「すみませーん、ちょっと依頼したいことが・・・。」
「はーい、今いきまーす!!」
久しぶりに師走さん以外の人からの依頼だ。(声が違うからね)
厄介ごとだろうがなんだろうが、とにかく気合入れて解決するぞ!!
店の奥から喜び勇んですっ飛んで行くと、そこに居たのは見覚えの無いおじさん。
で、ついついこんな事を聞いちゃった。
「あの、どちら様でしょうか?」
「はあ?そっか、あんまり私は顔を出さないもんなあ・・・。
商店街の組合長だよ、以前泥棒を捕まえてもらった。」
「あっ!!そっか、そうでしたよね。どうもすいませんでした。
それではご用件をどうぞ。」
うっかりしてた。そうだよ、この件の泥棒がきっかけであたしの探偵業が始まったんだ。
「実は、酒屋の店主の事なんだけど・・・。」
酒屋の店主って長月さんの事だ。一体何が?
「あの人すんごい無口だろ。あれどうにかならないのかなって。」
「は、はあ。そう言われましても・・・。」
あの人が無口なのは性分だと思うんだけどな。
大体そんな事はこんなあたしに依頼することじゃないでしょうに。
「という訳だから明後日には少しは喋ってくれるようにしてくれ。
もちろん報酬はなんでも渡そう。頼んだよ。」
「ちょちょちょ、ちょっと!!」
立ち去ろうとする組合長さんを、あたしは慌てて呼びとめた。
当然よ。あたしは性格直しやさんじゃないんだから。
「なんだい?」
「なんだい?じゃないでしょう。明後日までにそんな事出来る訳ないじゃないですか。」
「どうしてそう言い切れるんだい。今までに色んな事件を解決してきたじゃないか。」
「それとこれとは話が別です。」
長月さんの無口っぷりはあたしにはどうしようもないのは明らか。
もちろん、如月さんの御喋りっぷりや皐月さんの名前の間違えっぷりなんかも。
「頼む、ダメもとでもなんでもいいから。もうあんたしか頼める人がいないんだ。」
「そういうもんですかぁ?」
「そういうもんだよ!」
「・・・分かりました、出来る限りの事はしてみます。」
しぶしぶながらも引き受ける事になった。それにしても・・・
あたしに頼みにくる以前に、そういうことを試みるってのが間違えてない?
「それじゃあ頼んだよ!!」
最後には笑顔になって組合長さんは去って行った。
ありゃ、なんで長月さんに喋ってもらうようになって欲しいのか聞くのを忘れてた。
まあいっか、普段からあたしも喋るようになって欲しいとは思ってるし。
しっかし弱ったなあ。喋るようになってもらうったって、何をすればいいのやら・・・。
店先に座って唸っていると、珍しくも新たなお客さんが。
「こんにちは、智子ちゃん。」
「こんにちは、神無月さん。何か欲しいものが?」
「いやいや、そうじゃないんだ。新しい手品が出来たんだけど見てくれるかな?」
「・・・・・・。」
わざわざ手品を見せにフツーやってくる?
というか店をほったらかしにしてるんじゃ・・・。
「あの、神無月さん、店は大丈夫なんですか?」
「心配要らないよ、今日は定休日なんだ。」
「はあ、そうですか。」
もしかして定休日のたんびに皆の所に廻ってるんじゃ無いでしょうね。
この人の手品っぷりもあたしにはどうしようもないものかも。
「それじゃあ行くよ。取り出したるこのハンカチからダチョウの卵を出してみせまーす!」
い、一体どんな手品なんだか・・・っていきなりやらないでってば!
「か、神無月さん、あたしちょっとやらなきゃいけない事があるんで。」
「ええ〜?じゃあそれを手伝ってあげるから手品を見てよ。」
「は、はあ、構いませんけど。」
「よーし、それで僕は何をすればいいんだい?」
アッサリと話がすすんじゃったみたい。
一瞬思ったんだけど神無月さんに協力を依頼して良かったのかしら?
「えーとですねえ・・・。」
とりあえずは成り行きってことで先ほどの依頼内容を説明。
聞き終わった途端、神無月さんは悩みこんじゃった。
「うーん、そいつは難しいよなあ。長月さんに喋ってもらうなんて。」
「ですよねえ。」
「僕が手品を見せに行った時も拍手しかしてくれなかったからなあ。」
「そんなもんしてたんですか・・・。」
結構したたか。なんとなく場面が想像できるのが面白いとこだな。
やっぱり誰にでも手品見せてるのかなあ。
「これは僕達だけで何とか出来るもんじゃないね。他の人も呼んで・・・。」
「うーん・・・あ、そうだ!」
「どうしたの?」
「如月さんはどうでしょうか?あの人と長月さんに会話してもらえばきっと・・・。」
「なるほどぉ、それは名案だね。でもあの人は何か条件がないと御喋りをするしなあ。」
「いや、だからいいんじゃないかって・・・。」
「そうだ!!まだ未完成のものだけど如月さんに見せて無い手品があった!
