天国に一番近いKanon(名雪編)


雪、雪が降っている。
俺は両親が仕事で海外に行ってしまったので
親戚のいるこの北の街に1人でやってきた。
しかし…寒い。この雪の降る中俺はベンチに座って
迎えに来るはずの俺の従兄弟を待っていた。
それなのに。奴は一向に来る気配を見せない。
ちくしょういつまでこの寒い中待たせる気だ…
「祐一くん…」
「遅いぞなゆっ…」
言いかけて俺は言葉を途中で止めた。
いつの間にか俺の目の前に現れて呼びかけた
そいつは随分小柄で背中に羽のついたリュックを背負った
女の子だった。
「祐一くん…だよね」
「あぁ…」
そいつは確認するように再び名前を呼んだ。
「名雪…じゃないな。誰だお前」
「ボクは月宮あゆ。天使だよっ」
「帰れ」
「うぐぅ、即答…」
いきなり自分を天使だという奴にろくな奴はいない。
なんかの宗教の類か?
「ボクは祐一くんに命題を与えに来たんだよ」
「命題だと?」
「そう。祐一くんはそれをクリアできなきゃ即、死亡だよ」
「帰れ」
いきなり現れて何とち狂ったこと言いだしやがる。
やはりこいつは危ない奴に違いない。
「まぁ、いきなり言っても信じられないよね。
とりあえず今日の所はこれで帰るね。
はい、寒そうだからこれあげる」
そう言ってそいつは一匹のたい焼きを差し出してきた。
焼きたてらしくホカホカだ。この寒い中これは素直にありがたかった。
「よし、こいつはもらっといてやろう。さぁ、帰れ」
「うん、じゃあね。あ、そうそう、迎えの子ならあと5分で来るから待っててね」
そう言い残してそいつは去っていった。
…変な奴だった。

「雪、つもってるよ」
「当たり前だ。2時間も待たされたからな」
迎えの従兄弟、名雪が現れたのはそれから5分後の事だった。
あいつ見事に言い当てたな…ま、偶然だろう。
「ごめんね。これお詫びのジュース」
「この寒い中冷えたコ○ラなんぞ出すなっ」
全く常識はずれな奴だと心の中で文句を言いながら
俺はさっき奴にもらったたい焼きにかぶりついた。
ガリッ
ん?
たい焼きの中に何か変なものが入ってるぞ?
俺は口の中から取り出すとそいつは丸められた紙だった。
広げてみて俺は言葉を失った。

『明日午前11時までに本気で謝れなかったら即死亡』



翌日。
「ふわぁぁぁ…」
俺は大きくあくびしながら一階のリビングへと降りていく。
ここは水瀬家。今日からここが俺の住処となるわけだ。
「あら、祐一さん。おはようございます」
「あ、どうもおはよーっす」
台所にいたのは名雪の母である秋子さん。
とても一児の母とは思えぬ若々しさだがそれはこの際よしとしよう。
「うにゅー…」
遅れて名雪がリビングに現れた。
寝ぼけているのか目がとろーんとしている。
「おい、名雪。ねぼけてねぇでちゃんと起きろ」
「うにゅ…けろぴー…」
だめだ。聞こえてないなこれは。
「祐一さん、せっかくですから私の作った
オリジナルジャムなんかいかがですか?」
「祐一っ。昨日のおわびに今日は街を案内してあげるよっ」
いきなり目を覚ました名雪は台所から連れ去るように
俺の手を引いて行ってしまった。
「あらあら…」
1人、台所に残った秋子さんは頬に手を当てて笑っていた。

