第IV章 果てる者の宿命
−ホルヘ・マンリーケ−
「ありがとう・・・大丈夫」
「よかった・・・」
「ありがとうございます」
「で、お母さん。説明してくれるよね。ここがどこで、何のための場所なのか」
「ええ・・・勿論よ。それは・・・・・」
「あなた達にとって、必要なことですからね」
「？」
「あれはっ！？」
夜の闇を切り取ったような黒い大きな帽子をかぶり、同じ色のコートを羽織り。
そしてその男の顔は名雪達が見覚えがあった顔だった。
「あなたは・・・店主さん？何故あなたがここに？」
忘れようはずもない。昼間に骨董屋で出会った、あの店の店主だったのだ。
「お久しぶりですな・・・秋子さん。生命の巫女よ・・・」
「そうですね・・・CHAOS（ケイオス）。生命の守人さん」
「はい。改めて自己紹介をしましょう。私はCHAOS。この星の命の流れを見つめ、守る者です」
「あ、初めまして、水瀬名雪です」
「さて、何から話せばいいのかしらね・・・」
その横顔は憂いに満ち、これから起こるであろう事に心底不安を抱いていることを３人に容易に理解させた。
「お母さん・・・私達から聞いていい？」
「そうですな、その方が良いかもしれませぬな。何なりとおたずねください名雪さん」
「ここは、魂の還るところ・・・の、入口とでもいいましょうか」
「死後の世界・・・？」
「それは正確であり、正確ではありません・・・」
「正確ではない？」
「はい。佐祐理さん、あなたは『命』というものが何であるか御存知ですか？」
その真摯なCHAOSの瞳に佐祐理が僅かにたじろいだ。
「あはは・・・解りません。佐祐理は頭の悪い子ですから」
「では逆に問います。『死』とはなんでしょうか？」
「心臓が止まること？脳が機能しなくなること？」
脳死を認めるか否かという事で論議したことがあったからだった。
「そう。あなた方の場合は肉体の機能を失う。
「マテリアル・フォー・ソウラス？」
「ソウラスのための物質・・・ということ？っていうか、ソウラスってなんですか？」
「ソウラスとは『全ての意思の根源』。
「ということは、ソウラスとはまさか・・・魂！？」
生命の意思を司るもの、それを人は魂と呼ぶ。
馬鹿げた答えと普段なら笑う。
「それは半分は正解であり、半分は違うのです」
「そうです・・・ソウラスはそれ単独では単なる素粒子でしかないのです」
「素粒子って、この世で最も小さい単位と言われるあの素粒子ですか？」
「ええ。ただそれは普通の素粒子とはちょっと違うの。ソウラスは『命を作る』素粒子なのよ」
「そう・・・ソウラスそれ自体はこの宇宙のどこにでも存在しているわ。
ソウラスウェーブ(Soulus Wave)、ソウラスの流れとして。
そして何らかの物理的な現象として生命が生み出される・・・
その時、その生命に付着して生命を生命たらしめる。
「そして死とともに解放されてソウラスに戻る？」
「ええそうよ・・・
でも、長い時を経て形成された魂はそう簡単には崩壊しない。
そのために魂を『崩す』必要があるの。ソウラスウェーブに回帰させるために。
ここはそこへと至る『特異点』なの。
ここにはソウラスが通常の何十倍という濃度で存在している。
「つまりは、俗に言う黄泉の入口、或いは死者を裁く場所・・・ですか」
「だからここは『タナトスの場』と呼ばれるのです」
「タナトス・・・死の神様の世界ということですか？」
タナトス。
「左様です・・・この世界はタナトスが御作りになられた。
いわば『死を理解させる場所』ということです。
そしてこの世界はタナトスの『巫女』を中心として作られた。
「取り付いた・・・？舞さんは何かに取り付かれてあんなになったんだ」
「あれは・・・ヒトのなれの果てです。
「つまり・・・非業の死を遂げて、死を認めたくない人達の亡霊？」
「そんなところですね・・・それが舞さんの『力』にすがったのでしょう」
「力？」
「・・・私には不可視の力というものがある。
「別にそれ自体は珍しいことでもありません。
「死んでもなお・・・か。ヒトって・・・哀しいね」
「でも、いままでそんなことはなかったんですよね？だのに何故今になってそんなことが？」
確かにそれならば世界は悪霊たちに満ち溢れ、暴走した奇跡使い達で埋め尽くされることになる。
「それは・・・今は何とも言えません」
「祐一、あゆ？祐一さんやあゆさんがここにいるんですか？」
「あゆちゃんがまるで何かに呼ばれるようにここに入っていって、
魂達の呼び声を聞いたあゆ、ということはまさかあゆも舞と同じというのか？
「奇跡使い・・・或いは『祭祀』か『番人』それとも『人柱』の後継者でしょう」
「『祭祀』？」
「今のような事態を起こさぬために、この場所を管理する『番人』と呼ばれるものがいるのです。
