翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「ショーウインドウのエミリー」編)


『はじまりは1着の服から・・・。』
「あ、この服いいなー。なあ紀柳、どう思う。」
「別にどれでもいいではないか。」
「だめだめ、紀柳が着るんだからちゃんと選べって。」
「うーむ、だからどれでもいいのに・・・。」
今、私と翔子殿は洋服店に来ている。私は別に来たくなかったのに、翔子殿に、「服を買ってやる。」と、
ひっぱられてきたのだ。ということで、私はずっとあいまいな返事をしていた。
そうしているうちに、翔子殿はすたすたと別のところへと歩いていった。あきらめたのだろうか?
「なあ紀柳、それじゃこれでいいよな。」
そう言って見せたのは、何と男もののスーツだった。
「翔子殿、私に男装しろというのか?」
「ほらあ、何でもよくないじゃん。文句言うんならまじめに選ぶこと。わかった?」
やれやれ、翔子殿にうかつなことは言えぬか。あきらめてしっかり選ぶことにしよう。
「しかし翔子殿、服なんか買う余裕はあるのか?」
「大丈夫だよ。さっきお金とどけて1割もらっただろ。それで十分だよ。」
そう、ここに来る前に、20万円も入った財布を拾ったのだ。
交番にそれを届けると同時に落とし主が現れ、1割の2万円を頂戴した、というわけだ。
それにしても、服を買いに来るという目的ではなかったはずなのだが・・・。
「おーい紀柳、これなんかどうだ?」
今度翔子殿が見せたのは、いつもシャオ殿が着ているような、ロングスカートと一緒になった服であった。
いや、これはドレスといったほうが近いかもしれない。こんな服を見せてくるとは・・・。
まあいつまでもここにいてもしょうがない。これにするか。
「翔子殿、それがいい。」
「おっ、そうか。それじゃ早速試着してきてくれ。」
「ああ、わかった。これからはこの服を着るのだな。」
翔子殿から服を受け取り、試着室へと向かう。店員の案内は遠慮して、今まで選んでいたのだ。
なんせ2時間も店内をうろついていたのだから。しかし、店員は相変わらず笑顔を絶やさないでいたようだ。
さすがは商売というものを心得ているな。結構結構。
「ふむ、こんなものか。それにしても何故翔子殿は、服なんか買おうと言ったのだろう。」
着替えを終え、試着室から出る。
「おー、似合ってるじゃん。これなら町中の人に注目されること間違いなしってね。
たまにはこんな風にオシャレもしてみろよ。」
普段ならここで私は顔を赤くするのだが、先ほどの疑問が膨れ上がり、それを拒んだ。
「なあ、翔子殿。服なんか買おうなどと思ったのは何故だ?」
さっきまで着ていた服を手渡し、たずねてみた。すると、
「ああ、気分転換だよ。別にいいだろ。あ、すいませーん。この服買いまーす。」
さらりと答えると店員を呼んでレジに向かっていった。何も私で気分転換しなくてもと思うのだが・・・。
「・・・そういうこと。うん、ありがとな。」
服の代金を払い、値札等、ついているものをすべて切り離した。
そして袋を受け取り、私が今まで着ていた服を翔子殿がそれに入れる。
やれやれ、やっとこの店を出られるな。そう思って歩いていると、出口付近で1人の青年に呼び止められた。
制服を着ていないところを見ると、客のようだ。
「ちょっとすいません。あなたが今買って着ている服って、エミリーさんの服じゃないですか?」
いきなり何を言ってくるかと思えば、とんでもないな。
「これは商品なのだろう?ちゃんとお金を払って買ったのだぞ。」
まあ、お金を払ったのは翔子殿だが。すると青年はこう答えた。
「いえいえそうじゃないんです。何だ、知らないで買ったんですか。だったらいいです。」
しかし翔子殿はすかさず反発した。
「いーや、よくないね。エミリーさんてのは誰なのか、ちゃんと説明してくれよ。」
相手がいいと言っているのだから、無理に聞かなくてもよいと思うのだが・・・。
「エミリーさんていうのは、この店に依然飾られていた、電気で動くマネキンなんです。
容姿も踊っている姿もすっごく奇麗だったんで、私はファンになって、さん付けで呼んでいるわけなんです。
あ、わたしの他にもたくさんファンの人がいるんですよ、これ本当です。」
少し照れながらその青年は説明をする。なるほど、マネキンか・・・ん?
