「随分前からここはラーメン屋として商売してきた。それこそ何年も前からな。
ラーメン屋からかなり離れた所でようやく口を開く。
おいら達は道路をひたすらに走る走る。犯人も走る走る。
ある程度走ったところで一度立ち止まり、周りに人が居ない事を確認する。
『夕食編』に続く。
で、つい最近出来たのが言ってる中華料理屋。
あそこのふかひれスープの味、あれの盗作だとここは言われているんだ。」
「「なんだって!?」」
無茶苦茶な話だぜ。なんでラーメンの味とふかひれスープの味を比べるんだ。
「最初は私は納得がいかなかった。実際に食べても絶対違う味だし。
なにより、ここの方が先に出来た店のはずだからな。」
「「ふんふん。たしかにそのとーり。」」
「で、調べた所、どうやらあそこのふかひれスープの熱烈なファンが居て、
そいつが、それとちょっとでも似た味を全部“盗作だ”と言いふらしてるらしいんだ。」
「「ひでえ・・・。」」
そんな異常者がいたなんて驚きだぜ。似た味を全部盗作呼ばわり・・・許せねーな。
念の為、おいらはラーメンの味をふかひれスープの味(一口食べただけだけど)
を頭の中で照らし合わせてみた。似た部分・・・無いな。
「似た味なんて全然無いと思うけど?」
「だろう?一体この店の何処が盗作だってんだか・・・。」
率直な意見をぶつけて御互いに納得。とその時、ぼうずがふいっと顔を上げた。
「もしかして・・・調味料をおんなじものを使ってるから?」
「なんだって!?」
「そんな程度で!!?」
客と一緒にがたっと立ちあがる。
調味料が同じ?そんなもんで盗作呼ばわりされちゃあたまんねーぞ!
第一、それで盗作と呼べるんなら、ふかひれの方が盗作じゃねーか!!
「けどありえないよなあ。よほど凄い舌の持ち主じゃないと・・・。」
再びぼうずが考え出した。それに、おいら達二人も座り直す。
言われてみればそうだよな。調味料の違いを言うなんてのは神業だ。
あの月天様でさえ、変な味、で通す事があるもんな。(それはまた別の話になるけど)
うんうん唸っていると、がらりと扉が開いた。
そこに立っていた男は・・・おいら達を中華料理天へ連れてったやつ!?
「はあ、はあ、ここに居たのか・・・。君達!!いきなり逃げるとはどういうつもりだ!!」
「お、おまえは・・・!!」
怒鳴り込んできた奴に、唸っていた客が立ちあがった。
反応からして・・・こいつが言いふらしていた奴か?
「よくも盗作などと言いふらしやがって!!」
「なんだとお!?盗作を盗作と言って何が悪い!!」
「ふざけんな!!このラーメンのどこが盗作なんだ!!」
「調味料だ!!私はあのふかひれにハマった。無理を言って原料を調べさせてもらったりもした!
そんな時にここのラーメン屋で食べたラーメンには・・・」
「同じ物が使われていた?無茶苦茶言うな!!」
喧喧諤諤の言い争いが始まる。見事ぼうずの予想は当たっていたわけだが・・・。
なんかひっかかるんだよな。盗作なら盗作で直に言いに行けばいいのに。
唖然としているぼうずを横目で見ながら、おいらはスーツ姿のそいつをぐいっと引っ張った。
「うっ。な、何をするんだ!」
「何をするんだじゃねーよ。盗作だってんならどうして嫌がらせみたいな真似をするんだ。
堂々と訴えればいいじゃねーか。それこそラーメン屋の店主に。」
「言って聞くような奴じゃ無いんだよ!!」
怒鳴り返したそいつに、傍で聞いていた客が怒鳴り返す。
「それはお前だろうが!!最初食べに来て、食い終わった途端に“盗作だ!”
とか叫びながら出て行きやがったくせに!!」
「本当に盗作だったんだから仕方ないだろうが!!
