「名雪に直談判するしかない!!」
昼間の名雪の言動、香里の追求に対する反応、
そして、夕食時の秋子さんの意味深なセリフを俺は思い出していた。
予想が正しければ、名雪は夜更かしなどという似合わないことをやっているに違いない!!
ともかく名雪の部屋に行ってみるとしよう。
時計をちらりと見ると、午後11時をまわったところだ。
「普段の名雪ならもう寝てるはずだよな。」
呟きながら、自室を後にする。
廊下に出るとひんやりとした空気が体に押し寄せてきた。
思わず体をぶるっと震わせる。
そんな中、明かりが漏れている部屋を発見した。
あれは間違いなく・・・名雪の部屋だ。予想は見事的中していたのだ。
「遅くまで起きて何やってるんだか・・・。」
・・・なんか人のこと言えない気がする。
苦笑をもらし、扉の前まで移動。
ノックする前に、不謹慎だと思いながらも耳を当ててみた。
「・・・・・・。」
特にこれといって物音はしていない。
聞こえるのはただ・・・
チッチッチッ
という時計の音。
「・・・うー、また間違えた。」
「ここまたやり直しだよー。」
という、時たま発せられる名雪の声。
勉強でもしてるんだろうか。
けど夜更かししてまでやるようなことじゃないだろう。
第一テストはしばらく無いはずだ。
「ま、直接本人に聞けば分かることだ。」
意を決し、扉の前に手を構える。
トントン
「おーい、名雪ー。」
「わっ、祐一!?」
どうしたんだろう、珍しくもえらく慌てた声だ。
「お前こんな遅くまで何やってるんだよ。」
「な、なんでもないよっ。」
「何でもないことないだろ。とにかく入るぞ。」
「だめだよっ!ちょっとそこで待ってて。」
「いいや、待てない。後十秒で入ってやる。」
「わあっ、そんな〜!!」
途端にがさがさごそごそと部屋の中が騒がしくなる。
本が落ちる音、何かが押し込まれる音、名雪が転ぶ音・・・。
冗談のつもりだったのに、名雪は凄く焦ったようだ。
そしてきっかり十秒後・・・。
「も、もういいよっ。」
ご丁寧に準備完了の宣言をしてくれた。遠慮なく扉を開ける。
「ようっ。」
中に入ると、そこはいつもの女の子らしい名雪の部屋だった。
事前に何か散らかっていたようでもない。実に綺麗な空間だ。
「で、祐一、何か用?」
「・・・とりあえず座ってもいいか?」
「えっ、あっ、うん。」
せかせかとしながら、座布団をテーブルの傍に置いてくれる。
それに俺はどっかと腰を下ろした。
「さて・・・」
「あっ!」
「な、なんだ?」
「祐一、やっぱりこっちに座って、ね?」
「なんでだよ。」
「うー、じゃなきゃあ部屋から出ていって。」
変な脅し方だ。こっちの方向に見られたら困るものでもあるんだろうか。
不審に思って、目線を今の方向で色々と変えてみる。
「わーっ!祐一嫌いっ!」
「わ、分かったよ。」
不審なものは見つからなかったが、名雪の慌てぶりは相当不審だ。
何かを隠してるのは間違いないな。
一つの確信を得たまま、名雪に言われた通りに席を交替した。
さっきとは正反対の向きである。
お互いに腰を下ろしたところで、俺は呟いた。
「ふう、いい座布団だ。」
「さっきと同じ座布団だよ。」
「甘いな。生地が違うのさ。更には中の綿が違う。」
「そうなの?」
不思議そうに自分の座布団の確認に入る。
部屋に居ながらそんな事を今更確認しているなんて名雪らしいというかなんというか。
その隙に後ろを振り返ってやる。
「・・・・・・。」
ベッドに座ったけろぴーが目の前に居た。ご丁寧に正座である。
何気なくお辞儀をしてみた。
「むっ、お前もお辞儀しろ。」
けろぴーの頭に手を乗せてお辞儀をさせてやろうとすると・・・
「あーっ!祐一、そっちは見ちゃだめっ!」
そこで名雪に見つかった。おとなしく正面を向き直る。
「ちょっとけろぴーと兄弟の契りを交わしてたんだ。」
「けろぴーは女の子だよっ。」
・・・そうなのか?