これを見せれば頑張っておしゃべりしてくれるはずだよ!!」
「は、はあ・・・???」
いまいち神無月さんが言ってる事が良くわからない。
御喋りをしないのに何か条件が要って、御喋りを頑張ってしてもらう為に手品を見せる??
ま、まあとにかく行けば全てがわかるか・・・。
「それじゃあ早速行きましょう。」
「よし、行こう。」
なんだか来た時より気合ばっちりになった神無月さん。
ちょっぴり頼もしいような不安なようなあたしでした。
そんなこんなで如月さんちへ。当の本人は店の前でお客さんと喋りまくり。
凄く楽しそう・・・に見えるのは如月さんだけかも。
話しかけて巻き込まれるのも嫌なので、あたしと神無月さんはおとなしく話が終わるのを待った。
そして待つこと三十分・・・。
「それじゃあどうも、ありがとうございましたぁ〜。」
「いえいえ。」
お客さんはぺこりと御辞儀して去って行く。
それと入れ違いに成る様に、急いで如月さんのとこへ。
「こんにちは。」
「あらぁー、智子ちゃんに神無月さん。
二人して何の御用かしら?あっ!ひょっとして二人で新しい技を編み出したんでしょ!
神無月さんの手品に智子ちゃんの職人技を合わさったスペシャルスキルね。
うーん、どんなのかしらあ、すっごく楽しみだわあ。
そうだ、折角見るんだからお茶とか用意しないといけないわね。
丁度この前、美味しいお茶が手に入ったのよ。なんと中国奥地で取れた伝説のお茶の子孫ですって!
さっすが子孫ってだけあってすんごいのよ。あれはそう、菊月さんが来た時・・・」
「すとぉーっぷ!!!」
黙って聞いてる神無月さんを押しのけて、あたしは如月さんを止めに入る。
たくう、挨拶交わしただけでこんなに喋ってくる人も珍しいなあ。
「どうしたの?もしかして芸が未完成なの?」
「いやあ、実はそうなんですよね。けれども見せてみたくって。」
「別に私は気にしないわ。未完成のものを見た後で完璧なものを見る。
それは完成に至るまでの過程を見られるって事ですっごく珍しい事よ。
まあ、そんなものが見られるなんて嬉しいわ。さあさ、早く家に上がって。
そうそう、お茶を用意しないとね。このお茶は・・・」
「だからすとぉーーっぷ!!!」
再び如月さんを止めるあたし。
神無月さん、余計な事言って話をこじらせないで欲しいなあ。
如月さんも同じ事を話さないで欲しいもんだ。
「いいですか、私達は如月さんにお願いが有って来たんです。」
「お願い?この私に?なにかしら、お花関係?
駄菓子関係はちょっと無理ねえ、手品関係も。あ、ひょっとしてお花を使った手品開発!?
なるほどお、いいアイデアねえ。それなら私もかなり手伝えるわ。
今の季節にぴったりのお花で、手品も季節にぴったり!それで・・・」
「だあああ!!!」
三度目、如月さんを止める。
なんでこんな・・・。だいたい神無月さんもボーっと聞いてないで止めてくださいっての。
「お願いというのは御喋りです!」
「まあ、御喋り?智子ちゃんと御喋り?それなら・・・」
「違います!長月さんとです!!」
やっとのことで要件を伝えることが出来た。
いや、まだだな。なんで長月さんと御喋りをするかってことが言えてない。
こりゃ全部伝えるまでかなりかかりそう・・・。
「長月さんとねえ・・・。でもあの人聞いてくれるのはいいんだけど話してくれないじゃない。
神無月さんみたく、ちゃんと話を聞いて何らかの反応をしてくれないと。」
「うんうん、まったくその通りです。」
ちょっと、なに頷いてるんですか、神無月さん。
「で、なんで長月さんと私が御喋りを?他の人がすればいいんじゃないかしら?
