小説「まもって守護月天!」
(虎賁の大きくなろう大作戦)


『第3日目(午前)その1』

「シャオ、おかわり。」
「はい、太助様ちょっと待っててくださいね。」
月天様はそう言うと、大盛りのご飯が入った茶碗をぼうずに手渡した。
「たー様ったら朝からよくそんなに食べるわねえ。ルーアンもたじたじよ。」
「なんせ今日はすごい試練が待ってるからな。腹が減っては戦はできないって言うし。」
「うむ、良い心がけだ。これなら試練のやりがいがあるというもの。なあ、虎賁殿。」
「ああ、こりゃ楽しみだぜ。」
おいら達は朝食の真っ最中だ。
昨日と同じく、とんでもない方法で起きたキリュウとキッチンに行くと、月天様がはりきって朝食を作っていた。
「おはようございますキリュウさん。虎賁もおはよう。今日は頑張ってね。」
「おはようございます、月天様。もちろん、はりきってやりますぜ!」
あいさつ混じりに言葉を交わしていると、ぼうずとルーアンもキッチンに来た。目を見ると、やる気満万だった。
そんなわけで、朝食からみんなはりきっているんだ。
「ちょっと、たー様ずるーい。それあたしが食べようと思ってたのに。」
「ルーアン殿、そう言いながら私の皿のものに手を出すのはやめてくれ。」
「虎賁、離珠。そんなにあわてて食べなくてもあなた達の分はあるわよ。ゆっくり食べなさい。」
「こら、ルーアン。それは俺が取ったやつなのに・・・。」
なんともにぎやかな朝食だ。そうこうしているうちに料理が無くなった。終わってみると早いもんだ。
「ごちそう様。さーて、準備運動でもしてくるか。」
そう言うと、ぼうずは2階へと上がっていった。なにすんだ?一体。
その直後に呼び鈴が鳴る。あわててぼうずが下りてきた。なにやってんだか、まったく。
「はーい、どちら様。」
「おっはよー!!」
「お、山野辺、一番乗りじゃねーか。はりきってんなあ。」
「あったりまえだろー。こんな面白いイベントを逃してたまるかってんだ。それに・・・」
おいらの方を見てウインクする。なんだ?そんなにとっておきの投げ方が楽しみなのか?
「それに・・・、なんだ?」
「いやいや、こっちのこと。それじゃおじゃましまーす。」
家の中に上がって、リビングに入った不良ねーちゃんに、月天様がキッチンから顔を出してあいさつする。
「翔子さん、おはようございます。」
「おはよう、シャオ。キリュウも離珠もおはよう。」
「おはよう、翔子殿。」
(おはようでし。)
離珠はおじぎをするだけ。まあしょうがないけど。
「さて、あとは野村殿だな。」
「そういや投げ方の伝授はすぐにできるのか?あんまり手間取ってると、試練が今日中に終わらないんじゃ。」
「大丈夫だよ。おいらがやさしくコーチしてやるから。」
「そういうことだ。」
「ふーん、ま、野村を待つとするか。」
リビングで軽く試練会議を開く。ぼうずは2階にいるから内容が聞こえる事はないだろう。
なぜか離珠も加わっているが、問題は無いはずだ。まずキリュウが、キッチンにいる月天様に向かって言う。
「そうだシャオ殿、おそらく今日1日は試練に費やす事になるだろう。
だから昼食と夕食と大人数作ってくれ。頼んだぞ。」
「はい、キリュウさん。」
なるほど、昨日宮内出雲を無理矢理追い返したのはそういう事か。
よく考えりゃ、月天様以外に料理を作れる人なんていないよな・・・。
「虎賁殿、離珠殿がなにか言いたいようだが。」
「え?」
見ると、離珠がたくさんの絵を描いている。しょうがねえ、ここは保護者であるおいらの出番だな。
「ふーむ、なになに、『離珠もみんなと試練の手伝いをして、太助しゃまを鍛えるでし!』だって。」
「離珠がー?何するんだ?」
「それもそうだな。離珠殿、別にそなたに頼む事は何もないが・・・。」
すると、ぶんぶんと首を横に振って、再びお絵かきをはじめた。
「えーと、『離珠自身が雪玉に乗って太助しゃまに向かって飛んでいくでし!』だって。」
「ちょ、ちょっと待った。そんな事やったら大怪我するよ。危ないからやめとけ。」
「そうだぞ離珠殿。無理に手伝ってもらうわけにはいかぬ。」
すると離珠はまたもやお絵描きをはじめた。
「ふむふむ、これは・・・」
「まった虎賁殿。これは私にも分かる。
『離珠もキリュウしゃんに大きくしてもらうのに、手伝わないわけにはいかないでし。』だな。
・・・いつの間にそんな事になっていたのだ?」
あ、そうか。そういやその事をキリュウに言うの忘れてたな。
「あれ、虎賁から聞いたんじゃなかったのか?
