「やはり頼りになるのは自分だけだ!」
無意味に拳を振り上げた。
名雪を起こすために真琴と相談するという案がちらりと頭をかすめたが、
それを俺はすぐに消し去った。
「だいたい、夜中にイタズラをかましてきて朝ぐーぐー寝てる奴なんて信用できない。」
今日は起きていたはずだが、それもただの偶然だろうと自己完結した。
あ、でもよくよく考えたらイタズラかましても朝はしっかり起きてたな・・・。
「いかんいかん!俺一人で考えるんだ!!」
ぶんぶんと頭を振る。
俺にも名雪を起こそう作戦実行部隊隊長としてのプライドがある。
ここで他人の力を借りていては名折れというものだろう。
「って、そんな部隊があってたまるかっ。」
ついでに考えれば、今朝は他人に頼る気満々であった。
俺の身がもたない。ひしひしとそう感じていたからな。
「・・・はあ、なさけな。」
急にがっくりときてしまった。
ひとり相撲をとってるようで実に疲れる。
「・・・腹ごしらえにいこうか。」
腹が減っては戦が出来ぬ。
そういうわけで、俺はとぼとぼと一階へ降りていった。

食卓へ顔を出すと、秋子さんが料理を並べ始めていた。
「あら、いいタイミングね。丁度今出来上がるところよ。」
「今日も美味しそうですね。」
みずみずしいトマトやレタスを使ったサラダをはじめ、
色とりどりのおかずに思わず目移りしてしまう。そして・・・
ぐー・・・
「あらあら、相当お腹がすいてたのね。」
「あ、はは・・・。」
不意にお腹が鳴ってしまった。
なんとなく原因はわかる。今日は相当考え事をしてたしな。
すぐ後に名雪と真琴もやってきた。そして始まる食事。
楽しそうにお喋りしながらのあいつらと違い、俺はただ黙々と箸を進めていた。
この時も、もちろん考え事だ。名雪を起こすために。
・・・なんか日常生活がひどく侵されている気がする。
勉強はともかく食事にまで影響が出るなんてなんだか哀しい。
「どうしたの、祐一。なんか悲痛な顔してるけど?」
「祐一さん、美味しくないですか?」
「あぅーっ・・・。」
気がつくと、周り三人がなんとも心配そうな顔で俺を見ていた。
「・・・へ?あ、い、いや美味しいですよ。
あー、俺はこんな料理が食べられて幸せだー♪」
慌てて笑顔を作り、美味そうにおかずを食しはじめる。
すると名雪が不振そうな顔で言ってきた。
「・・・おもいっきり不自然だよ、祐一。」
「気のせいだ、気のせい。」
「何か悩み事でもあるの?」
「無いと言えなくもないが・・・。」
「わたしでよければ相談に乗るよ?」
悩みの種の張本人が何を言うか。
と、喉まで出かかった言葉をご飯と共に飲み込んだ。
「いや、俺一人で頑張る。そうしなけりゃならないんだ。」
「そうなんだ・・・。」
「これは俺の使命だ。」
「そうなんだ・・・。祐一、ふぁいとっ、だよ。」
最後には笑顔で励まされた。
くうう、俺ってば一体何をやってるんだろうと、非常にやるせない気持ちになる。
「祐一、悩みって?」
今度は真琴が尋ねてきた。
一度はこいつに相談しようと思ったそれを、今話してもいいかもしれない。
「真琴、祐一の相談に乗るの?」
「ううん。ただ聞くだけ。」
「・・・・・・。」
話すのやめた。というか、聞くだけってなんだ聞くだけって。
やっぱり相談しなくてよかったな。
「真琴の言う通りね。」
「秋子さん?」
「祐一さんが使命だって言ってるものを手伝おうとしては、たしかに迷惑になるものね。」
秋子さんまでひどいことを言う。
「でもね、真琴。聞くだけなんてダメよ。
聞くなら聞くで、しっかり力になってあげないと。」
さっきと言ってることが矛盾してるような・・・。
「というわけで祐一さん、私で良ければ後で相談に乗りますよ?」
「・・・・・・。」
なんだかんだで秋子さんも話を聞きたいようだった。
そうだなあ、秋子さんなら話していいかも。
もっとも、既に名雪を起こすことを諦めてる秋子さんに頼るわけにはやはりいかないが。
「真琴はどうする?」
「あぅーっ・・・遠慮しとく。」
「そう。」
なんでわざわざ真琴に尋ねるんですか。
「名雪は?」
名雪にまで尋ねるとは・・・。
