これらの話は、“ヴァイキングの知恵”という本に載ってるものをもとに作ったものです。
『』がタイトルで、斜体のものはそれについて書かれてる内容です。
「今日はアルコールの成分について調べるとしましょう。」
私の趣味の一つに、成分調査というのがあります。
(別に調査してどうこうするわけでもないですけど)
薬屋という家業をこなしている所為もあるかもしれませんが、
やはり私には研究者という性質があるのでしょうね。
そこで目指すはもちろん長月さんの酒屋店です。
成人は過ぎてますから私でも購入可能。智子ちゃんは無理らしいですが・・・
その辺は葉月さんが協力なさっているようで。いいことです。
(駄菓子の開発を行なうに、たまに必要とする様です。後は料理ですね)
そして店にやってきた私ですが・・・様子が変です。
長月さんと一人の男性・・・お客さんが言い争っています。
・・・いえ、長月さんは喋らないからお客さんが一方的に話しているだけですが。
このままでは目的の買い物も出来ません。
場を静める為にも、私は傍に寄って事情を聞いてみる事にしました。
「どうしたんですか?」
「どうもこうもない!この店主、こちらが金を払ったのにありがとうも言わないんだ!!」
そのお客さんは少し酔っておられるのか、私には酒臭く思えました。
昼から宴会でもなさってるのでしょうか?
・・・などと、人の事情など詮索するものでもないですけど。
「こちらはお金を払いました。何か言う事あるだろう?って言ったんだ。
そしたら、どうも、だってさ。なんでありがとうが言えないんだ。店の人としておかしいだろう!?」
「なるほどねえ、たしかに商売ですからお客さんには愛想が大事です。
私も薬局を経営してますが、ありがとうは必ず言ってますね。」
「だろう!?だのにこのオヤジはちっとも分かっていねえ・・・。」
不機嫌の極み、とまではいきませんがかなり怒ってらっしゃいます。
しかしそこまで怒ることもないのでは・・・。
「まあまあ、長月さんは無口なので仕方ないですよ。こういう店もあるということで。」
「なんだと?ふざけんな!!店出してるからには客に必ずありがとうを言いやがれ!!」
ううーん、それは暴挙というものでしょう。
睦月さんなんて更に言わないですし・・・って、これは関係ないことですかね。
「・・・ふーんそうか、分かったぞ。あんたんとこでも客をないがしろにしてんだろ。」
ついには私に言いがかりをつけてきました。八つ当たりもいいとこです。
話がこじれそうなので、私はゆっくりと話し合いたいと思いました。
しかし其の前にここでの用事、つまりは買い物を済ませておくべきです。
「すみませんがちょっと後で詳しく話をするのでいいですか?
私も客としてここに来たので、先に用事を済ませたいんです。」
「おおいいぜ。飲み比べでもしながらじっくり説教してやる!」
私は飲む気などさらさらないんですが・・・。
“さて”と長月さんへ向きました。当の彼はもちろんずっと無言です。
何を言って良いのやらわからなかったのかもしれませんけどね。
「長月さん、あそこの缶ビールを一本ほどいただけますか。そこのバラ売りのを。」
「・・・ああ。」
名指ししたのをてきぱきと用意して渡してくれました。
それと私のお金とを手渡しで交換します。
「値段は分かっていたのでお釣はいらないようにしてますから。ありがとうございました。」
「・・・いや、どうも。」
取り引き、というか買い物は終了です。
さあて、問題のお客さんと話し合うとしますか。飲み比べはしたくありませんけど・・・。
覚悟を決めて男性の方を向くと、その方はきょとんとしていました。
まるで狐につままれたような表情です。
「あの、どうかされたんですか?」
「・・・なああんた、なんであんたがお礼を言うんだ?」
「は?」
「お礼だよお礼、ありがとうって言ったじゃないか。」
「ああ、そういえば・・・。」
お金を渡す時に私はたしかに言いましたね。“ありがとう”と。
それの事ですか・・・。
「お礼を言うようなことされたか?こっちは客だぞ?」
「商品を渡してくれたじゃないですか。」
さも当然の様に私は告げました。しかし男性は更に疑問の顔です。
「商品を渡してくれた・・・って、金を払っただろ?」
「あのお金は商品の代金でしょう。長月さんが行なってくれた事とは関係ないですよ。」
「あんなのサービスだろうが。」
「サービスって・・・。長月さんが居なければ私は商品を得られないんですよ?」
「それじゃあ勝手に金置いて持っていけばいいだろうが。」
「そういう不安な行為をしなくてもいいから、お礼を言ったんです。
無事に商品を買う事ができました、ありがとう、という意味で。」
「・・・・・・。」
男性は黙り込んでしまいました。
しきりに頭を捻り、首を動かして考えています。
しばらくして、顔をこちらに向けました。
「・・・なるほどな、わかった。悪かったな、くってかかって。」
「え?い、いえ・・・。」
「やられたって感じだよ、ははは。店主、また来る、じゃあな。」
何かを納得したのか、男性は満足の笑みを浮かべて帰っていきました。
私の意図が伝わったという事なのでしょうか?