第一、何か言おうとしたらじろっと睨みつけられたぞ!!」
「それならそれで言い返せってんだ!!」
「そんな状況じゃ無かったよ!!」
再び始まる激しい言い争い。
なんなんだ、ったく。勝手に言い争ってるだけじゃねーか。
「なあ虎賁、なんとか解決できないかな。」
「難しいんじゃねーのか?片方は盗作だとがんとして譲らない。
もう片方も盗作じゃないと絶対に譲らない。
そんでもって二人とも・・・」
「自分勝手に叫んでるだけ、かな?でも少なくともラーメン屋の言い分が正しいと思うんだけど。」
それはそうだけど、やっぱりそれなりに話し合いをしてもらわねーと。
単に文句を言いまくってるだけじゃあ解決になら無いってこと分かってんのかなあ。
途中で話しかけてもまったく耳に届いていない。
更に、物理的に呼びかけようものなら何らかのとばっちりを受けかね無い状況だった。
ぼーっと考えること数分。おいらとぼうずが出した決断は・・・
「「ほっといて店出よう。」」
金はとっくに払ったし、こんな面倒な厄介ごとに関わるのは御免だ。
そろりそろりとその場を離れ、店の外へ出た。
相変わらず二人は言い争いを続けているようだった。
「ふう、まったくとんでもねーよな。結局おいら達はなんの為に巻き込まれたんだか。」
「それにしてもアレだけ叫んでてよく騒ぎになら無いよなあ。
他の客とか、気にもしてなかった様に見えたけど・・・。」
そう。あの二人が言い争いをしている間にも何人かの客が入ってきた。
当然注目されるかと思いきや、どの客もちらっとそっち方を見ただけで、ほとんど我関せず状態。
もしかしたら慣れ切っている情景なのかもしれない。だからこそ、おいら達二人もほっといて後にしたわけだ。
「さてと、これから何処ヘ行こうか?」
「そうだなあ・・・。」
腹ごしらえは済んだから何か遊べる所。ゲーセンはもうこりごりだ。
スポーツを実際にやるってのもいい案だけど・・・。
「ま、ゆっくり考えようぜ。」
悩んでるおいらを促しててきとーに歩き始める。
ゆっくりとは言うものの、そんなに時間があるわけじゃあない。
昼はとっくに過ぎたから後三・四時間もすれば家に帰らなければならない。
あんまり遅くなると月天様に怒られそうだしなあ。
「そうだ、ボーリングにでも行ってみようか。」
「・・・二人でか?」
「なんだよぼうず、おいらの提案が不満か?」
「いや、まあ、別にいいけど・・・。」
「よし決まりだ。案内してくれ。
球技の星神たるものこれくらいはやっておかないとな。」
「ほいほい。」
だるそうな返事をしながらぼうずはボーリング場へ向かって歩き出した。
おいらが言ったのはほとんどたてまえのようなものだ。
とりあえずさっきの妙な出来事の腹いせ気分、という事だ。
少しくらいは鬱憤解消をさせてもらわないと・・・。
「休みだ。」
「がくっ。」
ついたそのボーリング場は堂々と休みの看板を掲げていた。
おいちょっと待てよ、なんだってこう休みが多いんだ。
「おいらのこの不満はどこにぶつけたらいいんだ〜!」
「不満?まあ諦めなよ、休みなんだからさ。」
「そういう問題じゃ無い!くっそう、ぼうずを負かす機会が・・・。」
「なんだって?」
「な、なんでもねーよ。それより次どこへ行く?」
「そうだよなー・・・。」
再び考える羽目になってしまった。
やっぱりスポーツをやりに行くしか無いのか?
