さて、大きくなって気分も新たに今日が始まる。
おいらはぼうずと出かけるわけだが、尻尾や耳が目立つとぼうずに言われた。
そんなに気になるか?細かい事を気にしてちゃ、大物になれね―ぞ。
しかし、町で目立つのはやっぱり考えもんだ。
というわけでぼうずの部屋で着替えをする事に。
「こんなもんじゃねーか?これなら目立たね―だろ。」
耳は帽子で、尻尾は服の内側に隠した。
「うんそうだな。どっから見ても普通の人。今が冬で良かったな。」
よし、これでやっと出かけられるってもんだぜ。
意気揚々と一階へ下りて行く、リビングに座っていたのは遠藤乎一郎だった。
(ルーアンは大きさを元に戻してもらったようで、ソファーで横になって寝ている。)
「お待たせ、乎一郎。」
とぼうずが呼ぶと、遠藤乎一郎が飛びあがった。
「なんだなんだ。なにをそんなに驚いてるんだ?」
「た、太助くん。それに虎賁くん。」
おいらとぼうずはきょとんとした顔で遠藤乎一郎をを見つめる。
ぼうずが最初に訊いた。
「乎一郎、なにやってたんだ?」
「べ、べつになにも。」
「ふうん、べつにねえ・・・。」
おいらは疑惑のまなざしで見る。呼んだだけで驚くなんて絶対怪しいからな。
しかしぼうずは気にもとめていなかったのか、別の事を訊いた。
「あれ?乎一郎、山野辺とキリュウは?」
「ふ、二人ならキリュウさんの部屋でいろいろするんだって。
絶対に入ってくるなって言ってたよ。」
絶対に入ってくるな?ついついおいらもそっちの方に興味がいってしまい、
さっきの疑惑のまなざしをやめた。
「そうか。不良ね―ちゃんとキリュウだから、さぞかしすごい事をするんだろうなあ・・・。」
「山野辺の報酬ってのが気になるところだよな。」
それにしても待てよ、自分達のやるべき事をやったあとはほったらかしか?
おいらの、かっこいいこの姿をもっと見ようとは思わなかったのかねえ。
なんとなく腹が立っていると、月天様の声が聞こえてきた。
「みなさーん、着替えが終わりました。」
おっ、そうか。離珠はどんな姿を見せるのかな?
「さあ、見に行こうよ。離珠ちゃんどんな姿なのかなあ。」
と、遠藤乎一郎が立ちあがった。そしてリビングを一番に出て行く
おいらとぼうずも顔を見合わせてそれに続いた。
月天様の部屋の前に、月天様と離珠が立っている。
へえ、洋服か。スカートはいた離珠なんて初めて見たぞ。
3人でさっそく感想を言う。
「似合ってるよ、離珠ちゃん。」
「いつもとぜんぜん違うな。馬子にも衣装ってか。」
「あれ?それってシャオと初めて買い物に行った時の・・・。なかなかしゃれたことするな。」
なんだって?ぼうずの初めてのデートの時の服だって?。
多分離珠のやつ、知っててそれにしたんだろうな。確かにしゃれてるなあ。
おいら達を見て、月天様が不思議そうな顔で尋ねた。
「あら?翔子さんとキリュウさんはどうしたんですか?」
「部屋に閉じこもってなんかしてるよ。誰も入って来るなってさ。」
そうなんだよなあ、おいらのこのかっこいい姿も見ずに・・・。
離珠を見てみると、同じ理由でなんか熱くなっているみたいだな。
おまえは昼に会えるからまだいいじゃね―か。おいらは夕方まで居ないんだからな。
「それじゃ、太助様、お買い物に行ってきますね。本当に昼食はいらないんですか?」
「ああ、虎賁と外で食べるよ。」
「そうですか。じゃあ離珠出かけましょ。」
手を振る離珠にこちらも手を振って返した。
いつまでもいきり立っててもしょうがないし、月天様と買い物を楽しんでこいよ!
「行ってらっしゃい、シャオ、離珠。」
2人を見送った後、おいらとぼうずは遠藤乎一郎に言った。
「さあてと、それじゃおいら達も出かけるから。」
「乎一郎、頑張れよ。」
わざわざ一緒に出掛けなかったのは、あの二人をきちんと見送る為。
ちゃんとおいらとぼうずで相談してたんだから。
「うん、じゃあね。」
と、遠藤乎一郎に見送られ、七梨家を後にした。
「さあて、まずはどこへ行こうか。」
「ぼうずに任せるよ。いっちょ面白いところ頼むぜ。」
「そうか、じゃあ・・・どこにしよう?」
そこでおいらはこけそうになった。
おいおい、しっかりしてくれなきゃ困るじゃね―か。
「とりあえず学校に行ってみようか。」
「あ、ああ・・・。」
なんで学校なんだ?第一今日は休みのはずだろーが。
心の中でぶつぶつ文句を言っていると、何所からか飛んで来たボールに“ごん”と当たった。
「いって―!誰だよ!」
おいらの叫び声の後、ぼうずがボールを拾いに行ったかと思うと、飛んで来た方向を指差した。
「あっちの方に空き地が確かあったんだ。そこからじゃないかな。」
こんな真冬に、しかもあんな大雪の後に野球なんてやってんのか?
