翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「ショーウインドウのエミリー」編)


『新たなる謎・・・』
真結美殿の合図とともに、画面が替わった。今度は10桁の足し算だ。しかも制限時間は1分。
それと同時に他の10台がまた動き出したようだ。
「おおっ、日本語だ!なになに、現代における政治の・・・。
こんなもん英語で言われてもわかるわけねーよな。よし、さっさと終わらせるぞ!」
ふむ、翔子殿のほうも簡単になったようだな。私も急がねば。
素早く計算し、答えを入力してやると中枢へとんだ。ふう。
私と翔子殿、2人同時に終了したようだ。残るは10台。気合を入れなおして次へ向かう。
まず訊いてきたのは名前。素早く入力。すると苗字を訊いてきた。
「みょ、苗字?うーむ・・・。」
困りながら“万難地天”と入力。しかし受け付けてくれなかった。
「翔子殿、私の苗字はなんなのだ?」
「七梨と打てばいいんじゃない?」
七梨?いやしかし、私は主殿の姉妹ではないし、結婚しているわけでもないし・・・。
少しもじもじしていると、翔子殿が大声で言ってきた。
「ったくう、なに悩んでんだよ。七梨が言ってただろ?“紀柳も俺の家族だ“って。迷う事なんかないよ。」
「家族・・・。」
そうか、そうだったな。ありがとう、主殿、翔子殿。
そしてめでたく中枢へいき、デリート。すがすがしく次へ向かう。
今度は間違い探し。3分という制限時間内に、2つの絵の間違いを10個指摘せよというものだった。
最初は簡単だと思ったのだが、9個見つけたところで分からなくなった。
しかし残り2分半もある、大丈夫だろう。・・・と思っていたが甘かった。
いくら目を凝らしても見つけられない。ついに残り30秒を切り、
『早く早く、時間がないよ。』
とせきたてられた。
「分かってるからそう急がせないでくれ。」
とつい答える。う―む、あの草でもなく、この家は・・・。
「そうか!分かったぞ!」
とうとう見つけた。最後の間違いを入力。そしてデリート。
「ふう、なかなか楽しいものだな。」
それを聞いた翔子殿が、
「今更楽しくなったのか?それじゃ、今度七梨にパソコン買ってもらえよ。」
と言ってくれた。そうだな、今度主殿に頼んでみることにしよう。
次のパソコンの前に座ったとき、これを合わせて残り5台となっていた。
やはり翔子殿は早いな。さて、今度はなんだ?
画面は真っ暗だ。しかし電源はついている。なんのつもりだろう?
しばらくそのまま座っていると、真結美殿が言ってきた。
「そこは勝手にデリートしてくれたわ。だから次いっていいわよ。」
それと同時に電源も切れた。こんなのでよいのか?少し残念そうにしながら次へ。
今度訊いてきたのは世界の仕組みについて。
『この世界はどういう構造で成り立っていますか?』
だと?ううむ、私達が住んでいる世界に、大地、空、海等が存在して、そして月、太陽、数々の星が・・・。
というようなたぐいの説明を入力。すると、
『まあいいでしょう。ではそれらをまとめて、どんな世界ですか?』
と訊いてきた。
たしか、以前図書館で、あの世とこの世の話とかいうのを読んだような。“この世”でよいかな?
『もっと大きく。』
と表示された。なんのことだ?それならば“あの世”と入力してみよう。
『もっと大きくと言ったでしょう。』
と表示された。他に言い方があるのか?
少し困りながら考えてみる。横のほうを見ると、翔子殿は6台目にいた。
つまり、翔子殿も私も、これが最後というわけだ。
「翔子殿、この世とあの世をまとめてなんと言うのだ?」
「は?なんだよそれ。あたしにはそんなもんわかんないよ。自分で考えてくれ。」
そっけなく返された。少しは考えてくれてもよいではないか。
「翔子殿・・・」
「もう、うるさいな。あたしだって苦労してるんだよ。
それにあたしはぱっと聞いてわかんない質問には、正直にわかんないって答えてんだ。だから諦めてくれ。」
それならしょうがない、自分で考えることにしよう。
しかし考えれば考えるほど分からなくなる。そうこうしているうちに、
「あと1時間よ。頑張ってね。」
という真結美殿の声が聞こえてきた。まさか、最後でここまでてこずるとは思わなかったな。
うーん、世界、世界・・・。そして、後30分というところでヒントが出てきた。
『○○界と入力してくださいね。』
と。○○界?とりあえず“世界”と入力。
『違います。そういう意味じゃなくて。』
と出た。そういえば世界どんな世界とか訊いてきたのだったな。うーむ、しかし・・・。
「よーし、終わったー!」
翔子殿が喜びの声をあげた。そうか、翔子殿は終わったのか。しかし私は・・・。
「あと10分よ、急いで!」
真結美殿がせかす。そんな事言われても、私にはほとんどお手上げなのだ。
「紀柳、残り10分しかないけど、あたしも一緒に考えるよ。どういう状況なんだ?」
「実は・・・。」
そばに来た翔子殿に、これまでの経過を手っ取り早く説明。当然翔子殿も考え込んでしまった。
「えらく難しいな。うーん・・・。」
まあしかたあるまい。神でもない限り、そんな事は分かるはずも・・・神?