「CHAOSさん！」
「お母さん・・・？」
秋子は震えていた。
肩を振るわせ、瞳には涙を浮かべ、
さながら触れてはならない何かに触れてしまったような感じを受けた。
「私とてあなたを苦しめるのは本意ではありません。
「・・・・・・・・・」
「名雪さん。よくお聞きなさい。事は18年前、丁度あなたが生まれてすぐの頃にさかのぼるのです」
「18年前・・・？」
知るわけもない遠い記憶に名雪は思いを馳せる。
そしてCHAOSは名雪を名指しした。明らかに自分の知らない何かをこの男は知っていた。
「そう・・・その少し前、今と同じような事が起きたのです。
「それって・・・私が生まれた頃？」
理由不明の殺人鬼という言葉とさっきまでの自分が重なって見えたからだった。
「左様です舞さん。
「やっぱり・・・なんとなくそうだとは思った」
「話を続けましょう。死者の生への執着は非常に危険なもの。
「それが・・・『番人』？」
「そうよ名雪、そしてあのような乱れが起こるときは『番人』が力を失うとき、
「ちょっと待ってお母さん！じゃあ・・・祐一は？あゆちゃんはどうなるの？」
「『祭祀』となればこの街で次の『番人』が現れるまでこの街に留まることになります。
「では・・・CHAOSさんと秋子さんは『祭祀』なのですか？」
「もしかして『これ』はそのために渡した？後継者である祐一たちを導くために？」
「その通りです。あのガラス細工もそのためのもの、後継者をこの場へと導く物」
CHAOSは重々しく頷く。
「なら、いったい誰が・・・」
「あなた達の誰が次の役割を担うかは私にもわかりません。
「状況が悪い？」
「先にも申し上げたとおり、『人柱』という最も大きな役割があります。
「でも、私には力なんて・・・」
「無いと言い切れますか？」
言葉に詰まる名雪。いつかの冬の日の奇跡。
信じる力が奇跡を生むとあゆは言った。
「『祭祀』ならこの街にとどまる。
「そうなったら・・・肉体を失い、次の『番人』が現れるまで
「秋子さん・・・まさか先代の『番人』って・・・？」
秋子の態度、18年前、そして名雪の存在。これらの事象が佐祐理の中で重なり合う。
言いたくはなかった。
しかし不思議にも唇が勝手に言葉を紡ぐ。
「そう・・・あのひとは、私がこの世で愛したたった一人のあの人
「その人が・・・」
「そう・・・あなたのお父さんよ」
瞳を押さえ、崩れ落ちる秋子。
その瞳は決意に満ちあふれ、普段の名雪からは想像もつかないほどの凛々しさに満ちていた。
「行くのですか・・・そうですね。
そして祐一が手に入れたのと同じ、黒曜石の星図を手渡す。そして名雪が頷き、背を向けた。
「名雪・・・」
「お母さん・・・祐一は私を助けてくれた人だから・・・だから、私行くね。
「そう・・・そうね。行きなさい名雪。
「うん・・・そうだね。いってきます」
その先に何があるのかも解らず・・・ただ、がむしゃらに・・・
青白い水銀灯の輝き、微かに漂うコンクリートの匂い。
落胆と失意の表情に満ち満ちた旅人達が頭を垂れ、
「くそっ・・・」
それぞれのホームへと至る階段の上には、列車の発車を告げる案内板がつけられていた。
狼、ケンタウルス、サザンクロス、八分儀・・・
そして時刻が記されていなかった。
「落ち着け・・・あいつが、まだいるのなら・・・その列車とやらに乗り込めば」
何か、真琴の居る場所へたどり着く手がかりがあるはずだった。そして・・・
「ここか！？」
−子狐の丘−
そう記されていた。先程渡された黒曜石の案内図を見る祐一。
「子狐・・・まさか？」
跨線橋の窓からは輝く粒子を煙突から囂々と吐き出しながら出発を待つ機関車が見えた。
「ふみゃあ！」
「当たりか・・・」
そう・・・言うとするならば『空気』や『雰囲気』と言われるものが。
列車を待つ人々は人であって人でない存在・・・そうとも思えてくる存在だった。
俗に言う「物の怪」の類が集まる場所とでもいうのか。
それを裏付けるかのように人の姿をしている彼等は、どこか違和感があった。
「・・・真琴もそうだったからな」
「・・・・・・・！？」
１人の少女が立っていた。
微かに吹く風に亜麻色の髪をなびかせ、
頭の上には細目の猫を乗せ、
黒い瞳は祐一を捕らえて離さない。
「・・・・・まさか？」
予想はしつつもあり得ないはずのその存在、
遠い記憶の中にしか存在しないはずの少女の姿。
唾を飲み込む音が聞こえる。
暴走した蒸気機関のように胸の鼓動が速まるのが解る。
「・・・・・・・」
少女はやがて視線を外し、開かれた列車の扉に足を踏み出す。
−ジリリリリリリ！−
刹那、列車の出立を告げるベルが響く。
祐一は歩みを止めて車内を見回す。
「・・・・・・・」
