『穏やかな交流』


※一応前書き:設定を一応記しておきます。
「謎の陰謀」より、佳乃が魔法で色んな世界を行き来できます
現段階ではAIRとKanonの世界。そしてそれぞれのキャラ同士は面識があるもの。
(シナリオのその際の細かい設定とかはかなり都合良くしてます)
で、今回初めてONEからみさき先輩をAIRの街へ連れてきた、ってなわけです。
…この段階で我慢がならない人は読むのは控えてください。(というか多分その方がいいです)
好き勝手やってる話ですしね(苦笑)
だからまあ、ツッコミどころ満載です(爆)
ちなみに分類ですが…コーナー増やすの面倒だったので(爆)
謎の陰謀の設定を使ってるという点から、Kanonに入れました。


<一日目>

その日…いつも通り私は目を覚ましたはずだった。
けれども、起きたすぐなのに自分は寝間着姿じゃない。この感触は…制服だ。
もしかしたら学校の机で眠っていたのかも。でも…自分は立っている。
二本の足で、明らかにしっかりと大地に立っているのだ。
そして自分がいるここは…“きたことがないばしょ”という事を肌で感じ取ってた。
いつも感じているものとは違う空気、音…。
そんな中…誰かが傍に居る、それも目の前に。
知らない人だ。でも…悪い感じはしなかった。
「改めましてこんにちはっ。そしてようこそ!だよぉ」
「…こんにちは」
元気な声に、どぎまぎしながらも挨拶を返した。
可愛いそれは…女の子の声だ。
でもなんで改めましてなんだろう?
「あたしは霧島佳乃。あなたのお名前は?」
「私は…川名みさきだよ」
「えへへっ、よろしくねぇ」
両手で握手をしてくる…。暖かい手。
ふわっと布のような物が手に触れた。
何かを手首に巻いているのだろうか?
「さてと、それじゃあ早速町を案内するね。つまりはお散歩だよぉ」
ぶんぶんと握手に忙しかった手の握り方を彼女は変えた。
私を先導し、引っ張ってゆく為の握り方に。
なすがままに続いて歩こうとした私だったけど…そこで慌てて聞いてみた。
「あの!こ、ここは…どこなの?」
女の子…佳乃ちゃんの歩みがぴたっと止まる。
そして、ゆっくりとこちらに顔を向けたのが感じられた。
「海辺の…町なんだよぉ」
「え?」
「ここ、時間の動き方がちょっとおかしいんだよぉ」
「………」
「…なんてね。えへへ〜、びっくりした?」
「…からかわないで」
非難を込めて、私は言葉を紡いだ。
どことも分からない場所。そこに私は居る。
不安でいっぱいのこの気持ち…。
佳乃ちゃんは悪気は無いのだろうが、私にとっては…。
「わかった。じゃあ歩きながら説明するねぇ」
真っ正直に、告げられた。偽りは無いという気持ちで…。
「えっ、ちょ、ちょっと…」
「そうそう、あたしの事はかのりんって呼んでね。皆から親しまれてる愛称なんだよぉ」
「………」
なんとなく…何を言っても無駄に思えた。
彼女は、ただ私と一緒に居たいだけ。そうとも思えた。
仕方がないか…黙って連れられていくことにしよう…。
「うーん、そういえば細かい案内してる時間はなかった気がするよぉ。
というわけで説明もしながら海へ向けて、でっぱーつ!」
高らかに宣言がなされ、歩き出す。
てくてくと、ゆっくりとしたスピードだ。
時間がないとか言ってるけれど、その割にはやけにのんびりしている気がする。
歩いてる最中、遠くから近くから、うるさいくらいにセミの声が押し寄せてきた。
もっとも、セミは連続でずっと鳴きつづけるわけではない。
声は、押し寄せては引き返し押し寄せては引き返し…波のようだった。
「…でね、みさきちゃんと遊びたいなぁって。
それであたしは連れてきたんだよぉ」
「え?え?」
周囲の音に気を取られているうちに、佳乃ちゃんの話はかなり先へ進んでしまったようだ。
しまったと思いながらも、もう一度喋ってもらう事をお願いする。
「うぬぬぬ〜、みさきちゃん、ちゃんと聞かないと駄目だよぉ?」