「わたしは陰ながら応援するだけにしておく。その方が祐一の為だと思うから。」
お前は出来るなら手伝え。というか考えろ。
しかしながら、どうも本人に直接言うのは気が引けた。
「あらあら、困ったわね。私だけで大丈夫かしら。」
頬に手を当て、秋子さんはにこやかに言う。
多分・・・大丈夫じゃないと思います。
「じゃあ祐一さん、後でね。」
「え、ええ。」
訳が分からないまま、食後に秋子さんに相談する事となってしまった。
余計なことを言ってしまったかもしれない。
またもや一人で悩んでると、秋子さんは今度は名雪へと顔を向けた。
「ところで名雪。今日は大丈夫?」
「え?何が?」
「ほら、あれよ、あれ。」
「わっ!お母さん、こんなところで言っちゃだめだよっ!」
慌てて大声を出す名雪。
傍にいた者もびっくりな声だ(それでもいつもとあまり変わらないが)
「名雪、あれって何だ?」
「なんでもない。」
「なんでもないことないだろ、そんなに慌てたくせに。」
「う〜・・・。」
明らかに困った顔をしている。
これは何か重大な秘密があると見た。
「その様子じゃあ今日は無理ね。」
「お母さんは祐一の相談を聞いてあげてればいいじゃない。」
「ああ、そうだったわね。すっかり忘れてたわ。」
膨れ面をする名雪に、“そういえば”という顔で答える秋子さん。
って、忘れるのはや・・・。
「冗談ですよ、祐一さん。」
「そ、そうですよね。はは・・・。」
唖然としてたらつっこまれた。さすが秋子さん。
「とにかく今日はわたし一人でやるから。」
「ええ、わかったわ。」
既に、どんな事を隠してるのか分かりそうな会話だった。
それでも、俺はそれ以上詮索しないことにした。
名雪の秘密を探るよりもっと大事なことがあるからだ。
その後は滞りなく食事は続き、無事にすべてを終えた。
名雪と真琴は食後すぐに自室へと戻っていった。
俺は、洗い物をしている秋子さんをリビングにて待つ。
どうせなら早めに終わらせて、と思い手伝おうとしたのだが、
秋子さんにやんわりと断られてしまったのだ。
「しっかしどうしたもんかな。」
相談事が相談事なだけに、一秒とまではいかないが早々に終わりそうな・・・。
それならそれで別に構わない。
俺だけしか名雪を起こせない。そう俺は考えたのだし。
うんそうだ、そうしよう。やはり秋子さんには少し話をする程度にとどめよう。
心の中で、俺は一つの決心を改めてするのだった。
「お待たせしました。」
お盆にお茶を乗せて秋子さんが顔を見せた。
長くなるであろうからお茶でも飲みながら、とのことだろうか。
戸惑っていると、秋子さんは俺の斜め前あたりのソファーに腰を下ろした。
「さて、お話を伺いましょう。」
「えっと、そうですね。朝の名雪のことなんですけど・・・。」
まどろっこしい言い方はせずに、単刀直入に告げようと思った。
しかしそれはあまり良くなかったかもしれない。
速攻で秋子さんの顔が曇ったからだ。
「・・・祐一さん。」
「は、はい。」
「悩みというのは名雪の起こし方、なんですか?」
「え、ええ。最近は特に寝起きが悪くなってきたので。」
「・・・残念だわ。私じゃあ相談に乗れない事柄ですね。」
そんなすぐに諦められても困るんですけど。
なんて言えるわけもない。第一俺は、一人で何とかするとついさっき決心したばかりだ。
「どうもすいません。こんなことで悩んじゃって。」
「いえ、聞いた私が悪いんですものね。」
「そんなこと無いですよ。心配してくださってありがとうございます。」
申し訳なさそうな顔をする秋子さんに、俺は首を横に振って答えた。
この家に来た時から、名雪を起こすという事は、俺に課せられた使命なのだ。
今更ながらそんな気分になってきた。
「えーと、それじゃあ自分の部屋で考えてきます。」
そういって立ち上がる。と、まだすすってもいない湯飲みが目に入った。
「いただきます。」
「あっ、熱いですよ。」
秋子さんが言い終わらないうちに俺は湯飲みを手に取った。
そして中のお茶を喉に流し込む。
ごく、ごく、ごく・・・
「ふう、美味しかった。なんだか頭が冴えてきましたよ。」
