天国に一番近いKanon(あゆ編)


「祐一っ、百花屋行ってイチゴサンデー食べようよー」
「昨日も食べただろーが、そんな毎日食ってたら太るぞ」
「毎日走ってるから平気だよー」
俺と名雪は学校が終わってその足で商店街に来ていた。
俺がこの街に越してきて早一ヶ月。
なんだかんだでこの街の生活にも慣れた。
思わぬトラブルを除けば、だが。
「うぐぅ、どいてどいてっ!」
そのトラブルの大元がちょうど向こうからやってきた。
「ふんっ!」
どぐっ!
「うぐぅっ!?」
ぶつかる寸前、俺は身を屈めて
あゆのボディーに肘打ちを一発くれてやる。
「うぐぅ…ひどいよ祐一くん…」
地面にうずくまるあゆ。
我ながら見事なまでにカウンターが決まった。
「頑張れあゆあゆ、この程度でくじけていては
乙女王七瀬を倒すなど夢のまた夢だぞ」
「うぐぅ…意味わかんないよ。それにボクあゆあゆじゃないよ」
苦しくてもツッコミを忘れないとは成長したなあゆ。
と、そこへ名雪が割り込んできた。
「あゆちゃんひさしぶり。今日はどうしたの?」
「うぐぅ。たい焼きを買おうとしたんだけど
お金持ってなくて…ついそのままダッシュを…」
「また食い逃げかいっ!」
「ちなみに今ダッシュと奪取をかけたよっ」
「知るかっ!」
「で、そのたい焼きは?」
「そういえばどこに…あぁーっ!」
たい焼きの入った袋は雪の積もった地面に落ちて
中身を盛大にぶちまけていた。
「うぐぅ、さっきのアレで落としちゃったんだ…」
「天罰だ」
「ひどいよ祐一くんー」
「そうだよひどいよ祐一」
またしてもあゆの味方をする名雪。
なんか前にもこんな事あったよーな。
「とにかく食い逃げはよせ。このままじゃ
あの店でたい焼きが買えなくなるぞ」
「でもボクお金持ってない…」
「じゃ家で作る?」
「「え?」」
名雪の言葉に思わず俺とあゆのセリフがハモる。
それに構わず名雪は話を続ける。
「家で作れば安上がりだよ。私の家に来てたい焼き作ってみない?」
「うぐぅ、でもボク料理なんて出来ない…」
「大丈夫教えてあげるよっ」
「え、いいの?」
「もちろんだよっ」
「やったぁっ」
飛び上がって喜ぶあゆ。本気なのか…
「それじゃさっそく私の家においでよ」
「うんっ」
と、足を踏み出した所であゆは立ち止まった。
「あ、いや、先に行ってて。祐一くんと後から行くよ」
「そう?じゃ準備してるから待ってるよー」
そう言い残して名雪は先に帰っていった。
「…あゆ、お前ここに来たのは狙ってたな?」
「うん」
二人きりになった所で俺の方から話を切り出す。
あゆの方もあっさりと認めたし。
「また命題か…いいさ、もう慣れた。
今回はなんだ?さっさと教えてくれ」
「祐一くん…はい、これ」
あゆの手から俺は一枚の紙切れを受け取った。
「開けてみて」
言われた通りに俺は紙切れを開いて
中に書いてある文字に目を通した。

『明日午後6時までになくしたものを見つけられなければ即死亡』

「なるほど…」
俺が今回の命題を読んでいる時、あゆが話し始めた。
「あのね、祐一くん…これが最後の命題になるんだ」
「へ?最後?」
「うん。これをクリアしたら祐一くんの命題は全部終わり。
もう命題を気にすることなく生きていけるんだよ」
「そ、そうなのか…」
思わぬ展開にちょっと拍子抜けする俺。
そこで俺は気に掛かる事があった。
「これが最後ってことは、俺がこいつをクリアしたら…あゆ、お前はどうするんだ?」
「…天国に帰る。そして正式な天使になって新しい仕事につくんだ」
「そっか、そういや俺の命題はお前が天使になるための試験でもあったな」
そう言いながら俺は何かが気になっていた。
何なんだろう…
「祐一くん行こう。名雪さん待たせちゃ悪いよっ」
「あ、あぁ…」
だがその疑問を考える暇はなく、俺はあゆを連れて
水瀬家へと帰っていった。

