これらの話は、“ヴァイキングの知恵”という本に載ってるものをもとに作ったものです。
『』がタイトルで、斜体のものはそれについて書かれてる内容です。
ガラガラガラガラ・・・ピシャン!
「ふう、戸締りはこれで良し、と。」
辺りをキョロキョロとうかがいながら智子は駄菓子屋のシャッターを閉めた。
営業時間終了よりは少し早い時刻。
何故かというと、これから秘密裏に食事へ行くのだ。
「それにしても珍しいなあ、極月さんが誘ってくれるなんて。
もっともあんまり喜んで行きたいわけじゃ無いけど、断るのも失礼だし・・・。」
不満なりを言っているが、しっかりとおしゃれはしている。
普段着ないようなフリフリのドレス。きれいな髪飾りも忘れていない。
なんだかんだで、やはり誘われて嬉しいのだ。
「ようし、後は誰にも気付かれずに極月さんの家へ・・・。」
智子がそろりそろりと店を後にしようとした其の時!
「智子ちゃん!事件だ!!」
ビクッ!
突然後ろから声をかけられて、智子は歩みを止める。
声を聞くにその主がわかり、後ろを振り向くことができない。
「文房具屋の・・・って、なんでそんなおしゃれをして?
そうか!智子ちゃんも向かうつもりだったんだね!神無月さんの手品ショーに!」
「あ、いや、あたしは・・・」
「そうと決まったら急がなきゃ!神無月さんが手品のネタを盗まれたらしいんだよ!!
そうかそうか、そんなにおしゃれして・・・
密かにアシスタントとして出演するつもりだったんだね。さあ行こう!!」
「ちょ、ちょっとー!!」
なすすべも無く、智子は師走に引っ張られていってしまった。
事情を告げる前に神無月の経営する文房具店へ・・・。
その頃、占い屋の奥で極月が水晶玉を覗きこんでいたそうな。
「智子ちゃん、詰めが甘かったようだねえ。
出かける時は師走さんにご用心、だよ。いひひひひひ。」
残念そうな楽しそうな、そして“やっぱり”といった顔で・・・。
<おしまい>
「こんにちわ~。」
挨拶と同時に玄関の扉が開いたようだ。
客か?いや、店のほうじゃ無いな・・・。まったく、呼び鈴をちゃんと鳴らして欲しいものだ。
そして私は玄関に向かったのだが・・・。
「こんにちわ、卯月さん!」
「手品!手品を見てください!!」
ぴしゃん!
訪問客を見て私は問答無用で扉を閉めた。
お喋り好きな如月さんと手品好きな神無月くんだったからだ。
いいコンビなのかしょっちゅう店回りをしている様だが・・・実は私はこの二人が苦手なのだ。
「ちょっとー!何いきなり閉めてるんですか~!
私達は泥棒じゃありませんよー!?普通の泥棒がこんにちわ~って言いますか?
ちゃんと用事があって来たんです!扉を開けて・・・って、あら!こんな所に呼び鈴のボタンが!
そっかあ、卯月さんったら呼び鈴を押さずに扉を開けたのに怒ってたのね。
そうとは気付かずにごめんなさい~。早速押しますね。」
ぴんぽ~ん
一人で納得したのか、如月さんが呼び鈴を押した。
まったく、相変わらず一人で突っ走ってる人だな・・・。
「さあこれでいいわよね。さあ開けてくださいな。
・・・あっ、ひょっとして十六連打とかをしなければならないとか?
