『穏やかな交流』


<二日目(その1)>

夢…それは一体何なのだろうとふと思う時がある。
ありもしない世界での体験記?
自らが描き続けてきた願望?
夢で見られるものは様々。
ただ一つ言えるのは…
夢は、自らの予想を必ず裏切ってくれる、という事だ。
その点に関しては、現実も少し共通点として存在している。
現実は小説よりも奇なりという言葉がまさにそれだ。
ならば、夢と現実との境は一体なんだろう?
私はこう思っているのだ、予想を裏切った程度ではないのかと…。



「…ん……ふわ〜…」
眠りから、私は目を覚ました。
意識がはっきりすると、今居るここは自分の部屋ではないと認識できる。
初めての家の香りを感じ、初めての気候を感じ、そして…
「うぐぅ〜…タイヤキぃ〜…むにゃむにゃ」
私の手をつかんでいるあゆちゃんの寝言が横から聞こえて来た。
やはり昨日のあれは夢では無かったという事だ。
もしかしたら、目が覚めたら家に居たなんてオチじゃないかな、なんて思ってたんだけど…
どうやら私が観鈴ちゃんの家にお泊まりしたのは本当の事らしいね。
“くすっ”と笑みを浮かべて体を起こす。
「今、何時なのかな…ふあ…」
大きく伸びをする。
とはいっても片手だけだけどね。
「そういえば観鈴ちゃんは…」
隣に顔を向けて探ると、既に布団が畳まれているようだった。
どうやら観鈴ちゃんは先に起きているみたいだね。
「うーん、早いんだね」
感心していると、微かに包丁の音が聞こえてきた。
そうか、朝ご飯を作ってるんだ。
お客様をもてなすために、朝にお客さんより早くに起きて料理のしたく。
観鈴ちゃんはきっといい女将さんになれるよ、うん。
「…うぐぅ…これ食べていいのぉ〜…?」
再度聞こえてくるあゆちゃんの寝言。
夢の中でご馳走を食べてるのかな。あ、そういえばたい焼きが好きとか言ってたっけ。
「うん、たい焼きは私も好きだよ」
軽く受け応えしてみる。すると、あゆちゃんのつかむ手の力がぎゅっと強くなった。
「うぐぅ〜…いただきます〜…」
“え?”と思った時には手遅れだった。
かぷっ
「うわわわっ!!」
あゆちゃんに噛み付かれてしまったのだ。
「うぐぅ〜…このたい焼き噛みごたえあるねぇ〜」
「痛い痛い!
…あゆちゃん!私の手はたい焼きじゃないよー!」
「でも折角くれたんだから頑張って食べるね〜」
はぐはぐ
あゆちゃんの噛む力更に増した
「痛いよー!!
うー、あゆちゃん放してー!!」
慌てて片手であゆちゃんの顔を退けようとする。
といってもぽかぽかと叩くのが精いっぱいなんだけどね。
けれども、あゆちゃんはしっかりと両手で私の手に食らいついていた。
「うぐぅ…食べてる最中に叩かないでよ〜…」
「い、いいかげん起きてー!
…助けて観鈴ちゃんー!!」
たまりかねた私は、台所の方へと救助を求めた。
その直後、ぱたぱたとスリッパを鳴らす音がして…ガラッと扉が開く。
「どうしたのみさきちゃん!わ、泣いてる…何があったの!?」
「あゆちゃんをなんとかして〜!」
「うぐぅ…なかなか手強いね、このたい焼き…」
「だから私の手はたい焼きじゃないよー!!」
一瞬の間があったものの、観鈴ちゃんは状況をすぐに理解してくれたみたいだった。
こちらに駆け寄ってきたかと思うと、あゆちゃんを引き剥がしにかかる。
「メッ。あゆちゃん、みさきちゃんの手なんか食べちゃだめっ」
「…うぐぅ〜…」
「ううー、起きてよー」
観鈴ちゃんが加わった後も、あゆちゃんはなかなか起きようとしなかった。
噛む力はますます強くなるし…本当に食べられちゃうんじゃないかと思ったくらい。
それでも結局…
すぽん!