昨日あたしが虎賁に電話したときに離珠にバレたとか言ってたから、
多分そんな事じゃないかなって思ってたんだけど。待てよ、あたしの頼みは聞いてるよな?」
「翔子殿の?そんなものは聞いてないぞ。」
「なにー!ちょっと虎賁。どういうことなんだよ、これは。」
「ご、ゴメン。あの後いろいろあって、忘れちまったんだな、うん。」
「忘れたー?まったく、なにやってんだよ。しょうがないな。
実はキリュウ、あたしも大きくしてもらいたいもんがあってさ。
それで虎賁に、キリュウに頼んどいてくれって言っといたんだけど。このざまだ。」
半にらみでおいらを見る。なにもそんな目で見なくても・・・。
「・・・事情はわかったが、・・・まったく、私は便利屋ではないのだぞ。」
キリュウが少しふてくされていると、月天様がリビングに入って来た。
「まあ、翔子さんも大きくしてもらうんですか?
それじゃキリュウさん、私も、大きくして欲しいものと小さくして欲しいものがあるんですが・・・。」
いきなりキリュウに頼み事をする月天様。やれやれだな。
待てよ、ひょっとして月天様、おいらがキリュウに大きくしてもらう事しってんのか?
まさか・・・。ちらりと離珠を見ると、ぺろっと舌を出した。しゃべったなー!
「シャオ殿まで・・・。どうしてこんな事になったのだ・・・。」
キリュウが力なくしゃべると、不良ねーちゃんが言った。
「別にいーじゃん、へるもんじゃなし。」
「ま、まあ、ついでってことでさ。」
おいらも一緒になって説得しようとする。しかし、
「虎賁殿、翔子殿。私の力は主に試練を与えるためにあるもの。そういったことに使うようなものではない!」
キリュウが渇を入れる口調で反発した。うわー、やっぱり怒ると怖いよな。
「ダメなんですか?せっかくゴミが片付くと思ったのに。あ、そうだ。八穀と一緒にお買い物に出かけなきゃ。」
「買い物?シャオ、ひょっとして食料がないってこと?」
「ええ、昨日ほとんど材料使っちゃって、とてもじゃないけど足りないんです。」
「そうか、そりゃ大変だよな。こんな雪が積もってる中出かけて。
そして転んだりなんかして、せっかく買ったものをみーんな川の中に落としたりなんかして。
そんでもって車にひかれそうになったり、地面が凍っているからすっげー危険なんだよな。」
不良ねーちゃんが具体的に説明を入れながら、月天様を気づかう。キリュウはそれを聞くと、
「分かった分かった。しかしシャオ殿だけだ。他のみんなはダメだからな。」
「「(えー、そ、そんなあ。)」」
3人同時に不満の声を上げる。(離珠は顔をゆがめる。)
そのとき、突然リビングのドアが開いた。ルーアンだ。
「あら、こんなところで会議なんて開いてたの、相当すごそうね。」
見ると、手に箱を持っている。
「あ、そうそうキリュウ。いつもみたいにこのお饅頭おっきくしてよ。あたしの朝のおやつにするから。」
そう言うと、ルーアンは箱のふたを開けて饅頭を見せた。
「へ〜え、いつもみたいにかあ。そりゃうらやましいなあ。」
キリュウを見ながら不良ねーちゃんが嫌味気に言う。おいらと離珠も一緒になってキリュウを見る。
「ル、ルーアン殿、それはまたあとで。さ、シャオ殿、早く大きさを変えて欲しいものを見せてくれ。」
「え?ええ・・・。」
あわててキッチンのほうへと向かっていく。さすがの万難地天もかたなしだな。
「・・・なんかあったの?キリュウの様子が変だったけど。」
「別に、ちょっと試練とは何か、って話し合ってたからさ。」