「・・・祐一さん。」
「はい?」
「頑張ってくださいね。それと、ありがとう。」
いつもの笑顔をたたえながら秋子さんが告げる。
それに俺はこくりと頷き、リビングを後にした。
さて、大見栄はったからにはそれなりの成果を見せないとな。
俺は相変わらずうーむと悩みながら部屋に戻るのだった。

机に向かい、ノートを広げる。
改めて作戦の練り直しだ。
「・・・宿題が出てたのか。」
たまたま広げた数学のノートには、覚えのないメモ書きがあった。
教科書のページ数と番号が記されている。日付もあり、今日の宿題に間違いなかった。
「おのれ、そうまでして俺のじゃまをしたいのか。」
神も仏もない。まざまざと俺はそれを感じた。
「・・・とっとと仕上げるか。」
珍しくも宿題にとりかかる。というよりは気を紛らわせたかったのかもしれない。
今日はずっと一つのことを考えていたしな。
たまには数学的思考を高めるのもいいかもしれない。
それで名雪を起こすためのいい案が出たりして。
「なるほど、やはり神も仏も居たりするもんだな。」
都合的に機嫌を良くして、俺は問題を解き始めた。
・・・・・・。
「・・・わからん。」
指定された問題は一問だけだったのだが、非常に難しいものであった。
「というかこれ、間違えてメモってないか?」
確認してみると、まだ習っていないページを書いてるものだとわかった。
くそ、やっぱりこの世には神も仏もいねーじゃねーか。
宿題は諦めることにした。
明日速攻で名雪のノートでも写させてもらうことにしよう。
「さて、本業に戻るか。」
名雪を起こすための案を考えるということに。
こんなものを本業にしてたらいつか死んでしまいそうではあるが。
ノートを開く。当然別のページだ。
シャープペンシル片手に、様々な案を書いてゆく。
「やっぱり直接なんかやるしかないよなあ。」
殴るとか蹴るとか・・・
いや、暴力は良くない。
最初は起きるかもしれないが、そのうちに苦情が来るはず。
そうすればまた別の方法を考えないといけなくなる。
そんな面倒な作業はごめんだ。考えるのはこれっきりにしたい。
「ずっと使えるスマートな方法・・・。」
とりあえず今朝の状況を思い返してみる。
呼びかけてもまったくそれが耳に入らなかった名雪。
叩いてもセリフの合成という珍しい返し技を行った名雪。
ひたすらけろぴーと連呼する名雪。
「・・・そうだ、けろぴーだ!!」
閃いた!
「・・・って、けろぴーで何をしろってんだ。」
閃きは引っ込んだ。
・・・いやいや、すぐに邪険に扱うのは良くないぞ俺。
名雪はけろぴーを抱いて寝ている。
そのけろぴーを引っ張って部屋から引きずり出すとか。
「直接手を引っ張った方が早そうだな。」
または髪の毛を引っ張ってみようか。
さすがに起きるだろうが・・・それはやめといた方がいいな。
「うーん、けろぴーの他の応用を・・・。」
燃やす?・・・ダメだ。
投げる?・・・ダメだ。
押す?・・・ダメだ。
食べる?・・・そうだ、食べよう!!
「・・・食えるかっ!」
しかもけろぴーを食って何が解決するというんだ。
どうもろくな案が浮かんでこない。
ひとまずけろぴーから離れるとしよう。
とは思うものの、一体どうすれば・・・。
まさにどん詰まり状態だった。このままでは示しがつかない。
「・・・なんだか眠くなってきた。」
そうだ、要は朝眠いというのが原因であって、
夜も眠くなる時はやっぱり決まっていて、
それならば眠くない時というタイミングを知って、
その時に起きればいいのであって、
つまりは寝る時間をというものを調整して、
こうなったら・・・
名雪に直談判だ!
「・・・はっ。」
体をがばっと起こす。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
慌てて時計を見ると、既に日が替わりつつあった。
「不覚・・・。」
しかも、寝に入る前にかなりいい案が浮かんだはずなのにそれを覚えてない。
「そうだ、ノート。」
もしかしたら薄れゆく意識の中、何か書いたかもしれない。
慌てて見直してみると、たしかに書いてあった。
やったぞ俺!
