その日の夜、おいら虎賁は考えていた。
そりゃ確かにおいらは小さい。離珠より小さい・・・。しかし大切なのは体の大きさより心意気。
大きさはここらの強さ、広さ、やさしさで決まるもんだ・・・とこの前まで思っていたが、もういやだー!
今日だって、月天様に呼ばれてぼうずにサッカーのアドバイスをしていたが、
振り落とされたときには踏まれて危うく死にそうになった。
離珠がいるとみんな注意して気づいて助けるくせに・・・。
やはり体が小さすぎるのは問題ありありだ。
そこでおいらは思いついた。キリュウに大きくしてもらえばいいんじゃねーか。
幸い今日はサッカーではご苦労様と、月天様の夜ご飯をぼうずたちと一緒に食べたりしてまだ支天輪の外にいる。
横では離珠のやつが例によって好き勝手に落書きを楽しんでいる。
おいら以外にもすぐ分かるように、ちっとは勉強したらどうなんだ?
よし、とりあえず・・・。
「おい離珠、おいらはちょっと散歩してくるから。
月天様にはまだ支天輪においらを帰さないようにいっといてくれよ。」
離珠が首をかしげながらもコクリとうなずく。
よしよし、とりあえずはこれでOKだな。さて、キリュウはっと。
あたりを見回すと、ぼうずがルーアンに抱きつかれてもがいているのが見えた。
まったく、ぼうずがしっかりしてりゃ、月天様も悩んだりしないのに。
月天様はと言えば、キッチンで食器をまだ洗っている。
ま、今日は品数も多かったしな。
キリュウが見当たらない。もう二階に上がっちまったのか?
しょうがねえ、部屋まで行くか。
テーブルから飛び降り、ドアの隙間をぬって階段へと走る。
階段を昇るのは大変だろうって?ちっちっちっ、おいらにかかりゃ階段の十段や二十段。
・・・と思っていたがあまかった。しまった、いつもなら軒轅に乗って移動するもんなあ。
あと二段というところでおいらはへばってしまった。
「はあはあ、まさか、こんなに、きついとは。昼間にあんだけ運動したからかもなあ。」
やっぱり大きくしてもらわねーと。しかしこんなところで負けてられない。
あのキリュウの性格からして、すんなりと大きくしてもらえるわけがないしな。
そう思うとがぜんやる気が出てきた。大きく飛び跳ねて二段一気に飛び越える。
どんなもんだい。さてキリュウの部屋へ向かうか。
階段の疲れなど忘れてドアの前へ走ってゆく。
予想通りドアは閉まっていた。しゃーねー、呼ぶか。
「おーいキリュウ!ちょっとドアを開けて中に入れてくれよ。相談があるんだ!」
ドアの前で部屋に向かって叫ぶ。もちろん下に聞こえない程度の声で。
カチャリとドアが開く。内開きでよかったと思うのはこんなときだ。
「なんだ虎賁殿か。一人で会いに来るとは珍しいな。何の用だ?」
「できれば部屋の中で話したいんだけどいいかな?」
「・・・まあ別にいいだろう。さ、入られよ。」
すんなりとキリュウはおいらを中に入れてくれた。
部屋を見回してみると、机の上に何やらたくさん書かれた紙が何枚か広がっている。
そのほかはすっきりとされていた。
「へえー、きれいにしているじゃねーか。ぼうずやルーアンの部屋とは大違い。」
「虎賁殿、まさか部屋を見に来たわけではあるまい?話とやらを聞かせてもらおうか。」
少し顔を赤くしながらキリュウが言った。照れやってのは本当らしい。
「実はさ、おいらを大きくして欲しいんだ。」
「虎賁殿を?一体どうして。」
「理由はまあいろいろあるんだけどよー・・・。」
しばらくおいらの説明を聞いていたキリュウはなるほどと言うような顔でうなずいていた。
これならあっさりいけるか?