「うわっ!」
数分の格闘の後に引き抜く事が無事に出来た。
おかげで私も観鈴ちゃんも後ろにどすんとでんぐり返る…。
「ふう、ふう、やっと取れた…」
「ううー、イタイよー…」
あゆちゃんの口から解放された後も、手はずきずきと痛んだ。
撫でてみると、歯形がついてるのがはっきりとわかる。
酷いよあゆちゃん…。
私は、食べるのは好きだけど食べられるのは好きじゃないんだよ…。
「…んん?あれ、観鈴ちゃん?と、みさきちゃん?おはよう」
と、ここでようやくあゆちゃんは目を覚ましたようだった。
ふわああ〜と大きなあくびをする。
うー、とっても白々しく聞こえる挨拶だよ…。
「はあ…あゆちゃん、おはようじゃないよ…」
「え?」
「みさきちゃんの手を食べようとするなんて…」
「ええっ?」
疲れた溜息を混じらせながら、観鈴ちゃんは簡潔に説明を入れてくれた。
それは、私がえぐえぐと手を痛がっていて、説明できる状態じゃなかったから…。
「…うぐぅ、みさきちゃん、その手どうしたの?真っ赤だけど…」
「白々しいよ、あゆちゃん。私の手をたい焼きと間違えて食べようとしてたんだよ」
「えっ!?…そ、そういえばさっきの夢で食べようとしたたい焼きなかなか噛み切れなくて…。
あれ、みさきちゃんの手だったの?」
「そうだよー…。酷いよあゆちゃん…うう、痛いよー…」
「うわあっ、ご、ゴメン!!」
悲痛そうな叫びをあげてあゆちゃんが傍に駆け寄ってきた。
自分の歯形がついた私の手を、自分の両手で包み込む。
あったかかったそれは、とてもとても、気遣ってるように思えた。
「うぐぅ…痛そう…」
「うん、痛いよ」
「うぐぅ、ほんとにゴメン…」
「うん。私ほんとに食べられるかと思ったよ」
「う、うぐぅ…」
あゆちゃんの声の勢いがしぼんでゆく。なんとも気まずそうだ。
でも私自身も、あの時とんでもない危機感があったのは事実。
「うぐぅ、どうしよ…」
「どうしたらいいんだろうね」
「うぐぅ、みさきちゃん怒ってる?」
「ううん、怒ってないよ」
「うぐぅ、顔が怒ってるよ…」
だってそれだけ痛かったんだよ…。
それだけ恐かったんだよ…。
…なんて、ちょっと意地悪してるだけなんだけどね。
「大丈夫、本当に怒ってないから」
「うぐぅ…本当にゴメンね…」
「えっと、謝るとかは後にして、早く手当てした方がいいと思う」
あゆちゃんと二人でやりとりしてる所へ観鈴ちゃんが入ってきた。
言われてみれば彼女の言う事が正しい。
少なからずとも歯で傷を受けたんだから、きちんと応急処置を…。
「あゆちゃん、お願いできる?ここに救急箱持ってきたから」
「うぐぅ、わかったよ」
さっきの間少し居なかった気がしてたら、観鈴ちゃんはそれを取りに行ってたんだ。
さすがしっかりしてるよ。
「じゃあまずは消毒から…」
「うん」
あゆちゃんに手当てを任せる。
その間に観鈴ちゃんは料理の続きに戻ったみたいだった。

…数分後。包帯をほどけないように止めたところで、手当ては終了した。
「はい、終わったよ」
「…うん、ありがとう」
「うぐぅ、ホントにゴメンね…。ボクの所為でこんな怪我負わせちゃって…」
「もう気にしてないからいいよ。今度から気を付けるよ」
実際何をどう気を付ければいいのか良く分からなかったけど…。
ぎゅっぎゅっと、手を握ったり開いたりしてみる。
少しの痛みはあるものの、特に問題無く動かせるようだ。
やっぱり手当ては大事だよ、うんうん。
「えっと、朝食出来たよ」
ばっちりなタイミングで観鈴ちゃんが呼びかけてくれる。
あゆちゃんはぱたんと救急箱を閉めると、怪我をした手とは反対の手をすっと掴んでくれた。
「さ、食べに行こう」
「うん、ありがとう」
お互いに笑いを交わす。ちょっとした朝の騒動は、どうにか収まったみたいだった。




朝食後…。
ごそごそと支度を終えた後に、私たちは観鈴ちゃんの玄関前に集合。
出かける準備が完全に整った事を確認したところで、三人一緒に歩き出した。
早い時間だというのに、外は既に涼しいを通り越さずに暑くなっていた。
これから昼にかけてどんどん気温が上がっていくんだろうな…。
ちなみに、ここに来る時に着ていた服じゃあ暑いだろうということで、
私もあゆちゃんも観鈴ちゃんの服を貸してもらった。
サイズの不一致はあったものの…暑苦しい格好よりはマシだろうと。
二人とも、半袖のシャツにスカートというシンプルな服装だ。
けれど観鈴ちゃんの服は、学生服だったのだ。
「ごめんね、今日わたし補習…」
力無く告げる観鈴ちゃんのその言葉は食事中も聞いた。
今は夏休みに入っているのだけど、成績があまりよろしくない観鈴ちゃんは補習を受けないといけないのだとか。