「・・・・・・。」
だが、それはとても読めるような字で書かれていなかった。
言うなればミミズが這ったような字。解読が必要だ。
寝そうな状態というのはほんと厄介なものだな。
・・・全然やったじゃないぞ、俺。
仕方がないので、それを解読する作業に変更。
「なあに、案を考えるよりはまだ遙かにましなはずさ。」
そう思い、こつこつと努力を重ねる。
約1時間ほどで、それは完了した。
「ふう、苦労した。」
達成感はかなりあった。
ここで使い物にならない作戦が見えてこないならば悲惨なものであるが。
「・・・というか、俺ってこんなの考えてたんだな。」
確信が俺の中にはあった。
やればできるじゃないか。これなら秋子さんにも示しがつくというものだ。
いや、ひいては俺の将来を安泰にしてくれるはず。
というよりはもっと別なものを得られることができるだろう。
ともかく、今日の作業はもうこれで終わりだな。
「さて、寝るか・・・。」
気合いを明日用に貯め、俺は床につくのだった。


『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜。』
「・・・・・・。」
『朝〜・・・』
カチッ
いつも通り、名雪の声の目覚ましで起き上がる。
隣の部屋では、相変わらずジリリリとかジャラララとか、けたたましいベルの音が響いていた。
壁越しに聞こえるそれにより、俺は完璧に目を覚ます。
しかし、名雪のやつはこれだけ鳴ってもやはり目覚めていないだろう。
「さてと、迎えに行くか・・・。」
支度を早々に済ませて部屋を出る。
そして名雪の部屋をノックした。
ドンドンドン!!
「名雪ー!起きろー!!」
返事はなかった。
それを何度か繰り返す。
「入るぞ!!」
結局入室。そして今だ幸せそうな寝顔を浮かべてる名雪を発見した。
「起きろー!!」
「・・・くー。」
当然ながら起きない。
「起きろー、名雪ー!!」
ゆっさゆっさ
叫びながら揺すってやった。
「うー・・・地震だおー・・・。」
「お約束なこと言ってないで起きろってば!!」
「うにゅ・・・。」
むくり
やっと起きあがった。しかし目は閉じている。
だが、ここまで起きれば上等だった。
「名雪、今日は学校だからな。制服に着替えて準備しろ!いいな!!」
「・・・うにゅ。」
謎の返事をすると、いそいそと着替えを始めた。
慌てて部屋の外に出て扉を閉める。
数分後・・・
がちゃり
扉が開き、ばっちり支度を終えた名雪が姿を現した。
「名雪、おはよう。」
「・・・くー。」
「よし、今から朝食を食いに行くからな。」
「・・・うにゅ。」
眠ったままの名雪を階下へ引っ張ってゆく。
当然階段の途中は、事故が起きないよう細心の注意を払ってやった。
名雪を支えたまま食卓にたどり着くと、秋子さんが笑顔で出迎えてくれた。
「おはようございます、祐一さん。」
「おはようございます。」
挨拶を交わす。真琴はまだ起きていないみたいだった。
「・・・名雪、起きました?」
「いえ、寝てますね。」
言いながら、くーくー言ってる名雪を椅子に座らせてやる。
すると案の定テーブルに突っ伏してしまった。
「失敗したんですね・・・。」
残念そうに秋子さんがつぶやく。昨日のことを思い返しての事だろう。
それには構わず俺は別のことを告げた。
「秋子さん、済みませんが小さな瓶とビニール袋、
それと小さなスプーンを用意してくれませんか?」
「え?ええ、構いませんけど・・・。」
「お願いします。さて、いただきます!」
用意されてる自分の分を食べ始める。
秋子さんは、俺のそんな態度を不思議そうに眺めながら準備を始めた。
「おーい名雪ー、朝食だぞー。イチゴジャムがあるぞー。」
「・・・うにゅ、イチゴジャム・・・。」
呼びかけたが、声だけの反応だった。
どうやら今日は相当に眠りが深いらしい。
「ま、寝ながら食うのはあんまり良くないしな。」
支度を寝ながら済ませてくれただけでも良しとしなければ。
ちらりと考え事をしながら、早々に食べ終わる。
それと同時に、秋子さんが準備したものを手に現れた。
「あら、ずいぶん早いですね祐一さん。」
「早食いは得意ですから。」