「ごめんね佳乃ちゃん。でも…」
「むっ、かのりんって呼んでって言ったのに〜。…でもいっかぁ」
やけに適当な子だな、佳乃ちゃんって。
「けれど、もうすぐ目的地に着くから簡潔に言うね。
ここは夢の世界で、知らない町に来たんだって思えばいいよぉ」
「…夢の世界?」
「うんっ。例えるならそうだよぉ」
夢…そうか、これは夢なんだ。
それなら納得がいく。最初に目を覚ましたと思ったのも、実は夢だったんだ。
でも…。
「納得した?」
「うーん、あんまり…」
「えっとぉ、とにかくみさきちゃんは別世界にやってきたんだよぉ」
別世界…。
「…どうやって?」
「それはあたしの魔法だよぉ」
魔法…。
深く考えてはいけない気がした。こうなったら割り切ろう。
それに…こんな知らない街なのに、私は平然として歩いていた。
たとえ手を引っ張ってもらってるとはいえ、いつもなら怖くて歩く事も無理なのに…。
これも魔法のおかげかもしれない、なんてね。
「…うん納得したよ、ありがとう佳乃ちゃん。で、あなたが案内役なんだね」
夢先案内人、という言葉がある。
佳乃ちゃんはてっきりそんな人だと思ってた。
「えーっと、案内役というかなんというか…あっ、とうつきー!」
佳乃ちゃんは足を止めた。
同時に私の足も止まる。
いつのまにかセミの声はあまり聞こえなくなっていた。
代わりに、耳に大きく響いてくるのは…。
ザザーン…
という波の音。…海、の音だった。
「ここの堤防の上はとぉっても気持ちいいんだよぉ」
「へえ〜」
「十人十色老若男女を問わず気分良好なんだからぁ」
「それはなんか使い方が間違ってる気がするよ…」
潮の匂いが風に乗ってやってくる。
海に行った事はないわけではないけど、この潮の香りは初めてのものだった。
改めて、ここは未知の場所だと実感できるほどに…。
「そういうわけなので〜、堤防の上を目指すよぉ」
「大丈夫なの?落ちたりしない?」
「大丈夫だよぉ。早く行こう?」
「でも…」
堤防。大抵はフェンスなどの仕切りがなく作られている。
うっかり風に煽られたり足を踏み外したりしてしまえば…事故は免れない。
「心配症だねぇ、みさきちゃんは」
「危ないとやっぱりね」
「そんなキミを心配症選手権総合一位に賞するっ!」
…嫌な賞をもらった気がした。
「べ、別にそんなのいらないよ」
「だったら行こう、堤防。行かないと始まらないよ?」
「う、うん…」
声に急かされる。私はなすがまま…。
びくびくしながら、佳乃ちゃんの後を付いて…堤防の上へとあがった。

ひゅうううう…
「…気持ちいい」
海から清々しい空気が流れてくる。
下に居た時とは比べ物にならないくらい心地よい風を感じた。
そして自分は高い場所に今居る。その感じが…
ただそこにいるだけで、空を飛んでる気分にさえなった…。
「ね?いい場所でしょお」
「うん、とってもいいね、ここ」
「避暑地としてもなかなかなんだよぉ」
佳乃ちゃんが“うーん”と伸びをする。
一緒になって、私も伸びをした。
言われてみれば、さっきまで感じた暑さはどこへやら。
涼しい涼しい風が…辺りを吹き抜けていた。
「じゃあ、すわろっ」
「えっ…」
「落ちないように気をつけてね」
「う、うん」
佳乃ちゃんがゆっくりと腰を下ろす。それに従って私も腰を下ろす。
足は堤防の向こう。海の方へと向けて…宙ぶらりん状態。
風は相変わらず気持ちいいけど…恐い。
「ぴこぴこぴこ」
そう、ぴこぴこぴこ…
「えっ?」
奇怪な音を耳にした。
「あっ、ポテトぉ!」
「ぴこ〜」
何かが駆け寄ってきた。
なんだろう、これは…。
すりすり
不思議に思ってると身体をすり寄せてきた。
音の正体と、佳乃ちゃんが言った名前はこれのことなんだ。
「…ん?ポテト?」
「うんっ、そうだよぉ」
「ぴこ〜」
ポテトと呼ばれたそれはとてもふわふわしていた。
触っていてとても気持ちがいい…毛玉?
