――様々な想いの色の交錯する一日――


 『午前三時 汝昂の(那奈の)部屋』

鮮やかな緑色の目と金色の髪を持った少し大人っぽい少女が扉を開け放つ。

「ふぅ、やはり暗いな・・・・・」

少女はベッドに寝ている女性、汝昂を起こさないように大きく伸びをする。

そしてパジャマから運動着へと着替え、そのうえに薄手のベストを着こむ。

戦封剣をポケットに入れ(刀身を消し去り、折り畳める)窓を閉めてから下に降りる。

 『リビング』

「誰も居ないな・・・・・ま、当たり前か。」

すると。

「あ、紅零さん・・・・・・」

台所から声が聞こえてきた。

紅零と呼ばれた少女は台所から出てきた少女、シャオリンの方を向いた。

「シャオリンか、あの・・・・・・おはよう・・・・・・・・・」

「おはようございます・・・・・・えっと・・・・・・その・・・・・・」

気まずい空気が流れる。

和解したとはいえ、やはり二人きりだと自然体と言うわけには行かない。

そこに・・・

「おや、紅零どのに月天どの。おはようございます。」

青い髪の青年、空があらわれる。

「あ、空さん。おはようございます。」

「空おはよう・・・・・・」

空はふと不思議そうな顔をする。

「ふたりとも、向かい合って何を話していたのですか?」

「いや、何も話していないが・・・・・・」

「そうですか。ところで月天どのと紅零どのは何をしているのですか?」

紅零とシャオは向かい合い何故か苦笑する。

「私は朝食の下ごしらえを。」

「私は朝の簡単なトレーニングをしにきたんだ。」

「そうなんですか、紅零どの、それなら私が相手をしましょうか?」

紅零は空の申し出に首を横に振った。

「簡単なものだからな。それに組み手をする必要もない。ただの運動だ。」

「そうですか、それでは私は月天どのの下ごしらえの手伝いでもしましょうか?」

シャオは首を縦に振った。

「それじゃあ空さん、お願いしますね。」

「私は外に出る。四時ごろには帰る。」

そう言うと紅零は玄関に向った。

 『庭』

「やはり朝の空気は何時の時代も良いものだな・・・・・・」

大きく深呼吸をし、身体を伸ばす。

そして中国拳法のような構えを取り、息を整え目を閉じる。

“無我の境地”