「来たんだね・・・」
微かに悪戯っぽい笑みを浮かべ、祐一を見つめる少女。
消えたはずの少女。
遠い過去の記憶。
少女の想い。
それらが奔流となって祐一の心にあふれかえる。
「真琴・・・なのか」
「昔なら・・・あんただけはゆるさないんだから！なんていったね」
「真琴っ！！」
止めどもなくあふれる涙が頬を伝う。
「全く、いっつも祐一は勝手なんだから」
「謝るって、それより座らないか？」
「しょうがないんだから・・・」
「真琴・・・覚えているか？」
そこはまさしく漆黒の虚空という形容がぴったり合うような光景だった。
「何を？」
「汚れた毛布を被って、祐一に殴りかかって
−ぽかっ！−
真琴が祐一を小突く。
「そうだな・・・」
ガラスに映る真琴の顔が、ぷんとむくれていた。そんな真琴の顔をただ見つめる祐一。
「そして・・・真琴の何かが壊れていって・・・
まるで手の上の水が指の隙間からこぼれていくみたいに早く・・・
握りしめても、押さえても、それを止めることが出来ないのと同じように、
それでも、失いたくなくて・・・祐一にすがっても、美汐にすがっても・・・どうしようもなかった」
言葉はいつしか嗚咽に変わり、祐一が見ることの出来ない真琴の顔は涙に染まっていた。
「真琴・・・・・・今でも俺が憎いか？」
「憎いよ・・・憎い！すごく憎い！」
「祐一が・・・祐一がいたから！
「真琴・・・」
「憎いんだから・・・憎いんだから・・・」
「虚空の・・・闇・・・何もない所」
「いや・・・そうとも限らないみたいだぞ」
それは一つだけではない。
「星・・・か？」
だがそれらは明滅することなく光を放ち続け、漆黒の空間に漂っていた。
「星・・・じゃないよ」
「どういうことなんだ？」
「あれはそんないいものじゃない・・・命の残りかす。死を受け入れて、還ることのできる幸せな命のなれの果て・・・」
「ソウラス？」
「あそこに浮かんでいるゴミのこと」
ただその様子は何故かゴミと言うよりも、子供がショーウィンドウの中の玩具をうらやましげに見つめているかのように見えた。
「ゴミって・・・あんなに綺麗なのにか？」
闇の中で光を放ち続けるソウラスというその粒子は、いかなる宝石にも勝る珠玉の輝きだった。
「綺麗？・・・そうだね、そうかもしれない・・・・あれは命だから」
「そう、命・・・マンガに出ていた魂って言う方が当たってるのかも。
「あるべき所？」
「命っていうのは、心と体で出来ているんだって。
そして死んだら、体はそれを生み出した『星』に還って、
心（魂）はソウラスっていうあんなものに戻って、
『定められた』星に向かうんだって・・・それはどの命かによって違う。
真琴はもののけだから、この列車の行く先へ行くんだよ・・・・・・
「つまりあれは・・・幽霊の最後の姿、なのか？」
しかし、列車に併走している光の粒子が死者の魂であるという事は何となくだが理解できた。
「けどね・・・生まれてきた世界に対する思いが強かったら、そうならない。
「死んでも死にきれない・・・そういうことなのか？」
かつて祐一の気まぐれで助けた子狐は、果ててもなお人の温もりにあこがれた。 不完全な人の体を手にして・・・
祐一は言葉を失ってしまう。
全ては自分のせいだというのか？
自分は真琴に死してもなお消えぬ呪いをかけてしまったのか？
幾つもの慚愧の念が彼の脳裏を駆けめぐった。
「あの駅とこの列車はね『あるべき所へ還れない』人達が、
「道しるべ・・・・・」
真琴はかつて祐一の事を「たった一つの道しるべ」と呼んだ。
−ならば俺は・・・何を真琴にしてやるべきなんだ・・・？−
その想いのみが、祐一の頭の中で巡っていた・・・
併走するソウラスの輝きは近づくほどにその輝かしさを増していく。
「終わりの場所・・・か」
その先には小さな木造の駅舎と簡素なプラットホームが置かれた田舎の駅があった。
「・・・・・・」
ただただ気まずい沈黙だけが流れていた。
だが時間は無情に流れ続ける・・・
留まり続ける瞬間などありはしない。
やがて真琴が立ち上がる。無言で歩き、ホームへと降りる真琴。
そして祐一も真琴を追って降り立った。
・・・・・・真琴の真なる終の場所へと。
そして２人は駅を出た・・・
夕日に輝く稲穂の色にも似た草原が風になびき、なびかせる風はソウラスに彩られて金色に輝いていた。
「あれは・・・？」
青く輝く瞳と金色の体を持ち、九つの尾を風になびかせる存在だった。
何かの本で読んだ「金毛白面九尾」という狐の妖怪の名を祐一は思い出す。
だがそれは、伝承にあるような妖気を発する災厄の象徴などではなかった。
発せられる「気」は慈愛と温もりにあふれ、さながら我が子を迎え入れる母のような優しさを漂わせていた。