「大変だね、お休みなのに」
「にはは、仕方が無いよ。それより、一緒に遊べないのはもっと残念だけど…」
がっくりと力の抜けた応えが返ってくる。
観鈴ちゃんの言う通り、一緒に居られないのは私としても残念。
同じく、あゆちゃんもとても残念そうにしていた。
「うぐぅ、それじゃあボク達これからどうすればいいのかな…」
彼女のその言葉は当然の疑問だった。私も同じ不安を抱えていた。
ここでの案内人である観鈴ちゃんが居なくてはどうしようもないからね。
「それは遠野さんに頼んであるから心配ないよ」
「遠野さん?」
初耳の名前が出て来た。この人もおそらく観鈴ちゃんの友達なんだろう。
「うん、遠野美凪さん。あのね、私のクラスメート。とっても頭が良くて、いつも学年トップ」
「へええ、それは凄いね…」
素直に驚く。だって、いつも学年トップなんて本当に凄いもの。
こういう成績とかってのは、成る事より維持するのが難しいからね。
「そういえば駅に案内しなきゃいけないんだった…」
「うぐぅ、なんで駅なの?」
「それは、遠野さんはいつも駅に居るから。…あ、ここを曲がって行った先が駅」
分岐点にやってきたのか、そこで観鈴ちゃんが足を止めた。
色んな人の声から、ここが街中だという認識をさせられる。
「…ゴメンね。よく考えたらこの道すっごく遠回り」
観鈴ちゃんが悲痛な声を上げた。
なんとも申し訳なさそうな…。
「別にいいよ。それだけ話に夢中になっててくれたってことだから」
こういうのは案内人ならば失格。でも、そんなことは私の中ではどうでもよくなっていた。
いっぱい話をしてくれるのが、私にとっては嬉しいから。
「えっと、それじゃあ私行くね。あと任せて大丈夫かな」
「うん、十分大丈夫だよ。ね、あゆちゃん」
「う、うん…うぐぅ、でも不安だよ…」
私とは対照的にあゆちゃんは自信無さそう。
うーん、あゆちゃんがしっかりしてくれないと私も困るよ。
「不安なら地図渡してあげる。観鈴ちんマップは便利だから」
ごそごそとかばんを漁っている。
自分の名がついたマップがあるなんて驚きだよ。
しかも堂々と自画自賛できるなんてなかなかできないよね。これは期待大だよ。
でも私には見ることが出来ないんだよね…。だから…。
「マップという事は、あゆちゃんにすべてを委ねる事にするよ」
「う、うぐぅ、でも…」
「間違っても地図をさかさまに見たりしないでね、あゆちゃん」
「うぐぅ!そんな事しないよっ!」
「頼りにしてるよ」
「うん…」
なんてやりとりをしている間に、観鈴ちゃんは肝心の物を取り出していたみたいだった。
「はい、あゆちゃん。これを見てしっかり辿り着いてね」
「うぐぅ、分かったよ。ありがとう観鈴ちゃん」
「じゃあまた後でね。補習終わったらわたしも駅へ向かうから」
「うん。ばいばい、観鈴ちゃん」
「ばいばい〜」
たたたっと駆けてゆく観鈴ちゃんに二人で手を振る。
やがて、彼女の足音が消える。後に残ったのは周囲の喧騒のみ…。
人の話し声もほとんど消え、蝉の鳴き声ばかりが辺りを包み込んでいた。
「さてと、これからは二人だけで歩かないとね」
「とりあえずさっきのマップを見てみるよ」
がさがさとあゆちゃんがマップを広げる。
そして…しばし沈黙の時がおとずれていた。
「…どうしたの?あゆちゃん」
「うぐぅ…これ本当に地図なのかな…」
「え…」
観鈴ちゃん自慢のマップは、早くも危機を迎えてるみたいだった。
うー、本当に私は期待してたのに…。
「でも、駅の位置はなんとなく分かった。
二本の直線に横線がいっぱいあるのって線路だよね?」
「うーんと…」
あゆちゃんが繰り出した言葉のものを頭の中に思い描いてみる。
なるほど、たしかにそれは線路だなと認識できた。
「うん、間違い無いよ」
「よおし、それじゃあ…って、ちゃんと電車の絵が描かれてあったよ。だから駅に間違いないね」
うー、ちゃんと見てから聞いて欲しいな。
「あっ、それによくよく見れば駅ってちゃんと文字で書かれてあるよ」
「あゆちゃん…」
あわてんぼなのかそそっかしいのか…
どちらにしても、不安が大きくなってきた気がする。
とはいっても、あゆちゃんに任せるしかないんだけどね。
「…ちょっと待って。ボク達が居るのってどこなのかなあ?」
「…それは私に聞かれてもわからないよ」
「うぐぅ、そうだよね。えーっと…」
うんうんと唸り出すあゆちゃん。非常に困ってるみたいだった。
ふと顔を上に向けてみる。頬に当たる日光が今の暑さを物語ってくれた。
午前中だというのに、少し浴びれば熱くなるようなきつい日差し。
早く目的地に着いて日陰に入りたいよ…そう思った。
あいにくと今は帽子をかぶっていない。いつまでも日の下で居ては日射病にもなりかねない。