紅零の心は空になっており、普通なら聞こえない音や気配が分かるようになっていた。

そして大きく左足を前へ一歩出し、それと同時に左腕を出す。

流れるような足さばきで前に進む。

足は地面に吸いつくように離れておらず、それでいながら地面には何の変化もない。

紅零は目の前に相手を想像し、身体を動かす。

まず右の手刀で相手の右脇を狙う。

しかし手刀はフェイントで、本命は地面すれすれを通る右足のみを動かした高速の足払いで、相手の左足を狙う。

だが相手は手刀を軽く右肘でそらし、軽く飛んでかわす。

そしてそのまま右手は紅零の喉を狙い、手刀を飛ばす。

だが紅零は身体を反転させて、その反動で半身身体を沈め、手刀をかわす。

そして相手の浮いている足を左足で払う。

相手は身体を崩し、倒れかける。

刹那、相手の即頭部に紅零の左肘が入る。

その瞬間紅零は自然体に戻っていた。

この間約2秒。

紅零は目にも止まらぬ速度で身体を動かしていた。

「・・・・・・よく考えると別に空に組み手をしてもらっても良かった気もするが・・・まあ良いか。」

そして紅零は腕立て腹筋にスクワット、背筋をワンセット50回を12セットこなし、さらに他の運動をこなして行く。

 『約30分後』

「そろそろ走るか。」

絶対に常人なら死んでいるような運動を“軽々”とそれも“短時間”でこなし終えた紅零は七梨家の庭を出た。

 『道路』

紅零は常人の全力疾走とほぼ同じ程度の速度で走っていた。

その顔は余裕そのもので、汗一つかいていない。

ちなみに先ほどの運動でもほとんど汗をかいてはいなかった。

 『約20分後』

数えるだけ馬鹿らしい距離を走った紅零は、既に街をいくつも越えてしまっていた。

「あ、遅れそうだな・・・・・・本気で走るか。」

紅零は靴紐を結びなおし、服装を整える。

「・・・・・・いざ!」

刹那、周りの人々の視界から紅零が消えた。

特殊な走り方。

それは初速から最高速に達し、通行人などをその速度のままかわしている。

その所為か誰も紅零を視覚で捕らえる事のできる者は居なかった。

 『数分後』

信号は赤。それも交通量が多い道路で信号が青になるまでの時間も長い。

「はっ!!」

信号を超えるのが面倒だった紅零は、その速度のまま跳躍した。

ゆうに五メートルの高さまで飛び、軽々と道路を横断した紅零は、綺麗に空中で回転し、見事に着地をした。

「おおっ!!」

「すげぇ!!」

「何メートル飛んだんだ今!?」

周りに居た数名の通行人は驚き、それぞれ叫んでいた。

紅零は野次馬の声を無視し、再度人々の視界から消えた。

 『数十秒後 七梨家』

今度は柵を軽々と飛び越え、きっかし四時に帰ってきた紅零は扉を開けた。

 『七梨家玄関』

流石に紅零は汗をかいており、長い髪が少し頬に張りついている。

「あ、おかえり紅零。」

そこにはちょうど降りてきた精霊たちの主、七梨太助がいた。

「ただいま主。それにおはよう。」

「ああ、おはよう。」

そこに空が現れた。

「紅零どの、おかえりなさい。」

「ああ、空ただいま。」

紅零は空から濡れタオルを受け取り顔を拭く。

「しかし紅零・・・・・・相変わらずすごい運動だな・・・・・・」

「なんだ、見ていたのか主よ。一切声や音は出していないつもりだったんだがな。」

タオルを首にまいた紅零は薄手のベストを脱ぐ。

「なんなら試練とかとは別に稽古をつけてやってもいいぞ。剣術でも格闘技でもな。」

太助は大きく首を横に振る。

「いい、遠慮しておくよ・・・・・・これ以上やると身体が持たないから・・・・・・」

「そうか、なんなら暗殺術でも教えようかとも思ったんだがな。素手で人を殺す方法とか。」

紅零の顔は笑みを浮かべていた。

紀柳ほどではないが、あまり笑わない。

感情表現が比較的苦手なのだ。

「冗談だろ!?」

「冗談だ。」

あまりにあっさりした答えに太助は肩をこかす。

「でも考えておくよ。」

「ああ、わかった。私の稽古はある意味で紀柳以上だからな。」

太助は紅零のその言葉に半歩後ろにさがる。

「ある意味って・・・・・・」

「そうだな・・・・・・打撲の多さ・・・かな?組み手で手加減はしないつもりだから。」

太助の顔が引きつる。

「それじゃあ最初の内はどうするんだよ・・・・・・」

紅零は微笑を浮かべる。

「安心しろ。素人と組み手をするつもりは無い。慣れてからだ。」

そしてふと気付いたように紅零は空の方を向く。

「ところで空。何か用か?」

空は太助の一歩後ろで待機していたのだ。

「ええ、紅零どの。お風呂が沸いてますが・・・・・・どうしますか?」

「あ、ああ。ありがとう。入らせてもらう。」

