「真琴に相談してみるか。」
夜遅くまで起きてイタズラしに来たりしてる割には、朝しっかり目を覚ましている。
こんな無理矢理に規則正しい奴をアテにしないでいいものだろうか?
「・・・ほんとにアテにしていいのか?」
しかし、一人で考えるよりやはり二人だ。ここは一つ聞いてみなくては。
というわけで、俺は真琴の部屋へ向かった。
トントン
「おーい、真琴〜。」
部屋の扉をノック。しかし中から返事はなかった。
どうせ漫画に夢中で聞こえてないんだろう。
「入るぞ〜。」
ガチャリと開けると、部屋の真ん中に寝そべっている真琴が目に入った。
いつも通り、肉まん片手に漫画を読みふけっている。
やはりというか、俺が入ってきたことには気づいてないようだ。
仕方がないので真琴の隣に腰を下ろす。
「漫画はおもしろいか。」
「うん。」
「あ、いいもの食ってるな。一つもらうぞ。」
「うん。」
相変わらずというか、どうでもいいって感じの返事だな。
袋に入った肉まんに手を伸ばす。
熱心に漫画を読む真琴の隣でむしゃむしゃと美味しそうに食べてやった。
「それじゃあな、真琴。」
「うん。」
立ち上がり、部屋を後にする。
「・・・って、そんな事しに来たんじゃないんだ俺は!」
慌てて部屋に戻った。
そして今だ漫画を読みながら“あはは”とか笑ってる真琴に呼びかける。
「おい真琴、話があるんだってば。」
「うん。」
「うんじゃなくてちゃんと聞いてくれ!」
「うん。」
「おーい!」
「うん。」
「・・・だめだこりゃ。」
「うん。」
すっかり夢中だ。
仕方ない、相談するのは夕飯後にしようか。
結局は部屋を後にする。
と、自分の部屋に戻った時点でどたどたと騒がしい音が聞こえてきた。
「祐一ぃーっ!!」
バタン!
ノックもなしにドアが思いきり開く。真琴だった。
「あたしの肉まん勝手に食べたでしょ!!」
「ちゃんと了承を取ったぞ。お前はうんと言った。」
「あれ?あたしそんなこと言った?」
「ああ。俺が話があるって言ってもひたすらに“うん”とか言うだけだし・・・。」
半分逆ギレ状態で答えてやる。すると真琴は目を丸くした。
「話?あたしに?」
「ああそうだ。具体的には相談だ。」
「えっ・・・。」
信じられない、といった顔で俺を見る。
それと同時に、少し照れた様に顔を赤くした。
頼りにされてるという事を感じたからだろうか。
「まあそういうわけで、肉まんを戴いた。」
「・・・何それ。」
「相談料だ。」
「言うことが無茶苦茶ねっ!普通相談する方が払うもんでしょ!!」
俺もそう思う。
「心配するな、上手くいったあかつきには半分返ししてやる。」
「それならいいけど・・・ってなんで半分なのよ!!十倍にしなさいよぅ!!」
十倍は行き過ぎだろうが。
しかし、本当に上手くいったなら十倍でも安く思えた。
「いいだろう、肉まん十個を約束してやる。」
「えっ、ホント?やったっ、ラッキー。」
自分で言っておいてなんなんだその反応は。
まあともかく商談成立だな。
「さて真琴、肝心の相談内容だが・・・」
「ね、早く肉まん買いにいこ。」
「まだ相談が終わってない!」
「後でいいじゃない。」
「いいことあるか!まずは話を聞け!!」
たく、調子に乗るとこれだ。
まずは落ち着かせ、俺の相談内容を告げる。
名雪の朝の起こし方について良い案はないかということを。
「・・・というわけだ。」
「・・・ねえ祐一。」
「なんだ。」
「肉まん十個じゃあ少ないわよぅ。」
「今更言うな。もう取引は終わってる。」
「あぅーっ・・・。」
困り果てたように真琴は嘆いた。
たしかに気持ちは分からなくでもないが・・・。
「わかった、十三個に増やしてやろう。これならどうだ?」
「なんなのよ、その数字は。」
「不吉度が増すだろう?」
「そんなもの増やさないでよぅ。キリよく二十個はどう?」
とんでもないことを言ってきた。
やはりこいつは調子に乗らせてはいけない。
「甘えたことを言うな。大目に見ても十五個だ。」
「・・・分かった。それならなんとか頑張ってみる。」
やっとやる気を顔に表してくれた。
まったく食い意地が張ってる奴だな・・・。
「さてと、早速作戦を練るとしようか。」
「祐一〜、真琴〜、ごはんだよ〜。」
名雪の声が聞こえてきた。
「あ、ご飯だって。行こ、祐一。」
即座に立ち上がって部屋を出ていく。
そうか、そういう時間になっていたか。
しかしまだ話もほとんど進んでないのに・・・こんな調子で本当に大丈夫なのか?