「言いたいことはよくわかった。しかしだ虎賁殿、やはり大きくするわけにはいかんな。」
「ちぇっ、だめか。せっかくここまで来たのになあ。」
「ここまで?そうか、あの階段をその体で昇ってきたわけか。
ふむ、なかなかの熱意だな。まあいいだろう。大きくしてやるぞ。」
「えっ、ほんと!?いやーよかったー。」
「ただし!私の頼みをきいてもらおう。大きくするのはそのあとだ。」
「へいへい、どうせこうなるだろうとは思ってたけど。それでおいらは何をすりゃいいんだ?」
「実は主殿に与える試練のネタが無くなってきていてな。良いアイデアを見つけてきて欲しいのだ。」
「おいらが?ぼうずに与える試練を探してこいってことか?」
「そういうことだ。それに私から頼まれたとなれば、
シャオ殿も虎賁殿を支天輪に帰すこともしないだろう。」
「なるほど、それじゃさっそく月天様に・・・」
「いや、今から一緒に行こう。二人で言ったほうが説得力があるというものだ。」
「それもそうか。しっかしなんか偶然とは思えないんだけど。
ひそかにおいらが来るのを待ってたんじゃねーの。」
「いや、偶然だ。もし虎賁殿がだめだったら自分で考えるだけだからな。」
「・・・まいっか。上手くいけばおいらは大きくなれる。
あっ、一応このことは月天様達には内緒にしておいてくれよな。」
「もちろんだ。ではいこうか。」
おいらはキリュウの肩に飛び乗った。
キリュウが階段を降りていると、ちょうど月天様がリビングのドアから顔を出した。
離珠からおいらのこと聞いたのかな?
「虎賁。どうしたの、散歩に行くなんて言ってキリュウさんのとこへ行ってるなんて。
さ、そろそろ支天輪にもどりなさい。」
離珠のやつ、散歩に行くことしか伝えてないな。
まったく、伝達の星神がそんな事でどうすんだよ。
「ちょっと待ったシャオ殿。実は私のほうから虎賁殿に頼みたいことができてな。
しばらく虎賁殿の力を借りたいのだが・・・。」
「そ、そうなんですよ、月天様。ちょっと歩いているとキリュウにばったり会って、
ぼうずに与える試練の手伝いをおいらがすることになったんですよ。」
「まあそうなの。そういうことなら、キリュウさん、虎賁のことよろしくお願いしますね。
虎賁、あんまりキリュウさんに迷惑かけちゃだめですよ。」
そう言って、月天様は自分の部屋へと入っていった。
「ふう、どうやらうまくいったみたいだな。」
「・・・それにしても、こうもあっさり納得するとは。やはりシャオ殿らしいというか・・・。」
しばらくそうしていると、またもやリビングのドアが開いた。ルーアンだ。
「あら、どうしたのキリュウ?そんな階段の真ん中に突っ立ってると邪魔でしょ。
・・・ん?その肩に乗っかってるちっこいのって・・・。
あらまあ、誰かと思えばごみチビ(*注:離珠のこと)よりちっこい虎賁じゃないの。
2人して何やってんの?」
「う、うるせーな。ちっこくてわるいかよ。」
「ちっこいやつにちっこいって言って何が悪いのよ。まったく、相変わらず威勢だけはいいわね。」
「な、なにをー。」
次々とおいらをけなしやがる。
何でこんなやつが慶幸日天なんかやってるんだ?世の中絶対間違ってる。
「さあて、あんたなんかと口げんかしたって時間の無駄ね。
私もうねるんだから道あけてよ。」
キリュウが端へよけ、ルーアンが階段を上って行く。
「そういえばルーアン殿、主殿はどうした?」
「お風呂よ。まったく、一日に二回もお風呂に入ろうとするなんて。
せっかくあたしが一緒にいてあげてるのに!」
「おいらもあんたとなんか一緒に居たくないね。」
「ん!?なんかいった!?」
「別にー。」
「・・・ふん。」
ほんの一瞬おいら達を振り返ると、ルーアンは自分の部屋へと歩いていった。
「さて虎賁殿、リビングで主殿を待つとしよう。」
「ぼうずを?なんでまた。」
「一応主殿には今度の試練の内容は一味違うということだけでも言っておかねばな。」
「べっ、別にいいんじゃねーの。そんときになって言やいいんじゃ。」
「なぜだ?今度の試練は虎賁殿のが考えるのであろう?ならば私はそれを実行するだけだしな。
あまりにすごいと、さすがの主殿も試練を受けるのを拒むかもしれん。」
「あ、あのさ、まだ試練が見つかったわけじゃないしさ。
それにキリュウだっていちいちぼうずにそんな事言ってないだろ?