「それはともかく名雪、お前に話がある。」
「う、うん。」
ようやく本題に入る。
「お前は最近何をしてるんだ?」
「えっ・・・学生してる。」
「部活は何をしている?」
「陸上部。」
「なるほどな。ところで親兄弟は?」
「えっと、お母さんが居るよ。あと従兄弟の祐一と。それから真琴と。
四人で一緒に暮らしてる。」
「ふむ・・・。」
「なんか警察の尋問みたい・・・。これが聞きたかったの?」
違う・・・。
「今のはただの冗談だ。いよいよ本題に入るぞ。」
「本題じゃなかったの〜?」
凄く嫌そうな声だ。
「スリーサイズは?」
「えーと、上から・・・って何てこと言わせるのっ!」
怒った。
「心配するな再び冗談だ。これはフェイントというやつだな。」
「うー・・・からかいに来ただけなら出ていって。」
このままだと本気で怒り出しかねない。
いいかげん本当に本題を告げることにした。
「さて、三度目の正直の本題行くぞ。」
「・・・・・・。」
「そんな目で俺を見るな、照れる。」
「・・・やっぱり出て行って。」
「ま、待て待て。今のはダブルフェイントってやつで、次は四度目の正直だ。」
「・・・・・・。」
今にも出て行けという威圧感をはらんだ目つきに変わった。
本当に怒るとこれと近い目になるんだろうか。
「今度こそ本当に聞くぞ。」
「聞きたくない。」
「俺は答えて欲しいんだ。名雪、お前近頃夜遅くまで何やってるんだ?」
「えっ・・・。」
今日一日の出来事を振り返りながら、様々な疑問をぶつけてやる。
すると、名雪の目にあった怒気が急激に消え失せていった。
焦りの色をそこに浮かべながら、名雪はその場にうつむいてしまう。
「な、なんでもないよ。」
「何でもないことないだろ。睡眠時間まで削ってやってるんだから。」
「べ、勉強だよ。」
「だったらなんで俺が部屋に来たときに慌てたんだ?
そしてわざわざ座る位置を変えるよう要求してきたのは何故だ?」
「それは、その・・・そういう気分だったんだよ。」
なんというバレバレな理由だ。俺のごまかし方以上にひどいぞ。
「こうなったらけろぴーに聞いてやる。」
「わっ、ダメだよ!」
がたっと名雪が立ち上がったが、お構いなしに俺は後ろを向く。
相変わらずけろぴーはそこに居た。つぶらな瞳で俺に訴える。
「なに?お前の後ろに何かあるだと?」
「な、何もないよっ!」
「何もないんなら名雪が慌てる理由はないよな。」
「う〜・・・。」
一瞬名雪の動きが止まった。
その隙をついて、けろぴーを横へどける。
「あっ、そうだ!わたし女の子だからベッドなんて見ないでっ!」
「・・・遅いって。」
事が起こった後にそういう言い訳を行っても仕方がないような・・・。
それはさておき、俺はあるものを発見した。
けろぴーの陰、ベッドの上に置かれていたもの(隠されていたもの?)
毛糸の束に、帯状に編まれた毛糸、そして編み棒。更には一冊のノート。
「これって・・・。」
「うー、だから見ないでって言ったのに・・・。」
「名雪、これ、何だ?」
がっくりと座り込んでる名雪にあえて聞いてみる。
あれを見た瞬間に俺が見てはならないものだと感じ取ったが、それでも聞いてみる。
反応次第によっては、謝るどころでは済まされないことだと思ったからだ。
「・・・見ての通り、毛糸のマフラーだよ。手編みのマフラー。」
「マフラー?」
「そうだよ。お母さんにね、教えてもらってたの。ちょっとずつちょっとずつ。
でも、最近部活が忙しくてなかなか時間がとれなくて。
それで、お夕飯食べた後にさわりだけ教えてもらうの。
そこにあるノートは、わたしがやり方とかをまとめたものなんだよ。」
名雪の手に進められるがまま、置かれてあったノートを手に取る。
びっしりと書かれた文字は丁寧で、更に編み方の絵まで描かれていた。
きっと秋子さんの教え方は相当に上手いのだろう。それが分かる絵であった。
「けれどわたしお母さんほど編むの上手じゃないから。
何度も何度も失敗して、編み直したりして。
それでついつい夜が遅くなっちゃって・・・。
あ、でもちゃんと12時過ぎたら寝るようにしてるんだよ。」
「・・・なあ、いつからそれをやってるんだ?」
「え?ああそれはね、うーんと・・・随分になるよ。
おかげでずっと睡眠不足になっちゃってる。」
「そうか・・・。」
夜な夜な遅くまで起きてマフラーを編み続ける。
眠いのを乗り越えて頑張る名雪の姿を俺は想像した。
朝にちゃんと起きられないのも無理はなかったのだ。