不安になりながらも、俺は真琴の後を追うのだった。

夕飯後、真琴の部屋に集合。もちろん俺と真琴と・・・
「にゃー。」
「なんでぴろまでいるんだ?」
「ぴろはいつも一緒だもん。」
「漫画読んでた時は一緒じゃなかったくせに。」
「祐一の見えないところで一緒だったわよぅ。」
すねた様にぴろを頭の上に乗せる。
気になるところだが、そう問題にするわけにもいくまい。
寝るまでの短い時間を効率よく使わねば。
「さて真琴。」
「うん。」
「名雪を起こすにはどんな方法がいいと思う?」
「うーん。」
途端に頭をひねりだした。
ぴろも一緒にひねり出す。
そして俺もひねり出す。
・・・なんか変な光景だな。
「ねえ祐一。」
「なんだ。」
「真琴が祐一にやってた遊びを使うのはどうかな。」
「・・・なるほどな、あのイタズラか。」
「イタズラじゃないわよぅ。」
「あれをイタズラと呼ばずに何と呼ぶんだ。」
夜中、俺が寝静まる頃に部屋にやってきては真琴がしたこと。
睡眠を妨げるには十分なものであった。
それを一つ一つ思い返してみる。
「まずは・・・こんにゃくか。」
「そうね。」
「・・・却下だな。秋子さんに怒られる。食べ物を粗末にするな、って。」
「だよねぇ・・・。」
もっともな理由だった。
「次に、殺虫剤か。」
「これは効くと思うよ。」
「しかし、もし起きなかったらやばいな。」
「なんで?」
「あれはずっと吸ってると体に悪い。」
体が資本の陸上部である名雪。
もし体調を崩したとなるとさぞ悲しむだろう。
“部活ー部活ー”とか唸ってそうだ。
「リスクを考慮して、却下だ。」
「うーん、残念。」
「さて次に、髪の毛を切る、か・・・。」
「起きたらびっくりするよ。」
「というかこれって起こす為のものじゃないよな。
ついでに言うと、名雪にすごく恨まれそうだ。」
女の人は髪が命。どこかで聞いた言葉が頭をよぎる。
「じゃあこれも・・・。」
「却下だ。」
「あぅーっ。」
「あぅーっ、じゃない!真琴はこんなことをされて起こされたいか!?」
「絶対嫌。ぴろも嫌だよねぇ。」
頭の上のぴろに尋ねる。
「にゃ〜。」
「嫌だって言ってる。」
「おまえ猫の言葉が分かるのか。」
「なんとなく。」
まあ、雰囲気からしてぴろも嫌としか言いようがないだろうな。
「さて、次に豆腐か。」
「あらかじめ忍び込むんだから、これなら確実よね。」
「誰が忍び込むんだ。当然真琴だよな。」
「そんなのしたくない。祐一がやって。」
「俺もしたくないぞ。というかわざわざ忍び込む必要なんてないだろうが。
誰かさんみたくクローゼットの中で寝てしまえばおしまいだ。」
「誰のことよぅ。」
「さあな。」
しかし、それ以前に重要なことがあった。
「食べ物を粗末にしている時点でやっぱ却下だろうなあ。」
