翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「ショーウインドウのエミリー」編)


『ちょっとした試練』
周囲の景色の変わりように気付いた悠太殿が切り出した。
「あれ、もうこんな時間か。エミリー、そろそろ帰らないと真結美さん心配するよ。」
『いつもあっという間なのよね。もっとお話したいのに・・・。』
「保護者がいるんじゃ仕方ないよな。悠太も早く帰んないといけねーぞ。」
翔子殿は悠太殿と2歳程度違うだけなのに、随分と偉そうだな。
『さてと、それでは私も仕事に戻るとしようか。とりあえず、またな、と言っておくよ。』
「うん、じゃあね。」
『また会いに来るわね。』
「仕事熱心だな、頑張れよ。」
皆が口々に交殿にあいさつするが、私には交殿の声は聞こえないので、周りに合わせるしかなかった。
「さようなら、交殿。」
すると翔子殿が、
「紀柳。さようなら、じゃなく、またね、だろ。」
そんな事言われても・・・。私だけ仲間外れみたいではないか。
『ははは、じゃあな。』
交殿は笑いながら去っていった。
ううむ、今度会うときまでには、声が聞こえる原因をしっかり見つけておかねば。
「さてと、それじゃあ事務所にもどろっか。」
『そうか、自転車置いてきたんだったわね。』
「いつもは別々に帰っているのか?すまぬな、私達がついてきたばっかりに。」
「いや、そうじゃないよ。普段は近くで下ろしているんだ。」
『もしくは、工事現場の人達に送ってもらっているの。みんな親切な人たちなのよ。』
「そうか、それは結構な事だな。」
何気なく3人で会話していると、翔子殿がちょいちょいとつついてきた。
「なあ紀柳、あたしにもエミリーがなんて言ってるか、教えてくれよ。」
「おっと、そうだったな。まあこれも試練だ、耐えられよ。」
「・・・・・・。」
実はわざと教えないでいたのだ。さっきのお返しだ。
「試練?よくわかんないなあ。まあいいや、それじゃ・・・あれ?」
帰ろうと歩き出した悠太殿が立ち止まった。残り3人も立ち止まる。
『どうしたの?悠太君。』
「交さんがこっちに来るよ。どうしたんだろう。」
「なんか言い忘れた事があったんじゃねーの、なあ紀柳。」
「わ、私にか!?しかし・・・。」
翔子殿がニヤニヤしながら言った。くっ、自分で試練と言った手前、耐えるしかない。
だから声が聞こえる原因を考えようと言ったのに。うーむ・・・。
『どうしたんですか?紀柳さん。そんなに難しい顔をして・・・。』
しかし私は応えなかった。いや、聞こえなかったと言うほうが正しい。
なんせ、交殿が言った事を直接耳で聞かず、周りの人物の反応でいかに推測するか、
そして推測できたとしても、それに対しての返事が交殿に失礼にならぬよう、
という事を懸命に考えていたのだから。
交殿がこちらにやってきた。さあ、来るなら来い!
『今日はもう仕事とはいいってさ。それに明日も休んでいいって。
たまにはエミリーさんとデートでもしたらどうだ?なんて言ってくれたよ。』
「うわあ、そうなの?良かったね、交さん、エミリー。」
『まあそんな・・・。でも明日ずっと一緒なんだ。うれしいな。』
さっそく推測してみるぞ。悠太殿の言葉から察するに、この2人にとってとてもいい事らしい。
そしてエミリー殿の言葉から、明日一緒ということは、交殿は明日仕事は休みなのだろう。
もう一つ、交殿が戻ってきた事から、今日の仕事はもう終了したのだな。なるほど、そういうことか。
それでは私の返事は、良かったな交殿、エミリー殿。
いや、それは悠太殿がすでに言ったな。とすると、うーん・・・
「紀柳、交さんもう仕事終わっていいってさ。そんでもって明日も休み。
しかもエミリーとデートだって。仲むつまじくて結構結構。さっそく計画を立てなきゃな。」
「しょ、翔子殿!!」
「あん?なに?」
「何?ではない!!試練だと言っておきながら答えをばらすとはどういうことだ!!
しかも私が返事を考えている途中に!!」
私が必死に叫ぶ姿を、4人は唖然と見ていた。それにハッ、と気付いた私は赤くなった。
し、しまった。何かまずいことを言ってしまったのだろうか・・・。
『ぷ、あははは。』
「もしかして紀柳さん、交さんがなんて言ったか当てようとしてたの?」
『もう、そんな事しなくてもいいのに。紀柳さんて面白い人ですね。』
「あははははは。」
4人ともいっせいに笑い出した。な、何がそんなにおかしいのだ?