「そうか!下界と打ってみることにしよう!」
ひらめいたように叫んで“下界”と入力。すると、
『まあいい線いってますね。でも言ったでしょう、もっと大きく、と。
この世、神界、死界等々。それらをすべて統合して、なんと呼ぶかということです。』
と表示。
「ちょっと待てよ。そんなもんあたしたちが知ってるわけないだろ。
でも神界だって。それに死界。へえ、そんなもんあったんだなあ・・・。」
「それより、私達にはもうどうしようもないな・・・。」
「あと5分切ったわよ!」
諦め気味の私達をよそに、真結美殿がせかす。
無理だ、神でもない私達にこんなものが分かるはずがないではないか。
疲れたようにボーっと見ていると、画面が切り替わった。
『神の中でも、これを知っているのはごく一部ですよ。』
と表示された。
「へえ、神様はやっぱりいるんだなあ。でもそんな事言われてもなあ・・・。」
「まったくだ。そんなものはなんのヒントにもならん。」
「あと1分!ちょっと、諦めないでよ!」
ほとんど諦め状態の私達に向かって、さらに真結美殿がせかす。もう無理だ・・・。
すべてを諦めたその時、再び画面が替わった。
『しょうがないですね、正解は“有界”です。
何故“有界”かというと、これとは逆の世界“無界”という、
なにも存在できない無の世界があるという事が、ある神によって確認されたからです。
また、それとは別に“次界”が存在します。
ここは基本的に“有界”ですが、明らかに“有界”とは違う性質を持っているので、
“次界”として区別されました。そしてもう1つ、“亜界”が存在します。
“亜界”とは、“有界”と“有界”の間に存在する世界。すなわち亜空間の事です。
4次元という説もありますが、詳しい事はほとんど分かっていません。
パラレルワールドへ行く時にここを通る、という事ぐらいです。
以上、この世界は、“有界”、“無界”、“次界”、“亜界”の4つの世界に分類されています。
ちなみに私は、このパソコンに侵入した、神々の神である・・・まあそのうち会うこともあるでしょう。
その時にあらためて。それでは中枢へどうぞ。』
長い長い説明の後に、中枢へとんだ。そして人形のような手つきで、デリートキーを私は押した。
そこですべての作業が終了した・・・。
「よかった、間に合ったのね。2人ともお疲れ様。」
真結美殿は拍手とともにねぎらいの言葉をかけてくれた。
しかし私と翔子殿はそれに反応もせず、ただただ唖然として、真っ暗な画面を見つめていた・・・。

帰り道、車の中でも私達2人は相変わらずだった。
「どうしたのよ2人とも。そんなに疲れたの?
とりあえず今晩も泊めてあげるからゆっくり休みなさい。」
「ありがとう・・・。」
翔子殿がぽつりとお礼の言葉を言う。
しかし、それもほとんど生気の抜けたようで、いつもの元気は無かった。
事務所につくと、エミリー殿と交殿が、家の前で出迎えてくれた。
『『お帰りなさい。』』
「ただいま。デートはどうだったの?」
すると、笑顔でエミリー殿はこう言った。
『とっても楽しかったわ。本当に、翔子さんと紀柳さんのおかげよ。ありがとう。』
『私からもお礼を言わせてくれ。ありがとう。』
「良かったわね、助手のお2人さん。エミリーと交さんが“ありがとう”だって。」
真結美殿がにこやかに言う。
「いや、なんの・・・。」
「そう。それにあたし達が助手やって、ホントによかったよ・・・。」
私達は疲れたような返事しかできなかった。エミリー殿が、急に心配そうな顔をする。
『どうしたんですか?2人ともなんかとっても元気なさそう。』
「かなり疲れたみたいよ。とにかく家に入りましょう。」
そして家に入り、夕食を御馳走になる。
食後、3人には悪いと思ったが、私と翔子殿は先に眠らせてもらう事にした。
横になったところで、ようやく翔子殿があの出来事について話し出した。
「紀柳、どう思う?あの説明。」
「あれだけごたいそうに言ってきたのだ。真実に違いないだろう。しかし・・・。」
自分でそうは言ってみるものの、いまだに信じられない。あまりにも突然すぎたためだ。
「とりあえずきいてみることにしようか。」
「きいてみる?いったい誰に。」
「決まってるだろ、あの案内の人だよ。絶対になんか知ってるはずだぜ。」
「うむ、そうだな。」
そして私達は寝ることにした。数多くの疑問を残したまま・・・。
そして朝。
「じゃあありがとう。2晩も泊めてもらって。」
「いえいえ。こっちこそ2人が助手してくれて助かったわ。」
「まったくだ。あれはエミリー殿には多分無理だろうからな。」
『そんなにすごかったんですか?大変でしたね。』
『ほんと、お疲れ様。おかげで私達は楽しめたけど、なんだか申し訳ないな。』
「いいよ、気にしなくて。それじゃあまたな。」
「今度会う時までには、必ず声が聞こえる原因を見つけておく。」
「じゃあね。」
『お元気で。』