「よぉし、ポテトに後は任せたよぉ」
「えっ?」
「ぴこ〜」
「みさきちゃん、しばらくここでポテトと待っててね。
もう少ししたら別の人が来るから」
「えっ、えっ?」
「ちなみに誰なのかはお楽しみだよぉ。その人にすべてを任せていれば万事解決だからぁ」
「ぴこぴこ〜」
佳乃ちゃんの声と一緒にポテトちゃんが反応している。
突然の宣言に唖然としていると…
するり
「あっ!」
佳乃ちゃんが繋いでいた手を解いた。
もちろん私はあたふたと。けれど、恐くてあまり大きな動きができない。
「心配しないで、そこでじっと待ってればいいから。
じゃあねぇ、かのりんがよろしく言ってたって伝えといてねぇ〜」
「ちょ、ちょっと佳乃ちゃん!」
私の叫びも空しく、佳乃ちゃんはタタタッと走り去っていった。
遠くから聞こえてきたその足音も、ヒュウウウという風の音にかき消される…。
私は追いかける事も出来ずに、そこにずっと腰掛けていた。
「…ひどいよ」
ぽつりと私は呟いた。
案内人が案内を放棄するなんて…。
「ぴこ?」
ポテトちゃんの声が聞こえる。
すぐ近くに居たのはこの子だけだ。
「ポテトちゃんは行かないの?」
「ぴこっ、ぴこぴこ〜」
「そうだね。一緒に待っていてって言われたもんね」
「ぴこ!」
あまり頼もしくもなかったけど、一人で居るより幾分いい。
ふわふわとしたポテトちゃんを、私はひざの上に抱いた。
「ぴこ〜」
「…ねえ、あの子何者なのかな」
「ぴこぴこ」
「そう、あなたの友達なんだね」
「ぴっこり」
「そしてあなたは何者なのかな…」
「ぴこ〜」
たわいない会話をやりとりする。
伝わっていないようでしっかり伝わっているのがなんだか嬉しかった。
それでも、いつかは途切れてダンマリになる。
無言のまま…
高い堤防の上で…
海の波と風を同時に感じて…
いつしか私は…眠っていた。




つんつん
…?
つんつん
んん?
つんつん
体をつつかれる感触。
つんつん
…誰?
つんつん
んぐぅ〜…そう何度も何度もつつかないでよ〜…
つんつん
ぱちっ…と、意識がはっきりと戻ってきた。
俯いていた顔を上げる。
「あっ、起きた」
女の子の声がした。耳元…顔を向けると真正面にその子がいた。
「こんにちわっ…じゃなくて、おはようございます」
「あっ、お、おはようございます」
先に言われたので慌てて頭を下げて挨拶する。
ごちん
「イタイ…」
「うぅ〜…」
お互いに頭をぶつけてしまった。
多分近づきすぎていた所為なんだろう。
「ご、ごめんなさいぃ…」
「にはは、こ、こっちこそゴメンね」
お互いに謝罪をする。
少し涙目になりながらも、私は“はっ”となった。
「…もしかしてあなたが、佳乃ちゃんが言ってた別の人?」
「うん、そう。名前、教えて欲しいな」
「私は川名みさきだよ」
「わたしは神尾観鈴。よろしくね」
そのままで自己紹介。
でも…観鈴ちゃんの声は、少しばかり震えていた。緊張してるのかな?
「それにしても…かのりんまた連れてきたんだ…」
「えっ?また、って?」
「うーん、これは由々しき事態。観鈴ちんふぁいとっ」
良く分からないまま気合を入れられた。
もしかしたらこの街の人達は皆、一人で先へ進んでしまうのかも。
「あっ、そういえばポテトちゃんは…」
私は、いつのまにか膝の上から居なくなっていた、ポテトちゃんが気になった。
「ああ、ポテトならわたしと交替でどこかへ行ったよ。
多分かのりんに事情を伝えに行ったんじゃないのかな」
「そうなんだ…」
この観鈴ちゃんが来るまで私と一緒に居る事が自分の役目ということだったのだろう。
でもそれだとなんだかさびしい。少しの間いただけだったから。
「さてと…。実はみさきちゃんの他にもう一人お客さんが居るの」
「もう一人?お客さん?」
「えっとね、これからわたしの家に泊まる事になるんだけど…」
「ええっ!?」
初耳な情報を聞いて私は立ち上がる…と思ったけど、恐いのでそのままで声を上げた。
相変わらず自分は堤防に腰掛けて…そういえば寝ている間よく落ちなかったものだよ。
「…どうして驚くの?」
「だって、そんなの初めて聞いたよ。観鈴ちゃんの家に泊まるなんて」
「はあ…どうしてかのりんはちゃんと伝えないかなぁ…」
大きな溜息が吐き出される。