やるのは勝手だが、おいらにボールをぶつけるとはいい度胸してるじゃね―か。
ここは一つ、がつんと言ってやらね―とな。
「ぼうず、その空き地に案内してくれよ。学校なんてどうでもいいから。」
「そうか?まあボールも返さないとな。」
その空き地に向かって歩いていると、向こうから青いユニフォームに身をつつんだ子供がやって来た。
「あ、すいません。こっちにボールが飛んできませんでしたか?」
「ボールってこれ?」
ぼうずがそれを見せると、そいつの目がぱあっと輝いた。
「よかった、ありがとうございます!」
急いで帰って行こうとするそいつを、おいらは呼びとめた。
「なあ、試合やってるんなら見学してっていいか?おいら達暇なんだ。」
「え?ええ、どうぞ。でも、見ても多分面白くありませんよ。」
そいつの言っていることがよく分からず、ぼうずと顔を見合わせる。
とにかくそいつに付いて、空き地に行くことになった。
到着した空き地は結構広く、野球は十分できる。地面もそんなにどろどろじゃなかった。
へえ、それなりにしやすいように整備したのかな。
「おそい!やい、外野さんよお、こっちはとっくにホームを回ってるんだぜ。
もちっと早く戻ってきてもらいたい文だなあ。」
「あれえ?見物客なんか連れてきたの?よっぽど物好きだねえ。
こんな一方的な試合を見に来るなんて。」
こいつとは違う、赤いユニフォームを着た、つまり敵チームだな。
そいつらが大声で文句を言ってきた。そして笑う。
「失礼なやつらだなあ。物好きとはなんだよ・・・。」
ぼうずと一緒に青チームのベンチに座る。その時に得点経過を見て驚いた。
いっかいおもてから11,12,13・・・と、点を入れられている。
ちなみにこっちの得点は0。今は六回表だったらしい。
つまり、いま81−0ってことだ。
「なるほど、こりゃ確かに一方的な試合だ。」
ぽつりと呟くと、おいら達を連れてきたやつが言った。
「だから見てもつまらないって言ったでしょ。
僕達には全然点が入れられない。今までノーヒットノーランですから。
得点経過を見れば分かるように、あいつらはてきとーに遊んでいるんです。
わざと一点ずつ増えるように・・・。」
しばらく座ったまま見ていると、相手側の攻撃が終わったようだ。
守備を終えた連中が、いや、終えさせられた連中がぞろぞろと帰って来る。
相手側がわざと三振したらしい。うんうん、確かに遊ばれてるな。
ここで気になった事があったので、傍に座っていたやつに聞いてみた。
「なあ、なんでこんな一方的な試合なんてやってんだ?」
するとそいつは深いため息をついて答えた。
「練習試合につき合わされてるんです。
僕達の学校の野球部はあまりにも弱いもんだから、いつ廃部になってもおかしくない。
でも、相手の赤チームが説得してくれてるんです。
もちろんこんなストレス発散のためだなんて、先生達は思っちゃいないけど・・・。」
そいつが言いおわったところで、別のやつが言う。
「一応僕らは野球ができるから嬉しいんだけど、全然勝てないのが悔しくて・・・。」
更に別のやつが言ってきた。
「そうそう、全力でぶつかっても勝てない。
それにこのチームに勝たないと他のチームと試合をさせてくれないんです。」
そのうちに何人もが集まってきて口々に喋り出した。
やれやれ、これじゃあ愚痴を聞きに来たようなもんじゃね―か。
でもこいつら自体は投げやりでやってるって訳じゃないんだな、結構結構。
感心して腕組みをしていると、ぼうずが横からささやいてきた。
「なあ虎賁・・・」
とそこで、おいらは手を上げて止める。
「皆まで言わなくていいぜ。せっかくだからおいらがコーチしてこいつらを勝たせてやるよ。」
そしておいらは立ちあがる。
「なんだ、その気になってんのか。じゃあいいや、頑張ってこいよ。」
「ああ、任せとけって。」
早速バッターボックスの方へ向かおうとしたら、チームの一人に呼びとめられた。
「あの、コーチってあなたがですか?」
「ああそうだよ。おいら以外誰がいるってんだ。」
「でも、コーチがついたくらいで勝てるような相手じゃ・・・」
「うるせーな、黙ってみてろよ。あ、そうそう、
別にコーチがついたからって反則負けにはならね―よな?」
そいつはこくりと頷いたかと思うと、相手側に大声で告げた。
「すいませ―ん!!この人がうちのチームのコーチをやってくれる、
って言うんですが、構いませんよね!!」
相手側はおいらをちらりと見たかと思うと皆で笑い出し、
「ああ、別にいいぜ―。」
と、てきとーに答えた。
よーし、てめーらの根性、よおく分かった。
おいらが完膚なきまでに叩きのめしてやるからな!