名雪に連れ出され、俺は商店街に来ていた。
「何するんだ。朝ごはんまだ食べてないんだぞ」
「祐一、悪いこと言わないからあのジャムだけは手を出さないで」
「まずいのか?」
「あんなの人間の食べるものじゃないよっ」
秋子さん、実の娘にこんなこと言われてますよ。
「しかし腹減ったぞ。何か食べる物…」
「うー。この時間じゃ百花屋も空いてないだろうし…」
「うぐぅーーーーーー…」
「名雪…何か言ったか?」
「別に?」
「うぐぅーーーーー!」
どすんっ!
「ぐはっ!」
いきなり背中からタックルをくらわされて、
俺は雪の積もる地面に豪快に倒れた。
「うぐぅ、ごめんなさい」
「何すんだてめぇっ!」
見るとそこにいたのは昨日の変な奴だった。
名前は…マミヤくんだ。
「違うよっ、月宮あゆだよっ」
「なにっ、お前心を読んだのかっ」
「口に出して言ってたよ」
むぅ、俺としたことがなんてお約束なことを。
「それはそうと偶然だね。こんな所で会うなんて」
「え?祐一知ってる子?」
あゆと話してるのを見て名雪が入り込んできた。
「昨日一度会った」
「わ、そうなんだ。私名雪だよっ」
「うん、ぼく月宮あゆ。よろしくっ」
あっという間にうち解けやがったこいつら。
「ところでここでなにしてるの?」
「うぐぅ!そうだったっ!ボク追われてるんだよっ!」
「は?」
「逃げるよっ!」
「お、おいっ!」
あゆは俺と名雪の手をひいて無理矢理走り出してしまった。

「うぐぅ、ここまでくればもう大丈夫だよ」
「はぁ…はぁ…てめぇ…いきなり走らせて何のつもりだ」
朝飯も食わず2度も走った俺はヘトヘトだ。
「祐一だらしがないよー」
「なんでてめぇは平気なんだ…」
「私陸上部の部長さんだから」
「さよか…」
名雪はほとんど息をきらしていない。
なんか悔しい。
「で…なんで逃げたんだ?」
「実は…たい焼きを買おうと思ったんだけど…
お金がなくって…ついそのまま持って来ちゃった」
「食い逃げじゃねーかっ!!」
「うぐぅ…あとでお金払うもん」
「たとえあとで金を払っても精算するまでは
店のものだ。お前それは立派な窃盗だ」
「うぐぅ、だからホントに反省してるよぅ…
今度からはちゃんと払うからぁ…」
「祐一。あんまり女の子いじめちゃダメだよ」
いや、悪いのはこいつだろ。
と言いたかったがやめておいた。
さすがに2人を相手にするのは得策ではないからな。
「それはそうとお腹すいたよー」
「あ、じゃあお詫びにこのたい焼きあげるよ」
「盗んだもんじゃねーか」
「うぐぅ」
だが実際空腹と全力疾走でヘトヘトだった俺は
たい焼きを頂くことにした。
「おいしーねー。あんこがしっぽまでつまってるよー」
「でしょ?やっぱりたい焼きはこうでなくっちゃ」
「いや、うまいけどさ…たい焼きだけじゃ…」
「あ、じゃ私ジュース買ってくるよー」
「今度は暖かいもの買ってこいよ」
「うぐぅ」
「名雪さん、それボクの台詞…」
そう言って名雪は自動販売機を探して
しばしその場を去った。
「祐一くん。命題。覚えてるよね?」
「!」
名雪がいなくなった途端、あゆが話をふってきやがった。
「『午前11時までに本気で謝れなかったら即死亡』、わかってるよね?」
「お前…まだそんな事を…」
「ボクは祐一くんに命題を与えに来た天使なんだよっ。
祐一くんはそれをクリアする義務があるんだよっ」
「ざけんな。お前なんかのちんちくりんのたい焼きうぐぅのどこが天使だ」
「うぐぅ、ホントに天使なんだってば。
昨日名雪さんが来る時間だって当たってたじゃない」
「んなもん偶然に決まってる」
「うぐぅ、全然信じてない」
「第一天使が食い逃げなんかするか」
「だからそれは反省してるってば。とにかく命題はクリアしてよ。
でないと祐一くん、ホントに死んじゃうよ?」
「…わかった」
「わかってくれた?」
「病院行くぞ。俺がついていってやるから」
「うぐぅ!ボク病気じゃないもん!」
「祐一、あゆちゃんいじめちゃダメだってば」
そこへ名雪が戻ってきやがった。
ちっ、間の悪い奴め。
「買ってきたよっ、ホットいちごミルク」
「どこで売ってたそんなモノ」
「甘くておいしいんだよっ」
「あのな…」

