小説「まもって守護月天!」
(虎賁の大きくなろう大作戦)


『第2日目(中編)』

「さて、ここから一番近いのは、花織殿の家だな。」
「じゃあそこに向かって出発!」
てくてくとキリュウは歩く。おいらはもちろん肩に乗っかってるだけだが。それにしてもなんてかっこうだ。
さっきは気がつかなかったが、キリュウはとんでもなく厚着をしているようだ。
家の中ではトレーナーとセーターを重ねてきていたみたいだが、
(おそらくまだしたに何枚か着ているだろう)外へ出ると、さらにふかふかの分厚いコートを着た。
こんなんでここまで来るとは、そんなに寒かったのか?
「なあキリュウ、そんなに着こんで暑くねーのか?」
「暑い?冬は寒いと決まっているものだ。私は寒いのは嫌いだ。」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
どうやら暑くないようだ。でもなあ。、これより寒くなったら一体どんなかっこうするんだ?
しばらくして愛原花織の家に到着した。キリュウが呼び鈴を鳴らす。
「はーい、いまいきまーす。」
驚くほど明るい声がしてドアが開く。愛原花織本人が出た。
「あれー?キリュウさんじゃないですかあ。どうしたんですか?」
「花織殿に頼みたいことがあってな。寒いので少し上がらせてもらえぬか?」
「ええ、どーぞ。あ、肩に乗ってるのは確か・・・うーん、誰でしたっけ。」
「虎賁だよ。おいらは虎賁。」
「ああ、そうそう。虎賁さんでしたよね。確かシャオ先輩の星神の中の1人。」
「そうだよ。まったく、月天様の知り合いなら、星神ぐらいは覚えとけよ。」
すると、愛原花織がこう言ってきた。
「なに言ってんですか。いつも存在感のない人なんてあたしはいちいち覚えていませんよ。
偉そうな口をきく前に、普段からもっと七梨先輩やシャオ先輩の役に立ったらどうなんですか?」
「な、なんだと!?」
さらりときついことを言いやがった。まったく、なんでぼうずの知りあいにはこんなやつが多いんだ?
「あの、愛原殿、中にいれてくれ。」
ふと我に返るとキリュウが震えている。おいおい、この程度で震えていて明日の朝大丈夫なのか?
「あ、すいません。さ、どーぞ。まったくもう、虎賁さんがよけいなことしゃべるから。」
よけいなことを長々としゃべってたのはあんたのほうだろ。
そして愛原花織がおいらとキリュウを家の中へ招き入れる。
客間へ上がると、お茶を出してくれた。キリュウはそれを二口ほど飲むと試練の内容を伝えた。
すると・・・。
「嫌ですよ。七梨先輩に試練を与える手伝いをするなんて。
あたしは試練に耐えている七梨先輩をやさしく励ましてあげるんです。
『しっかりしてください七梨先輩。あたしがついてます。』すると七梨先輩が、
『ああ、ありがとう愛原。俺は愛原のためだったらどんなことにでも耐えてみせる。
そしていつか愛原と・・・』きゃー、七梨先輩ったらもう!」
いきなり1人で暴走をはじめやがった。やれやれ、こんなやつに頼みに来たのがそもそもの間違いだったんだ。
「キリュウ、他を当たろうぜ。このじょーちゃんはなんか別のことで忙しいみたいだし。」
「う、うむ・・・。」
残念そうな顔をしてキリュウが立ちあがる。
「あれ、2人とももう帰るんですか?それじゃとりあえず明日の朝七梨先輩の家に行きますからね。
冷たい雪の中、燃え上がる2人の愛。
七梨先輩と私の前じゃどんな雪の山でも水蒸気となって空へ昇っていくんです。」
またやってるよ。まったく、いつもああいうこと考えてるのかあ?・・・って明日来るー!?