「それで、なんで隠してたんだ?」
「・・・祐一、それ本気で聞いてるの?」
今までに見たことのない目で名雪は聞き返してきた。
もちろん俺はそれに即答する。
「そんなわけないだろ。・・・ごめんな、名雪。家捜しみたいな真似しちゃってさ。」
「・・・ううん、朝祐一に迷惑かけてたりしてたのはお母さんから聞いてたから。
わたしのこんな夜更かしが原因で、わたしが朝ちゃんと起きられなくて・・・。
だからだよね、今夜訪ねてきたのって。」
「あ、ああ、まあな。」
これ以上何も言えなかった。
この部屋に来たとき、俺は名雪を朝起きさせる事しか頭になかった。
そんな俺とは違い、彼女はそれなりに考えていたのだ。
「・・・邪魔したな。」
俺はゆっくりと立ち上がった。
このままここに居るのは、とてもとても辛いと思ったから。
そんな俺を見て、名雪はただ苦笑混じりにこう告げた。
「でも残念だよ。完成したのを見せて祐一をびっくりさせたかったのに。」
そう、これだ。わざわざ内緒にしてまで、隠してまで編んでいたのにはこの理由がある。
ただのこの言葉だけで言ってしまえば大きくない理由に聞こえるかもしれないが・・・
名雪にとっては、非常に大切な事柄であったはずだ。
「・・・もう、やめちまうのか?編むの。」
それを聞くと、名雪はゆっくりと首を横に振った。
「まさか。ちゃんと仕上げるよ、折角ここまで作ったんだし。
じゃないと、結局祐一に迷惑をかけたままで終わっちゃうしね。
だからこれからは、もっと感謝の気持ちを込めて編み続けるよ。」
「名雪・・・。」
「でも、もう夜に編むのはやめておく。だって、これ以上は・・・」
「名雪。」
しゅんと俯いた名雪の傍へ、俺は駆け寄った。
肩に手を置いて、まっすぐな瞳で彼女を見つめる。
「祐一?」
「朝のことなら気にするな、俺がいい方法見つけてやるから。」
「でも、祐一それで毎日苦労してたんだよね?だったらやっぱり・・・」
ぽかっ
「痛いっ、何で殴るの〜?」
「だからもう気にするなと言ってるだろうが。
たった今決めたんだ。俺は懸命に名雪を起こすことを使命とすると。
例えどんな悪条件だろうと俺が必ず起こしてやる。だから心配するな。
お前はお前のやりたいようにやるんだ。」
「祐一・・・。」
「・・・その、そういうことをここに来る前に思ってれば良かったかもしれないけど。」
夜の事情を知った今、今まで通りに名雪を起こしにかかることが出来るのか。
それは非常に疑問であった。
躊躇、戸惑い、そんなものがひょっとしたら表れるかもしれない。
「ううん、そんなこと無いよ。」
穏やかな微笑みをたたえながら、名雪は首を横に振った。
「隠してたわたしも悪かったんだよ。本当に祐一をびっくりさせたかったけど・・・。
祐一の知らないところで苦労の種を作ってちゃ嫌だよね?」
「それはまあ、その・・・。でも、俺の事を想ってくれてしてたことだし。」
「・・・で、祐一。確認いいかな?」
「ん?」
これ以上はもういいよと顔を赤くしながら、名雪は一区切りつけた。
「これからもまだ、編みあがるまでかかると思うんだよ。
だから、しばらくは朝、完璧に祐一に頼っていいかな?」
「・・・・・・。」
表面的には一般人にとってOK当然のことであった。
しかし名雪に関してはそうはいかない。
“OKと即答しろよ”なんてのは浅はかな奴が言うセリフに他ならない。
とは思うものの・・・もはや俺の選択肢は一つしかなかった。
「だめだ。」
「・・・やっぱり。」
「というのは冗談だからな、本気に取るなよ。」
「やっぱり。」
笑顔を崩さずに名雪は嬉しそうに頷いた。
そう、もはや俺の取るべき道は決まっていた。
どんなにぐーすか寝てようが、名雪をちゃんと起こす。学校まで連れてゆく。
やはりこれは俺の使命であるのだ。・・・大袈裟かもしれないけどな。
「その代わり、せめて寝たままでも準備はこなしてくれよな。」
「さすがにそんな保証は出来ないけど・・・よろしくお願いします。」
丁寧にお辞儀をした。つられてこちらも頭を下げてしまう。
お互いのそんなやりとりが妙に可笑しく、笑い合う。
「そうだ、一つ聞いておきたいことがある。」
「なに?」
「えーとだな・・・やっぱりいい。」
「え〜?気になるよ〜。」
「いいったらいいんだ。聞いてもしょうがないことだ。」
“あとどのくらいでマフラーは完成する?”なんて聞けるはずもなかった。
俺を気遣い、名雪を慌てさせてしまうことは目に見えていたからだ。