「待ってたよあゆちゃんっ」
水瀬家に戻ると名雪がエプロンを着て
すでにやる気まんまんだった。
「早速たい焼きを作ろうね」
「うんっ、ボク頑張るよっ」
意気揚々と台所へと消えていく名雪とあゆ。
かなり気合入ってるなー。
「祐一は部屋で待ってて、いきなり見せて驚かせたいから」
「へいへい」
名雪に言われ、俺は部屋に戻って出来上がりを待つことにした。

1時間後。
「俺はこんな黒いたい焼きを見るのは初めてだが」
俺は目の前に出された真っ黒な『たい焼きらしきもの』を見て
どうしたものかと考えていた。
あゆが心なしか落ち込んでいる。
「うぐぅ、頑張って作ったんだよ…」
「まぁ違う意味で驚いたけどな…」
「うぐぅ…」
ますますあゆが落ち込んでいる。
「あゆちゃんは頑張ったよ、大事なのは結果じゃなくて
頑張ったっていう過程なんだから」
名雪、フォローしてるつもりなんだろうが
それは遠回しに失敗しましたと言ってるのと同じだぞ。
まぁ、とりあえず食ってみよう。
ガリッ!
「なんであんこが硬いんだよ…」
「そこが不思議なんだよ」
「うぐぅ…」
がっくりと肩を落とすあゆ、何か暗い縦線入ってるし。
ん…待てよ…前にもこんな事が…
「あらあらどうしたのかしら?」
「うおっ!?」
秋子さんいつからそこにっ!?
「あ、お母さんお帰りー」
名雪動じてねぇし。
「え、お母さん!?うそ、こんな若いのに!?」
うむ、その気持ちはわかるぞあゆ。
「お友達が遊びに来てたのね、でも時間大丈夫?」
「え?あぁっ!!」
秋子さんに言われて時計を見るとすでに6時を越えていた。
…命題クリアまであと24時間か。
「いけない!そろそろ帰らなきゃ!名雪さん、今日はありがとっ」
「またいつでもおいでねー」
急いで帰り支度をするあゆに名雪は
相変わらずマイペースな返事をしていた。

「もう暗くなってるよ…早く帰らなきゃ…」
「迷子になったりするなよ」
「うぐぅ、ボク子供じゃないよぉ」
俺はあゆを見送りに外に出ていた。
すでに日は暮れ、辺りは薄暗くなっている。
「祐一くん…」
「ん?」
あゆが俺の方に振り向き、話しかけてきた。
「最後の命題、頑張ってね」
「あぁ…」
「それじゃ祐一くん、ばいばいっ」
「あぁ、気を付けてな」
手を振りながら去っていくあゆの背中を見送った後、
俺は家の中に入っていった。
「あの子帰りましたか?」
「えぇ」
居間に行くと秋子さんが夕食の準備を始めていた。
「なんだか昔を思い出しますね」
「へ?」
不意に秋子さんが語り始めた。
「昔この街にあの子によく似た女の子がいたんですよ。
事故で亡くなったと聞いた時は残念でした…
生きてたらちょうどあの子くらいの歳ですね」
「へぇ…そうなんですか…」
秋子さんに突然聞かされた話に俺は
ただ呆然と答えることしか出来なかった。


ガリッ
『なんでクッキーがこんなに黒くそして硬いんだよ』
『うぐぅ、頑張って作ったんだよ…』
『つーかこれはクッキーとは呼ばん。碁石じゃねーか』
『うぐぅ…』
『黒ばっか作らねぇで白も作れ』
『うぐぅぅ…』
『ま…次回は頑張れや…』
『う…うんっ』


「……?」
気がつくと俺はベッドで目を覚ましていた。
「今のは…夢…?」
「どうしたの、祐一?」
「いや…ただの夢だ…そんなたいしたことじゃねぇ…
って、真琴!なんでお前が俺のベッドにいるんだぁっ!!」
「あうーっ、ぴろが祐一と一緒に寝たいって言うから…」
「だからってお前まで入ってくるなよ、誰かに見られたら誤解される…」
「どうしましたか、祐一さん」
タイミング悪く、そこで秋子さんが部屋のドアを開けた。
瞬時に固まる俺。
「い、いや秋子さん、これは…」
「了承」
「何がですかっ!?」