「翔子殿、マネキンとはなんだ?」
「マネキンってのは人の形をした人形、ってそのまんまか。
えーと、人間の替わりに服を着せて店の中においとくんだよ。
そうすりゃ、服を着たときにどんな格好になるか分かるだろ。そのための人形だよ。」
翔子殿の説明にうなずくと、再び青年が話し始めた。
「実は何日間かこの店に来ないでいる間に、そのエミリーさんがいなくなっていたんです。
店の人に聞いたところ、機械除霊師ってところに引き取ってもらったそうなんです。
そんなもの聞いたことなかったからどうしようかと思いまして。
それで、店の中にエミリーさんと同じ服を並べてもらえるように頼んで。やっと買ってくれた人がいた。
というわけで、あなたが今着ている服は、エミリーさんが着ていた服とまったく同じなんです。
だから何か関係のある人かな、と思ってたんですが・・・。違ったみたいですね。」
なんとも長い説明だったな。少し整理し直してみよう。
とにかくこの青年は、機解除霊師に引き取られた、エミリーというマネキンを探しているのだな。
「翔子殿、そのエミリー殿とやらを探してみようではないか。」
「探してどうすんだ?別にあたしたちには関係ないじゃん。」
青年はそれを聞くと、あきらめたように言った。
「そのとおりです。あなたたちには関係ありません。すいません、呼び止めて。
はあ、もうあきらめようか。」
そして青年は店から出て行こうとしたが、
「まあ待てって。もし偶然でもあたしたちが見つけられたら、連絡ぐらいするよ。
一応電話番号だけでも教えてくれよ。」
と、翔子殿が呼び止めた。なんだ、結局探すのではないか。
まあ翔子殿は結構気まぐれなところがあるし、途中で止めるかもしれぬが。
「そうですか?ありがとうございます。これ、私の電話番号ですよろしく。」
「ああ、期待しないで待っててくれよ。」
青年は町の人ごみの中へと消えていった。
期待せずに待つなどという器用な事ができるものなのか?まあいい、試練の参考にでもさせてもらおう。
「では翔子殿、探しに行こうか。」
「本気で行くつもりなのか?あたしは探すつもりなんて全然無いけど。」
ふむ、確かに期待せずに待てそうだな。しかし、
「翔子殿、気分転換は終わったのだろう?ならば探しに行くのは悪くあるまい。どうかな?」
私の言葉に、翔子殿は、ふう、とため息をついた。そして・・・。
「しゃーねーな。じゃとりあえず、その機械除霊師とやらを探してみようぜ。」
「うむ。」
この時点で、私達はようやく店を出る。とはいうものの、特に目的地があるわけではない。
ぶらぶらと町を歩きながら、道ゆく人に聞き込みをする程度しかできなかった。しかし・・・、
「ダメだなあ、全然知ってる人に出会わない。そもそも機械除霊師ってなんなんだ?」
「知らないで探そうとしていたのか?名前の通り、機械にとりついた霊を掃う人のことではないか。」
「そんな人が本当にいるのかねえ・・・。」
翔子殿が諦めかけてきたようだ。無理もない、店を出て2時間は探しまわっているのだから。
「翔子殿、エミリーと言う名で聞いてみてはどうだ?」
「エミリーねえ・・・。そういや、なんで機械除霊師に引き取られたりなんかしたんだろう。
そのエミリーになんかとりついたのかな。」
普通に考えれば、翔子殿のような説が浮かぶ。しかし・・・。
「翔子殿、除霊したのなら引き取る必要は無いはずでは?」
「それだよなあ。ああ、もうわけわかんなくなってきた。」
たまらず頭をかきむしる翔子殿。ふーむ、行き詰まったか。
そんな事より、私は町の人に全然注目されて無いぞ。翔子殿、うそはいかんな。
少し立ち止まって自分の着ている服のあちらこちらを見る。そのとき、
「あれ、おねーさんの着ている服って、エミリーが最初着てた服じゃない。どこで手に入れたの?」
翔子殿と同時にその声のほうを振り向くと、小学生らしき男の子が、自転車を支えて立っていた。
エミリー殿について何か知っているのか?