こまったわねえ、私はそんなの出来ないのに。
あ、神無月さん、手品でなんとかできないかしら?」
「うーん、まだそんな手品は開発出来てませんが。」
「そうなのお・・・。でもダメもとでやってみよう!」
ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽ・・・
激しく呼び鈴が鳴り出した。当然耐えられなくなった私は慌てて扉を開ける。
「ええいっ!勝手に突っ走ってひとさまの呼び鈴を押すのはやめてくれたまえ!!」
「あっ、開いた!なんだあ、やっぱり十六連打が必要だったんですね。
でも今回はそんなにやってないのに・・・。まあいっか、次回からしっかり・・・」
「やらなくていい!!まったく・・・まあ来てしまったのはしょうがない、さ、あがりたまえ。」
「「おじゃましまーす。」」
まったくなんということだ。たまにゆっくりしてるとこれだからな・・・。
ぶつくさ思いながら招くと、神無月くんは玄関傍の傘立てに腰をおろした。
「?何故そんな所に。」
「いえ、こういう場所に座ってやる手品なものですから。
それに、ここだと落ち着かないからお邪魔になりすぎる前に帰れるでしょう?」
私の気持ちを察してくれたのだろうか?なんとも紳士的だな。
そのままの位置で、つまり玄関で手品鑑賞。
内容はえらく凝っていて、一本の傘を一瞬で骨だけにしたり元に戻したりする物だった。
いつ見ても素晴らしい。これで押しかけて見せに来るものじゃなければなおいいのだが・・・。
手品が終わると同時に、二人は礼をして帰って行った。
それにしても如月さんは一体何をしに来たのだろう・・・。
<おしまい>
それはすごく寒い、雪が激しく降っているある日の事だった。
当然客なんてこんな日に来るはずも無く(いや、少しは来ていたが)
俺は店の奥に座って、魚達に囲まれながら外の景色をじっと見ていた。
「はあ、こんな日に店を開けてるのって俺くらいのもんかなあ。
ま、年中無休だけは破るわけにはいかないからな。」
実は台風が来た時にも無理に店を・・・なんて事はさすがにしなかったが、
よほどの事が無い限りは魚屋は営業中だという事にしている。
なんつっても体は丈夫だしな。魚を求めてくる客に少しでも・・・
「おっと、そうこうしているうちに来た来た。
いらっしゃい!・・・ってなんだ、師走に智子ちゃんじゃねーか。」
頭に雪を積もらせている状態で、二人はやってきた。
相変わらず師走の奴が智子ちゃんを引っ張りまわしてるみたいだな。
やれやれ、彼女ももうちっと他にやりたい事があるだろうに。御苦労だねえ。
「こ、こここ、こんにちわ、霜月さん。」
「おう、こんにちは。なんだ、その様子だと買い物に来たわけじゃ無さそうだな。」
「そ、そ、そう、なん、だよ。す、すす、すこ、し、あ、あったまらせてくれ、くれ、ない、かな、って。」
がたがた震えてるのか、二人とも喋り方が変だ。
なるほど、この寒さで凍えそうだって事だな。早速中へ入れてやらないと。
「ほら、こっちきなよ。あったかい場所へ案内するから。」
店の奥へと招き入れると、ふたりは膝をがくがくさせながら歩いてきた。
やれやれ、相当震えてるみたいだな。
けれども、部屋の中まで来ると震えは止まってきだしたようだった。
二人でなにやら話を始めている。
「まったく、とんだ無駄足だったじゃないですか。」
「まあたまにはそういうこともあるさ。」
「しょっちゅうじゃないですか。それに・・・。」
ちらりと智子ちゃんが俺のほうを見る。そして師走の方を・・・
「ああっ!気付かなかったけど、お前びしょ濡れじゃないか!!」
「まあな。」
「まあなじゃねーだろ!着替えがいるな、部屋の外で待ってろ。」
「そうそう、霜月さんの言う通り。このままだと部屋の中まで濡れちゃうでしょ。」
えらく冷めた智子ちゃんの声が聞こえてきた。
やれやれ、冬だからってきつくなってねーか?しかも、濡れてるの知ってたなら最初に言ってくれよ。
変に捻じ曲がってろくでもない大人になってくれるのは困るんだが。
ともかく、素早く着替えを用意。ついでに風呂にも入ってもらった。
しっかし何をやってたんだか。それになんで俺の家に?理由を尋ねると・・・
「「近かったから。」」
だとさ。けっ、単純な理由だな。
ストーブにあたっている二人を呆れて見ていると、智子ちゃんの方から“ぐう~”という腹の虫の声が。
「お腹が減ったのかい?」
「あ、は、はい・・・。」
「だそうだ、霜月。頼むぞ。」
「・・・・・・。」
顔を赤らめている智子ちゃんとは対称的に、師走はなんだか偉そうだ。
「お前よお、ここは俺の家だぞ?」
「細かい事は気にするなよ。大事なお姫様がお腹を空かせておられるんだ。」
何を訳のわかんない事言ってやがんだこいつは。
この寒さで頭がどっかおかしくなったんじゃねーのか?