この言葉で、佳乃ちゃんはそそっかしいとかそういう印象が増えた。
「とにかくわたしの家にお泊まり」
「う、うん…」
強引に決まってしまっていた。
…深くは考えたら負けかな。そう思った。
「あ、ところで喉乾かない?」
「うーん、少し乾いたかな」
思えば私はさっきまで寝ていた。
人間は寝ている間に水分をかなり消費する。
カラカラではなかったけど、何か飲み物が欲しかったのは事実だった。
「じゃあこのジュースあげるね」
はいっ、と手渡されるそれは、パックのジュースだった。
既にストローがさされてある。
「あ、大丈夫。飲みかけじゃないよ。みさきちゃんが起きたら渡そうって準備してたの」
準備って…。
「もし私が要らないって言ったらどうするつもりだったの?」
「その時はわたしが飲むから。でもみさきちゃん要るって言ったし」
なんだか気を遣われてる様な気がした。
でも、折角もらったのだからありがたく飲ませてもらう。
「ありがとうね、観鈴ちゃん。じゃあいただきます」
「どうぞ」
ストローに口を付け、一口目を味わう。
どろっ
「!!」
未知の感覚に思わず口を離した。
口の中に広がる…なんともいえない濃厚感…。
「どうしたの?」
「これ…何?」
恐る恐る聞いてみた。
「どろり濃厚ピーチ味」
「どろり…濃厚?」
「うん。ある自販機でしか売られてないとっても貴重なジュース」
「貴重…」
貴重というのも様々だけど、これは特別の様に思えた。
改めて言うなら、希少だとか珍物だとか…。
「さっ、遠慮無く全部飲んで」
「ぜ、全部はちょっと…」
いくら食べるのが好きな私でも、さすがにこれは諦めたくなった。
なんといっても後味が悪すぎる…。
「がお…」
「わっ、の、飲むから!」
「…ホント?」
「うん、ほんとほんと」
がおという声にびっくりして、私は慌てて再び飲み出した。
非常に元気がなかったがおだけど、もしかしたら怒る前兆なのかもしれない。
そしてこのジュースは観鈴ちゃんが私に譲ってくれたもの。
飲むことを拒絶するのは失礼だと思ったのだ。
ドクドクドク…
「…う〜」
謎の感触が喉を通る。
…まさか、これ生きてないよね?
不気味な想像をして、気分が悪くなる。
ただでさえ、初体験に変な感じがしてるのに…。
でも、なんとかすべてを飲み干せた。
喉が渇いていたことなんてすっかり忘れていた…。
「ご、ごちそうさま」
「にはは、おそまつさまでした」
嬉しいと言わんばかりの笑い声。
よかった、ちゃんと飲んで…。
「ところで、これからどうするの?観鈴ちゃんの家に行くの?」
「ううん。後一人のお客さんが来てから一緒に向かうの」
「そういえばそんな事を言ってたね」
誰だろう、お客さんって…。
首を傾げていたその時だった。
「うぐぅ〜…やっと着いた…」
遠くから弱々しい声が聞こえて来た。
とたとたという足音は、不自然なリズムを奏でていてる。
ふらふらだということがすぐにわかった。
「あゆちゃん、お疲れ様」
「うぐぅ、観鈴ちゃん…あれ?この人誰?」
あゆと呼ばれたその女の子は私を見て不思議がっている様だ。
どうやら主催者である佳乃ちゃん(だと私は思う)は何も知らせて無いようだ。
「初めまして、私は川名みさきだよ」
笑顔をつくって会釈する。
「あっ、は、初めましてっ。月宮あゆですっ」
ごちん
「はぅ…」
「うぐぅ、イタイ…」
観鈴ちゃんの時と同じ失敗をしてしまった。
「ごめんなさいぃ…」
「うぐぅ、ボクの方こそごめんなさい…」
お互いに謝る。
酷い目によく遭う日だ。そう思った…。
「さてと、あゆちゃんも来た事だし。早速わたしの家に案内するね」
ぱんぱんと埃を払う観鈴ちゃん。
どうやら出発するらしい。
「うぐぅ、でもいいの?ボクは佳乃さんに連れてこられただけだし…」
「にはは、仕方が無いよ。かのりんは近頃調子に乗ってのってしてるから。
だからわたしがちゃんともてなししてあげないとね」
「うぐぅ、ありがとう」
「ありがとう」
あゆちゃんに続いて私もお礼を言っておく。
観鈴ちゃんのその言葉は、友人の穴埋めをする、という感じがした。
そっか、また連れてきたってのは、私の前はこのあゆちゃんのことなんだ。
「じゃあ行こう。みさきちゃん、つかまって」
手をはっしと握られる。堤防から落ちないように、との事なんだろう。
