「ったく、名雪のヤツ…」 今、俺は夜中の学校に来ている。 名雪がノートを忘れたので取りに行ってくれと頼まれたのだ。 それをオーケーする俺も俺だが… しかし夜中なのに学校の鍵空いてたぞ、不用心な。 「名雪の席はっと…あったあった」 目的のブツは簡単に見つかった。 「さっさと帰るか…」 ガシャァン! 「なんだっ!?」 いきなりどこかでガラスの割れるような音が聞こえたので すぐさまそっちへ向かってみた。 「これはっ…」 そこで俺が見たものは。 周囲のガラスが割られ、その破片が飛び散る廊下に立っている 手に剣を持った制服の女の子の姿だった。 「…誰?」 女の子は俺に気付いたのかこっちに振り向いた。 それで制服のリボンの色が見えて、彼女が3年生だとわかる。 「お、お前こんな所で何をしてるんだ…」 「……」 彼女は何も答えない。無表情が暗闇との相乗効果で何か怖い。 「…危ない」 「え?」 ドンッ! 「ぐあっ!!」 いきなり背後から突き飛ばされる俺。 壁に激突して滅茶苦茶痛い。 「いってぇ…」 俺を突き飛ばした何かが近付いてくる。 やばいと思ったその時。 「…討つ」 さっきの女の子が剣を振ってその何かを追い払った。 しばらくしてその何かの気配は消え去った。 「助かった…」 よくわからんが助けられたみたいなので一応礼を言っておく。 「と、とりあえずサンキュな」 「……」 彼女は何も言わず、その場を立ち去ろうと… 「って、何か言えよっ!」 思わず俺は声をあげて引き留めていた。 「…何?」 「さっきのあれはなんなんだよっ!」 「…魔物」 「…はぁ?」 「目に見えない魔物…いつも…夜中に…」 「そ、そうなのか…」 信じがたい話ではあったがたった今の体験と 女の子の迫力がなんとも言えない説得力があった。 「じゃ…」 そう言って彼女は、その場を立ち去ろうと… 「って、待てーっ!」 「…今度は何?」 「お前はなんなんだよっ!」 「…私は魔物を討つ者だから…」 それだけ言って彼女は今度こそ立ち去っていった。 「…帰ろう」 身体が痛いし、帰って休もう。 くそっ、ノート取りに来ただけでなんでこんな目に… 「祐一ありがと。これで宿題ができるよぉー」 「あ、そう…」 疲れていた俺は名雪にノートを渡して さっさと部屋に戻ろうとした。 が、すぐに名雪に呼び止められた。 「あれ?ノートに紙切れ挟まってる…こんなの知らないよー」 「ちっ…捨てといてやるよ…」 名雪に紙切れを渡され、やっと俺は部屋に戻った。 「まったく…」 紙切れをゴミ箱に捨てようとした時、紙切れに文字が書いてあるのが見えた。 「まさか…」 やな予感を感じながら俺は紙切れを広げた。 紙切れにはこう書かれていた。 『明日から5日間、友達を守りぬけなければ即死亡』 「やっぱり…」 俺はそうつぶやくしかなかった…。 翌日(あと5日) 「うー、腹減ったぁ」 午前の授業が終わり、俺は速攻で学食へと走っていた。 「急げ急げっ」 廊下を疾走する俺の目の前に通りすがりの女子がっ、 「って危ねぇっ!!」 どごんっ! 「くはっ…大丈夫か?」 「…平気」 「って、お前昨日のヤツか?」 そこにいたのは昨日夜の学校にいた女の子だった。 「あははーっ、舞お待たせーっ」 と、そこへ別の女の子の明るい声が割り込んでいた。 「はぇ?その人は誰ですか?」 現れた女の子は俺がいることに疑問をもった。まぁ当然だわな。 「偶然にも再会を果たした古い友人です」 「はぇー、そうなんですかー」 「いや、冗談なんでマジにうけとらないで下さい。 おめーも否定しろよ」 ぶつかった女の子の方は、無口無表情で自分からは ほとんど何もしゃべらなかった。 「あのですね…」 やむなく俺は学食に行く途中でぶつかったことを 素直に白状した。 