「そうなの?ま、あたしにはどうでもいい事だけど。さっさと饅頭大きくしてもらおうっと。」
そう言ってルーアンもキッチンへと向かっていった。
3人で顔を見合わせると、3人とも笑っていた。
「あははは、これで大きくしてもらうのは決定だな。」
「ああ、よかったよかった。それにしてもあのキリュウの顔見たかよ、なあ離珠。」
(キリュウしゃんにもいろいろあるんでしねー。)
しばらくして、キリュウが月天様と戻ってきた。
「あの・・・さっきのことは・・・その・・・。」
「別に良いよ。気にしてないから。それより、ちゃんと3人とも大きくしてくれよ。」
「う、うむ。わかった。」
気まずい顔でキリュウが座る。万難地天一生の不覚って感じだな。ルーアンにも感謝。
なんだ、立派に慶昂日天やってるじゃねーか。少し見なおしたぜ。
「たかしさん遅いですね。もう8時30分なのに・・・。」
月天様がちらりと言うと、呼び鈴が鳴った。ああ、来た来た。
でもほんと遅いよな。ちゃんと時間通りに来いってんだ。
「はーい、今行きます。」
例によってぼうずが出迎えに行く。すると、
「おっはようございまーす!七梨先輩、今日の雪合戦大会は、
あたしが全力で先輩をサポートしますからね。頑張りましょう!」
このじょーちゃんやっぱ来たのか。
「ま、まあ上がれよ。」
ぼうずがじょーちゃんを中に入れると、リビングにやってきた。
「あ、山野辺先輩もう来てたんですね。キリュウさん、シャオ先輩、おはようございます。

雪合戦、手加減しませんからね。」
勘違いしたまんまだな、やれやれだぜ。
「なんで愛原が来たんだ?」
「やっぱり花織さんもお手伝いするんですね。頑張ってください。」
「だから違うと言うのに、シャオ殿。まあ、野村殿が来なかった場合には手伝ってもらうことにしよう。」
「手伝うって試練をですか?私はやりませんよ。雪合戦大会だからここに来たんです。」
「雪合戦大会だぁー?おいキリュウ、虎賁、どんな説明したんだよ。」
昨日このじょーちゃんの家に行った事を察したようだ。
「試練の説明をしただけだよ。そしたら勝手に勘違いして・・・。」
しばらく話していると、愛原花織がすっとんきょうな声をあげた。
「えー!?今日は七梨先輩の試練をするんですか!?雪合戦はしないんですか!?」
「だからするんだけど、それを七梨を鍛える試練にしようってわけ。人の話はちゃんと聞けよ、愛原。」
「そんな・・・それじゃあたしの計画がパーじゃないですか。」
急に泣きそうな顔になる。それにしても計画ってなんなんだ。どうせくだらねーことだろうけど。
「あのさあ、昨日言ってたように、ぼうずを励ます程度で我慢しといてくれよ。あんまり試練の邪魔はしないようにさ。」
「そうですよね。七梨先輩を励まして、少しでもあたしの思いを伝えるんです。うん、これに決まり。」
今度は急に元気になった。このじょーちゃんて・・・。
「別にそんなの、七梨にはいらねーと思うけど。」
「え?山野辺先輩、何か言いましたか?」
「いや、別に。」
こらこら、寝た子を起こすようなこと言うんじゃねーって。
「それにしても野村殿は遅いな。とっくに時間は過ぎてるのに・・・。」
「野村先輩は多分寝坊してるんですよ。それでなければ、どうせ『シャオ先輩GET計画冬バージョン』
とかいう、おばかさんな計画でも立ててるんじゃないですか。」
「愛原・・・。」
さらりときついこと言いやがるな。こんなんだから、あのルーアンとも互角にやってけるんだろうな。