いや、それは最初長月さんともめていた事柄の解決になっていませんし・・・。
「長月さん、彼はどうして大人しく帰ったんでしょう?」
「・・・菊月君」
「はい?」
「・・・ありがとう。」
「い、いえ・・・。」
少しだけ微笑むと長月さんは店の中へと姿を消してしまいました。
お礼を言われるとは思ってもみませんでしたが・・・一件落着、でいいんでしょうか?
結局その日は、予定していた成分調査よりもこの事件の事が頭の中を駆け巡っていた私でした。
<おしまい>
それは何も無い、いつもと同じと言える様な日だった。
太陽の日差しが元気を増し始めた午前頃。
あたしの家へ注文の品を届けに、長月さんがやってきた。
ケースなんていう大きなものじゃない。調味料を幾本かという程度だ。
どのみちあたし一人で消費できる量なんてたかがしれてるし。
主な使用目的は駄菓子制作かな。
「ありがとうございます~」
「………」
相変わらず長月さんはさっぱり喋らなかった。
でも笑顔を返してくれた。
長月さんの場合は口で語らず顔で語る、って感じかな。
…本当はもうちょっと何か喋ってほしいんだけど。
心ばかりのお礼に、飴を一本差し上げた。
わざわざここまで大変だっただろうと思ってのことだ。
シンプルに丸く象られたそれを、長月さんはまたも笑顔で受け取った。
「…ありがとう」
「いえいえ。大したものじゃありませんけど。
一応目玉商品の一つなんですけどね」
棒切れを口に咥えながら去ってゆく長月さんの背中は、やけに印象的だった。
さんさんと頑張り過ぎて少し疲れた日が差す午後の頃。
どこかへ出かけていた帰りだろうか、おめかしした如月さんがやってきた。
少々疲れたので甘い物が欲しくなったそうだ。
「あたしの飴で疲れが取れるのならこんなに嬉しいことはないですよ」
嬉しくなってついこんな事を言ってしまった。
それが失敗だったかもしれない…。
「あらあらそんな事言っちゃって。智子ちゃんもなかなか商売上手になってきたわねえ。
あ、でも昔からここで商売してたものね。何十年…じゃなくって、何年、かしら。
少なくとも智子ちゃんの年齢よりは短いはずよねえ。
いくらなんでも生まれたすぐに店主は無理ですものねえ。
でも昔からキレ者の智子ちゃんですものね。店主くらい余裕でこなしていても不思議はないわ。
ねえねえねえねえそんな智子ちゃん、聞いてくれる?私とっても凄い事を思っちゃったの!
もう宝くじで一等なんて目じゃないくらいに凄いのよ。
それこそこの商店街のすべてをひっくり返して油で炒めたって感じにぴちぴちで新鮮でね…
そうそう、市場で高額取り引きも目じゃないわ。これは世界遺産よ!
いずれテレビに取り上げられるでしょうね。だからそのうち世間に広まるでしょうけど、
いち早く智子ちゃんにだけ教えてあげるわ。超が何個もつくほど秘密の計画!
あのね、この飴を使って・・・とは違ったわね。でもこの飴ほんと美味しいわねえ。
なんて言ってもほどよい甘さですものね。この前師走さんから聞いたんだけど、
智子ちゃんの飴を狙ってやってきたお客さんがいたそうですってね。
ちゃんとご馳走したかしら?舌鼓うってくれたかしら?
当然うったはずよねえ。こんなにさわやかはっぴーになれるんですもの。
そして地元に帰って広めたはずよ、ここの噂を。
飴と共に推理を重ねる美少女の噂を!あ、美乙女かしら。
うーん智子ちゃんの年齢だとどっちなのかしらねえ…」
ようやく話がストップした。
多分この後もどんどん話が続いて疲れる運命のあたしなんだろうけど…
それでも構わない。多分あたしは楽しいから。多分…。
所々でほめられてる様なので悪い気はしないし。
結局如月さんは飴を10本ほどたいらげながら延々と喋った後に帰っていった。
今日の務めを果たした太陽がお休みする頃。
あたしは今日の出来事を少し思い返していた。
「対照的だけど…どっちも元気さでは変わらないんだろうな」
疲れ度合いは…ひょっとしたら如月さんが上かもしれないけど。
<おしまい>
「あたしゃ頭が悪いからねえ。いひひひひ」
暗闇の奥で極月奈津江が笑っている。
前に立っている客はそのあまりの不気味さに、怒っていたその表情を強張らせた。
だがしかし、すぐに憤怒を顔に表す。
「何を言ってるんだ。つまりは分からず屋だと言いたいのか?」
「そうじゃないさ。…いや、そうかもねえ。いひひひひ」
「ったく、付き合いきれん…帰るよ」
説得を、いや文句を言う事を諦めた客はくるりと踵を返した。
やってられない、という気持ちがそこかしこからにじみ出ている。
そんな客に対して、極月はひらひらと手を振った。
「またおいで」
「二度と来ないよ!」
振り向かずに客は怒鳴って返した。
店内に居たもう一人の客人の横をすりぬけて、足早に店を去ってゆく。
それをじっと見ていた睦月は、ふうと息をついた。
腕組みをしているその表情からは、呆れの意志しかとれない。
「もうちっと商売人らしくしなよ」
「何を言ってるんだい。あたしゃ売れない占い師さ」
にやりと笑う極月の顔からは、ちっとも気にしていない様相が見てとれた。
先ほどの客は、欲しい品を注文してもらおうと店主に言い寄ったのだが、
当の店主は占いを勧めるばかり。
何度抗議しても変わらないそれに、ついに業を煮やしたのであった。
“頭が悪いからねえ”と言ったのは、
客の“なんで同じ言葉しか繰り返せないんだ!”という言葉に対してである。
「冗談もほどほどにしないと、智子ちゃんまで来なくなるよ?