何かの本で読んだ胎内回帰思想とやらはこの光景を見たものが生み出したものなのだろうか？
「還るところ・・・目的地だよ」
「真琴・・・」
真なる意味での死を待ち受けているとは思えないほどにすがすがしく、
真夏に輝く太陽のように輝かしく、
海から吹く風のように爽やかに・・・・・・真琴は笑っていた。
「真琴・・・俺は」
それでも、口は縛られたかのように言葉を発そうとはしない。
「真琴はね、あんな中に還るのはいや。
「だからね、真琴は祐一と一つになるの」
「・・・・・・どういうことなんだ？」
「それを開けてみて」
「短剣・・・？」
「そう・・・魂を砕き、ソウラスへと還す力をもつ太古の兵器。
そう、真琴の願いとは「魂を砕き、祐一の魂に吸収されること」だった。
祐一の中で、真琴の魂は祐一の中に溶けていく。
それが祐一と一つになり、一緒にいられる最後の方法だった。
「できるかよ・・・そんなこと！」
「祐一・・・でも、そしたら真琴は魔物になるんだよ・・・ひとりぼっちで」
真琴は頷く。
「そう・・・祐一、この今いる世界の正体が何だか解る？」
「ここはね『造られた』世界なの・・・『誰か』の手でね」
「『造られた』？どういうことなんだ？」
「この死の旅路の世界はね、本当は何もない・・・ソウラスが流れるだけの場所なんだよ。
「ということは、ここにずっととどまれば、お前も魔物になるってのか？」
ならば、真琴もこうして彷徨って、いつかは魔物になるというのか？
「・・・・・・・・・・」
「番人といったな・・・まさか、お前にこれを渡したのも・・・・・・？」
「でも、何か嫌だった・・・誰か知らない人にやられるのは。そう言ったらその人はこれを真琴にくれたの」
「何故だ・・・どうしてその役割が俺なんだ・・・？」
「悩むことなんかない・・・死は『誰しもが必ず』なることだから。
「解っている・・・解っているさそんなこと！」
「真琴にかけられた呪いを解いて・・・祐一！」
「真琴の全てを、心を、力を、全て祐一にあげるから！！」
「そうすれば・・・・・いつまでも一緒だから！」
「それとも・・・・・・真琴が魔物になる姿を見たい？」
否、事実だった。
真琴の影からはいくつもの悪霊が浮かび上がり、怨嗟の咆哮をあげていた。
「これは・・・まさか？」
「今は真琴の方が強い。でも、真琴を乗っ取ろうとしていっぱい悪霊が集まって来る」
「それとも、真琴に祐一を殺させたい？」
究極の選択だった。
「それに、そうなったら、真琴はみんなを殺すかもしれない。
真琴の瞳は涙をたたえていた。
「お願い、祐一！！真琴は、そんなものになりたくない！！」
「畜生・・・・・・畜生ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ！！」
これほど美しい微笑を生涯見ることはあるまい、そう思わせるほどの。
−アリガトウ−
そんな言葉が聞こえた。
だがやがて真琴の体は光り輝き、風に吹かれる桜の花びらのように散華してゆく。
そして・・・・・・
「真琴？」
−真琴は祐一とひとつになるの−
「遺言か・・・いいぜ、来いよ真琴。俺と一緒に行こう。
−祐一−
−祐一には、やるべきことがある−
「なんだよ」
−名雪を、守ること−
「？」
−名雪も、この世界に来た−
「あいつが？」
−名雪だけじゃない、秋子さんも、私の知らない人たちも−
「みんなが・・・」
−その人たちを、救ってあげて。
−こんないい力を手に入れたんだから、
不思議な感覚だった。
肉体が活性化し、今まで感じもしなかった力がわき上がってくる。
真琴の妖力とやらを受け継いでいるのかもしれなかった。
やがてソウラスの全てが祐一の中にそそぎ込まれ、祐一は立ちつくしていた。
虚ろな心で、ただただ空を見つめていた。
零れ落ちる涙の雫に、気がつくことなく・・・・・・
振り向くまでもなかった。従姉妹にして恋人の少女がその場に立ちつくしていた。
「俺は・・・何もしてやれなかった」
流れ出る血も、刃が骨まで食い込むほどの痛みも、どこか遠くに感じた。
「口先では好きだとかいってさぁ！」
「何でもしてやるとかいってさぁ！！」
「一緒にいてやるとかいってさぁ！！！」
「・・・・・・最後は・・・俺が・・・この手で！！！！」
「祐一！！それは違う！！」
「違う！それは絶対に違う！！
「畜生・・・畜生・・・・うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ！！」
「やめて、やめてよ・・・・・・祐一ぃぃぃぃぃっ！！」
天に向かって吠える狼のように、祐一と名雪は叫んだ。
全ての思いを込めて・・・
真琴への・・・最後の気持ちを込めて・・・・・・