「あははーっ、それではお弁当いっしょに食べましょう」 「なぜゆえにそうなるっ」 「それではさっそく行きましょう」 俺に決定権ないんかいっ。 まぁ今から学食行ってもろくなメニュー残ってないので 断る気はないが。 「今日はお弁当少し作りすぎたんで困ってたんですよー」 確かに彼女の用意した弁当は女の子2人で食べるにはちと多い気がする。 ちなみにここは屋上に続く階段の踊り場である。 「あ、自己紹介がまだでしたね。倉田佐祐理と言いますー」 佐祐理さんと言う人は明るくていつも笑顔だった。 制服のリボンから彼女も上級生らしい。 「…川澄舞」 もう一方、昨日の夜出会った女の子は舞と名乗った。 「あ、俺は相沢祐一、2年生っす」 最後に俺が自己紹介、これで互いに名前がわかったわけだ。 「自己紹介も終わった所でお昼ご飯にしましょうー」 というわけで俺は佐祐理さんの作った弁当とやらを食してみた。 「……」 「どうしました?美味しくなかったですか?」 「うーまーいーぞーぉっ!!」 「はぇ?」 俺の魂の叫びに佐祐理さんは呆然としている。 「すいません、ベタだけどついやりたくなって。 いや、マジ美味いっよ、佐祐理さん」 もうご飯進む進む。 「…佐祐理のお弁当、美味しい」 横から舞も率直な意見を口にする。 って、食い物口に入れすぎ。よく喋れたな。 「あははーっ、2人ともありがとうございますー」 昼食タイムは非常に楽しく過ぎていこうとした。 と、そこで佐祐理さんが思い出したかのように話を始めた。 「あ、そういえば舞、どうだった?」 「…すごく怒られた」 「何の話っすか?」 つい俺は気になって質問をしてしまった。 「校舎のガラスが割れたの、舞のせいだと思われて さっき職員室に呼び出されてたんです」 それを聞いて思わず俺はおかずを喉に詰めかけた。 昨日のあれか…確かに舞がやったと思われるのも無理はない。 魔物とやらのせいと言っても信じるヤツぁいないだろうし。 「舞は悪くないのに…」 そうつぶやく佐祐理さんの表情は少し暗かった。 「え、えーと。暗くなっちゃダメですよ。 ほら、笑顔、スマイル。昼飯もまだ残ってますし」 「あはは、ありがとうこざいますー」 こうして俺は上級生の女子2人と一緒に弁当という 非常に甘美な時間を過ごしたのであった。 「おい、相沢。あの2人と一緒にメシ食ったってホントか?」 教室に戻ってきた所で北川に話しかけられてきた。 「あの2人って?」 「倉田佐祐理と川澄舞だ。お前は転校してきたばかりでしらんだろうが けっこう有名人だぜ、あの2人」 「そうなのか?」 「あぁ、倉田佐祐理はああ見えてこの学校の有力者だ。 家がかなり金持ちみたいでな、いわゆるお嬢様ってやつだ。 もう一人の川澄舞は…言っちゃなんだがあまり評判がいいとは言えないヤツだ。 よく校舎のガラスがわれたりする事件があるんだが それに川澄舞が関与してるって噂だ。実際はどうかしらんが それで教師や生徒会に目つけられてるってのは確かだ」 「なるほど…」 どうやら舞が職員室に呼び出されるのは 今回が初めてではなかったようだ。 「怖がって近寄らない連中がほとんどなんだが どういうことか倉田佐祐理だけが川澄舞と仲良いみたいなんだ。 何故なのかはさすがの俺にもわからんがな」 確かに佐祐理さんは舞と随分親しい様子だったな。 「とにかくお前もトラブルに巻き込まれたくなければ 川澄舞にゃ近づかねぇことだ」 「って言われたのにな…」 その日の夜、またしても俺は学校に来ていた。 昨日と同じ出で立ちで舞が廊下に立っている。 「何しに来たの…」 「いや、まぁいろいろとな、ハッハッハ。で、魔物は今日も来るのか?」 「…来る」 舞の返答は簡潔なものだった。 実は俺にはある考えがあった。 舞の手助けをすることで『友達を守り抜く』という命題を クリアしてしまうことだった。 