「紀柳、ひょっとしてあたしが紀柳にふったの、試練だと思ってたの?
ちょっと軽く言っただけなのに、考え過ぎだよ。もうちょっと頭柔らかくしような。」
そう言って翔子殿は私の頭をなでた。うう、みじめだ。
ますます私は赤くなった。
「で、どこまで考えてたんだ?
返事を考えてるとか言ってたから、交さんがなんて言ったかってのはそれなりに分かったんだろ?」
『ほんと。ぜひ聞かせて欲しいわ。』
一転して興味津々と私を見つめる4人。そ、そんなに見なくても・・・。
「え、えーと・・・だ、だいたいは、翔子殿の言った通り・・・だった・・・うむ。」
「ということは、もう今日、明日と交さんの仕事はないって事と、
エミリーとデートって事が分かったんだね。すごいや。」
「い、いや、でえとの部分は分からなかったが。」
『それでもたいしたものだよ。へえー、そんな事が直接聞かなくても分かるんだなあ。』
また交殿が何か言ったようだ。もう今度は推測などせぬぞ。
「でもさあ、エミリーの様子と悠太の「よかったね。交さん、エミリー。」から、
デートなんだろうという事ぐらいよまなきゃ。50点だな。」
『もう、翔子さんたら、それは意地悪というものですよ。』
「そうだよ、あの一瞬で紀柳さんはそこまで考えたんだ。素直にすごいと思わなきゃ。」
まったくだ。50点とはひどいぞ、翔子殿。
「ダメダメ、甘やかしちゃ。そんなんじゃ試練の王者になんかなれっこない。
おっとそれから、交さんは紀柳は大した人だって。そんな事まで分かるんだ、って感心してたよ。
どうだ、当たってたか?」
「な、何!?考えなければいけなかったのか!?うーむ、私としたことが・・・。」
『別にいいって、そんな事。』
『そうですよ。でも試練の王者ってなんなのかしら。』
そんなこんなでひっきりなしに会話が続く。
落ち着いたころには、もう日が沈みかけていた。
「ちょっと、いつのまにこんな時間に。真結美さんに怒られちゃうよ。」
『本当だわ。夕方までに帰るって言ったのに。』
あわてて悠太殿とエミリー殿が走り出そうとする。
『あ、エミリー、私も事務所に行くよ。』
『そうね、真結美さんも歓迎してくれるわ。』
どうやら交殿も事務所に行くようだな。ふふん、なかなかのもんだろう。さて、返事を・・・
「紀柳、交さんも事務所に行くってさ。というわけであたし達も行こうか。
ついでに泊めてもらうように頼もうぜ。」
「う、うむ。」
また翔子殿に先手を取られてしまった。う―む、私は翔子殿に勝てないのだろうか・・・。
「おね―ちゃん達事務所に泊まるの?まあいいや、それじゃあ急いで帰ろう。」
工事現場の人達にあいさつをした後、5人一緒に走って帰る。
よく考えたら、この格好はものすごく走りにくい。途中で転んでしまった。
「大丈夫か、紀柳?」
「うーん、いたたたた。走りにくくてかなわんな。」
『紀柳さん、私みたいにスカートを少し持ち上げて走ってみてください。
そうすれば走りやすいですよ。』
「スカートを?」
少し不慣れながらも、エミリー殿の言葉にしたがってみる。ふむ、なかなかよいな。
なんだ、こんな方法があるなら、服を買った時にでも翔子殿が教えてくれればよかったのに。
横目でチラッと翔子殿を見ると、翔子殿がそれに反応したかのように、言葉を返してきた。
「紀柳、あたしはそういう服は着ない主義なの。あたしに文句は言わないように。」
・・・ひょっとして翔子殿は読心術でも使えるのか?