「まあいいさ。店の方も暇だし、何か作ってやる。
客が来たらちゃんと知らせてくれよ。」
「おっけい!」
びしっと片手を挙げて答えた師走。前から変だったが、今日はますます変だ。
さあてと、何を作るかな・・・よし、この前仕入れたばかりの、
とっておきのサーモンを料理してやるとするか。
それもとびっきり豪快なのをな!
<おしまい>
「こんにちわー。」
「おっ、来たね。さあ上がりな。」
「はいっ。」
睦月さんの家へとやってきたあたし。
なんと、夕食を一緒にどうかと誘われちゃったのだ。
遠慮なんかしない。なんといっても睦月さんだもん!
快くお誘いをお受けして・・・って言い方変かな。
ともかく!喜んであたしは来たの。普段着だけどね・・・。
「うーん。」
「どうしたんだい智子ちゃん、そんなに悩んだ顔しちゃって。」
「いえ、こんな服装で良かったのかなーって。」
「何を言ってるんだ。私の家は高級レストランじゃ無いんだから。」
「それもそうなんですけど・・・。」
何故だか分からないけど、少し申し訳無い気がしたの。
誘ってくれたのはとっても嬉しかったのに・・・。
「まあ細かい事は気にしないでそこに座って。」
「あ、はい。」
テーブルの前の椅子をすすっとひいてくれた。
戸惑いながらもそれに腰掛けると、綺麗な花が視野に入った。
「これは?」
「ああ、それは如月さんとこで買った花々セット。」
「は、花々セット?」
「そ。単に色とりどりの花を集めたって事なんだけどね。
これがまた豪華でねえ。先着百名様に売ってたみたいで・・・。」
テーブルの上にあったナプキンと、たっぷり水の入った水差し。
世間話をしながら、睦月さんはてきぱきとそれをセットしてくれる。
わざわざナプキンをつけてくれたり、コップに水を注いでくれたり・・・。
それが終わったかと思うと、たくさんの料理を次々と運んできた。
・・・しまった!見惚れちゃって手伝うの忘れてた!
「あ、あの!」
「いいから座ってなって。智子ちゃんはお客さんなんだから。さてと・・・。」
用意し終えたのか、あたしの向かいの席に睦月さんも着席した。
挨拶をして、始まる食事・・・。
「智子ちゃん、食べながらでいいから聞いてくれないかな。」
「は、はいっ。」
「そう緊張しなくていいから。普段から思う事なんだけど・・・。」
睦月さんが尋ねてきたのは、いつもの探偵業について。
といってもやりかたうんぬんじゃない。あたしが思う所、についてだ。
いつのまにやら立場は逆転。あたしの話を睦月さんが聞く形となっていた。
けど、どうやら睦月さんの目的はそれだったみたい。
鬱憤を晴らすかのごとく喋るあたしのそれを丁寧に聞いて受け応え。
この日、あたしは非常に充実した時間を過ごす事が出来た。
本当にありがとう、睦月さん。
<おしまい>
一日の仕事が終わり、ゆっくりと時が流れる静かな夜。
葉月家では、響子とその夫がのんびりした時間を過ごしていた。
「ねえあんた、智子ちゃんがあちこち廻るのは何故だか分かる?」
「なんでえやぶからぼうに。」
「ふふん、わからないかい?」
「俺みたいな頭が堅い奴には分からない事じゃないのか?」
「そう諦めるもんじゃないよ。まあいいさ。
答えはね、智子ちゃんが賢いからだよ。」
「なんでえそりゃ。」
「この前ね・・・」
『こんにちはー!おばさん、ちょっと聞きたい事が。』
『なんだい?また探し物かい?』
『ううん、そうじゃなくて野菜の料理の仕方なんだけど・・・。』
『ふむふむ。』
「という事があったのよ。」
「それがどう関係あるんだ?」
「わからないかねえ。別に家で適当にすりゃ良い事をわざわざ聞きに来たんだ。
勉強熱心じゃないか。」
「それだけで賢いと言えるのか?」
「別に野菜だけに限らないさ。他の専門店も廻って、色んな知識を身に付けてるよ。
外に出て困らない為にね。」
「へええ、密かに頑張ってるんだなあ。じゃあ師走さんとこの依頼も役に立ってるって事か?」
「残念ながらそいつは別物だね。」
「・・・・・・。」
響子が最初に言った“色んな所を廻る”というのは、智子の自主的なもののようである。
改めて勉強家の智子を思い浮かべる葉月夫妻であった。
<おしまい>
それはある曇った日。
非常に珍しい事に、長月さんがあたしの家に訪ねてきた。
手土産にジュースの詰め合わせを持って。
いや、それだけではなかった。なんと・・・
「こ、これはあたしが欲しかった調味料!!