 『脱衣所』

紅零は換えの服をかごに入れ、軽く身体を動かす。

「運動の後は汗を落とす、っと。」

そう言いながら汗でびしょびしょになった服を洗濯機に放り込む。

 『10分後』

紅零はTシャツにジーパンという格好で出てきた。

首にはバスタオルを巻いている。

すると階段を一人の少女が降りてきた。

知教空天の楊明。紅零と同じ金色の髪をしている。

「紅零さんおはようございます。」

「ああ、楊明おはよう。」

二人は並んでいると姉妹のように見えない事もない。

もっともタイプはまったく違うが・・・・・・

だがなぜか気が合うようで、楊明は紅零にに勉強を。

反対に紅零は楊明に無理にならないように体力作りを手伝っている。

もちつもたれずと言うやつだ。

「またあの、運動をして来たんですか。」

「ああ、つい幾つか街をこえてしまった・・・・・・」

楊明は呆れるようにため息をついた。

「またですか・・・で、今度はどのくらいで行ってどのくらいで帰ってきたんですか?」

すでに何時もの事なので楊明はまったく動揺していない。

「いや、まあ20分ぐらいで行って数分で帰ってきた・・・・・・」

紅零は正直に答える。

「相変わらずどういう身体してるんですか・・・・・・それ以前にできませよ、そんなこと。」

「いや、私何てまだまだだ。師匠なら数秒で大陸を横断する・・・・・・」

その言葉に楊明はため息をつく。

「その師匠って人は何者なんですか?統天書で調べても何かに邪魔されて肝心な所が読めないんですよ。」

楊明は心底悔しそうな顔をする。

「師匠は仙人だ。ただし仙術だけではなく魔術、錬金術、陰陽術など、人の扱える術は全て極めている。」

その言葉に楊明は苦笑する。

「そんな人が居るなんて一度も聞いた事ありませんよ。それにどうやって統天書の一部を読めなくしたんですか?」

「私はそこまで知らないが・・・・・・あの人なら絶対できそうだ。」

「完璧な人ですか?はっ、笑わせんなですよ。なんなら今度あって言い負かせてあげましょうか。」

その提案に紅零はポンと手を叩く。

「それは見物だな。こんど主たちを誘って行って見るとするか。」

ちょっと話しがそれた気がする。

そこに太助が降りてきた。

「どうしたんだ紅零、楊明?廊下で話し合ったりして・・・・・・」

「あ、主おはよう。」

「主様おはようございます。」

二人は話しを中断して太助に向き直る。

「ああ、おはよう。で、なんの話しをしてたんだ?」

「今度私の師匠に会いにいって見ないかと言う話しだ。」

「へぇ〜。でどこなんだ?」

そこで楊明が統天書をめくり、口を開く。

「中国に居るんですね。」

「ああ、中国のとある山奥に隠れ住んでいる。師匠は私よりも長生きだからな、あってみると面白いぞ。」

その言葉に太助は驚きの声を上げる。

「こ、紅零より長生きなのか!?その人・・・・・・」

「ああ、仙人だし、ちゃんと人間だぞ。」

その言葉に太助は興奮を隠せなかった。

「それならシャオを宿命から解き放つ方法を知ってるかもしれないな・・・・・・今度の休みに行ってみるか!!」

「そうですね、私も花織ちゃん達を誘おうかな。」

二人が盛り上がって居る所に紅零が釘をさす。

「生憎と師匠は融通が聞かなくてな・・・・・・精霊の力や仙術などを使って行くと会えないんだ。」

その言葉に太助は肩を落とす。

「それじゃあどうやって・・・・・・」

「きちんとパスポートを作らないと行けませんね。私達精霊の分は偽造しましょう。」

楊明はさらりとかなりの犯罪を言ってのける。

「別に楊明。偽造などせずとも私達はそれぞれの精霊器に入っていけば良い事だと思うが・・・・・・」

「それだと警察に捕まったら終りですよ、まあ捕まりませんけど。

 それに花織ちゃん達と飛行機の中でお話しできないし、機内食が食べられないじゃないですか!」

紅零と太助は同時にこう思った。

“絶対に前の方はたてまえだ”と・・・

 『午前五時二十分 リビング』

「かなり長い間話しこんでしまったな・・・・・・」

紅零。

「そうですね。」

こっちは楊明だ。

「よく考えると俺、なにしようとしていたんだろ・・・・・・?」

最後は太助である。

「太助様、楊明さんおはようございます。あ、紅零さんお帰りなさい・・・」

「おはようシャオ。」

「おはようございますシャオリンさん。」

「ああ、ただいま、シャオリン・・・」

太助はシャオと紅零を見て気付かれないようにため息をついた。

「(やっぱりまだちょっとぎこちないな・・・・・)」

小声で言ったのでシャオと紅零には聞こえていない。