とりあえず朝になったので俺は学校へ行く準備を始めた。
真琴を部屋から追い出してから
制服に着替えて名雪を起こした後、
朝食を食べるために一階の台所へと向かった。
「うにゅ、眠いおー」
相変わらず朝に弱い名雪、まだ寝ぼけてやがる。
だが今の俺の頭にはさっき見た夢の印象が鮮烈に残っており、
そんなことにかまっている気分ではなかった。
(今朝の夢…俺と一緒にいたのは…あゆ?
なんであゆが出てくるんだ?何だろう…何かが引っかかっている。
一体何なんだ…ちくしょう、思い出せない…)
「どうかしましたか?祐一さん」
「秋子さん?」
気がつくと秋子さんが俺の顔を心配そうに見つめていた。
「いえ…なんでもありません…」
「祐一さん…何か困った事があった時はいつでも頼って下さい。
私達は家族なんですから」
「…ありがとうございます」
秋子さんの優しい言葉に俺は素直に感謝していた。
「いちごじゃむー」
名雪一人だけがひたすらのんきだった。

朝食を終え、俺と名雪はいつも通り学校へと向かった。
「今日は走らずにすみそうだねー」
「いつも走ってるのは誰のせいだ」
軽口を叩きつつも俺の頭はまだ夢の事でいっぱいだった。
(何か…何か大事な事を忘れているような…)
懸命に考えてもどうにも答えは出ない。
特に俺は子供時代の記憶が非常に曖昧で何も思い出せない。
(まてよ…もしかしたら俺の子供の頃に関係が?)
ふとそんなことを思った俺は名雪に聞いてみた。
「なぁ…俺って昔この街にいたんだろ?
その時に何か変わった事とかなかったか?」
「昔の…事?」
名雪はふと暗い表情になった。
しまった、覚えていないが俺は過去に
名雪に対してひどい事をしてしまったらしい。
わざわざそれを思い出させるような事を…
「わりぃ、無理に思い出さなくても…」
「ううん、いいよ。頑張って思い出すよ」
そう笑ってみせるものの名雪の笑顔は少し悲しげだ。

「あの頃、祐一に何かとても悲しい事があったみたいなんだ…」
「悲しい事?」
「うん、祐一に子供の記憶がないのはきっとその悲しみを忘れるためだよ」
「…一体、昔の俺に何があったんだ?」
「ごめん、私も小さかったし詳しい事は知らないの」
と、名雪は言っていた。俺はその言葉をヒントにして
なんとか思いだそうとするが考えれば考える程
どうにもこんがらがって答えがまとまらない。
(忘れたくなるほどの悲しい事…一体何があった?
それがあゆと一体どんな関係が…?)
バキッ!
「ぐあっ!?」
と、そこでいきなり顔の側面から強烈な痛みが走った。
「大丈夫か相沢っ!」
北川の声がする。そういや忘れてた、
今体育の時間でサッカーやってた事を…
そのまま俺は意識を失った。


『もうすぐ祐一くん帰っちゃうんだね』
『ああ、もう明日だ』
『ねぇ、ここにこの天使のお人形さんを…埋めといていいかな?』
『…なんで?』
『祐一くんがいつかまたこの街に来たら一緒に掘り返すの』
『また来たら、か…』
『うん…祐一くん、いつかまた会おうね、約束だよ』


「…あ…」
気がつくと俺は保健室のベッドの上だった。
俺の顔を覗き込むように3人の顔が並んでいる。
「祐一、大丈夫?どこか痛い所ない?」
「全く災難だったわね、相沢くん」
名雪に香里…そうか、サッカーボールを頭に受けて気絶してたのか…
「悪かった相沢、思いきり蹴ったボールだったんだが大丈夫か?」
それと北川…ってお前が蹴ったのかよ。
いや、そんなことより。
(あの夢は…それにあの人形は…)
あれが何なのかは思い出せない。
だが俺はあの人形に見覚えがある。間違いない。
「もう大丈夫?私達そろそろ教室に戻るけど…」
「あ、待ってくれ」
帰ろうとする名雪達を俺は呼び止めた。
俺は思いきってみんなに打ち明けてみた。
「…3人とも、俺の話を聞いてくれるか?」