「あ、あのさ、雪が積もらないと試練ができないしさ、それに朝早いから別に無理に起きてこなくても・・・」
「なに言ってんですか。七梨先輩が苦しんでるのにあたしがそんなに弱気になってちゃ申し訳ないです。
七梨先輩のためにも、あたしは早起きして七梨先輩の元へかけつけますからね!」
こりゃダメだ、これ以上言っても無駄だな。
「それじゃ行こうぜ、キリュウ。」
「うむ、花織殿、またな。」
「明日七梨先輩の家で雪合戦大会ですね。分かりました。」
いつのまにか試練が遊びにすりかわっている。こいつの頭の中はどうなってんだ。
ぼうずもとんでもないやつに好かれたもんだな・・・。
愛原花織の家を出て再び歩き出す。
「キリュウ、家が近いからとかじゃなくて、ちゃんと人を選んだほうがいいぜ。」
「それもそうだな。では宮内神社へ・・・」
「ちょっとまった!」
「何だ?」
いきなりとんでもないことを言い出すな。宮内出雲ぉー?なんであんないやなやつに・・・。
「あのさあ、おいらはあいつは嫌いなの。
それこそ不良ねーちゃんのときのようにおいらを大きくしてもらうなんて事がばれた日にゃ、
おいらはとことんいじめられるぜ。」
「うーん、虎賁殿が嫌なら仕方ない。そうだな、遠藤殿のところへいくか。」
「そうそう、それがいいよ。」
遠藤乎一郎の家へと向かう。
うんうん、こいつなら月天様を困らせることもなく、試練に協力してくれるだろう。
あのルーアンを好きだっていう点が変わってるけどな。
しばらく歩いていると地面がグラグラとゆれ出した。地震か?
いやまてよ、おいらが立っているのは肩だったよな。ああ、キリュウが震えてるのか。
「寒い、主殿に試練を与えるためとはいえ、これはつらい・・・。」
「大丈夫か?キリュウ。」
震え方が普通じゃない。これだけ着こんでどうして寒いんだ?
ふと空を見上げると、雲が空を覆い尽くしていた。
そうか、太陽が隠れているから余計に寒く感じるんだ。
「頑張れ、もう少しで遠藤乎一郎の家に着く。」
「そ、そうだな・・・。」
すると雪がちらりと1つ2つ舞い降りてきた。お、どうやら雪は降るみたいだな。積もるといいけど。
「さ、寒い。死んでしまう・・・。」
「あのなあ、万難地天がそんなことでどうすんだよ。
ぼうずに『試練だ、耐えられよ。』とか言ってるんだからそれぐらい耐えろって。」
「う、うむ、しかし・・・。」
そうこうしているうちにようやく到着した。キリュウが素早く呼び鈴を鳴らす。
「はーい、どちらさま・・・」
ドアが開くと同時に、目にもとまらぬ速さでキリュウが玄関に飛び込んだ。おいおい、強盗じゃないんだから・・・。
「び、びっくりしたー。キリュウちゃんじゃない、どうしたの?」
「はあー、あったかいー、生き返った気分だ。ありがとう、遠藤殿。」
「え?う、うん。どういたしまして。」
家の中は暖房がよく効いていて心地よかった。でもなあ、生き返るって・・・。
「あのさあキリュウ、あったかいのに浸るのもいいけど、早いとこ話を聞いてもらってさ・・・。」
「おお、そうだったな。いきなり失礼したが、実は遠藤殿に頼みがあってここに来たのだ。」
「僕に頼み?でもなあ、太助君の試練の手伝いしてるとルーアン先生に嫌われちゃうから、あんまりやりたくないなあ。」
なかなかするどいじゃねーか。これなら話は早いぜ。
「案ずるな遠藤殿。ルーアン殿には私と虎賁殿からよく言っておく。だから試練の説明を聞いてはくれまいか?」
「うーん、それだったらかまわないけど、とりあえず上がってよ。立ち話はつらいんだ。」
見るとパジャマ姿の上にはんてんを着ている。なんだ、寝てたのか?すると遠藤乎一郎がゴホンゴホンとせきをした。
なるほど、風邪ひいてたのか。どうりで家の中があったかいわけだ。
