる。
少し手加減してやればよかったか。役満4回は厳しすぎたかな。
少し心に余裕を持って9台目へ。今度はなぞなぞを出してきた。
『朝は4本足、昼は2本足、そして夜は3本足で歩く動物は?』
有名ななぞなぞだ。答えは人間。
いったい誰がこんな問題を考え出したのやら、うまく作ったものだ。
難なく解いているうちに中枢へとたどり着いた。なんだ、簡単だったな。
そしてとうとう10台目に。翔子殿はすでに20台目に取りかかっていた。
私の約2倍。ということは、私が16,7台目に取りかかる頃に終わるのだな。がんばるぞ。
10台目はまず趣味を訊いてきた。試練でよいかな?
入力してみると、今度は好みの男性を訊いてきた。う―む、なんと答えれば良いのかな。
しばらく悩んでいると、質問が変わり、得意な料理を訊いてきた。
料理と言われても・・・。ほとんど毎日シャオ殿が作っているしなあ。
再び画面が変わり、今度は血液型、星座、誕生日等を次々と訊いてきた。
これはいったいなんのつもりなのだ?
20回は変わっただろうか、最後になんと、
『つきあってください。』
と出た。勝手に指が動き、“いいえ”と入力。
“そんな―。”という表示とともに中枢へ飛んだ。そしてデリート。
意志か・・・。もはやこれはめちゃくちゃだな。
少し複雑な気持ちになりながらも、11台目へ。
するといきなり音楽が鳴り出した。10秒ほどでそれが止まり、
『この曲のタイトルは?』
と表示された。うーん、とりあえず、
「翔子殿、タイトルとはなんだ?」
「題名の事。ちなみに今の曲はあたしにはわかんない。真結美さんに訊いて。」
しかし真結美殿は、
「私に訊いたって無駄よ。そんなの聞いてる余裕なんてないんだから。」
とつっかえした。
しょうがない、“わからない”と入力するか。次は、
『ジャジャジャジャ―ン。』
と鳴り、それで終わった。すると、私が訊く前に翔子殿が、
「運命だよ。間違いない。」
と言ってきた。
運命?なんともすごい題名だな。そのうち試練という名の曲が出てきても不思議ではない。
“運命“と入力。すると、
『おしい!正解は“交響曲第5番ハ短調作品67「運命」より第1楽章”でした。
ちなみに作曲者は、“ルードヴィッヒ・ヴァン・べート―ベン”です。』
と表示された。当然唖然としてそれを見るしかできない。
こうきょうきょ・・・だと?そんな長い題名を当てられるわけがないではないか。
「・・・紀柳、あたしにはお手上げだな。1人でがんばってくれ。」
と、翔子殿はそっけなく答えた。
そんな、私だけでどうしろというのだ。
次々と鳴る音楽にどうする事もできず、ただただ“わからない”と入力する。
30曲は聞いただろうか。そして再び、
『ジャジャジャジャ―ン。』
という音が鳴った。おお、なんと親切な。喜んで題名を入力しようとしたが、
「忘れてしまった。紙にでも書きとめておくべきだったな。」
それで約1時間の間頭をひねり、ようやく入力を終えた。そして中枢へ。
とんでもない所だった。何らかの恐怖を覚え、12台目へ。
今度はじゃんけん勝負を申し込んできた。5回勝負して、先に3回勝ったほうが勝ちというルールだ。
これならさっきより楽だな。指定されたキーの上に指を置き、さっそく勝負を開始する。
最初は楽勝かと思われたが、なぜか1回も勝てない。たまにあいこになったりするが、次には必ず負けていた。
ご丁寧にも連敗記録を表示してくれている。10回勝負して、もう30回だ。
(ちなみに、勝負ではなく、じゃんけんについての連敗記録である。)
そう、まだ1回たりとも勝っていないのだ。
たかがじゃんけんなのに、妙に熱くなってきた。思わず、キーを押す力が強くなる。
「じゃんけん、ほい!」
しまいには声まで出すようになってきた。翔子殿がチラッとこちらを振りかえる。
「大丈夫か?たまには休めよ。」
「くッ、また負けか・・・。翔子殿!邪魔をしないでくれ!」
翔子殿がせっかくかけてくれた言葉も、もはや邪魔扱いである。
「はいはい。ま、試練だと思って頑張れよ。」
「試練・・・。」
その言葉にますます魂がこもる。そして50回目にして、ようやく勝利した。そしてデリート。
「ふう、いい汗をかいたな。少し一休みしよう。」
それを聞いた真結美殿は、
「あのねえ、じゃんけんなんかで一休みなんかしないでよ。とっとと全部終わらせちゃって。」
真結美殿がそう言うのなら仕方ない。それでは13台目に移るか。
翔子殿はなんと、もう30台目に取りかかっていた。
うむむ、負けてられないな。気合を入れねば!