しかし肝心のあゆちゃんはまだ自分の位置をつかめないで居るみたい。
…そうだ、この方法なら私も協力できるかも。
「ねえあゆちゃん」
「ん?」
思い付いた事柄を試す為に、私はあゆちゃんに話し掛けた。
「観鈴ちゃんの家は描かれてない?」
「…あ、あった。うん、描かれてあるよ」
「それじゃあ学校は描かれてあるかな?」
「えーっと…“お勉強中なの”これかなあ…。うん、あるよ」
お勉強中なの?なんだか誰かを思い出す言い回しだよ…。
「それじゃあ家から学校までの道を辿っていって」
「うん」
「そして…途中で、駅と学校とが対称になるような曲がり角、ないかな?」
「うぐぅ…あ、これかな?」
「見つけたの?だったら多分それが今私達が居る場所だよ」
「へえ〜…どうして?」
「えっと、それはね…ともかく歩こう?」
「うん。じゃあこっちへ出発!」
私の手をとってあゆちゃんが歩き出す。それに私は付いていく。
駅までの道のりで、私はあゆちゃんに先ほどの経緯を説明していた。
観鈴ちゃんが言った言葉から、駅と学校とが反対方向にある地点で止まったと推測。
そしてそれは観鈴ちゃんの家から学校までの道の途中にある。
駅の位置も分かってるのだから…。
「…というわけだよ」
「うぐぅ、みさきちゃんて頭いいんだね…」
「そんなことないよ。これは人から教えてもらったものだしね」
「でもそれを今活用してたじゃない。やっぱり頭いいよ」
「ありがとう」
素直に誉められて悪い気はしない。
でもさっきまで歩いてきた道を考えると必然的にそんな感じになるんだけどな…。
それでもそこで顔を赤らめていると、あゆちゃんがますます照れるような事を言ってくる。
そうやって、お互いにからかいからかわれながら…
慣れない見知らぬ土地での二人は、こうして無事に駅へと辿り着く事ができた。




「うぐぅ、なんとか辿り着く事ができたよ」
あゆちゃんが到着を宣言。駅の前。静かだった。
相変わらず蝉の声はよく聞こえてくるけど…。
「肝心の電車の音とか聞こえないね。やっぱり本数とか少ないのかな」
「うぐぅ…でもなんだか寂れてるみたいだよ。改札口の奥とかめちゃくちゃ」
「へえ〜、そうなんだ…」
もしかしたら、昔廃止になった駅なのかもしれない。
わざわざこうやって残されてるのも、何か意図があったりするのかな…。
考え事をしていると、少し頭がくらっときた。
「…ねえあゆちゃん。日陰に入らない?暑いんだよ…」
「そうだね。ボクもかなり汗をかいちゃった…」
あゆちゃんに先導されるまま歩を進める。
ベンチが置かれてあったので、そこに二人腰を下ろした。
駅のひさしが日差しを遮り、涼しい風が吹き抜けてくる。
昨日の堤防には及ばないけど、ここもいい避暑地だな、と思った。
「ところで美凪さんが居ないんだよね…」
「あ、そうなんだ。気付かなかったよ」
「うぐぅ、観鈴ちゃんが任せるって言ったのに…」
「仕方ないよ。多分たまたま出かけてるんだと思うよ。だから待とうよ」
「うん」
ここまで歩いてきたという疲れも少し手伝ってか、美凪ちゃんを探すことはせず。
私もあゆちゃんも、そこにじっと座っていた。
みーんみーん、という蝉の声。つた〜っと流れてくる汗の滴。
それらをさらっていくような風…。
気持ちいい場所だよ、ここは。やっぱり住んでる人達はどこがいい場所か知ってるものなんだよ。
つんつん
「ん?」
雰囲気に浸っていると、不意に誰かに突つかれた。
「あゆちゃん?」
「うぐぅ?どうしたの?」
「えっと、今さっき突つかなかった?」
「ううん。ボクそんな事してないよ」
「そっか…」
気の所為かな。そう思った時だった。
つんつん
また突つかれた。顔を少し後ろに向けてみる。でも人の気配はなかった。
それで、改めて横に顔を向けてみる。
「あゆちゃん、突ついたよね?」
「うぐぅ、だからボクじゃないよ…あ、もしかして美凪さんかも!」
なるほど、それはありえるよ。
実は既に潜んでいて私たちを驚かせようという魂胆なんだ。
「…って、既にいるよ!目の前に!!」
「目の前?」
「うん、みさきちゃんの目の前!」
「目の前…」
顔を正面に向けてみる。けれども人の気配は無かった。
おかしいよ。でもあゆちゃんが嘘を言っているとは思えない…。
「よ〜し」
試しに手を前に突き出して握ってみた。
ふいっ
私の手は空中を掴んだだけだった。
「やっぱり居ないよ」
「うぐぅ、美凪さん右に避けた…」
避けたんだ?よーし、だったら次は右の方へ…
ふいっ
今度も私の手は空中を掴んだだけだった。
「うー、やっぱり居ないよ」
「うぐぅ、今度は美凪さん左に避けた…」
なかなか手強いよ。こうなったら左!とみせかけて右!