ざわつくベンチの奴らを尻目に、バッターボックスへと近づく。
といっても少し遠くから見てるだけ。立っていたやつはあっさり三振になっちまった。
「ふむふむ、あの程度のボールならちょろいな。おい、次のやつ!」
「え?ぼ、ぼくですか?」
偶然にも次の打者は、おいら達を案内したやつだった。そいつにこっそりと耳打ちする。
「いいか、初級で自分の肩の高さで力いっぱい振れ。
タイミングは相手が投げてからすぐだ。わかったか?」
「え、ええ。なんでそんな・・・。」
「いいから言う通りにやってみろって。」
そいつの背中をどんと押す。よろめきながらもそいつはバッターボックスに立った。
「おいおまえ、コーチに何言われたんだ?次も頑張って三振しろってか?あはははは。」
キャッチャーのやつが大声でそんな事を言ってやがる。
けっ、余裕で居られんのも今のうちだぜ。
そいつは半信半疑ながらもバットを構えた。ピッチャーが投げる。そして・・・
『カキーン!!』
と勢いよく音がしたかと思うとボールは外野のほうへ飛んで行った。
しかしアウトじゃあない。センターとレフトの間に落ちたんだからな。
ピッチャーもキャッチャーも、そして打ったやつもなんだか呆然としていた。
まったく、何やってんだ。
「おいこら!早く走れよ!!」
おいらが叫ぶと、慌ててそいつは走り出した。
本当なら二塁打は行くはずだったんだけど、ただの一塁打に終わった。
まあいいか。このチームの初ヒットだしな。
「ま、まぐれだ。まぐれにきまってる!」
ピッチャーのやつがそう叫んだ。
はいはい、別にそれで良いよ。まぐれを100回続かせてやらあ。
それぞれ、バッターボックスに立つ前においらがきっちりアドバイス。
たまにおいらが見た事のない球とかで打ち取られていたものの、それなりに対処。
中には、塁に出てからミスるやつとかも居たけど・・・。
そして、なんとこの一回の攻撃で40点をかえすに至った。
ま、こんなもんか。次で100点入れりゃあ大丈夫だろう。
「よーし、みんな。守りもきっちり、0点におさえよ―ぜ!」
『お、おー!!』
おいらの気合の入った声に、みんなが力いっぱい声を上げる。
うんうん、これなら守りも大丈夫そうだな。
守備位置に着く前に、それぞれに細かくアドバイス。
もちろんピッチャーには念入りに言っておいた。打たれずに済むのが一番だからな。
「くっそー、こうなったらこの回にもっと点を入れてやるぜー!」
相手側のバッターがいきりたってこんな事を言ってやがった。
無理無理、おいらが居る限り一点だって入らないさ。
そして結果は・・・三振。おいらの言う事を忠実に守って投げていたな。感心感心。
次々とバッターを三振にうちとるピッチャー。(といってもそんなに次々と出てくるもんでもないが)
結果として三者三振。当然得点は0。よし、よくやった。
信じられないといった顔で戻ってくる青チーム。集まったところでもう一度言った。
「この回の目標は100点だ!気合入れていけよ―!」
『は、はいっ!!』
ますます驚きの顔だな。
例によっておいらのアドバイスと共に立つバッター。
調子をつかんだのか、次々とホームランだのを打ち出した。
はっはっは、どんなもんだ。おいらにかかればこのくらい。
得意になっていると、ぼうずが後ろから肩を叩いてきた。
「ぼうず、どうしたんだ?」
「このくらいでおいといてさ、別のところ行かないか?もういいかげんやっただろう?」
「ええ―?これからがおもしろ・・・いや、もういいか。」
得点を改めて見てみると、なんと181−81。つまり100点差を付けたって訳だ。
いくら下手でもこの点差をひっくり返されることはないだろう。
「おーい、おいらはもう行くからな。後はおまえらだけで頑張れよ―。」
「はいっ!」
一人がそれに答えた直後、全員でお辞儀してきた。
『ありがとうございました!!』
しっかし元気だよなあ。普通こんなにむちゃくちゃな試合してると疲れでへばるもんだけど。
まあ、疲れも忘れるほど好きなんだろうな。好きならいいことだ。
そしてぼうずと一緒に手を振ってその空き地を後にした。
「それにしてもすげ―よな、虎賁は。あんなチームを勝たせちゃうんだから。」
「まあな。球技の星神となりゃああれくらいちょろいちょろい。」
誉めるぼうずに、得意な顔になって歩く。
まてよ、こうなったらいろんなスポーツ会場を回ってコーチしまくるってのも面白いかも。
うんそうしよう。早速ぼうずに・・・。
「なあ、ぼうず。」
「うん?なんだ、虎賁」
「他にいろいろ球技の試合やってる場所へ行こうぜ。
こうなったらおいらがコーチしたチームを全部勝たせてやるぜ。」
するとぼうずはあきれた顔でおいらを見た。
なんだよ、何か文句でもあるのか?