例えば皐月さんとか睦月さんとか、適役はいくらでもいるはずよ。
無理に私が御喋りをする必要は無いと思うんだけどなあ。
第一、お喋りしたからって長月さんが喋るようになるわけじゃないでしょう?」
ありゃ、勝手に目的を告げてくれた。こりゃ話が早いや。
「実はそういう訳なんですよ。長月さんが無口過ぎるのを直して欲しいって依頼が来たんです。
そこで、お喋り好きな如月さんとおしゃべりすれば少しは直るんじゃないかって。」
「なるほど、そういう訳なの。でもねえ・・・。」
考え込み出した如月さん。なんとなく予想してはいたんだけどね。
いくらなんでも自分がつかれるようなお喋りはしたく無いだろうし。
どうやって説得しようか思っていると、神無月さんがすっと前に出た。
「如月さん、僕の未完成の手品を見せます。まだ未公開です。
それで、お喋りをしてもらえ無いでしょうか?」
「それって、さっき言ってた智子ちゃんとの合同芸?」
誰がそんな事言ったんですか。自分で言ってたんでしょうが。
しかも合同芸って一体・・・。
「いえいえ、僕が単独で行うものです。どうです?」
「・・・分かったわ。とりあえず上がってよ、おもてなしするわ。」
そう言って、如月さんは店の奥へとあたし達を招き入れた。
それに付いて行く時に神無月さんが軽くウインク。
なるほど、あたしの店で言ってたのはそういう事かぁ。
確かに、要件の前にどんどん喋ってきたし、おしゃべりするにも条件が・・・。
で、店の中。神無月さんの手品の御披露目会となった。
観客はあたしと如月さんの二人。
「それでは、この白いハンカチをよーく御覧くださーい。
たねも仕掛けもございませんね?」
ハンカチを綺麗に広げて、くるりくるりと360度回す。
あたしも如月さんも、何も仕掛けが無い事に頷いた。
「今から、このハンカチを虹色に染めて見せます。行きますよ・・・。」
虹色!?なんだか凄い手品かも・・・。
じっと見ていると、神無月さんがなにやら念を込めている。拳を握り“はぁぁぁぁ”って。
「はいっ!!」
気合一閃、神無月さんが叫んだ後に、ぱっとハンカチが変わる。
模様が、ただの真白なのから・・・花柄に???
「あちゃー、失敗しちゃったー・・・。」
舌打ちしながら神無月さんは呟いてたけど、あたしと如月さんは大拍手。
当然でしょ、こんな手品初めて見たんだもん。
「神無月さんすごーい。虹色と宣言して花柄になるなんて。」
「いやあ、失敗してしまったんですよ。」
「それでも大したもんよ。ただ真白だったハンカチが・・・花柄に!
うちもお花屋だからその気持ちわかるわぁ。
上手いもんねえ、花柄になるように失敗するなんて、さすがだわ。
うんうん、満足満足。引き受けて良かったあ。」
神無月さんにとっては花柄になったのは予想外のことだったみたいだけど、
如月さんにとってはそれがとっても嬉しかったのかしら。
しきりに誉め言葉を連発してた。(あたしはそれに圧倒されてただ拍手のみ)
でもこれで長月さんとのお喋りを引き受けてくれるのは確実に成ったみたい。
“よしっ”と心の中で思いながら頭をかいてる神無月さんと、喋り捲ってる如月さんを呼んで、
三人で長月さんの所へと。もちろん花屋さんは閉めてからね。
あっという間に酒屋に到着。でもって、肝心の長月さんも店先に座っていた。
これ幸いと、早速三人同時に話しかける。
「「「こんにちは。」」」
「・・・やあ。」
笑顔で迎えてくれたものの、無口っぽいのは相変わらず。
如月さんに目配せをし、早速お喋りを開始してもらった。
「長月さん、最近商売の方はどうなの?繁盛してる?
私の所はかなりいいあんばいなの。
お客さんとたくさん立ち話をしたりと、すんごく楽しいのよぉ。
長月さんもお喋りをしてみたらどうかしら?
そしたら、普段の人だけでなくってたくさんの人が立ち寄ったりするはずよ。」
いきなり核心を話し出すなんて・・・。
ちなみに長月さんは黙ったまんま。なるほど、確かに聞いてるだけだ。
「そんでもって立ち寄った人の中からすんごい知り合いが出来たりして。
その人がテレビなんかに出て“あそこの酒屋の店主と私はねえ”
なんて言われちゃったりしたら一躍有名人よ。うん、それがいいわ、そうしましょう。
これで大繁盛間違い無し!!」
「・・・・・・。」
なんか話がそれ出したような・・・。
「あ、でも忙しくなりすぎて過労で倒れちゃったりしたら良く無いわよねえ。
今の無口のままでも十分店は繁盛してるんだわね。
なんだあ、それなら別にお喋りさんになる必要は無いわね。
というわけで智子ちゃん、長月さんは今のままでいいと思うけど?」
「へ?」
いきなりくるっと振り向いてあたしに話を降ってきた。
ちょっとぉ、そんなのってありですか?