「(それはそうですよ。いくら和解したとはいえあんなに色々あったんじゃしかたありませんよ。)」

隣に居た楊明には聞こえていたようで、ちゃんと太助のぼやきにも対応するのは楊明らしい。

「そ、それじゃ私は二階の掃除をしてきますね。」

そう言うとシャオは廊下に出る。

階段を上る音が聞こえてくる。

そこで台所から声が聞こえてくる。

「主人どのに空天どの、おはようございます。」

エプロン姿の空が顔を出す。

「おはよう空。」

「おはようございます空さん。」

それをみて紅零が少々呆れたようにたずねる。

「空、まだ下ごしらえの途中だったのか・・・・・・?」

「ええ、そうですよ。」

それを聞いて紅零は考えこむ。

「どうしたんですか紅零どの?」

「いや、今日はなにかあったのかと思ってな・・・・・・」

「いえ、特に何もないと思いますが・・・・・・」

「そうか・・・・・・それでは私はそこでお茶でも飲んでいるかな。」

そういうと紅零はソファに腰を下ろす。

「それではお茶を入れますね。」

そう言って空は台所に行こうとして、ふと足を止める。

「主人どのと空天どのも飲みますか?」

「ああ、お願いするよ。」

「それじゃあ私はできればお茶菓子も一緒に・・・・・・」

楊明はちゃっかりとお菓子も頼んでいたりする。

「わかりました、紅零どのはウーロン茶で良いですね。」

「ああ、お願いする。」

空は台所にもどり、太助と楊明はソファに座った。




「ところで紅零。」

太助がふと思い出したように紅零にたずねる。

「なんだ、主よ。」

「いや、どうでも良い事なんだけど、シャオ達の精霊器って言うのかな・・・・・は、

 支天輪とか統天書なのになんで紅零のは戦天剣じゃなくて戦封剣なんだ?」

その問いを聞いた紅零は少し悲しそうな顔をする。

「いや、話したくなければ良いんだ。」

紅零は首を横に振る。

「別に話しては行けない事ではないから話そう。」

「私も聞いて良いですか?」

珍しく楊明が人の話しを聞こうとする。

「楊明、珍しいな。」

「ええ、統天書で調べれば一発なんですけど、それじゃあ面白みがないでしょう?」

それを聞いていた紅零は。

「別に聞いていても構わないが、あまり面白い話しではない。それにできるだけ短く話す。」

そして紅零はすこし考えこむように目を閉じた。

「できれば・・・シャオリンには話さないでくれ・・・・・・」

その言葉に太助と楊明は首を縦に振る。

紅零はソファの背もたれに体重をあずけ、天井を見上げる。

「戦封剣は、以前は主の言う通り戦天剣という銘だったんだ。」

そして普段よりも小さな声で話し始めた。

「あれは、私がシャオリンに戦いを挑んだ後の話しだ・・・・・・

 私はシャオリンとの戦いで、心身ともに酷く消耗していた。

 その所為で私は集中力もなく、気配を感じ取ることもできなかった。

 そして気付いたら兵に回りを囲まれて居たんだ・・・・・・」

「もしかして、シャオのいた場所の兵?」

その言葉に紅零は首を横に振る。

「それはない。シャオリンの居た部隊の者は皆、私が倒していた。

 第一それは私が味方していた国の兵だったんだ。」

「なんでそんなことに・・・・・・」

「理由は簡単だ・・・・・・奴等は私の主を人質にとりシャオリンの主を殺すよう戦いを強要した。

 私は以前の能力に主の生死を感知する能力があり、私は主が死んだことを知った。

 それを知っていた連中は私が自分達に復讐してくる事を恐れた上の者達は守護月天との戦いで消耗してると踏んで消しにきたんだろう。

 もっとも狙い通りに消耗して居たんだがな・・・・・・」

そして紅零は遠い目をして天井越しに空を見上げた。

「私には馬が居たんだ・・・・・・永遠の命を持つといわれる仙馬が・・・・・・

 人語を理解し、時には話す事もできる。

 名は白華と言い、私の最も古い戦軍氷天としての記憶の中には既に居るほどの付き合いだった・・・・・・」

楊明は気付いていた。

紅零が感情を押し殺して話しているのを。

「そして白華は私をかばって死んだ。

 大砲を腹に受け、無残に・・・それもあっさりと・・・・・・」

突如、紅零はポケットから戦封剣を取り出し、剣にして地面に突き立てた。

しかし地面には刺さっていない。

「そして私は誓ったんだ・・・・・自らの必要以上の戦う力を封じ、自らの力で戦い、そしてその戦いという行為そのものを封ずる事を・・・・・・」

見開いた紅零の目の色は蒼く変っていた。

とても悲しい色。

どれだけ悲劇を体験したらこんな目ができるのだろうか・・・・・・そんな色だった。

戦封剣を折り畳み、ポケットにしまいこんだ。

そして再度目を閉じる。