「あのさあ、無理にそんな事しなくても。
それにそういう事なら普段の大きさでもできるじゃないか。
せっかく大きくなったんだからそれを生かせるような場所へ行こうぜ。」
なるほど、ぼうずの言うことももっともだな・・・。
「分かった。それじゃあ何所へ連れてってくれるんだ?」
「そうだな・・・どこへ行こう・・・。」
「あのな・・・。」
そういやあ、朝家を出るときもこんな調子だったな。
おいらと出かようってんなら、いろいろ下調べをしといて欲しいもんだ。
「なあぼうず、やっぱりコーチしに行こうぜ。」
「でもなあ・・・まてよ。虎賁、コーチじゃなくて自分が実際やってみろよ。
スポーツジムとかでさ。」
「自分で実際に?なるほど、こりゃあ確かに大きくないと出来ね―な。」
「だろう?それじゃあ早速行こうか。」
少し納得したおいらを引っ張って行くぼうず。
ひょっとしてさっき調子に乗りすぎたからこんな事言ってんのかな。
確かに、おいらがコーチするとゲームバランスが崩れちまうからな。
しょーがね―な。ここはぼうずにおとなしく従ってやるか。
そしてその目的地に到着。しかし・・・。
「休みだって―?どうしよう・・・。」
なんとそのジムは開いていなかった。ぼうずが残念そうに肩を落とす。
「どうしようか、これから・・・。」
気落ちした顔で聞いてくるぼうず。
さっきまでのおいらなら、ここで“やっぱりコーチに行こう”とか言い出す。
しかし、今はそんな気分じゃなかった。途中に面白いもんが目に入ったからな。
「ぼうず、ここに来る途中にゲーセンがあったよな。そこへ行こうぜ。」
「ゲーセン?」
「ああ。いちどやってみたかったんだ。な、いいだろ。」
「そりゃあ、別に構わないけど・・・。」
口ではそう言っているものの、ぼうずの目はなんとなく疑問があるようだ。
「どうしたんだよ。何か気に入らないことでも?」
「いや、ゲーセンなんてよく知ってるなあって・・・。」
くっだらねえなあ。そんな事いちいち気にしてんじゃね―って。
「いいから早く行こうぜ。ほら。」
「あ、ああ。」
今度はおいらがぼうずを引っ張って行くかたちになった。
途中で開いているのを見たんだから、休みなんていうオチは存在しない。
来た道を引き返し、そのゲーセンに辿り着いた。
ぼうずと一緒に笑顔で頷きあって中へ入る。
そこはゲーセン特有の様々なゲームの音が入り混じった異空間だった。
「へえ、これがゲーセンかあ・・・。」
「虎賁。やりたいって言った割には初めてなんだな。」
「だって普通こんな所に来る用事が無いし。」
「ま、それもそうか。俺もあんまり来ないしな。」
少し笑い合っててきとーにゲームを探す。
しばらくしてぼうずが野球ゲームを指差した。
「虎賁、これやろうぜ。」
「あのなあ、こんなとこに来てまでスポーツなんてしたくね―よ。
もうちょっと違う種類のにしようぜ。」
「そうか。それじゃあ・・・。」
今度ぼうずが指差したのは格闘ゲーム。
なるほど、有名なやつだな。
「これならどうだ?」
「よっし、やろうぜ・・・と思ったけど向こう側に誰か居るな。」
対戦式のそれは、自分で相手側を負かさないと自分一人でゲームが出来ない仕組みだ。
当然ぼうずとおいらがやるからには、いまやっている奴を倒さねばならない。
「結構強い人みたいだな。見ろよ、兆戦者十人抜きしてるぜ。」
「なるほどなあ。でもこのゲームはここしかないんだな・・・。
こうなったら他のゲームで腕を磨いてここに挑戦するしかね―な。」
するとぼうずは“・・・”という顔でおいらを見た。
「そんなんで勝てるようなゲームじゃないと思うんだけど。」
「大丈夫大丈夫。どの格闘ゲームも操作は似たようなもんだろ?
