香里にさよならの挨拶をして、俺は家路を急いだ。
踏みしめる雪が足にまとわりつく。
朝に限らず寒いな、などと思っているうちに家に到着した。
「ただいま〜。」
「お帰りなさい、祐一さん。」
秋子さんが笑顔で出迎えてくれる。
その時に俺は思わず声が出ていた。
「秋子さん。」
「はい?」
「・・・いえ、なんでもありません。」
「・・・?」
名雪の事を相談しようかとも思ったが、もしも秋子さんがいい方法を知ってるなら今苦労はしていない。
そう思って、俺は言葉を飲み込んだ。
「何があったのかは知らないけど、あんまり思い詰めちゃダメですよ?」
「はい、わかってます。」
心配させないように普通を装って答え、自室へと向かった。
着替えを済ませ、ベッドの上に仰向けになる。
結局学校では誰とも相談できないままであった。
香里か北川とでも話せれば良かったのだが、あれよあれよという間に授業が終わってしまった。
・・・いや、何故かしら相談できなかっただけなんだろう。
学食でのやりとりをみて、やはり自分でなんとかしようと俺は思ったのだ。
とは思うものの・・・
「どうすりゃいいんだ?」
思わず天井に向かってつぶやく。
こう見えても俺は今までに様々な方法を試してきた。
だてにこの家の朝を何度も迎えた訳じゃない。
しかし、既知の手段を用いる気にはどうもなれなかった。
「苦労せずに起こせるものでもないしな・・・。」
部屋に入って呼びかけたり、殴ってみたり、スリーサイズを尋ねたり・・・。
中には大まじめに名雪から拒絶されたのもある。
それらを除けば、現在の状況に効果的な起こし方というのは思い当たらなかった。
新しい方法。
それを考えなければならないのは今更だが明白なことであった。
ごろんごろんとベッドの上を転がり回る。
頭の回転というくらいだからこうやって回転させれば良い案が浮かぶかも。
しばらくの間そうやって時を過ごす。
「・・・目が回った。」
気分が少し悪くなっただけだった。
くそう、どうして何も考えつかないんだ。
俺の頭はその程度だったのか?
考えろ、考えるんだ相沢祐一。お前の頭にすべてがかかっているんだぞ。
・・・・・・。
「ぐー・・・。」
いつの間にか眠ってしまった。

気がつくと辺りは闇に包まれていた。
「くそ、自ら眠ってしまうとは。」
時計を見ると、夕飯までは間があるという時間であった。
あんまり長時間眠っていたわけでもなさそうだな。
「名雪もこれくらい自然に起きてくれたらなあ。」
ぼそっとそんなことをつぶやく。
・・・いやいや、名雪も自然に起きるときは起きる。
ただ単に睡眠時間が他の人と違うだけだ。
そういえば人間の睡眠時間について、こんな事を言った人がいる。
5時間は自然、7時間は習慣、9時間は怠惰、11時間は罪悪。
たしか詩人のジョン・ミルトンとかいう奴だったかな。
俺ってば変なことをよく覚えてたりするな。
こういうのを普段の勉強だとかに活かせれば抜群なんだが。まあこういうのも一興だろう。
さて、俺の場合は夜十二時頃には寝て、朝七時半頃に起きる。
おおよそ7時間くらい。習慣か。まあこんなとこだろう。
家主の秋子さんは・・・。
「何時間寝てるんだろう?」
夜は十一時以降には既に寝ているはずだ。
しかし朝、何時に起きているか俺は知らない。
そういえば朝のうちに家事を大抵済ませていた。
六時?五時?なんにしても6時間くらいかな。
名雪は聞かずとも12時間寝ているということがわかっている。
いや、寝ているというわけではないがそれがベストだ。
“11時間は罪悪”・・・。
「名雪の罪はそこまで重いのか。」
12時間なんて罪悪以上じゃないか。
つーかこの詩人は一体何時間寝てたんだ?
自分はしっかり自然時間に寝てたんだろうな?
何故だか沸々と怒りがわいてくる。
俺自身普段9時間も寝ていたりするわけじゃないが、たまにはそういう日もある。
それで怠惰だとか罪悪だとかいちいち言われてちゃあたまらない。
まあそれはさておきだ。
「そういえばこの家にはもう一人居たな。
あいつはどのくらいの睡眠をとってるんだろう。」
そんな疑問と同時に、俺はある事を考えた。それは・・・

真琴に相談

やはり俺しか名雪を起こせない