上に力を受けながら、私はすっくとその場に立ち上がった。
「…どうでもいいけど、暑苦しいカッコだね、お互い」
「そうだね、あゆちゃんはコート着てるし」
「観鈴ちゃんじゃなくて、みさきちゃんだよ」
「にはは、なるほど」
言われて初めて気が付いた。
そういえばここはとても暑かった。でも私が着ていたのは冬服。
汗は幸いにあまりかかなかったけど…よく平気で今までいられたもんだよ。
「それじゃあ観鈴ちゃんの家に向かって出発だね」
「うぐぅ、楽しみだよ」
「にはは。それじゃあ行くよ」
三人が揃って一致したところで歩き出す。
暑さの厳しい直射日光を浴びながらの中でも、
涼しい、心地よい潮風を浴びていた心地よい場所にさよならして…。




歩く事十数分。
目的地の前で、私たちは歩を止めた。
なんだか静かな場所。どうやら、ちょっとした街の外れに建っているみたいだった。
「ここがわたしのうち」
「へえ〜…」
「今更だけど…本当にいいの?」
いざ案内されてみても、やはり戸惑ってしまう。
知らない地で、ついさっき会った人の家に…。
「遠慮しないで、にはは」
観鈴ちゃんの笑い声は“早くいらっしゃいよ”と言ってる様だった。
そうだね…ここで迷っていたら失礼だよ。
「じゃあ遠慮無くお邪魔します」
「うん、どうぞ」
「うぐぅ、お邪魔しま〜す」
がらがらと開かれる扉。
そして玄関をくぐり、私とあゆちゃんが案内されたのは…客間。
「どうぞ、座ってくつろいでいてね」
座布団に座らされる。
私の隣にあゆちゃんも腰を下ろした。
観鈴ちゃんはぱたぱたと駆けてゆく。
やがて…こちらへ戻ってきた。
「はいっ、冷え冷え麦茶」
「「………」」
彼女の言葉を聞いて、私もあゆちゃんも同じ事を思ったようだった。
「あれ?どうしたの?」
「うぐぅ、今の佳乃さんっぽかったよ」
「あゆちゃんに同じく。冷え冷えってのがそう思ったよ」
「が、がお…」
がお!?…でも、困ってる様だった。
そうか、がおは困ったりする時に使ってたんだ。
「ごめんね、観鈴ちゃん」
「え?」
「ううん、こっちのことだよ」
「???」
惑わせてしまったみたいだった。
それはそれとして、折角出してくれた麦茶はありがたくいただく。
暑かった外。汗がかなり出た外。
それとは対照的な…ひんやりとした麦茶。
こくこくこく…
「…美味しい」
喉の渇きがひどかった為か、余計にそう感じられた。
「よければどろり濃厚シリーズもあるけど」
「うぐぅ、それは要らないよ…」
「あゆちゃんに同じく」
「が、がお…」
またも困ってる様だった。
でも、さすがにあれは…。

すっかり潤った後は、たわいない雑談に花を咲かせる。
佳乃ちゃんから、私よりひどい境遇を受けたあゆちゃんの話。
“うぐぅ”が原因で連れてこられて、診療所のお手伝いをしたのだとか。
…どういうことなんだろう…。
聞くところによると、佳乃ちゃんは色んな人を招いているらしい。
(誘拐だなんて言葉も出てきたけど…)
なんだか心配だな…他のみんなも連れてこられたりして…。
そして他にした話は、ここでの観鈴ちゃん達の生活についての話…。
ごく自然に、当たり前のように、私はそれを聴いていた。
まるでずっと前からここに居たかの様に…。
…いつの間にか私は、すっかり一人の住人となっていたのだった。
「ところで、何かして遊ばないの?」
話に飽きがきたころ、あゆちゃんが一つの提案を掲げた。
「何かって…何しよう」
がおとは言ってないけど、観鈴ちゃんは困ってる様だった。
しきりにうーんうーんと唸っている。
一緒になってあゆちゃんも唸り出した。
…私も唸らなくちゃ。
「「「うーん…」」」
三人で首を頭を捻り出す。と、そんな時…
ガラガラガラ
玄関の開く音。
直後、どたどたと足音がして…
「観鈴!!新たな技を編み出した!!」
男性の声。新たな人が部屋に入って来た。
「わ…。往人さん、今とりこみ中」
「うぐぅ、お邪魔してます〜」
「えっと、こんにちは」
各々がバラバラに挨拶を返す。
さぞ彼…往人ちゃんは戸惑ったに違いない。
「…客、か?」
「うん。かのりんが連れてきたの」
「またあいつは…。ふむ、片方はうぐぅちゃんだな」
「うぐぅ、違うよっ!」
うぐぅ…ちゃん?