昨日会ったばかりの人間を友達というのもなんだが 要はピンチを救ってやればいいのだ。 「来た…」 俺はすぐさま身構えて舞と同じ方向に向いた。 ってそういや魔物って見えないんじゃん。 どうしろってのよ、俺。 「祐一、来てる」 がすっ! 舞の言葉が終わると同時に俺は見えない何かの 衝撃をくらってその場に倒れた。 「ぐぅっ…」 あまりの痛さにまともに声も出ない。 一瞬マジで命の危険を感じた、だが次の瞬間。 「討つ…」 舞の剣が魔物を斬りつけた(見えねぇけど) 相当効いたのか魔物が動かなくなった(見えないってば) 「…倒したのか?」 「…まだ、他にもいる」 「わぉ、複数いるのかよ…」 ようやく回復した俺はふらふらと立ち上がった。 「祐一のおかげ…」 「え?」 「祐一が…囮になってくれたから」 「囮かいっ!」 思わずツッコミを入れる俺。 とほほ、役には立ったけどとても守ったとは言えねぇ… 「今日はもう出ない…」 「そうか…じゃ今日はもう俺帰るわ…」 翌日(あと4日) 「あっ、祐一さん。どうしたんですか?」 「なに、ちょっと気になったもんでね。 2人とも今日もここにいたんだ」 昼休み、学食でパンを買った俺はその足で 昨日と同じ場所に向かっていた。 そこには舞と佐祐理さんが弁当を広げて 昼食タイムの真っ最中だった。 「せっかくだし、ご一緒してよろしいかな?」 「あははーっ、もちろんですよーっ。 仲間が増えて舞も嬉しそうですーっ」 すかさず舞のチョップが佐祐理さんに突っ込む。 「あははーっ、舞照れなくてもいいのにーっ」 さらにチョップを続ける舞、心なしか顔が赤い。 さすが佐祐理さん、舞の扱いがうまいなぁ。 「あ、そうだ。ちょうどよかった。祐一さんにお願いしようか?」 「はい?」 パンを食べながら俺は佐祐理さんの話を聞いた。 「実は明日、学校のイベントで舞踏会があるんですよー」 「武闘会?天下一でも決めるんですか?」 「あははーっ、文字が違いますよーっ」 「すいません、ベタなギャグで」 「生徒会主催のダンスパーティーなんです。 それに佐祐理と舞が出るんですよー」 「え?佐祐理さんはともかく舞も?」 「はい、佐祐理はこれを機会に舞の可愛さを アピールしたいと思ってるんですよー」 「なるほど、『チキチキ、舞のイメージアップ大作戦』というわけですね」 何がチキチキなのかよくわからんが。 「で、俺に何の関係が?」 「はい、祐一さんも舞踏会に出て下さい。 それで舞と踊ってください」 「な、なんですとぉ!?」 思いも寄らぬ展開に思わず驚いてしまった。 「舞のペアの相手に困ってたんですよー。 祐一さんならピッタリだと思いまして」 「いや、いきなり言われても、俺踊れないっすよ!?」 「大丈夫ですよー、なんとかなります」 「舞踏会の服なんて持ってないし、俺!」 「そんなこともあろうかと実は用意してるんですよー」 どこに置いてあったのか、佐祐理さんはいかにもなタキシードを俺に見せた。 「もうすでに実行委員会の方にも登録すませておきましたから 祐一さんはこれを着て舞と踊るだけです」 「すませてあるって…確信犯っすかぁ!?」 「あははーっ、舞のためなら努力は惜しみませんよーっ」 佐祐理さん恐るべし…俺は心の底からそう思った。 当の舞はというと。 「タコさんウィンナー…おいしい…」 ひたすら佐祐理さんの弁当を食っていた。 お前状況わかってんのか。 舞踏会の準備とやらで学校が早く終わったので 俺はその足で商店街へとやってきた。 「このへんで立ってると多分ヤツは」 「うぐぅーっ!」 「と、言いながら後ろから体当たりしてくるんだよな」 そう言って俺はすかさずあゆのタックルをかわしてみせた。 「うぐぅ、祐一くんが避けたぁ」 「あゆ、いい加減体当たりしてくるのはやめろ」 「うぐぅ、祐一くんいじわるだよ」 服についた雪を払いながらあゆが文句をたれる。 