「それで、これでいいの?」
手のひらに乗る程度の小瓶。そして一枚のビニール袋を見せてくれた。
「ええ、それで十分です。」
喜んで其れを受け取る。
瓶の中にはイチゴジャムを少々。ビニール袋には名雪の分のパンを入れた。
そして小さなスプーンを加えて1セットとし、自分のかばんの中に放り込む。
「さてと・・・おい名雪、出かけるぞ。」
「うにゅ・・・。」
返事だけだった。仕方ない、やはりこのまま連れて行くか。
「すいません、それじゃあ行ってきます。」
「あ、あの、祐一さん?」
「はい。」
「完全に寝てるのにどうやって連れて行くんですか?」
あの秋子さんもさすがに驚いている。
時間はそんなにない気がしたが、少しばかり説明することにした。
「寝てていいんです。俺が学校までそのまま連れて行きます。」
「えっ?」
「幸い名雪は寝ながらでも準備とかできる体質みたいだから、無理に起こすことはやめました。」
もちろん準備できるのは俺が呼びかけて初めて出来るわけだけどな。
「でも、それじゃあちゃんとできないんじゃないかしら?」
「少なくとも学校の準備に関しては今まで失敗がありません。
多分名雪は、寝る前に持って出ればいい状態とかにしてるんでしょうね。
で、朝食はちゃんと食べられない時もあるから、手軽に俺が持っていこうと。」
「ああなるほど。それでビニール袋だのを用意したんですね。」
「そうです。もしも通学中目が覚めたりしたら食べさせてやろうと。」
「・・・うーん、でも名雪は食べないんじゃないかしら。」
・・・言われてみればそれもそうだな。まあ保険だ、保険
「少し失敗がありましたね・・・。まあ食べるときは食べますよ。
食べなければ持って帰るなり昼に食べるなりすればいいことですし。」
「それもそうですね。」
まだまだ完璧には遠いようだ。この部分だけもう一度考えねばなるまい。
「それで祐一さん、名雪をどうやって学校まで連れて行くんですか?
半分寝ている状態なら引っ張って行くこともできますけど・・・。」
「ああそれはですね・・・って、もうこんな時間!?」
何気なく時計を見ると、8時10分をまわっていた。
のんびり構えていたら遅刻してしまう。
「それじゃあ行ってきます!!」
慌てて名雪の椅子をひく。
そして、座ったままの状態の名雪をゆっくりと自分の背におぶってやった。
「よっ!!」
ずり落ちないようにしっかりと背負う。そして、手荷物を取った。
「祐一さん・・・学校まで背負っていくつもりですか?」
よほど驚きだったのだろう。両手で口を覆うという世にも珍しい秋子さんが・・・
って、浸ってる場合じゃないな。
「ええ。名雪には出来るだけ寝てもらうという結論になったんです。
ま、授業中も結構寝てますから・・・。
通学途中も睡眠時間を増やしてやるか、っていう程度にしかなりませんけどね。」
苦笑混じりに答え、俺は歩き出した。
心配そうに秋子さんは玄関まで付いてきてくれる。
靴を名雪の足に履かせ、自分も靴を履き、手には二人分の鞄を持ち。
そして俺は名雪を背負ったまま外に出た。
一面に雪が積もった真っ白な世界。いつも見ている風景だった。
「じゃあ今度こそ本当に行ってきます。」
「ええ。気をつけてね。」
「はい。」
心配そうな秋子さんに見送られながら家を後にする。
さすがに二人分の体重は凄いのか、普段歩くよりも足の沈み方が違う。
雪を踏みしめる音も、“ぎゅっぎゅっ”というレベルじゃなく、
“すぎゅっずぎゅっ”と初めて聞くほどのものだった。
「結構つらいな。この状態で走るのはさすがに無理か。」
早めに出て良かったというものだ。
歩くなら何とかなる。普段より速度は落ちるが。
「うにゅ・・・祐一・・・。」
「おっ、名雪?」
「うにゅ・・・。」
ただの寝言だった。
「本当はなるべくなら起きて欲しいんだがな。」
名雪を背負って通学。これは今日初めての試みだ。
力があるといえ、俺は体力にはそんなに自信がない。
心の中では“早く起きてくれー”と必死で叫んでいた。
もっとも無理に起こすわけにはいかない。
わざわざ背負ってまでやっている理由、これはただ一つ。