そろそろなくなりそうでほんと欲しかったんですよお。」
「・・・・・・。」
あたしの嬉しそうな顔を見て、長月さんは笑顔でこくりとうなずいた。
ううーん、やっぱ無口。
「ところで、よくあたしが欲しい頃が分かりましたよね。
以前買った時期とかチェックしてたんですか?」
「・・・・・・。」
少しだけの考察の後、ふるふると首を横に振った。
ううーん、たしかに無口。って、なんで間があるわけ?
「ところで、今日はどんな用件で?
まさか調味料とジュースを届けに来ただけというわけではないでしょう?」
「・・・・・・。」
何も言わずに、長月さんはすっと一枚の紙を差し出した。
そこに書かれてあったのは・・・って真っ白じゃないの!
「あの、長月さん・・・」
「あぶりだし。」
「は?」
「あぶりだし。」
「・・・・・・。」
もちろんあたしはあぶりだしの意味が分からなかったわけじゃあない。
いきなり言われて戸惑っただけ。というか、なんであぶりだしなんだか・・・。
「わかりました。それじゃあ早速あぶってきます。」
「・・・じゃあ。」
「え?」
紙を持ってあたしが立ち上がると同時に、長月さんも立ち上がる。
片手をすっと上げたかと思うとすたすたと去ってしまった。
あたしが呼び止める暇も与えす・・・。
「もぅー、一体何なの?まあいいや、とりあえずあぶってみようっと。」
紙を火の近くへ持っていってあぶってみると・・・
「じ・・・け・・・ん?・・・師走さんか。」
わざわざなんとあぶりだしを使用して事件を告げにきたみたい。
多分長月さんに手渡すよう頼まれたんだろうな。
なんとなく中身を察知した長月さんは、多少なりとも気をつかってくれて、
ジュースやら調味料やらを持ってきてくれて・・・。
「って、そんなもんを届けにこなくてもー!! 」
そしてあたしは一人荒れ出した。
しばらくイライラしていると・・・
「智子ちゃーん。長月から聞いてると思うけど事件だよー。」
と、師走さんが訪ねてきた。
なるほど、長月さんがさっさと帰ったのはまきぞえを食らわないためか。
無口という性格を少しうらやましく思ったあたしであった。
<おしまい>
「こんばんわー。」
「いらっしゃい、よく来たね。さあ上がりたまえ。」
今日あたしは、卯月さんに招かれて夕飯を戴きに来た。
あの卯月さんが呼ぶなんてなんて珍しいのかしら!!