大丈夫だって、ぼうずならどんな試練も受けて立ってくれるって。だから、その・・・。」
「まあ、それもそうだな。それでは、私達も寝るとしようか。」
ふう、なんか変な方向に話が行ってるような気がするけど、ま、いっか。
頑張って試練を見つけなきゃな。
歯を磨いたあと、キリュウの部屋で寝る準備をする。
おいらは机の上で小さい布団をかぶって寝ることになった。
「ふむ、あまり遅くまで起きていては虎賁殿が眠れないな。
よし、以前使ったあの方法でいくとしよう。」
そう言うとキリュウは何やら作業をはじめた。
「虎賁殿、気にせず先に眠ってくれ。」
キリュウはそう言うものの、ゴゴゴとかドカッとか、とてもうるさくて眠れやしない。
目を閉じて無理にでも寝ようとする。
なんといっても明日は試練を探しに行かなければならないのだから。
(それにしてもキリュウは何やってんだ?いつも寝る前にこんなことやってんのか・・・)
少し考え事をしているうちに、あの騒音の中、おいらは眠ってしまった。昼と夜と運動したせいだろう。
明日が上手くいく一日でありますように、むにゃむにゃ・・・。
(第2日目(前編)に続く)
・・・ピピピピ。キリュウがセットしていたのだろう。目覚まし時計の音でおいらは目を覚ました。
しかし、キリュウはそれを止めるとまた寝に入ってしまったみたいだ。
まったく、月天様はちゃんと朝早く起きてんのに・・・。
ふあーあ。一つ大きなあくびをして、さっそく朝の準備体操をはじめる。
ちらりと窓のほうを見ると、カーテンのすきまから朝日が勢いよく差し込んでいる。
よし、今日は良い天気のようだな。これなら試練探しに外へも出かけられるってもんだ。
とはいうもののどうしようか。いくらなんでもおいら一人じゃ無理だよな。
そうだ、不良ねーちゃんのとこにでも行ってみるか。
幸い今日は学校も休みだしな。あのねーちゃんならなんか良いアイデアをくれるに違いない。
今日の予定は決定した。朝食後に不良ねーちゃんの家に行って試練のアイデアをもらう。これで完璧だ!
「万象大乱!」
突然横のほうでキリュウの声がした。なんだ!?寝言か!?
でもキリュウがしゃべったにしては上のほうから聞こえてきたし。
なるほど目覚し時計か。びっくりさせるなあもう。
でもキリュウは相変わらず起きていないようだ。やれやれ、ねぼすけさんだなまったく。
あれ?なんかあのこけし大きくなったような・・・いや!大きくなってる!
そのこけしがなんと二メートルほどに大きくなってキリュウのほうへ倒れてきた。
あぶねー!そう叫ぼうとした瞬間、なんとキリュウがそのこけしを蹴飛ばした!
「す、すげえ・・・。」
けられたこけしはドアのほうへ・・・なぜかドアの前にはトランポリンがある。
こけしは跳ね返って天井に向かっていく。
おいらは天井を見上げて目が点になった。なんと巨大な包丁が落ちてくるじゃねーか!!
その包丁はキリュウめがけて落ちていく・・・!!