しばらくして、今日3度目の呼び鈴が鳴った。ふう、やっと来たか。再びぼうずが出迎えた。
「お、たかし。みんな待ってるぞ。」
「わりい太助、寝坊しちまってさ。まあ、夜中にいろいろ考え事してたからなんだけど。」
おおすげー、あのじょーちゃんの言った事が当たっているじゃねーか。やるねえ。
「やれやれ、やっと全員そろったようだな。それでは試練に参加する者は私の部屋へ。
シャオ殿、すまないがリビングで花織殿と離珠殿といてくれ。では行こうか。」
ぼうずを鍛えるのは、キリュウ、おいら、不良ねーちゃん、野村たかしの4人だ。結局離珠は参加できなかったが。
キリュウの部屋に入って、客人2人がまずしゃべった事は、
「へーえ、きれいにしてるなあ。」
「キリュウちゃんてきれい好きなんだね。」
おいらと同じようなこと言ってるな。そんでもってキリュウの顔も赤くなる。
「ふ、ふたりとも、そんな事は別に気にしなくてよいではないか。さて、説明をはじめるぞ。」
「別にそんな事なんて言わなくてもさ、せっかく誉めてんだから・・・。」
「そうそう、俺の部屋とは大違いだぜ。やっぱり女の子の部屋は違うよなあ。」
「い、いや、その・・・。」
あーあ、ますます赤くなっちゃった。時間がかかりそうだな、こりゃ。
しばらくそうしていると、部屋のドアを誰かがノックしてきた。
「キリュウさん、お茶を持ってきたんですけど、開けてもいいですか?」
「おお、この声はシャオちゃん。開けるよ、キリュウちゃん。」
黙ってキリュウがうなずく。ドアを開けると、月天様が入ってきた。
「まあ、キリュウさん、いつも綺麗なお部屋ですね。私も見ならわなくっちゃ。」
さらに赤くなるキリュウ。月天様、余計なこと言っちゃダメですよ。
「それじゃ皆さん、ごゆっくり。試練をはじめるときはまた呼んでくださいね。」
「ああ、お茶ありがとな、シャオ。」
「シャオちゃん、俺のかっこいい姿を期待しててくれよ。」
お茶を置くと、月天様は出ていった。
「さてキリュウ、お茶も来たし、そろそろ試練の話に入ろうか。」
しかしキリュウは真っ赤になってうつむいたままだ。
「・・・なんかそうやってるキリュウちゃんてかわいいよな。普段はすごいクールなのにさ。」
おいおい、いいかげんにしろって、いつまでたっても始まらないじゃねーか。
10分か20分たって、ようやくキリュウが口を開いた。
「さ、さて、し、試練の内容だが、翔子殿と野村殿には、
ゆ、雪球を投げて主殿に当ててもらう。も、もちろん、虎賁殿の投げ方で。
な、難易度を設定して、な、何回かにわけてしようと思う。」
「・・・キリュウ、しゃべり方が変だぞ。大丈夫か?」
「だ、だい、大丈夫だ。」
まーだ照れが抜けてないのか?昨日といい、寒さに弱いのと、照れやすいってのはなおさねーとな。
「キリュウちゃん、キリュウちゃんがそんなんじゃ、俺達安心してできないよ。落ち着いて。」
「う、うむ。」
やっと落ち着いたようだ。改めてキリュウが口を開く。
「難易度は5段階ほどに分けようと思う。
虎賁殿が加わるのが2段階目からで、私が加わるのが4段階目からにしようと思うのだ。」
「虎賁が加わるってのはとっておきの投げ方とやらで投げるってことだよな。
キリュウが加わるってのは、雪玉の大きさを変えたりするってことだな。
すると5段階目は虎賁もキリュウも加わったかたちってこと?」
「そのとおりだ。そして、3段階目、4段階目の後半、5段階目には2人同時に投げてもらう事にする。」