はっし
「あ……」
「やったよ、今度は掴んだよ」
今度は確認できた。腕を…私は掴んだ。
「…残念…捕まえられてしまいました…」
おっとりとして、それでいて非常にのんびりとした声が聞こえて来た。
と同時に、掴んだ腕の華奢さを認識する。
ほっそりとした感覚…とっても奇麗な人だ、そう感じ取った。
「初めまして、川名みさきです」
先に名前を告げて自己紹介。
「これはこれは…初めまして。私は…」
「遠野美凪ちゃんだね、よろしく」
「………」
得意げに、先に相手の名前を言ってみた。
ちょっとからかわれてたお返しだよ。
「…エスパーさん?」
「さすがにエスパーじゃないよ」
「では…」
ワンテンポ置いて、美凪ちゃんが言葉を紡ぐ。
「秘密諜報員?」
「………」
さすがにそれは笑えないよ、と思った。
「うぐぅ、美凪さん相変わらず…」
「…そして、あなたはどちらさま?」
「うぐぅ!ボクはあゆだよ!!」
「…ああ、月宮さん、でしたね」
「うぐぅ、名前の方を告げたのに名字で返してくるなんて…」
美凪ちゃん、なんだか手強いよ。
声を聞きながら、私は冷や汗を流しつつそんな事を思っていた。
さっきも、真正面に立たれていたはずなのにまるで気配を感じなかったし…。
「…そういえば…」
「ん?」
ごそごそとポケットを漁る音。
しばらくして、私の手の上に一枚の封筒が差し出された。
「…私を捕まえたで賞、進呈…」
「…これ、何かな?」
「…それは…あけてびっくり玉手箱…」
「でも、これ封筒だよ…」
「…では…」
一呼吸間が置かれる
「…あけてびっくり…玉手封筒…」
「た、玉手封筒って何かな…」
「………」
応えは返ってこなかった。私の不安度は最高潮にいきそうになる。
「うぐぅ、それはお米券だよ」
「お米券?」
「うん。美凪さんはたくさんそれを持ち歩いていてね。色んな人に配ってるんだ」
「へえ〜…」
困っている所へのあゆちゃんの解説。
さすがあゆちゃん。頼りになるよ。
「…月宮さん」
「ん?」
再びごそごそとポケットがあさられる音。
「…解説しちゃったで賞、進呈…」
「う、うぐぅ、ありがと…」
…うん、たしかに色んな人に配ってるね。
しかも賞状の代わりなんだ…。
「…ところで、川名さん…」
今度は私が呼ばれた。
「…隣、いいですか?」
「え?う、うん、いいよ」
「…では、失礼します…それと…」
「え?」
「…そろそろ…手を離してください…」
「あっ、ご、ごめんね」
「…いえ…」
ずっと美凪ちゃんの手を掴んでいた私の手をぱっと離す。
それとは逆の手でつかんでいた一枚の封筒を改めて認識。お米券が入った封筒だ。
そして…美凪ちゃんは私の隣へと腰掛けた。
途端にふっと鼻をくすぐるいい香り。素敵な香水…そう表現したくなる。
「…あっ、えっと、お米券ありがとうね、美凪ちゃん」
「…いえいえ…ただの…」
「ただの?」
「…ただの、賄賂ですから」
「………」
私に賄賂を渡して何をしようというんだろう?
またまた、とてつもない不安が私を襲う。
「美凪さん、みさきちゃんを惑わしちゃ駄目だよ…」
「…失礼しました。どうぞ、黙って懐にお収めください」
「うー、だからその言い方だと私は気にするよ」
「…お近付きの印…ですから…」
納得のいく言葉を最後にかけてくれて、ようやくホッとする。
お米券入りの封筒を懐に仕舞い込み、私はふうと息を付いた。
「ところで美凪さん、いつも一緒にいる女の子は?」
話が途切れたところで新たな話題をあゆちゃんが出す。
気になって私は尋ねてみた。
「一緒にいる女の子って?」
「…みちるの事ですね」
「みちるちゃん?」
「…はい。…みちるは…今日は霧島さんの家にお邪魔してます…」
「へえ〜」
「うぐぅ、そうなんだ」
観点は違うけど、私もあゆちゃんも納得の反応を出す。
霧島さんって、佳乃ちゃんのことかな。
そしてみちるちゃんは…これまた、美凪ちゃん達の親友なんだろう。
色々な人が居て…ほんと、なんだかびっくりだよ。
「…ところで」
「ん?」
「…私は何をすればよろしいのでしょうか…」
「「………」」
あゆちゃんと共に沈黙する。
よもや美凪ちゃんの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったからだ。
「えっとね、観鈴ちゃんから言われたんだよ。美凪ちゃんに後は任せてあるって」
「…そうですか…では…」
特に説得にもならないような言葉を出すと、美凪ちゃんは了解したようだった。
ごそごそとポケットを漁る音。
「…残念賞、進呈」
私に差し出されたのは、さっきと同じ封筒だった。
丁寧に手渡されたのだけど、がくっとなる。
「美凪ちゃん、それはもうもらったよ…。それに、何の残念賞なの?」
「…残念ながら、私が出来る事はあまりありません。だから残念賞…」
「うぐぅ、美凪さん。いくらなんでもそれはあんまりだよ」
あゆちゃんが後ろから言葉をさらに投げかける。
とりあえず封筒はまた仕舞っておくとして…。
「…では…」
ごそごそ
「…じゃん」
見えなかったけど、何かを取り出したみたいだった。
「…謎の物体Xはいかがでしょう」