再び様々な考えをめぐらせているうちに、事務所に到着した。
そとで真結美殿が腕を組んで立っている。
「おそーい。ダメじゃないの、夕方までには帰ってくるようにって言ったのに。」
辺りはすっかり暗くなっていた。
「ごめんなさい、つい話し込んじゃって。おばさん、エミリーをしからないでやってよ。」
「そうそう。長くなったのはあたしたちが原因なんだし、エミリーに責任はないよ。」
悠太殿と翔子殿の言葉に、
「やれやれ、まあいいわ。それより悠太君、いいかげんおばさんってのはやめて頂戴。
呼ぶんなら名前か、おね―さん。」
なんだ、あきらめているわけではないのだな。
「あら?1人増えてる・・・と思ったら、あの交通整理ロボットじゃない。どうしたの?」
『実は今日から明日1日中、お仕事がお休みなんですって。それできてもらったの。』
真結美殿はそれを聞くと、
「なるほどねえ、明日は2人でデートでもしようってわけ。
うちで泊まるのは構わないけど、困ったわ・・・。」
そこですかさず翔子殿がたずねた。
「困ったってどういう事?」
「実は今日仕事の依頼が来てね、明日絶対出かけなきゃならないのよ。
だから助手のエミリーにはぜひ一緒に来てほしかったのに・・・。」
「そんな事なら、あたしと紀柳で助手するよ。別にいいだろ。」
なるほど、これならエミリー殿と交殿は安心して2人で出かけられるな。
それにここに泊めてもらう交換条件にもなる。
「あなた達が?そうね、そう言ってくれるんなら喜んでお願いするわ。」
「あの、その代わりと言っちゃなんだけど、今晩ここの事務所に泊めてもらえないかな?」
「ここに?」
真結美殿は少し困ったような顔をした。当然の反応だろう。
なんせ、いきなり3人も増える事になるのだから。
「真結美さん、泊めてあげてよ。エミリーと交さんのためにも、このおね―ちゃん達のためにも。」
悠太殿が助け舟を出した。ちゃんと“真結美さん”と名前で呼んだ点はなかなかのものだ。
「しょうがないわね。悠太君、こんな時だけでなく、普段もちゃんと名前で呼んでよ。」
「うん、ありがとう。真結美さん。」
承諾してもらえたようだ。これで安心だな。
『すみません、真結美さん。急におしかけちゃって。』
「いいわよ、気にしないで。この2人が助手やってくれるってんだし、ね?」
「うん、ありがとう。がんばって助手するよ。」
ふむ、それでは私もあいさつを・・・
「ところで悠太君。もう遅いんだから早く帰りなさい。」
「うん、わかった。それじゃ皆、ばいばい。エミリー、交さんと仲良くね。」
『うん、悠太君も気をつけてね。』
悠太殿が自転車に乗って帰っていった。さて、話を区切られてしまったが、私もあいさつを・・・
「それじゃ皆、中に入ってよ。明日の計画について話し合うから。
そうそう、言い忘れてたわ。お帰りなさい、エミリー。
そして、ようこそ。交さん、翔子さん、紀柳さん。」
『真結美さん、ただいま。』
『「お邪魔します。」』
皆がぞろぞろと家の中に入って行く。私は“助手頑張ります。”とか言わなくてよいのか?
「紀柳、そんなとこでなに突っ立ってんだよ。早く来いって。」
「う、うむ・・・。」
人の気も知らないで翔子殿は・・・。
そして私達は家に招待された。

「さてと、それじゃ明日どうするかって事を話し合わないとね。」
夕食を御馳走になり、皆で居間のソファーに座る。事務所とはまた別の部屋だ。
テーブルの上に置かれているのは、お菓子と、コーヒーの入ったカップが3つ。
エミリー殿と交殿は飲めないからな。
「とりあえずデートの話からいこうか。2人とも、明日はどうするつもりなんだ?」
コーヒーを飲みながら翔子殿が尋ねる。
器用だな、飲むなら飲む事に集中したほうが良いと思うのだが。
特にこのコーヒーみたいに苦いものは・・・。
『えーと、公園までお散歩しようかと思って。』
『そうなんだ。のんびりするのがいいし。』
なるほど、普段2人は忙しいのだな。それなら1日中のんびりと・・・
「うーん、もう少し遊ぶとか。例えば遊園地とかさ。」
「そうね、せっかくの休みなんだし。」
別によいのではないのか?2人がのんびりしたいと言っている事だし。
(ちなみに、2人の声は真結美殿がその都度解説してくれている。)
それにしてもコーヒーとは苦いな・・・。
『遊びですか?でも・・・。』
『あまりそういうのは・・・。』
2人は遠慮気味だ。まあしかたあるまい。あまりそういう事を好むほうではないのだろう。
しかし苦い。何故私はこんなものを飲んでいるのだろう・・・。
「2人がそう言うんじゃしょうがないわね。ゆっくりしてらっしゃい。」
「ちぇっ、まあいいか。」
翔子殿、そんなに残念そうにしなくても。それにしてもこのコーヒーは・・・。