腹ごしらえもすませたところで俺はせっかくなので
名雪に街を案内させてもらうことにした。
「全く、祐一ったら全然変わってないんだから」
「なんで名雪が昔の俺を知ってるんだ」
「昔少しの間だけどこの街にいたじゃない」
「あれ…そうだっけ?」
「祐一…覚えてない…?」
「子供の頃のことは…よく覚えてないんだ…」
これは本当だった。俺は子供時代の頃の記憶が
非常に曖昧でほとんど覚えていないのである。
「そう…なんだ…あっ、ほら。ここが駅前だよ」
気が付くと俺達は昨日の待ち合わせ場所だった
駅前へとやってきていた。
「昨日はここのベンチに座ってたんだよね」
「おかげで死ぬほど寒かったぞ」
「あはは…そうだよね。寒かったよね…
でもね…私はもっと…寒かったよ…?」
「はぁ?お前何の話…」
そこまで言って口が止まった。
名雪の表情が見るからに辛そうだったからだ。
「ひどいよ…祐一…わたし…ずっと…待って…」
だっ!
「お、おい!名雪っ!!」
いきなり名雪は走り出してあっという間に祐一の視界から消えていってしまった。
なんて速さだ…陸上部というのはどうやら本当らしい。
って俺どうやって帰るんだよ。この街の地理なんかわからんぞ?
「探しに行ってあげたら…祐一くん?」
「あゆ…」
その傍らからあゆが声をかけてきた。
「…まだいたのか」
「うぐぅ、さっきから一緒についてきてたもん。
そんなことより名雪さん、あのままでいいの?」
「そう言われても俺には何の身に覚えもないんだが」
「でもあまり時間ないと思うよ?」
「何がだ?」
「ほら、時計」
あゆが指さしたのは駅前にある大きな時計。
「10時30分…命題の制限時間まであと30分しかないよ。
急いだ方がいいと思うよ」
「ちっ…しつこいな…まぁいい。とにかく名雪を探しに行くか」
そう言って俺は名雪の走っていった方向に向かって駆け出していった。
「がんばってね祐一くんっ」

「まったく…俺がなにしたって言うんだ…」
なんだか納得いかないものを感じながらも俺は
名雪を探して走っていた。
全く土地勘のない俺は時々迷いそうになったが
しばらくして人気のない公園に辿り着いた。
「名雪…」
その中央の噴水のへりに名雪は1人で座っていた。
「…祐一…あの時の事も覚えてないの?」
「え?」
「私…あの時…待ってる…って…
私…寒い中…ずっと…待って…」
「お前…泣いてるのか…?」
顔ははっきりと見えないが名雪は
かすかに泣いている様子だった。
「…思い出してよ…7年前…一緒に…遊んだ…」
「…いや…さっぱり…思い出せん…」
名雪の様子からしてウソをついているようには見えなかったが
その7年前とやらに何があったのか、
俺にはさっぱりわからなかった。
「祐一のバカぁっ!!」
いきなり叫んだかと思うとまた名雪は走りだそうとした。
「おい、待てっ!!」
思わず俺は名雪の手を掴んで一言こう言った。
「すまん…俺が悪かった…何があったのかは思い出せないけど…
お前が泣くようなことだ…多分ひどい事しちまったんだろう…
悪かったな…」
「祐一…」
名雪は落ち着いたのかゆっくりと話し始めた。
「私も…ごめんね…もう…昔のことなのに…
思い出して…ちょっと悲しくなっちゃって…」
「もう泣くな…とりあえず帰ろうぜ…」
名雪の手をひいて歩き出そうとしたその時。
つるっ
「!?」
足元が雪のせいで滑りやすくなっていたせいか、
俺は足を滑らせて後ろに倒れていった。
「祐一っ!」
がばっ
完全に倒れる寸前、名雪が俺を抱きかかえるようにして
キャッチしてくれたおかげで俺は倒れずにすんだが。
「はは…びっくりした。サンキュ、名雪」
「う、うん。私もびっくりしたよっ」
「と、とりあえず起きあがるから、もう離してくれ、な?」
「え?わっ、わっ!」
自分が咄嗟の動作とはいえ抱きついていた事に気付いて
名雪は顔を赤くしていた。
「でもホントに危なかったよっ。ちょうどそこ噴水のへりがあるもん。
キャッチ出来なかったら噴水のへりで頭打って死んでたかもだよっ」
「おいおい、まさかそんな…」
その時、俺の視界に公園の時計の時刻が映った。
「11時…」