「まあ主を人質に取られる事は1度や2度ではない。

 第一私の主で寿命が尽きるまで生きた者など・・・殺されなかった主など一人しか居ないがな・・・・・・」

目を開けた時、もとの緑色の目に戻っていた。

「私は・・・・・・誰かを守る戦いと言うものはできない・・・・・・だからこそシャオリンを羨ましく思い、時に憎んでいるのだろうな。」

辺りを静寂が支配する。

「・・・・・・これで私の話しは終わりだ。すまない、長くなった。」

そう言うと立ち上がり、廊下へのドアを開ける。

「な!?」

紅零は驚き、そして内心自分の未熟さを呪った。

そこに居たのは目に涙を溜めたシャオだった。

紅零を目の前にし、涙が溢れる。

シャオは紅零の話しを全て聞いていたのだ。

「私・・・私・・・・・・!」

数歩下がり、逃げるように駆け出した。

「シャオリン!!」

紅零の呼び声も虚しく玄関の扉のしまる音が響く。

「シャオ・・・・・・」

太助が紅零の後ろで呟く。

「・・・・・・主よ、シャオリンの所に行った方が良い。」

「それなら紅零が・・・・・・」

だが紅零は首を横に振る。

「不幸自慢などしたくない。だがな、私が先ほど述べた事に嘘偽りはないつもりだ。そして、シャオリンにこう伝えてくれ。

 “例え私にどんな理由があろうと、シャオリンの主を殺した事にかわりはない。

 だから気にするな。謝りたいのは私のほうなのだからな”と。

 それから忠告してやってくれ。お前は優しすぎる。その優しさは、時に自らの心を壊してしまうかもしれないとな。

 ・・・・・・主よ、後は任せる。」

そう言うと紅零はリビングに舞い戻って行った。

「紅零・・・・・・」

太助はゆっくりとリビングを出、シャオを追うために走り出した。

「・・・・・・・・・」

紅零は無言で扉を閉める。

「ふっ・・・・・・私もまだまだだな。シャオリンが聞いているのに気が付かないとは・・・・・・」

「しかしいずれは話さないといけない事だったんでしょう。」

台所から全てを聞いていた空が声をかける。

「ああ。だがいずれであって今ではなかった。それに自分にとって憎い者がこう言う事を考えているというのは・・・辛いものだからな。」

「月天どのは彼方をそれほどまでに憎んではいませんよ。ただ自分が誤解していた事に気が付いただけでしょう。」

少し間があく。

「それも・・・・・・わかっている。」

「それなら何故・・・・・・」

突然紅零が叫ぶ。

「空!!」

そして今度は声を低くする。

「生憎と無用な詮索は不要だ。いくら空でもな・・・・・・」

そう言い放つとソファに腰を下ろす。

そして時が流れる。

唐突に紅零は口を開いた。

「すまない、空は悪くないのにな・・・・・・」

心からすまなそうに呟く。

「大丈夫です、気にしていませんよ。」

こちらは和やかな声で返す。

「あの、ところで空さん・・・・・・お茶とお茶菓子は・・・・・・」

すまなさそうにほっとかれた楊明が催促する。

それを聞いて紅零と空は顔を見合わせ、苦笑する。

「ちょっと待って下さい。すぐ持ってきますから。」

「ふふっ。相変わらずなんだな、楊明は。」

何故か紅零は楽しそうに笑っていた。

「紅零さん・・・・・・なんで笑うんですか・・・・・・」

それを聞いて本当に楽しそうに紅零は言う。

「なぁに。こう言う会話を今までした事がほとんどなかったのでな。いや、今は良い時代だな。

 戦も戦争もない。戦わないですむのは私にとってもありがたい。人を・・・殺さないですむからな・・・・・・」

楊明は最後のほうは聞き取れなかった。

「ところで楊明。主がシャオリンを如何にかするまで暇だから、できれば勉学について教えてはくれないか?」

その事を聞いて楊明の顔が輝く。

「任せて下さい!!」

「その代わり、学校の放課後には私が体力作りを手伝ってやる。もっとも紀柳ほどの効果は期待できないが。」

「ええ、お願いしますね。紅零さんの教え方はどっかの誰かさんと違って体に無理がかかりませんから。」

そこにちょうど降りてきた万難地天にして楊明の宿敵、紀柳が口を挟む。

「どこかの誰かとは誰の事だ、楊明殿!!」

「少しは自覚があるみたいですね、紀柳さん。」

二人は睨みあい、喧嘩に発展しそうなふいんきにとれなくも無い。

(やれやれ、この二人も相変わらずだな。・・・・・・主よ、頼んだぞ。)

紅零は仕方なく立ち上がり、二人に気付かれないように戦封剣をポケットから取り出した。

 『数分前 公園』

「私は・・・私は・・・・・・」

シャオは誰も居ない公園で、木に寄りかかって泣いていた。

(紅零さんは・・・主様を人質に取られていた・・・・それなのに私は・・・・・・)