「で、祐一くん何か用なの?」 「今回の命題なんだがな…正直きつい。これじゃ期限が来る前に死ぬ。 舞を守るつもりがこっちが守られてる始末だ」 「大変だね」 「他人事みたいに言うな。俺がこんなことして 一体何の意味があるんだ」 「命題はちゃんと意味があるよっ」 「ほぉ、どんな?」 「大切な事を…教えるため」 意外にマジメな答えが返ってきたので少し驚いた。 「すでに二つの命題をクリアして… 少しはわかってきたんじゃない?」 「むぅ…」 「祐一くん、頑張って命題クリアしてね」 「あっ、おいっ…」 言うだけ言ってあゆは去っていってしまった。 むぅ、なんかごまかされた気分。 夜。 「よぉ、また来てやったぞ」 今日もまた夜の学校で俺は舞と落ち合っていた。 舞の方は相変わらずだが。 「今日は来るのか?魔物は?」 「…わからない」 「毎日こんな事してるのか…大変だな」 「…そんなことない」 「明日の舞踏会、大丈夫か?」 「…わからない」 「…お前、もうちょっと色気のある返事できねぇのか?」 舞の返事はあまりにそっけなさすぎる。 もうちょっと気の利いた返し方をしてくれてもいいのに。 「お前のしゃべりには華がなさすぎるんだ。華が」 「…そんなこと言われても」 「いや、ダメだ。とにかくなんか可愛いセリフでも言ってみろ」 「…わからない」 「ぬぅぅ、ならば俺が決めてやる。イエスは『はちみつくまさん』 ノーは『ぽんぽこたぬきさん』だ。いいか?」 俺もテンションあがってきたのかわけわかんねぇ事言ってるけど 気にしたら負けだ。こういうのはノリと気合だ。 「わかったら返事はぁ!?」 「…はちみつくまさん」 やった、今俺の中でやり遂げたという充実感があふれていた。 「…来た」 「へ?」 瞬間、俺の背中から衝撃が襲いかかる。 激しい痛みとともに俺は床に倒れる。 魔物はすぐに舞が追っ払ってくれたが 俺のダメージはけっこう大きかった。 ちくしょう、ほんとに期限来る前に死にそう… 翌日(あと3日) 「来てしまったな…」 舞踏会会場にて一人立ちつくす俺。 無論、佐祐理さんの用意したタキシードを着て。 「2人ともまだか…」 期待と不安を抱えて待っていたその時。 「あははーっ、祐一さんお待たせしましたー」 佐祐理さんの脳天気…いや失礼。 明るい声が聞こえてきた。 「支度に少し手間取っちゃいましたー。 いかがですかー?」 「おぉ…」 佐祐理さん、そして連れられてやって来た舞のドレス姿を見て 思わず俺は声をあげる。 佐祐理さんはいわずもがな、舞もなかなか似合っている。 うわ、こいつ意外と胸ある…ってそうじゃねぇだろ俺。 まぁとにかく…可愛かった。化けるもんだな。 「あははーっ、舞の晴れ姿に祐一さんもメロメロですー」 そこへすかさず舞のチョップ。中身は相変わらずだ。 「おや、お二人ともお揃いで」 いきなり後ろから見知らぬ男子生徒が声をかけてきた。 眼鏡をかけた、どこか嫌味な男だ。 「あははーっ、久瀬さん、今日は楽しみですねー」 久瀬っていうのか。佐祐理さん知り合いなのか? 「そうですね、我が校一のトラブルメーカーである川澄舞が 参加するんですからね…」 そう言ってそいつは舞の方に目を向ける。 「ふむ。なかなか綺麗に着飾ったみたいですね。 まぁそれで普段の素行が変わるわけではありませんが…」 むぅ、なんかトゲのある言い方だなぁ。 「それでは後ほど…」 適当に挨拶だけして久瀬とやらは先に会場の奥に入っていった。 「誰ですか?」 「生徒会長の久瀬さんです、舞の事気に入らないみたいで いつもちょっかいかけてくるんです」 なるほど、北川の言ってた舞に目を付けてる生徒会のドンか。 「あの人は舞がこんなに可愛い事を知らないんですよー。 絶対に今日の舞踏会で舞の可愛さを思い知らせてあげますよー」 佐祐理さん、結局はそれですか。 