とはいっても、そのスポーツ自体限られてるし。
「散歩かなあ。」
「それな今もいやというほどやってるじゃねーか。」
「じゃあ走ろうか。」
「なんでわざわざジョギングなんかしなきゃならね〜んだ。」
「ほふく前進とか。」
「おいらを馬鹿にしてんのか?」
「うーん、そう言われても・・・。」
明らかに困っている様だ。ぼうずなりに和ませようとしているのか。
しっかしほふく前進はねーだろ。もうちょっと考えて物言えってんだ。
「・・・なあ虎賁、パチンコは?」
「おいらは良くわかんない。」
「そうだよなあ。大体あれは球技じゃ無いだろうし。」
ぼうずのやつ何考えてんだ。おいらをパチンコに誘うなんて。
それが心清き者のやる事なのか!?(多分冗談で言ったんだろうけど)
「ダメだ、いい場所が思いつか無いなあ。適当に言ってるうちに出てくると思ったのに。」
「やっぱり適当だったのか。真面目に考えてくれよ。」
「真面目に考えてるよ。でも、ただ考えてるだけじゃ出て来ないだろ。
こういうのは、何かをやってる時にフッと出て来るもんだぜ。」
「なるほどな。」
確かにそれは言えてる。しかしパチンコの名前出してそれが出てきたらある意味とんでもねーぞ。
「よし、カラオケはどうだ?」
「カラオケ?」
「そう、歌うんだよ。虎賁オンステージ、ってさ。」
「なんだかカッコよさそうだな。よし、それに決まりだ!」
「あっ、でも・・・二人で行ってもつまんないかもなあ。」
「はあ?そういうもんなのか?・・・考えてみればそうだな。
何がかなしくってぼうずのためだけに歌わなければならないんだ。」
「えらい言われようだな。」
不機嫌そうに返してきたが、おいらのそれはおそらく正論のはずだ。
どうせならもっと沢山人が居る時がいい。月天様とか離珠とか。
とはいえ、ここでぼうずの適当に言う作戦が途切れてしまったようだ。
しきりにぼうずが頭をひねり出したからな。
なんて頼りない作戦なんだ。こういうのはもうちっと量がある時に使うべきだよな。
「なあぼうず、なんでもいいから言ってくれよ。」
「スーパームサシ。」
「おいら達が買い物に行ってどうしようってんだ。」
「いや、喉とかかわかないかなって。」
「・・・よっし、行こうぜ。」
「おっ、決まった?まあいいや、とりあえずそこへ行こう。
適当にしているうちに何か思いつくはずさ。」
「だといいけどな・・・。」
とりあえず決まった目的地、スーパームサシへと歩いて行く。
それにしても一体おいら達は何しに外へ出たんだろう。
少なくともこんな、目的地を探すためだけに出たはずじゃ無いんだけどなあ。
何とは無しに考え事をしているとあっという間にスーパームサシに辿りついてしまった。
「・・・ここってこんなに小さかったっけ?」
「へ?なんでそう思うんだ?」
「いや、おいら以前ここへ来た事があるから。」
「其の時は小さかったからかな。そりゃまあ小さくも感じるかな。」
すっと買い物篭を手に取ったぼうずについて行くものの、やはり違和感がある。
なるほど、そんなに意識はしてなかったが、普段より狭く感じるのは当たり前だ。
しっかし家に居た時はそんなに感じなかったのにどうして今になって・・・
「品物の所為かな。」
「え?」
「ほら、ここは品物が沢山並んでるだろ。
多分それが虎賁が感じてる違和感に関係あるんじゃ無いかって思うんだよ。」
「そっか・・・。」
一瞬頭の中を読み取られたのかと思ったぜ。
品物。言われてみればそんな気もする。何故品物が作用しているのかはわかんねーが。
再び考え事をしている間に軽い買い物を済ませておいらたちは店を後にした。
「なるほど、来て見て良かったかもな。」
「けど次の目的地がまだ決まって無いな。」
確かに、結局は目的地をそれと無しに決めるどころじゃなかった。
それにしてもラーメン屋からずっと立ったまんまだな・・・。
「なあぼうず、しばらく休もうぜ。」
「ん?ああそかそか。じゃあそこにすわろっか。」
丁度近くにベンチがあるのを見つけたので二人してそこに腰を下ろす。
先ほど買ったジュースを早速あけてそれを戴いた。