「キリュウちゃん、1段階目は何するの?」
「ウォーミングアップさ。
さすがのぼうずもいきなり変則球を避けられるわけがないから、まずは体を慣らそうってわけ。」
キリュウの代わりにおいらが答える。たまにはしゃべらないとな。
「なるほど、そこまで考えてたんなら上出来だな。そういやキリュウ、速さを変えるってのは大丈夫なのか?」
「心配ないとは思うが。一応昨日実験してみて、物体以外のものでも可能だと言う事が分かった。
速さについてはまだ未確認だがな。」
じっけん?おいらにはまったくそんな記憶はない。
「実験なんていつやったんだ?」
「虎賁殿とルーアン殿の言い争いを止めるのにな。偶然かもしれぬが、うまくいった。」
言い争い?ああ、あのときか・・・、
「えっ!?あれってキリュウが大声で叫んだんじゃなかったの!?」
「私は大声を出すのはあまり好きではないのでな。少し試させてもらった。」
すげーしたたかだな。
「まあとにかく、大丈夫なわけだな。」
「よし、それじゃさっそく投げ方を伝授してもらうとするか。庭に行こうぜ。」
「ああ、そうしようか。」
「それでは私はリビングで待つとしよう。終わったら呼んで・・・」
「キリュウ!」
逃げ腰なキリュウに不良ねーちゃんが渇を入れた。
「あのなあ、一緒に庭に出て、投げ方を見なきゃだめだろ。
そうしないと、『万象大乱』なんてできないぞ。」
「い、いや、多分大丈夫だ。外は寒いし・・・。」
「ダメだよキリュウちゃん。そんな事じゃ太助に試練を与えるなんて無理だぜ。
そうだ、昨日家に来たときのあのカッコをすれば大丈夫だよ。」
「う、うむ。」
しぶしぶながらも部屋を出るキリュウ。
あのなあ、万難地天が寒さに負けてちゃしゃれになんねーっつうの。
「あれ、皆さん。いよいよ試練開始なんですか?」
月天様がリビングから顔を出した。そういや月天様張り切ってるよな。なんでだ?
「いや、とりあえず準備をな。庭は見えないようにカーテンしといてくれよ。」
「分かりましたわ、翔子さん。」
玄関のほうを見ると、昨日の防寒具一式が目に写った。もう乾いているようだ。
「それじゃキリュウ、あたし達は先に庭に出てるから。ちゃんと試練を与えられるカッコでこいよ。」
「うむ、分かった。」
「さあて、それじゃ行こうぜ。」
キリュウを玄関に残し、3人で庭に出る。空を見ると、曇ってはいたが、雪合戦は十分できる天気だ。
「さて、どこでするかな。」
「あそこの花壇から、玄関を対照にして反対側に向かって投げるってのはどうかな。」
「うん、距離的にもちょうど良いな。」
野村たかしの提案にあっさり決まった。
「とりあえずキリュウを待たないとな。」
しばらくして玄関のドアが開く。中からキリュウが出てきたが、
「キ、キリュウか・・・?」
不良ねーちゃんの口がぽかんと開く。ま、無理もねーよな。昨日のあの格好で出てきたんだから。
「それにしてもさ、よくそんなかっこうする気になるよね。俺は半分冗談のつもりで言ったのに。」
野村たかしが笑いながら言う。すると、
「さあ、早く投げ方の伝授をはじめてくれ。私は座って見ているから。」
そう言ってキリュウは、小さくしてあったベンチをリビングの窓の前に置き、それを大きくした。
しっかしあんな格好で雪玉見えんのか?まあいいや。
「さてと、それじゃはじめっぞ。2人ともよーく聞くように。」
「なんか偉そうだな。」
「ま、しょうがねーよ。我慢しようぜ、山野辺。」