そこに・・・

「シャオ!!」

振り返るとそこには太助の姿があった。

「太助・・・様・・・・・・?」

無意識の内に名前を呼ぶ。

すると自然に涙が溢れ、シャオは太助の胸に飛び込んだ。

「太助様・・・私は紅零さんに酷い事を・・・・・・私、それなのに・・・・・・」

「シャオ・・・」

太助は自然とシャオを抱きしめた。

「シャオ、紅零がこう言っていたんだ。

 “例え私にどんな理由があろうと、シャオリンの主を殺した事にかわりはない。

 だから気にするな。謝りたいのは私のほうなのだからな”って。」

「そんな・・・・・・でも、でも・・・・・・」

「あとこんな事も言ってた。

 お前は優しすぎる。その優しさは、時に自らの心を壊してしまうかもしれない、ってさ。

 かっこ、付けすぎだよな。紅零のやつ・・・・・・」

太助はシャオの顔を見つめる。

「シャオ・・・そんなに一人で溜めこまないでくれよ。

 俺ってそんなに頼りないか?」

シャオは首を横に振る。

「そんな事、ありません・・・・・・」

「・・・・・・それにもしもまだ気にしてるんだったらさ、紅零に謝れば良いじゃないか、な、シャオ。」

太助は空を見上げ今は遠い場所にいる母の顔を思い出す。

「俺だって母さんが帰ってきたときシャオと同じような気持ちだったと思うよ。

 それでもちゃんと話し合えた。シャオにもできるって。」

「太助様・・・・・・」

そしてシャオは意を決したように口を開く。

「私、紅零さんに謝って見ます。」

「ああ、そうした方が良いって。それじゃシャオ、帰ろうか・・・・・・」

「はい!!」

シャオは涙を拭き、元気良く返事をした。

そして帰り道。

「そう言えばシャオ、今日の朝飯ってなんだ・・・・・・思い出したけど、俺ってそう言えばお腹すいたから下に降りてきたんだ。」

「はい、今日は手が込んでいるんですよ。下ごしらえに力を入れましたから。」

他愛もない会話。

シャオはそれが嬉しい今日この頃だった。

 『七梨家 リビング』

「おかえりなさい主人どの、月天どの。」

リビングに入ると空が出迎えてくれた。

ちなみに全員そろっているが、何故か楊明と紀柳はソファに寝かしてある。

「紀柳と楊明はどうしたんだ・・・・・・?」

「喧嘩をし始めようとした気がしたのでな、とりあえず二人とも寝(気絶)させた。」

紅零がいとも平然とのべる。

「ねぇシャオリン、ご飯まだなのぉ〜。お腹がすいて死にそうなんだけど・・・・・・」

汝昂がシャオに朝食を催促する。

「あ、はい。汝昂さん、ちょっと待って下さいね。空さん、手伝ってください。」

「わかりました。」

そう言うと二人は台所へと消える。

そして少し間を置き、紅零は太助に話しかけた。

「流石だな主。すでにシャオリンは元気になっているじゃないか。」

「まあ、ね。でも紅零の言葉のおかげだよ。」

「ま、そう言う事にしておくか。」

そう言い残すと紅零はテーブルに置いたまま手を付けていないウーロン茶をいっきに飲み干した。

「ねぇたー様。紅零と一体なに話していたのよ?」

「ちょっといろいろあったからな。紅零の過去についてとか。」

「ちょっとそれ興味あるわね。ねぇ教えてたー様!!」

そう言いながらちゃっかり抱きついてくる。

「離せよ汝昂!!それに俺より楊明に聞いた方が良いって。」

何故かすんなりと太助を離す。

「楊明も聞いてたの!?」

「ああ、あとシャオと、多分空も・・・・・・」

それを聞いた汝昂は膨れっ面になる。

「何よ、私と無愛想娘だけのけ者!?酷いわよたー様!!」

「仕方ないだろ、二人ともまだ寝てたんだから。」

そのある意味漫才のような掛け合いを見ていた紅零が深いため息をつく。

「汝昂、そんなに聞きたいのなら後で話してやる。だからそんなに文句を言うな・・・・・・」

本気で呆れた顔で、でもどこか楽しそうに紅零は言った。

「本当ね、嘘ついたら承知しないわよ。」

「ああ、だがつまらなくても文句を言うなよ。」

そう言うと紅零は紀柳と楊明を起こしにかかった。

「ねえたー様、紅零の話しって面白かったの?」

「いいや、暗かったし悲しかった・・・・・・聞くのはちょっと辛かったよ・・・・・・」

本気で辛そうな顔で太助は言っているのを見て、汝昂は1歩後退する。

「や、やっぱり紅零、話さなくて良いわ。あたしはあんまし暗い話しは好きじゃないのよ。」

「ん?そうか、わかった。」

紅零は紀柳にヘッドロックのようなものをかけ、力を入れる。

するとゴキッと鈍い音がする。

「うぅ・・・・・・こ、紅零どのか。私は一体・・・・・・」

「もうすぐ朝食だ、起きた方が良い。」

「眠らせたのは紅零殿だろう・・・・・・」

そして紅零は楊明も同じような起こし方で起こす。

反応は同じようなものだったが楊明の方が酷い音がした・・・・・・

 『七時十分 リビング』

「「「いただきます」」」

全員が手を合わせて食べ物に感謝の意をこめる。

そしてすぐにガツガツ食べ始める者一名。

残りの者はゆっくりと食べる。

だが・・・

「あの紅零さん・・・・・・ちょっとだけ首がおかしな方向に曲がっているんですけど・・・・・・」

楊明の首はちょっとばかり右に傾いている。

「気にするな。ちゃんと後で治す・・・・・・」

紅零の頬を一筋の汗がつたうのを楊明は見逃さなかった。

楊明はじぃ〜と紅零を見ている。

紅零の箸が止まった。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「すまなかった、今すぐ治そう・・・・・・」