『またお話しましょうね。』
しばらくの会話の後、私達は人気の無い場所へと歩いていった。
そして念じる。次に立っていたのは扉の前。
入るときには札を見ずに入ったので、かけられていた札を見て驚いた。
「“ショーウインドウのエミリー”だって。
なんだ、これを見てりゃ、もうちょっと早く会えたかもなあ・・・。」
「翔子殿が“札を見ずに入ってみよう”などと言うから。」
「それより、早速あの人に訊いてみよう、この世界について。」
「うむ、そうだな。」
2人でその女性を探そうとしたとたん、目の前にその人が現れた。
「まったく・・・。ひどいなあ、私にばっかりこんな役やらせて・・・。
お2人の質問にはまた今度答えて差し上げます。今は我慢してください。」
こんな事を言ってきた。当然翔子殿は、それに反発した。
「なに言ってんだよ!ちゃんと説明してくれないと怒っちゃうぞ!」
すでに怒っているような気もするが・・・。
「分かりました。もう、あとで絶対抗議してやるんだから・・・。」
ぶつぶつと文句を言いながら、その女性は大きな首飾りを取り出した。
金色に輝くそれに、少しびくっとさせられる。
「これは“輝光の羅針盤”といって・・・とにかくこれを身につければ、すべてがわかります。2人ともどうぞ。」
言われるがままそれを受け取り、首にかけてみる。
外見とはうらはらに非常に軽く、つけたとたん、不思議な感覚におそわれた。
そして、頭の中のもやもやが、すう―っと無くなっていった。
「すごい、なんでかわかんないけど、全部理解できたよ。へえ、そういうことか・・・。」
「しかしこれは目立ちすぎるのではないか?私はこんな物をぶら下げていたくはないのだが・・・。」
「服の内側にでも隠せば良いですよ。
とにかく、これで世界の構造がすべて理解できたはずです・・・よね。」
不安そうにその女性は聞き返してきた。安心させるように、翔子殿が言う。
「大丈夫、全部わかったよ。
でもあんまり具体的にわかんないんだよなあ。神様の名前とか・・・。」
「そんな細かい事は、また今度追求してください。ふう・・・。」
神様の名前だと?しかし私にわかったのは、世界の構成だけだぞ。
「翔子殿にだけ何故そんな事が分かるのだ?」
「あれ、紀柳はわかんないの?精霊神とか。」
ぶんぶんと首を横に振る。せ、精霊神?そんなのには会ったこともないぞ。
「ストップ!実は翔子さんには・・・いや、これはあと。
と、とにかく!今は世界構成だけで勘弁してください!それより他はまた後です!
ほんとにもう・・・。なんで私がこんな事やってるの?えーん、帰りたいよう・・・。」
ついにはその女性は泣き出してしまった。あわてて翔子殿が声をかける。
「な、泣くなって。とりあえず、あたしは分かった事をあんまり喋らなけりゃいいんだろ。」
「ぐすん。できれば全部喋って欲しくないんです。」
「分かった。全部喋らないようにするから。」
私にはさっぱり分からん。いったい何故翔子殿に分かるというのだ?
まあ、あまり追い詰めてもしかたあるまい。ここでやめておくことにしよう。
そしてその女性は、ようやく落ち着きを取り戻した。
「それじゃ、後もごゆっくり。別にいろいろ分かったからって、
大変な事になるって訳じゃありませんから、今まで通り楽しんでくださいね。」
「あの、ちょっと。せめてあんたの名前ぐらい教えて欲しいんだけど。」
名前・・・。そう言えば気にも留めなかったな。
「名前ですか?うーん・・・。ルザミスとでも名乗っておきます。ついでに、
翔子さんに招待状をなんとなく渡して、その後を全部私に任せた、無責任な人はザンデス。」
「る、ルザミス?そんでもってザンデス?」
さりげなくその男性をけなしながら、名前を教えてくれた。
それにしてもものすごい名だ。男性の方はなにやら不吉な名前のような気もするが・・・。
「変な名前なんて思わないで下さいね。実は・・・。
これ以上言っても意味無いですね。それじゃあ。」
そしてルザミス殿は姿を消した。その後にぽつりと翔子殿が言う。
「ふ―ん、ルザミスねえ。まあいいや、それじゃあ、次はどこへ行こうか。」
「今度はちゃんと札を見るようにせねば。」
しかし・・・、翔子殿は分かっているから良いようなものの、私は・・・。
「紀柳、あたしに訊いても無駄だぜ。全部喋らないって、ルザミスさんと約束したんだから。」
「わ、わかった。」
そうか、翔子殿は読心術が使える(らしい)のだったな。
まあ良いだろう。今回は試練ノートが5ページも埋まった。これは喜ばしい事だ。
「翔子殿、今度は試練が少なそうな場所でよいぞ。」
「珍しいな。でもあんだけ疲れりゃ無理ないかな。さーてと・・・。」
2人でゆっくりと扉定めをする。ところで、この服のままで次へ行かねばならんのか?
まあいい、これも試練だ。

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