「名雪を好きなだけ寝かせてやる、ということだしな。」
寝ながら準備だの朝食だのさせている時点で意味が多分に違うが、
俺がしてやれるのはせいぜいこれくらいだ。
“気が付いたら学校?”とまた今日も言わせてやるさ。
「うにゅ・・・あれ、祐一?」
「なんだ、また寝言か?」
「違うよ〜・・・って、なんで祐一がわたしを背負ってるの?」
「やけに反抗的な寝言だな。おとなしく寝てろ。」
「わっ、ここ外?しかも制服着てる・・・。」
「ほう、最近の名雪は寝言で自分の識別が出来るのか。
便利な世の中になったもんだ、まったく。」
「うー・・・。」
「おっ、やっと寝静まったか。」
ぽかっ
「いてっ!寝ながら殴るな!!」
「だからわたしは起きてるよー!」
「はぁ?」
立ち止まり、首だけゆっくりと振り返る。
すると、目を大きく開いた名雪の顔がそこにあった。
不機嫌そうな、それでいて不思議そうな顔だ。
「おわっ!いつの間に起きたんだ!?」
「さっきから言ってる。」
「そうか。なんだ、案外すぐに起きたな。」
「・・・ねえ祐一。」
「なんだ?・・・その前に、起きたんならとりあえず降りてくれないか?」
口には出さなかったが、俺はかなり疲労がたまっていた。
出来るなら名雪にはもう後は歩いて欲しかったのだ。
「・・・それは嫌。」
「は?」
「こうなったら学校まで負ぶっていって。」
俺は耳を疑った。しかし名雪の顔はマジだ。
観念するしかないようだな。
「・・・しょうがない奴だな。頑張るか。」
「それより早く教えて。どうして祐一がわたしを背負ってたのか。」
「それはだな・・・歩きながら話してやる。」
止まったままで居ては本当に遅刻してしまう。
ゆっくりと歩きながら、俺は計画の事をすべて話してやった。
「・・・というわけで、寝ながら名雪に到着してもらおうと思ったわけだ。」
「・・・・・・。」
「どうしたんだ?」
「・・・・・・。」
説明を終えたのに、名雪は何の反応も示さなかった。
ただうつむいて黙ったままであった。
もしかして・・・俺は余計なことをしてしまったんだろうか。
気まずい空気が流れる。そろそろ学校が見えてこようという位置にまで来て、
俺は名雪に呼びかけた。
「なあ、なゆ・・・」
「・・・どうして。」
「え?」
「どうして直接わたしに言ってくれなかったの?
祐一がそこまで苦労してるんだったら、わたし、わたし・・・。」
やっと上げてくれた顔は、後何か言えば泣きそうであった。
なるほど、黙って気を遣われるということは名雪には相当苦痛だったみたいだ。
しかし俺はあたふたとするわけでもなく、前を向いて歩き続ける。
「ばぁか。直接言えなかったからこうして俺は案を出したんじゃないか。」
「だから、それがわたしには・・・」
「というか、あんまり責めないでくれ。」
「え?」
「気を遣ってる訳じゃないんだ。名雪がいつ寝坊しても将来大丈夫なように。
それの練習なんだ、これは。」
「祐一・・・。」
「・・・って、何言ってるんだ俺ー!!
と、とにかくだな、俺は名雪を自然に起きるまで待ってやる、ということに決めたんだ。
言わば便利な運びやさんだ。幸いお前は寝ながら準備ができるからな。だから合格だ。
というわけで、深く考えずにありがたく思ってろ、な?」
焦り気味の顔で後ろを向くと、名雪がくすくすと笑っていた。
「な、何が可笑しいんだよ。」
「あ、ごめんごめん。・・・祐一、ありがと。」
「お?おう。」
改まって礼を言われるとなんだか照れるものがあるな。
と、更に名雪はこう言ってきた。
「でもね・・・やっぱりわたし朝起きられるようにする。
夜更かしはやめることにするよ。」
「・・・なんだ、本当に夜更かししてたのか。」
部活だけの所為じゃ無いということがあっさりと判明した。
「わっ、ばれた。」
「お前な・・・。」
自分で言っておきながらばれたはないだろうが。
「そ、それでね、夜更かしは本当にやめるから。
今やってること、残念だけど、部活が忙しくなくなるまで待つ。」
「そうか。」
「知らない間に祐一にお世話になって・・・そういうのってやっぱり嫌だもん。」
「そうか・・・。」
「あ、でも迷惑とか言うんじゃないよ?