小さな雪山の上にのっているおいらの前に、2人はしゃがみこんだ。
「投げ方の種類は全部で5つ!それぞれどんなふうに投げるかというと・・・。」
実際においらが投げるのを見せる。次に2人においらのアドバイスを聞きながら投げてもらう。
ほどなくして伝授が終了した。
「へーえ、2人とも飲みこみが早いな。おいら感心しちゃったよ。」
「ま、当然だな。」
「しかしこれあんまりカッコよくねーよな。シャオちゃん、これ見たらどう思うだろう・・・。」
悪かったな、カッコ悪くて。いちいちそんな事気にしなくてもいーじゃねーか。
「伝授は終わったようだな。私もタイミングはつかんだつもりだ。
それでは試練をはじめようではないか。」
「待てってキリュウ。次は「万象大乱」つきでやってみようぜ。
野村、ちょっと七梨の代わりにそこに立ってくれよ。」
「おれが?まあいっか。」
野村たかしが決められた位置に立つ。
当然ただ避けるだけではつまらないので、ちゃんとロープを張って範囲を設けた。
3メートル四方の正方形だ。
「よーし、いいぞー、山野辺ー。」
「おーし、とりあえず普通に投げるからな。」
「当たり前だ。七梨以外にあんな球避けられるわけねーだろ。」
ぼうずでもありゃ難しいと思うが。キリュウが短天扇をかまえる。
「よーし、第1球!」
不良ねーちゃんが雪球を投げる。
玄関前の辺りで、それが直径2メートルはあろうかと思う、巨大な雪玉に変化した。
「う、うわー!」
野村たかしに直撃して、雪山が出来上がった。
「お、おい、大丈夫か?」
「ぷはー、こりゃすげーや。でもなあ、これ避けるのって無理じゃねーの?」
雪の中から顔を出す。大丈夫のようだ。
「避けるのは七梨だから別に気にしなくていいって。とりあえず大きさ部門は解決だな。よし、次は早さだ。」
雪山の雪を野村たかしが脇へどけると、再び不良ねーちゃんが構えた。
「いくぞー、第2球!」
雪玉が手から離れる。すると、突然スピードが上がり、野村たかしの頭をかすめて、塀に激突した。すげー。
「せ、成功したじゃん。良かったな、キリュウ。」
「よくねーよ!俺、あれに当たってたら絶対気絶してたって!
太助、お前はこんなのを避けなきゃならねーんだな。俺じゃなくてよかった。」
おいらも同感だ。ぼうずには深く同情しなきゃなるまい。
「それじゃ七梨呼んでくるよ。ちょっと待っててくれ。」
不良ねーちゃんが家に入っていった。ちょっとまてよ、なんか違和感あるな。そういや、
「なあキリュウ、ひょっとして『万象大乱』て言わなくても大きくしたりできるんじゃねーの。」
「そうだ。私が心の中で念じれば、短天扇が反応してくれる。しゃべっていたのでは間に合わぬしな。」
「そうだったのか。なんでキリュウちゃん、ずっと黙ったままなのか不思議だったけど、そうか、そういう事か。」
「おーい、連れてきたぜー。」
玄関のドアが開いた。はちまきを締めた気合ばっちりのぼうずが登場。
続いて、月天様、離珠、愛原花織、ルーアンが出てきた。見物客がこんなにいるとは。
「みんな出てきたな。さ、座られよ。」
「はい、ありがとうございます。」
月天様はキリュウの隣に座ったが、不良ねーちゃんと野村たかし以外は固まったままだ。
そりゃキリュウの格好見りゃ、誰だってこうなるよな。
最初に口を開いたのはルーアンだった。
「ちょ、キリュウなの?あんたねえ、いくら寒いからってその格好はないでしょ。」
次に愛原花織が口を開く。
「キリュウさん、それって何かのおまじないなんですか?何か願がかなうとか。」