誰もが生きる上では後悔を背負い、そしてそれはその人の人生に影を落とします。
佐祐理の無知と傲慢がかつて奪った命。
赦されるはずはない。そんなことはわかっています。
祐一さん達の前に現れたCOS-MOSという方は、その機会を与えるために
ここにいるというのでしょうか？
次回、" Kanon" side story "DEPART FROM THIS WORLD"
第Ｖ章 霧の浅瀬
よろしくお願いします。
−人生は水の流れであって海へ向かう。
海は死であり、そこで終わる。
最も権力を持つものよ、
汝もそれを受け入れ、消えて行かねばならない−
１
「舞、落ち着きましたか？」
ひとしきり泣き続けた舞に向け、佐祐理が声をかけた。
子供のように泣いていたことに照れて、微かに舞が頬を赤らめた。
我が事のように名雪が安堵の表情を浮かべ、２人に微笑みかけた。
「ありがとう」
佐祐理と舞がそれぞれ名雪に礼を述べ、秋子を見つめた。
３人の意見を代表して名雪が言った。
秋子が言葉を紡ごうとしたときだった。
突如、聞き慣れない男の声が聞こえた。名雪が辺りを見回す。
舞が指さした先に、１人の男が立っていた。
佐祐理が驚きに目を見開いて男を見つめた。
店主は彼女たちに微笑みかけた後、表情を引き締めて秋子を見る。
いつになく表情を固くして、秋子が答えた。
２
「CHAOSさん・・・で、よろしいですか？」
沈黙を破ったのは佐祐理のか細い誰何の声だった。
店主CHAOSが改めて名雪、佐祐理、舞に向けて一礼し、名乗りをあげた。
「・・・川澄舞」
「初めまして、倉田佐祐理と申します」
気品に満ちあふれたCHAOSの物腰に慌てて３人が名乗った。
秋子が部屋の天井にはめ込まれたステンドグラスを見つめ、嘆息していた。
言葉を迷う母の気持ちを察してか、名雪が問うた。
CHAOSが頷いた。
３
「じゃあまず、ここはどこ？」
舞が訊ねた。
CHAOSが遠い目をしながら答えた。
舞が怪訝な表情を見せた。
秋子が答えた。
佐祐理が問い返した。頷くケイオス。
CHAOSの黒い瞳が佐祐理の瞳を捕らえて離さない。
とはいえ答えられる問いではない。佐祐理は正直に答えた。
佐祐理の答えに更にCHAOSが問いかける。
名雪が哲学の授業で聞いたことを思いだして言った。
つまりマテリアル・フォー・ソウラスの崩壊と考えるのが一般的でしょうな」
聞き慣れない言葉に舞が首を傾げた。
名雪がとりあえず直訳してみた。
この宇宙にあまねくありとあらゆる生命の『意思』を司る存在」
答えるCHAOS。
佐祐理が叫んだ。
が、舞に取り付いた「あれ」を見た後では魂という存在がとたんにリアリズムを持ってくる。
今まで黙っていた秋子が、ゆっくりと口を開いた。
「・・・半分ですか？」
佐祐理が疑問の色を浮かべた。
秋子が答える。
佐祐理が訊ねた。
「命を・・・作る？」
舞が怪訝な表情を浮かべて秋子を見た。
そして成長と共にソウラスは魂(SOUL)となる」
名雪が訊ねた。
・・・佐祐理さん、あなたの怪我がすぐに治ったのもここにあるソウラスの『命を作る力』によるものです」
佐祐理の問いにCHAOSと秋子が頷いた。
秋子が言う。
佐祐理が訊ねた。
それはとはギリシャ神話における神。
ヒュプノス（眠り）オネイロス（夢）と共に冥府の王ハーデスに仕える神の名である。
『巫女』の力が命をソウラスに戻す役割を担っているのです」
CHAOSが頷いた。
４
「では次に・・・舞にとりついた『あれ』は一体何なんですか？」
佐祐理が次に訊ねた。
名雪が漸く納得したのか頷いた。
不本意な死への従属をよしとせず、再び復活を考える哀れな魂です」
CHAOSが言った。
舞が彼等の言葉と今の秋子とCHAOSの説明から正体を推測してみた。
秋子が頷いた。
名雪が不思議な顔をして舞を見る。
それでお母さんを助けたり・・・魔物を産んだりした」
舞がぽつりぽつりと呟く。
奇跡使いや超能力者と呼ばれる存在は数多くいます。気にしなくても大丈夫ですよ」
秋子はそう言って舞の肩に手を置いた。
名雪が呟き、寂しげな視線を改札に並ぶ人達に移した。
佐祐理が至極当然の疑問を呈した。
秋子らしからぬ歯切れの悪い答えだった。
５
「それじゃあ、祐一とあゆちゃんはどこにいったの？」
名雪が訊ねた。
佐祐理が名雪を見る。
そして祐一もあゆちゃんを追って入っていったんだよ。呼ばれた！？まさか・・・？」
名雪が自分の不意に言った言葉に何かを感じていた。
ケイオスが答えた。
舞が首を傾げる。
そして現世にてこの場を管理する『祭祀』も
また、この世界の糧となり、力尽きるまで魂を捧げる『人柱』も」
秋子が突如叫びをあげる。
名雪が秋子を見る。
・・・ですがこうなった以上教えぬわけにもいきますまい」