「如月さん、当初の目的とずれてますよお。」
「そうだったかしら?ああそうそう、組合長さんからの依頼だったわね。
あの人が長月さんに少しでも喋ってもらおうってことで智子ちゃんとこに来たんだ。
あれ?だったら私がなんでこうしておしゃべりしてるのかしら・・・。
あ、そかそか、私の協力をってことで頼みに来たんだったわね。
そういう事だから長月さん。少しでもお喋りさんになった方がいいですよ。」
「・・・いや。」
「もう、そんな消極的な態度じゃあダメじゃ無いの。
とにかく少しでも喋ってみましょう。でも嫌だったら仕方ないわねえ。
人間嫌な事を無理にしようとするとストレスが溜まっちゃうしねえ。
第一、智子ちゃんの寿命なんてかなり縮まってる気がするわね。」
「あのう・・・。」
しれっと引き合いに出すのは止めて欲しいなあ。しかも寿命だなんて。
そりゃあ確かにあたしはかなりのストレスをためてるけど・・・。
「うーん、やっぱり私には長月さんをお喋りにすることはできないわねえ。
だから智子ちゃんが頑張ってよ。こうなったら当たって砕けろよ。」
「は、はあ。」
意味がわから無いまま如月さんがアッサリと引き下がった。
呆然としているあたしの目の前で長月さんがちょいと首を傾げてる。
こ、こんなことって・・・。如月さんを一体なんの為に連れてきたんだか!
がっくりきててもしょうが無いので、あたし自身で説得する事にした。
「あのう、長月さん。途中で聞いた通りです。
組合長さんから、もう少し長月さんに喋ってもらうようにして欲しいと依頼があって。
で、お願いです。如月さんとまでは行かなくても、ほんの少しでも喋るようにしてください。」
必死に頭を下げると、長月さんはちょっと考えた後にこう答えた。
「・・・ああ。」
「いやあの、そういう返事だけじゃなくって、何かこう・・・。」
するとまたもや考え出した。
あのねえ、考えることが何かあるっていうんですか?
心の中でいらついていると、再び長月さんが口を開く。
「分かった、それなりに・・・。」
おおっ!!二言でた!!
って、こんなんで喜んでちゃあいけないような。
「お願いしますね、長月さん。」
「・・・ああ。」
「・・・・・・。」
あんまりあてになら無いかも。もう少し訊いてみよう!
「長月さん、試しに何かしゃべってみてください。」
「うーん、しかし・・・。」
これまた深く考え出した。うんうんと頭を唸らせて・・・。
なんかすっごく悩んでるみたい。ひねり方が並じゃ無い。
「・・・やっぱりダメだ。」
「はあ、そうですか・・・。」
もういいかなあ、ダメってことで。
だいたい、無口な人でもそれはそれで上手くいってるんだからいいような気もするし。
無理に説得して喋るようになってもらうってのもなんだか申し訳無いな。
例えれば如月さんにお喋りを止めろっていってるようなもんだしね。
ちらっとその如月さんを見ると、あたしの事そっちのけで神無月さんとおしゃべりしてる。
たくう、協力なんてお願いするんじゃなかった・・・。
「それじゃあ長月さん、さようなら。」
「ああ。さようなら、智子ちゃん。」
挨拶して立ち去ろうとしたら、意外な言葉が返って来た。
“さようなら、智子ちゃん”!?長月さんからそんな言葉を聞いたのって初めてだよ。
これはもしかして、ひょっとするとひょっとするかも?