「あっ、そうか。」
「で、次は焼きそばだが。」
「起こして夜中に食べるの?」
「そういう問題じゃなくて、やっぱり食べ物関連はボツだ。」
「あぅーっ・・・。」
そんなこんなで、結局すべての案はなくなってしまった。
というよりも、ろくな事をやってない真琴の実態が明らかになっただけだった。
「・・・たく、全然ダメじゃないか。」
「そう言われても・・・。」
「何か新たに考えてくれ。」
「うーん。」
頭を悩ませる。
しかしどうしようも無い事実は変わり様がなかった。
しばらくして、休憩しようと俺は思った。
ずっと頭を使い続けていると気が滅入ってくるからな。
ところが、相変わらず頭を使ってる真琴が目に入る。
何故かしら俺より一生懸命だ。
「ずいぶん熱心だな。」
「だって肉まんがかかってるもん。」
「そういうことかよ。」
思わずあきれてしまったが、これはこれで頼もしいことである。
無論考えてそう簡単に出てくるはずもないだろうが、やる気があるのはいいことだ。
希望を託し、俺は少しの休憩に入る。
「にゃー。」
「ん、ぴろも休憩か。」
同じように体を伸ばしているぴろが目に入った。
あくびをしているタイミングも良く似たものだ。
「そうだ!」
「おわっ!」
真琴が突然声を張り上げる。何かを閃いたようだった。
「ぴろを使おうっ!」
「ぴろを使う?」
「そう。この可愛いぴろが近くに居れば絶対に起きるよ!!」
つまり真琴の作戦はこうだ。
寝ている名雪の目をとにかく開けさせる。そしてぴろの姿を見させる。
するとそのあまりの可愛さにびっくりして飛び起きる。ということだ。
「どう?」
「どうって・・・真琴はそうやって起きてるのか?」
「ううん、違うけど。」
「おい・・・。でも、名雪には効果絶大だろうな。」
ぴろが可愛いとかいう事より前に、名雪は無類の猫好きだ。
例えぴろじゃなくても、そこらへんの猫でも効果はあるはず。しかし・・・
「名雪は猫アレルギーなんだよな。」
「だったらなおさら起こす為に効くんじゃないの?」
「“ねこーねこー”とかやりまくって訳が分からなくなるぞ。」
「ダメなの?」
「ダメってことは無いだろうが・・・。」
俺はあまり気が進まない。
それこそ、初日はいいだろうが翌日からは大変なことになりそうだ。
猫アレルギーだろうがなんだろうが、ぴろを再び捨てるわけにもいかなくなる。
当然それにつけこんで、名雪はぴろに夢中になることうけあいだろう。
朝起きて顔を合わせれば、
“ねこーねこー”
学校から帰ってみれば、
“ねこーねこー”
夜寝る頃になっても、
“ねこーねこー”
「・・・悲惨すぎる。この家はどうなってしまうんだ?」
「なんか深刻そうだけど・・・。それなら、一瞬だけ見せて素早く隠すのは?