そんなところで、そろそろ寝ようと俺は立ち上がった。
「・・・ところで名雪。」
「何?」
「今更だが、物を隠すときはちゃんと考えた方がいいぞ。」
「うー、だって起きてる時はいつもあそこに置いてたんだもん。」
なるほど、けろぴーを見張りに立ててたってことだろうか。
だからだろうか、今朝けろぴーとか連呼してたのは。
それにしては、ここに来て座った時にした席替えはあまりよろしくないと思うが・・・。
「振り返ると目の前にあってびっくりした。」
「けろぴーもびっくりしたと思うよ。」
のんきに返してくるが、やはりこういう点が・・・ん?待てよ。
「閃いた。」
「何?」
「名雪、明日の朝を楽しみにしてろ。」
「うー、なんかよからぬ事をたくらんでない?」
「ふっ・・・とりあえず、素早く目を覚まさないと大変だと言ってやる。」
「わっ、何するつもり?」
慌てて立ち上がり俺を引き留めようとする。
しかし俺は抵抗する代わりに微笑を浮かべてやった。
「心配するな、痛くも痒くもならない。それにこれは諸刃の剣であったりもする。」
「うー、やっぱり良くない事じゃない・・・。」
「それじゃあヒントを一つ与えてやろう。」
「ヒント?」
首を傾げる名雪を見ながら、俺は扉に半分顔を出した状態で最後に言った。
「お姫様。」
「お姫様?」
「そうだ。お休み、名雪。」
「う、うん、お休み。・・・お姫様?」
すぐに分かるかもと思ったら、名雪は最後まで首を傾げていた。
扉を閉めてそこを去る。そして俺は、さっさと眠りにつくのであった。


翌朝。少し興奮気味に目を覚ます。時刻は目覚ましが鳴る前であった。
今日は使われることの無かった目覚ましのスイッチを切ってやる。
「さて、いくか・・・。」
支度を手早く終えていざ出陣。
なゆきの部屋と書かれたプレートがさがっているドアをノックする。
ドンドンドン
「うおーい、名雪ー!!」
数回、叩きと呼びかけを繰り返した。
中からの返事は無い。仕方なく強行突破へと移る。
「入るぞー!」
がちゃりと開く扉。
中に入ると、予想通りベッドの上で幸せそうに眠っている名雪の姿が目に入った。
相も変わらずけろぴーを抱きかかえて・・・いなかった。
少し離れた場所に鎮座。どうやら完璧に守り神の役割に入ってるらしい。
「あんな所に置いてるとあからさまに怪しいだろが・・・。」
苦笑しながら、名雪を見やると、ごろんと仰向けになった。ただの寝返りだ。
「名雪ー、起きろー。昨日宣告してやっただろ、早く起きないと大変なことになるって。」
「・・・うにゅ。」
謎の返事一つ。かすかに耳に届いているようだった。
「ヒントから謎は解けたか。お姫様。お姫様はどうやって起きる?」
「うにゅ・・・うにゅ?」
謎の返事二つ。後少しだろう。
「昔から決まってるよな。お姫様は王子様のキスで目覚めるんだ。」
「・・・・・・。」
今度は返事がなかった。意識が引っ込んでしまったのだろうか。
顔を近づけ、俺は左手を名雪の頭の隣へと付いた。
そして、真正面に名雪の顔をとらえる。垂直に見下ろしている状態だ。
「起きないと・・・キスするぞ?」
「・・・・・・。」
名雪からの反応は見られなかった。ただ沈黙している状態。
それを確認すると、俺はゆっくりと顔を近づけていく・・・。
「・・・・・・。」
「・・・うにゅ。」
「・・・おい名雪。」
「・・・・・・。」
「お前、起きてるだろ。」
「う、にゅ・・・くー・・・。」
少し近づけて、俺ははっと気が付いた。
名雪の顔がやけに紅潮している。近くで感じられる息づかいも激しい。
夢でうなされているとも思えたが、不自然な動作が他にもたくさん感じられたのだ。
「そうかそうか、そこまで俺の目覚めのキスを受けたいか。」
「・・・くー。」
「だったら学校でも思う存分やってやるぞ。授業中でも平気でやってやるぞ。
もちろん二人で外出してるときでも、お前が寝てるときは・・・」
「わっ、わっ、起きるよ〜!」
ぱちっと名雪が目を開く。そして慌てて顔を起こし・・・

「「!!!」」

それはお約束的な出来事だった。
顔を近づけていた俺と、顔を起こした名雪と・・・
お互いの唇がしっかりとふれあってしまったのだ。
一瞬硬直。そしてすぐさま、お互いに背を向けた。
「・・・はあっ、はあっ。お前なあ、なんですぐに起きないんだよ。」
「ゆ、祐一だって、朝からなんてことしようとするんだよっ。」
「“なんてこと”とか思うんだったら寝た振りなんかするな!