「・・・ひょっとして、風邪か?遠藤殿。」
「うん、そうだよ。昨日の夜から寝てるんだけど、まだ全然良くならないんだ。
この調子じゃ明日も寝てなきゃだめみたい。」
そう言うと、再びせきをはじめた。こりゃ頼むのは無理だな。
「すまぬ遠藤殿、もういい。」
「え?なんで?」
おいらは素早く答えた。
「実は明日の朝に雪合戦をかねてぼうずに与える試練を手伝ってもらおうと思ってたんだけど、
その様子じゃ明日の朝なんて無理だからもういいって事。」
「雪合戦?ああそうか、虎賁君は球技の星神だったもんね。ゴメンね役に立てなくて。」
「別に気にしなくていいぜ。それより風邪はちゃんと治せよ。」
「うん、わざわざありがとう。」
くうう、さっきのじょーちゃんとは全然違うぜ。やっぱりこれぐらいが普通だよな、うん。
「遠藤殿。」
「え、なに?」
「すまぬが、マフラー1つか2つと厚手の手袋、それと大きなコートを1着貸して欲しいのだが・・・。」
それを聞くと遠藤乎一郎は目を丸くした。無理もねーよな。これだけ着こんでてまだ着ようってんだから。
「分かった、ちょっと待ってて。」
しばらくしてキリュウの希望の品を持って遠藤乎一郎が現れた。
「はい、これだけ着ればどんな寒さもへっちゃらだと思うよ。あと帽子も持ってきたから。」
「すまない。」
へえ、気が効くなあ。おいらがルーアンとの仲を応援するキューピッド役でもやってやろうか・・・。
キリュウが持ってきたものすべてを着た。でもこれって・・・。
「キリュウちゃん、持ってきといて言うのもなんだけど、なんか怖いよ、それ・・・。」
「そうか?とりあえず恩にきるぞ遠藤殿。これらの装備はまた後日学校で返す。」
装備・・・。
「そうだ、虎賁君は寒くないの?」
「おいらはまあ大丈夫。いざとなったらキリュウのマフラーの中にでも潜るよ。」
「へえ、便利だなあ。それじゃ気をつけてね。」
遠藤乎一郎に見送られて家をあとにする。便利か・・・。そうか、そういう考え方もあるよな・・・。
ふと小さいままでもいいかな、という考えが浮かんだが、
「いやいや、とりあえず大きくなる。深く考えるのはそれからだ。」
「なにか言ったか?虎賁殿。」
「別に、なんでもない。」
さて、残るは野村たかしだが・・・。家を出たときにはすでに雪が降っていた。
さすがのおいらもキリュウのマフラーの中に入っているわけだが・・・、
「なにかしら、あれ・・・。」
「いやーねえ、泥棒かなにかかしら。」
「寒いからってあそこまでしなくってもなあ。」
道ですれ違う人全部がキリュウの方を疑わしげに振り返る。
無理もない、見えているからだの部分はキリュウの目だけだから。
頭と耳は帽子で隠しているし、首と口のあたりにマフラーを巻いている。(結局2本貸してもらった)
それに普段のキリュウからは想像もつかないくらい体がぶっとくなっている。
コートがかなり大きかったからなあ。
おそらく、月天様ですらキリュウとは分からないだろう。
「ふむ、やはりこれだけ着ているとそれほど寒くないな。後で遠藤殿に礼をせねば。」
どうやらキリュウにとっては寒さを防ぐことのほうが重要らしく、見た目は一切気にしていない。
そういや夏服も月天様ほど何度も代わってなかったし、あんまり見た目には気を使わないんだろうな。
しばらく歩いているうちにだんだん雪の量が激しくなってきた。道路や周りの景色が次々と白くなってゆく。
「この様子じゃ積もるのは間違いなさそうだな。こりゃ家に帰ったらしっかり投げ方を思い出しとかないと。
キリュウ、雪合戦の試練に決定のようだぜ。」
「うむ、そのようだ。しかしなぜか体が重い。早く野村殿の家に着かぬものかな。」
見ると、キリュウのコーとや帽子に大量の雪が積もっている。あちゃー、こりゃ重いはずだよ。