要はバレなければ大丈夫なんでしょ?」
「そんなごまかしが通用する相手かどうかは疑わしいがな。」
「だから二人でやれば。」
「ほう?」
ぴろを名雪にわずかに見せる。
がばっと跳ね起きた瞬間、片方がぴろを手に抱えてそそくさと部屋から退散。
その間にもう片方が必死に誤魔化すというものだ。
そうすれば、名雪にばれずに済ませられるはず。
つまりは、起こすためだけに猫を見せるという画期的な方法なのだ。
「・・・なるほど、いい案かもしれない。」
「でしょう?えっへん、さすが真琴だね。」
「威張るなっ。」
こつんと軽く頭をこづいてやる。
少し反抗したような目つきになったが、すぐに照れ笑いを浮かべた。
「で、どっちがごまかし役をやるかだが。」
「当然祐一でしょ。」
もっともな意見だった。
真琴が誤魔化しをしようとしたところで、あぅあぅと困り果てるに決まってる。
「よし、まずは何をおいても実行だな。真琴、明日はよろしく頼んだぞ。」
「うん任せて。ぴろも頼んだよ。」
「にゃ〜。」
笑顔で喉を鳴らす。
俺達の意図は伝わっているようだった。
「さて寝るか。おやすみ真琴。」
「おやすみ〜。」
「にゃ〜。」
一人と一匹に見送られて部屋を出ようとする。
「・・・ところで真琴。」
「なに?」
「お前は寝起きはいいんだろうな?」
念のために聞いておく。
俺がちゃんと起きても、こいつが起きてくれないと話にならない。
「そんなの心配しなくても大丈夫よぅ。」
「そうだな・・・。」
今朝の様子を見れば信頼しても問題はないだろう。
俺はそう思った。
「じゃあな。」
「うん。」
ぱたんと扉を閉める。
そして俺は自室に戻り、寝る態勢をとった。
明日が、勝負どころだ・・・。


“朝〜”
カチッ
目覚ましが鳴り始めたた直後、俺はそれを止めた。
気合いばっちり。今日こそは勝つ!
・・・なんか間違ってる気がする。
素早く支度をして部屋を出た。名雪の部屋を訪ねる前にまずは・・・
コンコン
「うおーい、真琴〜。」
今朝の戦力の一部、真琴を起こさねばならない。
そして、もしも寝起き悪かったら最悪だぞ、という不安がまだあった。
名雪を起こすために真琴を起こす。それに苦労してたら本末転倒だ。
ガチャッ
「おはよ、祐一。」
「にゃ〜。」
さっきまで抱えていたものは杞憂に終わった。
目をばっちり覚ました真琴がぴろを頭に乗せて顔を出したのだ。
「おはよう。」
「さ、頑張って肉まんをゲットするわよぅ。」
「おいおい。」
結局肉まんにつられてるだけなんだろうか。
それにしても頼もしい。俺は今日ほど真琴が輝いて見えたことはないぞ。
どうして普段ももっと輝いていられないんだ。汚れてるんだ。
ぽかっ
「いてっ、朝から何をする。」
「なんかムカついた。」
心を読まれていたらしい。やはり今の真琴はどこか違うみたいだ。
それはともかく、早速作戦実行だ。
二人して名雪の部屋の前に立つ。
「まずは一応ノックするからな。」
「うん。」
ドンドンドン
「名雪ー、朝だぞー!!」
うるさく叩いてめいっぱい叫ぶ。
それと同時に中からたくさんの目覚ましのベルが聞こえてきた。
ジリリリリとかジャララララとか・・・。
中では目覚ましの合唱がやかましく行われていることだろう。
「そういえばいつもよりちょっと早めに起きたんだった。」
「・・・ねえ祐一。」
「なんだ。」
「中に入った方が良くない?」
「俺もそう思った。」
どのみちこの状態でも起きてないのは経験済みだ。
とっとと扉を開けることにする。
中に入った途端、耳をつんざくよく様なベルの音に思わず閉口する。
ぴろに至っては慌てて逃げ出そうとしたくらいだ。
「真琴!ぴろをしっかり捕まえといてくれ!!」
「う、うんっ。こらっ、ぴろ。おとなしくして!
祐一〜、早く目覚まし止めて〜!!」
「わ、分かってる。」
素早く部屋を駆けめぐり、鳴ってる目覚ましを一つ一つ止めてゆく。
もはやここは戦場だった。
しばらくの後・・・
「ふう、これで最後。」
すべての目覚ましを止めることに成功した。
「一体いくつおいてあるんだ、ったく・・・。」
「あれだけ鳴っててまだ起きないなんて・・・信じらんない。」
呆然と名雪の寝顔を真琴が見ている。
名雪は相変わらずすやすやと眠っていた。幸せそうにけろぴーを抱えて。
「信じたくないだろうがこれが現実だ。」
「やっぱり肉まん二十個に増えないかな?」
「今更そんな交渉をはじめるな。とにかく作戦通り、名雪を起こすぞ。」
「う、うん。」
名雪に近寄り、俺は呼びかけた。
「名雪ー、起きろー。」
「・・・くー。」
「起きろー。猫が居るぞー。」
「うにゅ・・・猫さん?」
ちらっと薄目を開けた。見せるなら今だ!