「ふぅ、やれやれ、なんかいろいろあって疲れたなぁ」
「もうそろそろお昼だね。お母さんごはん作って待ってるかな」
仲直りした俺達は水瀬家への帰路についていた。
「あっ、2人ともよかった。仲直りしたんだぁ」
「出たな、珍獣うぐぅ」
「うぐぅ、祐一くんがいじわるだよ」
その途中、またしてもあのうぐぅが立ちはだかった。
「あっ、あゆちゃんもこれから帰るところ?」
「うんっ」
「そうか、母星へ帰るんだな」
「うぐぅ、母星って…」
「惑星うぐぅからやってきたうぐぅ星人だろ?お前は」
「わ、びっくり。あゆちゃん宇宙人?」
「名雪、俺が言うのもなんだが信じるなよ…」
「うぐぅ…」
そうこうしてるうちに水瀬家の玄関まで辿り着いた。
「やっと帰って来れたなぁ」
「うんっ」
そう言って玄関を開けようとしたその時、
「あ、ボク祐一くんに少し話あるから名雪さんだけ先に入ってくれるかな?」
「うんいいよー」
「おい、なゆっ…」
バタンッ
名雪は1人だけ先に玄関に入ってさっさとドアを閉めてしまった。
おぃ、こんなあぶねぇうぐぅと2人っきりにしないでくれよ…
「命題、なんとかクリアできたねっ」
「お前、ホントにしつこいぞ…」
「でもあの時謝らなかったら祐一くん、
あの公園の噴水で頭打って死んでたよ?」
「偶然だ偶然…ってちょっと待て。
お前あそこにいなかったのになんで知ってるんだ?」
「天使だもんっ」
「答えになってねぇぞ」
「でもこれだけは言っておくよ。
ボクはまた祐一くんの前に現れるから。
そしてその時はまた新しい命題を届けるからね」
「お前な…」
「じゃまたねっ、祐一くんっ」
それだけ言い残してあゆは去っていった。
「まったく…最後まで変な奴だったな…」


その頃、先程の公園で祐一と名雪の話を偶然にも一部始終
見ていた少女の姿があった。
「いいなぁ…私もあんなドラマみたいな事してみたいです」


後書き
小説掲示板で連載し、好評頂いたこの作品。
この度めでたく正規投稿へ格上げとなりました。

最近の私の作品はアレなネタが多すぎますが(笑)
その中で珍しく落ち着いたSSです。
これはKanonによるドラマ「天国に一番近い男」のパロディです。
ドラマがけっこう面白かったんでノリで始めちゃいました(おぃ)
しかもかんじんのゲーム本編はやったことないという有様。
情報源は小説版Kanon、電撃大王のマンガ、そしてネットSS。
あちこち細部が違うと思いますが、これはこれって事でどうかご容赦を。

TOKIOの「メッセージ」を聞きながら読むと気分出ます。
先日私も入手したので早速やりました(笑)
続きへ
戻る