「よし、行くぞ!!」
「ちょ、ちょっと祐一。」
チャイムが鳴り、授業が終わると同時に俺は名雪、香里、北川の三人を勢い良く引っ張って行った。
目的地は当然学食。急ぐ必要があったのは座る為。
毎日の争奪戦はかなり・・・
「相沢くんって、手が三本もあったのね。」
「へ?」
香里が何気なく発した言葉。それに俺ははたと立ち止まった。
そうだ、よく考えてみれば三人を一人で引っ張っていく為には手が三本必要だ。
手を解いて確認。しっかりと俺の手は二本だった。
後ろを振り返ると、名雪と香里がすまし顔で立っていた。
「嘘よ。」
あっさりと言い放ってすたすたと歩いて行く。
おいちょっと待てよ・・・って、あれ?北川は何処行ったんだ?
「北川君は先に学食行って席取ってるみたいだよ。」
「なに!?いつの間に!?」
やられた。やはり俺は朝から調子がわる・・・って待て。
「名雪、いつ俺の心を読んだ?」
「え?だって祐一の顔に書いてあるよ。“北川君はどこへ行ったんだ〜?”って。」
「・・・そうなのか?」
「うんっ。」
真顔で答えられても困るんだが・・・。
第一、俺が北川に対して君付けするようなキャラか?
「祐一、早く行こっ。」
「あ、ああ。」
教室を飛び出したときとはまるで逆の調子で、俺達は学食へ到着した。
大勢の生徒があちらこちらへと押し合いへし合い・・・。
相変わらず混雑しているようだ。
だが中を見ると、香里と北川がしっかり席を取ってくれていた。
「こっちよ、二人とも。」
「あっ、香里〜。」
手を振る香里に、こちらも手を振って答える。
難なく合流し、再び席取り組とメニュー受け取り組に分かれた。
「さあ相沢君、行くわよ。いざ戦場へ。」
「ああ。」
やはりここは物騒だと改めて思うのだった。