「真琴!」
「うんっ。」
素早く真琴が名雪の目の前にぴろをもってゆく。
確実にこれで視界にはいるはずだ。
頼む、これでがばっと起きてくれ!
すると・・・
「ねこー、ねこー。」
「起きた?真琴、ぴろを下げろ!」
「う、うん。」
素早く真琴が名雪の視界からぴろを外す。
すると・・・
「・・・くー。」
寝ていた。
「くそ、もう一度か。」
「・・・クチュン。」
「ん?」
再び真琴に指示を出そうとしたが、そこでストップ。
なんと名雪がくしゃみをしたのだ。これは明らかに猫アレルギーの現れ。
「うにゅ・・・あれ?」
「お、起きたか、名雪?」
「・・・うん。」
目を完全に開いた。成功だ!!
“早く部屋から出ろ”と、後ろ手で真琴に合図。
真琴は頷くとそろりそろりと出ようとする。
「あれ・・・祐一?」
「そうだ。俺は相沢祐一だ。世界目覚まし選手権に出場し、見事優勝したぞ。」
「猫さんは?」
「いやあ、今回の目覚ましは手強かった。すべてを止めるには苦労した。」
「猫さん・・・。」
体を起こそうとする名雪の視界を自分の体で懸命に遮る。
右に、左に、上に、下に・・・
ずでん
・・・ずでん?
「あぅーっ・・・。」
部屋を出た真琴が廊下で転んだ音だった。
「にゃー。」
「あっ、猫さん!!」
「気のせいだ名雪。」
「今“にゃー”って聞こえた。」
「空耳だ。お前はまだ寝ぼけてるんだ。」
「じゃあ祐一の足下にいるのはなに?」
「え?」
指をさされて自分の足下に視線を移す。
すりすり
ぴろが体を寄せ付けていた。
「ねこーねこー。」
「おわっ!」
俺の体をものすごい勢いで押しのけ、名雪が猫に駆け寄る。
そして猫を抱きしめた。
「ねこー。」
「にゃー。」
「ねこーねこー。」
「にゃーにゃー。」
「ねこーねこーねこー。」
「にゃーにゃーにゃー。」
・・・・・・。
もはや手がつけられなかった。
ぐしゅぐしゅになった顔でひたすらに猫をなで続ける。
どちらが動物だかわからない状態になる。
呆然とその場に座っていると、扉の傍に立っている真琴と目が合った。
お互い無言のままであった。
名雪は相変わらず、猫と戯れていた。



学校。今朝は通学に苦労もせず遅刻もせず、無事に到着した。
しかし、あの名雪のはしゃぎようといったら・・・。
あっという間に放課後が訪れ、とぼとぼと歩いていると、昇降口付近で見知った人物に出会った。
「よう。」
「・・・こんにちは。」
それは天野美汐だった。
学校が同じといえ、学年も普段の下校時刻も違う彼女と出会うとは珍しい。
これも何かの縁だと思い、俺は家で起こって居た事件について話してみた。
「・・・というわけでさ、結局失敗したんだ。」
「そうですか・・・。」
「いっそのこと天野に相談してみるっていう手もあったよな。
真琴に相談する前に。」
「私にですか?」
「そう。名雪を起こすいい方法について。」
「・・・そんな酷なことはないでしょう。」
目を伏せて天野は答えた。
やる前から既に諦めている。思いっきり拒絶の意志が見て取れた。
まあ無理もないことだが・・・。
「もちろん今更言ってもしょうがないことだけどな。」
天野の反応に俺は苦笑するしかできなかった。
「それで相沢さん。」
「なんだ。」
「今後はどうされるつもりですか。」
「どうって・・・天野がいい案を考えてくれるのか?」
名雪を起こす方法について。
すると、天野はふるふると首を横に振った。
振り方からして分かる。やっぱり嫌なようだ。