でも、気になる事がある・・・。
けどとりあえずは・・・。
「おじゃましまーす。」
家の中へと入らせてもらって、席につく。
卯月さんとあたしのみの分が用意されてる所をみると、奥さんは留守の様だ。
「妻は今晩同窓会に行ってるものでね。
一人で食事するのもなんだと思って呼んだわけなんだが・・・来てくれてありがとう。」
なるほど、そういう理由で突然呼んだってわけなんだ。
今更ながらに告げてる事に申し訳なさそうな卯月さんだったけど、
あたしは慌てて首を横に振った。
「いえいえ、そんな。あたしこそ呼ばれて嬉しかったですから。」
「そうかね?まあともかく食事を始めようか。」
そしていただきますを告げて始められるディナー。
けれどもあたしは、家に入った時に気になる事があった。
それが影響し、話し掛けてくる卯月さんにも無言で頷いたりするのみ。
食べながらも周囲に注意を配り、きょろきょろそわそわ。
そんな変な様子に気付いた卯月さんは、首を傾げながら尋ねてきた。
「どうしたのかね?智子ちゃん。私の家はそんなに落ち着かないかい?」
「あ、い、いえ、そうじゃなくて、その・・・。」
「・・・そういえば以前、誰かの食事に誘われてる時に師走に捕まったそうだね。」
「は、はあ・・・。」
よく知ってるなあ。あの後あたしが如月さんにうっかり言っちゃったのが原因かな。
「心配しなくとも、今晩は二人だけだ。だから気兼ねなくくつろいでくれたまえ。」
「・・・ありがとうございます。」
普段固い雰囲気がある卯月さんだけど、
いざお客さんに接する時はこうも柔らかなんだな、ってのを凄く感じた食事だった。
来てよかったあ。
<おしまい>
「智子ちゃんって凄いよね。」
「なんですか、やぶからぼうに。」
「様々な事件を解決してきたし、いくつもの職業を同時にこなしているし!」
「まあ、そうですけど・・・。」
「更に皆からの信頼も厚い!これが一番だね。」
「・・・・・・。」
師走の必死な言葉に、顔を赤らめる智子。
なんだかんだ言われて、結局照れているのだ。
「そこで、信頼の厚い智子ちゃんにお願いが!」
「嫌です!」
「そこをなんとか!」
「今日は駄目なんですってば!!晩に悟君の家族の方達とお食事に行くんですから!!」
「うまく理由をつけてごまかせない?」
「駄目といったら駄目です!」
普段からしょっちゅう行われている智子と師走の競り合い。
いつもと違い、珍しく智子が勝利した。
ピシャン!と閉められる駄菓子屋の扉の前に、師走はただたたずむしかできなかった。
「仕方ない、今日は帰るか。俺だけじゃあどうしようもないんだけどなあ。」
深い深いため息がつかれる。沈んだ空気の度合いがますます大きくなった。
「色んな事が出来る智子ちゃんは幸せだよなあ。
俺なんか事件が好きでも自分で解く頭が無いから・・・。」
とぼとぼと店から歩き出す。
彼のさびしそうな背中を、西に沈む夕日が赤々と照らしていた。
「睦月に何て言おう。幻のパズルレコードを探す、っていう依頼内容も告げずに断られた、
なんて聞いたらさぞ怒るだろうなあ。あいつ怒ると恐いから・・・」
ガララララッ!!
「へ?」
勢い良く扉が開く音がした。
師走が振り返ると、そこには智子が立っていた。
「ど、どうしたの?智子ちゃん。」
「師走さん、今度だけですからね!さあ、パズルレコードを探しに!!」
「でも悟君達との食事は・・・。」
「心配しなくても待ち合わせの時間までにここに戻ればいいんですから!さあ!!」
「う、うん。」
がぜん張り切り出した智子に背中を押されながら、
“最初から睦月の名前を出せば良かったのかな・・・”
と、師走は考え込んでいた。
<おしまい>
睦月裕華が経営するレコード店。
クラシックからポップスまで、幅広い品揃えを誇ってはいるが、
当の店長はあまり商売に熱心ではない。
自作のCDやら楽器やらを向上させるのに、日々費やしているのである。
この前水無月が訪ねてきたときなどは・・・
「おーい、この前出たはずの“ラブラブマッチング”ってCDは置いてないのか~?」
「ああそれなら品切れだよ。ああいう最近向けのはすぐに売り切れるからね。」
「売り切れるのが分かってるなら多めに仕入れるとかしてくれよ。」
「うるさいな。仕入れるなら平等に愛を、ってことなんだよ。」
「何言ってんだ、ちっともイカしてないぞ。とにかくすぐ取り寄せてくれ!」
「注文すんのか?たく、面倒だな・・・。」
と、客の事を第一に考えるようなことはまずしていない。
それでもやはり客が来るのは、幅広い品があるから、という事だろう。
なんせ、他では決して見つからなかったような品がここにくると必ず見つかるのだから。
しかしそんな場所だからこそ、客と一騒動起こる時もある。
先ほどの水無月の例と良く似た状況で、最近人気一番のアーティストのCDが売り切れていた時。
もっと数を仕入れろと店長に迫った客が居た。しかし・・・
「帰れ!ここは私が経営する店だ。私には私なりのやり方があるんだ!