根気負けした(理由は楊明の刺さるような視線の所為だが)紅零は立ち上がり、楊明の後ろに立った。

そして左手を楊明の左首に当て、軽く楊明の右即頭部を押す。

すると簡単に治ってしまった。

「学校帰りに何かおごってくださいね♪」

「・・・・・・・わかった。」

後で聞いたのだが喧嘩する気は無かったらしい。

実は紅零はバイトなんぞしている為、お金を持っている。

ついでに言うのならバイクも持っている。

「そう言えば紅零、何時の間にバイクなんて買ったんだ?」

「そう言えばそうよね、どうやってそんなお金用意したのよ?」

紅零は“ああ”という顔をして口を開く。

「それなら私の持っていた装飾のしてある剣を数本売っただけだ。それで楽に買えた。だからついでに改造もさせてもらったがな。」

いとも平然に言うが、紅零のバイクはかなり大型で、速度もあり頑丈で、100万だしても買える代物じゃない。

「いったいいくらで売れたんだ・・・・・・?」

お茶をすすりながら太助が問う。

「だいたい400万ぐらいだ。」

太助は思わず飲んでいたお茶を吹き出した。

ちなみにその吹き出したお茶は紅零が瞬時に反応し、戦封剣で防いだためになににもかからなかった。

「主よ・・・食事中だぞ・・・・・・」

「ご、ごめん。そ、それよりよ、400万!?」

「ああ。それで改造とかも楽にできた。」

戦封剣を拭きながらいけしゃあしゃあと言う。

「で、いくらぐらい残ってるんだ?」

「あと、100万ぐらいかな?」

「バイトする必要があるのか・・・・・・」

紅零は戦封剣をしまいながら答える。

「バイト代の半分はバイクの維持費、と言っても余り使わないが。そして残りの半分と100万は念の為、貯金だ。」

「念の為って・・・・・・」

「例えば、どこかに皆で行くことになったりしたとき、金はどうする?楊明の力を借りれば簡単に手に入るだろうが。」

楊明はうんうんと頷いている。

「急を要する時などにはそうは行かない。そんな時の為の資金だ。」

「ちゃんと考えているんですね。」

「まあな。」

少々照れ臭そうに頭をかく。

「でもそんな時が来ても大丈夫ですよ。」

楊明が口を挟む。

「そんな時でもお金を稼ぐ方法ぐらい見つかりますから。」

「だが、先ほど廊下で話していた場合にはそうはいかないがな。」

「廊下で話していた事・・・・・それはなんなんだ紅零殿?」

紀柳の問いに紅零が口を開く。

「それは――以下略――と言う事だ。」

「仙人ですか・・・・・・あまり最近は会っていませんね。」

空がその言葉に反応する。

「そうなんですか?でも私達は会いましたよね。」

「ああ、過去の主様の李飛さんの事ですね。」

空と紅零を除く全員が懐かしそうな顔をする。

かやの外の二人は頭の上に“?”を浮かべていた。

「だが皆の思っている仙人とはイメージがかけ離れているから、気を付けてくれ。」

「それじゃあどんな人なのよ?」

「あって見るのが一番分かりやすい。」

「“百聞は一見にしかず”って言う事ですね。」

流石に楊明。付け足しを忘れない。

「そう言う事だな。」

そして食事が終わり、お茶の時間となるのだが、今日は時間がなかったので仕方なく中止となった。

「お茶菓子・・・・・・くすん・・・・・・・・・」

紀柳との喧嘩の所為などで結局食べられなかったお茶菓子を、仕方なくラップに包んで冷蔵庫に入れている楊明はかなり悲しそうだった。

 『午前七時五十五分 廊下 階段前』

部屋に戻ろうとした紅零にシャオが声をかける。

「あの、紅零さん・・・・・・」

「?・・・なんだシャオリン。」

シャオはすまなさそうに紅零を見上げる。

「その・・・・・・ごめんなさい。紅零さんも大変な理由があったのに、私は・・・・・・」

「なんの事だ。」

「え・・・・・・」

さらりと否定した紅零にシャオは驚きの声を上げる。

紅零は微笑を浮かべていた。

「謝られる理由もないのになぜ謝られなければいけないんだ?」

そう言って紅零はシャオの顔を覗き込む。

「あまり過去に縛られるな。忘れろとは言わないが、あまり気にしない方がいい。