おいらは急いでキリュウの服についていた雪を落とし始めた。
「すまぬな虎賁殿。寒いのに。」
「なあに大丈夫。それよりさっさと行って家に帰ろうぜ。暗くなっちまう前にさ。」
「それもそうか。しかしこのかっこうではあまり早くは動けぬのでな。すまぬが我慢してくれ。」
「確かにそんな格好じゃ走るなんて無理か・・・。」
やれやれ、頼むから野村たかしの家で、試練の協力者探しが終了してくれよ。
やっとのことで家に着いた。ぎこちない動きでキリュウが呼び鈴を鳴らす。・・・まるでロボットだな。
「はーい、だれですかー。」
ほどなくしてドアが開き、野村たかしが顔を見せる。しかし、
「バタン!」
と、再びドアがしまった。おいちょっと待てよ。
再びキリュウが呼び鈴を鳴らすが今度は返事もない。
「どうしたのだ野村殿は。なにかあったのだろうか・・・。」
ま、無理もねーと思うが・・・。
「おいキリュウ、その格好がいけねーんだって。まずは顔だけでも見えるようにしてさ。」
そう言っておいらはマフラーをはずそうとしたが、
「なにをする虎賁殿、寒いではないか。」
と言って抵抗する。たく、こんなとこで戸惑ってる暇はねーんだけどなあ。こーなったら、
「おーい、月天様が・・・もとい、シャオ様が来たぞー。開けろー!!」
「なにっ!シャオちゃんが!?」
再びドアが開いて野村たかしが飛び出してきた。
単純なやつだな、まったく。おいらは素早く野村たかしの肩に飛び乗った。
「お?虎賁じゃねーか。シャオちゃんはどこだって?あ、この人がシャオちゃんだな!」
「いや、それはキリュウで・・・」
「シャオちゃんゴメンよ。ああ、愛しのシャオちゃんがこんな近くにいるのに気付かなかったなんて・・・。」
話を聞いちゃいない。愛原花織といい勝負だな。
あきれているうちにキリュウを抱きしめようとする。
こりゃはやく止めないと・・・。するとキリュウが口を開いた。
「野村殿、とりあえず中にいれてほしいのだが・・・。」
よしよし、これで分かったな。と思っていたら、
「ああそうか、寒い中ゴメンね。ささ、どうぞシャオちゃん。」
まだ気がつかねーのか?それはキリュウだって。
中に入ってようやくキリュウがマフラーをはずした。しかし・・・。
「ああ、シャオちゃん。こんな雪の中、おれに会いにきてくれるなんてうれしいよ!」
そう言ってキリュウに抱きついた。
お前いきなりなにやってんだー!?あのなあ、いいかげん気付けって・・・。
「・・・野村殿、私はシャオ殿ではないのだが・・・。」
「何を言うんだシャオちゃん。こうやってキミの・・・あ、あれ!?キリュウちゃん!?」
ようやくきづきやがった。やれやれ、最後のやつがこんなやつだなんて・・・。
がっくり肩を落としながらもおいらは事情を説明する。
「・・・なるほど、それでわざわざ俺の家まで来たってわけなんだ。」
えらく不機嫌だ。たく、自分で勘違いしてたくせに・・・。
「引き受けてもらえるか?野村殿。」
「別にいいけどさ、シャオちゃんと1日デートさせてくれよ。それが条件だ。」
いきなりとんでもないことを言い出しやがる。やっぱろくなもんじゃねーな。
「月天様とデートなんてダメだ!
そりゃだましてドアを開けさせたのは悪かったけどさ、
勘違いとはいえキリュウに抱きついたのはもっと許せねーよ。月天様がこのこと知ったら絶対怒るぜ。」
「くっ、分かったよ。ああ、野村たかし一生の不覚!
というわけだからキリュウちゃん、さっきのことはみんなには内緒にしといてくれよ・・・。」
「ん?ああ。」
そっけない返事でキリュウは答えた。キリュウにとってはどうでもいいことなのかなあ・・・。
「ま、とりあえずシャオちゃんに会えるしな。
かっこいいところを見せてシャオちゃんのハートをゲットするぜ!