「・・・ふう、喉かわいてたから美味しいなあ。」
「なあ虎賁、ちょっと質問していいか?」
「なんだ?」
「今はこうやって飲んでるからいいけどさ、普段はどうやって飲み物飲んでるんだ?」
「そりゃあまあ・・・色々と。そういえばこんな風に飲むのって初めてだなあ。」
ある意味新鮮な体験を今おいらはやっているんだよな。
しかし特に違和感も無くやってのけている。不思議な感じもしたが、あまり気にするものでも無いだろう。
「ところでさ・・・。」
「ん?」
「きゃー!!!!」
再びぼうずが何か尋ねようとした時、その声はおいら達の辺りまで響いてきた。
甲高い声、女性の声だ。振り返るとそれは、何者かにバッグを奪われた所だった。
「ひったくりよー!!!」
言われなくてもその様子を見れば分かる。
ひったくり犯と思われる奴(男性)は猛ダッシュで逃げていた。
すれ違う人達は女性の叫びによって慌てて捕まえようとするも、皆取り逃がしていた。
「行くぞぼうず!!」
「あ、ああ!」
ほんの数秒、犯人が逃げる様子を見ていたおいら達だったが、すぐさま駆け出した。
もちろんそいつをとっつかまえるため。飲みかけのジュースを持ったまま。
走っているうちに、犯人を追っているのはおいらとぼうずだけになってしまったようだ。
なるほど、こいつの足の早さはかなりのものだ。おまけに持久力もある。
残念だなあ、スポーツ選手にでもなってれば良かったのに。
「なあ虎賁。」
「なんだ?」
「あいつって午前中見かけた奴みたいだけど?」
「そうなのか?」
「背格好からして多分間違いない。」
「なるほどな。」
昼食前に見かけたひったくり事件。
其の時はゲーセンに居座りすぎた為に大人しく逃がすハメになってしまった。
いや、相手がバイクなんざに乗っていた所為もあるけど。
しかし今回は御互い足の勝負。絶対に逃がさない!!
「それにしても良く分かったなあ。」
「なあに、試練を受けてればこのくらい。」
動体視力を鍛える試練でも受けてんのか?やるなあ・・・。
とと、感心してたらなんだか離され始めてる。向こうが走る速さを上げたのか?
「虎賁、早めにとっつかまえた方がいいんじゃないのか?」
「距離を離されてるからか?大丈夫、すぐに追いついて見せるさ。」
「けどなんか嫌な予感がする。」
「何を根拠にそんな・・・!?」
追いつく為に少しスピードを上げたが、前方を見てはっとなった。
なんと、バイクにまたがった別の奴がひったくり犯を待っている!
「やばい、仲間か!?」
「乗られたら絶対に追いつけねーぞ!!」
こいつはしまったかもしれない。ここでバイクに乗られたらアウトだ。
なんとしてでもそれは阻止しねーと!!
「虎賁!何か投げるものとかは!?」
「今それを考えてた所だ!・・・そういやジュースの缶なんて手に持ってたんだ。よしっ!!」
だだだだっと走りながらも投げる態勢を取る。
球、とはまた違う感触だが投げるぶんにはかわんねーだろ。
今まさに仲間のバイクへ乗ろうとしている奴の頭にぶんなげる!!
ヒューン・・・ゴン!!
「うぐっ!」
見事そいつの頭に缶がヒット。中身が結構入ってるから痛いぞ〜。
たまらずバランスを崩したそいつはその場にもんどりうった。
「おっしゃ!」
「さすがだなあ、虎賁。」
「まあ、だてに球技の星神はやってねーよ。」
得意になりながらもあっという間に差を縮める。
と、バイクに乗ってた奴がその場から逃げ出そうとし始めた。
おいおい、仲間を放って逃げるつもりか?しかも盗んだ品を持って!
「ぼうず、投げるんだ!」
「あ、ああ!」
おいらと同じく走りながら投げる態勢をとるぼうず。
昨日の試練でさんざん雪玉投げたんだから大丈夫・・・じゃない!
よくよく考えてみたらぼうずは避けてただけなんじゃないか。
「やっぱりおいらが投げる、貸してくれ!」
「え、ええっ!?もう遅い!!」
既にぼうずは投げるのに力を込めていたのか、おいらが叫んだ後には物を投げ始めていた。
そしてそれはぼうずの手を離れてバイクに向かって行く・・・
スコーン!