文句があるなら来るな!!」
と、激しく叫んで睦月が追い返した。
偶然そこに居合わせた他の客達は彼女の態度に眉をひそめたものの、
やはりというかほとんど大勢が何も言わずにそこを利用している。
なぜなら、ここであの怒った客の要望を強く要求してしまうと、
そこらへんにある他の店と大差ない品揃えになってしまいそうだからだ。
相変わらずの状況で、レコード店は営業されつづけている。
今日もまた一人・・・。
「すいませーん。“忘れた傘に投げキッスを”って曲を探してるんですけど。」
「相変わらずマイナーなのが好きだねえ、智子ちゃんは・・・。」
<おしまい>
久しぶりに町内を歩いてみた。
町角に立って話をする婦人達。元気に走り回っている子供たち。
人はいつも元気、沈んでることがない。いつも私はそう思える。
「こんにちは。」
見知らぬ人から不意に挨拶される。慌ててお辞儀をした。
笑顔でその人は去って行った。ふう、無礼にならずにすんだだろうか。
・・・いや、私は今の人を知っていたな。
誰だろう、思い出せない・・・。
考える、考える。うつむいて考える。
ドン
ドン?
何かに当たったみたいだ。前を見ると何もなかった。
下を見ると・・・小さな子供が泣いていた。
辺りを見回してみると、誰も居ない。もしかして迷子だろうか?
再び考える、考える・・・。考えていると誰かが駆けてきた。若い女性だ。
「まあ、こんな所に居たのね。心配したんだから!」
しゃがむと、ひしとその子を抱きしめた。
やっぱり迷子だったようだ。
道に迷った場合は下手に動かない。これが役に立ったみたいだ。
「ありがとうございます、ありがとうございます。」
私に向かって懸命にお辞儀する。
「・・・いや。」
としか私は答えられなかった。
というより、私は何もしていない。ただ子供にぶつかっただけ。
それで立ち止まっていただけ。泣く子に私が話し掛けても恐いだけ。
するとますます泣かせてしまう。それがわかっていたから、私は話し掛けなかったのだ。
十分すぎるくらいのお礼の言葉をもらい、その母子と別れる。
私は再び歩き出した。
さて、さっきまで止まっていた考察を再開するとしよう。
私に挨拶してくれた人物、それは一体誰だったのか・・・。
・・・ぽん
不意に立ち止まる。そして手を打ってみた。
「思い出した。」
私のお得意さん・・・ではない。取り引きは一回だけだ。
以前宴会をするというのことで、今までに無いくらい大量の注文を受けた。
だから私は覚えていた。印象深い人として。
いや、忘れていたんだっけな・・・。
それでもお辞儀はしっかりした。相手次第ではまた注文をしてくれることだろう。
などということはどちらでもいいことだが。
しばらくまた歩いていくと、見知った顔が向こうに確認できた。
慌てて私は踵を返す。
「あ~っ、長月さ~ん!」
みつかった。
後ろ姿で判断できるとはさすがだ。
くるりと振り返ると、目の前にまで迫ってきた。
「・・・びっくりした。」
「こんにちわ~。珍しいですね、長月さんがお散歩なんて。
いっつも店の奥の方で仁王様みたいな・・・じゃなくって、仏様?キリスト様?
あっ、そういえばこのかいわいじゃあ仏教が主だったわねえ。真言宗だったかしら?
博識でしょう?智子ちゃんからこの前教えてもらったんですよ~。
もっともご町内の皆さんが仏教だってのは色んなお話をして聞いたんですけどね。」
「・・・・・・。」
既に私は話についていけなかった。
おしゃべりな如月さん。ここまで喋る理由は一体何だろう?