間一髪でキリュウはベッドから飛び起きた。ベッドにはその巨大包丁がふかぶかと刺さっている。
部屋の真ん中に立ったキリュウが一言。
「・・・起きた。」
開いた口がふさがらない。なんなんだ一体・・・。キリュウが不意にこちらを見ていった。
「おはよう、虎賁殿。」
「お、おはよう、キリュウ。あの、ひょっとして毎朝こんな事して起きてるわけ?」
「ああ、そうだ。私は朝に弱くてな、これぐらいしないと起きられないのだ。」
「だからってこんな・・・。そのうち死んじまうんじゃ。」
「ま、それも試練だ。それより、今日は試練探し頼んだぞ。」
「・・・死んじゃったら試練もなにもないと思うんだけど。」
「ふむ、今日はいつもより頭がすっきりしているな。いつもこうだといいのだが。」
キリュウが部屋を出ようとする。あわてておいらは肩に飛び乗った。
1階に降りるといい匂いが漂ってきた。月天様が朝食を作っているようだ。
「まずは顔を洗いに行こうか。」
洗面所に行くとぼうずがいた。
「あ、おはようキリュウ。」
「おはよう、主殿。」
「おはようさん。」
「あれ?虎賁も一緒だなんて珍しいな。まさか昨日二人で一緒に寝ていたのか?」
「少し違うが、まあそんなところだ。」
「それよりぼうず、昨日は2回もお風呂に入ったんだろ。きれい好きなんだな。」
「うっ、いや、その・・・そ、そんな事より朝食を食べないとな、ははは・・・。」
ぼうずはあわててキッチンへ向かっていった。たく、そんなことだから慶幸日天になめられるんだよ。
ぼうずをしりめにキリュウと一緒に顔を洗う。さて、月天様のおいしい朝食を食べにいくとするか。
キッチンにつくとすでにぼうずが座って朝食を食べていた。離珠も一緒になって食べている。
「あ、キリュウさんおはようございます。虎賁もおはよう。よく眠れた?」
「え、ええまあ・・・。」
少し声が詰まる。確かによく寝たけど、起きぬけににすごいもん見せられちまったからなあ。
テーブルについて、『いただきます』を言い、自分用に用意された箸をとってご飯に手をつける。
「いただきます。」
少し遅れてキリュウが箸をとる。
「それじゃ私も、いただきます。」
そして月天様も椅子に座って食事をはじめた。ルーアンの姿が見えないが・・・。
「月天様、ルーアンは?」
「ルーアンさんはまだ寝てるの。休みのときは昼食が朝食なんだって。」
「昼食が朝食・・・。」
なるほど、食い気より眠気ってわけか。まてよ、そうなると不良ねーちゃんもまだ寝てるかも。
うーん、少し時間つぶしてから行ってみるか。
食べながらそんな事を考えていると、ぼうずが口を開いた。
「シャオ、今日は休みだけどどこかへ出かけるのか?」
「いいえ、太助様。今日はお部屋のお掃除をしようかと思うんです。」
「そっか。それじゃ俺が行ってくるか。」
「どこかへ行くんですか?太助様。」
「ああ、ちょっと山野辺から借りてる本を返しに。」
なに、そうか。これは願ってもないチャンスだ。ぼうずに便乗していけば確実にあのねーちゃんに会えるわけだ。
「よし、ぼうず、おいらも一緒に行くぜ。」
「虎賁がいっしょに?なんでまた。」
「ダメですよ虎賁。迷惑になるでしょ。それにキリュウさんのお手伝いをしなくていいの?」
「心配無用だシャオ殿。それで虎賁殿は立派に手伝ってくれている。よろしく頼むぞ。」
「ああ。だから大丈夫ですよ月天様。」
ナイスフォローだぜキリュウ。
「そう?それじゃ太助様、虎賁をお願いしますね。」
「ああ、なんだかよくわかんないけど、一緒に行くよ。」
いまいち納得できていない月天様とぼうずだったが、とりあえず朝食後に不良ねーちゃんの家に行くことになった。
とかやってるうちに朝食が終わった。
離珠のやつ、毎日こんなおいしいものを食べていたなんて。今度月天様に頼んでみようかなあ。
ぼうずのしたくが終わり、不良ねーちゃんの家に出かけることになった。
「行くぞ、虎賁。」
「ああ、それじゃ出発!」
「行ってらっしゃい太助様、虎賁。」
「虎賁殿、頼んだぞ。」
ぼうずが歩き出した。外へ出るとなぜか寒い。
今は冬だから寒いのは当たり前だけど、こんなに晴れてるのにどうしてだ?