どーせおいらが勝つ未来は見えてるんだから。」
「どんな未来だよ、それは・・・。」
あきれながらもおいらに連れ添ってぼうずは移動。
そして丁度空いているゲーム機の前に座り込んだ
「これなら大丈夫そうだな。さっきのゲームの一つ前、だよ。」
「よくわかんないけど同じってことだろ。よーし、やろうぜ!」
ぼうずがコインを入れて張りきってゲームスタート。
もちろんおいらは格闘ゲームなんて初めてだから戸惑いまくっていたけど。
「え―と、これがパンチで、この技はこういう操作で・・・ややこしいゲームだな。」
ぶつくさ文句を言いながら操作していると、ぼうずがいきなり攻撃してきた。
慌ててかわそうとするも、ガードも出来ず連続技を食らう。
あっという間に体力が半分になってしまった。
「ちょ、ちょっと待てって。人が操作を覚えている時に。」
「そんなもんゲーム始める前にやっとけよ。なんでゲーム中に・・・。」
「習うより慣れろ、だよ。ああ、だから待てって!」
叫んでいる間に一試合終わってしまいやがった。じろりとぼうずをにらむ。
「あのなあ、初心者のおいらに手加減無しってのはひどくね―か?」
「そんな事いう前に操作くらい覚えろって。
そうだな・・・とりあえず小銭沢山作ってくるから、技の練習でもしてろよ。じゃあな。」
そしてぼうずは席をはずした。くっそー、なんだかなめられてないか?
こうなったらおいらの圧倒的な強さを見せつけてやるぜ!
レバーをガチャガチャと、ぼたんをががっと、とにかく必死に、技を出す練習をする。
おおっ、なれると結構簡単じゃね―か。だから習うより慣れろなんだよ。
ふっふっふ、短時間でパワーアップしたおいらの実力を思い知れよ。
不敵に笑みを浮かべていると、ちゃらちゃらと小銭を持ってぼうずが帰ってきた。
「どうだ、虎賁。少しは慣れたか?」
「ぼうず、そうやって余裕で居られるのも今のうちだぜ。」
「はあ?まあいいや、そんじゃあもう一回やろうぜ。」
ぼうずが隣の席に座る。ふっ、覚悟しろよ。
コインを入れて、操作するキャラを選んでゲームスタート!
「ふっふっふ、いくぜ!」
「おおっ!?」
先程の特訓(?)の成果が見事あらわれた。
次々とぼうずのキャラにヒットする連続攻撃。あっという間においらの一勝となった。
「へへ―、どんなもんだい。」
「やるな・・・。くそっ、こうなったら奥の手を・・・。」
なんなんだ?奥の手って。
まあいいや、そんなもんを使わせる前においらがのしてやる。
再びゲーム開始。すると開始直後にぼうずが技を繰り出しながら叫んだ。
「来々、軒轅!」
「な、なにー!?」
あっけに取られている間に連続技がヒット。たちまちおいらの体力が削られた。
「軒轅って・・・。ぼうず、奥の手ってこれか?」
「そうだよ。これを言いながらだと不思議と技が決まるんだ。
もちろん離珠や瓠瓜、羽林軍とか。虎賁は、今は虎賁が相手だから使えないけど。」
「なるほどな・・・。」
してやられたな。確かに奥の手って感じがするな・・・。
しかし離珠とか瓠瓜に戦闘をやらせてんじゃね―って。
車騎とか天陰とか北斗七星とか・・・ってやってる場合じゃね―!
慌てておいらは態勢を立て直した。しかし、
「来々、八穀!」
というぼうずの声に再び崩れる。
八穀だあー!?食材集め係に戦闘なんかやらせるなって!
結局それでペースを崩されたおいらは敗れてしまった。
なんだか情けないな。おいらは八穀に負けたのか?それってあんまりじゃねーか。
「どうした、虎賁。もう一回やろうぜ。」
「お、おう!今度は負けね―からな!」
コインが入れられ、再び熱き試合が始まる。
「来々、車騎!」
いきなり飛び道具攻撃か!
「くっ、こんなのくらってたまるかよ!」
すんでのところで相手の攻撃をかわす。しかし完全にぼうずのペースだ。
“来々、瓠瓜!”とか“来々、女御!”とかいう声に(だから女御に戦闘なんかやらすなって)、
何度もこちらのペースを崩され、あっという間に連続技を受ける羽目になってしまう。
結局今回もぼうずの圧勝に終わってしまった。
「はは、どんなもんだい。俺にはシャオがついてるんだ。」
「あのな・・・。」
変なところで威張ってやがる。
しっかし悔しいな、なんとかぼうずに勝つ方法は・・・そうだ!
「おいらもちょっと奥の手を考えてみた。もう一度勝負だ!」
「虎賁も?・・・よし、受けて立つぜ!」
そして始められる試合。開始直後、おいらはいきなり叫びながら技を繰り出した。
「来々、南極寿星!」
「げげっ!?」
ぼうずの調子ががたんと崩れた。よっしゃー、効果抜群だぜー!
逃げる隙を与えずに連続技を決めつづける。あっという間に一勝した。
「へへ、どんなもんだい。」
「くっそー、まさかあのじーさんとは・・・。けど、同じ手は二度と食わないぞ!」
へへん、そう言うだろうと思って、第二段も用意してあるぜ♪
試合開始が告げられる。そして・・・。
「来々、離珠!」
おいおい、いきなり離珠かよ。
しかしおいらも負けてらんね―。奥の手第二段発動だ!