「あのさあ、あたし達、そのエミリーってマネキンを探してるわけ。知ってるんなら教えてくれないかなあ。」
翔子殿が助けを求めるような声でたずねる。よほど疲れたらしいな。
「知ってるけど、なんでエミリーを探してるの?」
「それは・・・」
翔子殿が青年の話を交えて説明する。上手だな、私にはとても真似できない。
「へえー、そうなんだ。いいよ、これから案内するから、俺についてきて。」
自転車を押して歩く少年についてゆく。途中で自己紹介もし、いろいろ質問をしてみた。
「どうして、私の服がエミリー殿の服だと、すぐに分かったのだ?」
「だってその服って、どの店でも見たこと無かったもん。
日本中で一着しかないなんてうわさが出たぐらいだしさ。
きっと、エミリーの影響かもね。」
ふーむ、マネキン1つでそこまで影響が出るものなのか。この服は大事にせねばな。
「なあなあ、なんでエミリーはその除霊師に引き取られたんだ?」
「うーん、ちょっと長くなるけど、いいかな。」
どうぞどうぞと2人でうなずくと、木村悠太殿(この少年の名前)が説明を始めてくれた。
『いつのまにか意思を持ったエミリーは、店の向かい側に置かれてあった交通整理ロボットに恋をし、
それでそのロボットに見てもらいたいと、ひとりでに踊るようになった。しかし、機械除霊師とやらに、
「あのロボットは意思を持たないから、踊っても無駄だ。これ以上勝手なまねをすると壊す。」
と言われ、踊るのをやめた。悠太殿は、ずっとこの店にいられるように、マネキンのふりをしてくれるように、
とエミリー殿と約束した。ところが、そのロボットが工事の終了とともに連れていかれるのに耐えられず、
悠太殿の制止を振りきって飛び出してしまった。
騒ぎが大きくなるのを見かねた機械除霊師は、エミリーを壊そうとする。
しかし、悠太殿の必死の呼びかけに、交通整理ロボットも意志を持ち、めでたく事件は解決した。
それでエミリーを、機械除霊師が引き取った。』というわけだ。
「はあー、確かに長かったねえ。あんたってすごいな。」
翔子殿が感心と疲れの混じったため息をつく。
「いやそんな。でもエミリーにありがとうって言われたときは、ほんとうれしかったな。」
物が意志を持つということはあるものなのだな。ルーアン殿の陽天心と違って仲良くできそうだし。
悠太殿は良い経験をしたな。これを試練に応用できないだろうか・・・。
そして機械除霊事務所に到着した。呼び鈴を悠太殿が鳴らす。
すると、一人の女性が出てきた。この人が機械除霊師の相菜真結美殿だな。
「あら、悠太君。そうか、それでエミリーったらあんなにはしゃいでたのね。」
「そうだよおばさん。今日はエミリーを工事現場に連れていく日。だからエミリーを呼んできてよ。」
おばさんと言うにはまだ若そうに見えるが、それなりの年なのだろう。
悠太殿の言葉に従う前に、真結美殿が質問してきた。
「そっちの2人はなんなの?ひょっとして依頼者かしら?」
あわてて翔子殿が答える。
「いえ、違います。エミリーに会ってみたいなってことで、この悠太君に案内してもらったんです。」
その言葉に、少し残念そうな顔をした真結美殿だったが、
「分かったわ。エミリーを連れてくるから、そこでちょっと待っててね。」
と、事務所の奥へと姿を消した。それと同時に翔子殿が悠太殿に質問する。
「なあ、おばさんなんて言ってるけど、あの人そんなに年いってるの?」
「ううん、俺がただそう呼んでるだけ。最初は『おねーさんでしょ?』とか言ってたけど、もう諦めたみたい。
本当は名前で呼んでるんだけど、ついくせで。」
なるほど、そういうことか。しかし、本当なら私のほうがはるかに年上なのだが、
私はおねーさんと呼ばれたっけな。
精霊は人間と違って、外見はそう変わるものではないし。とりあえずおばさんと呼ばれたくはないな。
考え事をしているうちに、真結美殿がエミリー殿を連れてきた。
エミリー殿は確かにマネキンであったが、それはよく見ないと分からないぐらい、人間のようであった。
『こんにちは悠太君。この方達は?』
「えーと、エミリーに会いたいって言うから、俺が連れてきたんだ。こっちが山野辺翔子さん。
そしてエミリーが前に着てた服を着ているこの人が紀柳さん。」
『まあ、あたしに会いたくて?わざわざありがとうございます。でもこれから出かけるんですよ。』
エミリー殿は悠太殿と言葉を交わしているようだったが、私達にそれが聞こえるはずも無かった。
なんといっても彼女はマネキンなのだから。
「あのー、あたし達にも、エミリーが何言ってるか教えてくれない?」
たまらず翔子殿が悠太殿にたずねた。私が言う前に言ってくれるからうれしいものだ。
「ああそうか、おねーちゃんたちには聞こえないんだよね。会いに来てくれてうれしいって。
でもこれから出かけるんだ。工事現場の交さんに会いに。」
「交さん?ああ、来る途中言ってた、あの交通整理ロボットか。なんで交さん・・・なるほど。」
交通整理ロボットだから交さんか。すると万難地天の私は万さんか?