押し黙る秋子。CHAOSは更に続けた。
名雪はそのころ生まれたての赤ん坊だった。
ソウラスの流れが乱れ、黄泉の悪鬼達が地へと舞い戻るという現象が
・・・当然地上は様々な影響を受けました。
生まれたばかりの赤子が死んだり、理由不明の殺人鬼が現れたりしました」
舞が訊ねた。
『奇跡使い』はソウラスの乱れが著しいときに様々な要因が絡み合って生まれます。
・・・・・・あなたの力もおそらくはその時に」
舞が俯いて言った。
故に死者の魂を管理する者が必要だった。
特に特異点であるこの銀河鉄道はなおのこと」
名雪が訊ねた。
つまりは新たな『番人』を『この地』が求めるの」
秋子が説明を引き継いだ。
そして、次の『祭祀』や『番人』の後継者を探すことも役割。
秋子さんや私が持つ力はその際にこの地から賜ったものなのです」
叫ぶ名雪にCHAOSが答えた。
佐祐理の問いに頷く２人。
名雪が懐から例のポストカードを取り出した。
舞が問う。
それは『あなた達がどうするか』この場所で決めることだからです。
ただ、今回は更に状況が悪い・・・」
名雪が尋ねた。
今回は、あの方も力を失いつつある・・・」
とりあえず自分にはそんな素養はないように思えた名雪が言う。
あれは本当にあゆだけの手によってのみ行われたことなのだろうか？
なら、気がついていないだけなのだろうか？力の存在に。
『人柱』ならこの場所に封じられる。
なら『番人』になったら？」
言葉を失った名雪の代わりに、舞が訊ねた。
・・・力つきるまで、ここを守る役目を背負わされることになるわ」
秋子は俯き、拳を握り、瞳から溢れ出す熱いものを必死でこらえていた。
佐祐理の脳裏にある想像がわき起こっていた。
・・・全ての命のために、娘に顔を覚えられる前に、
・・・・・・この世を去らなければならなかった人」
潤む瞳が名雪を捕らえた。
全身を震わせながら名雪が秋子を見る。
その場の全ての者が言葉を失う。
名雪は何も言えないまま、ただその場に立ちつくすしかなかった・・・
「・・・CHAOSさん、祐一はどこへ？」
だが、やがて俯いていたままの名雪が面を上げ、CHAOSを見た。
やはりあなたはあの方に、お父上によく似ていらっしゃる。
大切な人のために命を賭ける、その気高き精神を受け継いでおられる。
・・・あなたの求める人はその人が出会った最も近しい死の星座にいるはずです。
お受け取りください」
感慨深げに目を細めCHAOSは名雪を見た。
秋子が顔をあげ、愛娘の姿を見つめる。
私はいっぱい祐一に助けてもらった。いつも支えてくれた。
・・・・・・だから、今度は私が、祐一を支えるよ」
そして歩き出す名雪。
そして・・・出来るのなら祐一さんを運命から救ってあげて。
あなた達にならできるかもしれない・・・私達が出来なかったことを」
名雪は走った。
６
ホームは駅の華やかさとは裏腹に、どこか薄暗く古ぼけていた。
ある者はホームの上にうずくまり、
またある者はベンチの上で虚空を見つめ、
己の真の終焉に至る旅路を絶望に満ち満ちたる心で、ただ「待ち続けて」いた。
祐一とぴろはそんな人々の合間を縫って、跨線橋の中を走っていた。
・・・幾つもの星座の名を冠す目的地の名前。
考えてみればここは駅でありながら時刻表はおろか時計すらもなかった。
それはここが時が意味のない世界であると暗に示しているのだろうか・・・・・・
祐一は必死に真琴の記憶を辿っていた。
何本めかのホームにたどり着き、案内板を見上げる。
真琴は『妖狐』であったという。
子狐座という星座の存在も何処かで聞いたことがあった。
真琴のかつての姿であった一匹の子狐が祐一の脳裏をよぎる。
そしてそれに繋がれた客車がそのホームにいる姿が見えた。
ぴろが祐一の肩から降り立ち、ホームに繋がる階段へと駆けていく。
そして祐一もそれを追って走り出した。
祐一達が降り立ったホームは『何か』が違っていた。
呟き、祐一はホームを見回してみた。そして祐一は見た。
少女は列車に足を踏み入れ、祐一も後を追って列車に飛び込む。
音もなく扉が閉まり、汽笛が一際大きく鳴り響いた。
デッキから祐一は列車の中へ足を踏み入れた。
天井に取り付けられたガラスのような球体から発せられる光が客車の中を照らしていた。
低い呻りをあげて天井に取り付けられた扇風機が回っていた。
目的の人影はすぐに見つかった。他にだれも客はいない。
人影の側まで歩き、祐一はその後ろ姿を見つめた。
少女が立ち上がり、祐一を見つめる。
記憶と相違ないその少女の姿に、祐一の目尻が熱くなる。
辛うじてその言葉だけを祐一は絞り出した。微笑む真琴。それは無言の肯定。
くるりと身を翻し、真琴は笑った。わきあがる感情を抑えきれない祐一。