「寒くないか虎賁。今日は雪がふるんだってさ。」
「雪ぃー?」
雲1つ見えないこの空で雪が降るってどういうこったい。そうか、雪が降るとは、なるほど寒いわけだ。
ほどなくして不良ねーちゃんの家に到着。ぼうずが呼び鈴を鳴らす。
「はーい。」
中から声がして玄関のドアが開いた。
「なんだ七梨か。朝っぱらから何の用だ?」
「ちょっと本を返しに来ただけだよ。はい、これ。」
ぼうずが本を差し出すと、不良ねーちゃんはあきれたような声で言った。
「そんなつまんない用事でよく来るよな。ま、せっかく来たんだしあがってけよ。」
「いや、用事は済んだからさ、もう帰るよ。」
「そっか、じゃあな。」
「ちょ、ちょっとまった!」
あっさり帰ろうとするぼうずをあわてて止める。
ここで帰られたんじゃ何のためにぼうずについてきたんだかわかりゃしない。
「今の声だれ?おっ、肩に乗っかってるのは・・・虎賁か。どうしたんだ?」
「おいらはあんたに用事があってぼうずと一緒に来たんだ。おいらだけでも家に上がらせてくれよ。」
「虎賁、それじゃ帰りはどうすんだ?まさか一人で帰るつもりで俺と来たのか?」
「そのつもりだよ。悪いけどぼうずは一人で先に帰っててくれ。」
「あたしに用事?どうせなら瓠瓜がよかったなあ。」
「・・・ったくかわいくねーな。人の頼みぐらい聞いてくれてもいいじゃねーか。」
「へいへい。まあそういうわけだから先に帰ってなよ、七梨。」
「それじゃ虎賁が帰るころになったら電話してくれよ。また迎えに来るからさ。」
「大丈夫だってぼうず。おいら一人でも全然平気・・・」
「だめだめ。離珠でさえ山野辺の家から俺の家まで一苦労なのに、
離珠より小さいおまえじゃとてもじゃないけど無理だよ。」
むかー、昨晩のルーアンといい、離珠と比べなくてもいいじゃねーか。
「それじゃ山野辺、よろしく頼むな。」
「ああ、まかせとけよ。」
ぼうずが帰っていくのを見ながら、(ちくしょー、絶対大きくなってやる!)とおいらは心の炎を燃やしていた。
「さて、虎賁。とりあえず寒いから中へはいろーぜ。」
おいらは居間へと招待された。うーん、ぼうずの家と違って豪華だねえ。おやつもなんか違うし。
少しきょろきょろしていると、不良ねーちゃんがコーヒーカップを片手にソファーに座った。
「さ、その用事とやらを話してもらおうか。」
おいら用にサイズの合ったコーヒーカップがテーブルの上に置かれた。すげー、こんなもんまであるのか。
「実はさ、ぼうずに与える試練について相談したかったんだ。」
「試練だぁー?なんでキリュウじゃなくて虎賁があたしにそんなもん聞いてくるんだよ。」
「それは・・・。」
おいらはとりあえず昨日の出来事を話した。もちろんおいらを大きくしてもらうためとかいう事を除いて。
「ふーん、なるほどねえ。キリュウも結構苦労してんだなあ。」
「そういうこと。だからとりあえずなんか良いアイデアを教えてくれよ。」
「うーん、アイデアっていってもなあ・・・ってなんであたしが!頼まれたのは虎賁、お前じゃないか。」
「いやだからおいら一人じゃ無理だと思って来たんだって。おいらはただの球技の星神だし。」
「はあ、そうかい。球技か・・・。そういえば雪合戦なんかはどうなんだ?得意なのか?」
「もちろん。前に雪合戦したとき、ぼうずにとっておきの投げ方を伝授してやろうと思ったのに、
ルーアンのせいで結局伝授できなかったんだ。
そういえばあんときは離珠が泣いて大変だった・・・。」
しみじみと過去を思い出していると、突然不良ねーちゃんが叫ぶ。
「それだよ!」
「へ?離珠を泣かすのか?」
「あのなあ、そんなわけないだろ。ちょうど今日雪が降るらしいから、明日にでも積もってれば雪合戦できるだろ。
そんときにお前のそのとっておきの投げ方とやらで七梨を鍛えてやれば・・・。」
「そうか!そりゃいいぜ!サンキュー、やっぱり来てよかったよ。」
「まあ待てって。問題は誰がその投げる役をするかって事と、キリュウがどうやって加わるかって事だ。」