「うわっ!」
見事命中!そしてバイクもろともそこに“ズシャッ”と倒れた。
「やるな・・・。」
「ま、まあ鍛えられてるから。」
「偶然だろ?」
「・・・うるさいな。」
どうやら図星だ。なんて、ぼうずの言動を聞けば分かる事なんだけどな。
と、倒れた奴は再び起き上がって、バイクを捨てて走り出した。
「くうう、しぶとい奴。さっきの奴は一撃で気絶してたってのに。」
そう、今こうやって二人してバイクの方を追っかけてるのは、
犯人の片方が最初の一撃で終わってしまったからだ。
もちろん復活されると困るので、走り際にすれ違った人に、取り押さえておく様素早く告げておく。
まあ、しばらくすれば足の遅い連中が追いついてくるとは思うけどな。
「さっきの奴よりは遅いな。打たれ強いけど運動能力は劣る、って感じか?」
「よ、よくそんなの分かるな・・・。ふう、ふう。」
「まあな。それよりぼうず、息が切れ出してないか?」
「そりゃあずっと連続で走りっぱなしじゃないか。息も切れるって。」
ずっとったって、そんなに大した距離は走ってねーはずだが。
「なっさけねーな。それでも試練を受けてる身かよ。」
「そうは、いっても、ふう、疲れるのは、疲れるんだよ。」
「しかしだなあ・・・。」
そうこう言っている間に少しずつ離され出した。ぼうずが遅い所為か?
いや、あいつの早さが衰えないからかもな。ずっと同じペースだし。
「ぼうず、もちっと頑張れって。」
「そんな事言ったって・・・あっ!」
ずでん!
何かに足を取られたのか、勢いよくぼうずはこけてしまった。
かー、なにやってんだ!!
「こ、虎賁、俺に構わず先に・・・」
「当たり前だ!!」
倒れているぼうずを尻目に犯人を追いつづける。
きつく言っちまったかもしれないが、ここで逃がしてしまっては何の為に追いかけたんだかわかりゃしない。
単独になってからめいっぱいスピードを上げる。
しかし向こうも負けていない様だ。更にスピードを上げやがった。
「こうなったら持久戦だな。」
口でわざと呟きながら、おいらはひょいっと捨てられてる空き缶を手に取った。
(正確には横切った自販機の上に置かれてあった)
一定の距離を保ちつつ追いかける。そして缶を投げる態勢を取る。
奴はそんなおいらの動作に気づいていない様で、ただ前を向いたまま走るのみだった。
よーし、今だ!
ヒュンッ!
一風変わった投法で缶を投げる。なんと回転がかかって・・・ってまあ、解説は抜きだ。
ぎゅるんぎゅるんと飛んで行くそれはだんだんと奴に近付き・・・
ズゴン!!
「ぐはっ!」
見事ヒット!ま、ざっとこんなもんだな。
缶の衝撃を頭にまともに食らって奴の身体が大きくよろめく。
そこで素早く追いつき、強烈な体当たりをぶちかましてやった。
ズデーン!
地面にとうとう崩れ落ちる。身体の上にがしっと乗っかってやっておいらは叫んだ。
「おーい誰か!こいつはひったくり犯だ!!押さえるの手伝ってくれ〜!!」
それを聞いてしばらくの後に、遠巻きに見ていた何人かが慌てて駆け寄ってきた。
あっという間に数人に押さえこまれて、じたばたも出来ない様になったひったくり犯。
「どんなもんだ、参ったかってんだ!!」
高らかに勝ちを宣言。見物客が大勢集まっている。
そこへ、被害者の女性がやってきた。もちろん他の連中と一緒。
ついでにといっちゃあなんだが、もう一人の犯人も同時に連れられてきた。
ひったくり犯が大事そうに抱えていたバッグを取って、女性にほいっと渡してやる。
「ありがとうございました、取り返してくれて・・・。」
「いやいや。」
いやいや、なんて遠慮がちに返事してしまったもののいい気分だ。
いい事をしたっていう事とか、悪人をとっつかまえたって事とか。
街の人の話によると、最近現れた二人組の窃盗犯で、結構被害を受けた人は居るらしい。
ま、それも今日限りだ。おいらが大きくなってる時に事を犯したのが運のつきだったな。
「おーい、こほーん!」
「おっ?」
声がしたかと思ったら、ぼうずが駆け足でやって来た。
ふふん、一足遅かった様だな。