ただでさえ今も自分からは来ないってのに」
「おやおや、それは困ったねえ。いひひひひ」
困ったと本人は言ってはいるが、顔はほとんど困ってない様に見える。
別に彼女は客に来て欲しくないわけではない。
言わば、自分の好きな様にやりたいという意志表示が強いだけなのだ。
「けどねえ、睦月さん」
「なんだい?」
「言ってるあんたもあたしと同じじゃないのかねえ?いひひひひ」
「…ま、違いない。あははは」
「いひひひひ」
睦月自身の商売方法もかなり個人欲が強い。
もっとも、この二人に限らずこの街には我が侭さんな店主は何人か居るのだが…。
店の容貌その他でトップクラスに目立つ極月の店は、
客の文句の数もトップクラスであったりする。
だから、後どれくらい店がもつかなどという問題は最悪のはずなのだが…。
<おしまい>
本日は町内会の飲み会に参加をした。
相変わらず如月さんは喋り…長月さんは黙り込み…。
皐月さんはろくに人の名前をまともに呼ぼうとしないし、それを卯月さんが諭したり。
探偵趣味の師走さんが智子ちゃんに絡みかければ睦月さんがそれを止めたり。
神無月さんが手品ショーを始めようとすれば、菊月さんがそれにつき合わされ。
霜月さんが力の誇示を始めれば、何故か極月さんがそれに対抗し。
水無月さんの怪しい折り紙に、霧塚さんは何故か興味津々で…。
「どうしたんだい、黙りこくって」
一通り皆にツッコミを入れて、俺の女房は隣に戻ってきた。
そして、ほとんど空になった俺のグラスに日本酒をとくとくと注ぐ。
なんだか手つきがおっかねえ。こいつ結構酔ってやがるな。
「ねえ、どうしたんだよ」
「別に。ただこうやって皆を眺めてると退屈しねーなーって思ってな」
「おやおや、あんた今日は随分落ち着いてるじゃないか」
「そういうお前はもうちっとゆったりしろ。師走さんを思い切りぶったたいてたろーが」
「だあーってさあ、あたしの智子ちゃんにあんだけしつこく迫ってんだよ?
大事な子はしっかり護らないと!あははは!!」
「ったくう…」
普段はしっかりもので一目置いてるんだが、酒が入りすぎるとこれだ。
八百屋店長葉月響子、俺の女房。連れ添って随分になる。
運が悪かったのか子供に恵まれなかった俺らだが…。
「ま、たしかに智子ちゃんは大切な存在だな」
「そうそう、あははは!」
ばしばしばしばし
響子が俺の背中を思いっきり叩く、叩く、叩く。
「いてえよ!」
「なんだい、ケチだねえ」
「どういうこったよ…。おめえやっぱ飲みすぎだってえの」
「いいじゃないか、無礼講だよ、今日は」
「おめえは年中俺に対して無礼講だろうが」
「なるほど、あんたたまにはいいこと言うねえ!」
「たまには余計だ」
“あははは”と笑いながら、やっぱり響子は俺の背中を叩く、叩く、叩く。
「だからいてえっつってんだろうが!」
「あははは!」
こうなったらもう止まらない。
酒の入ったこいつは、俺の手にはおえないんだよな…。
「ま、こいつがこんだけ明るくなったのは智子ちゃんが来てからなんだが」
「ん?なんか言ったかい?」
「智子ちゃんは立派な存在だってな」
「んな当たり前のことくり返してんじゃないよ!」
“あははは”と笑いながら響子は(以下略)
だからいてえつってんのに、まったく聞きやしねえ…。
それを味わいながら、俺は過ぎてゆく時間に身をゆだねるのだった。
<おしまい>
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