あまりにもいかがわしかった。
からかわれてるのかな…。それとも美凪ちゃんてこういう人なのかな…。
「うぐぅ、それは何なの?」
「…シャボン玉セットです」
まったくいかがわしくなかった。
やっぱりからかわれてるんだ…。
「あの、美凪ちゃん…」
「…なんですか」
「私は目が見えないから…」
「…知ってます。でもシャボン玉は、見るだけのものではありません」
「え?」
意外な返答だった。
小さい頃にシャボン玉を飛ばした経験くらい、私にはある。
ふわふわと宙を漂うあの様相は…実際に見てこそ価値があるものだと思った。
「…心を乗せるのです」
「心を…?」
「…想いをこめて…シャボン玉を飛ばせば…。
それはあなたという存在の、小さな冒険の始まり…。さあどうぞ」
小さな紙コップ、そしてストローを手渡された。
「あゆさんも、どうぞ」
「ありがとう…って、うぐぅ、最初と呼び方違うよ」
「…では、呼び方が変わったで賞、進呈」
「うぐぅ…」
がさがさと紙の音。またあのお米券を渡しているんだろう。
結構な金額になるんだけど、よく何枚も持ってるね…。
「ねえ美凪ちゃん」
「…はい」
「お米券、一体何枚持ってるの?」
「…推定…百枚以上…」
「ひゃ、ひゃくまい…」
「…でも…たまにはゆっくり、きちんと…数えてみます」
美凪ちゃんが返答したその刹那…
ばさあっ!
とてつもない量の紙が出される音。思わず私はびくっとなった。
おそるおそる手を伸ばすと、そこには封筒の山。
…それこそ一体、どこに隠し持っていたのだろう?
「いちま〜い…にま〜い…」
美凪ちゃんがゆっくりと数を勘定しはじめた。
ローペースなそれは、どこかの幽霊を思い出させる。
「うぐぅ、そんなにたくさんどこに持ってたの…」
「じゅうにま〜い…じゅうさんま〜い…」
あゆちゃんの質問に答えるわけでもなく、勘定が続けられる。
こうなったらと思い、私も尋ねてみた。
「いつもそれだけ持ち歩いてるんだよね?」
「…いえ。…にじゅうさんま〜い…にじゅうよんま〜い…」
どうやらYESかNOの返答だけは行ってくれる様だった。
とここで、質問の投げかけは途切れる。
私もあゆちゃんも、ただ美凪ちゃんの声を聞いてるだけ。
ゆっくりとゆっくりと、時間の流れを忘れさせるほどにお米券を勘定する、その声を…。



「…出ました」
いいかげん時間が経った頃、美凪ちゃんがはっきりと告げた。
随分と待ってた気がする。私もあゆちゃんもよくもまあ我慢できたものだよ。
でも聞いたのは私だしね。早速何枚か尋ねてみようっと。
「それで美凪ちゃん、何枚かな?」
「…天気予報が聴けます」
「天気予報?」
「…はい」
お米券で天気予報が聴ける?そんな特典あったかな…。
…って、私は枚数を聞いてるんだけど。
「…あっ、もしかして…177枚?」
「…ぴんぽぉん、正解です。ぱちぱちぱち」
やった、正解だよ。電話番号に関係してるので合ってたんだね。
そして美凪ちゃんは言葉で拍手をしてくれた。
…なんだか不思議な感じ。
「では…正解おめでとう賞、進呈」
「あ、ありがと…」
三枚目のお米券が渡される。こんなにもらっても仕方が無いような…。
でも私食べるの大好きだし、ありがたく貰っておくよ。
そして懐にそれを仕舞った時だった。
「…再び、クイズです。…現在のお米券は何枚?」
「えっと…176枚じゃないかな」
「ぱちぱちぱち、正解です」
またもや拍手をしてもらう。
「…おめでとうございます。お米券進呈…」
「あ、ありがと…」
また貰ってしまった。
「…またまたクイズです。現在の…」
そこで私はぽんっと美凪ちゃんの肩を叩いた。
「美凪ちゃん、いつまでもそれやってるとお米券なくなっちゃうよ?」
「…クイズの運命は、えんどれす…」
「それはちょっと困るよ…。ねえ、あゆちゃんも何か言ってよ」
美凪ちゃんとは反対方向を向き、終始無言のあゆちゃんに呼びかける。
…けれど、返事はなかった。
「…あゆちゃん?」
「…くー…」
寝息が聞こえる。あゆちゃんはとっくの昔に隣で眠っていた様だ。
「…うぐぅ、たい焼き…」
寝言にびくっとなる。今朝の出来事を思い出したからだ。
あの時は右手を噛まれて…今は左手があゆちゃんの近くに。
さすがに両手に怪我を負いたくはないよ。
「…月宮さんは、お休み中?」
「うん、そうみたいだよ」
「…ところで、どうしてこちらに…そんなに体を寄せてるのですか?」
「あっ、えっと、これは…」
いけないいけない、知らず知らずのうちに美凪ちゃんの方に寄ってたよ。
慌てて離れようとすると、美凪ちゃんがすっと手を掴んだ。
「…好意をお持ち?」
「それは違うよ」
きっぱりと告げる。
「……ぽ」
「だから違うよ〜」
なんで照れるの。
「…がっくり」
「どうしてがっくりなの…」
ちょっぴり美凪ちゃんが恐くなった。
「なんちゃって…冗談ですから」
「当たり前だよ…」
最後の言葉もあまり耳に入らなかった。
もしかして…みさきちんぴんち?なんてね。
「…どうされました」
「う、ううん、なんでもないよ」
「…神尾さんの真似をしてたのでは?」
ぎくっ
もしかして心を読まれちゃった?