うーむ、絶対にそんな名前で呼ばれたくはないなあ。
「というわけで、おねーちゃん達どうするの?」
「あたし達も工事現場に行っていいかな。その交さんとやらに会ってみたいんだ。」
『どうぞどうぞ。ぜひ一緒に行きましょう。』
またもやエミリー殿がしゃべったようだが、私には分からない。まるで離珠殿と話をしているみたいだ。
「エミリーがぜひ一緒に行きましょうだって。それじゃ、さっそく出発しようよ。」
「よかった。じゃあついて行こうぜ。」
4人そろって出かけようとする。真結美殿は事務所に残るようだ。
「じゃあ気をつけてね。エミリー、夕方には戻ってくるのよ。」
『はーい、行ってきまーす。』
真結美殿に見送られて事務所を後にする。
歩いて行くので、悠太殿の自転車は事務所においてゆくことにした。
普段はあの後ろにエミリー殿を乗せていくようである。2人乗りなどして、危ないとは思わないのだろうか?
『紀柳さんはどうしてその服を買おうと思ったんですか?』
エミリー殿が私に何か言っているのに気が付いた。すぐに悠太殿に教えてもらう。
「どうしてその服を買おうと思ったのかって聞いてるんだよ。」
なるほどな。エミリー殿としては気になることだろう。
「うむ、成り行きでな。まさかこの服を買うことによって、
エミリー殿に会う事になろうとは、夢にも思わなかったが・・・。」
『へえ、偶然というのはすごいものですね。』
偶然か・・・。確かに偶然としか言いようがないな。翔子殿に無理矢理引っ張られて洋服店に入って買った服。
その服がこういう出会いになるなど、誰が予測できただろう。この世には、まだまだ分からぬ事があるな・・・。
「どうしたんだ紀柳、考え込んじゃってさ。」
「偶然とはすごいなと思ってな。エミリー殿が言ったのと同じことだが。」
私のその言葉に、悠太殿とエミリー殿、そして翔子殿が足を止めて私のほうを見る。
なんだ?そんなに見つめられると照れるではないか。
せめて3人で私を注目しようというのか?別にそんな事はしなくても・・・。
「紀柳さん、ひょっとしてエミリーの声が聞こえたの?」
突然何を言うかと思えば。
「そんなはずはないだろう。だから悠太殿に、エミリー殿の言葉を伝えてもらっているではないか。」
「でも、偶然なんてことは俺は伝えてないよ。エミリーが言ってそのまま。」
伝えてない?ということはあれはエミリー殿の声だったのか?しかし・・・、
「エミリーさん、もう一度紀柳に何か言ってみてよ。」
『紀柳さん、本当に私の声が聞こえたんですか?』
「いや、そんなはずは無いぞ。」
まったく、エミリー殿まで何を言うかと思えば。私にエミリー殿の声は聞こえな・・・
「聞こえてるじゃんか!紀柳って落ち着きすぎだよな。」
聞こえてる?どうしてそんな事が分かるのだ?
「そうだよ!エミリーの声に返事したってことは、聞こえてるってことだよ。」
なるほど、そういうわけか。確かに声が聞こえねば返事はできぬな。ハハハ・・・
「なに!?聞こえているのか!?一体どうして!?」
「・・・ただずれてただけか。」
「すごいんだかすごくないんだかわかんないね。」
『とにかくあたしの声が聞こえるんですね。うわあ。』
私の問いには答えず、それぞれ思い思いの言葉を発する。ふーむ、自分で考えなければならぬか。
「でもどうして紀柳に声が聞こえるようになったのかなあ。」
なんだ、同じことを考えるのなら、予想でも良いから素早く答えてくれてもいいではないか。
「悠太殿は、最初どんな状況でエミリー殿の声が聞こえたのだ?」
「それは来る途中に言ったじゃない。交さんが意志を持つようになって、
そのときにエミリーがありがとうって。それが初めてだよ。」
『そうなの。あの時はとにかく悠太君にお礼が言いたくて、どうしてもあたしの気持ちを伝えたかったから。』
「なるほど、しかし今の私と状況がまるで違うな。参考にはならぬか。」
なにかヒントにぐらいにはなるかと思ったのだが、どうしようもないな。
「まあ別にいいんじゃねーの、気にしなくてもさ。いまはとりあえず交さんとやらのいるところへ向かおうぜ。」
「そうだよね。考えてもわかんないし。」
まあそれが正論というもの。こんなところで時間を無駄にするわけにもいかぬし。
『紀柳さん、また後でゆっくり考えてみましょう。』
「そうだな。それでは行くとしよう。」