笑顔で振り返ってそのまんまお辞儀。
今だしゃべくってる如月さんとそれに付き合わされてる神無月さんを連れてそこを去った。
後日、つまりは明後日。
組合長さんが店にやって来た。
なんと、本当に長月さんがある程度喋るようになったらしい。
とは言っても、単語が一つ二つ増えた程度のようだ。
しかも、この調子じゃあ元の無口に戻るのも時間の問題だとか。
「また無口に成ったら頼もうかと思ったけど、止めにしたよ。
あの人はアレくらいが丁度いいのかもな。」
「そうですよ。演説するような人じゃ無いし。」
「それもそうだな、はははは。」
人の個性ってのは無理に変えるもんじゃ無い。
例えそれで不都合が生じても、商店街の皆でカバーすればいい事だもんね。
「そうそう、報酬を渡しておこう。商店街共通のシルバーカードだ。
これを買い物の時に提示すれば5%引きの値段で買う事が出来る。」
「シルバーカードですか・・・。」
どうせならゴールドとか・・・って安く買えるのにけちをつけてちゃあいけないよね。
というわけで、それはありがたく受け取る事にした。
「ありがとうございます。」
「いやいや、それでもう一つ依頼が。」
「何でしょう?」
「如月さんのお喋りをもうちょっと緩和できないかなって。」
「絶対に無理です!!」
≪第六話終わり≫
今日はちょっとしたお買い物。
少し浮かれてるのは、行く店がレコード店だから。
「こんにちはー。」
店の中へ入ると、睦月さんが笑顔で迎えてくれた。
「おや智子ちゃん、いらっしゃい。新しい曲を探してるの?」
「いえ、古い曲です。
どうもあたしには最近の騒がしい曲ってのは合わなくって。」
「・・・はは。ま、品数はたくさんあるから。」
苦笑しながら睦月さんが自分の仕事に戻る。
なんか気になる笑い方だったけど・・・まあいっか。
ちなみに何を探しているかは睦月さんに告げなかった。
聞けばすぐに見つかるだろうけど、それじゃあ探す楽しみが減っちゃう。
胸をわくわくどきどきさせながら、あたしは店内を廻りはじめた。
「うわー、ほんと色んなのがある・・・。」
まずは新曲コーナー。といっても買うはずはないからほとんどひやかしかも。
“下を向いて歩いてみよう”か。お金が落ちてたら拾おうって歌だったよな・・・。
“人ごみ”。押して押されて、恋を語ってたよな・・・。
最近ヒットしてる歌は、たまにラジオから流れてくる。
または、水無月さんが経営してる本屋でも流されてる。
あたしにはさっぱりわかんないけどね。
第一うるさくて歌詞なんて聞き取れないし。聞き取れるのは自己主張の強い曲、という程度。
ただ一番最低なのはメロディー。昔の使い回しばっかりじゃないの。
(もちろん中にはそうでないいい曲もあるんだけどね)
「どうしてこんな曲がヒットするのかなあ。」
思わず呟く。だって不思議でたまらなかったもの。
今時の人達ってこういう曲を好む、って事なのかな。
とか言ってたら、今時の若者であるあたしはなんなの?って事だけど。
「ねえ智子ちゃん、こんな曲はどう?」
いつの間にか睦月さんが側に立っていた。手には一枚のCDを持っている。
驚いてあたしは飛び上がった。
「び、びっくりしたあ・・・。」
「ああ、ごめんごめん。で、これはどうかな?と思って。」
ひらひらと手のCDを動かして見せた。
レーベルには何にも貼られていない。空のCD?なわけないよねえ。
「それ、何のCDですか?」
「ちょっと試作的に作ってみたんだ。聴いてみてくれる?」
「あ、はい。」
他ならぬ睦月さんの頼み。あたしが断る理由なんてどこにもない。
喜んでプレイヤーにそれをかけてもらった。
ヘッドホンステレオを付けて・・・と。
「じゃあいくよ。」
睦月さんの言葉にうなずくと、再生ボタンが押された。
回り出すCD、流れ出す曲。けど・・・。
「どう?」
「・・・なんか好きじゃないです、こういうの。」
「はは、やっぱり。智子ちゃんには合わないんだろうな。」
苦笑しながら、睦月さんはそれを停止させた。
かかっていた曲はただがちゃがちゃ鳴っていて、よくわからない。
歌も歌われてたみたいだけど、ほとんどそれは聞こえなかった。
「ごめんね、嫌なもん聞かせちゃって。」
「い、いえ。でも・・・。」
「でも、なに?」
「たしかにあたしには合いませんでした。でも他の人は喜んで聞くんじゃないですか?
だって、最近の曲ってこんなのばっかりだし・・・あっ。」
言いかけて、あたしは両手ではっと口を押さえた。
最近の曲と似てるとかいう事は言ってはいけないのに。
「いいよいいよ、正直だね。ま、たしかにこれは最近の曲と似せて私が作ったんだ。
そうか、他の人は好みそうか。」
「あたしは好まないだろうけど、多分そうじゃないかな、って。」
「ありがとう。智子ちゃんからそう言われたなら私の作曲技術もなかなかのもんだな。
よし、今度は別のジャンルに挑戦してみるか!邪魔したね、ゆっくり探してってよ。」
「は、はい!」
なぜだかあたしの方がお辞儀をして、睦月さんはそれに笑いながらカウンターへ戻っていった。
ありゃ、お客さんみたい。
それにしても、あのCDってあたしを信頼して聞かせてくれたのかなあ?