「うーん、それならキリュウを呼んで相談しようぜ。そのほうが分かり易い。」
「それもそうか。それじゃ七梨の家に電話してくるよ。」
そう言うと不良ねーちゃんは立ちあがって電話をしに行った。
よしよし、これで試練のアイデアは見つけたようなもんだな。これで大きくなれるってもんだぜ。
「・・・ああ、そうだ。だからキリュウに替われって。昼食?そんなもんあたしの家で食べりゃいいじゃねーか。
だからあ、さっさとキリュウに替われって・・・。」
向こうのほうで大きな声が聞こえてくる。なにか問題でもあったのか?しばらくして不良ねーちゃんが戻ってきた。
「まったく、あいつ本当に物分り悪いな。とりあえずキリュウがこっちに向ってるから。
昼食はなにが食べたい?出前でもとるつもりだけど。」
昼食でもめてたのか?よくわかんねーな。
「別に何でもいいよ。」
「それじゃキリュウが来てから決めることにするよ。それまでとっておきの投げ方とやらを思い出しとけよ。
あたしはおいしそうな店でも電話帳で探してくるから。」
球技の星神に向ってなんてこと言いやがるんだ?このねーちゃんは。
と思ったものの、そういやとっておきの投げ方なんて久しぶりだな。
少し練習しておかないとまずいか?玉は持たずに投球練習をはじめる。
二十回はやったろうか。ふむ、ま、こんなもんか。
そうこうしているうちにピンポーンという音が家中に響き渡リ、不良ねーちゃんの走る音が聞こえてきた。
「はーい。お、来たなキリュウ。さっ、上がってくれ。」
キリュウがリビングにやってきた。
「虎賁殿、試練が見つかったのだな、ありがとう。」
「いやいや、ねーちゃんのおかげだよ。」
「二人とも、とりあえず一緒に昼食を食べよーぜ。すしの出前とったから。」
「あれ?キリュウが来てから決めるんじゃなかったのか?」
「そういやそんな事もいってたっけな。ま、予定が変わるのは仕方ないよ。」
さらりと答えた。なんちゅーアバウトな性格だ。これでいざってときに頼りになるんだからすげーよな。
しばらくして出前が到着した。でもおいらには大きすぎるんだよなあ。
「虎賁殿、それでは食べづらいだろう、小さくするぞ。」
そう言うとキリュウが短天扇を広げた。
「万象大乱。」
みるみるうちにおいらにぴったりの大きさになった。
うう、うれしいねえ。月天様とずっと一緒にいてくれねーかな。
握りたてのすしをぱくついていると、キリュウが待ちきれないとばかりにおいらに尋ねてくる。
「それで虎賁殿、試練の内容はどんなものなのだ?計画を立てねばな。」
「雪が降るらしいっていうから、明日雪合戦をして、
そのときにおいらのとっておきの投げ方でぼうずを鍛えようってわけだよ。」
「なるほど、雪合戦か。それで投げるのは翔子殿というわけだな。」
「ちょ、ちょっと。あたしは寒い中そんな雪合戦なんてやりたくないんだけど。」
「しかし翔子殿が投げてくれねばここに来た意味が無いぞ。私は投げるとはまた別の事をしなければならないし。」
早くも自分が何をするべきか見つけたようだ。さすがは万難地天だな。
「キリュウは何するのさ?」
「それは秘密だ。まあ、帰り道に虎賁殿には教えるが。」
「けちだなあー。あたしにぐらい教えてくれたっていいじゃねーか。」
「また明日にでも主殿の家に来てもらえば、そのときに分かるというものだ。」
「・・・ちぇっ、分かったよ。あたしが投げりゃいいんだろ。」
「ふむ、それでは頼んだぞ、翔子殿。」
おいらがボーっとしている間にどんどん話が進んでしまいやがった。しっかしこの二人、そろって策士だよな。
「ところでさー虎賁、何でキリュウの試練の手伝いなんかしてんだ?」
「え?それは最初に言ったじゃねーか。おいらがキリュウに頼まれて・・・」
「いや違う!お前みたいなやつがボランティアなんかするはずないしな。なんか条件があるんだろ?」
ぎくっ!す、するどい。でもボランティアなんかするはずないってのはひどくねーか?