ふたたび歩を進め始める。予定より少し遅れたものの、無事に工事現場へと到着した。
「ほら、あそこに立っているのが交さんだよ。」
忙しそうに交通整理をしているロボットが目に入った。
とはいっても、見た目は普通の人間とほとんど同じである。
「働いてるんじゃ、会いに来た意味が無いんじゃ・・・。」
『あたしは働いている交さんが大好きなんです。今日も素敵だわ。』
ふむ、そういうことか。しかしせっかく会いに来たのだから話ぐらいはしてみたいものだ。
と思っていると、その交さんと誰かが交替をした。工事場の休憩所らしき場所に、交さんが座る。
「あれ?交替したぞ。」
「そりゃそうだよ、今日はエミリーが来る日だからね。働いている姿ならいつでも見えるし。」
考えてみれば当たり前か。これで話ができるぞ。
4人でその休憩所へと向かう。エミリー殿に気付いたのだろう、交さんが立ちあがった。
『エミリー、会いに来てくれたんだね。うれしいよ。』
『交さん、働いてる姿、とっても素敵だったわ。やっぱり働き者の交さんが好き。』
『ありがとう。そして悠太君、こんにちは。いつもエミリーを連れてきてくれてありがとう。
ところで、そちらの2人はだれだい?』
『交さん、こちらは翔子さんと紀柳さん。紀柳さんはあたしの声が聞こえるのよ。
交さんの声も聞こえるんじゃないかしら。』
『へえ。よろしく、紀柳さん。』
交さん、いや、交殿かな。エミリー殿と2人で話をしているようだったが、
私にはエミリー殿の声しか聞こえてこなかった。
「そなたの声は聞こえぬが、よろしく、交殿。私が紀柳だ。」
『そうか、聞こえないのか。でも交殿って・・・。まあいいけどね。』
私の呼び方に、悠太殿とエミリー殿が声を合わせて笑う。
そんなにおかしいのか?しかし交さん殿と呼ぶわけにもゆくまい。
「なあ翔子殿・・・ん?」
翔子殿はなぜかさっきから固まったままだ。
どうしたというのだ。あいさつぐらいはしないと失礼だぞ。
「聞こえる・・・。」
「え?」
「聞こえたんだよ、あたしにも声が!」
『『「「ええっ!?」」』』
翔子殿を除く4人で驚きの声をあげる。
なるほど、翔子殿にもエミリー殿の声が聞こえるようになったのだな。
「翔子さん、エミリーの声が聞こえたんだね。でもどうして?」
『とにかく良かったわ。これで翔子さんともお話ができるのね。』
話か。これで交殿の声が聞こえればいうことはないのだがな。
「翔子殿、良かったな。後は交殿の声だ。」
「いや、違うんだ。」
「違う?」
空耳とでも言いたいのか?いまさらそれはないだろう。
「あたしに聞こえたのはエミリーさんの声じゃないんだ。交さんの声なんだよ!」
『「「ええっ!?」」』
『私の声が!?』
またもや4人で驚く。なんと、交殿の声が聞こえたのか。
となるとますますわけがわからん。一体どういう原因で声が聞こえるようになるのだ?
しばし呆然としていたが、ようやく我に帰り、
これまでのいきさつをふまえながら、少し話し合ってみる事にした。
『わからないなあ、やっぱり。』
「これは考えてもわかるもんじゃないよ。もう諦めようか。」
『でも悠太君。やっぱり気になるじゃない?』
「その通り。原因がわかれば、2人の声を聞けるようになるというもの。もう少し考えてみようではないか。」
「うーん、でもなあ・・・。」
いつまでたっても、分からない、いや考えてみよう、の堂々巡りだった。しばらくして、
「別に考えなくたって、そのうち分かるんじゃないの。それに片方ずつでも分かるんなら丁度いいと思うけど。」
考えるのを止める案を翔子殿が出した。やはり翔子殿らしいな。
『ふう、そうだな。細かい事は気にしないようにしようか。』
『そうね、考えるよりは楽しくおしゃべりしましょう。』
「2人がそう言うんならしょうがないよね。話題を変えようよ。俺もしっかり通訳するから。」
「私は納得がいかないのだが・・・。」
しかし私の意見はかき消されてしまい、話は別の方向へと飛んでしまった。
少数派の意見の尊重は、いつの時代もされないものなのだな。
仕方なく、私も別の話しに加わることにした。翔子殿みたく、切り替えを早くするべきなのかな・・・。
しばらく話し込んでいるうちに、日が傾いてきた。もうすぐ夕方だ。

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