『たかしさん、すてきですわー!』とか言って、俺とシャオちゃんは・・・。」
こいつもわけわかんねーな。どっからそんな情景が浮かんでくるんだか。
こんなやつにまでおいらのとっておきの投げ方を伝授しなきゃならないなんて・・・。うう、ついてねーな。
「さて、というわけで明日の朝、主殿の家にきてもらう。頼んだぞ。」
「ああ、まかせとけって。投げ方は明日教えてくれるんだな。」
「ああ、そーだよ。」
すっかり投げやりなおいらの返事にキリュウが言った。
「虎賁殿、これも試練だ。耐えられよ。」
「・・・・・・」
なんでも試練って言やいいってもんじゃないと思うけど・・・。
これでとりあえず今日の用事は終わりだ。早く家にかえらねーと。
しかし外に出るとおいらとキリュウは驚いた。一面真っ白。
こりゃすげーや、明日と言わず今日にでも雪合戦できるな。
しかしとても歩いて帰れそうにない。すると、
「仕方ない、空を飛んで帰るとしよう。」
そう言うとキリュウは短天扇を広げ、大きくした。そうか、飛べたんだっけな。
でも空なんて飛ぶとそれこそ危ないんじゃ・・・。
でもキリュウは歩いて帰る気など、さらさらないようだ。
あの不気味な格好でキリュウが短天扇にこしかけると、しかたなくおいらもそれに続いて飛び乗った。
「じゃーな、2人とも。シャオちゃんによろしく。それから太助にも覚悟しとけって伝えといてくれよ。」
「ああ、分かった。」
「それじゃあ、また明日。」
大雪が降る中、キリュウは空へと短天扇を飛ばした。
「急いで帰るぞ。この雪の中では長時間飛ぶのは危険だ。」
「ああそうだな、頼んだよ。」
おいらはキリュウのマフラーの中にもぐりこんだ。それにしてもすごい雪だ。
視界も悪く、いつ何にぶつかってもおかしくない状況だ。無事帰れるといいけど・・・。

(第2日目(後編)その1に続く)

『第2日目(後編)その1』

おいらの心配をよそに、無事七梨家に到着した。よかったよかった。
キリュウは地面に着地すると短天扇を閉じ、玄関に向かった。
するとドアが勝手に開いた。中から出てきたのは月天様だ。しばらく首をかしげていた月天様だが、
「寒い中、大変でしたね。どちら様でしょうか?」
やっぱり分かるわけねーか、キリュウは全身真っ白になってたし。
「シャオ殿、私だ。キリュウだ。早く中にいれてもらえぬか。」
「まあ、キリュウさん!虎賁はどこですか?」
「おいらはここですよ、月天様。」
そう言ってキリュウのマフラーから顔を出すと、月天様の顔に笑みが浮かんだ。
「よかった、二人とも無事だったんですね。
あんまり帰りが遅いんでちょうど探しに行こうと思ってたところなの。さあ、早く中へ。」
キリュウと一緒に家の中へ入る。5時を過ぎた時計がめにはいった。
あれから3時間で帰ってこれたんだからよしとするか。
キリュウが雪がいっぱいついたコートを脱ぎ始める。あまりに重装備なのを見て月天様が尋ねた。
「どうしたんですかキリュウさん。翔子さんの家へ出かけるときはそんなに着るものを持ってなかったのに。」
「遠藤殿の家へ行ったときにな、あまりにも寒かったので貸してもらったわけなのだ。」
「まあ、そうなんですか。そんなに外は寒かったんですね。たいへんでしたね、キリュウさん。虎賁もご苦労様。」
「いやいや、おいらは大丈夫でしたよ。さすがにこの大雪には参ったけど。」
「それじゃあさっそくあったかいおかずを作るわね。キリュウさん、一応お風呂沸いてますからどうぞ。」
「おお、すまぬな。それではさっそく入らせてもらおう。虎賁殿、悪いがまたあとでな。」
「ああ、それじゃまたご飯のときにでも・・・。」
おいら達が帰ってきたのが分かったのか、ぼうずがリビングから出てきた。
「お帰り、キリュウ、虎賁。あんな雪ん中大変だったな。」
「主殿、私は風呂に入りにゆく。夕飯のときにまた話をしよう。」
「え?うん。」
キリュウは風呂場へ向かっていった。
「さてと、このコート、どこへ掛けとこうかな。」
コートを見るとすでにびしょびしょだ。雪が解けたんだな。
「月天様、部屋の中に置いとくと水がたれて大変ですぜ。」
「そうね、それじゃ玄関に置いとくことにしましょう。何かこのコートを掛けておけるようなものは・・・」
「あっシャオ、俺が持ってくるよ。」
そう言ってぼうずは2階へ上がっていった。あれ?そういえばルーアンはどこに行ったんだ?