「もう一度真琴と相談はしないのですか?」
「してみようか・・・。その前にまずはぴろの方をなんとかしないとな。」
「・・・・・・。」
それ以降、天野は何も言わなかった。
やがて校門が見えてくる。短い一緒の時間であった。
「それじゃあ。」
「ええ。さようなら。」
挨拶を交わし、天野と別れる。
一人になって、ふと後ろを振り返ってみた。
すると、じっとこちらを見ている天野と目が合った。
「どうした?」
「・・・いえ。今更仕方のないことです。」
「ん?何が?」
「なんでもありません。」
遠慮がちに軽く頭を下げ、今度こそ天野は去っていった。
無言のまま俺はそれを見送る・・・。
「もしかして、何かいい案を思いついたのか?」
拒絶しつつも天野は鋭く頭を回転させていた、そんな気がする。
しかし、本人がああ言ってる以上俺からはそれを尋ねられない。
はあとため息をつき、俺は家路につくのであった。


エピローグ

秋子さんに事情を話し、結局名雪公認の元に改めてぴろを飼うという結論に達した。
あそこまで秋子さんの困った顔が見られるとは思っても見なかったな。
それはともかく、作戦の前に俺が危惧していた状況に見事になってしまった。
名雪が部活から帰ってくると・・・。
「ねこーねこー。」
「にゃーにゃー。」
休日、家で過ごしてるときも・・・。
「ねこーねこー。」
「にゃーにゃー。」
夜の名雪の部屋からは・・・。
「ねこーねこー。」
「にゃーにゃー。」
とにかく、家に居る時は四六時中ぴろと戯れていた。
ぴろを取られた気分で落ち込んでいるかと思われた真琴だが、
名雪と共にしっかりと戯れている。
俺だけ蚊帳の外、といった状態であった。
しかし、しっかりと得られたものもある。それは・・・。
「祐一、朝だよっ。」
「んん・・・。」
元気のいい、名雪の声が聞こえる。
「祐一、いいかげん起きなさーいっ!」
「うるさいな、起きるよ・・・。」
加えて、真琴の声も聞こえてくる。
そう、朝に名雪はちゃんと起きるようになったのだ。
真琴が起こしているのか?いや、ぴろの力だ。
ちなみに、手前に約束を交わしていた肉まんはうやむやになった。ラッキーだ。
それはおいとくして、やはり名雪には猫、猫だったのだ。
納得しながら支度を終え、食卓へと向かう。
俺はいつもの通りトーストをかじり、コーヒーをすする。
横ではぴろをはさんで名雪と真琴が仲良く朝食を食していた。
「ねこーねこー。」
「にゃーにゃー。」
「ぴろーぴろー。」
「にゃーにゃー。」
・・・にぎやかだ。
それと同時に俺の居場所のなんて狭いことか。
ちらりと秋子さんを見ると、頬に手を当てて少し困ったような顔をしていた。
涙を流しながら、それでも嬉しそうに食事をしている娘の姿を見てだろうか。
「・・・名雪を起こすために、何か大きなものを失った気がする。」
食事の最中にふとそんな事をつぶやく。
本当にこれで良かったのだろうか、と自問自答してしまう俺であった。

<おしまい>


あとがき:お疲れさまです。これが真琴シナリオ、です。
最後の方は真琴メインじゃなくなってる気もしますが(爆)
既に世には存在してますが、ぴろによって名雪を起こそうという案ですね。
本当は、最初は成功して、学校で偶然会った美汐にそのことを話し、
すると不吉めいた事を言われ、そして次の日にはぴろの存在がばれて・・・。
なんて話も考えてましたが、こんな形になりました。