「べ、別に何もないって!なあキリュウ。」
「・・・ああ。」
「へー、そういうこと。二人してあたしに内緒にしようってんならあたしにも考えがあるぜ。」
そういうと不良ねーちゃんはキリュウの分のすしを一つ取り出し、自分の同じやつとシャッフルし始めた。
「さ、キリュウ。どっちか好きなほうを食べろよ。」
「いや、私はもうおなかいっぱい・・・」
「いいから食べるの!」
「わ、わかった。」
恐る恐るキリュウが片方を手にする。どうしたんだ?一体。
「・・・ん!!!」
「お?どうやら当たりを引いちゃったようだな。言っとくけど十分間はお茶を飲んじゃダメだからな。」
そう言ってキリュウの手足を押さえる不良ねーちゃん。当たりってどういうことだ?
それにしてもキリュウの顔がすごくつらそうじゃねーか。目に大量の涙を浮かべてるぞ。
「キ、キリュウ、どうしたんだよ。」
「んー!!んーー!!!」
苦しそうにもがいているキリュウ。すると、
「虎賁、キリュウは辛いものが苦手なんだ。前にいっぺんわさび入りのすしを食べたときはそりゃすごかったんだぜ。
だから今回はわさび抜きのを注文してたんだけどさ。」
「は、早くお茶か水でも飲ませなきゃ。」
「ダーメ。あんたら二人が教えてくれるまで飲ませない。」
キリュウは今にも気絶しそうな勢いだ。辛いものが苦手だって?わさびって辛いって言うんだっけ。
いや、そんな事はどうでもいいか。ちくしょー、何てことしやがるんだ。ここでキリュウに倒れられたら、
試練どころかおいらが大きくなるのも危うい。ええい、背に腹はかえられねえ。
「わ、分かった、話す。話すからキリュウにお茶をあげてくれー!」
「そうそう、最初っからそう素直になってりゃいいんだよ。ほらキリュウ、お茶。」
不良ねーちゃんがキリュウにお茶を差し出すと、キリュウはそれを奪い取って一気に飲み干した。
「も、・・・もう、一・・・杯。」
「ほら、二杯目。」
またもや一気に飲み干すキリュウ。すげーつらかったんだな。
「すまぬ、あともう一杯。」
「ほい、三杯目。」
今度は少し飲んで湯のみを置いた。どうやら落ち着いたみてーだ。ふう、やれやれ。
「へえー、成長したじゃん。初めて食べたときは十杯は飲んだのにな。」
「じゅ、十杯!?」
「翔子殿、ひどいではないか。私が辛いものが苦手だと知っているくせに・・・。」
「いや、あそこでわさび抜きを食べてたら別の手も考えてたんだけど。
運が悪いように見えて結構運がいいぜ、キリュウ。」
一体これ以上なにをやろうとしてたんだ?ほんと怖いねーちゃんだな。
「・・・すまぬな虎賁殿。」
「いや、あの状況じゃしょうがねーって。やれやれ、結局こうなるのか。」
「あたしに隠し事しようってんならそれ相応の対策を持ってこないとダメだぜ。さあて、聞かせてもらおうか。」
「実は・・・」
おいらは大きくしてもらうこととその理由を話した。ああ、馬鹿にされる。そう思ってたけど・・・。
「そうか、虎賁も苦労してたんだな。たくう、
そういうことを最初から言ってくれればあたしも喜んで協力したのに。なんで隠してたんだよ。」
「えっ?いや、その、馬鹿にされると思ってたから・・・。」
「馬鹿にされるぅ?やれやれ、あたしってそんなに信用ないのかねえ。
正義の味方山野辺翔子に向ってそりゃないだろ?」
不良ねーちゃんはおいらの予想外の言葉と一緒にウインクして見せる。なんだ、すごく良いやつじゃん。