やっぱりわたし、祐一と一緒に朝の道を歩きたいから。
朝ちゃんと起きて、一緒にご飯食べて、家を二人で出て。
いろんなお話をしながら歩きたいから・・・。」
「名雪・・・。」
たおやかな微笑みをたたえている名雪が、とても可愛らしく思えた。
結局、俺の考えは空回りしていたのかもしれない。
名雪は、俺と一緒に通学をしているという実感を得たいのだ。
自然に寝たまま間に合っても嬉しくない。俺と一緒に来たという事が大事なんだ。
「その割には、昨日勝手なことを言ってなかったか?寝ながら学校につけるとか。」
「あれは・・・ただの冗談、だよ。」
たゆまない俺の努力を冗談で片づけられたらそれこそたまらないぞ。
「もういい。いいかげん降りろ。」
「うー、せめて今日だけはいいじゃない。」
「俺はもうへとへとなんだよ。」
「わたしだってお腹空いてるもん。」
「は?・・・ああそうか、朝食食ってなかったな。」
「うん。」
「俺の鞄を開けてみろ。お前の分が入ってる。」
「えっ?」
鞄を手渡してやると、背中でごそごそと探り始める。
「あっ、パンとわたしの大好きなイチゴジャム・・・。」
「秋子さんに頼んで用意してもらったんだ。通学途中でも食えるようにな。
もうすぐ学校だけど、さっさと食っちまえ。」
「・・・やっぱり後で、お昼と一緒に食べるよ。」
ゆっくりと鞄にしまい込む。
もしかしたら食べないかもと思っていたが、後で食べるという事が少し意外だ。
それでも、空腹に耐えるという選択に多少疑問を感じた俺だった。
「なんでだ?お腹空いてるんじゃないのか?」
「だって・・・これには祐一の優しさが詰まってるから・・・。
今食べちゃうの勿体ないよ。」
「そんな恥ずかしいことを堂々と言うな。」
「う〜。・・・祐一、顔赤いよ?」
「お前もな・・・。」
お互いに照れて笑い合う。
直ではなかったが、俺の気持ちというのは伝わったみたいだ。
そんな他愛も無いやり取りを続けながら、俺達は無事に学校に着いた。
「もう着いちゃった・・・。」
「なんだと?」
「わっ、冗談、冗談だよっ。」
誤魔化し笑いをしながら、名雪が背中から降りる。
その直後、足や体にかかっていた負担が消えた。
しかし、背中のぬくもりが消え、やけに寒くなった。
「・・・今日ってこんなに寒かったっけ?」
「祐一、汗びっしょり・・・。このままじゃ風邪引くよ?」
「かなりの運動をしたからな。重かったぞ。」
「う〜、わたしそんなに重くないもん。」
「冗談だ。さて、行くとするか。」
「う〜。」
唸ってる名雪とともに昇降口を目指す。
色々あったが、明日からは以前と同じようにここまでこれそうだ。
結局夜更かししてまで何をやっていたかは分からなかったのが気がかりだがな。
しかしそれも小さな事だ。これからは、今まで通りなのだから。
「祐一っ。」
「なんだ、名雪。」
「今日のこと言ってもいいかな。祐一が連れてきてくれたって。」
はしょっているこのセリフの時点では問題無いが、
おそらく名雪が話す内容は問題ありありだろう。
「却下。」
「う〜、どうして?」
「どうしてもこうしてもあるか!そんなもん言いふらすな!!」
「ごめん、手遅れ。」
「は?」
手遅れってどういう事だ。
「言いふらすって今わたしが決めたから手遅れだよ♪」
「最初に尋ねておきながらそんなもん勝手に決めるな!!」
「・・・だっしゅっ。」
「あ、おいこら!」
唐突に走り出す名雪。俺は慌てて後を追う。
結局走るってことは変わんないってことかよ。
名雪が寝坊しようとちゃんと起きようと、これが俺達の朝なのかもしれない。
そんな事を考えながら、今回の名雪起床策戦は幕を閉じた。


エピローグ

雪・・・雪が降っていた。
窓の外を真っ白に埋め尽くすほどの、大量の雪が降っていた。
「今日も、寒そうだな・・・。」
ベッドの中から外を見やる。
分厚い雲の隙間からも、日の光は通ってきた。朝だ。
