<初日-2002.8.7 P.M(1)

 岡山から倉敷を抜けて船穂町から真備町へ。
 真備町に入ったとたんに、突如、携帯(と、言っても正式にはPHSではあるのだが)が鳴る。
 誰!?…まさか、夏休み初日から仕事絡みじゃないだろうなぁ…と恐る恐る出てみると(ちゃんと車を路肩に停めてからであることは言うまでもない)、「もしもし…」と聞こえてくるのは耳慣れない女性の声。
 もしや?…と思い、「襟裳屋ですが…」と答えてみると、相手も果たしてホッとしたかのように、「あ、ふみです」とのお言葉。
 やっぱりそうであったか。
 それにしても、なんというタイミング!真備に入ったと同時のウエルカムコールですか…。ふみさん侮りがたし。
 ふみさんには、今回の旅行の中で、お時間都合つくようでしたら、お会いして横溝本の交換しませんか?という申し出をしてあったので、前もって連絡先用として電話番号はお伝えしておいたのだが、まさか、これ程までに見計らったようなタイミングで掛かってくるとは想像もしていなかったので、正直驚いた。もっとも、よくよく考えてみると、世間一般ではちょうどお昼休み時。たまたまこの時間に真備町に入ったにすぎないと言えばそれだけなのだが…。
 一応、ここでもまたお断りしておいた方が良いかもしれないが、この『奇行記』なる駄文は、あくまでも旅行者である私=襟裳屋の主観を前提に書かれているのであって、果たしてお名前を登場させていただいている方たちが、内心本当はどのように思っていたかまでは、正確に記録されている訳では無いことだけは留意していただいたうえで、話を進めていきたいと思う。
 直接ふみさんのお声を拝聴するのは、もちろんこれが初めてである。
 簡単に初めましてと挨拶を交換した後、伺うところによると、真備町にある…というよりは、『本陣殺人事件』に 出て来るあの一膳飯屋の場所にあるといった方が或いはわかりやすいかもしれないが、そこの酒店さんから、ふみさんが暑中見舞いを貰ったので、そのお礼の電話をしようと思っているのだが、その時に、もし襟裳屋さんがその酒店さんに行くようなことがあるのなら、これからこういう人が行きますからと、一言先にお話しておいてあげましょうか?…とのお話であった。
 おぉ、なんというやさしいお心使いなのであろうか。
 しかしながら、このやさしい気づかいが、後に身も凍るような恐怖と背中合わせになっていたとは、神ならぬ身どころか、ただのお調子者の旅行者でしかない私ごときには、この時には知る由もなかったのである。
 お言葉に甘え、あと20分くらいで着くことを伝えて通話を終えると、再び車を走らせて、まずは川辺宿駅へ。
 聞いたところによると、前の『奇行記』に書いたミステリー遊歩道の案内パンフ(地図)が、川辺宿駅で見かけることができなくなってしまっているらしい。ホントにもうないのか…と、一応チェックをしてみるために立ち寄ってみたのだが、やはりもうなくなってしまっていた。印刷部数に限りがあったのであろうか?そう考えると、前の旅行の時、あのパンフをGetできていたのは幸いだった。もっとも、今回のミステリーラリー開催にあわせて、また再発行することも考えられないこともないのだから、どうせなら、あの時の分には『初版』と刷り込んでおいてくれれば、申し分なかったところなのに…と考えてしまっている自分に気付き、思わずニヤリとしてしまった。いよいよ『襟裳屋モード』に切り変わってしまったようである。
 川辺宿駅を離れ、岡田村役場跡前まで車で移動してしまう。
 本来なら遊歩道を歩くべきところなのであろうが、三ケ月前にはたっぷり時間をかけて歩かせてもらったことでもあり、ましてやこの陽気である。さすがに清水京吉(=三本指の男)状態で村の中を歩く気にもなれずに(一柳家のそばで行き倒れになったりしたらそれこそ笑えない)、今回は楽をさせてもらうことにした。今回の目的は遊歩道を歩くことでもなかったし、大目に見てもらおう。
 酒屋さんの横に車を停め、さすがに喉も乾いたので、飲み物(残念ながら水でもないし、ジュースといった甘い飲み物でもない)を購入させてもらった上で、店内へお邪魔してみる。「ちょっと前に女性の方から変な男が一人来るかもといったお電話が入っているのではないかと思いますが…」と、恐縮しながら切り出してみると、しっかりと話しは通じていたらしく、「まぁ、遠いところからおいでんさって」と
店の奥にある椅子を進められるがままに、横溝正史疎開時の話しだとか、村の昔のこと、「本陣〜」の水車のこと、「神楽」のこと等々々。数分お話を伺えればいいかなくらいのつもりでお邪魔したのだが、結局30分近くもお話を伺ってしまった。
「わざわざこんなところまで、日本全国からこうしていろんな人がやってきてくれるのがうれしくてなぁ」とおっしゃられていたが、そういった横溝ファンたちへの対応慣れは大変なものであると感心させられてしまった。こういった部分が『悪魔の手毬唄』にも書かれていた「いったいに客あしらいのいいこの地方の人気」なんだろうなぁ…と一人納得しながら、重ねて感謝しつつ店を失礼することにする。
 …と、ここまでは大満足であったのである。…恐怖はこの直後に襲ってきたのである。真夏の炎天下の路上に30分近くも放置してあった車の中はまさにサウナ状態。さすがに、すぐ乗り込む勇気もなく、エンジンをかけてクーラーだけを全開にしようとしたその時に、ふと目にとまったのがドリンクホルダーの中にポツンと置かれた携帯 !!
 全くドジな話しなのだが、ほんの数分でもお話を伺えればくらいのつもりだったで、車中に置いたまま店内へお邪魔してしまい、そのまますっかりと話に夢中になっていたので忘れてしまっていたのだ。
 ちょっと〜〜!やばっ!
 慌てて手にしてみると、すっかり熱を帯びて、待ち受け画面もブラックアウト状態である。
 死んじゃったかな?…あちゃぁ〜。まいった。…それまでの暑さも吹っ飛んでしまったかのように、まさしく身も凍るような感じがした。
 このまま死んじゃったままだったら、連絡とかどうしよう…。
 ふと、振り返ってみると、店の御主人と奥さんが、わざわざ見送りに、この暑いなか、店先まで出て来てくれている。ショックに歪んだまま凍りついた不自然な笑顔でなんとか誤魔化しつつ、お二人に別れを告げ、とりあえずふるさと歴史館へ移動する。


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