「そ、そんなことないよ」
慌てて平常を装う。
「でも…神尾さんと雰囲気がそっくりでした」
「………」
やっぱり美凪ちゃんは恐いよ。とんでもないよ。
「…ガッツ」
「う、うん、頑張るよ…」
どっと疲れた、そんな気がした…。

気を紛らわす為に、ふと空へ顔を向けてみる。
相変わらず吹いてる涼しい風。相変わらず鳴いてるたくさんの蝉。
お互い静かなまま、しばらくそれに浸る時間を過ごしていた。
そういえば、いつも私が感じている空とは多分違う空がそこにあるんだろうな。
でも…そんな思いとは裏腹に、そんな感じはさっぱりしなかった。
いつもの空がそこにある。例えるなら、学校の屋上で感じていた様な空が。
広大なそれは、もしかしたらどこへいっても同じなのかもしれない。
たとえ夢の中でも、違った世界でも…。
同じように…夏はどこまでも夏で…そして私もずっと私で…。
「そういえば、しゃぼん玉を忘れてたよ」
ふと思い出し、自分の傍らに置いていたセットを手に取る。
液にストローを付け、ストローを口に咥えて…
なんとはなしに、しゃぼん玉をふくらませてみた。
ふう〜〜〜〜っ…
…ふわん
私の口元を離れ、一つのしゃぼん玉が飛んでゆく…。
「…素敵な一玉ですね」
「うん…ストローから飛び立った後は私にはわからないんだけどね」
漂う姿を直接見ることはできないから…。
「…果たして、そうでしょうか?」
「えっ?」
予想外の美凪ちゃんの言葉に顔を振り向ける。その刹那…
ぱちん
「わぷっ!」
私の目の前で…しゃぼん玉がはじけた。
石鹸水のしぶきが顔中に飛び掛かる。
「うう〜…」
ごしごしと顔をこする。こうくるとはたしかに予想外だよ。
「…上手く風に乗れなかったのでしょうか」
「だからって私の目の前で割れなくても…」
「…今のしゃぼん玉には…飛び立つ意志がなかったのかもしれませんね」
「…?」
擬人的な表現が出てくる。
ぱっと聞いて、私にはその言葉の差す意味が良く分からなかった。
“ただ風に乗らなかっただけではない”ということを暗に言っているようだった。
「…川名さん」
「なに?」
「…あなたはまだ、完全に飛び立っていませんね」
「え…?それってどういう…」
「うわわっ!!」
突如、遠くから大きな声が聞こえてきた。
この声は…。
「…神尾さん」
「あ、補習が終わったんだね」
観鈴ちゃんは、後で駅に来ると言っていた。
でも、何を叫んでいるんだろう?
「…転びました」
「そ、そうなんだ」
「…紙パックが宙を舞っています」
「紙パック?」
「はい…。そのうちの一つがこちらに…」
「え?」
ぼすっ
「うわっ!!」
胸元に問題の物体が降ってきた。
不意を突かれた衝撃にびくっと体を反応させる。
幸い、その時手に持っていたしゃぼん玉の液はこぼさずに済んだから良かったよ。
おそるおそる降ってきたそれを確認すると…。
「紙パック?」
「…ええ、宙を舞って変身しませんでした」
「変身なんてしたら困るよ…。えっと、何の紙パックかな?」
「…それは…とても私の口からはお伝えできません…」
「………」
非常にもったいぶった口調で告げられた。
でも…なんとなく予想が付いた。口に出すのも恐いけど、一応聞いてみる。
「…どろり濃厚ぴーち味?」
「…残念、違います」
あれっ?違うんだ?