「陽天心召来!」
「うをっ!?」
予想通りぼうずのペースが乱れた。チャンスとばかりに技を叩きこむ。
「く、負けてたまるか。来々、北斗七星!」
「おおっ!?くそう、万象大乱!」
次々と技を繰り出しながら、次々と叫び出すおいら達。
とまあこんな調子だから、周りからはかなり異様な光景だったろうな。
知らない間に20試合はやったみたいで、手は震え、声はがらがらだった。
「こ、このへんでやめようか・・・。ごほごほ。」
「そうだな。やりすぎちまったよな。げほげほ、・・・ううー。」
そしておいらとぼうずはそこから立ちあがった。
いい運動、とは呼べないが、思う存分やりまくったので満足できたな。
店を出るまえに、対戦型のあのゲームが目に入ったが・・・。
「やるのか?虎賁・・・。」
「いや、もういいよ・・・。」
さすがにこれ以上やると倒れそうだかんな。力なく遠慮して、店を出た。
外に出たところで、大きく伸びをする。
「う〜ん・・・。ふう、やりすぎは良くね〜ってことが十分わかったよ。」
「根を詰めすぎるとな、おもいっきり疲れるのさ。
さあてと、次はどこへ行こうか。」
ぼうずの問いかけに腕組みをして考え込む。
運動しなくて済むようなところが良いな。これ以上疲れちまうと・・・
「きゃー!!」
突然誰かの悲鳴が聞こえてきた。ぼうずと同時に慌ててその方向を見る。
おいら達が見たのは、悲鳴を上げた女性が何者かにバッグを盗られたところだった。
「誰か捕まえてー、ひったくりよー!!」
そのひったくりはなんとバイクに乗っていた。後ろから不意に奪ったんだろうな。
女性が追いかけようとするも、ハイヒールを履いてたんじゃあ追いつけっこない。
ましてや相手はバイクに乗ってやがる。絶対に無理だ。けどな・・・。
「ぼうず、あいつをとっ捕まえるぞ!」
「お、おい、ちょっと待てよ、虎賁!」
ぼうずが止めようとする前に、おいらは走り出した。
球技の星神をなめんじゃね〜よ。バイクだろうがなんだろうがすぐに追いついてや・・・
「うわっ!?」
がくんと腰に来たかと思うと、おいらは道端に真正面から倒れてしまった。
慌てて顔を上げたときには、そいつはすでに遥か向こうを走っていた。
「くっそー、取り逃がし・・・うわっ!」
くやしながらも起き上がろうとしたら、またもやこけてしまった。
みっともねー、なんなんだ?一体・・・。
「おーい、大丈夫か、虎賁。」
後からぼうずがひょこひょこと走ってきた。なんだかとろい。
大丈夫じゃねーっての。犯人を逃がすし、二回もこけるし・・・。
傍にやって来たぼうずに助けてもらいながら、おいらはなんとか立ちあがった。
「無茶すんなって。ついさっきゲームに夢中になって座りっぱなしだったんだから。
いきなり、バイクに追いつけるようなスピードで走れるわけないだろ。」
「あ、なるほど。そういうことか・・・。」
確かに変な姿勢で座りっぱなしだったもんな。伸びをしても腰が少し痛かったし。
原因はゲーセンか。くっそう、情けねえ・・・。
もともとゲーセンに行こうとか言い出したおいらは、自己嫌悪に陥っていた。
別の疲れないようなところへ行っていれば、ひったくり犯を捕まえることが出来たのに。
「あのさ、虎賁。とりあえず昼飯食べないか?結構長い時間ゲーセンに居たから。
もうすぐそれくらいの時間だぜ。」
空を見上げると、確かにそれくらいの位置に太陽がいた。
「ぼうず、こんな事があったすぐ後に、昼食なんか食べる気分じゃないよ。」
「あんまり思いつめると体に悪いぞ。たまたま運が悪かったってことでさ。
そのうち警察とかが捕まえてくれるさ。」
被害者の女性をチラッと見ると、おいら達のいざこざなんて知らないようだった。
近くにいた人達と懸命に何やら話し合っている。
「そうだな。無理においらが捕まえる必要なんて無いんだ。」
「そういう事。それじゃあ飯食いに行こうぜ。何が食べたい?」
「普段食べられないようなものがいいな。」
「結構難しい注文だな。それじゃあとりあえず中華はパスだな。」
なるほどな。普段月天様が作ってるような料理は無理に外で食べる必要は無いだろうな。
待てよ、よくよく考えてみたら月天様が作ってくれた料理に勝てる店なんて無いだろうな。
という事はよほど慎重に選ばないと・・・。
ついにはおいらとぼうず、二人して腕組みして考え始めてしまった。
意外なところでつまずいちまったな。うーん・・・。
「ちょっと君達、そんなところに立っていられたんじゃあ、通行の邪魔じゃないかね?」
不意に誰かから呼びかけられた。二人一緒に振り向くと、
そこに立っていたのはスーツ姿の男性。
「まったく、この忙しい時間にボーっとしてるんじゃないよ。」
むかっ。嫌な奴だなあ。自分一人のものさしで物事を言ってんじゃねーよ。
おいらの腹立たしさとは反対に、ぼうずはぺこっと頭を下げてこう言った。
「丁度良かった。すいませんが、この辺で美味しい店知りませんか?」
「美味しい店?なるほど、昼飯か。これから私が行くところで良ければ付いて来たまえ。
美味しい美味しい中華料理屋だ。」
最初はぱあっと目を輝かせて聞いていたおいらとぼうずだったが、中華と言う言葉にうなだれた。
当然だよな。中華なら月天様の料理を食べた方がいいに決まってる。
「せっかく誘ってくれて悪いけどさ、おいら達は別のところへ行ってみるよ。」
するとその男性は少し顔をむっとさせて言った。
「美味しいと言っているのに・・・私の言葉が信用できないのかね?」
「いや、そうじゃないんです。中華はほぼ毎日食べてますから・・・。」
ぼうずが慌てて弁解したにもかかわらず、男性は詰め寄ってきた。
「だったらなおさら!ぜひ一度あの店の中華を食べてみなさい!