つーか、舞がからむと強気だな佐祐理さん。 「それじゃ行きましょうー」 張り切る佐祐理さんについて俺と舞が会場へと入っていった。 『それではこれより生徒会主催、舞踏会を始めたいと思います』 久瀬が壇上で開会の挨拶をのべると会場と化した体育館に 荘厳な音楽が流れ始めた。 「へぇ…本格的だなぁ」 「さぁ、舞、祐一さん、張り切っていってください」 佐祐理さんに後押しされ、もう退けない俺。 「しょうがない。やるだけやってみようぜ、舞」 こくん 黙って舞はうなづいた。 「よし、いくぞ」 俺は思い切ってステップを踏む。 ずるっ ビターン 俺は思いっきり踏み外して転んでしまった。 手を繋いでいた舞も一緒に転んで俺の上に倒れる。 「わりぃ、大丈夫か?」 こくん 「よし、落ち着いていこうな」 そうはいったものの、俺と舞のステップは非常にたどたどしく、 とてもダンスには見えない。周りから失笑さえ飛んでくる。 「舞ーっ!祐一さーん!素敵ですよーっ!」 ぐはぁっ、佐祐理さん、大声で叫ばないでください。 メチャ恥ずかしいっす… 「やれやれ…ろくに踊れもしないのによく出ましたね…」 む。佐祐理さんにあの久瀬が話しかけてきたぞ。 「舞、すごく可愛いでしょう?」 「はぁ?」 「うまく出来なくても健気に一生懸命頑張る舞。 とてもいじらしくて可愛らしいと思いませんか?」 「そう言われましても…」 ガシャーン! 「キャーッ!」 「なんだっ!?」 突然会場の一角から悲鳴があがった。 驚いた俺がその方向を見ると テーブルや機材が次々と壊れていく。 「まさか…魔物!?こんな時に!?」 いつの間にか舞は俺の手を離して剣を取りだしていた。 「舞!その剣はどこから…ってそうじゃなくて。 よせ!ここで暴れたら…!!」 「きゃっ!!」 その瞬間、佐祐理さんが魔物の攻撃を受けた! そのまま気を失ってしまう佐祐理さん。 「…許さない」 「舞、やめろってごるふぁっ!」 止めようとした所で俺も魔物の攻撃を受けて倒れてしまった。 舞はひたすら魔物と戦い続けている。 その影響であまりの物が次々破壊され、 他の生徒達は悲鳴をあげながら逃げていく。 しばらくして魔物の気配が消えた頃、 会場は完全に滅茶苦茶になって、ほとんどの生徒達は いなくなってしまっていた。 「川澄舞っ!貴様どういうつもりだ! 由緒ある舞踏会をメチャメチャにするとは!」 そこへ久瀬が現れ、真っ先に舞を非難した。 「今回ばかりは許さんぞ、厳重に処罰してやる。 覚悟しておけ!!」 「あぁぁ…」 やってしまった。そんな無念の気持ちでいっぱいだった。 翌日(あと2日) 「どうでした…?」 生徒会室に呼び出された舞と付き添いに行っていた 佐祐理さんが戻ってきたので結果を聞いてみた。 「舞は退学だって言われました… まだ正式な決定ではないですが時間の問題だと…」 佐祐理さんらしからぬ暗い声でそれを知らされる。 「…どうしてこんな事に…舞は何も悪いことしてないのに…」 確かに。舞が悪いわけじゃない。しかし相手は目に見えない魔物。 傍目には舞が一人で暴れたようにしか見えない。 状況は舞にとって不利だった。 「どうするんだ…舞…」 舞は黙ったまま喋らない、いやそれはいつものことだが やっぱり少し落ち込んでるように見える。 (ん…待てよ) これは逆に命題をクリアするチャンスではないのか? 舞のこのピンチを救ってやれば魔物退治でイマイチ役に 立ってない分を挽回出来るかもしれない。 「舞、俺がなんとかしてやる」 そう思った俺は思い切って話を切り出した。 「祐一…?」 驚いた様子で舞が俺を見つめている。 「このまま終わるわけにいかないだろう。やってやろうじゃねぇか」 「祐一…」 俺は自分でも無謀な事言ってるという自覚はあった。 だが舞がすがるように俺を見つめるのを見ると今更引き下がれなかった。 