「ここのどこかにその人形が埋まってるって言うんだな?」
「あぁ、それは間違いない」
北川の質問に俺は自信を持って答える。
学校が終わった俺達は町外れの並木道に来ている。
あの人形さえ見つかればきっと思い出せる。
そう思った俺はみんなに手伝いを頼んで人形の捜索に乗り出した。
「祐一がそこまで自信があるなら私は信じるよっ」
名雪も俺の頼みを聞き入れてここまで来てくれていた。
「待たせたわね、それと…」
「祐一さんっ」
準備をすると言って一度家に戻っていた香里が
栞を引き連れてやってきた。
「話はお姉ちゃんから聞きました。
私も及ばずながら手伝いますよっ」
栞もシャベル片手にやる気まんまんだ。
「あははー、祐一さんここにいましたかーっ」
「佐祐理さんっ!?…と舞!?」
「祐一…」
いつの間にやら舞と佐祐理さんが現れていた。
「祐一さんが困ってると聞いて、お手伝いに参りました。
舞ったらすごく心配してたんですよーっ」
びしっ。
顔をほんのり赤くした舞が佐祐理さんにチョップをお見舞いする。
「あうーっ!真琴だけ仲間はずれにしないでよっ!」
「真琴、お前までっ…」
草むらからちょっと怒った様子の真琴が現れた。
しかもどういうわけか天野まで一緒だ。
「やれやれ、仕方がありませんね…」
「天野…お前はどうして…」
「別に…単なる気まぐれです」
ふっ、と笑みをこぼす天野。
ぬぅ、読めないヤツだ。
「みなさんお揃いのようですね」
「秋子さんっ!?」
とうとう秋子さんまで現れた。
「お仕事の帰りだったんですが…せっかくですし、
私もまぜてもらえないかしら?」
「秋子さん…」
「さぁ、早く始めましょう。暗くなると厄介です。
大丈夫、みんなでやればきっとうまくいきますよ」
その言葉で俺達は並木道にそれぞれ散らばって
天使の人形の捜索を開始した。
俺はふと近くに来た秋子さんに話しかけた。
「すみません秋子さん…仕事で疲れてるのに…」
「謝ることはありませんよ。私が好きでしてることです。
それに今朝言ったじゃないですか、私達は家族なんですよ」
「そうだよっ、私だっているんだから」
近くにいた名雪も賛同してくれる。
「私だけじゃないよ。祐一のためにこんなにいっぱい来てくれたよ。
祐一は…一人なんかじゃないんだよ…」
「…あぁ…」

捜索を始め、2時間弱経った頃。
「あった!これじゃねぇか!?」
北川が声を上げ、俺達は一斉に集まった。
その手にはボロボロに汚れた人形が握られていた。
「これだ…かなりボロボロになってるが間違いねぇ」
俺はその手に人形を受け取った。
次の瞬間、俺の脳裏にかつての記憶が蘇ってきた。


『ボク達の学校も今日で終わりだね…』
『仕方ないさ、今日これから俺は帰らなきゃいけないんだ』
『うん…』
『泣きそうな顔をするな。またいつか会えるさ』
『そうだよね…また会えるよね…』
『それにしても、あゆ。お前よくそんな所に登れたな』
『えへへ、こう見えても木登りは得意なんだよ…わっ!』
『あゆっ!?』


「…あゆ」
俺は全てを思い出していた。
この人形は昔俺があゆにプレゼントした物だ。
俺が元の街に帰る直前にあゆがここに埋めたんだ。
そう、かつて俺がこの街に来ていた頃、
俺はあゆに会っていたんだ。
そして、俺の目の前であゆは…
木の上から落ちて…死んだ。
「祐一…どうしたの?」
名雪が心配そうな顔をして俺に話しかけてくる。
「みんな、ありがとう…あとは俺一人で行く…」
「行くってどこに?」
「時間がないんだ、詳しい話は後でな!!」
俺はみんなと別れると人形を持ったまま
目的の場所へと向かって走り出した。
「あっ、祐一ぃ!」
「待ちなさい、名雪」
名雪が走り出そうとする所を秋子さんが止めた。
栞や真琴もそれを見て後を追おうとするのを思いとどまる。
「大丈夫、あとは祐一さんに任せましょう」
「でも…」
「信じて待つことも大切よ。私達は家で祐一さんが帰ってくるのを待ちましょう」