今までの中華がなんと貧弱な物だったのだろう、と考えが変わること間違い無しだ!」
「は、はあ・・・。」
なんでこいつこんなに必死なんだ?“良ければ”とか最初に言ってなかったっけ?
おいらは半分呆れ顔になって見ていたんだけど、
今にもぼうずが連れて行かれそうだったので慌ててそれを止めた。
掴まれた腕を少し振り払って、ぼうずがその男性の方を見る。
「ちょっと待ってくださいって。俺達は遠慮するんですから。」
「そうそう。多分月天様の作った料理に勝てっこな・・・むぐ。」
おいらが言いかけたところでぼうずに口をふさがれた。
「なにすんだよ。」
「何すんだよじゃないだろ。そういう事を言うと・・・。」
二人で小声で話をしていると、両方とも腕をがしっと掴まれた。
「そのなんとかという人が作る中華料理より劣っていると言いたいんだな。
よーし、論より証拠。私が食べに連れてって行ってやる!
もし本当にその人のが美味いと言うんなら代金は私が払う!
どうだ、これで文句は無いだろう。ではいざ!!」
おいら達が反論する間もなく、そいつは勝手に話を進めておいら達を引っ張り出した。
なんなんだ、一体。おいらはもっと別のものが食べたいんだぞ!
反論しようとしたが、ぼうずに顔で説き伏せられた。
なるほどな。こういう奴にはもう何を言っても無駄だって事か・・・。
あーあ、ついてねーなー。結構、外での食事楽しみにしてたのに。
それから引きずられること十数分。目的の店に到着した。
「さあ着いたぞ。ここが超絶品の店だ。」
一言言って引きずって行く。
うっとおしいなあ。一口だけ食べて退散してやろうか・・・。
不機嫌に考え込んでいると、ぼうずがとなりから小声で耳打ちしてきた。
「虎賁、こうなったら一口だけ食べて帰ろうぜ。こんなところで腹を膨れさせても。」
おお、おいらと同じ意見とは。さっすが月天様のご主人様だぜ。
「おいらも今そう思っていたところだよ。気が合うねえ。」
顔を見合わせて笑い合う。しばらくして、席に到着した。
「さあ、何が食べたい?なんでも言ってくれ。」
自慢げに言うそいつに、ぼうずがずばっと尋ねた。
「一番美味しいやつってなんなんですか?」
「一番美味しい・・・なるほど、挑戦的だな。
いいだろう、ふかひれスープ三つ。」
注文した料理を見てみると、なるほど、値段も一番高い。
「・・・なんで一つ4000円もするわけ?」
「それだけ美味しいという事だよ。食べて腰を抜かさないようにな。」
「はあ、そうですか・・・。」
ぼうずと顔を見合わせてため息をつく。
4000円ってほとんどぼったくりじゃねーか。こいつもよく来るよなあ。
しばらく特に話もせずに料理が来るのを待つ。そして注文の品、ふかひれスープがやって来た。
においといい、飾り付けといい、かなりのものだ。しっかしこれが4000円ねえ・・・。
「さあ、食べてみたまえ。」
言うなりそいつはひとくちスープをすすった。
その後に続いて、おいらとぼうずもそれを口にする。
「うーん、美味い。やはり最高だ。ふふ、どうかな?こんな美味しいものは食べたことがあるまい。」
うるさいな。食事中は静かにしろって。
ぼうずをチラッと見ると“ふーん”という程度の顔で頷いている。そして食器を置いた。
おいらも一口食べて食器を置く。(というか、一口だっていう事だからな)
「さあ、感想を聞かせてくれたまえ。」
待ちきれないとばかりにそいつが急かす。
感想も何も・・・。まあ、確かに美味しかった。けどなあ、やっぱり最高って味じゃねーよな。
「まずくは無いです。でも、最高に美味しいとは・・・。
やっぱりシャオが作ってくれたほうが良いなあ・・・。」
考えながらぼうずはこんな事を言いやがった。
あのなあ、月天様がどうとかは言わない方が良かったんじゃね―のか?