「お返事がないですね~。やっぱり長月さんって無口ですよね。
ちゃんとお喋りしましょうよ。相手がツーと言ったらカーと返す。
それが礼儀ってもんですよ。カラスさんはちゃんと返してくれます。
でも私が喋ってる途中で返事をしてくるんですよ。だからちょっと失礼ですよね。」
「・・・・・・。」
それは返事では無いと私は思うんだが。
「でもまったく返事が無いのも私は嫌です~。
だって無視されちゃったみたいじゃないですか~。
やっぱり相手の応答が無いと。だから長月さん、少しはお返事してくださいね。
あっ、でも話の内容がわからないと返事ができないかもしれないのよね~。
なーんだ、そういうことだったのね。だったら説明してあげるわ~。
さ、どこがわからなかったのか言って。もう一度私が説明してあげます。」
「・・・いや。」
「もう、遠慮なんかしてる場合じゃないでしょ~。これはコミニケーションですよ。
グッドラックですよ。運が良くないと動けるものも動けないわ~。
でも珍しく長月さんは散歩なんてしてたのよね。まあ、立派に動けてるじゃない!
おめでとう長月さん。明日はきっと大吉ね。」
「・・・・・・。」
わけがわからないまま如月さんは握手してきた。
何が嬉しいのか凄い笑顔だ。
この後延々1時間・・・私はひたすら話を聞くだけであった。
すっかり日が暮れた頃、私は帰路についた。
散歩は疲れる。いや、今まで疲れたことはなかったはずなのだが・・・。
まったくおかしな日であった、まる。
<おしまい>
久しぶりだかなんだかわからないけど、今日は嬉しい事があった。
それは何かって?なんとお父さんとお母さんから手紙が届いたの!!
娘を一人にしておいて今更…とも思ったけど、
やっぱりあたしの大切なお父さんとお母さんだから。
手紙の内容のほとんどは、“今二人がどんなことをしてるか”とか。
(ほんと一体なにやってるのよ・・・。手紙の内容じゃあまりにも抽象的過ぎるし・・・)
“毎日の食生活はちゃんとしているか?”とか。
(商店街の皆さんのおかげで。栄養のバランスはちゃんととってあるから心配ないよ)
“周りの人に迷惑はかけてないか?”とか。
(あたしはかけてるつもりはないんだけどな・・・師走さんが・・・)
“風邪はひいてないか、リューマチにかかってないか、ぎっくり腰になってないか”とか・・・
「って、あたしはまだ13歳だっての!」
思わず声をあげてしまった。
子供扱いならいざしらず、なんで年寄り扱いなの?
とどめにこんなことまで書いてあった。
“老眼には気をつけような”
「だからあたしはまだ13歳なの!!!」
・・・はあ、はあ。
疲れる・・・。冗談が好きよねえ、お父さんもお母さんも・・・。
ちなみにお母さんの愚痴も書いてあった。
“お父さんが大酒飲みで困ってるの・・・。
ねえ智子、たしか長月さんが酒屋だったわよね?
酒をやめる方法教えてもらえないかしら?”
お母さん・・・。
酒屋さんが酒をやめさせたら自分の首しめてるのとおんなじだよ・・・。
“あ、でもこの手紙は返信できないんだったわ。ごめんなさい、今の無しね”
「・・・・・・。」
まったく・・・。考えずに文を書いてるいい証拠だわ・・・。
「ってあれ?返信できないんだ?」
たしかに、送り主の名前は書かれてあったが、住所は書かれていなかった。
更にごていねいに、『返信無効』と太い赤字で書かれてある。
こんなの初めて見たなあ・・・。
最後を締めくくる言葉として、こう書かれてあった。
“なお、この手紙は十日以内に烏さんが奪いに行く。
覚悟してとっとと読んでおくように”
「・・・・・・。」
なんだかなあ・・・。
なんの為に奪いにくる必要が?しかも何故カラス?
文書の秘密保持のため?でも10日以内に写せばおしまいだし・・・。
「待てよ、そういえば・・・。」
今のこの手紙よりずっと前にも二人からの手紙はあった。
その時も似たようなことが書かれてあった。
“なお、この手紙は十日以内に蟻さんが奪いに行く”
「・・・・・・。
大丈夫かしら、お父さんとお母さん・・・。」
事件に巻き込まれたと本人たちは言ってたけど、
そりゃあ巻き込まれて当然の様な気が、あたしは今更したのであった。
<おしまい>