そういやあゆちゃんの口癖にうぐぅって…。
ああなるほど、佳乃ちゃんのお気に入りでそう呼んでるって言ってた様な…。
「…ぷっ、あははは」
「うぐぅ!みさきちゃん笑わないでよ!」
「ごめんごめん。でも面白いあだなだね」
「勝手に佳乃さんが言い出しただけだよっ!」
ぷんぷんと怒り出すあゆちゃん。
さすがに思わず笑っちゃったのはまずかったかな…。
「…で、こっちの子は誰だ?」
「あ、往人さんは初対面だったね。この子は川名みさきちゃんっていうの」
観鈴ちゃんからの紹介を受けたので、会釈をする。
「川名みさきです。よろしく」
「あ、ああ。俺は国崎往人だ…って、よく落ち着いてられるな」
「割り切ってるからね」
「そうか…」
意味深な呟き。
もしかして割り切ってるなんて事はあまりしない方がいいのかも。
「で、往人さん、何か用事があったんじゃないの?」
「そうだった!ふっ、見て驚け、凄い技を編み出したんだ!!」
「…往人さん、人形劇はまた今度にして」
「どうしてだよ。丁度今居るみさきにも見てもらおうぜ」
「それは無理だよ、往人ちゃん…」
観鈴ちゃんが更に言葉を発する前に、私は自ら答えていた。
「ゆ、往人ちゃん…そういう呼び方はちょっと…」
「だって可愛いから」
「にはは、可愛い」
「うぐぅ、可愛いよ」
観鈴ちゃんとあゆちゃんに好評なので往人ちゃんで通す事にする。
「だああ!やめろって言ってるのがわからんのかー!!」
「まあまあ、落ち着いて往人さん」
笑いながら観鈴ちゃんがなだめた。
ぜえぜえと荒い息づかい。往人ちゃんは相当興奮症みたいだね。
「…で、なんで無理だって?」
さっきの私の言葉に対しての疑問だ。
もちろん私はすっとそれに答える。
「私は目が見えないからね」
「…なるほど、そりゃ無理だ…」
がくっ、という音が聞こえた気がする。
人形劇…往人ちゃんにとってはかなり大事なものなのかな。
「…ねえ、みさきちゃん、本当に目が見えないの?」
あゆちゃんが尋ねてきた。
「うん、見えないよ」
「うぐぅ…ということは、もしかしたらボク途中で失礼なこととか言ったかも…」
「あれっ?あゆちゃん、かのりんから聞いてたんじゃなかったの?」
「うんっ。ボクはただ観鈴ちゃんの家に行ってって言われただけだから…」
「はぁ…」
大きな溜息。
「どうしてちゃんと言わないかなぁ、こんな大事なこと…」
不機嫌そうに呟く観鈴ちゃん。
それには、共に哀しみの気持ちも含まれていた…。
「もしもあゆちゃんが先に一人で来て勝手にわたしの家に向かっていたら大変な事になってた」
「観鈴…」
観鈴ちゃんの呟きには、往人ちゃんを含めてしんとなっていた。
たしかに、私にとっては見知らぬ街。そしてあゆちゃんにとってもほぼそうだろう。
そんな二人だけで歩けば、きっと迷子になることは間違いない。
「いくらなんでもそれはないだろ、なぁうぐぅ」
「うぐぅ!ボクはうぐぅじゃないよ!!」
「うぐぅもわかってるはずだ。みさきと二人で目指すのは危険だと。
迷子になるに決まってるからな」
「うぐぅ、だからボクはうぐぅじゃないのに…」
うぐぅちゃん…じゃなかった、あゆちゃんは困ったような泣きそうな声だ。
なんだか、目が見えないうんぬんに関してほとんどうやむやになってるみたい。
まあ、私もその方がいいんだけどね。あまりずっと言われたくないし。
「それはそれとしてだ、こうなったら人形劇は改めて今度だな。
ということで俺はそろそろ行く」
「えっ?往人ちゃん帰ってきたんじゃないの?」
観鈴ちゃんがびっくりしてる。
往人ちゃんが去る意志を見せたからだ。来たばかりなのに…。
「晴子に呼ばれてるんだ、酒飲み会に。行かなければ俺は聖に改造されてしまう…」
「そ、それは深刻だね…」
改造って一体…。やっぱり車輪が付いたりビームが出たりするのかな…。
そしてそして、電波も受信できるようになったりして…。
色々と想像が膨らんでくる。
「…っておい、今俺の事なんて呼んだ」
「往人ちん、にはは」
初耳の呼び方だった。
そういえば観鈴ちゃんって、自分の事をたまに観鈴ちんとか言ってたような…。
「往人ちんかあ…という事は私はみさきちんになるのかな?」
「そうだね、みさきちん。そしてわたしは観鈴ちん」
「ボクはあゆちんだね」
「お前はうぐぅちんだろ」
「うぐぅ!ひどいよっ!!」
ぽかぽかと叩く音が聞こえてくる。
あゆちゃんてほんとからかわれやすい子だよね。
「それより、本当に往人ちんと呼んだんだな?」
「そうだよ、にはは」
「…まあいっか」
往人ちゃんは追求を諦めたみたいだ。
私が聞いたのでは間違いなく往人ちゃんと呼んでたけど…更にこじらせるのもあれなので黙っておく。
それよりも気になったのは、往人ちんで納得できる往人ちゃんの気分だった。
「じゃあな」
「うん、行ってらっしゃい…あれ?お母さんもひょっとして帰ってこないの?」
「そうだ。多分朝帰りになる。まあ気にするな」
急いでるのか、往人ちゃんは早口ながらに告げるとたたたっとその場を去っていった。
飲み会なんて大変そうだな。
人形劇が見られないのは本当に残念だけど…ん?