「祐一さん、佐祐理もお手伝いします。佐祐理も舞が退学なんて嫌ですから」 佐祐理さんもうまくのってきてくれた。 彼女がいれば心強い味方となってくれるだろう。 「おっしゃあ!そうと決まりゃ作戦会議だっ!!」 「というわけなんだ、力を貸してくれ」 「っていきなり言われてもな…」 「そんなたいした事じゃない。ただこいつに名前書いてくれるだけでいいんだ」 佐祐理さんと相談した結果、ここは手分けして署名を集めることになった。 そして今俺は教室で北川に頼んでいる所である。 「変なヤツではあるが根はいいヤツなんだ。頼む、協力してくれ」 「うーん…まいったなぁ…」 と、北川が頭を悩ませているその時。 「祐一、私は信じるよっ」 「名雪っ」 「祐一がそこまで言う人だもん、悪い人のわけないよ」 名雪は戸惑うことなく、署名用紙にサインしてくれた。 「私もサインしていいかしら?」 「香里」 「詳しい事情は知らないけど…ここは相沢君の顔をたててあげる」 続いて香里のサインが加わる。 「美坂がそう言うなら…俺も署名してやろう」 「北川」 「それにおもしれぇじゃねぇか。生徒会に真っ向から立ち向かうなんてよ」 ようやく北川もサインをしてくれた。 「ありがてぇ…みんな、恩に着るぞ」 数時間後。ある程度集まった所で俺は佐祐理さんと合流した。 「どうですか?佐祐理さん、塩梅は」 「これだけ集まりました」 おぉ、けっこう集まってる。俺のと合わせれば なかなかの数にはなるはずだ。 「よし、こいつを持って生徒会室に乗り込もうぜ」 「駄目です」 俺達は生徒会室に行って直談判に持ち込んだが 生徒会長の久瀬の対応は冷たかった。 「そんな、こうして大勢の署名だってあるんですよ!」 「そんなものを見せられても我々の意思は変わりません。 大体迷惑してるのはこっちなんです。我々が企画した舞踏会を 滅茶苦茶につぶされたんですから」 「きっとそれは事情があって…」 「聞きたくありません。そんな話」 駄目だ、どうにもこの石頭には話が通じない。 「…そんな、お願いします、お願いします…」 必死の表情で佐祐理さんはただ頭を下げる。 だがそれを見て久瀬が一瞬にやりと笑ったのを俺は見逃さなかった。 「…倉田さんがそこまでおっしゃるなら、 もう一度検討してみましょう。よろしいですね?」 「は、はい!」 「では、ゆっくりお話したいので…とりあえずあなたはお引き取りください」 「え、俺!?」 いきなり指名されて慌てる俺。 「いや、待てよ、そういう話なら俺だって…」 「お引き取りください。でなければ話は出来ません…」 「祐一さん、佐祐理は大丈夫です。 それより今は舞のそばにいてあげて下さい…」 「くっ…」 久瀬が何か企んでる事は想像に難くないが 佐祐理さんに言われては引き下がるしかない。 俺は渋々生徒会室を後にした。 「ご苦労様です。結果は後日伝えますので…」 そう言われても俺の不安は増すばかりであった。 「…そういうわけだ。あとは佐祐理さんを信じるしかない」 「…そう」 俺が事態の顛末を舞に説明するとただ一言そう言った。 そのまま舞は黙りこくってしまい、妙な沈黙が流れた。 「…大丈夫だ。俺がついてる。佐祐理さんもいる。 だから…元気だせ」 沈黙に耐えきれず、俺はせめてもの励ましを言った。 「…祐一」 「ん?」 「ありがとう…」 「え…?」 それだけ言い残して舞は去っていった。 翌日(最終日) 今日が命題の最終日か… どうなるんだろう、俺… まぁ考えてもしょうがない。 今はそれより舞と佐祐理さんだ。 俺は急いで学校へと走っていった。 「なんだありゃ…?」 学校に着いた所で俺は妙な人だかりがあるのを見た。 気になったので人ごみをかきわけ、その中心へと向かった。 「なっ!?」 俺は自分の目を疑った。