 そんなに思い詰めていると大事なものが見えなくなるぞ。」

その言葉にシャオの目には涙が溜まっていた。

「あまり時間をかけると遅刻する。急いだ方が良い。」

そう言うと紅零はきびすを返し、階段を上って行った。

シャオがお辞儀をして、玄関に向うのが気配でわかった。

「そう言いながら過去に縛られているのは私の方なのだがな・・・・・・」

ポツリともらしたその呟きを、聞く事のできる者は居なかった。

 『午前八時二十分 汝昂の(那奈の)部屋』

紅零は汝昂の化粧台を借り、邪魔にならないように髪型をポニーテールにかえる。

ちなみに化粧などはまったくしていない。

「用意はこれで良しと。そろそろ行くかな。」

紅零は荷物を詰めたリュックサックを持ち、立ちあがった。

椅子にかけてあった厚手のベストを上に羽織る。

そして廊下への扉を開けた。

 『リビング』

「空、出かけてくる。」

リビングを覗きこみ、居るはずの人物に声をかける。

だがリビングには誰も居なかった。

「・・・・・・おかしいな、台所か?」

「ええ、そうですよ。」

いともあっさり答えが返ってきた。

やはりエプロン(何故かフリル付き)を着ている空が台所から現れる。

「仕事に行かれるんですか?」

「ああ。厳密にはバイトに、な。」

ふと気付いたように空が紅零にたずねる。

「そう言えば何所で仕事しているのですか?」

「学校に近い所にある自動車の修理工場だ。もっとも半分はリサイクルショップになっているがな。」

「りさいくるしょっぷ・・・ですか?」

横文字に弱い空はその単語を繰り返す。

「壊れた物を直して、その直したものを売る店の事だ。」

「そうなんですか。」

「もっとも、私は自動車などの修理にまわっているがな。」

「よく修理できますね。」

不思議そうにたずねてくる。

「以前の主に教わったから。もっとも教わったのは戦闘機の直し方だったが。」

紅零はそう言い苦笑する。

そして入ってきた扉を再度くぐる。

「それじゃあ行ってくる。多分楊明と帰ってくると思う。」

「わかりました、気をつけてください。」

「ああ、わかった。」

紅零は後ろ手に扉を閉め玄関に向う。

「しかし楊明には何をおごらされるのだろうか・・・・・・」

少々心配になりながら玄関の扉を開ける。

 『八時四十分』

紅零は“横山自動車修理工場”を看板に書かれた建物の入り口の前に立つ。

「おはようございます。」

挨拶をし、入り口をくぐると油の臭いと塗料のシンナーの臭いが充満しているのが分かる。

「やあ、今日もよろしくな、紅零くん。」

ひとの良さそうな顔立ちをした男性が奥から顔を出す。

身長はゆうに180はあり女性にしては高い方の紅零よりも高い。体格もがっしりしている。

43歳らしいがどう見ても20代後半か30代前半にしか見えないほど若々しい。

服装は長袖長ズボンのクリーム色の作業着なのだが、かなり使いこんでいる為、灰色にしか見えない。

額に迷彩色のバンダナを巻いている。

この人がこの修理工場の工場長の横山さんである。

ちなみにここで働いているのは横山さんと紅零の他に一名。

リサイクルショップの方に三名の計六名である。

「?・・・まだ私以外誰も来ていない様だが・・・・・・」

紅零は気配を探ったがここにいる自分と横山さん以外気配は感じられない。

「いやぁ〜流石だね紅零くん。まだ瑞穂は起きていないし、他にはまだ誰も来ていないよ。」

「またか・・・・・・」

紅零は左手で頭を押さえる。

瑞穂と言うのは横山さんの二人居る子供の内の一人で、今年で16歳。

自分の好きな機械いじりの為に高校には行かないで親の仕事を手伝っている。

だが寝坊が多く、自分より先に来ているのを紅零は見たことがない。

「と、言う訳だ紅零くん。さっそく瑞穂を起こしてはくれないか?」

「・・・・・・わかりました。」

瑞穂を起こすのは既に日課となっている。

そう言うと紅零はリュックサックを奥の部屋にある自分用のロッカーに押し込み、二階へと続く階段に足をかけた。

 
続きへ
戻る