・・・待てよ、これは2人が私に与えた試練なのか?こんな苦いものを・・・。
よし、それなら耐えねばならないな。
「紀柳ってブラック派だったのか?さすがだなあ。」
突然翔子殿が言ってきた。ぶらっく派?なんだそれは。
「へえ、そうだったんだ、すごいわねえ。このコーヒーをブラックで飲む人なん初めてみたわよ。
気まぐれで買ってみたけど、苦いのなんのって。それであたしは砂糖3杯は入れてたんだけど。」
「砂糖?」
そういえばそれらしい物がテーブルの上にある。なんだ、こんなところに砂糖があったのか。
「ひょっとして紀柳、知らずにそのまま飲んでたの?うーん、さすが。」
「知らずに?つわものねえ、負けたわ。」
おお、私は勝ったのか。ふっふっふ。
『紀柳さん?なにがそんなにおかしいんだろう。』
『きっといい事があったのよ。よかったですね、紀柳さん。』
「ありがとう、エミリー殿。うむ、これで試練に耐えたかいがあったというものだ。」
私の笑みを伴った言葉に、翔子殿がぽかんとして言った。
「紀柳・・・さっきからずっと黙っていたと思ったら・・・。
試練なんてとりあえずおいとけっての。」
「何を言う。ちゃんとでえとについて考えていたぞ。」
「だったらもうちょっと意見ぐらい言えよ。」
「いや、言う前に話がどんどん進んでいってしまってな。
ちなみに私は、2人の好きなようにするのが良いという意見だ。」
そこで真結美殿がパンパンと手をたたいて話を区切った。
「はいはい、とりあえずここでこの話はおしまい。次は依頼について話すから。
エミリーと交さんはもう席外していいわよ。2人でのんびりと、明日の計画を立ててらっしゃい。」
そうか、2人のでえとの話は終わったのだったな。
となれば付き合わせる必要はないというもの。さすが真結美殿。
『あの、紀柳さん・・・いえ、なんでもないです。じゃ、おやすみなさい。』
『それじゃ先に失礼します。また明日。』
2人があいさつまじりに立ち上がる。
「じゃあね。」
「おやすみ、エミリー殿、交殿。」
「ゆっくり考えなよ。」
そして残ったのは、翔子殿、真結美殿、そして私の3人となった。
ふむ、これで真結美殿の通訳は必要なくなったな。取り合えず・・・。
「お疲れ様、真結美殿。」
「え?まだこれから話し合うのよ。」
真結美殿は不思議そうに言葉を返してきた。うーむ、それなら・・・
「真結美さん、紀柳は通訳お疲れ様って言ってるんだよ。」
私が言う前に翔子殿がそれに答えた。さすがだな。
「なんだそうなの。もうちょと言葉数を多くしてよ。私は心理学者じゃなくて機械除霊師なんだから。」
真結美殿は少し不機嫌そうだ。裏目に出てしまうとは、私もまだまだか・・・。
「まあいいわ。さてと、とりあえずあなた達にしてもらう事は荷物持ち。
それと・・・そうね、後は明日の朝にでも言うことにするわ。結構複雑だから。」
「に、荷物持ち?」
翔子殿がすっとんきょうな声をあげた。
「別によいではないか。助手をすると申し出たからにはしっかりせねば。」
私の言葉に、真結美殿は当たり前のようにうなずいた。
「その通り。本当は荷物持ちより大変な仕事が待ってるんだから。
というわけで2人とも、明日はよろしくね。」
「うむ、任せられよ。」
「は〜い。」
私のしっかりした返事とは逆に、翔子殿はかなり投げやりだ。そんなに荷物持ちが嫌なのか?
「なんかあっさり終わったけど、これで話はおしまいよ。じゃあおやすみ。」
真結美殿はそう言って立ち上がると部屋を出ていった。
ちなみに私達2人が寝る場所はこの部屋。ちゃんと毛布も用意されてある。
「はあ、もうちょっと面白い仕事だと思ったのに・・・。荷物持ちかあ・・・。」
他にも仕事があると真結美殿は言っていたではないか。
まったく、こんな様子で明日は大丈夫なのか?ふむ、とりあえず・・・。
「翔子殿、試練だ、耐えられよ。」
「・・・はいはい、耐えますよ。耐えればいいんでしょ、ふう。」
納得したようだな。そして食器等を片付け、寝る準備をする。
それでは眠るとするか。
「おやすみ、翔子殿。・・・はっ、明日起きる計画を立てねば!」
しかし翔子殿は、
「そんなもんしなくていいよ。おやすみって言ったんなら、とっとと寝ようぜ。」
と言ってきた。当然私はそれに反発する。
「何を言うのだ。しっかり計画を立てねば、私は・・・」
「紀柳!試練だ、もう眠られよ。」
「な、なにっ!?」
やられた。私としたことがうかつだった。
「分かった。おやすみ・・・、翔子殿・・・。」
「はい、そんじゃおやすみ。明かり消すよ。」
結局そのまま眠ってしまった。
ああ、私は明日起きられるのか?これも試練か・・・。

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