「わ・・・祐一？」
真琴の体を抱きしめる祐一。細い体がおれそうなくらいに力強く。
あふれ出る感情の奔流に押し流されながら、祐一は真琴を抱き続けた・・・
７
「・・・悪い。何やってんだろうな、俺は」
真琴の体から離れ、涙を拭う祐一。
ぷいと横を向き、真琴が頬を膨らませた。
そんな彼女の様子を微笑ましげに見つめながら、祐一が手近な椅子に腰掛けた。
真琴の口調は呆れつつも、目は笑っていた。向かいに腰掛ける真琴。
それでも祐一の顔を見ているのが照れくさいのか、視線は窓の外に向けられていた。
窓の外を見つめながら祐一が呟いた。
窓の外には闇が広がり、その中を貫く一本の光の矢がこの列車の線路なのだった。
「色々と・・・初めて出会ったときのこと、
お前が毎晩毎晩悪戯してきたこと・・・名雪と秋子さんのこと、天野のこと・・・」
ガラスに映る自分と真琴の顔を交互に見つめながら、祐一は言う。
・・・でも、すぐにお腹がすいて倒れちゃって、
悔しいから毎晩祐一の部屋に行って、
それでもすぐに返されて、
・・・・名雪と秋子さんがいつもしょうがないなって笑ってて・・・思い出したらなんかむかついてきた！」
それでもその小さな手で作られた拳は軽く、さしたる痛みも感じられない。
その弱いパンチが、なにか祐一の心に響いた。暖かく・・・そして哀しく。
真琴が顔を背けた。
あえて真琴のその姿を見ようとはせずに、祐一が訊ねた。
つぶらな瞳に涙を一杯に溜め、真琴が叫ぶ。
真琴はいつまでも『こんなところ』に！どうすることも出来ないで
・・・こんなところに・・・」
叫びはやがて嗚咽へと変わり、真琴が子供のようにうずくまる。
祐一は真琴の隣に腰掛け、そんな真琴の肩をそっと抱く。
真琴は逃げようともせず、ただ繰り返していた・・・
どれほどの時間が経ったのだろうか？
ほんの瞬きほどの時であったように短くも、
或いは星の巡りを一晩中眺めていたように長くにも感じられた。
窓の外の景色を見つめながら、真琴が呟いた。
「？」
祐一が指した先には、微かに輝く「何か」が見えた。
闇に目が慣れてくるにつれ、乱舞するかのように輝く光の群が２人の視界に飛び込んできた。
それは夜空に浮かぶ星のようにも見えた。
そしてよく見ると列車に併走して列車の行く「先」へ向かって流れていた。
さながら夜空を駆け抜ける流星群のように・・・・・・
真琴が抑揚のない口調で言った。
流れる光を見つめながら、真琴は言った。
「祐一、ソウラスっていうものを知ってる？」
唐突に真琴はそんなことを訊いてきた。
聞き慣れない言葉に首を傾げる祐一。
真琴が光の粒子を見つめながら言った。
祐一にはゴミとはどう考えても思えなかった。
「命？」
祐一が問い返す。
あれはね、死んだ命がソウラスに還って『あるべき所』へ向かっているんだよ」
怪訝な顔の祐一とは対照的に、真琴は淡々と続ける。
そして『定められた』星で再びソウラスになる」
祐一には真琴の言っていることが完全には飲み込めなかった。
そしてこの列車の行き着く先が魂達が最後に行くべき場所であるという事に、
更に最後には『死んだ命は星になる』ということに。
幽霊として地上に留まり続けたり、星のソウラスの中で分解せずに残ったりする」
ならば真琴が今だこの姿で残っているという事は、今だ消えぬ思いがあるということなのか？
そして再び消え果て、
それでもなお消えぬ思いは魂の浄化、或いは成仏すらも赦されないと言うのだろうか？
死を受け入れて、還れるようにするための道しるべなんだよ・・・」
真琴は淡々と言う。
祐一がその言葉を反芻する。
今、自分は「道しるべ」の側に立っているのも同じだった。
＊
・・・そして列車は終着駅へと近づこうとしていた。
自分たちが光のトンネルの中を走っているのではないかと錯覚するほどに光に満たされていく。
真琴が呟いた。
やがて列車は音もなくその場所に止まり、そして扉が開かれた。
「・・・・・・」
２人は黙して語らない。
世界は金色に輝いていた。
そして風の向かう先には一つの巨大な彫像が鎮座していた。
それは巨大な狐だった。
そう祐一は思った。
真琴が初めて祐一を見た。
真琴は笑っていた。
祐一がそんな真琴に向かって必死に言葉を紡ごうとする。
真琴はそんな祐一に近づき、そして布に包まれた「何か」を手渡した。
無に還って、真琴を形作ったソウラスが新たな命を造っても、それは真琴じゃない」
真琴が祐一を見つめた。
祐一をまっすぐに見つめ、真琴は言った。
言葉の意味が理解できない祐一が問い返す。
言われるがままに真琴から渡された包みを開く。
それは黒曜石で出来た刃を持つ短剣ともナイフとも呼べる代物だった。
「それはね、ソウラスウェポンって言うんだって」