そんなわけねーだろ。やっぱこのじょーちゃんだけはなんかズレてるよなあ。そしてぼうずが言った。
「その格好でやるのは別にいいけどさ。それ呼一郎のだろ?今度大きなコート買いに行こうぜ、キリュウ用にさ。」
へえ、ちゃんと気の利いたせりふ言うじゃねーか。
「七梨先輩ってやさしーい。そのときはあたしも誘ってくださいね。」
「ちょっと、あんたなんか誘うわけないでしょ。誘うならルーあんよねえ、たー様。」
なんか話がそれ出したな。
「おいおい、そういう話はまた今度しろよ。とりあえず試練はじめるぞ。七梨、野村のいるところに立ってくれ。
いいか、その範囲内で雪玉避けるんだぞ。
不良ねーちゃんの鶴の一声でみんなが配置に着く。
「なるほど、この正方形だな。」
やれやれ、ようやく試練開始か。ここまで長かったなあ。しみじみ。
「それでは試練を開始する。ルールは簡単。主殿は翔子殿と野村殿が投げる雪だまを10球すべてよければよい。
ただし10球連続でだ。もし途中で1球でも当たったら最初からやり直し。以上だ。」
キリュウが説明を終えた。すると、
「なんかの試合って感じよね。」
「そうですね。なんだ、やっぱり雪合戦大会じゃないですかあ。」
うるせーな、見てるだけの奴は黙ってろって。
「それじゃまずあたしから10球いくぜ。そん次は野村。まずはウォーミングアップだから。」
「OK、さあこい。」
不良ねーちゃんが次々と雪玉を投げるが、ぼうずは難なくかわす。
「最後の1球!」
そして10球目も余裕でかわした。
「ちぇー、1球ぐらいは当たると思ったのになー。」
「さて、次は俺だな。」
不良ねーちゃんが退いて野村たかしが投げ位置に立つ。
「シャオちゃん、俺のかっこいいところを見ててくれ!覚悟しろ太助、いくぞー!」
相変わらず熱い奴だな。熱血ぼうずとでも呼んでやるか?
しかし、10球投げおわったが、ぼうずはほとんど動かなかった。なぜかって?
10球ともあさっての方向に飛んでいったからな。たく、こいつコントロール最悪だな。
「お、おかしい、こんなはずでは・・・。」
「野村先輩かっこわるーい。」
だから見てるだけの奴は黙ってろって。でもまあ、言われてもしょうがねーな。
「えーい、もう10球だ!今度こそ俺の華麗なる姿を!」
なんだ、また投げる気か?止める間もなく、再び投げはじめた。
しかし、やはりまともにぼうずに向かって飛んでゆく玉はない。あーあ、あっというまに10球終わり。
「あのなあたかし、そんなんで大丈夫なのか?」
「く、無念なり。」
無念ねえ・・・。ま、そのうちコントロールよくなるかな。
「さて、次は2人同時だ。2人あわせて20球。頑張ってよけられよ。」
不良ねーちゃんが再び投げ位置に立つ。
「ほら野村。くやしがってないで、今度こそ七梨にぶち当ててやろうぜ。」
「お、おう、そうだな。太助、今度こそ当ててやるからな!」
「よし、こい!」
2人が雨あられのような勢いで投げ続ける。
しかしぼうずは1球も当たることなく、20球連続ですべてよけきった。
やるなあ、さすがだぜ。
「すげーな七梨、あたしなら絶対当たってるぞ。」
「へへっ、だてにいつも試練受けてるわけじゃねーよ。」
「たー様すごーい!」
「七梨先輩かっこいい!」
黄色い声援が飛ぶ中、離珠も月天様も拍手している。でも本番はここからだぜ。

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