「ねえ観鈴ちゃん」
「なに、みさきちゃん」
「往人ちゃんは人形師さんなの?」
「えっとね、はぐれ人形遣い純情派だって」
「………」
意味がよくわからなかった。
「うぐぅ、意味がよくわからないよ観鈴ちゃん」
「代返ありがとうあゆちゃん」
予想外の言葉がよく飛び出す人が多いなと思った。
「ごめんごめん。えっとね、人形遣いってこと。
往人さんはね、法術ってのが使えるんだって。それで人形を動かす事が出来るの」
「へええ〜…法術って何?」
「えっとね、手を触れずに物を動かすの。見た時ほんと凄いと思った」
「へええ〜…」
あゆちゃんと一緒に感心する。
法術なんて実際に使える人がいたんだね。
まだまだ世の中には知らない事がいっぱいだよ。
「えっと…ところでそろそろ夕飯作らないとね。用意するからここで待ってて」
すっ
「あっ、ボクも手伝うよ」
「ううん、一人で大丈夫だから。あゆちゃんとみさきちゃんはここで座ってて」
「う、うん…」
残念そうな声であゆちゃんは座り直した。
でも、私も一緒に料理したいなとも思った。
「観鈴ちゃん、私も手伝わなくていいの?」
「だってお客さんだからね。ちゃんとおもてなしをしないと」
あっさりと明るく言って、観鈴ちゃんは台所へと向かって行った。
「お客さん、かあ…」
「うぐぅ、ボクそれでも手伝いたかったよ」
「何か事情があるのかもしれないね。お客さんは台所に立ち入らせちゃいけないとか」
「うぐぅ、それだと食べられないじゃない」
「冗談だよ。それより観鈴ちゃん何作ってくれるのかな。私食べるの好きだから凄く楽しみだよ」
「食べるの好き、ってどのくらい食べるの?」
「カレー10杯は普通に食べるよ」
「うぐぅ、それはいくらなんでも食べ過ぎなんじゃ…」
「そうかな?」
「そうだよ」
結局はあゆちゃんと話をするのに盛り上がる。
聞いていると、あゆちゃんはあまり料理が得意じゃないらしい。
となると、実は手伝わない方がよかったんじゃないかというのは黙っておいた。
「やっぱりお客さんはじっと待ってないとね。手伝って失敗でもしたら大変だよ」
「うぐぅ…暗にボクが手伝わなくて良かったみたいな言い方だよ」
「あっ…ううん、手伝わなくて良かったこともないよ」
「でもお客さんはじっと待ってなくちゃって」
「そうだね。だから手伝わないで待ってなくちゃいけないよ」
「うぐぅ…」
胸の内にしまっておくつもりだったはずのそれは、
あっさりとあゆちゃんに伝わってしまってみたいだった。
どうしよう。どうフォローしよう…。
なんて考えてると…
「できたよ〜!」
元気な観鈴ちゃんの声が聞こえてくる。
話をしてる時にも漂ってきたこのいい匂いは…。
「ラーメンかな」
「そうみたいだね。行こ、みさきちゃん」
「うん」
あゆちゃんに引っ張ってもらって案内される。
フォローうんぬんがうやむやになっちゃった…まあいいかな。
と、座席に座る前にあゆちゃんがぴたっと歩みを止めた。
「どうしたの?あゆちゃん」
「ちょっと待ってね、みさきちゃん」
少しだけ震えが伝わってきた。何かに驚いてるみたいだ。
「…ねえ観鈴ちゃん、一体どれだけ作ったの」
「え?10人前。だってみさきちゃんがたくさん食べるって聞こえてきたからね。
だったら奮発しなくちゃって思って」
「うぐぅ、でもこれはいくらなんでも…」
「大丈夫、にはは。さ、早く座って」
どうやら、観鈴ちゃんが大量のラーメンを仕上げていたのにあゆちゃんは驚いていたようだ。
10人前…どんぶり10個…でも…。
「ねえ、観鈴ちゃん」
「ん?何、みさきちゃん」
「たくさん作ってくれたのは嬉しいんだけど、のびない?」
「………」
無反応。
同時に、観鈴ちゃんに促されて席に着こうとしたあゆちゃんの動きも止まった。
「大丈夫だよ、ぶい」
何がぶいなんだろう…。
でも、折角作ってくれたんだし、喜んで戴かないといけないね。
「私頑張って美味しいうちに食べるから。だから気にしないで、ありがとう」
「う、うん、にはは…」
照れ笑い。
色々私は言ったけど…やっぱり嬉しかった。