「残念だったなぼうず。もう犯人は捕まえたよ。」
「知ってる。それよりもう帰ろうぜ、時間も遅いし。」
言われて空を見ると、確かに夕方に近い様に赤かった。
追いかけている間に結構な時間が経ったみたいだな。
「・・・まあいっか、後で色々聞こう。それじゃあな!」
大勢の人に手を振ってその場を立ち去ろうとする。と、女性が呼び止めてきた。
「あの!お礼がまだ!」
「そんなのいいって。今度はひったくられないようにな〜。」
「なっ・・・!」
妙にちゃかした言葉を告げて、おいらは走り出した。
慌ててその後をぼうずが付いて来る。もちろん他の人に追いつかれないように。
そして二人で七梨家に向かって歩き出した。
「ところでぼうず、なんでさっきおいらが犯人を捕まえた事知ってたんだ?」
「そのことなんだけどさ、離珠と軒轅に会ったんだよ。」
「なんだって?」
なるほど、離珠の奴軒轅と一緒に外へ出てたのか。
しっかし何をやって過ごしてたんだろ?あの二人じゃあ特に店に行ったりできないんじゃ。
「あの二人、小学生の兄弟と一緒に遊んでたんだ。楽しんでたみたいだぜ。」
「ええっ!?へええ・・・。」
その小学生、かなり凄いなあ。普通はそんな事考えもしないはずだぜ。
「それでさ、虎賁に会っていったらどうだ?って思ったんだけど、
丁度日も暮れかけてきたし、もう帰るって言ってたから止めにしたんだ。」
「それは正解だと思うぜ。あんな人ごみの中来ても・・・。」
「いや、別の場所で会うって方法もあったような気がする。」
「そっか、ぼうずが一度おいらと合流してその後で。まあしょうがないな。」
おいらとしても小学生と仲良く遊んだっていう離珠と軒轅を見たいって気もしたが、
いろんな事情があったみたいだし、しゃーねー。
「夕飯の時にでもたっぷり訊いてみるか。」
「ところで虎賁。」
「ん?」
「いつまで大きく居られるんだ?」
「へ?・・・あ、そういやそうだよなあ。ずっとこのまんまって訳にもいかねーし。」
けれどキリュウはそういうことに関して何も言わなかったし。
とはいえ、多分今日限りだろうなあ。
「もしかして今日で終わりか?」
「ああ、多分。」
「また大きくしてもらったりは?」
「なんでだ?」
おいらとしてはそういうのもいいかと思ったが、とりあえずは今日で結構楽しめた。
無理にまた大きくしてもらわねーでもいいだろう。
「今日案内しきれなかった場所にまた行こうと思って。」
「あ、なるほど。今日に限って色んな場所が休みだったもんな。」
「そう。だから改めてって事で。」
「そっか、そうだよな。こりゃ楽しみだ。」
これでまた大きくなる楽しみが増えるってもんだ。
「でも、キリュウがそれを拒否したらダメになるけど。」
「大丈夫じゃねーの?もしダメだったらぼうずが頼んでみてくれよ。」
「俺が?けどそれはなあ・・・。」
おっ、なんか渋ってる?しかし選択の余地は無いぜ。
「頼むよ。なんと言っても、ひったくり犯追っかけてる途中に転ぶくらい試練が足りないんだし。」
と、そこでぴくっとぼうずの顔がひきつった。痛い所をつかれたみたいだな。
「そんな事キリュウに言ったら妙に試練が厳しくなるんじゃないか?」
「そりゃそうだろう。そうそう、雪玉を避ける試練、まだ全部やり終えて無いから。」
「はあ!?あれで全部じゃなかったのか!?」
「まだまだとっておきの投げ方があるって事だよ。更に難しいのがな。」
「・・・わかったわかった、拒否されたら俺がしっかり頼んでやるから。」
「さっすが、話が分かるね〜。」
いわゆる脅迫じみたことをしてしまったが、無理にしなくても良かったかな。
ぼうずの性格だったらちゃんと頼みこんでくれそうだし。まあいいや、保険って事で。
「それにしても今日は疲れたな・・・。」
「まあな。思いっきり走ったりもしたし。」
おいらが一番疲れたのはゲーセンだけどな。
「お腹好いたなー。」
「はは、たっぷり食べような、虎賁。」
「もちろんだぜ。」
大きくなっている状態で、初めての皆との食事。
それを楽しみに、おいらはぼうずと一緒に夕暮れの中、歩を進めるのだった。