(やっとわかった…俺のなくしていたもの、
それはこの人形と…あの日の思い出だったんだ…)
俺が向かった場所はかつて俺達が学校と呼んでいた場所。
森の中に生えている大きな木。
だがあれから7年経った今ではその木は切られ、
切り株だけがそこに鎮座している。
「あゆっ!」
その切り株の上にあゆはいた。
「祐一くん…」
あゆは少し寂しそうな笑顔を浮かべていた。
「おめでとう…命題、全部クリア出来たんだね…」
「あゆ…お前は知ってたのか?昔のことも、俺のことも…」
「うん…」
「なんで…教えてくれなかったんだ…」
「天国の決まりでね…教えちゃいけなかったの…
それに…もう一度祐一くんを悲しませるのはいやだったから…」
「あゆ…本当にこれで天国に帰るのか?」
「…うん…」
次の瞬間、俺は思いっきりあゆを抱きしめていた。
「そんな…そんなのってアリかよ…やっと…
やっと思い出したのに!やっと…会えたってのに!」
「祐一くん…」
すでに俺の声には涙が混ざり始めている。
「ほら、あの時の人形だ!覚えてるか!?
俺が昔お前にプレゼントしたヤツだよな!?
俺がこの街に帰ってきたら掘り返そうって…約束したじゃないか…」
「覚えていて…くれたんだ…」
あゆはその天使の人形を見て少し笑ってみせた。
「ボク嬉しかったよ…ホントは二度と会えないはずだった
祐一くんに会えて…この一ヶ月、ホントに楽しかったよ…」
あゆの声も涙まじりで少し震えている。
「あゆっ!天国に帰らないでここにいろよっ!
一緒にいてくれよ…あの頃みたいに…」
「それは無理だよ…ボクはもうここにいちゃいけない人間だから…」
「あゆ…!」
「だから祐一くん…ボクの事はもう忘れて…」
泣きながら無理に作ったあゆの笑顔はあまりにも痛かった。
「これ以上…祐一くんを…悲しませたく…ないから…」
下を向いて震えているあゆの体を俺はさらに強く抱き締める。
「いや…俺は忘れない。二度と忘れない。あゆは…ずっと俺の中にいる!」
「祐一くん…」
その瞬間、抱き締めていたあゆの感覚が薄れていくのを感じた。

(ばいばい…祐一くん…)

「あゆ―――――――――っ!!」

俺は泣いた。声をあげて、思いきり泣いていた。
そこにはもうあゆは、いない。


水瀬家に戻った時、名雪は俺の顔を見て驚いていた。
「祐一、どうしたのその目!真っ赤だよ!」
「いや…ちょっとな…」
「なかなか帰ってこないから心配したんだよ!
お母さんは信じて待ちなさいって言ってたけど
天気急に悪くなってきたみたいだし、
これ以上遅くなってたら探しに行く所だったんだよ!」
普段マイペースな名雪がこれ程取り乱す所も俺は初めて見た。
「…悪い…」
そんな名雪を見て俺は素直に謝っていた。
やがて6時になった頃、天候が急変しこの街は大雪に見舞われた。
確かに外にいれば死んでいたかもな…
こうして俺の命題は全て終わった。
だが言いようもない寂しさだけが俺の心に残った。










































季節は流れ、春。
「舞、佐祐理さん…卒業おめでとう」
「祐一さんありがとうございますー。舞も嬉しいよねっ」
「…そんなことない…」
「あははー、舞照れちゃってー」
びしっ、と舞のチョップが佐祐理さんの頭を軽く叩く。
顔真っ赤にしてる舞がなんか可愛い。
今日は卒業式の日。
3年生の舞と佐祐理さんは無事に卒業した。
そして舞の魔物退治にも決着がついた。
魔物の正体は意外だったが…
「祐一さーん、ここにいたんですかー」
そこに栞が息を切らしながら駆け寄ってきた。
「走って大丈夫なのか?」
「今日は調子いいんで平気ですー」
「悪いわね相沢君、栞がお邪魔しちゃって」
そこに遅れて香里も現れる。
病気で余命長くないはずの栞だったが
あれから病状が好転し、順調に回復に向かっている。
4月から学校にも復帰出来るそうだ。
「祐一も香里もひどいよー。私おいてくなんてー」
さらに遅れて名雪がやってきた。
相変わらずのんきなヤツだがこいつも
秋子さんが事故で重傷って聞いた時は
ひどく落ち込んだものだ。
今はこの通り元気になっているが。
「あうーっ!見つけたわよ祐一っ!」
と、そこへ甲高い声をあげて真琴が割り込んできた。
「なんだまた来たのか真琴」
「当然よっ!真琴をおいていこうなんてそうはいかないんだからっ!」
相変わらずおてんばな真琴だがこいつの正体が一番驚いた。
話すと長くなるので省略するがいろいろあってこいつは
今も水瀬家に住み着いている。
「元気なのはいいことです…」
「天野…お前いつの間に…」
けっこう神出鬼没だな天野。
「ごめんなさいね。真琴が卒業式見たいって
言うから連れてきてしまいました」
「秋子さんも来てたんですか」
事故で重傷を負った秋子さんも
今は完全に回復し、再び水瀬家に帰ってきている。