「月天様、ルーアンはどこに?」
「ルーアンさんは太助様が買ってきた焼きいもを食べ過ぎちゃって・・・。おなかをこわして部屋で寝てるの。」
「焼きいも・・・。それで何個ぐらい食べてたんですか?」
「キリュウさんと虎賁の分も太助様は買ってきてたんだけど、それも全部食べちゃって。
うーん、10個は食べてたんじゃないかなあ。」
「10個・・・。」
まったく食い意地がはってるよなあ。なにもおいら達の分まで食べなくったって。
しかしぼうずも読みが足りねーなあ。ルーアンに食われる分ぐらい計算しろってんだ。
「お待たせ、シャオ。ほら、これなら玄関に置いとけるだろ。」
ぼうずが巨大なえもんかけを担いで下りてきた。なるほど、こりゃぴったりだ。
「ありがとうございます太助様。」
月天様はぼうずと一緒に、コートを2着、マフラー2本、手袋1セット、それと帽子をそこに全部かけた。
「さてと、それじゃ夕食を作りますね。今日は寒いからあったかい鍋物にしますわ。」
そう言って月天様はキッチンへ歩いていった。それを見送った後、ぼうずがおいらに尋ねてきた。
「なあ虎賁、今日は一体何してたんだ?山野辺ん家まで行ったっきりこんな時間まで帰ってこないし・・・。」
「キリュウと一緒に試練探しさ。詳しくは夕食のときに話すからさ。」
「そっか。それにしても試練探しとはな・・・。まあとりあえずお茶ぐらい飲めよ。リビングに用意してあるからさ。」
そう言うと、ぼうずはおいらを手でひろいあげた。
リビングに入ると、離珠が座布団(離珠専用)の上で横になって寝ていた。
そういやこの部屋随分あったかいな。これじゃ眠たくもなるぜ。
「ほらよ、虎賁。お茶。」
おいらをテーブルに下ろすと、ぼうずはおいら用の湯のみにお茶を入れてくれた。それをおいらは一気に飲み干す。
「ふうー、お茶がうまいな。もう1杯くれよ。」
「ああ、たくさんあるから好きなだけ飲めよ。」
湯のみを差し出して再びお茶を入れてもらう。それを3口ほど飲んでおいらは湯のみを置いた。
「しかしなんだな。小さいってことはなかなか便利だな。」
しみじみとぼうずが言った。すかさずおいらは反論する。
「あのなあ、小さいから不便だってことがたくさんあるんだぜ。いきなりなんだよ。」
ぼうずは少し驚きながらもこう言ってきた。
「いや、虎賁を見てるとさ。離珠にしたって、ちょっとの量のご飯でたくさん食べた気になれるしさ。
それに2人が帰ってきたとき思ったんだよ。
キリュウはあんなに疲れた顔してたのに、虎賁は全然元気だったじゃないか。
おおかたキリュウが巻いてたマフラーの中にでも潜って寒さをしのいだんだろ。普通じゃそんな事できないよ。」
なるほど、便利なのも一理ある。しかしだ、
「ぼうず、おいらの苦労を知らないからそういうことが言えるんだよ。
一度キリュウに小さくしてもらって小さいことの不便さを味わったらどうなんだ?」
さすがのぼうずもこれ以上は反論しようとしなかった。
まったく、その人の身になんなきゃわかんない事があるってのに、
便利とかそういう事を軽々しく言うもんじゃねーよ。
でも、やっぱり大きけりゃ小さいときには分からない苦労もあるんだろうな。
でもやっぱりおいらは大きくしてもらう!そのためにいろいろと頑張ったんだ。まあ本番は明日だけど。
しばらく考え込んでいると、離珠が目を覚ました。
「ただいま、離珠。」
軽く手を振って挨拶をする。離珠はそれを見るとにっこりと微笑んで、お得意のお絵かきをはじめた。