「ソウラスウェポン？」
聞き慣れない言葉に祐一が首を傾げた。
・・・これをくれた人がそういっていたの」
「魂を・・・砕く！？俺と・・・一つになる」
その言葉に祐一がハッとなる・・・まさか、真琴の願いというのは？
「祐一、これで真琴を刺して」
いともたやすく真琴は言った。真琴はナイフを取り、祐一の右手に乗せてその手を握らせる。
狼狽する祐一。
「魔物に・・・なる？」
解るはずもない、祐一は首を振った。
でもね、いつの頃からかここには『番人』が住むようになった。
死を受け入れられずに死んだ人が魔物になって、世界に迷いださないように。
死んだ後も分解しきれない魂を、還る所に導くための」
真琴の小さな手が祐一のナイフを握った拳を強く握りしめる。
死を受け入れられずに魔物になったという話は枚挙に暇が無い。
伝承にある、災禍をもたらす者に。
真琴は無言で頷く。
こくり、と小さく真琴が頷いた。
真琴と祐一の視線が絡み合う。真琴はただただ微笑んでいた・・・
「真琴のために何かをして欲しいと思っているんでしょ・・・？」
その声は優しく、そして穏やかだった。
爪が掌に食い込むほどに強く拳を握りしめ、祐一は俯いている。
だのにこうしてここにいるって事は、未練があるから」
微かに真琴の口調が硬くなる。
祐一の拳からは血が滲みだしていた。
真琴が両手で祐一の腕を掴んだ。
時間がひどく緩慢に感じられる。
真琴の笑顔が痛い。
「！？」
真琴の影が、蠢いているように見えた。
「力の無い悪霊は力のある悪霊にすがろうとしている・・・・・
真琴は妖孤・・・だから、真琴を『核』にして魔物が生まれる」
ということは、真琴は必死でそれらを押さえ込んでいるのか？
自分が魔物にならないように、必死で戦っているのか？
そしていつか・・・魔物となって『番人』とやらに狩られるのか？
「それは・・・・・・・」
魔物に成り果てた真琴に殺されるか、それとも・・・
祐一のほかに、名雪も、秋子さんも・・・」
もう真琴は笑っていなかった。
それでも尚、真琴はひたすらに祐一の刃を求めていた。
「う・・・うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！」
祐一の絶叫。ナイフを握り締める祐一。
振り下ろされる刃。
とすん
あっけないほど小さな音を立てて、黒い刃が真琴の胸に突き刺さった。
黒い刃が突き立てられた刹那、真琴は笑った・・・無垢に、輝かしく。
それは真琴の最後の微笑み。
光の粒子のいくつかは風に吹かれるように狐の像に吸い込まれていく。
真琴を形作っていたソウラスが祐一の周りに浮かんでいた。
不意に真琴の言葉が思い出される。
お前が見られなかったもの。
お前が出会うことのできなかった人。
・・・それを感じるために、俺の中にずっといろ。
そして俺と一緒に行こう。それが・・・・・・俺に出来る最後のことだと思うから」
祐一の周りのソウラスが、その言葉に反応するかのように祐一へと吸収されていく。
吸収されるソウラスと共に、真琴の声が聞こえる。
ここに囚われた人たちの、宿命を解き放ってあげて。
そのために、真琴の力をあげるから・・・・・・−
幸せにしてあげなきゃ承知しないんだから・・・・・・−
８
「・・・・・・祐一」
後ろで聞き覚えのある声がした。
祐一はその場に膝をつき、真琴に突き立てた黒い刃を握る。
祐一の慟哭。
慟哭はやがて嗚咽へと変わる。
心からの絶望を、祐一は叫ぶ。
涙と血にまみれた手で、祐一が地面を殴りつける。
祐一の手のナイフを奪い、名雪がそれを押さえようとする。
「俺には、女の子を好きになる資格なんてなかった！
・・・・・・・俺さえいなければ！！
・・・あいつは・・・あいつは普通に『終わる』ことが出来たんだ！！
・・・なのにあいつ、笑ってた！！俺なんかのために！」
両手で顔を押さえ、祐一が叫ぶ。
真琴は幸せだったよ！
逢いたかった人にもう一度出会えたんだから！！
大事な人の中で逝くことが出来たんだから！！
・・・・・・祐一は優しかったよ？最後まで真琴の側にいてあげたよね？
最後まで、真琴の願いを叶えてあげようとしたよね・・・？」
嗚咽が混じる名雪の声。
溢れかえる涙をぬぐおうともせずに祐一の体を必死に抱きしめ、それでも名雪は懸命に言う。
TO BE CONTINUED......
次回予告
佐祐理・・・倉田佐祐理にも・・・そんなことがありました。
その魂と佐祐理は、夜空の大河エリダヌスで再会を果たします。
佐祐理は、その過去と真っ向から対峙することになりました。
それでも、出来ることならば償いたい。
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