うーん、なんだかはっぴーはっぴー♪
でも待てよ、“こんな曲はどう?”なんて言いながら最近の曲っぽかったし・・・。
もしかして何か試されたのかな?それでもそれはそれではっぴー♪
目的の曲を探すのも忘れて浮かれていたその時だった。
「うん!こりゃいい!!」
睦月さんの大きな声が聞こえてきた。
一体何事?そう思ってカウンターの方をみると、さっきのお客さんと話をしてる。
・・・ってあれ、よく見たら菊月さん?
「良いですか?睦月さん。」
「ああ。この程よい味で栄養のバランスが特にいいと思う。
さっすが薬屋やってるだけのことはあるなあ、尊敬するよ。」
「い、いえいえ。」
少し側に寄ってみると、どうやら菊月さんが栄養ドリンクを持ってきてるみたい。
様子からすると、試し飲みをしてもらってる、って事かな?
「けどさあ、普通こういうのよくないんじゃ?」
「大丈夫、ばれないように細工はしてあります。」
・・・それって違法なんじゃないの?
しっかしどんな細工をしてるんだか。
「まあいいや。で、この製品についてのもう一つの聞きたい事ってなんだ?」
「それはですね、私がこれを持ってあちらこちらへ廻る事についてです。」
「それがどうしたってんだ?」
「睦月さん、あなたは喜んで試飲してくれた。しかしどうでしょう、他の人は。
みな喜んで協力してくれるでしょうか?じゃないと廻る意味もないでしょうし。
何より、失礼になってしまいます。無理矢理やってもらうわけにはいきませんしね。」
なるほど、それは言えてる。いきなり手品を見せにやってくる神無月さんみたいなもんだし。
って、それはそれで違うか。
「それで?」
「実はあなたの所、つまりここが一番最初なんです。だから意見をもらいたいなと思って。」
「ふうむ・・・。」
つまりは、栄養ドリンクの意見と、これから他所も廻るべきかどうかの意見を聞きたいってわけね。
そりゃあ睦月さん所に来て正解だろうなあ。きっといい意見だしてくれるよ、菊月さん。
「とりあえず私は良かった。こういうのは好きだからな、喜んで協力する。」
「どうもありがとうございます。」
「けど他の連中は快く思わないだろうから止めといた方がいいんじゃないか?
やっぱり違法的なものには関わり合いたくないだろうし・・・迷惑なんじゃないかな。
せいぜい極月あたりで終わっておくべきだよ。」
うんうんと頷きながら睦月さんは告げた。
言われてみれば、あたしだって栄養ドリンク差し出されて“はいそうですか”と飲まないだろうな。
それに極月さんの名前が出てきたのも納得。あの人こういうの好きそうだし。
「・・・睦月さん、迷惑なら迷惑って言って欲しかったのですが。」
「は?なんだいきなり。」
「だってそうでしょう!?他の人が迷惑だと思う。
ならばあなたも心の中でそう思ってるはずなんです!」
「おいちょっと待てよ、なんでそうなる・・・」
「ああー、もう。なんで素直に文句を言ってくれないかなー!!」
いきなり菊月さんの態度が豹変した。
睦月さん自身が投げかける言葉もほとんど聞かずに怒鳴り散らす。
その声を聞いてか、店の中にいるお客さん達が注目。
うわー、こりゃ大変。急いで止めなくちゃ!!
慌てて飛び出したあたしは必死になって菊月さんに呼びかける。
とにかく“落ち着いて”の一点張りで、数分後にようやく騒ぎは静まった。
どよめいてるお客さん達に、睦月さんが店内を廻って“なんでもない”と説得する。
ようやくいつもの雰囲気を取り戻したところで、三人で改めて話を再開する事となった。
「まず菊月、どうして怒ったりした?」
「取り乱してしまったので弁解の余地もありませんが・・・
ともかく睦月さん、あなたは“私は違う。けど他の人はこうだ”という意見を言いました。」
「ああ。」
こくりと頷く睦月さん。
たしかに、
“とりあえず私は良かった。こういうのは好きだからな、喜んで協力する。”
と言った後に、
“けど他の連中は快く思わないだろうから止めといた方がいいんじゃないか?”