素早く描き終わった絵を見てやる。
「なになに、『虎賁しゃんが無事帰ってきてよかったでし。離珠心配してたんでしよ。』か?」
こくりと離珠はうなずいた。それを見たぼうずが、感心して声をあげる。
「すごいな虎賁。そんな一瞬でわかるなんてさ。俺にはとてもじゃないけどそんな事は無理だよ。」
「まあな。星神の中でも、離珠の絵を一瞬で読めるのはおいらぐらいのもんだぜ。」
得意になって胸をはっていると、ドアが開いた。入ってきたのはキリュウだ。
「ふう、いいお湯だった。離珠殿、ただいま。虎賁殿、もう風呂に入れるぞ。」
「いや、おいらは夕食の後でいいよ。」
「虎賁、遠慮するなって。俺と一緒に入りに行こうぜ。」
ぼうずが立ちあがった。まあいっか。どうせ今夜はキリュウといろいろ相談しなきゃなんないし、
先に入ったほうがいいかもな。
「よし、それじゃいこうか。」
ぼうずの肩に飛び乗る。
「主殿、虎賁殿から試練について何か聞いたのか?」
「全然。夕食のときにキリュウと一緒に説明するってさ。」
「そうか。それならいい。」
ぼうずと一緒にリビングを後にすると、月天様が2階から下りてきた。
「シャオ、虎賁と先にお風呂に入るけどいいかな。」
「ええ、まだ時間がかかりそうなんです。
それでルーアンさんにそのことを言いに行ったんですが、夕食はいらないって・・・。」
「そりゃあんだけ焼きいも食べりゃな。それじゃシャオ、風呂に入ってくるよ。」
「ええ、虎賁をよろしくお願いしますね。」
なにもお願いしなくたって、おいらは大丈夫なのに。
やっぱり大きくなって、おいらがしっかりしてるところを見せなきゃな。
ぼうずと一緒に湯船につかりながら、おいらは大きくなりたい度を高めていた。すると、
「いいなあ、虎賁は。そうやって広い湯船の海で泳げるんだからさ。」
いつのまにかおいらは泳いでいた。まったく、なんでぼうずは今日に限って小さいのが便利だとか言ってくるんだ?
でも少し見せつけてやるか。
「へへっ、いいだろう。ぼうずが湯船で泳ごうと思ったらそれこそどっかへ行かなきゃならねーもんな。」
「ほんと、うらやましいよ。」
調子に乗っておいらは端っこから端っこへと泳ぎ出した。すると、体に巨大な縄が絡まってきた。
「う、うわっ!なんだ!?」
もがけばもがくほどその縄はおいらの体に巻きついてくる。やベー、このままじゃ沈んじまう。
星神が風呂場でおぼれたなんてしゃれになんねーぞ。
しばらくして、おいらの様子がおかしいことに気がついたぼうずが引き上げてくれた。
「大丈夫か虎賁。それにしてもなんだろ、この赤いの。」
おいらの体からぼうずがその赤い縄をはずす。これってもしかして・・・
「そうか!キリュウの髪の毛なんだ。多分髪の毛をたらしたままあわてて湯船に使ったんだろうな。
そのとき抜けたんだよ、きっと。」
やっぱりだ。まったく、髪の毛の長いやつが髪も結わずに風呂にはいってんじゃねーよ。
「それにしても長いな。これじゃさすがの虎賁もお手上げだな。」
よく見るとかるく1メートルはあった。多分後ろ髪のあの部分の毛だな。
それにしても髪の毛でおぼれそうになるとは、やっぱり小さいのはいやだ。
「キリュウに言っとかないとな、虎賁がおぼれそうになったって。
いくらあわててたからって、ちゃんといつも通りにお風呂に入ってもらわないと・・・。」
ぼうずの言うことももっともだが、
「おいらなら別に気にしてないよ。今日はほんと大変だったしさ。
たまにはキリュウにだってそういう時もあるんじゃないかな。」