チラッと男性を見ると、食器を片手にわなわなと震えている。こりゃやばいか・・・?
「そんなはずがあるか!これより優れた料理を作る奴がいるだと!?
何かの間違いだ!さあ、訂正したまえ!」
いきなりがたっと立ちあがって叫んできやがった。
それと同時においらとぼうずも立ちあがる
「約束だから料金はあなたが払ってくださいよ。それじゃあ!」
「美味しくないもんは美味しくないの。せいぜいそれが最高の料理だと思いこんでな!」
一言ずつ言い放って、二人一緒に急いで店を飛び出した。
少し走ってそこを離れるも、あいつが追ってくる気配は無い。とある店の前で走るのを止めた。
「ふう、ふう。ぼうず、余計な事は言っちゃいけないんじゃなかったのか?」
「つい口が滑っちゃってさ。でもさあ、それくらい言わないと。」
「ま、確かにそうだよな。」
お互いに顔を見合わせて笑い合う。
それにしても、まさか中華を食わされる羽目になるとは思わなかったなあ。
「結局どうする?昼飯。」
「そうだな・・・ぼうず、この店で食べようぜ。」
「この店?」
一緒になって、今おいら達が前に居る店を見上げる。
そこはなんとも古ぼけた店で、ラーメン屋だった。
「ラーメンなんてありきたりな・・・。まあいっか、あんまり家じゃあラーメンは食べないし。」
「よっし、決定だな。早く食べようぜ。」
元気良く店の中に入ると、中はがら―んとして、客がぽつんと居るばかり。
なんだ?はやってない店なのか?
「いらっしゃい。なんにします?」
奥からのそっと人が出てきた。人のよさそうなおっちゃんだった。
ぼうずと一緒に適当な所に座って、品物を注文する。
「チャーシュー麺(大)二つ!」
「はい、しばらくお待ちください。」
おっちゃんが奥に消えて行ったところで、ぼうずがおいらを突つく。
「虎賁、俺の希望も聞かずにいきなり注文するなって。」
「まあいいじゃねーか。ぼうずも走ったりして腹減ってるだろ。
遠慮しないでどーんと食えって。」
「金だすの俺なんだけど・・・。まあいいけどね。」
金ぇ?みみっちいやつだな。そんな細かい事気にしてんじゃね―って。
「4000円のふかひれスープの料金払うよりいいだろ。」
「うっ、そりゃまあ確かに。」
「だろう?だったら細かい事は言いっこなし!」
「はいはい、分かったよ。」
てきとーにぼうずは納得し、チャーシュー麺が二つやって来た。
「おまちどおさま。ごゆっくり。」
注文の品を置くと、おっちゃんは再び奥へ姿を消した。
それにしてもなんか落ち着いてるっていうか、丁寧過ぎるっていうか・・・。
「どうしたんだ?虎賁。食べないのか?」
「あ、ああ、食べるって。いただきまーす!」
食べようと思った瞬間、おいらははっと思った。
「普通に食べていいのかな・・・。」
ラーメンなんてめったに食べるもんじゃないから、おいらは少し戸惑っていた。
「自然に食べろよ。ずずずーってさ。あんまり食べ方なんて気にするなって。」
そう言ってぼうずは食べ始めた。しばらくの間ぼうずの食べる様子を見る。
ふんふん、なるほど。箸で麺をつかんで。ほおー・・・。
見よう見真似という感じでラーメンを食べ始める。
へえ、結構面白い食べ物だな。それになかなかうまいじゃね―か。
ずずずー、という音を立てて、あっという間に食べきった。
「ふー、美味しかった。ご馳走様。」
「ほんと美味いよな。さっきのふかひれスープより美味しかったんじゃないか?」
「ははは、そりゃいいや。」
食べおわって笑い合うおいら達。すると、中に居た他の客の一人がおいら達に近づいてきた。
「ふかひれスープって、この向こうにある中華料理屋のふかひれスープの事かい?」
いきなりたずねられて戸惑ったおいら達だったが、こくりと頷いた。
「そうか。・・・済まないが少し話を聞いてくれないか?」
その客はおいら達の横の席にどっかと腰を下ろす。
済まないと言いつつも話す気満々だな。まあいいや、聞いてやろうじゃないか。
ぼうずと顔を見合わせてその客の方に顔を向けると、そいつはゆっくりと話し始めた。