数分後。戦利品を手に名雪と北川が待つ席へ戻ってくる。
「親子丼とAランチ持ってきたぞ。」
「済まないな相沢。」
「ありがとう祐一。」
嬉しそうに受け取る二人。
「それじゃあ戴きましょうか。」
香里も自分の分を手に席に着く。そして俺も・・・
「あっ!」
「どうしたの?」
「俺の分がない・・・。」
「そんなわけないでしょ、目の前にあるじゃない。」
「どこだ?」
テーブルの上を見渡してみる。
名雪、香里、北川の分以外はまるで見あたらなかった。
「そっか、相沢君には見えないのね。」
「馬鹿なこと言ってるんじゃない。本当にないんだよ!」
「冗談よ。早く取ってきたら?」
「ああ。」
香里の冗談に少し時間をとられてしまった気がする。
「あたし達は先に食べてるから。」
「頑張ってこいよ、相沢。」
「いただきまーす。」
「・・・・・・。」
薄情な友人達だった。
しかし、時間差というものが働き、俺はすんなりとカレーライスを手に入れた。
少しばかり皆とは遅れた昼食を取り始める。
腹が減っていたせいか、なかなかの美味であった。
「空腹は最大の調味料、か。上手いこと言うやつもいたもんだな。」
「急にどうしたの?祐一。」
「いや、やけに美味かったからな。」
「良かったじゃない。これで祐一も幸せだねっ。」
「それはまた違うと思うんだが・・・。」
屈託のない笑顔で言われると、どうも考え込んでしまう。
空腹。その原因となった出来事は何か。それは朝の騒ぎに他ならない。
そして、その原因となった人物は一体誰か。
「・・・くー。」
そう、今ここで寝ている人物・・・
「っておい!!」
「うにゅ?」
「唐突に寝るなっ!!」
「ごめん、なんだか眠くて・・・。」
素直なまでに大きなあくびをしながら、名雪が目をこする。
こんな食事中にまで寝るとは恐るべし。
だいたいついさっきまで起きてたはずだろうが。
「名雪、なんでそんなに眠いの?」
好物のイチゴのムースを食べてもいないうちから眠っていた名雪。
そんな彼女を見てさすがに心配そうに香里も声をかける。
「ちょっと、最近寝るのが遅くて。」
「疲れてるんじゃないの?」
「たしかに部活は忙しいけどね。」
「あんまり無理しちゃダメよ。」
「うん。」
申し訳なさそうに告げる名雪。
しかしやっぱり眠そうだ。食器を持ったままふらふらと実に危なっかしい。
「夜寝るのが遅くなってるんなら部活たまには休めよ。
名雪のベストは12時間なんだから。」
「12時間・・・。あんたよく今まで生きてこられたわねえ。」
「うー、そう言われてもダメだよ。わたし部長さんだし。」
あくまでも譲らない。
部活が大切なのはわかるが、日常生活に支障が出るのはどうかと思うぞ。
「水瀬さん、そこまで部活に執着する理由は?
いくらなんでも普段の生活に悪影響が出ると・・・。」
「・・・・・・。」
北川が俺の思っていることをずばり言ってくれた。
ところが名雪は沈黙したままだ。困ったように目を伏せる。
「この顔は何か隠してる顔ね。」
「香里、余計なこと言わないで。」
「そうなのか?名雪、何を隠してるんだ。」
問いつめると、更に目を伏せた。
「イチゴのムース、美味しい。」
幸せそうにデザートをほおばり出す。
ごまかすとはますますもって怪しい。
「ま、言いたくなければ別にいいわ。」
「俺も美坂の意見に賛成だ。」
「俺は全然良くない。」
二人は朝名雪と一緒に登校してないからそんな事が言えるんだ。
「朝はちゃんと、気がついたら学校に到着してるんだって本人は言ってるし。」
「水瀬さんそうなの!?すごいなあ・・・。」
「おいおい。」
それは誰のおかげだと思ってるんだ。俺のおかげだ。
「・・・くー。」
そして当の本人は寝ていた。
Aランチは完食していたようだが。
「やれやれ、これじゃあ午後の授業もずっと寝てるわね。」
「でも学校に自然に到着してるくらいだから授業も寝ながら聞いてるかも。」
「さすがに名雪でもそれはないでしょ。」
「そうとは言い切れないぞ、美坂。彼女は知らない間に事を進めているんだ。」
「寝ながら勉強できるんだったら、この子絶対にずっと学年一位になってるわよ。」
「・・・なるほど。成績トップのお前が言うんだからそれもそうだな。」
「そういうこと。じゃあお昼も終わったし、そろそろ行きましょうか。」
がたりと、香里と北川が立ち上がる。
そして寝ている名雪を揺り起こしはじめた。
「相沢、何さっきからずっと黙ってるんだ?」
「ん?ああ・・・。」
「ほら、お前も手伝えって。」
「わかったよ。」
途中から会話にも参加してなかった俺も、名雪を起こすのは手伝った。
さすがに朝ベッドで寝ている状態よりは起きやすく、たやすく目を覚ます。
昼休みの終わりを告げる予鈴を聞きながら、俺達は学食を後にした。

午後の授業が始まる。
何気なく隣に視線を向けると、うつらうつらと船をこいでる名雪が目に入った。
学食で香里が言っていたとおり、やはりというか眠そうだ。
ところで、昼に寝ている名雪を見ていて思ったことがある。
朝食時ならともかく、昼食の最中に寝るなんて変だ。
部活が忙しいだけでこうまで寝不足にはならないはずだしな。
Aランチのイチゴのムースを目の前にして、どうしてあの名雪が眠ろうか。
いや、朝もイチゴジャムを目の前にしてよく眠ってるが・・・。
これはやはり、何かを隠していると考えるのが妥当だろう。
そう、寝不足になるような事を更に何かやっているに違いないのだ。
・・・そんなことがあるのか?
以前名雪と一緒に行った試験勉強を思い出す。
あの時、俺が一緒じゃなければ名雪はほとんど寝ていた。
座ったままでも寝ていた。呼んだり殴ったりしなければ寝ていた。
つまりは、一人で遅くまで起きているなんて事はかなり考えにくいことなのだ。
しかし・・・。
「・・・くー。」
やはり眠っている名雪を見ると、どうも・・・。
結局、帰りのHRが終わるまで名雪は眠ったままだった。
放課後。起こしてやると慌てて部活へと走っていった。
俺は香里達と一緒に、その様子を苦笑しながら見守るしか出来なかったが。
さて、俺はこれからどうするかな・・・。

家へ帰る前に商店街へ向かう

寄り道せずに家へ帰る