そこでは集会などで使う朝礼台の上に 佐祐理さんと久瀬が立っていたのだ。 「えー…そういうわけで、倉田佐由理さんが卒業までの短い間ですが 我が生徒会に復帰されることになりました」 久瀬が得意げに語るその横で佐祐理さんは肩を落としている。 どういうことかはすぐに想像がついた。 舞の在学と交換条件に佐祐理さんを生徒会に入れたんだ。 佐祐理さんはかなりの有力者だから生徒会につければ 久瀬にとって有利な事は間違いない。 つまりヤツは自分のために佐祐理さんを利用する気だ! 「おぃてめぇ!!」 俺はたまらず前へ飛び出して久瀬を怒鳴りつけた。 「おや、あなたは…」 「やり方がきたねぇぞてめぇ!」 「おや、何のことでしょう。私は『話し合い』をしただけですよ?」 「祐一さん…ごめんなさい、佐祐理は…頭の悪い子ですから…」 見下すように俺を見る久瀬と申し訳なさそうな佐祐理さん。 「こんな…こんなのって…」 「佐祐理…」 「舞!」 そこへ後ろから舞が現れた。 黙ってじっと佐祐理さんの方を見つめている。 「舞…佐祐理は大丈夫だから…」 「…嬉しくない…」 「え?」 「佐祐理と一緒じゃないと…嬉しくない…」 「舞…」 正直だった。舞の言葉はあまりに正直でそして真っ直ぐだった。 「わからない人だね、川澄君、倉田さんは君のためを思ってこうして…」 「許さない…」 「舞っ!」 久瀬に殴りかかろうとする舞を俺は慌てて止めた。 「よせっ、気持ちはわかるがそんなことしてもこじれるだけだっ!」 「祐一離して」 「舞っ、お願いだから落ち着いてっ」 佐祐理さんの説得でようやく舞は暴れるのをやめた。 「全く、感謝したまえ、君みたいな問題児がこの学校にいられるのは 倉田さんのおかげなんだからね」 ドグッ! 「貴様、何を…する…」 気がついたら俺は久瀬の鳩尾をぶん殴っていた。 ほとんど無意識の行動だった。 「覚えてろ…このままじゃ絶対すまさねぇからな…」 そう言って俺は校舎へと入っていった。 「あ、祐一さん待って下さい。久瀬さん、佐祐理は失礼します。舞、行こう」 その後に佐祐理さんと舞がついてきた。 「祐一…」 「舞…気にすんな。殴ったのは俺だから舞は怒られることはないだろう」 心配する舞に精一杯の笑顔で答える。 とはいえやはりまずかっただろうか。 俺は生徒会長である久瀬を殴ってしまった。 これでまたややこしいことになるかもしれない。 不本意とはいえ佐祐理さんが自らを犠牲にしてまで 舞を救ってくれたというのに… 「心配無用ですよ祐一さん」 「佐祐理さん…」 後ろから佐祐理さんがにこやかに励ましてくれる。 「佐祐理はこんな事もあろうかと久瀬さんの弱みをにぎっておきましたから」 「へ?」 俺の間の抜けた声があがる。 「あははーっ、昨日あの後生徒会に入れって誘われたんで その事話したら久瀬さんの態度がガラッと変わりましたーっ」 「えーっ!?」 「おかげでこれからは舞はもちろん祐一さんにも 今後手を出さないと約束してくれましたーっ」 ちょ、ちょっと待ってどういうこと? さっきまでのあのシリアスな雰囲気はどこ行ったの? 「それじゃさっきの朝礼は!?」 「えぇ、一応生徒会には入るんです。 でも名前だけで実質は何も変わりませんよーっ」 「でもさっき『ごめんなさい』って…」 「えぇ、こんな狡い方法でしか舞を助けられなくて。 でもまぁお互い様ですよね。とにかくこれで生徒会のみなさんも 佐由理達の味方ですよーっ」 「……んなのアリかよ」 逆に生徒会の方が佐祐理さんに操られるハメになったのか… それじゃさっきの朝礼の久瀬の態度は表面だけで 心ではこんなはずじゃなかったと泣いていたのか。 自業自得とはいえ哀れだ…ごめん久瀬、殴って。 「佐祐理…無事でよかった…」 「あははーっ、舞の方こそよかったねーっ」 事件は解決したと喜び合う舞と佐祐理さん。 