今度は再びなぞなぞだった。
『新品の傘を持っていたのに、雨が降ってきたときにずぶぬれになってしまった。どうしてだろう。』
とある。そんなもの、横から不意に水がかかったとでもすればよいではないか。すると、
『正解は“傘をささずに持っていたから”です。同じ答えでないと正解にしません。』
と出た。まったく、それはなぞなぞなのか?そんな事言ってたら、答えようがないではないか。
少し不満を口にしながら、次々と問題に答えを入力していく。
しかし、どれもこれもまったくのハズレ。ふう、どうすればいいものかな。
「紀柳、あたしがやるよ。替わりにあたしが詰まってるやつやってくれ。」
途方にくれていると、翔子殿が交替を申し出てくれた。ありがたい。
「それでは頼むぞ、翔子殿。」
「ああ、そっちもよろしく頼むぜ。」
救われた気分で、翔子殿が向かっていたパソコンの前に座る。
画面に写っていたのは、3つのカップのどれにボールが入っているかを当てるものだった。
たしか花織殿が“しゃっふるげえむ”とか言っていたような。なるほど、それか。
しかしあまくはなかった。翔子殿が交替を申し出ただけあって、とても目で追える速さではない。
これはあてずっぽうでいくしかないな。
適当に番号を打つが、すべてハズレ。確率は3分の1のはずなのに・・・。
チラッと翔子殿を見ると、すでに私が担当していたものを終え、さらに3台目。
つまり33台目にいた。私が13台目だから、後6台か。
しかし、これを終えるのは不可能ではないのか?
かといって諦めるわけにはいかな。こうなったら目で見極めてみせる!
何十回か凝視しているうちに、なんとか目で追えるまでになった。
おお、やればできるではないか。よし、さっそく試練ノートに書いておくことにしよう。
そしてみごと正解し、そこを終了させる。よし、14台目だ。
『好きな言葉は?』
と訊いてくる。ふむ、好きというほどではないが、あれを入れてみよう。
[試練だ、耐えられよ。]
と入力。するといきなり中枢へととんだ。あわててデリートキーを押す。
感激だ。近頃はかなり苦労してたからな。たまにこういうことがあるとうれしいものだ。
心も体も軽く、15台目へと向かう。そこで急に重くなった。
20桁近い足し算の答えを訊いてきたのだから。しかも制限時間10秒というとんでもないおまけ付だ。
答える前にどんどん問題が変わってゆく。これこそ不可能だな。
ついでに言えば、10秒の間に、20桁もの数を打てるものか。ケンカを売ってるとしか思えんな。
翔子殿は35代目、つまり最後の1台に取りかかっていた。となると私も頑張らねば。しかし・・・。
なんとか20桁打てるようになったものの、計算する時間などあるはずもない。
そのうちに桁数が増え出した。今はなんと30桁だ。たまらず翔子殿に助けを求めると
、 「あたしにだってそれは無理だよ。でも紀柳、せめてこいつを終わらせてくれ。」
そう言って翔子殿が退いたパソコンには、中国語が並んでいた。
「紀柳なら大丈夫だろ。頼むよ。」
まさかそんなものが出ていようとは。さっきの計算に比べれば断然簡単だな。
もうちょっとはやく翔子殿が言ってくれればよかったのに・・・。
素早く解読して返事するが、
『中国語で入力してください。』
と出た。やれやれ、世話が焼けるな。
漢字変換を何度もして、文を組み立てて返事する。すると今度は英語が出てきた。
「な、なんということだ!翔子殿、交替してくれ!」
翔子殿は私の声にこちらを振り向いたが、
「あたしが英語なんてわかるわけないだろ。頑張ってくれよ。」
「いや、交替してくれ!絶対私には無理だ!」
さっきの事からして、当然英語で答えねばならぬはず。
ということで、強引に翔子殿に交替してもらった。しかし・・・、
「だめだ!普段あたしは英語なんて全然勉強してないのに。こんなのわかるわけないよ!」
数分後に翔子殿が根を上げた。そうは言っても、翔子殿しかできないぞ。
さらにこっちはこっちで、100桁近い計算になっていた。しかも制限時間は10秒。
こんな非常識なことがあってよいものか?
「真結美さん、何とかしてよ。もうあたし達にはお手上げだ。」
翔子殿が真結美殿に助けを求める。すると、
「わかったわ、難易度を下げてもらうようにしてみる。
ただし10台暴走が復活するから、それも止めてよ。あと3時間でね。」
「3時間?どういう事だ、真結美殿。」
「かなり無茶な事してるからね。3時間以内に終了させないと、また50台全部が暴走を始めちゃうの。」
なんとそういうことか。うーむ、3時間で大丈夫なのだろうか。
「やってくれ、真結美さん。今のままじゃどっちみち無理だし。」
「じゃあ準備はいい?はい!!」

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