そして、忘れちゃいけないのが――。

「祐一くん…」
「あゆ…」
俺は秋子さんの後に続いて現れたそいつに目を向けた。
「笑っちまうよなぁ、あれだけ盛り上げといてあっさり復活してるんだから」
「うぐぅ、ちょっと勘違いしただけだよ」
7年前のあの事故で、重傷を負ったもののあゆはまだ生きていた。
ところが自分が死んだと勘違いしたあゆの魂は
さっさと天国に行ってしまったのだ。
そのためあゆの体はずっと植物状態のまま残っていた。
天国に帰った後それを知ったあゆは
戻ってきてようやく復活した、というわけだ。
「7年も気付かないとはさすがだあゆあゆ」
「ボクあゆあゆじゃないよぉ」
「やかまし、俺をさんざん泣かせやがって」
「うぐぅ、ごめんってば…」
「ま、それはともかく…ほれ」
俺は手に持っていたものをあゆに向けて差し出した。
「あ…これって…」
「名雪に頼んで直してもらったんだ」
あの日の天使の人形を俺はあゆに手渡した。
「やっと帰ってきたな…あゆ…」
「祐一くん…」
「うー、祐一なにしてるんだよー」
「って、名雪!?」
「祐一さーん」
「う、栞…」
「祐一…」
「舞…」
「あうーっ!真琴もいるんだからっ!」
「真琴まで…」
あゆとの会話にいきなり割り込んできた女の子4人。
なんだか不機嫌そうな顔をしてるのは何故?
「あらあら名雪ったら」
「栞、元気になるとすぐこれなんだから…」
「あははーっ、舞ったら照れちゃってー」
「まぁ…こういうのもいいでしょう…」
その向こうで秋子さん達が微笑ましくその様子を見守っている。
ていうか止めて下さい、見てないで。
「こら、いい加減ラブコメはそこまでにしろ」
北川、ナイスタイミングだ。
「おっ、みんな集まってるようだな。
よし、卒業式記念ってことで写真でも撮るか!」
北川がカメラを取り出したのを見て、
俺達は並んでその中に写ろうとする。
「よーし、撮るぞー」
北川が声をかけた時、俺は隣りにいたあゆに小さくつぶやいた。
「あゆ…」
「え?」
次の瞬間、俺はあゆの額に唇を当てていた。



それは…



君に贈るメッセージ。






後書き
天国に一番近いKanon。
これにて完結です。
あゆ編だったわけですが本編とはだいぶ設定変えてます。
しょうがないじゃん、ゲームやった事ないんだし。
まぁそこらへんは割り切って読んで下さい。
最後の「君に贈るメッセージ」ってフレーズは
TOKIOの「メッセージ」からの歌詞の引用です。
使ってみたかったんで…
どうでもいい話ですが北川がまともだという意見もらいました。
まぁ今回は北川いじるのは目的じゃないし。
むしろ話を解説したり先に進めたりといろいろ活躍してくれたので
私内部の北川の株が上がりました(笑)

ギャグ以外で初めて本格的に書いたKanon小説。
ゲームもやったことないのに同人やネットからの
知識だけでよくここまで書いたもんです。
いろいろありましたが個人的にはけっこう楽しく書けました。
おかげでここ最近作った中でもお気に入りの作品となりました。
いかがでしたでしょうか?少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。
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