やっぱ月天様が悪い人じゃないって言うだけあるよな。
「ゴメン、おいらあんたのこと少し誤解してたみたいだ。よろしく頼むよ。」
「ああ、まかせとけって。さて、本当の理由も聞けたし、今度はどんな試練をやるのか具体的に説明してもらおうか。」
そう言うと、不良ねーちゃんはキリュウのほうに向き直った。
「キーリュウ、あんたは一体何をするんだ?」
「別にたいした事ではない。翔子殿が投げた雪玉を私が瞬時に大きくしたりするだけだ。」
「・・・キリュウ、まだわさび入りのすしが食べたり無いんだったらそう言ってくれりゃいいのに。」
そう言ってまたもすしをシャッフルしようとする。おいおい、それはもういいって。
「わ、分かった。実は投げた後の速さも変えたりしようと思うのだ。」
「速さを変える?そんな事ができるのか?」
おいらも驚きだ。おいらもそんな投げ方をいくつか知っているが・・・。
するとキリュウは、少し難しそうな顔をしながら答えた。
「だがしかし、今までそういうことは試したことがない。速さは物体ではないからな。
だから虎賁殿とゆっくり相談するつもりでいたのだが・・・。翔子殿には勝てぬな。」
「あたしが勝ちを譲るのはシャオぐらいだよ。それにしてもなかなかすごい計画だな。ま、がんばれよ。
とはいっても、明日雪が積もってねーと話になんねーけど。」
「あっそうか!なあねーちゃん、本当に雪積もるのか?」
今更ながら重要なことに気がついた。
明日の朝までに雪合戦ができるぐらいに降ってくれなきゃ、ここまでの努力は水の泡だ。
「雪が積もるかどうかなんてあたしが知るかよ。
そりゃ積もってたら協力はするけどさ。あたしはアイデアを出しただけだからな。」
無責任だよなあ、ここまでひっぱっといて。
でも雪が積もるかどうかなんて分かるわけもないし、せめるのはおかど違いってもんか。
「分かった、今日はありがとな。それじゃ明日はよろしく頼むぜ。」
「ああ、雪が積もったらな。」
するとキリュウがすかさず言った。
「翔子殿、一応雪が積もらなくてもできる試練を考えておく。明日はとりあえず主殿の家に来てくれ。朝早くにな。」
「げー、まじかよ。なんであたしがそこまで・・・」
「虎賁殿のことを話しただろう。それに今日はすしをごちそうになったりと随分お世話になったしな。」
なるほど、わさびの報復ってやつか。さすがは万難地天。転んでもただでは起きないってね。
「へいへい、分かったよ。あ、それから、どうせだったらもう一人ぐらい投げるやつがいたほうがいいかもしれねーぞ。
あと一人ぐらい誰か誘ってみろよ。シャオやルーアン先生は多分無理だろうしさ。」
「なるほど、さらに試練の難易度が上がるな、よし探してみよう。」
これ以上試練の難易度をあげてどうしようってんだ?いくらぼうずでも逃げ出すかもしれねーぞ。
心配そうなおいらの顔を不良ねーちゃんがのぞきこむ。
「大丈夫だって。シャオのためなら七梨はなんでもやるやつなんだよ。」
「そうか、そうだったよな。」
「それでは翔子殿、また明日。」
「ああ、気を付けて帰れよ。」
時計をちらりと見ると、もう二時を過ぎていた。山野辺家をようやく出発するおいらとキリュウ。
「それでは虎賁殿、協力者をもう一人探しに行くぞ。」
「ああ、はりきっていこうぜ!」
(第2日目(中編)に続く)