名雪は無事起きるだろうか。
ぼーっとする頭で、ぼんやりとそんな事を考えていた。
こんこん
扉を誰かが叩く音。
「どうぞ。」
返事をすると、扉を開けたのは秋子さんだった。
「起きてたんですね。祐一さん、具合はどうですか?」
「まだ熱があるみたいです・・・。」
「やっぱり今日はお休みですね。」
「ええ。」
情けないことに、俺は昨日風邪を引いてしまった。
やはり汗を大量にかいた後寒い中に居たのがいけなかったらしい。
授業中に気分が悪くなり、早退を申し出たほどだった。
家に帰ってからも、俺はひたすら熱でうなされていた。
というよりはほとんど寝てたんだけどな。
「すいません、秋子さん。」
「え?」
「名雪、起こせなくて。」
俺は休むからいいが、名雪は学校だ。
昨日、一緒に学校へなんて言ってた矢先からこんな状態。
名雪もさぞがっかりしているころだろう。
ところが、そんな俺の心中をよそに、秋子さんはくすりと笑った。
「心配しなくても、名雪もお休みですよ。」
「えっ?それはどういう・・・。」
「名雪も風邪なのよ。」
「ええっ!?」
なんたる偶然だ。というか意外だ、あの名雪が風邪だなんて・・・。
「どうして名雪は風邪をひいたんですか?」
「昨日祐一さんの看病をしていてね。それでうつったんじゃないかしら。」
「あっ・・・。」
その言葉でぼんやりながら思い出した。
心配そうな目で俺を見つめ、懸命に居続ける名雪の姿を。
そうだ、昨夜名雪は傍に居たじゃないか。
俺が“風邪がうつるぞ”と言っていたにも関わらず、ずっとずっと・・・。
「たく、あいつは・・・。」
途端に俺は落ち込んでしまう。
昨日に続いて、名雪に気を遣わせ通しじゃないか。
何が名雪の為にだ。空回りどころか更に迷惑をかけているなんて・・・。
と、沈んだ俺の顔を見てか、秋子さんがゆっくりと口を開く。
「そう気落ちしないで。名雪が風邪をひいたのは祐一さんの所為じゃないんだから。」
「・・・・・・。」
慰めの言葉も、あまり耳に入らなかった。
しばらくして秋子さんは部屋を出ようとする。少し様子を見に来ただけだったから。
「とりあえずもう少し寝てなさいね。またお昼になったらご飯を持ってきますから。
学校には既に連絡入れてあるから、安心して休んでてください。」
「はい、すいません・・・。」
「・・・そうそう、名雪からの伝言を忘れる所だったわ。」
「伝言?」
扉の傍に立ちながら、秋子さんは少しだけ顔を振り向かせた。
「ええ、伝言よ。“祐一、一緒に風邪ひいちゃったからちゃんと一緒に治ろうね”ですって。」
「・・・一緒、か。」
「確かに伝えましたからね。」
笑顔を残して秋子さんは部屋を出て行った。
「・・・・・・。」
しばらく俺は何をするわけでもなく目を開いていた。眠れなかったのだ。
そして、今日は鳴らすことのなかった目覚しを手に取る。
時刻の調整をし、今鳴らしてやる。
『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜。』
「・・・・・・。」
『朝〜・・・』
カチッ
止めた後、俺はぽそりと呟いた。
「名雪に録音し直してもらうかな。“一緒に行くよ〜”ってなものに。」
俺と名雪が、朝を共に迎えられる願いを込めて・・・。

<おしまい>


あとがき:もっとも長い、名雪シナリオでした。(半分秋子さんが占めてますけど)
なんかヘンな終わり方になっちゃったかなあというよりは、
なんかヘンな進み方になっちゃったなあ、です。(苦笑)
最終的に祐一が考え付いたのは、起こす事より起こさない事、なのです。
なゆちゃんの反応により、結局一日でそれは終わっちゃうわけですがね。
それにしても・・・今更ですが、寝ながら学校にという事はやっぱ良くないかも(爆)
ちなみに、“漫画本を参考にする”を選択すると「目覚まし目醒まし」に続きます(嘘)