という事を言ってる。それは聞いてのとおりだ。
「だから私は感じたんです。睦月さん自身も、私の行為を迷惑だと思ってる。」
「どうしてそこでそうなるんだよ。私は喜んでるって言ったじゃないか。」
そう、最初に睦月さんは断言した。“喜んで協力する”って。
態度からしても、これは明らかだったはず。
「人に責任転嫁してるように見えるんですよ。
“私は密かにこう思っていたけど、他の人があからさまに示せばわかるだろう”みたいな。
そうじゃありませんか?」
「そんな馬鹿な。それだったらわざわざ他の人はどうたらなんて言わないよ。」
「それは言い訳です。“あらかじめ私は言ったぞ。けど私自身はそれと違うんだからな”
という事ですよ。つまり、自分の思ってる事を他人の所為にしてるんです!」
うわあ、なるほど。言われてみればそうかもしれないなあ。
私はこうじゃないけど他人はこうだ、なんて、他人の事を一概に言えるもんじゃないしね。
やっぱりそれって自分の意見も混ざってるって事に見えるんだ。
でもなあ・・・。
と、ここで睦月さんはやれやれとため息をつくと、一つの例示を出した。
「それじゃあ菊月、私から尋ねるよ。
例えば私がシングルを出そうと思っているとしよう。何か意見は?」
突拍子もない意見。でもあたしだったら絶対買うな。
ん?シングル?もしかしてさっきあたしが聴いたのがそれなんじゃ・・・。
「それは無謀なのでは?他の人もそう思うかと・・・。
第一曲というのは売れなければ話にならないし。
でも、中には欲しいと思う方も絶対いらっしゃるでしょうね。」
そこで菊月さんがちらりとあたしの方を見た。
うわ、わかってる・・・。そう、あたしだったら絶対買うよー。
あ、でもさっき聞いた曲だったら要らないかも。あれは私好みじゃないし。
待てよ、あのかすかに聞き取れなかった歌声、あれって睦月さんの!?
それだったらやっぱりほしいなー。
一人で妄想にふけっているうちに、菊月さんは睦月さんの方へと顔を向けた。
「私としては出す事をお勧めしませんがね。」
と付け足して。そりゃまあこの業界って厳しいみたいだし。
普通はそう思うのが当然かな。
「ふーん。でもあんたは欲しいと少し思ってるんだ?」
「そんなことは言ってませんが。」
「言ったさ。欲しいと思う方もいらっしゃるでしょう、ってね。
そういう意見が飛び出すって事は、あんたもそう思ってるって事だ。」
「いや、少なくとも私は・・・」
「うるさい!!それと一緒なんだよ、あんたが最初に言ってた事は!!」
睦月さんがテーブルをドン!と叩いた。更に目がすごく怒ってる!
慌ててあたしが落ち着かせようとしたけど、“大丈夫”と睦月さんは手のひらを向けた。
「欲しい人もいるでしょう?なんでそんな事が言えるんだ。
思ってないから言える事か?言えないよなあ。自分が思ってない事なんて。」
「そんな事はありません!自分が思ってなくても、他人の考えを推察する事は可能です!!」
なるほどなるほど。
あたしだって他の人はこうだろうなー、くらいは考え付くもん。
例えば、師走さんが所かまわず廻ってれば絶対迷惑だろうなーとか。
とそこで、睦月さんは口元を少し緩ませた。どうやら笑ってるみたい。
「・・・言ったな。そう、そういう事だよ。
私だって、“他の人はそう思うんじゃないか?”というつもりで言ったんだ。
例え自分が思ってなくとも、他人が思う事の推察は出来る。
それを自分の意見とは違うものとして扱って何が悪い。
自分は違うが、他人はこう思うはず。だから一概に私の意見のみで納得するな。
私が言いたいのはそういう事だよ。」
「それは屁理屈じゃありませんか?自分の心に嘘をついてるだけでは?」
墓穴掘ったのにまだ食い下がってる。菊月さんって結構熱心だなあ。
「じゃあみんなに宣伝しといてやるよ。
菊月の口から出た言葉は、全部心の中にある言葉だ、って。」
「ちょっと待ってください!そうなるととっさの嘘なども言えなくなります!!」
とっさの嘘ってなんだろ。
けどあたしには山ほど思い当たる。師走さんがくれば嘘をついてでもそれから逃げ・・・
って、逃げられた事なんて一度も無いじゃないの。
これって無駄な努力なのかなあ・・・。
「・・・他人の気持ちになって考えてみろ。」
「はい?」
今度は静かに、睦月さんは語り掛けてきた。
他人の気持ちになってという事は大切な事だけど・・・。
「例えば、師走があんたんところに事件を持ってくる。手品の事件だ。さあどうする?」
「なんですかそれ・・・。断るに決まってます。」
同じく。けどあたしは連れてかれるんだよなー。
心の中でぼやいていると、睦月さんがすっと頭をなでてくれた。
わっ、詠まれたちゃった、かな?