「うーんだけどなあ、もし1人で入ってみろよ。虎賁は確実におぼれてたよ。」
たしかにそうだ。でもなあ・・・、
「虎賁、お前もキリュウも俺の大事な家族なんだから。家族の間で遠慮なんかするもんじゃないって。
ちゃんとキリュウに言ったほうがいい。」
「家族・・・。」
ぼうずの言葉に改めて感動させられた。さすが月天様が自分で選んだご主人様なだけのことはあるよな。
「さて、そろそろ出ようぜ。シャオの料理がもうできてるころだ。」
「おう!」
こりゃますます試練がんばらねーとな。
ぼうず、早く月天様を守護月天の定めから解きはなたってくれよ。
そして月天様を幸せに・・・
「どさっ!」
突然上から巨大な布が落ちてきた。な、なんだ!?
「あ、わりぃ。タオル落としちまった。」
ぼうずが申し訳なさそうにタオルを拾い上げる。家族ねえ・・・、もうちっと気をつけてくれよ。
複雑な気持ちになりながらも、着替えを終えてぼうずと一緒にキッチンへ向かう。
キッチンにつくと、すでにキリュウと離珠が、座ってご飯を食べていた。
「あっ、太助様。もうできてますから、座ってめしあがってください。」
月天様に言われて、ぼうずもおいらも席に着いたものの、月天様はまだ何かやっているようだ。
「シャオ、何やってるんだ?シャオは一緒に食べないのか?」
「いえ、おかずをもう一品作っているだけですから。」
月天様は少し振り返った後、すぐに作業を再開した。もう一品ったって・・・。
「シャオ、そんなにたくさん誰が食べるんだ?」
ぼうずの言うとおりだ。鍋には大量の具が入っていて、とてもおいら達が食べきれる量じゃない。
「ルーアンさんが後で食べるって、言いに起きてきたんです。
だからこれはルーアンさんのぶんです。鍋料理だけじゃ足りないんですって。」
まだ食べる気なのか。さすがというかなんというか・・・。
ぼうずにおかずをよそってもらい、おいら達も食べ始めた。
「ところで主殿、試練の事なのだが。」
「あっ、ちょっと待って、先に俺から言わせてくれよ。
さっき虎賁と風呂に入ってたんだけどさ、キリュウの長い髪の毛で、
虎賁が危うく溺れそうになったんだ。だから風呂に入るときはちゃんと気をつけてくれよ。」
「そ、そうなのか!?すまない、虎賁殿。以後気をつける。」
それを聞いていた離珠がキリュウの隣で笑っている。笑うこたないだろーが、まったく。
「珍しいですね、キリュウさん。そんなに慌ててたんですか?」
いつのまにか料理を作り終えた月天様が席に座っていた。
「いや、その、あまりにも寒かったので、それでそのままはいってしまったわけで・・・、申し訳ない。」
「これからは気をつけましょうね。」
「う、うむ。」
改めて月天様に注意されると、うつむいたままでご飯を食べ始めた。
やれやれ、これじゃ試練の話は後だな。ま、ゆっくり味わうとするか。
「キリュウ?試練の話はもういいのか?」
ぼうずが不思議そうな顔で尋ねると、
「虎賁殿から聞いてくれ。」
キリュウはそう言って、再び黙々とご飯を食べだした。せっかくゆっくり味わおうと思ってたのに・・・。
「キリュウと一緒に話したほうが分かりやすいから、夕食の後で話すよ。」
「そうか、じゃあ夕食を終わらせようか。」
そう言うと、あわててご飯を食べだした。おいおい、もっとゆっくり食えっての。おいらはのんびり食べるからな。

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