「じゃあ普通のジュース?」
「…ええ…おそらくは…」
おそらく?うーん…。
とたたたた
考え込んでいる間に足音が近づいてくる。
紛れもなく観鈴ちゃんだ。
「観鈴ちゃん、補習お疲れさま」
「わ、どうしてわたしだと分かったの」
「…それは…」
横から美凪ちゃんが理由を告げようとしたけど、それを私は制した。
ちょっと驚かせてみようと思って。
「足音を聞いていればわかるよ」
「足音…みさきちゃん凄い…」
「うん、私は凄いんだよ」
得意げに胸を張ってみる。
言うまでもなく、美凪ちゃんから観鈴ちゃんだという言葉を聞いたからわかったのだ。
でも、足音を聞いてわかったのはあながち嘘でもなかった。
更なる要素としては、空から降ってきた紙パックのジュース…。
「あ、そういやこれを返さないといけないね」
はい、と差し出す。どろり濃厚じゃなくても、これは観鈴ちゃんのだから。
「ううん、それ飲んでいいよ。みさきちゃんにあげようと思って買ってきたから」
「…いいの?」
「うん、にはは」
「ありがとう」
何のジュースかは気になったけど、ありがたくいただいておく。
「あ、これ遠野さんの分、はい」
「…いいのでしょうか?」
「うん、いいよ」
「…では、いただいておきます。代わりに…これをどうぞ…」
ごそごそという音。またもやお米券だろうか。
二人のそんな情景を考えながら、私はしゃぼん玉セットを脇に置く。
そして、ストローを差してジュースを飲みにかかろうとした。
「…あ」
遠野さんが小さく声を上げる。
なんだろうと振り向いた。
「…しゃぼん玉用のストローで、ジュースを飲んではいけません…」
「そんなことわかってるよ…」
私は、ちゃんとパックについていたストローを使用していた。
「…大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「…なら…結構です…」
ほっとしたように息をつく。
うーん、そこまで心配してくれなくても…。
苦笑しながら、私はストローを口につけた。
「……ん」
………
「……んん」
………
「……んんん!」
………
「……んんんん!!」
ぷはぁ
息苦しさに耐えかねて、私はストローから口を離した。
「はぁ、はぁ…。これ、飲めないよ…」
息を一生懸命吸ってるのに、ちっとも中身があがってこない。
なんとも奇妙なジュースだった。…つまってるのかな…。
「ねえ観鈴ちゃん…」
「あゆちゃん、はい。目覚めのジュース」
ジュースの持ち主は、あゆちゃんに構っている最中だった。
目覚めってことは結局ずっと寝たままだったのだろう。
「うぐぅ…観鈴ちゃん、これ何?ゲルルンジュースって書いてあるけど…」
「パックをぎゅっぎゅっって押しながら飲んでね。じゃないと飲めないから」
「うぐぅ、それってジュースなの…」
飲み方の解説が隣から聞こえてきた。
パックを押すの?うー、そういう事は先に言って欲しかったよ…。
心の中で文句を言いながらも、解説通りに試飲してみる。
「…あっ、少し飲めた」
名前の通り、ゲル状のそれが口の中に入ってきて…
「…なんでこれがジュースなんだろ…」
途端に疑問が沸いてきた。
ゲルのジュース?紙パックを押さえながらじゃないと飲めない?
うー、そんなのをそもそも紙パックでなんて売らないで欲しいよ…。
「…ところで皆さん」
腑に落ちないままで居ると、美凪ちゃんが呼びかけてきた。
ちなみにジュースの味は、疑問の方が先にきたのでさっぱりわからない。
「…そろそろ、お昼時。…お腹は空きませんか?」
「そういえば、お腹空いたよ」
一番に答える。言われてみれば、そろそろお昼近い時間で間違いない。
「うぐぅ、ボクもお腹ぺこぺこだよ」
「にはは、こんなこともあろうかとお弁当作ってあるよ」
観鈴ちゃんが得意そうにお弁当の箱を鳴らす。
でん!と言わんばかりのそれは、重量たっぷりだとすぐに分かった。
「…神尾さん、先に言ってはダメです…」
残念そうにつぶやいて、今度は美凪ちゃんが箱を取り出した。
どすんとベンチに置かれたそれは、音からも分かるように相当な量が入っている。
…どこに持ってたんだろう?
「うぐぅ、いくらなんでもそれは大きすぎるんじゃ…」
「…大丈夫、月宮さん…。日本人は…お米族…そして川名さんも…お米族…」
…それって説得の言葉になってるのかな?
でも私にとっては嬉しかった。たくさん食べられるだろうから。
「…って、それだとなんだか私が食い意地はってるみたいだよ」
「うぐぅ、みたいじゃなくてそうだと思う」
「うー、ひどいよ…」
「まあまあ。それじゃあ早速みんなでお昼食べよ」
観鈴ちゃんの声に、皆でいそいそと準備を始める。
ジュースに思えないジュースを傍らに、私たちは昼食会を開始した。

<二日目(その1)終わり>


中間の後書き:結局書いてしまいました、二日目。しかも長いし…。
私的に、ゲーム中の彼女と比べると、どうも口調とかがらしくなくて悩んでます。
特になぎーが…うーん…。(いや、一番はみさき先輩か)
ちゃんと最後まできっちり書きたいものですね。
それにしてもあゆの位置付けが…。

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