結局俺は何だったんだろう。 そして佐祐理さんだけは敵にまわすまい、 俺は切実にそう思った。 その夜。 「まぁ、いろいろあったがこうして再開できたな。魔物退治」 こくんとうなづく舞。舞踏会以来1日ぶりの魔物退治である。 「今日は来るかな?魔物」 「たぶん…来る…」 「そうか…それじゃ待たせてもらおうかな…」 魔物が来るまでの間、舞と二人っきりで暗い廊下に立ちつくしている。 静かに待つのも寂しいので俺は話を始めた。 「俺さ。最初の頃はお前の事どうでもよかった。 ただ命題クリアにちょうどいいから付き合ってただけだった」 「……?」 「でもな、この5日間付き合ってるうちに お前といて楽しいと思えるようになった」 「……」 「命題は今日で終わりだ。もし生き残れたら… 改めて…俺の友達になってくれるか…」 「…ぽんぽこたぬきさん」 「え?」 確かそれって「ノー」の返事… 「祐一と私はもう友達…」 「…言ってくれるな…」 嬉しいじゃねーかコンチクショウ。 「…来たっ!」 「魔物かっ!」 瞬時に緊迫する空気。 俺は魔物は見えないが全神経を集中して攻撃をかわす。 つまり勘なんだが。 「おっとぉ!」 勘が当たったのか、俺の前を魔物の攻撃がかすめていく。 すかさずそこに舞の剣がうなる。 「一体、しとめた…」 「よし、ナイスだ舞」 その瞬間、後ろから激しい衝撃を受け、廊下に倒れた。 「ぐはぁっ!」 しまった、後ろにもう一体いたのか… さすがにダメージがでかくて俺は倒れたままうごけねぇ。 (俺は…死ぬのか?) 一瞬そんな考えが頭をよぎる。 だがそこへ、舞が俺の前に立ちはだかる。 「祐一は…死なせない」 舞の剣が魔物を斬りつけた。 やがて魔物の気配は消えていった。 「やったのか?」 「逃げられた…でも傷はつけた」 「そうか…」 ピピピピピピ 「あ…」 俺が腕時計にセットしておいたアラームが鳴った。 時刻は12時。 俺は…生き残った。 「舞…」 「……」 「また明日な」 「…はちみつくまさん」 「頑張ったね、祐一くんっ」 「やっぱりいたか、あゆあゆ」 「うぐぅ、ボクあゆあゆじゃないよ」 校門を出た所で待ち伏せていたあゆとはち合わせた。 「…生き残ってなんだが本当に俺は命題をクリア出来たのか? どっちかというと守ったのは佐祐理さんで 俺は何にも出来なかったと思うんだが…」 「祐一くんは守ったよ。舞さんの…ここ」 そう言ってあゆは自分の胸に手を当てる。 「胸か?そりゃ舞は巨乳だが…」 「うぐぅ、違うよっ!」 「あゆは貧乳だな」 「だから違うよっ!心だよ心っ!」 「心…か…」 言われるとなんだか照れくさいぞ。 「それじゃ祐一くん。次の命題がくるまで ゆっくり休んでおいてね」 「まだあるんかい…」 「うんっ、それじゃばいばい祐一くんっ」 「おぅ、迷子になるなよ」 「ならないよっ」 その頃、町外れの丘から街に降りてくる人影があった。 「…あいつだけは許さないんだから…」 後書き。 この舞編は天近Kanonで最も長い話になりました。 今回は命題の期間が長かったので仕方ありませんが。 あと天近Kanonで一番壊れたキャラは佐祐理さんでした(爆) 書いていくうちにこうなったんです。 この佐祐理さんは舞が可愛くて仕方ないんですよ(笑) オチは賛否両論でしょうがこれには私の持論があって 小説版と電撃のマンガでは舞の力が暴走して久瀬を追い払いますが 私はあれが「ご都合主義」に見えてあまり気に入ってないんです。 佐祐理さんが自分でなんとかしちゃった方が私としては好きです。 まぁこれは私の好みと感性の問題なんで… 単にネタにしたかったってのもありますが(おぃ) それに元ネタのドラマでも弱みにぎって脅すキャラいたし。 なお「偶然にも再会を果たした古い友人です」というのは 嘘から出た誠だったという裏オチ。続きへ