ちゃんと話を考慮してこれだけ作ってくれた事がとっても。
そして三人席に着いて…
「「「いただきます」」」
ずるずるずると、美味しいラーメンをたっぷり食べたのだった。

食後。入浴も済ませた私達は寝る事になったのだけど…。
「どうしよ。どこで寝るか考えてなかった。観鈴ちんぴんち」
観鈴ちゃんってなんか抜けてるね…。
「あ、ねえねえ、往人くんはどこで寝てたのかな」
あゆちゃんが尋ねる。そういえば一緒に暮らしてたんだっけ。
今日帰って来ないのなら、その寝床を使えば。
「えっと、納屋」
「うぐぅ、納屋?」
「うん、納屋」
「………」
さすがに納屋はあれだよね。
聞かなかった事にするべきだよ。
「うーん、布団持ってきて居間でざこねしようか」
「あっ、それいい案だね。さすが観鈴ちゃん」
「じゃあ片付けして布団しかないと」
なんのとは言わないうちに皆で作業を始める。
観鈴ちゃんから受け取った布団を私が敷き、あゆちゃんが物を片して…。
多少の時間はかかったものの、三人用の寝床がそこに出来上がった。
「わ、部屋いっぱいになっちゃった」
「大丈夫なの?」
「うぐぅ、踏んづけちゃったらゴメンね」
あゆちゃんが先手を打ってきた。それはズルイよ。
「私も寝相悪くて蹴っ飛ばしたりしたらゴメンね」
別の先手をこちらも打っておく。
「寝てる間にイタズラしちゃったらゴメンね、にはは」
「「………」」
現在家主の観鈴ちゃんは一枚上手だった。
ちなみに今、ちゃんとパジャマを着ている。
余っている分を観鈴ちゃんから貸してもらったのだ。
布団を敷き終わった後は、三人でそこに座ってたわいない雑談。
今日という日は、何気なくもあり、とても楽しかった一日…。
…やがていい時間になった頃に話を打ち切る。
「さてと、それじゃあ寝よか」
「そうだね、おやすみなさい」
「うぐぅ、お休み〜」
私は真中、観鈴ちゃんとあゆちゃんはその隣の布団にもぐりこんだ。
パチっと明かりが消され、三人とも寝に入る。
やがて聞こえだす静かな寝息。でもその中で私は、なかなか寝つけずに居た。
「なんだか修学旅行に来た気分だよ…」
状況が状況だけにこんな体験は滅多にできないけど…。
会ったばかりなのだけど、気心のしれた友達と床を共にする。それが嬉しかった。
「そういえば、いつ帰れるのかなんて全然気にしなくなってるね…」
最初は不安でいっぱいの私だったけど、いつの間にかすっかりとけ込んでいた。
この世界に、この人達との関係に…。
「んん〜…」
「観鈴ちゃん?」
声が聞こえてきた。でも起きた様子はない。
どうやら寝言のようだね。
「わたし、嬉しい…お友達…たくさん…」
「…観鈴ちゃん?」
「んん…」
寝言がおさまる。でもその寝言は、あまりにも感情が込められていた気がした。
観鈴ちゃんって、もしかしたら悲しい境遇にあったのかもしれないな…。
のほほんとしてるあゆちゃんもひょっとしたら…。
今日会った友達の事を色々考えながら、いつしか私は深い眠りにおちていった…。

<一日目終わり>



とりあえず後書き:
密かに存在し続ける偽小説の設定のもと(この時点ですでにこの小説はアウトっぽい<爆)
書きたくて書いてしまいました。
まあでも、パラレルワールド日記、ONE&Kanon&AIR版とでも思ってくれれば。
(要はかなり都合のいい設定です。少なくとも、謎の陰謀の設定を受け継いでると考えてください)
みさき先輩視点であえて書いてあります。
色々と苦労してますねえ、だから。なんつっても見た目の情報は書いちゃダメなんで。
(それでも所々あるのは、おそらくうかがえるであろう部分でしょう)
細かい事はさておき、やっぱり私自身こういう話が好きなもんでね。
他の世界のキャラ同士が話をするとかってのはね。
特にストーリーなんてなくても、ただ居るだけってのが。
さて、一日目なんて書いてありますけど、二日目以降を書くかどうかはちと未定ですね。
どのみち書いたとしても、二日目で終わりになるでしょうけど(笑)

読みたい人だけ二日目へ