「菊月、それはつまり嫌って事だな?」
「はい。」
「じゃあ師走が神無月の所に来たらどうだ?」
「喜んで引き受けるんじゃないでしょうか。」
「なーんだ。だったら菊月も多少は喜んで引き受けなきゃな。嘘はいけないぞ、嘘は。」
うえっ!?そういうことなの!?
とそこで、菊月さんははっとして、何度も自分でうんうん頷いていたかと思うと、
ほんの少し頭を下げた。
「・・・すいません、そうですね。
人によって考え方は違う。それを“他の人はこうだ”と言った所で、
それが自分の考えの一部となるはずも有りません。」
「いや、そこまで線を引くのは危険だ。
それに菊月が言っているようなのが大半だろう。
だからまあ、菊月が怒ったのも無理ないといえば無理無いんだが・・・。
相手はあくまでも意見を言ってるわけだからな。感じた事と一緒にされても困るわけだ。
けど時と場合による。自分が思うから他人もこうだ、というものもあるしな。
まあともかく、一概に決め付けて相手の考えを捉えるなって事だよ。
そう、少なくとも智子ちゃんみたく柔軟な頭になれよ。じゃないといつか身を滅ぼすぞ?」
言いながら睦月さんはあたしを指差した。
おまけにこちらも見た。一緒になって菊月さんも。
・・・な、なんか照れちゃうな。
「身を滅ぼす・・・ですか?」
「ああ。もっともそれは姉貴の受け売りだけどね。
とはいえ、あんまりふらふらしまくってるのも考えもんだけどな。
特にこの商店街には変なのが多いから・・・。」
ふらふらしてる、って皐月さんとか如月さんみたいな頭の事かな?
もちろんその二人に限らずにそういう頭の人は多いけど・・・。
「まあそういう事。これ以上は私からは言わない。
で、どうするんだ?その薬・・・じゃなかった、栄養ドリンク。」
すっかり忘れてたけど菊月さんの元々の目的はそれだよね。
自作の栄養ドリンクを試してもらう。(こういうのってよくないだろうけど)
すると菊月さんはいそいそと荷物をしまいはじめた。
「やめておきます。やはりこういう事はしちゃいけない。
迷惑になってしまいますから・・・。」
なるほど、結論はあきらめるって事かあ。
たしかにそれがいいとあたしも思うな。
ところが、睦月さんは“まあ待て”と、立ち去ろうとする菊月さんを呼び止めた。
「せめて極月には見せておけよ。絶対に参考になるはずだ。」
「そうですか?ではそうします。色々有り難うございました。それでは。」
最後にぺこりとお辞儀して、菊月さんは店から去っていった。
今回のこれはあたしからは何ともいえないなあ。
とにかく人の意見を固い頭で聞くなって事なのかな?
「さあてと、仕事に戻らなくちゃ。智子ちゃん、探してるCDのある場所言おうか?」
「えっ?・・・ああー、もうこんな時間なんだ。
しょうがないなあ、また今度別のCDを探す時に探検するとしようかあ。」
「そう、それがいいよ。」
時間を察知してくれたのか、睦月さんは親切にCDの在処を教えてくれた。
けど、あたしが探してるCDの名を告げた時の苦笑した顔が妙にひっかかる・・・。
後から聞いた話、菊月さんはあの栄養ドリンクを先送りしたみたい。
なんでも極月さんが“イーッヒッヒッヒ”と笑い出したまま止まらなくなったんですって。
「だからあ、違うって智子ちゃん。極月さんが笑い茸を混合したらどうかって言ったんだよ。」
「師走さん、いくら極月さんでもそんな提案はしないと思いますよ?」
「分かってないなあ。これは本屋で立ち読みしてた客からの情報なんだけどね・・・。」
べらべらと、どこから引っ張り出してきたのかと疑いたくなるような話を続ける師走さん。
ほーんと、人の話はあからさまに聞くべきじゃないよねー。
・・・と、ここでふいっと、睦月さんが苦笑している顔が頭の中に浮かび上がった。
う、うーん、なんでだろ?なんか気になるなあ・・・。
≪第七話終わり≫