まったく、予想外だったな・・・。」
「それはこっちのセリフだよっ。おかげで・・・昨日なかなか寝付けなかったんだから。」
「その割にはすっかり目が覚めてるな。」
「これで目が覚めてなかったら問題ありだよ。」
「・・・そうかもな。ははは。」
お互いに顔を見合わせる。
興奮してまだ赤い顔をしていたが、しばらくして笑い合った。
ベタな方法に思えたが、おはようのキスというのはとてつもない効果を発揮したようだ。
「・・・おはよう、祐一。」
「お?ああ、おはよう。」
遅れながら、朝の挨拶を交わし合う。
「ところで祐一は恥ずかしくなかった?」
きょとんとした顔で名雪が尋ねてくる。
それがきっかけとなったのか、俺は抑えていた想いを顔にすべて露わにした。
「そんなわけあるかっ!キスしようとした時点でものすごく恥ずかしかったっ!」
「よく実行できたね。」
自分でも不思議だ。
「まあいい、とりあえず支度しろ、下で待ってるから。」
「うんっ、わかったよ。」
笑顔で頷く名雪の顔はまだ赤かった。
部屋を出がけにふと呟く。
「よし、明日もこの手で行くか。」
「本気なの?」
「冗談だ。」
「え〜。だったらマフラーはもうやめる。」
名雪の反応にばっと後ろを振り向く。
冗談ではなく、本気いっぱいの顔だった。
「・・・わかった。そんなに言うんだったら窒息するまでやってやる。」
「わっ、それは困るよ〜。」
「冗談だ。・・・しかし、大胆だな、名雪。」
「ふぁいとっ、だよ。」
笑顔で答える。
もしかして俺はとんでもない方法を試みてしまったのかもしれない。
それでも悪い気はしなかった。
こうまで快適に名雪を起こせる方法は他にはないから。
「あ、祐一。ちょっと。」
「なんだ?」
手招きするので顔を近づけてやる。
「その、起きがけのはいいかげんだったから改めて。」
「お前なあ・・・。」
名雪からこんな事を言われるとは思っても見なかったぞ。
呆れてしまったがしかし、俺は拒むことはしなかった。
「改めておはようのキス、だな。」
「これからもお願いするね。」
「たく・・・。」
「ん・・・。」
目を閉じてお互いの唇の距離を縮め・・・そして重ねる。
この日から、晴れて名雪に了承を受けた起床方法であった。

<おしまい>


あとがき:そんなわけで、真の名雪シナリオでした。(真かどうかは決めかねるけど)
これだけエピローグはあえてつけてません。ま、その必要もないかな、ってことで。
しかしどうして最後こんなになってしまったのだろう。
マフラーの事だけを強調して書くつもりだったのになあ・・・。
で、一番最初にも書いてますが、どのシナリオも総じて、原作とはかなり離れた話になってる気分です。
(まあ、この話の案自体原作からかけ離れてるんだけどさ)
色々考えさせられます。難しいです。もっと頑張らないとな・・・。
ちなみに他の裏エピソードとして、香里と北川と相談する話、舞による名雪の起こし方、
佐祐理さんと真琴のお遊び話、あゆと名雪の話、なんて色々ありますが・・・
それは頭の中だけなんで、探しても見つかりりません。あしからず(笑)